第29話:航空技術者は諸所の問題を片付け始める
皇暦2598年10月10日。
突然の来訪者に呼び出される。
向かった先は芝浦電気。
何やらこちらと面会したいとする人物がいるらしく、芝浦電気のCEOに呼び出された。
NUPの政治家だろうか。
千佳様と向かったところ、そこにいたのは……G.IのCEOのチャック・ウィルソンであった。
「お会いできて光栄です。千佳様、Mr.シナノ」
応接間に訪れたこちらに対し、立ち上がって握手を求めるウィルソン。
千佳様も俺もとりあえず応対して着席する。
「積もる話もなんですし、本題といきましょう。今日は一体どうされたんですか? Mr.ウィルソン」
「いえね、子会社の芝浦タービンが最近随分と素晴らしい物を手に入れたらしいではないですか。あんなものがユーグの小国に存在していたなんて驚きでしたよ」
やはりCs-1の存在に強い興味を抱いたか。
ミュンヘン会談自体は9月29~30日までの間に行われたが、なぜか王国が本来と違う未来を歩んだ。
会談の後に王国が即座にNUPの大統領と首脳会談を行ったのである。
NUPは間違いなく王国に王立国家のジェットエンジンの生みの親よりも優秀な技術者がいることを知ったと言える。
NUPの大統領は一体なんの会談を行ったのか不明だが、王国の領土要求があくまで奪われた地域の回復のみに留まり、第三帝国との共同歩調を取るものではないという確認を行ったと言うことだけはニュースで入ってきていた。
NUPは現時点でCs-1の恐ろしさを知っている。
第三帝国に渡った場合の戦力増加を算定できない。
だから早い段階でズデーデン内にこちらになびく味方を作り、第三帝国に揺さぶりをかけたいのだろう。
まあ普通に考えて、そんなのやったら第三帝国の総統がすぐに気づくだろうが……
この頃のNUPの外交力は結局は列強の1国家でしかなく、超大国な振る舞いを出来るのは冷戦期となってから。
今現在の国家としての動きは我々とそう大差ない。
違うのは国力である。
いや……違うな。あの大統領が無能なんだろうな。
国の問題以上に混乱させる要因が大統領なんだ。
その尻拭いに駆られるのはいつも民間企業。
だからこそ、こうして今目の前に彼が座っているわけだ。
問題はCs-1が並の技術者では形に出来ないぐらい超未来的技術で作られている事。
手に入れたところで即時実用化できるわけではない。
彼がわざわざ皇国まで訪れたということは、俺の予想ではG.Iは……
「我々も大急ぎで例のエンジンのライセンス締結を行おうとしたところ上手く行きませんでね……一応は単体で購入してみたエンジンもあるのですが、まるで出力アップできない」
やはり持て余したか。
まあそうであろう。
いくら流体力学的理解が進むNUPと言えども、この時点では我が方と大差ない。
「シンプルな構造だからこそ難しい機構なのです。あれの改良は芝浦タービンだけが行ったのではない。形を真似ても同じようにはなりませんよ」
「フフフ。そのようだ。現時点ではまるでお手上げですよ。排気タービンを形にできる我々の技術者でも、あの燃焼室には手を焼いている。これをどうにかしたいとおもいましてね。そしたら私は風の噂で現在の皇国の新鋭技術を支える人材が陸軍にいると聞いた。そしてその噂を組み立てると……貴方の影がチラつく事に気づいた。Cs-1の改良と量産……われわれにも手伝わさせてはいただけませんか」
千佳様は冷静だ。
言葉はあまり理解できていないが、明らかに悪魔の囁きであることを理解されている。
俺が妙なことを言えば即座にNOとだけ言ってこの場を締めくくるだろう。
「Mr.ウィルソン。それは現時点ではとても難しい。……難しい話だ。私は貴方と協力したくとも、貴方の後ろにいるNUPの存在によって前向きになれない。貴方にはその理由がよくわかりますね?」
