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第210話:航空技術者は対処する(後編)

前後編に分けています。

「――飛行中に機銃が撃てなくなった?」

「ええ。高高度からの急降下を行ってある程度のGをかけた状態で地上目標に向けて射撃を行おうとした時や、急旋回を繰り返した後に飛行目標を攻撃しようとした際、何門かの機銃が動作不良に陥ることがままあります。2、3度ほどではありますが6門全てが撃てなくなったことも……」

「整備員からは何と?」

「地上で改めてテストしてみると多くの場合では撃てるようになっているそうですが、弾帯が歪んでそのままでは撃てない事例が何度かありました。高Gでの旋回を繰り返すと弾帯がねじれたり歪んだりして、正しく装填出来ない事があるようです。鍾馗の方ではさほど聞かない事例ですね」

「うーむ」


 皇歴2602年3月3日。

 恐れていた事態が押し寄せてくる。


 疾風はやてに関して早急に解決せねばならない問題点が見つかったと藤井少佐から連絡を受け、急いで試験が続く調布へと向かい、少佐より報告を受けると……


 どうやら機体ではなく機銃の撃発不良や装填不良が多発するようになってきたそうで、搭載されたホ5を製造するメーカーの技師なども呼びつけて原因を洗い出すにまで至る事態となっているようだ。


 完全に油断したと言わざるを得ない。


 今になって俺はF-86やMig15といった本来の未来に存在した第一世代ジェット戦闘機において同様の問題が多発し、それぞれの国が一時期航空機関砲に対して不信感すら抱くようになったことを思い出していた。


 例えばNUPでは一部機体で機銃を取り外してロケット弾のみを装備させるような仕様のものを配備したりなどしていたし、結果的に不信感が強まりがミサイル万能論にまで至り、そっちはそっちで大いなる失態を犯す事になる。


 ヤクチアでは機銃を複数配置して1門でも動作できればいいと考えるようになった他、機銃本体を機体からごっそり取り出して丸ごと交換できるよう設計を改めるようになる。


 この設計思想はある程度機関砲の信頼性が確保できるようになった先の未来……本来の未来において俺がやり直す頃においても一貫したまま、ステルス性が犠牲になるとわかっていてもステルス戦闘機にも引き続き採用し続けるほど。


 どの部品がどうかとかそんな事をやっているような余裕など戦場にあるわけがないという考えに基づく。


 一方のNUPは、現在の皇国が挑戦しているように、万が一が生じてもとりあえず撃てる信頼性と冗長性を確保した陸軍内でやり直す以前の世界においても斉射砲と呼ぶ代物……すなわちガトリング砲でどうにかする方針とし、整備性の悪さや重量増大に目をつぶってでも必要な時に射撃が可能なよう整えていた。


 両者ともに様々な面で犠牲を強いる仕様をあえて採用しているのも、撃てなくなった場合のリスクは尋常ではないからである。


 そして彼らが1つの答えに辿り着くまでに10年以上の歳月を要したのは、原因が複合的で1つだけではないからだ。


 弾帯の歪みは高Gによるもの。

 それによる装填不良も。


 一方、排莢不良や射発不良は機銃が短時間の間に急激に冷えたり温まる事で銃全体の構造に局所的に歪みを生じさせたり、あるいは部品同士の温度差が引き起こす公差の逸脱などによって起こる。


 ここに対するヤクチアとNUPの回答もそれぞれ違う。


 ヤクチアはガスト式及び通常のガス圧作動の機関砲において、両者に強制排莢させる構造を導入した他、ガス圧駆動のGSh-30では水冷式としつつ全体のパーツの温度が一定になるよう設計を改める事で信頼性を確保した。


 弾帯も高Gに対応できる構造となっている。


 一方のNUPは弾帯という存在が信頼できないのでリンクレス給弾方式を見出した上で、ガトリング砲という冷却面において優れる存在に縋る。(なお、リンクレス給弾のアイディア自体を思いついたのは王立国家だったりする)


 空冷式である一方、砲そのものが回転することでより均質な冷却が行えるよう内部構造を改め、熱伝導の仕組みをも利用してそれぞれの部品の温度状態に想定外なまでの公差を逸脱させるかのような偏りが起きないよう調整することで必要となる信頼性を確保していた。


 そもそも1門や2門不動となっても撃てるようにすらしている。


 ここから言える事は1つ。

 疾風はやてには最初の段階からガトリング砲を装備させるべきだったのだ。


 とりあえずある程度の信頼性があるとされるホ5を6門集中配備しておけばいいだろう――などというのは妥協であり、初手からNUPに情報が伝わるとわかっていても採用すべきだった。


