第204話:航空技術者は妙なことを頼まれ、受諾する
「――中々面白い話を聞かせてもらったが……こんな時間か。信濃。まだ余裕はありそうか?」
「問題ありません」
少しばかり風力発電関係の話に熱中してしまった結果、いつの間にか時刻は正午を過ぎていた。
恐らく西条は昼食を挟むかどうかの提案をしようと思ったのかもしれないが、時間が勿体ないため俺はそのまま続けてもらうことを希望する。
「それでは残り2つについてに話してしまおう。2つめの話なのだが、海軍から例の新型偵察機の機体寸法その他の詳細について情報を共有したい旨の要求を受けている」
「早期警戒機の事ですか?」
「そうだ。お前が先日示した概要としての数値ではよくわからないと、横須賀や呉の連中が文句を言ってきているらしい。もっと具体的な各種寸法について教えてくれと宮本大将を通して要求してきたのだ」
呉と横須賀?
海軍は何をするつもりなんだ。
現在建造中の新型空母のエレベーターはかなり大型で宮本指令が"彩雲"と名付けた早期警戒機については、特にそこまでの詳細な情報が無くても格納可能だったはず。
まさか既存の空母を改装してまで格納したい意向があるというのか。
戦力面、そして予算と時間と人員の観点から考えてもかなり無理がある話であるはずだが。
「どういう理由で求められているんです? 早期警戒機については建造中の新型空母への格納を前提として設計している事は、提案した最初の段階で先方にお伝えしたはずですが」
「会議の後に宮本大将が軍令部に向けて改めて新型機の話を持ち込んだところ、軍令部内でもっと新型機が幅広く他の艦でも柔軟に運用できるよう体制を整えるべきという意見が殺到し、結果、海軍では改装空母となる予定の艦に格納できるよう設計変更することで話がまとまったのだ」
「改装空母?」
「改装が予定されている複数の商船と、千歳と千代田だ。特に千歳と千代田に関しては回転翼機という存在が登場して以降、様々な局面で海戦というものが見直されつつある今、持て余している状況にあるという。ゆえに両艦は回転翼機搭載空母として改装することも一時検討されたが、現状の回転翼機の寸法だと満足に搭載できない事がわかったので二の足を踏んでいる状態だった。そこに新型偵察機の話が出てきたので、それらを主軸に"最前線で運用する空母"にしようという事に相成ったわけだ」
千歳と千代田を空母化するという話については、確かに海軍にいる友人より噂程度の話として聞いてはいた。
――同時に、なぜ改装しなければならないのかということも。
この船は他の改装を予定している商船と異なり、将来空母化することを前提して設計されていない。
本来の未来でもかなりの無理をして空母化している。
ミッドウェーの影響により、どうしようもなくなったので改装したわけである。
そう考えると本来なら両艦に本格的な改装を後回しにして小規模の改修で実現可能な別の運用法を模索すべきなのではないかと思うのだが……商船改造空母と並んで優先順位が高くなった理由があるはず。
理由とは恐らく……
「……改装難度の高いとされる艦の改装を行いたい意思が強いという事は、やはり赤城の状況が思ったより深刻であるという噂が本当だという事ですか?」
「お前には隠す必要性はないので伝えておこう。何とか呉にまで曳航することができた赤城については、舵や推進器まで大破した他、爆撃によって生じた船体の歪みが激しく、完全修理を行うには極めて長期にわたる時間が必要であり、現状からある程度妥協した状態での修繕では、恐らく航行性能は著しく低下し、最大船速も同時に大幅に低下することが予想され、荒れた外海の状況を考慮すると外洋航海はほぼ不可能であるという判定だ。数年以内の戦線復帰は絶望的。呉の工員は事実上の修理不能の判断を下している。出来なくはないが、人員や資材の浪費でしかなく、やる意味を見出せないという状況に陥っている」
