第206話:航空技術者は開発中止を伝える
「――以上のように、本機は構成部材の原材料に新世代のものを採用する他、骨組み等の製造に全く新しい工法を導入したこれまでに無い構造を持つ新世代機になります。試作機が完成した疾風より十歩進んだ戦闘機と、そう判断してもらえれば。ゆえに、本機は疾風と同時期の戦線投入を見据え、試作機ではなく一気に先行量産型を開発し、戦地に投入します」
「えぇっ!?」
突然の発言に沸き上がる会議室。
皇歴2602年1月11日。
この日、後に四式軽戦闘機及び四式艦上戦闘攻撃機"飛燕"と呼ばれる戦闘機開発の火蓋は切られた。
早朝より集められた山崎の社員は、俺の突然の発言に動揺を隠せない。
「何か質問等ございますか?」
「軍は何機発注される予定なんですか。先行量産型を作るんですよね」
若い山崎の技術の反応は当然であろう。
彼らは経営幹部らから常に圧力がかかっている状態にある。
「手始めに400機。すでに予算は取り付けてあります。また、海軍の動向次第ではさらに増える可能性も想定されます。他には?」
「後方の垂直尾翼がV字状に若干傾いている理由は?」
「それは――」
それは、可能性の未来よりもたらされた技術情報により、本機の構造をさらに見直して揚抗比を改善した結果、3つのメリットによって導入を決めたからである。
通常、いわゆるツインテールや双尾翼など呼称されるこの手の尾翼はステルス機を除くとほぼ垂直に設置される事が多い。
逆ハの字に傾けた場合のメリットとしては、高迎角となった際にも胴体より生じた乱流の影響を受けにくく、結果垂直尾翼の性能低下を抑え込める事で安定性が増し、さらに運動性向上が期待できる事と、レーダー反射面積を落とし込める事、そして後方視界の改善が可能である事である。
特に全体構造を洗練化させると両翼の間の胴体上部に流れ込む気流がより剥離しにくくなるなど、運動性向上においてメリットがある。
本来の未来においてはF-18がステルス機ではないもののYF-17時代からそのような配置としていただけでなく、本来の未来におけるF-16の開発時における構想案の1つだったModel401の中にも同様の配置としたものが存在した。
本機はステルス機ではないものの、将来への投資を意識した場合、3つのメリットについては無視できない状況となっていたため、全体構造を見直した事から採用したわけである。
他方、この形状だと抗力増加によって水平飛行時に加速性能や最高速度等に悪影響が生じる。
ゆえに当初案において垂直尾翼は傾けていなかったのであるが、全体構造の見直しによって揚抗比の問題が改善できたためにこのような事が可能となった。
俺としては当初からこの配置構造は念頭に入れていたものの、加速性や最高速度の低下等の性能劣化を覚悟してまで導入をする気はなかったのであるが……
胴体上部の構造を調整することで垂直尾翼付け根付近の乱流を抑え込むことができたため、垂直尾翼自体の全高を抑え込めることが可能となったために導入に踏み切った。
将来において垂直尾翼、水平尾翼共に小型化が進む状況であることは本来の未来においてもそうだったので把握していたが、さらに一段上の領域に到達したという事である。
「本機については、その全体の外観を見通すとかなり奇怪な姿となっているのは事実です。しかし、流体力学という観点で戦闘機を見通すと極めて合理的な形状だ。航空機の理想的な胴体構造は翼そのもの。しかしそれでは人が乗り込む事を念頭に入れたら理想形状とは言い難い。ゆえに戦闘機として用いるにあたって必須となる有視界の広さや兵装・燃料の搭載容積の確保等、双方の観点から必要となってくる形状をすり合わせ、均衡状態に至るとこのような形になります」
「つまり、搭乗席と可動翼が取り付けられた、1つの翼という事ですか?」
「そうです。エアインテークの他、機首部分と可動翼を排除してみるとまさにそのような姿になるでしょう?」
「た、確かに……」
俺の案はある時期から軍上層部を通して山崎に渡っている。
西条を通して聞く限り、彼らはこちらの案に対して強い敗北感を味わうと同時に畏敬の念のようなものを示していたという。
この背後には、山崎が事前に用意していたもう1つの構想案の存在がある。
