第30話:航空技術者は0と100の選択に100としての回答を示す
「駄目だ! 振り切れない!」
「加藤大尉。そのまま十二試艦戦との距離を維持してください」
「了解です」
俺の指示に加藤大尉は見事に応える。
垂直ループからひねりこみをしようとした機体を逃さなかった。
圧倒的な迎角から垂直ループの遠点となる領域でラダーを右に傾け180度反転。
通常なら間違いなく失速して操縦不能になる所、エンジンパワーと垂直尾翼がそれを許さなかった。
「助けてくれぇ! 誰かーーーー!」
インメルマンターンに類似する、水平から30度ほど角度をつけたループから捻りこむ、後の零戦。
そこに上手いこと失速して再び背後に取り付く双発機。
皇暦2598年12月25日。
1羽の怪鳥が産声をあげ、海軍虎の子の戦闘機である十二試艦上戦闘機を追い掛け回している。
その怪鳥は双発でありながら十二試艦上戦闘機に負けない機動性を見せ、現時点での陸軍最強クラスのエースパイロット加藤大尉の操縦によって見事に十二試の背後をとったまま後の零となる存在を猛追した。
少しばかり時間はさかのぼる。
12月22日。
ついに完成した四菱と山崎の新型双発機と長島の軽戦闘機が立川に運び込まれた。
四菱の完成したそれは、おおよそ陸軍の想像する"航空機"というものからはかけ離れていた。
山崎がこさえたのはキ96を彷彿とさせながらも、キ108のごとく排気タービンが装備された機体。
なんだかんだでそれなりのモノをこさえてきたのだ。
一方、四菱の新型試作機は双胴機。
コックピットは未来的で30年後の戦闘機のよう。
陸軍将校達は口を揃えて双子飛行機と呼んでいた。
その姿を見た将校の一人は一言「妖美だ……」などと呟いたとされるが、これが十二試艦戦を追い掛け回せると思った者は一人としていなかった。
テストパイロットとして召集された加藤大尉を含めて。
だが、新たな一式と対決させてみた所、すぐさま周囲を驚かせるような圧倒的運動性を発揮。
四菱の技師をしても会心の出来と称する双発機が誕生していた。
25日に組まれた十二試艦戦との対決は、そもそもが四菱社内にて湧き上がった論争が火種となっている。
十二試艦上戦闘機とキ47。
どちらが優れた戦闘機であるのか。
それぞれのエンジニアは「キ47だ!」「いや十二試艦上戦闘機だ!」と譲らず……
また海軍も陸軍もこの戦闘機にかけた思いがとても強く、相手のプライドを踏みにじらんばかりに当初より25日対決が決まっていた。
今朝方運び込まれた十二試艦上戦闘機は、確かに本来の未来の十二試艦上戦闘機よりも完成度が上がり、本来の未来である2599年の1月よりも2月ほど前の段階で完成していた。
ただ、俺からすれば残念ながら想定の範囲内と言ったところ。
胴体横にニョキニョキとすえられた排気管。
ハ25を採用したことによりハ33のようにカウリングが作れず、俺が気に入らない不気味な見た目の零と当初からなっていた。
翼の長さは五二型と同等。
恐らく一一型最大の弱点であり、かの有名な大空の侍が「高速時にまるで機体が動かない」――と述べた弱点を克服しようとしたのだろう。
全体的により空力的に洗練されたのはキ35の影響と思われるが、それでも最高速は550km台。
600km台を軽くオーバーし、上昇力も要求性能を満たした双発機の敵ではなかった。
特に俺が四菱とこさえた双発機は高速時の運動性が半端ではない。
油圧エルロン、油圧エレベーターにより、軽快ながらも凄まじい迎角をとることができ、それでいて翼はその状態で翼面剥離を最小限と出来る設計のため、真っ白い雲を翼に発生させながら凄まじい垂直ループを見せる。
これでいて零には出来ないダイブ性能も確保。
海軍が欲しがった答えがそこにあったのだった。
双発機が新鋭単発機に負けるはずがない。
―それまで海軍は陸軍の双発機が明らかに自分たちよりも過酷な、非現実的な、皮算用にすぎぬ代物と見ていた。
しかし形づくられていくキ47が"陸軍が要求するスペックをほぼ満たす"と聞き、焦りを見せ始める。
風の噂では零を双発機に再設計する事すら考えたそうだが、着艦の問題でそれは出来ず、おまけに大改修となると陸軍に大きく遅れを取る。
結果一郎に出来る限りの方法でもって要求性能を満たせと命じたが、一郎はハ33を選ばなかったことでハ43装備のキ47に敵うはずなどなかった。
元々試作機はハ31を装備していた零。