 極めて信頼性の高いM2をベースとした機銃を装備したF-86は戦場で機銃が撃てずパイロットを危険に晒した。


 それを忘れずに疾風はやてをきちんとした状態に整えなければならなかったのに……


 いや、後悔している場合じゃない。

 今やれることをやらねば。


 後悔した1秒がパイロット1人の命を左右するんだ。


「――少佐。状況は概ね把握できました。とりあえず現段階で出来る対応策を講じると共に、できる限り早い段階での新型の航空機関砲への切り替えを行いたいと思います」

「もしや噂の"斉射砲"というやつですか? あれも中佐が関与してたものだったんですね」

「ええ。あっちの信頼性は高いです。ただ、一朝一夕で用意できるものではないので、既存の機銃に早い段階で改良を施します。もしかすると6門から4門となってしまうかもしれませんが、多くのケースで全砲門撃てるようになる改良方法が頭の中に浮かんでいるので、早急に対処する腹積もりです」

「飛行試験や転換訓練は続けても問題なさそうですか」

「まだ結論が出たわけではありませんが、機銃が撃てなくなっても飛行継続可能な点から機体に問題があるわけではありませんので継続して下さい。機体の何らかの内部構造が搭載している機銃に悪さしている可能性も無くは無いですが、それと疾風はやてそのものの飛行安全性に密接関連性はありません。ようは撃たなければ、弾薬を装填しておかなければ懸念点を排除できる」

「確かに。未だに疾風はやてはエンジンの燃焼不良以外で飛行継続不能となった事例がありませんからね……航空機としては相当に信頼性が高い。燃焼不良での試験中止の時も、結局は不動となったのは1発で、2発あるので問題なく調布に戻ってこられましたし」

「射撃訓練をどうするかは検討の後に回答を出します。本日の飛行訓練も射撃訓練以外は予定通り行ってください」

「承知しました」


 少佐の表情は最初に報告を受けた時よりも相当に穏やかとなっていた。

 ともすると疾風はやての訓練が中止になりかねない事態であるため、不安を募らせていたのであろう。


 射撃訓練がしばらく出来なくなるかもしれない事は十分に今後を考えると不安要素と言えるが、それ以上に飛行訓練を中止させる方がよほど怖い。


 現状は自分が責任を負った上で、こちらの判断で飛行継続を指示することとした。

 西条にも本件について伝えておくが、恐らく飛行中止の判断にはならないだろう。


 まずは立川に戻って対策案を練らないと……


 ◇


 本当は少佐から疾風はやての転換訓練の状況など伺いたかったところであるが、そうこうしていられないので雑談に興じる事も無く足早に立川へと戻る。


 いつもの設計室へと籠った後は、移動中に頭の中で組み立てていた改良案の基本設計を書き出していく。


 やる事は決まっている。

 ホ5の水冷化と水冷化に合わせたバレル構造の変更。

 同時に強制排莢システムを組み込む事だ。


 問題はここから。


 バレル構造についてはバレルそのものの素材を変更すべきか悩む。


 ヤクチアはGSh-30-1を設計する際、バレル素材にニオブを添加した耐熱鋼を採用した。


 ニオブは耐熱性、耐腐食性が向上する一方、素材そのものの熱伝導率が低く、バレルそのものの熱伝達状況がやや特殊となり、局所的に加熱しやすくなる弱点がある。


 ヤクチアはここをトライアルアンドエラーで試行錯誤し、局所的に加熱する部分を重点的に冷やせるよう、冷却水の流れ方を調節する内部構造とした。


 特にバレル後端、発射機構が内蔵されるレシーバー側が過熱しやすいため、それに対応した構造となっている。

 

 部分部分で不均衡な状態の過熱が予想不能な収差の逸脱を招くことは数十年にも及ぶ実戦を含めたデータによる検証により把握していたので、それを徹底的に防ぐようにしているわけだ。


 今からそんなバレルを開発して間に合うのかという話である。

 完成した頃にはガトリング砲が出来上がって、搭載できてしまっている可能性があるんだ。


 とはいえ、現状における対策として最善手なのは間違いない。


 ここに関して目を瞑るかどうかはについては、ホ5の発射速度がGSh-30より圧倒的に低いという点を持って従来と同じ素材のバレルとしつつ、バレル構造を見直して流体力学と熱力学に即した適切な内部構造の状態で運用に問題ないことがわかればいいわけだから……


 二案を同時進行させ、ニオブを添加したバレルの方は保険掛けとして試作品を作るのが正しいか。


 正直製造コストも跳ね上がる上に、現状の皇国の技術力では均質な熱処理ができる保証も全くないので、万が一を想定してリスクヘッジとしての開発になるだろうな。


 次に強制排莢システム。


 これは本来の未来において2つの仕組みが存在しており、NUPとヤクチアがそれぞれガスト式の機関砲を開発する際に試して結果を出している。


 結果的に言えばヤクチアが採用した方がデファクトスタンダード化したが、冗長性の高さという点で決してNUPが見出した方式が完全に劣っていたわけではなかった。


 NUPではG.IがGI-225というガスト式の試験的な機関砲を開発した際、不発弾によって動作不能となる問題をどうにかするために、電磁ソノレイド、あるいは電磁コイルを用いた強制排莢システムを見出して組み込んだ。


