第208話:航空技術者は熱を遮断する(中編)
長くなってしまっているので中編として分けました
さて、製造法について冒頭から触れる前になぜエアロゲルに追随する素材が無いのかについて解説文を追加しておかねばならないだろうな……
エアロゲルについては、そもそもが作れるような技術力も皆無であったこともあるが、皇国は戦時中に全く興味や関心を寄せていなかったというのが実態で、技術者の中でも知る者はそう多くない。
これは諸外国でも同様で、当時においては各方面に突出した技術力を有する第三帝国とNUPが研究熱心で、あとは一部の王立国家の研究者が気にかけていた程度。
よって、エアロゲルがどうしてこんなにも高性能で、他に代替できうる存在が無いのかについて製造法を伝える前に周知する必要性がある。
製造法そのものにも関係している事だからだ。
主としてエアロゲルとは、多孔質かつ全体の構成成分の60%以上を気体とした物質を定義して指すものである。
より正確にいうとウェットゲルをなんらかの方法で乾燥させ、内部の液体を全て気体に置換させた状態でほぼ収縮させずに多孔質状態とさせた物質と定義される。
実際、2591年での発表時においてもシリカの他、アルミナやゼラチン等による他の素材による組成物が示されている。
ゆえに原材料は必ずしもシリカである必要性はなく、金属物質によって作製されたエアロゲルも当然ながら存在する。(他にもカーボンエアロゲルなどが存在)
また、断熱能力とはまさにこの気体によってもたらされているわけであるが、なぜ気体によって断熱できるかというと、熱伝導(あるいは熱輻射)の仕組みに答えがある。
いわゆる気体というのは密度が小さく自由に動く分子構造を持つと言われるが、これはどういう事かというと人に例えて説明した方が早いだろう。
固体の場合、分子を人とすると、ある区画を設定した場合において区画内で円陣を組んでがっちり固まった状態だ。
当然互いに熱を伝導するにあたっては手と手が触れ合うどころか体すら触れ合っているわけで、分子間の結束状態によって伝導しやすいのがわかるだろう。
当然身動きするにもかなりの労力を要し、円陣の状態のまま動くとなると大変で、外的な衝撃でもちょっとやそっとでは円陣が崩れることはない。
まさに固体とほぼ同じ状況である。
これが液体となると互いの両腕を長いロープでもってつなげる状態となる。
ロープだけでつなげているわけだから、区画内であればそれぞれが好き放題に自由に動けるようになり、これがすなわち液体のごとき流動性を示す事になる。
また、分子同士の距離が離れているので熱を伝えるのも大変。
伝わらないわけではないが、伝わりにくくなる状態となっている。
ただし、例外的に水などいくつかの物質は分子構造の影響で固体よりも液体の方が熱伝導率が高く、例外も存在するという点も触れておこう。
では気体はどうかというと、単純に人間をある区画に配置しただけ。
互いの手は結び合う事が無く、分子自体が触れ合う、衝突するといった事が起きない限り熱を伝導させることが原則論として難しい。
熱量を上げること自体は不可能ではないが、大変エネルギー効率的によろしくないもので、何かしらの反応現象でも起こさない限り分子の運動量が増加する……すなわち発熱する状態とはならないわけだ。(熱とはそもそも分子の運動量の大きさによってもたらされているものである)
なお、反応現象以外の方法でも分子自体の動きを特殊な方法にて加速化させることで加熱させる事は技術的に可能であるが、そういう話をしていると話がどんどん逸れていって科学および化学の授業となるのでここでは考えないものとする。
話を戻すと、エアロゲルはまさにこの気体の熱伝導率の低さから、気体を気体の特性を持ったまま固体化できないかという考えに基づき誕生したものであり、最初から断熱材としての利用を目指して誕生したものである。
