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第31話:航空技術者はダイブブレーキと降下速度について検討する


「双発機にダイブブレーキがほしい?」

「そうだ。テストに参加したパイロットが皆口を揃えて言っていた。離着陸に癖がある以外、唯一の弱点だそうだ」

「ダイブ可能速度は800km以上に伸ばしているので問題ないと思うのですがね」

「爆撃後の急旋回時に体にかかる負担が大きすぎるのと、速度が速すぎて命中率が低いそうだ。可能ならば是非欲しいと……信濃。是非検討してはくれんか」

「その程度でしたら問題ないですよ。複座を強要されると性能が落ちるので承伏しかねますが」

「爆撃主体として運用するなら複座が好ましいのは言うまでもないが、単座にもダイブブレーキがあったほうが運用上困らんのでな」


 確かに西条の言葉には一理ある。

 1号機がロールアウトしていたキ47は連日のように試験が行われていた。


 海軍の者達すら欲しがったソレは、後に生まれるはずだった一式陸攻、百式重爆に大きな影響を及ぼしている。


 特にキ47で注目されたのが積載能力。


 有り余る馬力を活用し、爆弾倉などを排除した結果、翼面には爆弾6つ分の積載可能スペースがあり、ここにドロップタンクか250kg爆弾などを装備できるようにはしていた。


 爆弾を搭載した場合は1500kgの積載力。

 ドロップタンクの場合は長距離飛行だけを考えれば2000kgの積載力。


 これは割と過積載に近いので俺は基本1500kgが積載限界と主張してはいる。


 それでも1500kgでも4800km以上を移動できるのがキ47の魅力。


 後にNUPにて誕生するA-1スカイレイダーには幾分劣るものの……


 1880馬力のエンジンが可能とした積載量は開発中の一式、百式の双方より多く、それでいてこいつは速いのである。


 俺はそれについて西条らに"機銃や爆弾倉などを無駄に付けるとどうしてもそうなってしまう"――とは言っていたものの……


 西条を除いた陸軍の将校、そして海軍も"どうせ水からガソリンが出来るとか嘯いてるのと同じだ"――などと思っていたらしい。


 しかし実物が稼動し、海軍自慢の十二試艦上戦闘機が完全敗北した今、陸軍や海軍はここに来てこれまでの考えを改めるに至った。


 これまで、陸軍はあくまでキ47を攻撃機と考え、襲撃機とは別のオールマイティに何でもこなす真の万能戦闘機と見ていた。


 重量のせいで失速特性についてはキ43などに劣り、単発戦闘機に対する絶対性はないが、それでも喉から手が出るほど欲しかった双発機であることは間違いなかった。


 だがこいつは割り切った設計にして研ぎ澄まされた高性能さとなった結果、ある支障が生まれてしまった。


 発端は稲垣大将である。

 何気に航空機に理解がある彼はこう主張した。


 "操縦者達の負担は増えるが、現状の爆撃機は7名も要員が必要なところ、キ47は最大2名となっている。陸軍の爆撃機の性能からすると、現状では爆撃機はいらないのではないか"


 これは1000以上もの量産がされた九七重爆と比較しての考えであるが、本来こういった爆撃機の護衛を努めるべき攻撃機が、そもそも爆撃機より大幅に性能が上回っているなら本末転倒であり……


 重爆の性能を大幅向上化させない限り当面の間は不要ではないのかというのだ。


 実際、ためしに九七重爆を華僑から1機呼び寄せて飛ばしてみたものの……


 あまりの快速性から九七に合わせて行動するよりか単独運用したほうが戦略上の作戦展開の速度が大幅に速まるのだし、おまけに量産するにあたってはエンジンやタービンこそ難点を抱えるものの、重爆よりよほど小型なので大量生産は可能で、長島大臣が主張するようなB-17と並ぶ戦略爆撃機などでも誕生しない限り……



 当面は単独運用とし、その間にハ43を搭載した重爆を開発し、キ47は文字通り西条が唱える"東亜標準機"としてキ43とのハイローミックスにて活用しようとなったのである。


 それから始まったのはキ47による急降下爆撃や水平爆撃試験などであるが、爆撃用ののぞき窓が燃料スペースのせいで作れないキ47の最大の弱点は水平爆撃の命中率がまるで低いことと……