山崎は以前より疾風の開発にも関与する傍ら、練習機と称した簡易的なジェット航空機の開発も別途行っていた。(「第93話:航空技術者は練習機と装甲兵員輸送車を用意せざるを得なくなる2」を参照)
こちらについては先日ついに飛行に成功した一方、疾風に出遅れた形となっている。
正確には出遅れたのではなく、完成していたものの開発が順調であった疾風を皇国史上初の固定翼のジェットエンジン機としたかったため、試験飛行の許可が下りなかったが正しい。
無理もしない構造で大した物でもなかったので早い段階で完成していた一方、完成した頃には疾風の試作機の建造が始まっており、性能的に大きく上回る疾風の方を尊重し、極秘裏に開発を進める傍ら、仮に何らかの情報が洩れても第三国に向けて強い圧力をかけられる事になると判断した上層部の意向によるものである。
この機体、俺は必要となる要素についての基本設計案と技術情報を渡しただけで後は山崎に任せっきりであった。
ゆえに山崎は研三などでも得られた知見を活用して独力で完成にこぎ着けたものの、軍上層部の突然の手のひら返しに不満が蓄積していたとされる。(と言っても、上層部は練習機を先行して作らせるとは言ったが、最初に飛行させるとまでは言っていない。作る所まで先行させるという意味では嘘はついていなかったりする)
また、経営幹部の中では戦闘機量産を収益の柱として組み込みたい意向があり、開発者に向けては完成した練習機の試作型のノウハウを活用して他に何かできないのかと圧力をかけられる状況にあった。
この圧力は山崎の他の開発部門にもかけられており、結果彼らは水冷式エンジンを搭載した独自の戦闘機をこっそり作ってみたり、スピットファイアの国内製造をやろうと製造ラインを整えたりしていたのである。
そのような最中、練習機の試作型を開発したチームは別途経営者らと協議を重ね、ジェットエンジンを搭載した軽戦闘機の開発構想を立ち上げたわけである。
その際に練り上げた構想案については、西条を通して手元に資料が届いていた。
資料に目を通した限り、彼らが考えた軽戦闘機はテーパー翼をもつ双発型の、本来の未来におけるP-80/F-80&T-33及びF-89に類似する、一連の機体から翼端の燃料タンクを排除したような形状の機体であり、既存のレシプロ機から大きく進化している様子は見られないような状態のものであった。
性能は最高速度を850km/h前後とし、フラップや前縁スラット等で運動性を向上。
頑強な内部骨格と主桁によりそれなりに積載量も確保した、現代基準で見るならそれなりに十分な性能を持ちうる攻撃機である。
しかし、提出を受けた軍上層部は最高速度が疾風より劣る事、練習機をベースにしている事によって保守的すぎて先進性が感じられない事を問題視した。
性能がそれなりでしかない場合、撃墜されて虎の子のエンジンを奪われて解析されうる。
それぐらいは陸軍上層部にでもすぐにわかる重大な欠点であり、上記の構想案で敵陣の奥深くまで突入して爆撃して帰還してくるという軽戦闘機運用は不可能ではないかと考えられたのである。
ゆえに俺に向けて信濃案とも言うべき存在の提出を求め、そちらが圧倒的に高性能であった事から本機の開発はこちらの案が採用されて開発が開始されている。
軍上層部が構想案は蹴った一方で開発を認めた背景には山崎の経営幹部による粘り強い説得があったのと同時に、陸軍は今後も山崎との関係性を続けていきたかったため。
ならば疾風に並ぶぐらいの性能でなければ困ると言う事でこうなったわけだ。
また、先行量産型として一気に量産を開始しようとするのも山崎のこれまでの動きに楔を打ち込むためというのが理由の1つであったりする。
試作機を作るなんてやっていると従前の件から不安が生じて製造ラインを勝手に整えなおして独自になにかやるかもしれないという懸念が生じている事と(これには陸軍上層部の意向によって生じたものでもあるが……)、経営者からの圧力によって生じる焦りから機体に重大な欠陥を抱えないようにするため。
経営幹部も納得の状態とすることで、本機の不安要素を払拭して完成に漕ぎつけたいというわけだ。
そうは言っても試作型を作らないということは未知の不具合を生じかねないもの。
彩雲と同様先行量産型とする事について西条を通して話を受けた際、多少の懸念を示したのだが……