では実際の構造がどうなっているかというと、一言で言えばナノ単位の分子構造で構成された非常に細かい網目の食器用スポンジとでも表現するのが早いような状態。
内部の空間には製造時に封入された気体が存在するが、これが一般的に大気の分子より小さくなっていて、分子同士の衝突が起きず、かつその空間に大気を構成する気体の分子が入り込んで内部の分子を押し出すという事が出来ない。
人間で例えれば少人数で円陣を組んだ中に気体ともいうべき人間が一人いて、外から内部に入り込もうとする第三者を防いでいるような状況。
しかも衝突すら出来ないので熱を伝えることもできない。(なお気体の温度が低い場合、分子構造が小さくなるため網目を貫通する可能性が出てくるが、極低温の領域でしか生じず一般的な使用用途上では生じない)
分子構造上、熱輻射と呼ばれる電子による熱源の移動についても、そのほとんどが隙間無く微細な構造によって入り込む余地なく反射してしまい、内部の隙間に埋め込まれた気体も隙間が狭すぎて分子構造上電子を許容できる余地も殆どないのでできず、結果電磁波を熱として消耗させ減衰させずにほぼそのまま通してしまうので電波を阻害しないわけだ。(こちらについても温度が超高温領域となると話が変わってくるが、その領域では融解や変質を伴うため一般的に上限を耐熱温度という形で諸元として示している)
それどころかエアロゲルを駆使すると乱反射を整えて浸透度が高まって疑似的な増幅器のような役割を果たす誘電すら可能であるとされる。
実際にビルガラスとして使われている事例だと、電波の届きが悪い状況とされる空間にエアロゲルのガラスを配置したところ、配置した区画だけ電波が良く届くようになったという話が存在する。
これは距離が進むにあたって拡散していく電磁波の仕組みをエアロゲルによって整えなおして再び集約するために発生する事象であり、人工衛星のアンテナの周囲をエアロゲルで覆うことで太陽熱からアンテナを保護しつつ、通信品質を向上させようという試みすら未来ではされているという。
一方で一連の事柄を説明すると「えっ、じゃあ円陣を構成している人間そのものには熱を伝えられるのではないか?」――と考える人間がいると出てくるのが想定できるが、これは正解で多くのエアロゲルにおいては構成された物質そのものに熱が伝わるため、完全な遮熱はできないという事になっている。
それでも分子間の距離や構造の影響から極めて熱は伝わりにくく、圧倒的な断熱性能を持つという事に変わりはない。
なお、未来ではエアロゲルそのものに液体にすら近いほどの流動性を獲得させた分子構造に調整することで、エアロゲルそのものを構成するシリカ等の物質の熱伝導率を抑え込んでこの問題も大きく改善して圧倒的な断熱性能を実現したものもあるらしい。
「構成されたシリカが熱伝導を許して断熱性能の向上を妨げるというなら、熱伝導しにくいようある程度自由に分子が動けるよう流動性を得ることで熱伝導率を大きく下げればいいじゃない」――というのは言うは易しな話であるが、本当にできるようだ……来世紀の技術革新はもう無茶苦茶だな。
実際に大幅に性能を向上させたエアロゲルを用いたものでは30日以上も冷温を維持できるので特定の温度以下で保存が必要な医薬品を運ぶためのボックスに使われているとか。
従来までなら温まるまでに目的地に到着できるよう航空便を使わなければいけない、あるいは常に冷却しながら運ぶ必要性が生じて高額であった送料が、一般的なコンテナ船による船便で運べるようになるので安く供給できるようになったという話が可能性の未来よりもたらされている。
このエアロゲルについては俺が知る限り従来では超臨界法と呼ばれる、超臨界を用いた作製……すなわち製造法によって製造されてきた。
超臨界とは、特定の温度以上、特定の圧力以上の環境下に特定の物質をすえおくことで、気体の状態を超越して液体と気体の性質双方を併せ持つ流体を生み出すことを指す。
