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第210話:航空技術者は対処する(前編)

前後編に分けています。

「――――フゥ」


 一仕事終えたという安心感から自然と肺から息が漏れる。

 今まで肩に力が入ったまま仕事をこなしていたのだろう。


 皇歴2602年2月下旬のある日の朝。


 土浦や木更津、そして朝霞などでの試験運用を経て新たに提示された改修要求……そのために練り上げた設計図を前に安堵の息を漏らした俺は、改めて内容を精査し始める。


 急遽改修が必要となったもの……それは土浦を筆頭に試験並びに転換訓練が行われている主力戦車の操縦席であった。


 なぜ、既に量産のための生産ラインすら組まれている状況で改修が必要となったのかというと……最大の理由はブレーキ強化にある。


 試験車両での試験中、本主力戦車は従来とは比較にならない殺人的な減速とも形容される制動力を得る事になった。


 PCCシステムは急な加減速を可能とする多段式のバーニア抵抗制御であるが、試験に供している現場より指摘を受けるまでの間、俺は一般的な戦車に必要となる十分な制動力さえあれば問題ないであろうと考え、制動力を制限していたところ……制動力を強化してほしいという要求によりブレーキ回路などの改修を認めたのである。(第178話:航空技術者は検討を始めるを参照)


 問題はこの時に手に入れた"殺人的な減速力"により、本来の未来におけるレオパルト2などを参考とした一般的な自動車とほぼ変わらぬステアリング操舵方式の操縦方法では、ハンドルに胸などを強打する負傷事故が相次いだ他、減速時にハンドルが左右に揺られることで蛇行してしまうことが問題視された。


 ハンドル自体はアナログ方式のステアリング・バイ・ワイヤー仕様なため、急制動の際にハンドルの制御を受け付けないよう施すという考えもあったが、それだとブレーキ後のハンドル位置の影響で車体がハンドル位置に合わせて動こうとするため、これはこれで問題が生じる。(ここはアナログ方式でなければ回避可能な問題だったかもしれないが、現状においてそれを可能とする技術は存在しない)


 また、主力戦車は未来の一部の大型重機と同様、アクセルペダルとブレーキペダルをそれぞれ左右に配置し、両足を上手く組み合わせることで急旋回等も可能にできるようにしていたのだが……練度の低い者だとアクセルとブレーキの踏み間違えが多発し、ここも問題ありとされた。


 ある程度直感的に操縦できることと、慣れれば極めて精密な挙動を実現できるという点は高く評価された一方、問題点もあると指摘されたのである。


 冷静に考えれば戦場において常に最高練度の操縦手が搭乗できる保証なんて無い。


 とにかく敵に鹵獲されてはならない主力戦車において、急遽採用された操縦手が満足に動かせないのは大事に至る可能性があるので避けるべきだという主張は大変理解できる話だ。

 

 命を預けて戦う戦闘車両なだけに妥協は許されない。

 むしろ貪欲なまでに冷静に分析した結果から要求を伝えてくる姿は頼もしいともいえる。


 結局は戦闘機と異なり門外漢でノウハウも無かった人間が設計した事によるあらが表面化したというわけである。


 そして彼らがその代替としてこれはどうかと提案してきたのが、現在農林省と共同開発して大量生産を行っている耕運機や、今やアペニンや王立国家からも評価著しい機動二輪車と同じような方式の操縦方式だったのである。


 この操縦方式、実際にM1エイブラムスなど、いくつかの主力戦車で採用されている未来の世界にも実在する方式だ。


 これならブレーキ時にハンドルがブレることをなるべく回避しつつ、アクセルとブレーキの踏み間違えは回避できる。


 そもそも、現在活躍中の二輪車に採用された操縦方式は、第三帝国のメーカーが徹底的に人間工学の観点から検証を重ねて誕生させたもので、将来に渡って基本形となる存在。


 人間は危機的状況に陥ると両手を大きく握り込み、足を前に出して大きく踏ん張ることから、二輪車では急制動の際に踏み間違えが無いよう、手で握るハンドル部分にクラッチと前輪ブレーキとアクセルスロットルを配置し、足で踏める位置に後輪ブレーキを配置しているが、この配置は今より70年以上も不変のモノとしてデファクトスタンダード化して未来世界に根付いているもので、全く同様の操縦方式とする戦車すら存在したのである。


 ではなぜ本方式を当初から採用しなかったのか……


 理由の1つとしては単純にNUPが採用する方式を回避して皇国独自色を出したかったに過ぎない。

 技術者のエゴだったが、それで当時は問題ないと思っていた。


 "可能性の未来"を見る限り、M1エイブラムス等の方式以外だと、まるで戦闘機のようなジョイスティック方式を採用するような戦車も出てくるが……


 自分はその途上に至る状態でいいのではないかと考えていたのである。


 また、主力戦車はシステムの大部分がNUPより取り寄せたもので、設計情報の一部はG.Iに渡ってしまうことから、あの当時の情勢下でNUPに最適な操縦システムの原案を渡したくなかったという事もあるが……


 もはやそんな事を気にしていられるような状況ではなくなったので、改めて再設計することとしたのだ。


 なお、案は2つ作り、2つの方式を試験に供する。

 基本仕様はほぼ同じ。


 バイク(正確には四輪バギーや三輪のリバーストライクに近い)のようにハンドルバーを左右に動かすことで旋回し、ハンドルバーの傾きを検知して傾きが強くなればなるほど旋回力が向上する。


