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第33話:航空技術者は兵器統一を図るために陛下の力を借りることになる

 俺が皇国の体制について1つ気に入らないのが、装備調達に統一感が全くないこと。


 別にそれは構わない。

 陸と海ではある程度求める兵器の特性が異なる。


 だが、例えばハイオクガソリンのための精製装置1つとっても、陸軍と海軍は最終的に共同歩調をとることができなかった。


 組織は組織として独立してなければならないのは当然。


 ただ、未来の軍事組織を見ればわかるように、ある程度の統合運用は必要不可欠なわけであるし、現代戦においては統合作戦も当たり前。


 皇国が敗北した要因の1つにはこの国には実質統合軍とも言える存在が2つあり、本来は互いに役割分担をせねばならぬ所……


 なぜか互いに同じような事をやって全く足並みが揃わないという部分があったところに起因すると俺は見ている。


 海軍と陸軍の違いは海軍は艦を持つが、陸軍は艦を持っていないだけに過ぎない。


 海軍には陸戦隊と称して戦車部隊すら保有するのだ。


 事実上そんな状態なのだ。


 その結果、戦果や作戦展開内容を見ると頭痛がするような内容が多くある。


 なぜ陸上襲撃機が海上に突撃し、潜水艦や敵巡洋艦を沈めているのか。


 なぜ近海に連合艦隊が出撃していたのに、陸軍は航空支援をしなかったのか。


 こういった問題だけでなく、機銃1つとってもまるでバラバラ、兵装もバラバラ、メーカー泣かせで整備班泣かせの運用は改めるべきであるのは言うまでもない。


 近代化の続く陸軍の一方、海軍は未だに足並みが揃っていない。


 水からガソリンが作れるなどという詐欺に平然と引っかかる程、上層部は各種近代的理解に乏しい。


 俺が当初より西条が首相となってやってもらうべき事として考えていたのは、統合参謀本部と、軍事調達関係である程度の運用統合を目指す軍需省の設立だった。


 本来の未来でも最終的に連携しようとするが、すでに敗戦濃厚な時期となってからだ。


 ただ、本来の軍需省は企業の統合や整備などを行い、例えば京芝なら強制的に地方の町工場を買い取らせるなど非効率極まりない運用が目立ったが……


 俺がやりたいのはあくまで互いが別々に別々の品を同じメーカーに調達しようとするといったような……


 まるで統一感のない兵器調達を改めようといった、統合運用計画とも言おうか……そんなことをやりたいわけである。


 キ47の登場はまさにその機運といえる。


 海軍は陸軍の方が明らかに足並みが揃っていることと、同じメーカーを採用しながら明らかに陸軍が登場させる航空機の方が遥かに高性能であったりなど、何か抜本的な部分においてなんらかの乖離が生じている事に気づき始めた。