上層部としてはカタログスペックの高さから多少の不具合や性能低下については目をつぶるとの事だった。
墜落するような重大な欠陥さえなければいいと、俺ならそこまでの完成度にできるだろうと、そういう事である。
もちろん不具合が生じるような欠陥機にするつもりなんて毛頭無いが、何が起きるかわからないのが工業製品というものだからな……
彩雲よりよほど高速域を飛ぶ本機については先行量産型とはしたくなかったというのが本音だ。
まぁ、致し方ないか。
「それで、開発した練習機についてですが、残念ながら計画を打ち切ります。練習機については本機が高等練習機としての立場をも担い、将来において立場が確約されます。練習機としての生産数は200機~250機の調達を予定していて、こちらは先行量産型の一部をあてがいつつも、別途生産していきます」
「つまり600~650機の発注は現時点で確約されると?」
「そうです。1000機単位での調達となるかは完成機の性能次第」
計画を打ち切る理由は例によって皇国の開発・生産余力のキャパシティの低さに起因する。
本当は練習機も100機近くは生産したかったというのが上層部の本音であるが、練習機に匹敵する性能を持つレシプロ重戦闘機である鐘馗の開発が順調で、こちらで対G訓練は十二分に代替可能である事や、先行量産型が間に合えば機種転換するにあたって本機が練習機としてその立場を担えば良いということである。
元々高等練習機として採用予定だったため、この運用は多少の無茶はあるものの無茶苦茶とは言えない。
その分の余剰予算分で本機の練習機版を調達したいというわけだ。
「いろいろと上層部の意向もあって皆さんを振り回して大変申し訳ないと思いますが、本機については何卒宜しくお願いします」
「まあ、いつもの事ですので……」
「信濃技官。貴方は毅然とした態度でなければ。そりゃ不満もありますけど、作るにあたっていがみ合うわけにはいかんですし」
「ええ。そうですね」
山崎の技術者達の反応はみな一様に仕方ないなというような状態であった。
練習機について先行で作れる事になったなどと御輿を担ぐような真似をしたので気にかけていたが、大丈夫のようだ。
とにかく、疾風に追いつくように今日から邁進せねば。
なお、今回の開発にはオブザーバーとして長島が関与する他、技術力保持の観点から川東も参加する。
特に川東では需要の増加により山崎のキャパシティーがオーバーしてしまった状況下においてはライセンス生産やノックダウン生産を行う事も視野に入れている。
軍上層部は主要な航空機製造メーカーはジェット機の開発も行えるべきであるという考えであり、一部の企業だけに技術を独占させるという事はしない。
四菱は疾風と合わせて海軍機の開発で手一杯で参加できななかったものの、高い技術力を持つ川東の参加は願ったりかなったりである。
といっても、西条からの話では川東を参加させる理由の1つが山崎と同様に背後で海軍を通してこっそり開発している戦闘機にあるらしく……
どうやら以前宮本司令より依頼されて断っていた高速水上戦闘機について海軍は川東に依頼して開発させており、この世界における強風に相当する水上機の……その背後に存在する"アレ"が関係しているらしい。
ほぼ間違いなく本来の未来における強風をベースとした陸上機の事だ。
烈風の開発が万が一頓挫した場合の保険として、水上機だから……ってことで理由を作ってこっそり紫電も開発していたんだろう……山崎が三式戦闘機のような何かをこっそり開発していたように。
現状、重複する性能及び運用法となる軍用機の開発は開発余力の関係上できないということで、統合参謀本部にて両軍が開発を行わない事に合意しているはずなのだが、高高度戦闘機だからということで開発を許可された烈風共々、裏でそのような事をやっていたわけだ。
軍としてはその本来の未来における紫電に相当する戦闘機の量産への移行を阻止するために生産ラインを本機で埋め合わせられないかと考えている様子だ。
紫電は悪い戦闘機ではないが、ここまでくると現状の皇国の戦闘機としては性能が完全に不足している。
仮に3年後に投入できるとなっても既に本機は間違いなく飛んでいるはずで、そうなると完全にそれまでの開発と量産に関わる一連の行為は無駄になる。
