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番外編23:緊迫の査問委員会(後編)

長いので分けました。

「例の物を用意しろ!」


 手に持ったペンでもってトントンと周囲に聞こえる状態で机を叩き、部下に向けて総統閣下が行動を促すと、何やら燃えカスのような明らかに燃焼後と思われる物体がキャスター付きのテーブルのようなものによって運ばれてくる。


 それらはこれから質疑応答を行う別の技師の目の前に配置されると、もう1つの議題における査問が開始された。


「さて、知らぬ者もいるので改めて説明しよう。これは現在我が方の勢力が手を焼いている耐火服である。信じられない事にこの耐火服は1000度以上に達する焼夷手榴弾や火炎瓶、そして火炎放射による炎から長時間耐え抜く力を持ち得ており、しかも大変燃えにくく攻撃を受けた敵歩兵はその状態で身動きを行う事も可能で反撃してくるのである。現在我々はこの耐火服が戦場に持ち運ばれたために携帯式火炎放射器をほぼ無効化され、大変憂慮する事態となってきているのだ」

「SSの調査報告によると、通常の場合、人体が耐えられる火炎の放射は僅か数秒とのことだ。ガスや液体によって延焼を生じさせる焼夷手榴弾や火炎放射器の場合においては、まずそのような短時間の焼灼などありえん。一度炙られれば延焼効果によって継続的に焼灼され続ける。しかしこの耐火服を身に着けると延焼せず、しかも1分程度も人体に大きな損傷無く耐える事が出来てしまうというわけだ」


 名前もわからぬ幹部級の将校の説明に続き、総統閣下が説明を重ねる。

 噂には聞いていたが尋常ならざる性能である。


 従来まで用いられてきた耐火ウールは精々10秒保つかどうか。


 携帯式火炎放射器より数秒の放射を受けるだけで延焼も合わさって生命活動に支障が出るほどの大やけどを負うのは間違いなく、とてもではないがそれらで耐えようなんて考える者はいなかった。


 恐らく、説明の様子から本装備を身に着けた歩兵は防御力に身を任せて突撃を止めぬのではなかろうか。

 射程の短い火炎放射器では近づかれたらひとたまりもない。


 可燃性の液体あるいはガスを背中に背負った状態だ。

 いわば爆薬を背負っているようなもの。


 相手が火炎をものともせず向かってくる場合、無敵とは言い難いのだ。


「改めて問おう。この耐火服を構成する素材は一体なんだ? 天然素材でないことはわかっている」

「化学繊維と、NUPで未完成の状態で発表されたエアロゲルと称されるケイ素を含有した物質で構成されている以上の事はわかりません」


 先ほどのやり取りがあったからなのか、もとより流出した可能性が薄いからなのか……化学繊維部門の技師は我々より明らかに落ち着いた様子を見せている。


「化学繊維の詳細もわからんのか」」

「複数の化学繊維を用いていますが、1つについては推定はできます。表向き発表されてはいませんが皇国のとある繊維メーカーのレーヨンの生産量が激減していますので、複数の化学繊維のうちレーヨンの製造を流用して製造可能な化学繊維が存在するという事だけは」

「それが主として耐火性能を保持しているのか?」

「わかりません」

「わからないでは困る!」

「さしあたって根拠となる証拠も得られておらず、推定することすら不可能な存在について他に適切な表現があるとおっしゃられるなら、その言葉を用いて訂正いたしましょう。ここ最近皇国で目下注目されているポリエチレンは我々技術者の中でもそのような組成が存在すると推測できていたものです。彼らは計算上において存在するものを製造したという事になります。しかしポリエチレンに耐火性能はほぼ無いに等しく、このような異常なまでの耐火性を有する繊維がこの世に存在したというだけでも衝撃的です。王立国家やNUPは一連の繊維をスーパー繊維などと呼称しておりますが、これほど適切な表現もないでしょうな」

「他人事ではないのだぞ! 諸君らIGファルケンも大量の化学繊維を製造しているだろう! なぜわからん! なぜ作れん! 推定1つできんというのか!」


 総統閣下の語気は段々と強くなっていく。

 その一方、報告を行う技師は態度を改めることなく感情を押し殺して淡々と応対していた。


「アミド系繊維であるのは間違いないです。しかしナイロン66に対抗して我々が開発したペリロンとはあまりにも性能の差がありすぎる。強度も、耐熱温度も、耐久性も。皇国はある時期よりビニロンなど独自の合成繊維の開発に成功していますが、何か覚醒してしまったんじゃないでしょうかね。むしろナイロン66のような新鋭の化学繊維1つへの対抗製品を市場に送り出すことすら手間取っている我々から何が漏れたらそんなものが生まれるのかと申し上げたい」