その状態に至る境界線を臨界点と呼称し、その状態に至ったものは流体であり、一般的に超臨界流体と呼ばれ、超臨界状態にある流体の示す様々な性質は流体力学の1つとして解説されるものであるが……
当然にして凄まじい圧力と温度が必要であり、特定の物質においてその状態を作り出すにあたっては専用のオートクレーブを必要とする。
ゆえにこの方法での作製は大量生産が難しいだけでなく、成型するにあたっても形状の制約を受け、後から加工するなどして調整するしかない。
それこそ超大型の超臨界オートクレーブでもって作れる10mm厚のモノリス体なんて精々数十c㎡なんて程度だ。
そして高性能なオートクレーブを用いても超臨界状態にまでもっていくまでに数時間かかるわけで、1日に一体どれほど作れるんだという話になる。
NUPの企業ぐらいしか本気でエアロゲルの製造を業としてやっていこうと考えなかったのも、生産性に大きな問題を抱えていたからだ。
金額が1㎡で未来の貨幣価値換算にて100万円もするというのも、超臨界状態にまで圧力と温度を高めるのに必要となるエネルギー量と時間に対し、作製できる量が大したことが無いためである。
ではどうして超臨界状態が必要なのか……いや、必要だったのかというべきか、その時点で他の製造法が存在しなかったのかというと、流体力学的な2つの要素が関与している。
1つが表面張力、もう1つが毛細管現象だ。
子供が手で押しつぶせる程に脆いエアロゲル。
通常の乾燥法で乾燥を試みた場合、内部の液体を気体に置換する際、気体と入れ替わった後に残された水分子が互いに結合を強めて引っ張ろうとする。
この時に全方位に周囲の分子ごと引っ張ろうとする力が働くのが表面張力であり、この表面張力が引き起こす現象が毛細管現象なわけだ。(ひっぱる力の強さの影響で細い管をコップに浸透させるとコップの水位を上回る高さに水の位置が来るアレである)
毛細管現象は気体との置換をより速める一方、内部空間に残された残りの水分子が内部の空間を収縮するがごとく周辺の物質を引っ張る動きを示す。
この時の力はエアロゲルの分子構造を破壊するにあたり十分なエネルギーを持ち得ており、一般的に通常の方法だと大きく収縮するような形で分子構造を破壊してしまい、エアロゲルとしての性能を保持せぬ中途半端な多孔質物質が出来上がってしまう。
超臨界を用いた場合、すべての超臨界流体は液体と気体の性質双方を持ち合わせるため、双方の分子量等の違いなどの影響で状況次第で毛細管現象を引き起こしうるが、置換する際の溶媒を上手く選択することで双方の置換を表面張力を生じさせずに行わせることが出来、これによって乾燥させることでエアロゲルを作製することができる……というわけである。
なお、やや脱線した話になるが現在皇国が実用化に成功しているフリーズドライ食品についてもやっている方法が異なるだけで考え方は同じ。
あっちの場合は特定の物質を真空状態に晒して凝固させてから、物質内の液体を一気に蒸発させつつ分子構造の状態変化を最小限に留めさせて気体に置換させて乾燥させるもの。
単純な乾燥方法よりもビタミンなどの栄養分が破壊されにくい理由がここにあり、いかに表面張力という力学的エネルギーが破壊力を持ち得ているのかということがわかるだろう。
では、どうやって超臨界を用いない方法で作製できるようにしたのか。
答えだけなら至ってシンプルで、乾燥時における表面張力に耐えられるよう分子構造等を整え、溶媒の選択によって表面張力を生じにくくさせ、数段階に分けた置換方法によって置換して常圧のまま乾燥させるという……
表現だけでは簡単であるが、紅茶を啜りながらぱっと思いついたところで容易に実現できるわけではない方法によって達成された。
すなわち数十年に渡る長年の研究を重ねた努力の結晶そのもの。
1つの到達点であり、集大成といっていいものである。
なお、耐えるといっても単純に圧力に耐えらるよう頑強にしている事例もあれば、そうではなく柔軟性を帯びてそれがそのままエアロゲルそのものの性能と汎用性を大幅に底上げしている事例もある。