 耕運機と同様、ハンドルの中央部分にはスイッチ類が配置され、超信地旋回などはスイッチレバーを動かすことで回路制御して行えるようにする。(スイッチを倒した後にハンドルを動かすことでその場で超信地旋回する)


 スイッチ類は全て両手どちらかの親指が届く位置に配置。

 基本的にほぼ両手はハンドルを握ったまま操縦できるようにし、後退や前進も中央のレバー操作で行う。


 唯一手を放す必要性があるのはタービンエンジンのスロットル調整等。

 タービンエンジンの出力調整は基本オートであるが、手動制御できるようにもしてあるのだ。


 そうしないと万が一において対応できないし、低出力状態を維持することで燃費を向上させられる。


 この辺りはM1エイブラムスとほとんど変わらない。


 ただ、ここから2案で差異が生じる。


 1案目においてはハンドル両側にブレーキレバーを配置し、手で握り込むことでブレーキを行う方式。

 いわゆる未来のスクーターと同じ方式で、ペダルレスである。


 より直感的に操縦できる反面、制動時において微細な制御が若干難しいという所がデメリット。


 もう1案ではブレーキペダルを残し、ブレーキングはあくまで足でやる方式。

 こちらは制動時における制御面において優れるが、操縦時に"足が必要となる"という点がある意味でネックとなる。


 足を負傷した場合、操縦できなくなるのだ。


 将来の皇国の様子等を考えると自分は最初の案が優れているのではないかと考える。


 惨いことを覚悟の上で上層部や試験に供する戦車兵にも伝えるが、最初の案では戦闘中に足が吹き飛んでも止血さえすれば操縦を継続できるという点は大きなアドバンテージ。


 さらに、戦場にて足を失うも、これまで十分に訓練を積んできていて高い能力を維持できているハンディを抱えた戦車兵がいる場合、脱出が困難となるというリスクに目をつぶれば彼らを再登用できるという長所がある。


 華僑での戦闘経験により、皇国国内にもそういう戦車兵は少なからず存在する。

 そして今後もそういう戦車乗りは増え続けていく。


 戦場に出ていく関係上、負傷する人間が出る事は避けられない。


 例えば最前線に送り出さずとも、国内の防衛において彼らの力を借りる方法もあるのではないか……


 主力戦車は北海道地域などを中心に国内の防衛のためにも配置される。

 そこに割く兵士の割合については常に議論の的。


 西条も苦悩していた所だ。


 そういえば猫の手でも借りるというなら熊に航空機や戦車の操縦方法でも覚えさせろと愚痴をこぼしていた北海道地域を任せられている佐官がいたっけ。


 ならばきちんと志願を募った上での再登用で、国内を守ってもらうという方法もあるんじゃないか。

 もちろん強制はさせない。


 もう戦場で散々傷ついてきたんだ。

 これ以上苦しむことは無い。


 それでもまだ戦う意思を閉ざさない猛き者に、地上戦闘の要となる主力戦車の操縦手を任せても……頼ってもいいんじゃないだろうか……


 なので自分が推すプランとしては最初の案。


 なお、ペダルも残しておいて2案を統合するという事も要求されそうなため、出来るようにしてあるが……


 それだと万が一急制動で踏ん張ったときに思った以上に足で踏ん張りすぎて自身が望むより強く急制動がかかりすぎる可能性があるので、基本的には要求されるまで2案どちらかしか試行しない予定。


 懸念点があるとすると、1案目が本当に採用された場合、未来において頭を抱えるのは後継主力戦車の開発責任者になるだろうな……


 タービンエレクトニック方式だからこそ現代技術でも実用化を可能としたアナログ制御のステアリング・バイ・ワイヤーであるため、相当未来に至らないと従来方式のディーゼルエンジンでは採用できない。


 燃費の問題は上層部も大変気にかけている。


 それでも我が国は来るべき戦車戦に備え、絶対的な性能を重視することで整備に特殊な人材が必要なことと合わせて目を背けた。


 完成した戦闘車両は既に600両を突破。

 来年には1500両以上揃う。


 そのうち300~400両前後は国内の防衛に用い、200~250両を北海道地域に配置予定。

 現状では250両ほどが転換訓練や試験に供され、日夜主力戦車のための戦車兵は増えつつある。


 3月下旬~4月初頭にかけ、土浦では多数の来賓を招いて試作車両として主力戦車は公開予定。

 その際には実際に標的を砲撃しての実践を想定した演習を行う予定だ。


 新型の操縦席はここに間に合わせられるかと現場から問い合わせが来ているが、恐らくいける。

 今から発注をかけて車両に施し、問題なければ既存の車両を全て入れ替える。


 一時的な混乱は生じるかもだが、より直感的に操縦できるのであれば問題ない。

 あっちでも既に転換訓練を行っている操縦手に向けて問題点を解消した操縦方法に改めることは伝えられているらしい。


 何とかなるはずだ。


 今気にすべきは……別のところで似たような問題が発生しないこと。

 俺の人生経験上、こういう時は様々なトラブルが怒涛ののように押し寄せる。


 果たして何もなければいいが――

X開設中

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― 新着の感想 ―
戦車の話を久しぶりに読んで、同じく門外漢であった潜水艦はどうなったんだろう?と思った。 機会があったらその後を教えてください。
後継戦車はキャパシタいれて待ち伏せと砲の旋回は電力とかやりそうですね。コマツのハイブリットのバックホーみたいな感じで。これだけで待ち伏せではかなり燃費は改善しそう
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