「……大統領ですか」
「ええ。貴方が信用できない以上に我々もあの大統領を信用していない。モンロー主義に反した行動を何度も示している男。あの男は華僑の混乱を煽っていた。これは王立国家すらしていなかったことだ。我々が基本的に公式声明において嘘をつかないのはMr.ウィルソンも理解されているはず。つまりあの華僑の地域には大統領の手によって送り出された刺客が何名もいたのです。我々を助けてくれるのはいつも駐留大使で、彼が大統領を抑制できるだけの力があるからこそ、華僑の事変を乗り切れた部分があるのです」
「とても理解できる話です」
ウィルソンとしても目の上のたんこぶなのは言うまでもない。
現大統領は本人もさることながら頭の悪い2名の側近がいる。
東亜大戦争を引き起こした原因でありながら勝てば官軍とばかりに歴史的に持ち上げられ、後にヤクチアに太平洋沿岸を奪われて大きく株を下げるハル・ノートと……
第三帝国を農業国にしようとモーゲンソープランを立ち上げ、結果ユーグ地方がこれまた共産主義に染まりかけたトーマス・モーゲンソーだ。
両名の無能さは、例えばハル・ノートは皇国にNUP出資企業が大量にいて、ヤクチアの手に落ちれば王立国家が完全に第三帝国にやられる4倍もの負債を抱える事になり……
焼け野原になって経済的に停滞したユーグ地方において第三帝国を農業国にしようとしたことでユーグ地方の経済が停滞し……
周辺各国が皆ヤクチアに傾倒して最終的には共和国などを中心とした対ヤクチアを掲げる国家によって、モーゲンソープランを強引に撤回させざるを得なくなるなど、NUPを強大化させるための政策と称してNUPの足元を引きずる政策を執り行った。
仮にNUPと皇国が戦って皇国が勝利した場合、この2名と現大統領は間違いなくA級戦犯確実。
大戦末期。
後一歩のところで現大統領が死去し、その背後でウィルソンらが建て直しを計ろうとしたところ……
ヤクチアの方が一歩も二歩も先回りしており、前述する2名によって次代の大統領が掻き回されたことがNUPの対応が後手に回った理由だ。
むしろNUPがどうしてその後の時代も残れたか不思議でならない。
ヤクチアが慢心しなければもっと恐ろしい事になっていたはず。
そのあたりはユーグ地方の必死な挽回による影響も大きいが、ウィルソンは信用できても現大統領とその他2名を排除しない限りNUPは信用できない。
たとえ情勢が変わってきていてもである。
「Mr.ウィルソン。貴方方と手を取り合うためには、民主主義的自浄作用でもって大統領とその周囲を変えなければならない。ハル・ノートとトーマス・モーゲンソー、その他8名。この一連の者達はNUPの事しか考えていない。貴方のように世界全体を考えている者だけがNUPのリーダーとなるべきだ」
「Mr.シナノ。貴方は我々の国について我々以上に詳しい。その知識をどうやって得たかは問いません。ただ私は貴方がいる限り皇国と結んだ手を離すことはしたくないのです。何か腹案や打開案などありませんか」
まあ確かにウィルソンは現時点で行動できるだけの情報はないものな。
ある程度冷静な視野を持っている人間はいるが、ここは教えておくしかないようだ。
「NUPは立派な資本主義国家です。資本があれば国家を揺さぶれる。Mr.ウィルソンと同じような規模を持つ大企業を背後に抱える、ウィルフレッド・A・ハリマン氏らの協力を仰ぐのがよろしいのではないかと。それと、第三帝国がユーグ全域への攻めの構成を見せた場合、貴方方はヤクチアなどの進攻を受けて損失を受ける地域が王立国家だけでなく、皇国においても莫大な額のものとなるときちんと主張すべきです。まあ、大統領に言うよりかは大統領を変える方向性で動いた方が良さそうですがね」
「NUPは現状で皇国を攻め落とすつもりはないようです。例の油田は我々にとっても要となりうる存在ですからね」