 前述するとおり、急降下速度が速すぎて元来は命中率が高まる急降下爆撃の命中率も下がるとのことだった。


 俺が今誤算だったと考えていることが1つある。


 ハ43の登場で重爆は大幅に性能が向上すると思われた所、陸軍による機銃信仰によって大した性能向上が見込めない機体となってしまい、開発中の百式重爆などは「ガンシップか!」――と言いたくなるような代物となっていたこと。


 ちょっと目を向けてないと迷走する。

 困ったものだ。


 だがこれにはそれなりの理由がある。


 九七重爆が活躍してた頃は機銃が多い方が防御力は高かったのは言うまでもなかった。


 7.7mm~12.7mm程度の機関銃に対し、12.7mmの機銃を掃射すればどうにかなる。


 しかし現用でも20mm機銃が登場しはじめた以上、これからはそうはいかず、機銃は最小限度となっていくのが実情だ。


 最初からそれを見越し、機銃を外して高性能化を突き詰めたキ47。


 これを見た陸軍はここに来てようやく俺の設計思想を理解するに至る。


 キ47と同じ存在が飛んできたら、ガンシップで落とせるわけがない。


 それだけの運動性と高速性能を持つキ47は、陸軍の機銃による重防御信仰者達を正気に返らせた。


 戻って冷静になってみて、今後の爆撃機は高速性とそれなりの運動性を確保すべきという結論に至るものの……



 キ47をその代わりの仕事を果たしてもらいたいため、連日のように爆撃させてみて、割と高価な250kg爆弾を湯水のように消費していた。


 その結果、キ47は完成間近の複座型でなければ真下を確認できず、水平爆撃は低空でないと命中率1割程度と判明した。


 それで、どうしても急降下爆撃可能なようにしたい様子なのである。


 そうすることで真の双発万能機論は完成するとまで主張しているのだ。


 急降下爆撃。


 文字通り真っ逆さまに落下しながら爆撃することで命中率を大幅に上げられることから、基本戦術の1つとして大戦末期まで運用され続ける戦法だ。


 性能の高さから、P-51は戦闘機でありながら450kg爆弾を2つブラ下げて急降下爆撃していたが……皇国でもそれによって大いに苦しめられた。


 西条はパイロットがどうのと言っているが、素直に戦略上必要だと言ってくれればいいのに。


 当然パイロット達がダイブブレーキをくださいと言うことぐらいわかってはいたものの、問題は構造上どうするかである。


 ダイブブレーキ。

 またの名をエアブレーキともいう。

 急降下爆撃を支える要の装置。


 対地誘導弾や精密誘導爆弾が登場した未来では急降下爆撃は廃れた技術であるが、エアブレーキ自体は後の高速化著しい戦闘機においては必要不可欠な装置となり……


 現代戦と呼ばれる半世紀以上先の戦闘においても普通に活用されている。


 元々急降下爆撃に関しては襲撃機で行うと陸軍も主張していたので、キ47はどうせダイブ速度に対して胴体が頑丈だし大丈夫だろうと搭載しなかったが……

迂闊だった。


 スペースが無いというよりかはどういう構造とすべきかを考えていない。


 落下速度との兼ね合いがある。

 落下速度の調整というのは案外難しいのだ……


 航空機の落下速度。

 よく巷で重力加速によってモノが落ちる速度は質量に関係しないと言われる。


 しかしソレは大気が存在する世界において揚力を用いて空を飛ぶ航空機とは異なる話。


 常に大気を受けて空を飛ぶ航空機においては、重量だとか質量よりも、なによりも風を受ける部分の面積、つまりは抵抗の方が重要なのだ。


 例えば同じ体重70kgの男性が二人がスカイダイビングしたとする。


 片方が腕を閉じ、足を閉じた状態で頭を地面に向けて降下し、もう片方が大の字になって地面に腹部を向けて降下した場合、当然にして後者の方が降下速度が遅いわけだが、航空機の場合はそれだけではない。