 元々我が陸軍技研の技術力は海軍を上回っていたが、それだけでなく、航空機の運用方法なども海軍より上回っている。


 整備要員だけに任せず自らも整備に参加する運用方法などは海軍も行うべきであるし、逆に海軍が持つ航法や索敵方法などは陸軍も吸収すべき。


 あとは何といっても暗号通信の稚拙さについては陸軍方式で正したい。


 傍受している陸軍がすぐ解読できる暗号はNUPとかにも簡単に解読されてしまったんだ。


 我らが陸軍の作戦は筒抜けになるケースが殆ど無かったのに。


 こういった互いの弱点を補填し合うためにも、統合参謀本部と軍需省は必要。


 これについては西条に以前より提案を投げかけていたが、改めて提案する事にする。


 ◇


「どうした信濃。キ47で何か不具合でもあったか?」


 電熱服開発が始まって数日後。

 事前のアポもなしに参謀本部に訪れた俺に対し、

 西条は不思議そうな表情でもって俺を出迎えた。


「いえ。別件です」

「なんだ。また買いたいものでも出来たか」

「まずはこれを見ていたければ」


 渡したのは統合運用における起案書。

 どういう組織が必要で、どういう運用が必要なのか全てが綴ってある。


 しばらく西条が読む間立ったままの姿勢で待ち続けた。


「――なるほどな。以前お前が触れていた話か」

「すぐに出来るとは思っていません。

 ただ、現状の運用はとても非効率です」

「確かに、防空のための要撃機を海軍と陸軍双方が開発しようとしているというのは、

 私もおかしいとは常々思っていた」


 西条が触れているのは恐らく雷電だな。

 皇暦2599年9月から開発が始まる雷電については、


 現時点でそういう戦闘機を作ろうと考えはじめているという話が出ている。


 俺も戦後の資料などに目を通して知ってる。


 雷電自体は本来生まれるはずだった、まだ開発が進んでいない二式戦と運用が丸被りで一体何のために作ったのかよくわからない機体。


 艦上運用しない要撃機が欲しいなら、素直に両軍で統一されたものを四菱に求めるべきだった。


 海軍の場合、百式司令部偵察機のようにあからさまに高性能だとさすがに共同運用を行う姿勢はあったものの……


 零と一式戦はまだしも、雷電と二式戦のような明らかに運用方法が同一の機体については基本的に統一運用予定かなにかをもって開発し……


 その分を別の個々に必要となる戦闘機開発へとリソースを分配したいわけだ。


 実際、戦車などではそうしたわけだし、出来るはずなのだ。


「そこに記載の通り、まずは陸攻などの陸上機は基本統一すべきです」

「うむ。そこは否定せん」

「例えば陸軍の機体は航続距離が短めのものが多くありますが、

 今後は航続距離を伸ばしたものを作ります。

 その分、海軍が求める性能に近づくので、

 陸上系の機体は統一してしまいたい。」

「言いたい事はわかる。

 水上機や艦上戦闘機などは従来どおりとし、陸上運用機体は統一すると」

「というか……基本陸上機体は陸軍専門とし、陸海統合作戦を展開したいわけです」


 ある程度西条も理解している様子だが、難色を示しているな。


 といっても、飛龍と連山なんて互いに別々に開発する理由とかないはずだろう。


 この二機でいえば連山でよかったはず。


「長島も同じことを言っているんだが、どうやって海軍を説得するかだな」

「頭の硬い連中が多いらしいですね」

「宮本五十六はまだいいとしても、

 将校の半数は航空機について知らん。議会内でも問題視されてはいる」

「大艦巨砲主義など、とっく終わってますよ」

「それがわかっている者が海軍には10人いたら5人しかいないということだ」

「ならやや強引な手法で行きましょう」

「なに?」


 西条で駄目ならば切り札を使うしかない。

 水戸大臣と千佳様。


 両名を使い、陛下からの勅命を出させる。


「勅命を出すのは構わんが、いよいよ奴らが統帥権を振りかざしてクーデターでも起こすぞ」


 触れようと思っていたら西条が先読みしてきたぞ。


 ……うーむ。

 西条のほうが先が読めているかもしれない。

 彼の言い分はわかる。


 現在の海軍はまさに捩れに捩れた状態。


 次官である宮本五十六は本来の未来と同じく次官のままなのだが……


 三羽烏のうちの1名、米子光政は議会追放の上で閑職に追いやられた。


 当時海軍大臣だった男だ。


 いや、追いやったというべきかな。


 原因は奴がヤクチアと裏で手を組んでいたことと、親ヤかつ社会主義者で華僑事変を泥沼化させた張本人であったこと。


 三羽烏においては二人がリベラルである所、彼のみ違っている。

 

 現在の議会においては全てが反共主義者。

 海軍大臣は英語などに堪能な井下成美となっている。


 皇国の議会にいるメンバーは正直に言って、海軍の中でも非常に優秀かつ未来的思考を持ち……


 井下成美などは現在の西条ともウマが合い、度々二人で話し合っている姿などを陸軍参謀本部においても目にする。


 つまり宮本や井下などのような人間だけであれば、海軍の問題はある程度どうにかできる可能性が高い。


 ……が、海軍の状態は悲惨。


 「近代化に反対する者は去れ!」とばかりに徹底的な仕事をする西条に対し、


 海軍は軍令部総長などが皆、古いタイプの人間で構成されている。


 その上、海軍省よりも軍令部のほうが発言力が強く、海軍省に所属する次官と大臣の発言力など、海軍に対してはまるで効果がない。


 本来の未来でもそれで井下がとにかく苦しんだのは有名だ。


 しかも現時点でその総長は皇族。

 富士宮博親王であり、彼が完全に海軍を掌握した状態。


 宮本、井下の両名がどんなに理解ある者でも、彼らの言葉など、左から右に通り過ぎるだけなのである。


 かといって皇族となると二・二六のように殺せない。


 それを西条はわかっているのだ。


 だが富士宮親王は長らく総長で横暴な行為を続けていたため、終戦時に陛下まで戦犯に問われたばかりか、NUPとヤクチアが皇族という存在を存続させない判断を下すためのキッカケとすらなった。