「事実上の喪失に近い状況なわけですね。情報公開していないのはまだ内海での運用は可能であることと、相手の士気を高めないためですか」
「練習艦としての運用などにはまだ就ける。国防を考慮した場合の近海での防衛目的での運用も出来なくはない。しかし、予想される回頭性能の低下と最大船速の低下により前線復帰はもう二度と出来ないだろうと言われている。中破した飛龍や蒼龍の修理にもかなりの時間を要する事から、軍令部は万が一を想定して千歳や千代田のような艦をも空母化して備えたいというわけだ」
最大船速や回頭性能が低下すると、艦隊運用に支障が出る。
何ノットまでしか出なくなってしまうのかは不明だが、17~20ノットにまで低下していると機動艦隊での運用は難しい。
技師たちが修理不能を突きつけるのだから相当な破損具合だ。
第三帝国が使用する対艦向けの航空爆弾はその破壊効果が本来の未来でも相当に高いことが知られていたが、いざ自国が被害を受けるとこうもなるか。
ともすると赤城仇討ち作戦とも言うべきものが敢行され、ビスマルクを中心に攻撃するという話が出た時、海軍サイドでは既に赤城の状況をある程度把握していて少しでも敵側戦力を削りたい意思があったのかもしれない。
そうでもなければ早々あんなに無茶な作戦を強行したりはしないだろう。
そして、今後の被害を最小限に減らす意向が強いからこそ、商船に限らず千歳と千代田をも空母化して最前線での早期警戒機の大規模運用を行いたいのだろう。
例えば千歳と千代田ならば格納庫を2段から実質的な1段にして、下部を予備部品等を保存する保管庫とすれば、早期警戒機の全高を考慮しても十分に格納する事は可能。
長い全長をどうにかするためにエレベーターの大幅な大型化が必要となるが、ここも何とかなるはずだ。
二基の大型エレベーターを設置する事は技術的に不可能ではない。
その状態での格納庫搭載機数は全て早期警戒機とするなら14機ぐらい。
例えば6機を早期警戒機とし、残りを護衛の百式攻撃機等とすれば6+10で16機ぐらいは格納できる。
開発をはじめる予定の"軽攻撃機"を空母に搭載するという場合もそれぐらいは可能だ。
実は山崎と長島を通して開発しようとしている軽攻撃機……既にキ88と名付けられた機体はSTOL性を保有する事や不整地での離着陸をも想定している事から、当初より艦載機としての運用も可能なよう設計していたりする。
そこに海軍が気づいて導入するという事になれば、千歳や千代田は搭載機数の少なさを質で補う事が可能となるだろう。
立場上、こちらから積極的な提案をするつもりはないが、早期警戒機の存在に気づいて千歳と千代田の改装内容を変更しようと考える者がいるなら、気づけるはずだ。
ともかく、それが可能となるように詳細な情報を提供すればいいわけだな。
「状況は概ね把握できました。ところで、先ほどのお話からすると海軍は商船改造空母についても改装して早期警戒機の運用能力を持たせる予定なのですよね?」
「ああそうだ。戦が始まった結果本国に戻れなくなって奴らと手を切る前に買収しておいたシャルンホルストを含めて運用可能とする改装を予定している」
……シャルンホルストか。
本来の未来では2599年8月に勃発した2度目の大戦により本国に戻れなくなった事で譲渡された船だったが、今の世界では2600年2月に始まった戦により戻れなくなり、結果、第三帝国との交渉が行われて宣戦布告直前に大使館経由での送金で買収して皇国船籍として今に至る船。
皇国では高低圧理論等の技術等、事前に様々なモノを調達していたが、このシャルンホルストも例外ではなかった。
普通に考えれば第三国がこれから敵となる国との買収交渉なんて応じるわけがないと考えるべきところだが、本船は神戸に停泊していて身動きがとれなかった以上、交渉に応じなければ強制徴収されるだけ。
いくら約束を守る民と言えども、敵国がそのまま係留しておいてくれなんて頼んできたとして、それを認めるほど皇国も甘ちゃんな国ではない。