 落下中も風流を整えるプロペラやファン、落下中も揚力を発生する翼……ありとあらゆる要素によって落下速度は決まる。


 落下速度はこの抵抗力と重量に比例するわけだが、抵抗力によっては、一定以上加速しなかったりする。


 限界が生まれるのだ。


 また重量が増えれば大体のケースで質量が増加するので、空気抵抗の増大係数からいって一般的に大型機ほど落下速度は遅いとされる。


 これがある種ダイブブレーキの仕組みと言える。


 ダイブブレーキとは抵抗力を増大させ、一定以上の落下速度を食い止め、一定までで押さえ込むものといえるわけだが……


 増大させる抵抗力をどうするかによって速度が決まるのでなかなかどういうものとするのかが難しい。


 最初からそれも考慮していればいいが、していなかったので尚更だ。


 それだけではない。

 俺がほぼ1から全て設計した双発機キ47。


 こいつは未来的技術をこの時代で再現しようとしたため、垂直落下時にある法則性が生じており、それが急降下爆撃の命中率を下げている。


 それとは何なのか、今一度頭を整理するか。


 WW2の航空機においてはいまだ未発見の法則性により、多くの不思議な傾向を持つ航空機が誕生していた。


 ある程度法則性を理解できていたP-51はダイブ速度が極めて遅いが、これは翼の失速特性が影響している。


 P-51の層流翼型は一定以上の風を受けると大きな乱流を翼に発生し、それが自然のダイブブレーキとしているため、大戦中の航空機の中でも極めて異質な急降下爆撃特性のようなものを保持していた。


 安全のためにエアブレーキが設けられたのに、それが必要ないほどだった。


 これとは別に、なぜか本来の一式などはやたら急降下速度が遅かったことが有名で、他にもそのような特性を持っていた機体がある。


 それらの原因は千差万別。


 プロペラ径が大きく、一定以上の速度となると大きな抵抗となってダイブブレーキの役割を果たすものや、胴体の空力特性において欠陥のあったものなど、多数。


 しかし一式のように細身でありながら、零より落下速度が遅いというような機体が不思議と存在し、長らく航空機の、流体力学の不思議とされていた。


 その要因は後に旅客機の安全性確保のために利用される。


 NUPで最大の航空機製造メーカーが作った傑作機がある。


 この機体は旅客機史上初めてコンピューターのアルゴリズムを利用した、三次元によるプログラム設計を行ったものだ。


 この時代、双発旅客機は不遇な扱いであった。


 安全性確保の問題から3発エンジン以上でないと空路を限定され、長距離路線での運用が難しく、ランニングコストが安いのに扱いづらい。


 しかし未来を切り開く革命的双発旅客機を作りたかったNUPは、それまでに何度も解体処理待ちだった旅客機を使って実験。


 旅客機の落下速度と重量に関係性がないことを理解するに至る。


 それは747でのこと。

 重量が増大した747。


 通常ならばこれは767や727といった機体よりも、降下速度は遅いはずだった。


 しかし不思議なことに747の降下速度はやたら速い。


 中型はおろか小型旅客機並みである。

 かといって空力的に洗練されているわけではなく、燃費が良い訳でもない。


 それについて何度も試行錯誤し、原因を探ったNUPの企業は……ついにその原因を掴むに至る。


 原因は機首上げ。


 後に重量やその他のバランスを改善し、翼の揚力比なども調整した747-400クラスは本来の性能とばかりに降下速度を低くできたが、そこにはとんでもないカラクリが隠されていた。