まず最初に発表された常圧乾燥法においては、非常に強固かつ金属加工物でよくみられるスプリングバック現象(圧力を加えて変形させた際に元の形に戻ろうとする現象)を引き起こす分子構造……
あるいは製造過程において乾燥時に一時的にそのような状態となるよう調整し、置換する溶液選択を調整して複数の液体を用いて二段階で乾燥させる手法にて、超臨界法を伴わない常圧乾燥で超臨界法にて作製された一般的なシリカエアロゲルとは比較にならない非常に強固なエアロゲルの作製を可能とした。
ただし、ここで作製されるエアロゲルは粒状が基本で、外からの圧力に対して極めて強固で他の素材に含有させて複合材を形成することで性能を発揮するタイプであり、断熱ガラス等に用いられるシリカエアロゲルとは異なる存在である。
大量生産が可能なので、本エアロゲルについてはアウトドア用の冬用ジャケットなどに用いられている他、断熱性能を有する新型塗料や、従来の断熱材に含有させることで断熱材の性能を底上げすることなどに用いられている。
エアロゲルそのものが高い圧力に耐えられ、複合材としての使い勝手は良いものの、エアロゲルそのものだけで性能を発揮しているわけではない事から、断熱性能については従来品を強化する程度にとどまる。
といっても、例えば冬用ジャケットなら従来の羽毛を用いたダウンジャケットが厚み30mm以上のインサレーション……すなわち中綿とするのに対して5mm未満程度で同じ性能を発揮してしまうなど、それだけでも段違いの一段上の性能を発揮するので、多用されていくわけだ。
特に将来においては動物愛護の観点から羽毛の利用が憚れていたり、リサイクル性が求められていて、かつより軽量で身動きを制限しないジャケットが求められているので普及は加速しているらしい。
つまりエアロゲルの圧倒的性能がアラミド繊維等に粒子状で含有させただけでも大きな力を発揮するということである。
仮にエアロゲルだけを繊維状にして編み込んだらどうなるんだという話になるのだが、できなくはないものの強度の問題をクリアできず限定的な利用に留まる状況らしい。
本常圧乾燥法が発明されて発表されると、それに合わせてエアロゲルの研究もより強固で分子構造を整えたものにしていこうという機運が生まれる。
その中で生まれた物こそが、常圧乾燥法によって得られる粒状のシリカエアロゲルとは別途にこれから量産していこうとしている有機-無機ハイブリッドエアロゲルなわけだ。
有機-無機ハイブリッドエアロゲル。
シリカエアロゲルについては、本来の未来、可能性の未来共にほぼ研究し尽されているという状況にあり、製造時のウェットゲルの溶媒の調整などである程度の強度を底上げする事こそできたものの、それ以上の性能向上は難しいという状況となってしまっていた。
そのような状況下において今世紀も末頃になると新たに検討されたいくつかのエアロゲルの中で、最も将来性が期待されていたのがハイブリッド型だった。
ようは無機物たるシリカ(あるいは化合物)に、有機物ポリマーを複合させてシリカの脆さをどうにかしてしまおうというわけだ。
本来の未来でも有機物を複合させた複合ハイブリッドエアロゲルについては航空用途として研究がなされていたため、注目はしていたのだが……
製品として市場に流通させられるだけの性能を持つような存在は誕生していなかったという認識だ。
俺がやり直す直前頃の有機-無機ハイブリッドエアロゲルというと、3官能性シラン化合物を複数種用いたポリメチルシルセスキオキサンとシリカを複合させたPSMQエアロゲルなどが有力視されていたが、実際には断熱性能がシリカエアロゲルと比較して低下していたり、摩擦やねじれに弱く中途半端で……
正直言ってこの分野が成功するにはまだ相当な時間が必要であると当時感じていたわけであるが……
可能性の未来では製品化にまで至ったいくつかの完成形が市場に出回っていて、それをこれから量産してしまおうというわけである。