すべてが無駄というわけじゃないが、その時間をジェット戦闘機にあてがいたいわけである。
仮に海軍が紫電に相当する戦闘機を本格的に開発し始めるとしても、本機のノウハウを活用したジェット機としてもらいたいという陸軍上層部の意向には全面的に同意だ。
なんなら紫電が超音速機になる可能性だってあるからな……開発時期次第では。
その方がいいさ。
◇
午後、俺は農林省の役人が明日訪れた際に渡す予定の資料の整理を行っていた。
その資料は何なのかというと、生物刺激剤及び植物共生細菌に関する研究報告並びに培養方法その他及び、奨励について――というもの。
皇国語に書きなおしているが、内容は可能性の未来よりもたらされた技術情報である、バイオスティミュラントとエンドファイトについてまとめたものだ。
といっても資料の内容の比重は植物共生細菌に大きく傾いていて、殆どエンドファイトに関するものであある。
バイオスティミュラント。
これは既に太古の昔より皇国に根付いている農業技術及び資材の総称ともいうべきもので、加工した海藻類等を畑にまくことで生育を促進したりする肥料とはまた異なる農業資材であり、現在の皇国では植物活力剤、あるいは植物活力資財などと呼称されている。
農耕という概念が生まれてからというもの、大昔の人間は様々な栽培方法を試みて肥料等の存在を見出してったわけであるが、皇国でも関西地方を筆頭に野菜を育てる際、種蒔きの後に海藻を畑に敷き詰めるというような事をやっていた。
一見してこれは海藻の栄養分を土壌に浸透させて肥料とするように感じられるが、実際は海藻の中に含まれるアミノ酸などの成分が種子あるいは発芽した芽を刺激して生育速度を向上させるもので、厳密には肥料とは言えないものなのだ。
我が国では7年前の2595年頃より海藻から抽出したアミノ酸由来によるものや、サイトカイニンと呼ばれる植物ホルモン由来によるものの他、カビ毒の一種を用いた植物活力剤が既に販売されており、主として野菜栽培に用いられている。
これらは主に関西地方や中国地方で広く用いられていて、関東地方では浸透してきているものではない。
今回作成した資料では可能性の未来よりもたらされた情報をまとめた、現時点で実用化が可能な植物刺激剤を新たに抜粋して製造及び使用の奨励を促すものとなっていて、これを農林省に向けて提出することで肥料とは別に野菜類の作物育成に活用してもらおうと思っている。
これらの中にはカニやエビといった甲殻類から抽出した成分と植物エキスを混合して精製されたものなどが含まれ、土壌改善も可能である他、肥料としての側面を持つものも存在する。
特に注目すべきは上記の成分とオリゴ糖を混ぜ合わせたもの、あるいは複数種のオリゴ糖を混合して精製されたもので、これらは病気に強くなるだけでなく収量増加に寄与し、かつ本来必要となる化学肥料の使用量の大幅削減が可能となるなど、化学肥料が不足している現状の皇国にとってはまたとない農業資材となっている。
何よりも製造するにあたって化学肥料よりもコストがかからないのが魅力。
どうやら可能性の未来では食料需要の増加により化学肥料の価格の高騰化が著しく、ユーグを中心にこういった技術が注目されて市場が発展しているようだ。
従来より植物活力剤というものは存在したものの、生物刺激剤とも言うべき存在はそれらとは一線を画す程に高性能で、病気への耐性も相応に強まる事から農薬使用量も削減でき、成長市場にあるという。
今からやっていても損はない。
なので西条からの許可のもと、農林省を抱き込んで開発を促進させることとした。
ただ、比重としてはやはり植物共生細菌の方が大きくなる。
こっちの方がよほど注目株だからな……
植物共生細菌……もといエンドファイト。
歴史的に植物と共生する細菌自体はそれなりに発見されていたものの、この存在が農業分野で注目されるようになったのは今から40年程後になってからである。
理由は北合衆国大陸の各地……特に北部を中心に肥育された牛や羊が相次いで中毒症状を起こして大量死し、その原因が植物共生細菌によって生じたカビ毒によることが判明したため。
普通に考えればそれだけでは注目される事は無い。