相手からすれば勝手知ったる船ゆえにいかほどに改造しようとも、いつでも落とせるという自信もあったのだろう。
各種資源等を調達するための外貨の方が重要なことも相まって相応の金額で合意に至り、宣戦布告直前の日付で買収した形となっている。
つまり、神鷹も本来の未来と同じく戦力として換算できるという事になる。
といっても、神鷹は割といわくつきの船で、ボイラーに問題を抱えているので、いかにカタパルトの実用化に成功している状況といえども今後の赤城と殆ど同じような扱いしか出来ないとは思われるが……
やるとしても国内に配置しておいて、その分の余力を分配する形でいずれかの空母を前線に回すしかない。
……あるいは王立国家が大量に運用したアタッカー級のように護衛空母として用いるか……だ。
正直俺は神鷹について特に拘っていなかった。
理由は、NUPとの開戦を回避することで、ぶら志゛る丸が落とされる未来が変わり、その1隻分の戦力が加算されると考えたからだ。
ぶら志゛る丸は大鷹型航空母艦のベースとなった新田丸等より一回り小さいシャルンホルストより船の規模がさらに一回りほど小さい船であるが、代替になるぐらいの規模の船ではあった。
ゆえにそれで妥協できるだろうと思ったのだ。
そもそも大鷹型航空母艦自体がそこまで戦力として大きく期待できるものではない。
それでも海軍が運用へ向けて積極的な姿勢を示す背景には、カタパルトの実用化によって大型機の運用を可能としている事と、主戦力はなるべく最前線に配置しておきたいという意向からなのだろう。
冷静に考えれば早期警戒機の運用ができれば、護衛空母として運用するといった場合でも、その能力は大きく底上げされると言えなくもないのか……
そうか! なんで千歳と千代田に拘っているのかわかったぞ。
空母としての規模は決して大きくない二艦だが、改装後においても高い速力を保持していた。
西条は先ほど「最前線で――」――と述べたが、現状で改装しても艦隊運用に支障をきたさず、かつ改装後には即座に最前線に送り込める艦が他にないんだ。
……すると妙だな。
なぜ千歳と千代田だけなんだ?
他にも持て余している艦ならあるはずだ。
実際はお荷物になりかけている戦艦等にも手を出せば、もっと大型の空母を配備できる。
なぜやらない?
それを遂行できるような環境が今の海軍には無いというのか。
この状況、不協和音のようなものを強く感じる。
統合参謀本部での普段の言動や、例の"航空駆逐艦"の話から宮本司令は間違いなくそこも頭に入れて動いているはずだが、噛み合っていない。
上層部の一部の意向によってそれを許さない状況なのか?
俺の予想では巡洋艦ですら空母化しようという気概がないのだと予想する。
本来の未来では高雄型と妙高型及び、最上型と利根型の重巡洋艦の空母化も早い時期から検討されていたが、その話は全く聞いていない。
第三帝国及びヤクチアとの戦いにおいては、戦艦よりも小回りが利く重巡洋艦の方が敵の空爆に対しても対応しやすく戦力として優秀である事などが影響していると考えられるが、それだけではないはずだ。
戦艦ですら特に対応方針を示さないということは、鉄砲屋の連中を中心に許さない姿勢を示しているのだろう。
内部対立に至る状況とまでなっているとは思わないが、戦艦が現状置物状態となっている事について批判する声すら国内にはあるのに海軍側は沈黙を貫いている。
予想としては鉄砲屋の集団は今後本格的な海戦があれば名誉挽回が出来ると思っていて、プライドに固執しているのだろうと思われるが、千歳と千代田の件や海軍の友人から聞いた海軍内部の話から推理するとあまりよい状況とは言えなさそうだ。
開発されている新兵器の状況を踏まえると、空母とそれを護衛する駆逐艦と巡洋艦さえあれば、今後の海戦は乗り切ることが出来るのは間違いないのに……プライドに固執する連中によって艦隊が機能不全を起こしたらどうする?