一体完成形とはどういうものなのかというと、一言で述べるなら俺が知る本来の未来においては不可能とされていた4官能性シラン化合物と他のシラン化合物と合わせて用い、常圧乾燥にて作製することで製造される有機-無機ハイブリッドエアロゲルである。
なぜ不可能とされてきたのかというと、4官能性シラン化合物というのはシリコン原子に4つの官能基が結合した物質であり、急激にその性質を変化させてしまう特徴を持ち、極めて加水分解しやすく短時間で反応して硬化する、あるいは望まぬ物質構成のまま急速にゲル化してしまい、重縮合反応もしやすいため、中途半端な低分子ポリマーを生成してしまい、望んだ状態のウェットゲルを生み出すのが極めて容易ではなかったからである。
併せて4官能性シラン化合物を用いて生み出す組成物の多くは、硬化後の状態が硬い反面極めて脆くなりやすく、シリカエアロゲルと全く同じ欠点を生み出しやすい。
そもそも、本来の未来において俺がやり直す直前の頃においては、3官能性シラン化合物を用いたハイブリッドエアロゲルが作製されてはいたものの、ゲル生成時における制御が大変難しく苦労しており……
人によってはより制御が容易な2官能性シラン化合物で何とかならないかと研究していたような状況で、4官能性シラン化合物なんていう、もはやシミュレーション等に基づく推定でそれっぽい物質の作製が可能と予測されたとあっても、再現性に乏しく、机上の空論にしかならないといったようなものについて手を出そうと考える研究者は極めて限られていた状況で、挑戦者はほぼいなかったと記憶している。
それをやってしまったわけである。
しかも、4官能性シラン化合物と3官能性シラン化合物と2官能性シラン化合物をそれぞれ組み合わせ、複合化させた?
その状態で柔軟性と強度を保ち、建築資材にすら使えるほどの性能に?
そんなの仮に製品化に成功しても、いざさらなる改良しようと思ったところで何十年かかるんだって血の気が引くような話だ。
将来の研究者は今を生きる研究者とは比較にならない重圧と苦悩の中で板挟みになってるに違いない。
1年や2年で結果が出るもんじゃない。
収益化の観点から考えても民間での研究開発はもう無理だろうな。
公的な研究所などで開発して、それを製品化していくしかない。
その体制をどうするかは今後考えていくとして、未来から与えられた4官能性シラン化合物と3官能性シラン化合物と2官能性シラン化合物を複合させた有機-無機ハイブリッドエアロゲルの具体的な製造法はこうだ。
まず4官能性シラン化合物としてテトラメトキシシラン、3官能性シラン化合物としてメチルトリメトキシシラン、2官能性シラン化合物としてジメチルジメトキシシランを用い、所定の割合で混合後、界面活性剤と水を含んだ溶液を溶媒に添加する。
こうすると4官能性シラン化合物の影響により急速な加水分解が生じ、ゾル状物質が生成される。
この時、界面活性剤がシラン化合物の分子構造を調整し、微細な網目状の構造を形成。
その状態で酸物質を添加し、加水分解の反応を加速させつつ窒素酸化物を混合させる。
窒素酸化物もまた分子構造を整えるにあたって最適な働きを示し、ここにさらに有機溶剤も添加する。
これらは所定の物質かつ所定の順番、所定のタイミングで添加、混合する必要性があり、反応させるためにも相応の時間が必要で撹拌してゾルの状態を均質化させる必要性がある。
均質化と反応にかかる時間は大体18時間~24時間。
所定の温度を維持したまま攪拌して反応させる。
この状態となった後は、ゾル状物質を所定の型に入れ、成型しつつ塩基性水溶液を添加してウェットゲルへの変化を促す。
また、反応を加速化させるために同時に加熱する。
型の形状は常圧乾燥なため相当な自由度があるものの、均質に加熱するために一定程度の制約が存在する。
それでも円筒状や半円状、鐘状等への整形は可能。