「スタートがNUPや我々に出遅れただけで化学繊維は弱電と同様に皇国の得意分野であったと?」

「そうであるとしか言いようがありません。今後100年、世界の化学繊維を席捲するのは皇国とNUPではないかというのが我々の中での予想です。ホワイトハウス主導によるスーパー繊維への大規模投資はすでに開始されています。これは何の勝算も無く注目技術なのだからと行われているわけではなく、何か掴んでいるというのがNUPが出願する新たな特許情報から推測できます」

「その特許情報から何か見出せんのか!?」

「湿式紡糸に関するドープの構造ぐらいなもので、湿式紡糸が関与しているというぐらいしか。といってもアミド繊維の多くは湿式紡糸によって製造されるものですから、そこから推定するのは極めて難しい。恐らく皇国は何らかのブレークスルーを果たし、一気に一連のアミド繊維の製造法を見出したのだと思われます。そのブレークスルーが何かを掴めれば対抗できるはずではありますが、情報統制は完璧で全く流れてきません。人造石油と異なり国家の生命線と捉え、外部への流出を徹底的に防ごうとしているのです」


 今の話、初めて聞いたがとても不思議な感じだ。


 国家のミリタリーバランスすら変動させる人造石油に関する技術よりも、化学繊維の方を彼らは守ろうとしているのか。


 化学繊維の用途が広いのは間違いないが、国家が主導してまで守ろうとするなんて。


 そういえば以前食堂内で皇国が産業スパイを防ぐための法律や制度の施行を行ったなんて話をしていた者がいたな。


 そうまでして守りたいという事は、つまり今後100年、200年を見据えた時に人造石油よりも未来ある産業だと言うのか。


 私からすれば人造石油の方がよほど秘匿すべき技術に思うが……


「人造石油の時のような技術論文もないのか」

「出ていませんね。誰が発明したのかも全くわかない。閣下はご存じなのですか。私達は件のスーパー繊維がどこで製造されているかも知らないのですよ。例えばレーヨンの製造設備を流用して製造可能なスーパー繊維だって、表向きはレーヨンの大量生産をやめていない事になっていますし、おまけに工場の詳細な場所の公開を秘匿していてどこに工場があるのかもわからない」

「確かに我々も掴めていないことではあるが……」

「レーヨンの件だって公開されている繊維問屋の納入数の統計情報からほぼそうだろうと思われるだけです。生産量は激減していて、ナイロン等が代替品として出回っていると……ね」

「君はどうして情報が掴めないのか想像つくか?」

「誰も意識しないような田舎にあるんですよ。間違いなく。我々の予想では敦賀や舞鶴、あるいは神戸港の近くにあるんじゃないかと考えています。横浜には全く流通している痕跡がない。一方で一連の港からは恐らくは王立国家やNUPの要請によって輸出されたと思われる痕跡が確認できる。これも確たる証拠を掴んだわけではなく、運び込んだ重量が繊維製品の割にはコンテナ個数に対して重量が軽すぎる事から推定されている事ですがね。スーパー繊維はどれも軽量なので天然の繊維と比較して重量が軽くなることはわかっています」

「敦賀と舞鶴だと……」

「ええ。我が社は独自に諜報員を送り込みましたが、後者は天橋立のような観光地以外は漁村と海軍の鎮守府がある程度。前者は港周辺以外は森と山だらけ。隠れるには絶好の場所でしょうね」

「神戸周辺はどうなんだ?」

「恐らく但馬や篠山などの北部地域ではないかと思われますが、畜産業以外は工芸品生産のための小規模な工房ぐらいしか見つかりませんでしたね」

「ぬぅ……」


 そんなに調べていたのか。

 我々人造石油に関わる者たちは誰一人として入国させられなかったというのに。


 繊維関連だと逆に機密性を高めすぎて現場の人間が把握できておらず若干の隙が生じているのか?