宮本司令にはそのような状況を起こさせず、かつ起きても打開できる政治力があると思えない。
それだけ鉄砲屋というのは傲慢で、強力な派閥を形成する集団だという認識が俺の中にはある。
思えば本来の未来では空母として建造されることとなった改鈴谷型重巡洋艦の伊吹に相当する重巡洋艦が、重巡洋艦のまま建造されているという状況から気づくべきだった。
海軍には、本来あるべき、目指すべき姿へと向かおうとする集団とは別に、古い考えに固執する保守的な集団がいる。
ゆえに動きがちぐはぐで、完全な亀裂が生じて機能不全に陥らないよう、各種戦略方針にて妙な忖度が行われ、一見すると合理的ではないような形での戦力補充が行われてしまってるわけだ。
これまでの統合参謀本部においての一連の判断や決定において鉄砲屋を刺激することばかりしすぎた反動かもしれない。
後々絶対に問題になるぞ……
どうにかするといってもすぐに方法は思いつかないが、どうにかしないとならない悪寒がする。
後ほど西条にはシャルンホルストのボイラー問題と合わせて本件についての懸念も伝えておこう。
まずは3つめの話を優先する。
「改装空母の件については承知致しました。後ほど原案に基づいた、ある程度の寸法を示した図面をお送りしたいと思います。多少の誤差は生じると思われるので余裕を持ってほしいとは先方に伝えてください」
「わかった。早い段階で頼むぞ」
「今日中にはお渡しできるかと思います。それで、3つ目というのは?」
「何、大した話ではない。ただ、お前にまた1つ案を練ってもらう必要性がある」
西条の表情を読み取る限り、新しい航空機開発の話ではなさそうな雰囲気であった。
言い出しにくい話で、絶対にやらねばならないというほど優先度も高くなさそうな感じである。
「何か作らねばならないという感じですね」
「お前は一式拳銃と呼ばれる存在を知っているか?」
「ええ。昨年の段階で3000丁ほど製造されて将校に向けて販売された拳銃でしょう?」
「現在独自に動く者たちがいて、その改良版の開発を行っている。本年に試験に供する予定だ。だが、例の機関小銃の実績から技研には"優秀な銃器技師"がいると考えて疑わない上層部の者から、もっといいものが作れるだろうと私に強く要求されてきている。率直に聞く。信濃、お前は拳銃はどうなんだ?」
どうなんだ……か。
機関小銃開発の際に銃器開発については多少なりとも関わったため、できないわけではないが、優先度は高くないと考えてこれまではあるものでどうにかする姿勢だった。
此度の戦なら現在採用されているモ式でも乗り切れると思っていたし、拳銃なんてものをどうにかしてくなら体制も運用思想も整った戦後でいいとも考えている。
現状の状況における拳銃は刀やレイピアと同じような、武士道や騎士道といった、決闘の道具といったような認識が相応にあり、拳銃には美術的価値のようなものが将来の者達からすると不思議に感じられるほどに求められている。
性能と外観の両立。
そういうのを重視してしまうような状況なのだ。
現状でモ式が受け入れられている理由がまさにそこにある。
「相応のものを作ることはできるかもしれませんが、他の開発を優先したいというのが本音です。機関小銃と異なり、我が軍が求める拳銃の様式というのは煮詰まっていません。様々な者が口出しをして、結果的に何が正しいのか見えてこなくなると思われます」
「一式拳銃の改良型に対する要求具合を見ると実際そうなのだろうな。開発に携わっている兵技少佐はああでもないこうでもないと毎日違う事を言うらしい。私からすると正式採用する銃に採用しようとしている8x22mm弾は威力不足な上、弾丸の形状から言って拳銃弾としての完成度は低いと見ていて、8mm弾仕様の拳銃開発が思うように行かない理由はそこにあると考えている。大体、前線で威力不足が指摘されている.380ACP弾より威力が低くてどうするという話だ」
西条の話は半分正解だが、半分間違っている認識だ。
確かに現状の8×22mm弾はボトルネック形状によって拳銃が採用できる機構が限定され、かつ反動を考慮して火薬が少なめである事から腔圧が低いので拳銃弾としての完成度は高くない。
ひとたび拳銃を作ってみても作動不良を頻発させるのも弾丸自体に問題があるというのは間違っていない。
しかし、そこは火薬量を増やして改良すればいい話。
弾丸の火薬量を増やさない理由は、別にある。
皇国人の手の大きさに合わせておきたいという事と、それ以上に……
皇国軍人は拳銃に対して携帯性を強く求めすぎている。
銃自体をもっと大きく頑丈にすれば、8×22mm弾仕様の拳銃でもそれなりの銃にはできたはずだ。
できなかった理由は徹底的な小型化を要求しようとするきらいがあるからだ。