本来の未来と変わり、当初よりハ25を搭載してはいるが、空力を洗練させるためにハ25を選んだことが完全に裏目に出ている。
ハ33を選ぶと零では機首砲を外さなくてはならなくなるので、海軍の要求からハ33を選ぶことが出来なかったのであろう。
7.7mm機首砲では話にならないのだが……それを理解できる国や組織はまだ少ないので致し方ない。
元々、一郎はエンジンについてはハイパワーのものを欲しがった男。
零にはアツタやDB601を載せることも本気で考えており、彼の手記にはハ33も含めてどうするか悩む当時の葛藤が記述されていた。
本来の未来では自社製のハ31を載せるも出力不足。
すぐさまハ25を載せた試作3号機から高い性能を現わし始めた。
海軍は航続距離に特に拘った影響もあり、ハ33は選択できなかったのだ。
現在の世界でもソレは同じ。
ただ、海軍の要求に対してやるならキ47のようにすべきだった。
まるで背後を取れない十二試艦のいる空を見上げ、なに1つ言葉なく、無言のまま見つめ続けるその姿は今の彼の苦しみと悔しさを現わしている。
肩を落とし、力なく、せめて、せめてはと見つめ続ける様子には、生みの親としての誇りと愛情だけで己を支える状態にあった。
心弱き者ならその場から離れるか顔を落としていたであろう。
震え1つない背中には、既に何か熱いものが宿りはじめているのかもしれない。
双発万能戦闘機論を展開した陸軍は、その理論を証明するキ47を誕生させた。
後ほど零と争ったキ45は見事に零を振り切れなかったが、キ47はキ43とも対等に近い勝負を展開。
実はそのキ47だが、当初よりもエンジン性能が向上していた。
ウィルソンとの会談から1週間後。
芝浦タービンに謎の外国人技術者が多数就職する。
まあ謎というか普通にG.Iの技術者なのだろう。
つたない皇国語にて「ヨロシクオネガイシマース」などと言っている男たち。
彼らの仕事はCs-1の改良と並行しての排気タービンの製造。
Cs-1の謎を探る傍ら、芝浦タービンの技術者としての仕事もこなす。
これによって届けられた排気タービンの性能は明らかに純正品と同等となった。
当初、過給して1820馬力を見込んだハ43は1880馬力に到達。
両側で120馬力も増えた。
これこそがウィルソンが示した等価交換なのだろう。
Cs-1の構造理解や改良に技術者を参加させる代わりに、排気タービンの製造にも関わらせ、資本主義的な利益の交換を行う。
実にウィルソンらしい方法である。
西条にはこの件を説明したが、彼は"聞かなかったことにしておく"といって黙認する姿勢を示した。
Cs-1とNUPの関係性が今後どうなるかは説明していたので、西条としても恩恵があるなら認めざるを得ないという事なのだろう。
おかげさまでさらに上昇力は上がったものの……最高速がスペックどおりにならなかった。
キ47の最高速は634km。
6kmも俺の予想より遅い。
原因は初となる双胴型によるものとみられ、設計上の精度を再現できていなかったものと思われる。
6kmとなると塗装1つで変わってくるものなので中々改善が難しい。
パワーアップしてこれなのだから絶対にどこかに原因はあると思うが、飛行中の振動もなく、エンジンをかけての駐機中でもとても静か。
原因究明には時間がかかると思われる。
それ以外は全て満たした上、燃費も改善し、増槽無しで2800km、増槽フル装備では2000L以上も機外にこさえ、最大5600km~5700kmの飛行が可能。
無論この状態ではまともな運動性とはならないので運用には注意を要するが、6000km近くの航続距離と出来るのは大きな魅力。
ボマーエスコートとしての仕事は存分に発揮することだろう。
というか、こいつの性能のせいで殆どの爆撃機が旧式になった。
2000kgの積載はあるもの、陸軍最大の爆弾は250kg。
これを合計6発積載できる。
そんな性能を持つ爆撃機は九七式重爆撃機ぐらいであり、九七重爆と変わらぬ積載をしながら九七よりも圧倒的に速く運動性も高い。
陸軍は開発中だった百式重爆などに大きく影響する、諸外国を圧倒し皇国の航空機達を大きく前進した機体を手に入れることになったのである。
一方のキ43こと新たな姿となった一式戦。
こちらはキ47と異なり、当初より1号機と2号機が届いた。
1号機はハ33、2号機はハ43を搭載。