「それぞれ共通するのは内陸や山間部に向けて鉄道が敷設されている事、ここ最近それら一連の地域の電化が進んで主要都市までそれなりに高速走行可能な電車が走っている様子ですので、工場が沿線上にあるのは間違いないですが、どこかはわからない」

「乗客がより多く降りる駅から推定できたりはせんのか?」

「勘づかせないために徹底しています。工員たちは皆住み込みなのでしょう。人の往来はどこも一定数。市民にあれこれ伺ってもすぐ憲兵を呼ばれる始末で地域内において通達が出されているようです」

「逆に激しく憲兵が出てきて追い出さんとするような地域は怪しいのではないのか?」

「沿線沿いはどこもそんな状況です。怪しい外国人に気を付けろとポスターやチラシが貼られていましてね。フラフラ周辺を歩いていようものならすぐに捕まってしまいます」

「ならば引き続きの調査を行って何か掴むしかあるまい」

「もう無理ですね。送り込んだ諜報員は全て消息を絶ち、既に連絡は1年近く絶たれた状態です。新たな諜報員を送り込もうにも敦賀や舞鶴では警戒態勢が敷かれていて、とてもではありませんが入国できそうな雰囲気はありません」

「そこは何とか我々で打開策を考える。それでなのだが、この耐火服について伺いたいことがまだある。どうやってこのような性能を発揮しているのかだ。なぜ延焼せんのだ」


 それは単純に可燃性物質ではない繊維だからではないのだろうか。

 何を伺いたいというのだろう。


「大した話じゃありませんよ。自己消火性を持っているだけです。すでに炭化したものはそれ以上燃焼することはありません。だから表面で燃えるのは火炎放射に交じってへばりつくガスや可燃性の液体だけなのです。通常は人体や被服などが燃焼して延焼が続きますが、こちらは表面で止まってしまう」

「炭化したまま柔軟性を維持する繊維によって燃焼を抑え、さらに熱も遮断していると?」

「皇国の耐火服は積層された化学繊維生地で構成されています。それらの中には極めて高い断熱効果のあるエアロゲル粒子を含有させたものなども含まれています。これらが熱を通さないので燃焼さえ防げればどうにかなるという事です」

「エアロゲルとは何なのだ? 報告書に目を通してもよくわからん」

「極めて密度が低く内部の構成成分がほぼ気体である固体の物質です。空気を固めた物と言えばいいでしょうか。特定の物質で微細な隙間に空気を内包させた、空気を固めた固体です」

「報告書では、未完成、あるは未発達のものとあるが?」

「我が国の主要研究施設の研究者においても、我が社の研究者並びに技術者においても注目している素材ではありました。しかし親水性があってそのままだと使い物にならない上、作製するために超臨界状態が必要でとてもではありませんが工業製品として量産できるものではないという事から、研究レベルにとどまっている代物です」

「しかし、報告書では皇国のものは親水性がなく疎水性となった完成品であると記述されているようだが?」

「その通りなんでしょう。親水性があると短期間のうちに性能を維持できなくなりますから」


 それにしても飄々としているなこの男は。

 総統閣下の機嫌を損ねたらどうなるかわからないというのに。


 どうしてこうも胸を張って自らの技術力の無さを否定せずにあれこれと意見を述べていけるのだ?


「エアロゲルについては最近話題のやたらと軽量な皇国製の防寒服にも使われています。あの防寒服の性能も尋常ではない。ああも軽量で薄手のものがヤクチア地域の極寒にも耐えられてしまうのだから。さらに言えば、防火服とは比較にならないほど大量に供給されている防寒服にエアロゲルが使われているという事は、大量生産をも可能としているという事でもあります」

「超臨界を用いていないという事なのか」

「可能性はあります。我が社の独自調査においては、皇国にて超臨界が用いられて製造されているのはHB法によって製造される肥料ぐらいしか見つかっておりません。あそこまで大量のエアロゲルを超臨界を用いて製造するというならば、極めて大規模な工業プラントが必要です。しかし、そのような製造工場は国内に確認できない」

「小規模な工場で作っていると?」

「町工場程度の設備で作れてしまうんじゃないでしょうかね。どんなカラクリを使ったのかはわかりませんが、皇国においては過去にも炭化ホウ素を何らかの方法でもって既存の技法を用いて焼結してダイヤモンド並に硬いセラミック資材を製造できてしまう技術を保有していることが確認されていますから……そういうブレークスルーを起こすことが得意な民族であったと考えるべきなのではないでしょうか」