そしてモ式が採用されたにも関わらず今回の話が舞い込んでいる理由も、モ式が大型すぎて気に入らない勢力がいるからか?(そもそもが第三帝国生まれの銃だからという理由もあるかもしれないが)
水面下でそんな動きがあった事に気づかないとは情けない。
「仮に作るとして、条件としては8×22mm弾以上の弾丸以外にする他に何かあるんですか?」
「.380ACP弾より威力に優れる弾丸を採用する事、撃鉄ではなく撃針を用いる方式である事、14年式拳銃より小型である事、複列式弾倉を採用して10発以上が装填できる事、反動制御に長け、皇国人であっても高い命中率でもって近接戦闘に対応できうることだ」
西条の話す内容は、言葉尻だけを捉えればそこまで見当違いの銃を求めているわけではないことがわかる。
他方、現時点の銃器技師の多くがその要求を受けて「そんな机上の空論のような産物作れるか!」――と激怒しそうな内容でもあった。
黄泉の国からM1910とハイパワーを設計した銃器技師でも連れてきたとしてどうにかなるかと言ったところだ。
ただ、頭の中には本来の未来においていろいろやった結果詳細な情報が叩き込まれている拳銃があり……その拳銃と軍が求める拳銃の要求内容がほぼ合致している事に内心驚かされている。
そんな事もあるものなのだな……
ただ、この拳銃は"ある部分に大きな欠点"を抱えていて、今しがた西条が伝え忘れた要求内容にそれが含まれているならば話は別だ。
要求する内容に実際は存在していたという事で後で揉めるようなことは避けたい。
今のうちにその部分を確認しておくか。
「……重量の制限はないんですね?」
「どういうことだ?」
「例えば、それなりに小型で皇国人の手にも収まる大きさの銃把を有しながら、なぜか重量はモ式や1911等の大型拳銃並に重くなったとしても、他全ての性能を満たしているならば良いというならば、1つ案がないわけではありません」
「どんな拳銃なんだ……まるで想像がつかん。小型なのに重くなるというのはどういうことか」
「作動信頼性。耐久性。反動制御。それらを満たそうとすると重くなります。小型であってもです」
「機関小銃の件から特に気にしていないが、生産性の高さも重視されるぞ。部品点数の少なさや生産工数の少なさなど、そちらも満たしての事なんだな?」
「機関小銃のような特殊な機構を仕込むような事は致しません。しかし重いんです。私の頭の中にある拳銃というのは。未来に遺恨を残すと思いますよ」
「採用するかどうかは軍が決める。正直な事を言えば、よくわからん拳銃を作ろうと躍起になられて資材と人員と時間を浪費されたくないのだ。私としては。むしろ困惑するぐらいの方がいい。ああだこうだとその銃だけ目を向けながら時間だけが過ぎていくならば、不安の種が1つ消える」
「あれやこれやと手を出せるほどの余裕は我が国にはありませんからね……」
「国産できなければ後々に困るというのは間違いないが、お前の言う通り確たる様式も見定められぬ状況で開発を行っても成果を出す事はできないだろう。研究と開発は違う。研究は続けてもらわねば困るが、形にしなくてはならない開発にまで手を出してもらう必要性はないと考えている」
そこは正論だ。
ただ、研究だけしているとそれはそれで開発力が失われて意外と何も作れなくなってしまったりするのだが……
正直、俺は人を殺めることしかできない存在を作るのは前向きになれない。
機関小銃を作った手前何を言っているのやらという話ではあるが、殺傷以外に用途がない純然たる殺傷兵器と、戦闘に用いる各種兵器は、応用という面で次元が異なることから、どうしても己自身が心にブレーキをかけたがる。
どんなことをしても未来を掴むという覚悟と心持ちはあってもだ。
だが、絶対に採用されるというわけではないというならば問題ないか。
西条の言う通り、わけのわからない銃を採用されて例によって1つの形式や機構、スタイルに拘る皇国人の趣向や性格が足を引っ張って将来に遺恨を残すのもまた問題だと思うしな……
1つそれなりに優秀なモノを提案することで周囲が影響を受けて変わることだってあるはずだ。
「やれるだけはやってみます。ただ、さほど期待しないてください」
「一式拳銃の改良型の試験が今年の初夏には開始される。それまでに間に合わせてくれるとありがたい」
そこは問題ない。
すでに頭の中に設計図はある。
立川に戻ったらすぐに作業にとりかかろう。
こういうのは早い方がいい。
――その後、俺は先ほどの懸案事項について西条に伝え、昼食を取らぬまま立川へと戻っていった。
どうやら西条も海軍の様子は注視しているようで、俺の話についてはある程度西条なりに把握している様子であった。
今はできることをやるしかない。
頭の中に海軍の状況はいれつつも、自分がなすべきことをやろう。