表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/341

第34話:航空技術者はお言葉をかけられる

「なに? 陛下と直接お会いしたいだと?」


 久々にあったことで当初は笑顔だった千佳様だが、俺の言葉に一瞬でその表情が曇った。


「ええ。皇国の未来のためにどうしても海軍の組織再編をしたいと思っております」

「信濃。それが海軍と陸軍の統合だというならば、我の協力は難しいぞ。陛下は統合には反対の姿勢だからのう」


 椅子の背に大きくもたれかかった彼女は、西条と同じような反応を示した。


「統合参謀本部は別途設けますが、組織の統合ではありません。完全な役割分担が出来ていないことと、非効率すぎる海軍を改めねば、今後の状況を乗り切れない……十二試艦上戦闘機を見て、変えねばならないと心に決めました」


 嘘ではない。

 十二試艦上戦闘機との対決の後、俺は一郎を呼び出して問いかけたことがある。


 今でもそのやり取りは鮮明によみがえってくるほどだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「堀井技師。どうしてハ25を十二試艦上戦闘機に採用したんです。

 ハ43を採用する方法だってあったはずでしょう」

「ハ43の採用は私もメーカーとして進言しました。機体がやや大型化しますが、ハ43なら機動性を確保した上で、航続距離を保ってそれなりの性能のものに仕上げられるとは」

「ならばどうして」

「陸軍と同じ発動機は採用せんとのことだそうです。彼らは貴方が我が社に作らせたキ47を見るまで、キ47のような存在がこの世に誕生するはずはないと言い続けていた」


 そんな陳腐かつ己の自制心の問題だけで感情論でもって排除したというのか。


 確かに発動機の問題は開戦当初は酷かった。


 互いが共通する発動機を用いたのはハ45が出てから。


 くしくも、俺が欠陥品と主張するエンジンこそが、陸海両軍が最も重用したエンジンだったのだ。


 だからこそ、ハ43のようなものを作ればどうにかなると考えたが……あれは戦時中の苦肉の策だったというのか。


 すでに多くの海軍将校が船と共にこの世を去った後で、さらに時代の変化に気づいて考えを改めざるを得ない状況だったが……それがないと海軍は変えられないというのか。


「キ47の設計は見事です。あんなに新鋭技術を導入して、あれほど不具合が少ない機体になるとは。

 私は油圧エルロンなどが問題を起こし、それの改良に手間取ると思っていたのに……素直に驚きです」


 キ47には一郎の未来のアイディアも多少は含まれている。


 あの機体は皇国の技術者の知恵の塊でもあるんだ。

 だからこそキ47は信頼性が高いんだが、そうは言えないのが申し訳ない。


「まあ、メーカーと共に信頼性を重視して作りましたので。結局我々は発動機の性能の低さに悩まされていただけで、軽量化についてある程度抑制できる発動機さえあれば、どうにかなったんですよ」

「そうでしょうね。これできっと次はハ43を搭載したいい機体が出来るんじゃないかと」


 もっと落ち込んでいるかと思えば、むしろ清清しい気分となっている様子の一郎だった。


 今回の件で今後海軍からの仕事が無くなるとは思えない。


 知り合いの海軍将校に話を聞いたところ、キ35の存在のおかげで、海軍内でもやりようがあったのではという論調だそうだ。


「堀井技師。ハ43だけじゃない。開発が進むハ44だってあります。今後の開発においてはハ43、ハ44、そして四菱が新たに開発中の発動機。これらを視野に入れて開発できるとは思いますよ」

「ええ。十二試艦上戦闘機も早いうちに改修してみせますよ――」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 あれから十二試艦上戦闘機がどうなったかの報告は受けていない。