「そうですか……」
本当かどうかはわからないが、G.Iはある程度アメリカ上院議会とのパイプを持っている。
きっと彼らが現大統領を押さえつけようとしているに違いない。
だが上院すら裏切って活動する現在の大統領が退陣しない限り、太平洋地域の……東亜の平和は訪れないんだ。
「Mr.ウィルソン。繰り返しになりますが、我々も貴方からの提案を感情的には現時点で拒否するつもりはない。ただ、現時点でその話をまとめる上で最大の障害となる人物がNUPの実権を握っている影響で即座にYESとは言えません。今後も我々は芝浦タービンとの関係を続けるため、貴方方には間接的に情報が入ってくる事にはなる。現状ではその情報を遮断しないことを約束するぐらいが精一杯です」
「そうですね。私が早急な結果を求めすぎたかもしれません。ただ貴方方が前向きだと聞けただけで十分な収穫です。もう少しばかり……手立てを考えて見ましょう」
「これまでの支援には大変感謝しています。例えばB-2排気タービンの時のように、"いつの間にかG.Iの技術者が混ざっている"としても、我々は気づかないかもしれません。それでも全ての情報が伝わるわけではありませんが」
「はははは。確かに。お互い企業と企業として関わるだけというなら問題もないわけですからね。貴方は交渉術にもそれなりに心得のある方であるようだ。また近いうちに会いましょう」
「こちらこそ」
ウィルソンは何気に火渡りが好きな男。
左手を差し伸べたことから、俺の言葉の意図を読み取ってもらえたようだ。
NUPのジェットエンジンは基本的に王立国家と第三帝国からもたらされる技術。
だが、もし仮に第三帝国とヤクチアが共同歩調でもって歩み続けた場合、NUPは技術獲得の機会を逃す。
そうなると我々の技術が必要になる。
全てを公開するわけにはいかないが、企業としてG.Iが関与していても問題はない。
そのためにはNUPの大統領を押さえつけるだけの力をG.Iなどが手に入れねばならないことになるが……
近いうちにまた会うとは恐らく、こちらの助言を聞いて企業連合体でもこさえるつもりなのかもしれない。
広い視野で世界を見渡せる者達が集団を組めば……NUPも変わるだろうか。
◇
G.IのCEOとの会談の後、トンボ帰りするように参謀本部へと向かった。
首相でありながら未だに参謀総長を兼任している西条から何やら報告があるそうだ。
ジェットエンジンの足がかりがついたことで西条も一先ず落ち着いた姿勢を見せるが……一体何の報告だろうか。
そしていつものように三者会議へ。
「やったぞ信濃。フードリー式の接触分解装置のライセンス締結に成功した。お前が主張していた時期より10ヶ月ほど早まったぞ!」
「なんと! よかったではないか信濃!」
ああ、そういえばすっかり忘れていた。
ハイオク燃料を自前で作れるよう、ユニバックを通して接触分解法による石油精製機器の調達をお願いしていたんだった。
皇暦2597年の時点でやっていたが、こちらも間に合ったのか。
本来なら皇暦2599年に締結し、陸軍は設計図だけ持ち帰ってくる。
しかしこれまで石油精製関係においてはユニバックなど国外企業頼りで積極的に関与してなかったので、設計図は手に入っても実物が手に入らないので形に出来ず、最終的に頓挫。
ただしその時に手に入れたライセンスは戦後も認められて自国におけるハイオクタンガソリンなどの精製が可能となるのだ。
ここで面白いのは、海軍は設計図すら手に入れられなかったことだ。
彼らは白金触媒が必要なUOP法による装置を手に入れようとし、陸軍も当初こそ共同歩調をとるものの……
すぐさま陸軍はフードリー法に目をつけて最終的にライセンス締結まで持ち込む。
海軍はこの時点で自力での解決方法も考え、人造石油といった方向性を考え出す。