 今現在この男は脳出血の影響で療養中。


 意識すら朦朧としている状態。

 近く復活するが、半身不随となる。

 それでも海軍を制御しようとするのだ。


 機会としては今しかない。


「首相。2つ選択肢を選んでいただきたい。

 1つは病気にかこつけて近いうちに薨去されるニュースが流れることになるか、

 二・二六事件その他の影響を鑑みて、陛下から引導を渡してもらうか。

 あの軍令部総長は本来の未来である陸軍参謀総長と同じぐらいに足を引っ張ります」

「信濃……貴様……」

「いいですか、首相。貴方には伝えていなかったことがある。

 貴方がA級戦犯となって絞首刑とされた原因の1つがあの者だ。

 貴方が陛下より承った和平工作をことごとく裏から手引きして潰し、そればかりか彼の圧力により皇国の者達は人間爆弾に――」

「それ以上は言うな。誰が聞いているかわからんぞ」

「――ッ」


 西条の口調は落ち着いており、こちらをなだめるように冷静に俺が言葉を続けることを阻止した。


「米子とこの者を排除すればどうにかなる。それはわかる。

 だが私にはその判断は下せん。例えそれが私の未来を破滅に導こうともな」


 そうなんだろう。

 西条にとっては皇族は何よりも尊重したい者なのだから。


 たとえどんな者であっても敬い、批判することなどない。


 でも俺が従うのは陛下だけだ。

 千佳様にだって従っているわけではない。


「信濃。千佳様を頼れ。私は陛下と直接会う権限がない。

 いや……私であってもないのだというべきか。

 もうそろそろ頃合だ。

 陛下は千佳様などから伺った言葉に、お前の存在をそれとなくご理解されている。

 陛下はとても聡明で井下と並ぶ視野の持ち主。

 だからこそ、今の状況を作り出す機会を与えてくれたのだ」


 確かにそれは否定できない。


 ここまでの状況を作る中で、俺や西条がどんなに奮闘しようとしても、陛下の力がなければ今の海軍と同じようになっていたかもしれない。


 陸軍がどうにかなっているのは西条の力も大きいが、それ以上に陛下の決定が大きく影響している。


 だとしても……


「話してもいいんでしょうか」

「お前の目は真っ直ぐに透き通っている。

 その目の奥に皇国の国旗が靡く姿が私には見える。

 そんなお前が凶行に及んでどうする。自らその奥に宿ったものを踏みつけるのか」

「皇国の未来を守るためなら、手を汚すなどわけありません」

「お前の性格であればそうなのだろうな。だが、それは最終手段だろう」

「そうでしょうか?」


 俺はそうは思わない。


 別に蒋懐石だって、あくまで立場上今は尊重しなければいけないだけで……


 俺自身は全ての未来が変わり、ウラジミールを捕まえることが出来たならば、奴を目の前にして、直接鉛弾をブチ込みたいと思ってる人間だ。


 清らかではない。

 そんなものは皇国のためにやり直す際に捨ててきた。


「人の本質は変えられない。絶対にだ。お前の本質は皇国国民のソレだ。

 凶行に及べば、後で後悔する。

 いいか、人生においては常に誰かしらから見られている。

 発言、行動、1つ1つを誰かしらが見て、その者を評価し、あるいは手助けしようとする。

 凶行に及んで少しでもソレが外部に知られれば、

 陸軍は全てが崩壊し、その立場を失い、皇国の未来が閉ざされかねん。

 だとするならば、お前がやるべきはもう1つの方法だ。

 千佳様や水戸大臣ら、陛下と話をできうる者の協力を仰ぎ、全てを話し、そして彼によって親王に引導を渡してもらえ。

 私はそれであるならば否定せん」


 これまで、西条が俺の行動について否定的な見解を述べたことは少ない。


 殆ど俺の言葉に従ってきてくれていた。

 俺も必要最低限の指示しか出していない。


 俺も西条も互いに独立し、互いに未来を守るために行動してきた。


 これが初めてかもしれない。


 いつもなら感情任せに従わせる西条が俺をあえて説得しようとしているのは……


 それだけ俺が西条を信用させるだけの仕事をし、そして西条にとっても失いたくない、見限りたくない人間であることを現わしているのだろう。


 見ているとは文字通り、そういう意味なのだ。

 彼もその一人であるということなのだ。


 ただ状況を整えるだけでは駄目か。

 確かにそうかもしれない。


 俺はウラジミールと同じ方法でもって解決しようとした。


 それが出来たとしても、その先にあるものはヤクチアと同じ。


 皇国はヤクチアじゃない。

 そういうことなのか。


「わかりました。無理を言って申し訳ありません」

「信濃。お前の仕事はまだ終わっていない。

 この歴史において全ての物事がある程度片付いた後、己の人生の果てに今の時代を見返した時、

 自分があの時こうしていてよかったと思える行動をするよう心がけろ。私もそうする」

「はっ!」


 しっかりとした敬礼でもって外に出る。

 これは俺が当初考えていなかった切り札だ。


 未来の情報を知っているということを陛下に伝え、海軍を井下らの力によって近代化させる。


 排除すべきは米子だけじゃなかった。


 俺が直接、陛下に願い出る!

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