例えば戦闘機のコックピットや旅客区画の形状に合わせるぐらいなら現時点の技術でも可能である。
残念ながら現用技術だと均質加熱のためにより複雑な三次元的な構造とするのは不可能に近いだろう。(将来的には自動車用断熱材のような、複雑なモノコック構造に対応した形状にも出来るようである)
他方で攪拌工程をきちんと行えれば相当に巨大な板状のエアロゲルを作製可能。
可能性の未来からは厚さ20mm以上で最大9㎡を一度に製造可能との情報が届いている。
従来がその1/10にも満たなかったことを考えると製造効率は10倍以上。
このあたりに二桁変わる製造コストの内訳が潜んでいるわけだ。
なお加熱作業はヒーター加熱でも可能であるが、より均質に加熱するため過熱蒸気乾燥法を用いる。
これは有機溶剤等を用いて水と反応現象を起こして蒸気を発生させ、熱を伝達させて加熱する方法だ。
吹きかける蒸気の量を調整することで型に入れたゾル状物質を適切に加熱してウェットゲルへと変化させることが可能となる。
なおゾル状物質をウェットゲルに至らせるまでに必要な反応時間は概ね2日~3日。
その日の湿度や気温によって変わる。
ウェットゲルの生成が終わった後はいよいよ乾燥工程。
その前の段階において乾燥工程時の表面張力を最小限とするため、溶液の交換を行う。
溶液交換の工程は内部の水分等を別の液体に置換するため、より表面張力が起きないよう溶剤を駆使して複数段階のプロセスにて行われる
第一弾段階ではメタノールを用い、第二段以降ではイソプロパノール等を混合した混合有機溶剤を用いて置換。
最終的にヘプタンと置換する。
これによりついにエアロゲルを作製するための全ての条件が整う。
乾燥工程については一般的な乾燥機を用い、所定の温度と湿度を維持した状態にてヘプタンが蒸発する55度以上の状態にまで加熱しつつ乾燥。
こちらも数時間ほどかけ乾燥させるが、所定の重量にまで軽くなれば乾燥終了。
完全に乾燥すると透過度55%前後の半透明状で、透明度こそシリカエアロゲルにやや劣るものの、超臨界法を用いずにこれまでとは比較にならない生産効率にて同等性能の断熱性能を持ち、かつ耐衝撃性に優れ耐圧性も持ち、柔軟性も併せ持った有機-無機ハイブリッドエアロゲルが作製される。
擦れには弱いものの振動に強く、耐圧性能は最大20mpaにも及び、板状のものですら適切に加工されて固定されれば航空機の胴体に張り付けた状態で断熱材としても十分用いることが出来る。
用途は幅広い。
板状に拘る必要性もない。
また、シラン化合物の配合法を整えることで性質をある程度維持したまま90%以上もの透明度にまで調整可能。
断熱窓に使うことが出来る領域にまで至る。
そっちに関しての魅力も十分あるが、エアロゲルはその構造上、光の散乱を生じさせるため90%以上でも解像度が落ちる事から、建築資材や一部の旅客用の乗り物に使えても解像度が一定以上でなければならない戦闘機の風防などには使えないだろうな。
なお、この散乱の特性ゆえに不可視光を可視化させることが出来るため、軍用としてはガンマ線等の不可視光を検出するための検出器として用いていたりする他、センサーと組み合わせて外装として施すことで敵からのレーザー照射を受けていることを確認するための増幅器等として用いられている。
もちろん、科学分野においてもチェレンコフ光等の検出器として用いられていたりする。
宇宙線の測定等、様々な用途があるものの、その多くは特殊用途。
本ハイブリッドエアロゲルはそれをより一般用途へと近づけることが期待される。
本当に……やり直す前に出会いたかったよ。
あとはこれを用いて……作らねばならない物を作るだけだ――
【参考文献】
特許第4960534号
特許第5669617号
特許第7521785号
『ゾル-ゲル法による多孔材料 ―孔を制御し利用する―』
X開設中
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