これはNUPによる綿密な調査によって判明した調査報告書によってのことで、カビ毒が発生した理由は、当時、牧草地を整備するために育てていた牧草用の植物株の多くが害虫による食害でほぼ全滅状態となり、植物共生細菌を内部に宿し、大量のカビ毒を纏った牧草だけが生き残ってしまい、それらの株を植え込んで牧草としたことで一連の事件が発生したことが判明したからである。
ようはこれらの牧草は害虫からの被害が全くなかったのである。
しかも、この時にNUPでは一部の地域で干ばつが発生してしまうほど雨量が少なく、農作物に深刻な被害が出ていた。
にも拘わらず、選抜された植物株はカラカラな地域で普段通りに育ち、かつ害虫も全く寄せ付けなかったため……
植物学の研究者達の中で「これを味方にすることができれば、もしかして化学肥料にも農薬にも頼らずに害虫や害獣を退けて人間だけが食べる作物を育て上げる事ができるのでは?」――という考えに至り、一気に研究が盛んとなる。
といっても細菌とカビ毒。
突然変異が生じ、いつ人間を裏切るのかわからない。
こと事件を引き起こした牧草類は家畜類の腎臓に深刻なダメージを与えており、その危険性が常に生じているため、開発は困難を極めた。(はっきり言うと、事件を起こした牧草を人間が食べるだけでも腎不全となってしまう人間にも害があるカビ毒であった)
特に彼らの頭を悩ませたのは、一連の植物共生細菌が良く調べてみると作物を大量枯死させる病原菌と同種の突然変異体だったりし、これらは突然変異によってある日突然植物との共生関係を結ぶようになっただけで、それまでは植物からしても敵以外のなにものでもないといったようなものがあり……
当然、再び裏切る可能性が0でない事から、遺伝子研究が発展途上であった当時においては机上の空論とばかりに研究は遅々として進まなかったのである。
正直言って、俺はこの手の話は全く知らなかった。
本来の未来においても俺の知らぬ領域で研究が続けられていたのだろうが、恐らく研究者の多くは常に苦しい立場での研究を強いられたことだろう。
ただ、可能性の未来からもたらされた情報は大変興味深いものばかりだ。
例えば病原菌の一部には植物から栄養分の多くを搾り取ろうとするため、植物刺激剤とも言える成分を出して植物を活性化させた上で搾り取ろうとする種もある。
これは味方となった後も変わらずであり、突然変異した共生細菌は植物における一連の生命活動を妨害しない方向性で変異しているのだ。
一例として病原菌時代では葉の表面に広がって光合成を阻害したりしたのが、茎の表面や内部などに住まうようになって植物が水分や栄養分を土壌から吸い取ろうとするのを手助けするようになったりしているのである。(種によっては植物の活動を妨害して水分や栄養分を強奪していたものが、手助けしながら分け合う共生関係へと変貌したものもある)
高度な知能を有していない彼らがどうしてある日突然そんな方向性に生まれ変わろうと考えたのかは定かではないものの、まるで人間に例えると「これからも種として不変であるには、植物と共に生きるべき! 彼ら無しに私達は生きてはゆけないのよ!」――って主張しはじめて反旗を翻した者が出てきたようなものである。
しかも同種で共生するものと病原菌は双方共に植物の内部で熾烈な戦いを繰り広げるため、植物の内部では破壊活動を伴いながら全てを奪おうする病原菌と、共生を行いながら植物の内部で増殖して行こうとする者でさながら戦争状態に至っていたりする。(結果的に病気への耐性が上昇する)
つまりカビ毒を出すようになるというのは、自分達にとって敵対的な存在を遠ざけようとしての事であり、彼らの中では食害する昆虫や、そればかりか草食動物すら敵として認識しているわけだ。
他方で、根、茎などに住み着いて共生する細菌は、高温環境では自らが根や茎などの表面にまとわりついて膜を形成して高熱から植物を守ろうとし、低温環境では自らの活動を活性化させて周囲の温度を上げて植物の生命活動を維持しようと働く。(なんと植物によっては彼らの活動を活性化させるために必要な養分を分泌するようになっている種すらある)
特に根に住み着く共生細菌では栄養分の吸収を補助しようとする働きが強く、可能性の未来においては砂漠のような砂地に本来だったら生育不可能な果実類を栽培する事も可能としているらしい。