 これは当時の一部の野砲などにも採用されていたもので、電磁ソノレイドあるいは電磁コイルによって加速して打ち出された専用のボルトが側方から内部の弾薬を叩いて強制発火させ、弾丸を強制的に発射・排莢するものである。


 ガスト式はガス圧駆動のため、強制的に排莢するには前提条件として排莢に必要なガスをどこからか持ち込まなければならない。


 そのために強制的に不発弾を雷管に頼らずに発射することで強制排莢させるわけである。


 一方のヤクチアはその方式では反応速度が遅いことを認識しており、電気着火方式で作動する専用の爆発ボルトでもって弾薬を叩いて強制排莢させるようにした。


 コンマ数秒の遅れが命取りになると判断してのことである。


 その代わりとして、ヤクチアの方式では強制排莢できるのは1回限り。

 ガスト式ならば片方それぞれ1回限りという事になるので片側で2発目の撃発不良が生じたらどうしようもない。


 しかしヤクチアは元々航空機関砲に搭載する装弾数が少ない事、弾丸に一定以上の信頼性があるため2発目の不良を生じさせる可能性は低い事から、即応性の高いこちらの方式を採用し続ける事になる。


 なお、余談ながら爆発ボルトは反応速度が高い反面、薬莢が想定外に砕けて弾丸共々銃身から射出され、破片となった薬莢をエンジンが吸い込んで試験飛行中のMig-29がエンジン停止に陥った事があり、強制排莢システムについてはシステムの正式採用後に何度も改修されていたりする。


 噂では爆発ボルト自体の先端が砕けて機銃の外に破片として排出された事もあったとか。

 きちんと設計しないと疾風はやての飛行安全性を脅かしかねないな……


 この案を採用する場合はそこをどうにかするとして、GIが電磁式にして何回も強制排莢できるようにしたのは、当然にしてそのような信頼性がなく、2発目がありうると考えていたのと、自社が開発して普及させたガトリング砲であるM61と同等の信頼性を確保したかったため。


 結果的に言えば、重量や整備性という部分を度外視した場合、M61A1ならヤクチアに後れを取らないということがわかったのでガスト式の機関砲共々不採用となったわけである。


 これもどっちが正しいのか正直何とも言えない。


 ヤクチアが爆発ボルトに拘るのはGSh-30のような単装砲として採用してもどうにかできるからであり、口径が小さいために複数の機銃を装備する疾風はやてにおいてはどっちの方式が優れているかの答えをすぐ出せない。


 ヤクチアが採用する爆発ボルト方式の破片は懸念点ではあるんだが、NUP方式は実際に航空機に搭載された上で試験を行ったわけではないので、こちらの排莢システムの方が完成度が高かったとする根拠に乏しい。


 ここはどっちも薬莢の破片、あるいはボルトそのものの破片が射出されてエンジンに悪影響を及ぼしうる危険性があると考え、やはり二案を同時進行させるべきか。


 こうも立て続けに問題が起こると、また新しい問題も生じそうだ。


 ウィルソンCEOからの呼び出しを受けて明後日に話し合いの場が持たれる予定だったんだが、多分そこでも何かが起こると思う。


 しかしタイミングとしては丁度いい。

 どうせ京芝を通して新型のガトリング砲の情報は伝わってしまう。


 西条に話をつけて彼らを共同開発に巻き込み、早い段階で量産が可能となるよう調整してもらおう。


 斉射砲の開発については既に京芝内で暗雲が立ち込めているそうだし、ともすると既にG.I側に何か相談してしまっているかもしれない……それを止める術が双方の契約関係上無いも同然のため、早い段階で優秀なガトリング砲がNUPに採用されるかもしれない事には目を瞑る!

信濃忠清が頑張れば頑張る程、将来において皇国内におけるガトリング狂徒が増加し、新型機開発時に頭を抱えることになるのであった。


X開設中

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― 新着の感想 ―
ガトリング砲を入れたガンポッドとかもあるくらいだから、疾風のパイロン一杯にそういうガンポ積みまくった狂気の疾風とか出てきそう(どこでかは忘れたがf4がガンポッド積みまくってる写真を見た事ある) 現実で…
後世においてアンサイクロペディアで様々な(実戦で使える)装備性癖を作り出した祖、としてに書かれているシナノ氏(笑)
ガトリングかぁA10(後継機)の足音が聞こえてくる…
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