「炭化ホウ素……例の忌々しい防弾板か!」

「丁度あの頃ぐらいからではないですかね……通常では製造不可能、あるいは大量生産不可能と思われるような素材を大量生産しはじめたのは」


 なんとなく、この者から気迫のようなものが感じられない理由がわかってきた。


 自国の技術力は世界一との自負から、これまでIGファルケンは様々な新技術を実用化しては世界に示して自らの立場を誇示してきた。


 王座にいるのは常に我々なのだと、いつも自分に言い聞かせて新たな研究や開発に邁進してきた。


 その王座がいつの間にか東亜人のものとなっているのだ。

 それも、技術的に大きく出遅れていて、いつも後追いしかしてこなかった者達だ。


  襲い掛かってきた敗北感が、彼の何か、モチベーションやら気力やらを奪い去ってしまったのかもしれない。


 しかし必死なのはどこの国も同じにも関わらず、彼らだけがどうしてこんなにも大きく前進することが出来たのだろう。


 これを奇跡などとは言いたくない。

 何かあるはずなのだ。


「せめて耐火服の繊維になんらかの弱点などあれば……」

「なくはないです。戦場から入手できた耐火服の一部より得た試料を分析した結果、自己消火性を持つ燃焼を防ぐバリア層の繊維は紫外線に大変弱い。太陽光に当て続けると性能が顕著に劣化します。ただ、それを理解しているので多層構造として太陽光が及ばぬように覆い隠して防いでいるようではありますが」

「それは弱点が実質存在しないのと同じだ! 特定の液体をかけると溶けるとか、そういう弱点など無いのかと聞いている!」

「アミド繊維ですから存在する可能性はありますが、有効打と推定される化学物質は限られています。大半が劇物で、耐火服のために携帯することができるような薬品ではありません」

「歩兵小銃の銃弾は有効打とならず、炎も防いでくる。ならば毒ガスではどうだとやってみれば真新しい防護服が既に用意されていてあっさりと打ち破られてしまった。従来までの防護服は塩素等に弱く短時間しか防げなかったが、皇国の歩兵が用いる防護服はマスタードガスだけでなく塩素ガスも効果がないときた。元々ヘリコプターによって効果的に吹き飛ばされ、そればかりかこちらも被害が受けるので運用が限定的となったガス兵器であるが、それすらも無効化してくるとは。過去に私に向かって今の皇国兵は"世界最小の人型の歩く二足歩行型戦闘車両"であると述べた者がいたが、生半可な戦闘車両では機関銃に装着された携帯式の大砲で対抗してくる。これをどうにかする方法は無いのか……」

「無くはありません」

「なんだと!?」


 突然の発言に周囲に驚きの声が漏れる。

 私もそんな話は社内にて聞いたことが無い。


「我が国でも多少は用いられ、現在敵国が大量に使用してきているテルミット焼夷弾であれば防火服の性能を上回る熱量であるため突破可能です。事実、皇国が作戦展開を行う地上戦の地域において王立国家とNUPはテルミット焼夷弾の使用を控えています。仮に使用したとしても事前にテルミット焼夷弾による空爆を行った後、燃え尽きた頃合いにしか皇国は歩兵戦力を展開してきません。最大3000度にも及ぶ高熱源体に対する防御能力を持つ物質は限られます。我が社においての検証でテルミット反応による熱源にまで防火服が耐えることが出来ないのは確認できています」

「現状ではどこの国においても航空爆弾等にしか採用されていないのがテルミット焼夷弾なのだぞ。それでは自らの土地も焼く焦土作戦になってしまうではないか! 化学反応たるテルミット反応の仕組み上、砲弾や銃弾には原則使えんのだ!」

「新たにテルミット焼夷手榴弾を作るのです。NUPがそのような新型手榴弾を研究中とのことですが、テルミット反応自体を発見し、いち早く工業用に実用化することができた我々なら、先んじてできるやもしれません」

「確かに、方法論として最も現状で現実的なプランではあるようだが……」


 別の部署の技師が言わんとしていることはわかる。


 だがその手榴弾は1発一体いくらになるというのだ。

 アルミニウムの粉末と酸化鉄を混合し、後は着火点に至ればテルミット反応は容易に起こせる。


 例えばマグネシウムからなる導火線などを用いれば手榴弾とすることは出来るかもしれない。


 しかし反応に必要なアルミニウムの量から考えれば大量保有は出来ない。


 現状においてNUPや王立国家が多用してくるテルミット焼夷弾だって、NUPの経済体力ありきで大量に運用できているだけの代物。


 事実経済的に一歩劣る皇国は全く運用していない。


 皇国におけるテルミット法関連の話なんて、水からガソリンを作れると最初に述べた詐欺師と同じような類の発明家が、アルミニウムの粉末だけで製鉄できるなどと嘯いて皇国海軍が再び騙され、西条首相が「製鉄技術として既に存在し、製鉄時にアルミが強烈な酸化還元反応を示すので、クロムなどの一部の希少金属の精錬に既に使われている。製造費用から考えれば従来の鉄鋼精錬と比較して極めて高額で無駄でしかない」――との公式声明を出すに至る程の大事件が1年半ほど前にあった程度。