 通常、まっすぐ地面に航空機を落とした場合、翼の抵抗などによって若干のピッチアップなどをしながら落下する。


 安全性が高く、事故が少ないと言われた旅客機は"真円の胴体"を持ち、さらに垂直落下中に"体勢を取り戻す挙動"を示す翼を持っていた。


 一方の747。

 まるでそんな傾向がない。

 翼が超高速時に姿勢を取り戻そうとしない。


 そればかりか重心設定が悪いせいで機首から垂直落下しやすい。


 おまけにパワー不足を補うためにエンジン周りの抵抗を減らしていたところ却って落下速度が極めて速くなり、中型機よりも高速で落下する危険な機体となっていた。


 しかしそれが大きく改善した747があった。

 747SPである。


 一連の機体から見出されたのはエリアルールの法則だけじゃなかった。


 延長された垂直尾翼と水平尾翼。

 構造変更されたフラップ類。


 それらが示したのは、従来の747に無かった降下特性である。


 機首が自然に戻るのだ。

 要因は水平尾翼の上反角に対しての1.5m延長など複合的なもの。


 これこそが747シリーズで唯一事故喪失が存在しない安全性の仕掛けであった。


 皇暦2645年。


 華僑が保有する747SPはヒューマンエラーから乱気流に巻き込まれ、垂直落下する事故を起こす。


 ……にも関わらず、死者は0。


 最大5Gという凄まじい落下速度を示しながら錐もみ落下したにも関わらず、ギアダウンしたところ機体は安定しだしたのである。


 この最大の要因は747SPが獲得していた機首上げ。

 あまりに高速になると、機体が自然と安定しようと機首を上げようとする。


 これこそが、従来の747なら間違いなく空中分解していた事故を突破した秘密である。


 この事故を分析していたNUPのメーカーは自身の747において、もしやちょっとした改良でもっと素晴らしいものになるのではないかと考えた。


 それから改修が施された747-300以降はSPに近い降下特性を備えたが、それらの法則性を探りながらさらに突き詰めた構造としようとする。


 そして一から開発が決まった777ではコンピューター演算を用いて、当時最高の技術でもってそれを再現しようとした。


 その結果、あの双発機は従来では考えられないほどの安全性を得るにいたり、航空ルールを変更してしまうほどに活躍する。


 そのルールとは双発機でも777並に安全性の高いものは航路の制限を撤廃するというもの。


 まさに双発旅客機の革命児の誕生であった。


 以降、全世界の航空機はみんな似たり寄ったりな見た目のものばかりになるわけだが……


 なぜかというと、その時生まれた技術は、後の航空業界の安全性を確保する上で重要な発見であるので、余すことなく公開してしまったからだ。


 ライバル機の性能がどうたらとかは関係なく、1人でも死者を減らすことこそ旅客機の定めであるなら、秘密としない。


 俺はNUPのその言葉と共に公開された情報に感動した。


 旅客機においては落ちても死者が出ないのが理想。

 そうしなければ航空機自体が嫌厭されて滅んでしまう。


 だからこういった秘密は秘密とせず各社で共有する。

 ヤクチアなどでは出来ない行為だ。


 NUPの企業が公開したデータは本当に目からウロコ。


 747の降下速度が速いこと、747SPや747-400などが大幅にそれを改善できたこと、新型の787では滑空特性を得ていて、エンジンの最前面にあるファンがダイブブレーキの効果を果たすこと……


 特に777-8と呼ばれる次世代の存在では、それを超大型機に採用してみたことで400人乗りの超大型機がグライダーのように滑空することが出来るようになった。


 それはまさに流体力学の極みであり、俺もそんな仕事がしたくて仕方なかった。


 まあ、747は欠陥機と言い続けてきた俺は、公開データで確信に至ったこともあるが。


 ……やっぱ初期型は欠陥機じゃないか!


 独立解放運動中に乗った747SPが妙に安定して飛ぶなと思っていた!


 なんで747SPが俺がやり直す頃ですら未だに中古市場で大人気かって、ただ長距離を飛べるだけじゃないだろう!


 高い安全性をみんな理解してたからだ!


 己の身でもってその安全性を体験したからこそ、俺が作るレシプロ航空機は、戦闘機でありながらも類似した安定的特性を保持している。


 しかし、この超高速域となると機首上げしてしまう特性は安全性は確保できても急降下爆撃という、垂直落下をほぼ続ける相反する行為と相性が悪く、それが急降下爆撃機としての性能の低さと、戦闘機としての性能の高さを両立させていたのである。


 急降下爆撃を舐めていたというよりかは、廃れた戦法を考慮せずに超未来的な構造を採用しすぎた弊害だ。


 まあ、500km台でいいならば流星と同じような簡単なダイブブレーキで出来るわけだし、変に重量が増大するようなイカしたエアブレーキとはせず、流星と同じ方法でもって処理しておこう。


 それなら重量増加も最小限にできる。


 最初から欲しいと言ってくれれば、SB2Cみたいなイカしたものに出来たのに。


 それも、あっちとは違って穴あきではない形で。


 ともかく、単座だけでなく複座型の2号機にも装備させ、キ47をもっと洗練するぞ。


 というか634kmが気に入らない。

 何が武蔵で語呂がいいだ。

 冗談を言っている場合か。


 俺は信濃で、未来の技術を知る設計者なんだ。

 何が何でも640kmに引き上げてやる!

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