一方の我が陸軍は最後まで輸入できないか画策していたのだ。
しかしギリギリの所で間に合わず、モラル・エンバーゴによって装置自体が届かなかったというのが本来の未来。
現状ならモラル・エンバーゴの問題は回避して届くはず。
「すでに精製装置は輸送されてきているのですか?」
「当然だ。年末までには届く。ロイヤリティは安くないが……自前で100オクタン燃料が作れるようになるわけだ」
「すぐには無理でしょうけどね」
「まあな」
現状で100オクタンガソリンに関してはユニバックを通してNUPから運び込まれているものを使っている。
集で油田が発掘されても、原油を一旦NUPまで輸送していく方法は従来と変わらない。
ただ今後はそこまで遠くに輸送せずとも100オクタン燃料が作れることになる。
国内企業が精製することになるからだ。
「首相。それは朗報で間違いありません。油田と合わせて当面の間は航空機燃料で困る事はないかと」
「だろうな。今後はいかに現体制を維持していくのかが重要だ」
「予定では12月に新鋭機双方が出揃います。年末までに1度飛ばせますね」
「そうか。結果がよければ即量産に入るぞ」
「がんばるのだぞ信濃。そなたにかかっておるのだからな!」
「ええ」
油田。
新鋭機。
ジェットエンジンの雛形。
ハイオクタンガソリンのための石油精製所。
……あと足りないのは……輸送インフラ関係か。
紅葉の色が変わる前に片付けておかねば。
◇
皇暦2598年11月23日。
外交関係の業務に就いた影響で少々遅れてしまったものの、C61が完成。
完成した車両はD51から俺の希望でC61と名づけてあるが、見た目はまんまC61である。
ただ、新型のエギゾーストシステムなどを除いては……
試験走行は11月30日の早朝にかけて行われた。
東海道本線の静岡以西の直線を利用し、7両の客車を引いた状態でのC61は最高速度131.2km/hを達成。
120km運行に必要なパワーを見事に獲得し、蒸気機関車の新時代を切り開く標準型機関車のありようを示す。
当日は長島大臣を含めた多くの関係者がつめかけ、そればかりか実際に試乗したのだが……
同区間を120kmで走行したC61 86は一切の停車なく終点の大阪にまで到着。
元来ならば1度給水停車が必要なD51に対し、新たなC61の大幅な燃費性能の向上を見事に示す。
注目されたのは煙。
とにかく白い。
そして煙の量が少ない。
これぞGPCSの燃焼効率の高さが与えた賜物である。
煤煙に混じる石炭の欠片は全くなく、まさにエコ。
エコでいてパワーアップしてしまうのは……今までいかに燃焼効率が悪かったのかを表していた。
試験走行の成功は即座にニュースとして大々的に宣伝され、国鉄は東京~神戸間を走る燕を新たな機関車に置き換え……
東京~大阪間を6時間45分、東京~神戸間を7時間15分で結ぶ予定であることが語られた。
従来より東京~名古屋間でのノンストップ運転を考えていた燕はこれまでだと静岡で給水停車していたが、静岡での給水停車を再び廃止することが発表。
同時にD51の代わりに大量生産が決まったC61によって貨物列車も高速化する予定であることが発表される。
高速貨物列車は今後の輸送を考えれば喉から手が出るほど欲しい存在だっただけに助かる。
ただ、151系こだまは結局110km止まりだったんだよな……
これがどういう影響を及ぼすやら。
まあ西条らの意思によって陸軍による電化の推進がされているので、いずれ状況も変わってくる事だろう。
結局はコストの問題を考えると電車がベターな回答になる。
導入に金がかかるが、ランニングコストは安いのが電車。
現時点で鉄道省もそれがわかっているからこそ、各地で電化区間を設け始めているのだから。
年末に向けて1つ仕事が片付いてよかった。
長島の発動機部門の者達も解放されたし、後は航空機だ。