 機体構造を補強した上でハ43を使えば航続距離は増槽無しで1500km台だろう。


 その場合は当然燃料スペースを増やすことになるが、そこは防弾タンクとかを胴体内に押し込んだとして……それでも1500km。


 増槽装備で2300km程度。

 それを海軍が認めるかは知らないが、そうしたら570kmぐらいにはなると思われる。


 あの構造のままでは600kmは無理だ。

 翼のせいで600km台にはならないが……それでもそこそこの戦闘機にはなる。


 ただ、俺はそんな事なら零が一式艦上戦闘機となってしまっても、作り直させたい。

 そのためには海軍の再編成が必要なんだ。


「千佳様。二言はありません。海軍は統合せず、その紙の束に書かれた通りにします。そのためには現軍令部の総長を更迭し、井下成美中将を新たな軍令部の総長とします。彼には次官と軍令部を併任してもらい、海軍を近代化してもらいます」

「統合参謀本部の人事はどうするのじゃ」

「トップをどちらかの軍にするのは難しいので、それぞれの参謀本部と軍令部の者達を兼任させ、統合作戦などを考案してもらいます。後は現場が連携して動けるよう、訓練もしてもらいます」

「うぅむ……統合参謀本部についての必要性はありそうであるな。国外でも似たような組織を誕生させようと検討会を開いていると聞いたことがある」


 どこで聞いたかは知らないが、千佳様もなんだかんだでいろいろ調べられてるようだ。

 彼女には本当に頭が上がらない。


「千佳様はとても耳が鋭いようでございますね。そのためにはどうしても陛下の英断が必要なわけです。未だに大艦巨砲主義を掲げ、例の1号艦と2号艦の裏工作を主導していた者。こちらと異なる思想を持つならば、富士宮様には退陣していただく他ない」

「……信濃。我が出来るのは今回、会わせるだけになりそうだぞ。立場上、我が退陣を迫ったとなると議会での居心地が悪うなってしまう」


 確かにそうだ。

 皇族は横の繋がりが強い。


 いかに富士宮が皇国の足を引っ張ったと言えども、簡単にやめさせられないわけがわかった。


 あの男は軍令部総長の席を追われても殆どの権力を失わず、発言力を保ったまま海軍の番長であり続けた。


 そのことが戦後の陛下の存在を否定することに繋がり、陛下が死刑判決を受ける原因ともなっている。


 だとしても、説得は簡単ではない……か。


「信濃。近く皇居にて呼び出される事になるであろうが……陛下は一筋縄ではいかぬ者ゆえ、しっかりとした心構えを整えておくのだぞ」

「はっ!」


 ◇


 俺が陛下と初めてお会いしたのは、翌日のことであった。


 謁見が翌日となった理由は千佳様などが事を急ぐと伝えてくれたため、会食という形で時間を設けていただいたのである。


 初めて向かった宮内。

 初めて潜る門。


 全てになにか力のようなものを感じつつも、あちらが用意された車でもって移動し、いざ皇室の宮殿へと向かう。


 たかが軍人。

 それも将校といっても少佐階級。

 普通の人間ならば会う機会などあるわけがない。


 それでも機会を設けていただけたのは、あのお方が俺について多少は耳にしているからなのだろうか。


 心構えは当初こそあったものの、俺はさすがに緊張し、頭を下げて案内される宮殿内を移動したのだった。


 ◇


「信濃忠清くんかな? どうぞそこにおかけになってください」


 戸を開けた先にいたのは、新聞でしか見たことがない陛下のお姿。

 その声は玉音放送と全く同じであるものの、写真と比較すると幾分キリリとした表情を浮かべる。


 やはり敗戦時に見せた写真は連合国の者達によって情けない顔つきのものを選ばれたようだ。

 それか、そういう風な表情をせよと命じられたのかもしれない。


 本物は違う。


 そこにいたのは……紛れもない……日本の皇帝の姿であった。


「失礼致します。何分若輩者ですので至らぬ所もありますが、本日はよろしくお願い申し上げます」

「こちらこそ」


 距離は近かった。

 テーブルを隔てて1m20cm~1m50cm程度しかない。


 未来を変えよと命じられたように茨の道を駆け抜けた先には、本来なら間違いなく顔を合わせることのなかった皇国の長の姿があったのだ。


 明日を切り開こうとする姿勢は絶対的な身分の差すら越えうるのか。

 神様がいると信じたくなってしまう。


「信濃……とてもいい姓だ」

「え?」


 着席しての一言目は不思議な問いかけだった。


 さすがに答えが浮かばず、変な言葉を返すわけもいかず黙っている。


「私は常日頃、姓というものに憧れがあります。だから貴方のような名を持ち、名に恥じぬ行動をできる若者が素直に羨ましい。もし第二の生が許されるというならば、姓がある者に生まれたいなと、考えてしまうのです」