 どうやら西条首相はこの手の最新鋭技術に関して見極める能力が非常に高く、「此度の技法は新たに発見されし皇国製鉄法だ!」――なんて新聞沙汰になった技術を鵜呑みにして「誠に神風である。政府として大規模に実施したい」――なんてことはやらなかった。


 水からガソリンの件についても、当時の陸軍技術者のメモを片手に「あの者はただの詐欺師であり、我が軍の技術者は炭素を一切用いないガソリンの精製は不可能との判断に至っている。現在において実施している方法は水は用いているが、そこに炭素も加えた方法である」――といって、一連の人造石油の製造法は全く別口のアプローチから実用化までこぎ着けたことをアピールしていた。


 諸外国の注目度からして、西条首相は出来るかどうかだけでなく、採算もある程度考えた上での実現性も考慮に入れて政府の予算を適切に分配している様子があるが……余裕のない我が軍の総統閣下は大丈夫なのか。


 いま私が一言言うべきか。

 IGファルケンの信用失墜を防ぐために。


「閣下。閣下も大変ご存じではあるかと思いますが、テルミット焼夷弾は大変高価で大量生産することが難しいものです。我が国が限定運用となっているのもアルミニウム確保に苦難しているからこそ」

「全くもってその通りだ」


 どうやら私の心配は杞憂に終わったらしい。

 最初からコストパフォーマンスも悪い事を把握した上での意見であったようだ。


「ですので、手榴弾が完成したとしても限定的な配備となることでしょう。ですがそれは皇国も同じ。虎の子の炎を遮断する繊維の生産量は多くないため、配備は限定的となっている。限られた資源で最大限の戦果を出すために、効果的な武装を作る。一技師の戯言でしかありませんが現状での解決法はそれしかありません。対抗できるようなスーパー繊維を我々も短期間のうちに作ることが出来れば、そこから何か手立てを見出す事はできるかもしれませんが……技術流失以前の状況でありますから……」

「諸君らもスーパー繊維と述べる存在に関しては、間違いなくNUPも注目して調べを入れようとしているはずだ。何かを掴んでいるかもしれないというならば、そこに事態打開の隙間があるやもしれん。我々と違い、あの者らは入国を制限されていない」

「我々IGファルケンの執拗なまでの調査によって、皇国側の警戒心を強めたので、実はNUPに向けて事実上の妨害工作を行っていたかもしれませんがね……」

「よしわかった。テルミット焼夷手榴弾の開発については早急に検討させる。情報入手についての策も練る事にしよう。我々だって引き下がったままではいられんからな――」


 総統閣下の言葉を最後に査問委員会の幕は閉じられた。



 2週間後、査問委員会での結果が下り、我々は一旦無実となった一方、新たな指令が下される。


 指令内容は単純明快であり、いかなる方法でもってしてでも構わないので、MTG法による効率的な人造石油の大量生産法を発見並びに確立せよとのことであった。


 触媒がこの世に既に存在するというならば、同じ触媒でなかったとしてもメタノールからガソリンを精製することはできるかもしれないとのことである。


 しかしそれは茨の道に外ならない。


 1年や2年で発見できるものではないのだ。

 皇国だって実は10年ぐらいかけて検討していて、ようやく実った新技術なのかもしれないのに。


 その間、我が国は国家としての体裁を維持できるのか。

 きっとここが正念場なのだろう。

残念ながらテルミット焼夷手榴弾は彼らが白旗を挙げる前に完成する事は無く、戦後にその技術情報がNUPに渡り、サーメートと呼ばれる焼夷弾の開発時の参考とされた。

ただし、完成したサーメートは対人に使うには困難なもので、運用はほぼ破壊工作などに限られ……


仮に戦中に完成していたとしても皇国の新装備に対する有効打とはならなかったとの報告が軍よりホワイトハウスに向けてなされる事になる。


X開設中

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― 新着の感想 ―
実用的には現状においても、原油を分留した軽質(低オクタン)ガソリンの改質、重質油の熱分解による分解ガソリンの混合で、100オクタンを実現してるところなので、当時でCOから高オクタンガソリンを製造すると…
日本的製鉄法詐欺か・・・水ガソリンといい海軍関係者いいカモ扱いされまくっとるな。 海軍内部で航空派と戦艦派で分断されつつあるけど根本にはこの新技術への理解と理解どころか無関心といえる差があるのかもしれ…
火炎放射が効かないのはほんとに厄介ですね。
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