2号機は航続距離を犠牲に637kmを当初より発揮し、1号機は航続距離をある程度保ちつつ589kmの快速性を発揮。
特にハ43搭載タイプにおいては250kg爆弾を片翼ずつ懸架した上でハ33搭載タイプと同じだけの機動性を発揮していたが……
航続距離については両翼に装備させるドロップタンクにてどうにか補えるものの、残念ながら航続距離は最大でも2600kmとなってしまっている。
ハ33搭載型はドロップタンク搭載で航続距離3300km。
当初予定よりも燃費向上によって3000kmをオーバーしてくれた。
2号機は18気筒化による燃費悪化をモロに受けた形だ。
また、やはり指摘されたのが機首砲でないことで命中率が下がること。
空中に掲げられた攻撃目標への命中率はハ33搭載の1号機の方がダントツに高く、今のところずっと言われているのはハ43を搭載した1号機が欲しいという話だ。
これについてはもう強制空冷ファンを使うしかないだろう。
キ51のためのモックアップで試して成果を出しているが、空冷ファンというのは被弾した後が怖いからあまり採用したくなかった。
無くともどうにかなりそうであるが、あえて強制空冷ファンを装備しておいて冗長性は確保しておきたい。
赤道沿いあたりを低空で飛ぶとハ43をキ43に搭載するのは怖い。
ちなみにキ43と十二試艦上戦闘機も対決したが、1号機は最高速が優れるものの運動性では十二試艦上戦闘機とさほど変わらなかった。
一郎がこさえた十二試艦上戦闘機は明らかに本来の十二試艦上戦闘機より性能が高い。
運動性は間違いなくかつての十二試艦上戦闘機よりあがっている。
おかげで予想よりも大分機敏にクルクルと動き回る。
一方でハ43搭載の2号機はというと、全方位で十二試艦上戦闘機を上回った。
特に双発機と同じように垂直ループ遠点からの急激なラダーによる方向転換はこれまで採用しなかった尾翼によって見事に零すら不可能な軌道を可能とし、――おかげで"どうやったらストールするのか試してみたいが怖い"――と、加藤大尉を含め、心躍る一方で限界性能が見えない恐怖というものを感じている。
これまでの常識が通用しないのだ。
双発機の場合はエンジン馬力でリカバー可能。
一方で1660馬力のハ43だとトチると墜落しかねない。
空力特性がきちんとしているのでスピンしたまま戻らないだとか、錐揉み落下してしまうだとか、そういうのは無い。
ただ、九七と比較して非常にハイパワーになっており、重量も大幅に増加している分、Gなども強く……
本来ならもっと動けるがパイロットが恐怖して動かしきれていないといった、当時よく言われた根性ブレーキと呼ばれるものを搭載していた。
十二試艦上戦闘機のテストパイロットにも互いに機体を交換して乗ってもらったが、零は軽やかで怖くないが、キ43の2号機は"率直に言って怖い"と言われるほどだ。
何が違うかよくわからない。
安定性はあるのに怖いというのは、胴体後部の尾翼の影響だろうか。
零は一般的な構造だから水平尾翼が垂直尾翼を支える。
俺のこさえた胴体後部は水平尾翼も垂直尾翼も独立しており、双方が完全に各々の仕事を果たすためにすさまじくキビキビと動く。
これが逆にマニューバの際の振動を弱め、曲がろうと思えばどこまでも曲げられるから怖いのかもしれない。
ちなみに十二試艦上戦闘機との対決においては、零が苦手とするダイブを仕掛けて1号機も2号機も性能の違いを見せ付けたが……
海軍は本来の未来ならばNUPが駆使する戦闘方法に対応できないことに、素直に驚嘆すると同時に恐怖を抱いていた。
まー海軍がやるなら、流星を単座にして二回り小さくした純然たる戦闘機以外に方法はないのではないか。
あいつも本来のハ43を搭載したモデルがあることだし。
このまま行くと海軍は十二試艦上戦闘機を採用しないかもしれない。
そうなると零が消えるわけだが、零をそれなりに量産しといて真新しい艦上戦闘機を作る可能性もある。
ただ今の零ではヤクチアと戦えるかは不明だ。
あっちは高速戦闘機が多く数も多い。
開戦初期はお粗末な機体が多いが、いかんせん数の多さが零を苦しませた。
キ43の2号機ばりに高性能でないと駄目だろうな。
そのキ43ですらスピットファイアMk.Vとそう性能が変わらない。
アレは2600年には出てくるわけだから、1年分の優位性しかない。
しかもキ43がどこまで改良できるのか未知数。
空冷エンジンの高速化はやはり手ごわいものだな。