「きょ、恐縮です……」


 そうか、陛下には名しかない。


 俺たちからすれば大したことではないが、諸外国の王族と比較しても不思議な立場に昔から苦悩してきたのだろうか。


「ふふ。千佳や水戸君から話は伺っておりますよ。どうしてもやらねばならぬことがあるようですね」

「その前にお話しなければならないことがございます。聞いていただけますか」

「どうぞ」


 余裕をもって手を差し出してこちらに発言権を与えてくれる姿に、俺もこれだけの器の大きさを持ちたいと思わずにはいられない。


 西条に投げかけた昨日の自分の言葉に自己嫌悪する。


 緊張は未だに解れることがないが、手に力をこめて膝を握り、そしてありのままの全てを投げかける。


 未来がある程度予見できること、その未来を絶対に変えたい事。

 変えたいがためにもがき、ある程度未来が変わってきたこと。


 そして皇国存続のためにどうしても海軍の近代化が必要であり、その足枷となる人物をどうにかしたいこと。


 全てを話した。


「信濃くん。私は貴方の話を信じますよ。とっぴな話ではありますれども、何やら不思議な力が働いているとは思っておりました。華僑の事変の早期解決は私の願いでもありました。しかし中々私の考えが議会に浸透せず、どうすれば、どうしたらいいのかと、日々葛藤の中で次第に状況が整っていく。きっと千佳や水戸君の話を聞き、私が一言添えれば状況が好転して明日が見えていくのではないか……そう考え、これまで命を下してきましたが……その後ろには貴方がいらっしゃったわけですね」

「全てが私の力ではありません。各々が各々に行動できるだけの力があり、皇国の未来のために協力してくれたからです。私は皇国の一国民として、どうしても成し遂げなければならないことがあります」

「貴方の書かれた起案書には目を通しましたよ。あくまで海軍は独立した上で陸軍と両手をつなぐ。

 そうしたいわけですね?」


 なんだって。

 あの紙は千佳様が興味があるといって渡したままだったが、アレを陛下に見せてしまったのか。


 俺は彼が賛同しないと思って見せたくなかったのに……


「……そうです」

「信濃くん。1つ問いかけます。貴方は王立国家とNUP、この両国についてどう思われますか?」


 陛下……そうこられたか。


 この行動の果てにどうするのか見定めたいんだ。

 あの内容ではNUPや王立国家とも刃を交える可能性を否定できない。


 ここは嘘をつかずに行く。


「決して親友ではありませんが、同じ大国同士として末永く付き合っていくべき存在だと思っています。私は"人権侵害を平然と容認する国家を迎合できません"。だからといって王立国家といった国々と手を取り合えるかどうかはわかりませんが、この二国との戦は全力で回避するだけでなく、そもそもが東亜地域においてこれ以上の混乱は避け、基本的には西条首相が掲げられた東亜秩序を維持した上で、NUPが崩しかけているモンロー主義のようなものを皇国に宿したいのです」

「国外派兵の可能性はありますか」

「否定しません。現在の流れでは王立国家を救うために派兵することになるとは思います。絶対とは言えません。未来は常に変えられるものゆえ……それぞれの立場ある者達の行動によってまた状況が変わってきます。第三帝国の和平案に王立国家が乗る……その可能性もありますので」

「貴方は大変に正直な若者のようだ。つまり貴方は、そのための努力を惜しまないというわけですね」

「そうです。華僑の事変を乗り切ったような形で皇国の未来を切り開きます。ただ、その……ヤクチアの魔の手が差し掛かる可能性は依然としてありますので、己を守らんがための戦は再び華僑周辺で起こる可能性はあります」