元々、共生細菌が注目されたのも干ばつに近い乾燥状態なのにも関わらず牧草地が無事だった事にあり、仮に人間の手で制御可能であるなら真の意味で農業革命が起こると言われていた。
そして可能性の未来では、革命を起こすほどではないものの少しずつ製品化したものが登場していて……2675年~2685年までの間に市場規模は10倍近くに膨れ上がったらしい。
そりゃそうだろう。
何しろこの手の共生細菌というのは、病気や害虫への耐性が強まる傾向にある。
これはすなわち品種改良の分野において無視できない重大な発見で、多額のコストをかけて病気に強くさせる方向性で品種改良しなくても済むようになり、かつ病気に弱いものの収量や食味が特段に優れる品種の製品化が可能となるからだ。
可能性の未来を見てみると皇国だけでなく王立国家やNUPでも古い種に注目する動きが広がっている様子だった。
エンドファイトを用いる事で病気に弱いが大変美味であるとされ、これまでは収量の不安定性や労力に見合わない事などから栽培されなくなった種が採算も合うような状況となって再び栽培されるようになってきているとされる。
そもそも、国内外を含めて従来までに弱い品種でもよく育つ土地というのは各地で確認されていたが、それらがよく育つ理由こそ土壌に眠るエンドファイトにあったとされ、そういう地域では細菌類の採取が盛んだとも。(同じ地域で、土壌の成分も変わらぬ状態なのにも関わらず、特定の区画だけ常に良く育つというような事はこれまでも確認されていた)
また、既存の品種改良された種では農薬と化学肥料の使用が大幅に減る事からコスト削減に繋がるため、そちらでも十分な効果が期待できるという事だ。
こと王立国家では麦と大豆を同じ畑、同じ区画で同時に育て、双方の共生細菌の相乗効果を組み合わせることで化学肥料の使用量を通常の1/10にまで減らしたなんて話も……
普通に考えてそんな事をしたら栄養不足でどちらもまともに育たないように感じるのだが、むしろ肥料を減らせるときた。(本当に最低限度の廃棄食糧等を発酵させた有機肥料だけでいいらしい)
これは早い段階で研究をはじめておくべきだ。
特に可能性の未来からは遺伝的多様性が化学肥料や農薬によって失われている可能性があり、より早い段階から研究を進めたいという話が俺の頭の中に届いている。
そう、抗生物質と同様、細菌類はその時その瞬間にしか存在しないような種がいる。
早い段階で研究を始め、各地で菌株の採取を行って保持しておく事には意義がある。
ゆえにエンドファイトについては俺は王立国家やNUPにも情報を広く共有する腹積もりでいる。
皇国だけが技術を独占する意味がない。
王立国家やNUPの土地に眠っているにも関わらず、それを見過ごしてしまったら意味が無くなる。
抗生物質と考え方は同じだ。
化学肥料や農薬が大量散布されて土壌内の細菌類が駆逐される前に保護するべきだ。
それが将来、農業を化けさせるのだから。
現状の皇国の作物は多くが病気に弱い。
可能性の未来では後に歩んでいく皇国国民の技術者が苦労の末にいくつもの新品種を繰り出して改善していった。
しかし、改良された品種があまりにも優れていた事で他国で栽培されて大損害を被ったことすらあるという。
本来、その種はその土地でのみ育つよう最適化されるべきとは農業を営む俺の父の格言だ。
在来種こそ正しく、土地には土地ごとの品種を植えるべきだ……と、口癖のように言う。
実はエンドファイトというのはすべての土壌に適合するわけではない。
その土地にはその土地に根付いた土壌細菌などがいる。
そこが大きな欠点となっている。
ゆえに商品化の難易度も高いものであるが、品種とエンドファイトを上手く組み合わせることが出来れば、第三国に苦労を奪われるような事にならないような形で品種改良出来るかもしれない。
まあそれは未来の話。
今は水稲農林1号を筆頭に、病気に弱い品種だらけなため……
とりあえず早い段階でこれらをどうにかするための共生細菌を見つける事が先決だ。
関連する資料は既に作った。
それをまずはこの国の土地から見つけるのだ。
X開設中。
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