「私はヤクチアとの政治的解決は不可能だと思っております。貴方はどうですか」


 なん……だって。

 初めて聞いた。


 俺は陛下は基本平和主義者で、全てにおいて政治的解決を望むものだと思っていた。


 しかし一方で北進論などに理解を示したとされるが……


「……正直申し上げて、先制攻撃を仕掛けてくるのはあちら側だとは思います」

「同感です。信濃くん。ヤクチアに対しては先制攻撃はしてはなりません。ただ、ヤクチアと戦は致し方ありません。ヤクチアには本当は立憲君主制や共和制国家となってほしかった。それが叶わぬ以上、こちらに敵意を剥き出しにするならば、我々が戦わねば飲み込まれてしまいます。貴方はその未来を見てしまったのですね?」

「見ました。多くの者が血を流し、未来を失った先の先を。どんなに抗おうとしても大国に押しつぶされ、皇国民は将来、生まれた時点で敗北者の烙印を押されます。全ての暴論や暴虐に対し、貴方は負けたのだからという言葉を押し通されます。未来の皇国民は、その言葉を常に受け続けて半世紀に及ぶ人生を歩まねばならない。私は勝利しても増長せず、皇国民が皇国らしく、侍のような透き通った心でもって世界と歩む未来が見たいのです」

「貴方の言葉は受け止めました。信濃くん。私に少しばかりでいいので時間をください。なんとか貴方の意向に沿うような答えを見つけましょう」


 その陛下の言葉に無言で頭を下げた。

 目を瞑れば本来の未来が刻々と蘇ってくる。


 毎夜毎夜悪夢にうなされて夜中に目が覚める。


 今が夢ではないのかと思って息が荒くなり、立川の古い町並みを見て正気を取り戻す。


 そんなことを繰り返しながら今日まで抗ってきた。


 だがまだやめられない。

 やめるわけにはいかない。

 そのためには俺だけでは無理なのだ。


 結局俺は単なるエンジニアでしかないのだから、誰かの力に最後はすがるしかない。


 お願いするしかない。

 陛下を含めた皇国民に問いかけるしかない。


 その結果、さっそく俺は陛下にご迷惑をおかけしてしまった。

 本来ならその後は会食の予定があったものの……


 俺が真剣に話し込んだことで食事の時間を費やしてしまい、陛下と食事の時間を共有することなく公務の影響で宮内を後にすることになった。


 陛下は本来あるべき貴重な昼食の機会を失ったのだ。

 大変失礼なことをしてしまったので何度も謝罪したのだが……


 陛下は"大変有意義な時間を過ごすことができました"――といって最後に笑ってこちらとそれなりに長い時間握手を交わし、抱擁すらしてくださった。


 そしてそのまま何も食べず、午後の公務へと向かっていったのだった。


 ◇


 皇暦2599年2月3日。

 節分のこの日に富士宮親王は軍令部総長の席から辞任することを発表。


 記者たちの取材に対し、彼は"皇国の鬼は去るのみ"と一言だけ残し、体調不良などを理由に軍令部、そして海軍の席から離れ……


 療養という形で海軍から手を退けた。


 新聞などを見る限りは直前に陛下と対談したというが、陛下がどのようなお言葉を投げたのかはわからない。


 俺は会食の場では大艦巨砲主義を否定するといったようなことはしなかった。


 否定の言葉自体を投げかけることが陛下の心象を悪くすると思ったので必要なことだけを述べ、そのためには軍令部総長に井下中将の就任が必要なのだとは言った。


 現実はその通りになり、軍令部総長は井下中将となったが、御前会議にて陛下が提言したという。


 海軍からは反対の声も大きかったものの……


 それらは艦隊派と呼ばれる者達であり、しばらくすると沈静化する見込みである。


 西条によって統合参謀本部の新たな設立も行われ、


 統合参謀総長は陸海それぞれ2名が担当し、陸海に渡る大規模作戦についてより連携して行うことなどが制定された。


 いよいよここからだ。

 まずは大和と武蔵、これらから手を打つことになる。


 新たに統合参謀総長にも就任した西条を交え、1号艦と2号艦の建造中止をしなければ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