第203話:航空技術者は大型の垂直軸型マグナス式風力発電機を提案する
「――こちらが今回提案を行いたい全く新しい概念によって構成された超大型の風力発電装置です」
少々の時間を貰い、西条より手渡された会議等に用いる大判の用紙に描いた発電用風車の図を示した俺に対し、西条は最初の一言が出るまでにこれまでにない程に時間がかかった。
「……これが発電を行うための風車なのだと、お前は言いたいわけだな?」
「後ほど技術に関する情報についてもお渡ししますが、これは立派な風車です」
西条の顔が引きつるのも無理はない。
つい先日までの、やり直した時点までの未来の情報しか知らぬ俺であったならば、その意匠に対して同じようにしばらくの間は沈黙してしまうだろう。
しかし、全体像を見れば流体力学に精通する者であれば程なくして理解できるはずだ。
「その発想は無かった!!!」――と。
アイディアとしてどうしてこれを自分を含めて多くの流体力学系技術者は思いつかなかったのか。
技術の世界において発想とはセンスなのだとは言うが、俺がやり直した後の時代に相当する、"可能性の未来"に至るまで、技術者はこの機構をついに生み出す事はなかった。
そういう意味では、例え21世紀であったとて可能性は眠っているものだと言える。
それこそが今回提案しているマグヌス効果を利用した垂直軸型マグナス式風力発電機なのだ。
まず、本風車を説明するにあたってはマグヌス効果から説明せねばならない。
マグヌス効果とは、今より90年も昔において、現在第三帝国と呼ばれている地域の技術者が発見した流体力学的効果である。
物体を回転させた時、その物体に水平に粘性のある流体がぶつかった際、その回転方向によって圧力差が生じる現象を言う。
例えば左から右へと一直線に向かってくる大気の流れに対し、円筒あるいは円柱が反時計回りに回転していた時には、円筒の下部で大気が圧縮され、気圧が高まり、上部との気圧差が生じる。
これはすなわち航空機の翼と同様の状態であり、円筒あるいは円柱は一見してどう考えても流体力学的に不利であろう形状ながら高い揚力を発生させるのだ。
なお、この時において発生させる気圧差については、円筒または円柱の回転速度と大気の粘性と気流の速度によって変化する。
よって回転速度が落ちたり、大気の粘性が低かったりすると効果はそれに合わせて落ちる事になる。
この効果がどれほど凄いかというと、帆の代わりとして同効果を発揮する円筒を使用して相応の規模の帆船でもって大西洋を横断できるぐらいには流体を制御して推進力へと変換することが出来る。(なお、余談ながらこの船舶を設計した技術者であるアントナ・フレットナーはヘリコプターにも着目しており、本年においてFl 282の開発に成功して少数生産にまで漕ぎつけている。二重反転式のメインローターを持つこいつの完成度は高く、現状においてロ号程ではないが十二分に脅威になりえるぐらいにはヘリコプターとしての基本性能を有している)
最初に大西洋を横断した船は平均5ノットの速度を出したというが、将来的には構造や配置を見直してそれなりの規模の金属船を10ノットぐらいで航行させる事ができるぐらいには高い運動エネルギーを生じさせる流体力学効果であり、野球の変化球の変化の仕組みであったりなど、流体力学の奥深さを示す力学効果の1つである。
その力がどれほど侮れないかというと、本当に空を飛ぶ航空機の翼として冗談抜きで使用できるぐらいには高い揚力を発生するのだ。
11年前。
ある匿名の発明家3人がマグヌス効果によって空を飛べる事を証明するため、ミシンに使うボビンを大型化させたようなものを3つ胴体に水平かつ並列に並べた水上機を開発した。
A-A-2004と呼ばれる本機は推進力と発生させるプロペラとは別にギアとシャフトを介して回転するマグヌス効果を利用したもう1つの回転翼を保有しており……
横から見るとさほど異質ではないように見受けられる一方、前方から見るとおよそ常識的航空機の姿ではないそれは、見事に離陸に成功してそれなりの距離を飛行したとされる。
しかしながらマグヌス効果を活用する航空機は、翌年に結局飛び立たなかったX772N等が試されて以降、2602年現在までに全く登場していない。
実際に空を飛んだとされるA-A-2004については、この時の飛行試験の際に様々な問題点が発見されていき……
結局ローター翼を備えた航空機というのは、1つのスタンダード形式として採用するにはあまりにも欠点が多すぎるという事で歴史の影へと追いやられたのである。(様々な発見に繋がった事から、闇に葬られたわけではない)
本機は回転翼機の一種であるが、翼そのものが回転装置そのものであるので強烈な振動を生じさせた他、ローター翼とも言うべき回転体の回転力を制御して姿勢制御できうることを証明できたが、大気の流れにめっぽう弱く、安定性は劣悪で、大気の流れが弱い……
すなわち進行方向とは異なる方向へと流れてくる際に大きく揚力が減少する(あるいは左右でバランスが大きく崩れる)欠点があり、エンジンが停止する、あるいはローター翼がなんらかの不具合により回転を停止してしまうと、その時点で揚力を失って制御不能に陥ってしまうという、文字通り航空機としては欠陥だらけの代物であった。
本機は回転翼機の一種ではあるものの、ヘリコプターのようにエンジンが停止しても着陸を行えるローテーションを実施する事は構造的に不可能であり、さらに風洞実験においては時速約200km/h以上へと至るとローターそのものが大きな抵抗となって高速化への足枷となるなど、短距離離着陸が可能であるメリット以外にさしあたってメリットらしいメリットは無かったと言われる。
他方で本機はあくまで実験用の航空機であり、マグヌス効果での飛行可能性を証明するためのものであったので実験としては大成功であったと言われる。
特に回転する筒によって生じさせる離陸時における気流の流れを観察できたことは、後の航空機の着陸脚の配置に少なくない影響と与えたとされ、離陸時において着陸脚が微小ではあるものの離陸そのものに寄与している事が裏付けられる事となった。
結局は航空機の世界においてはマグヌス効果を最大限に活用しようという機構は根付かなかったわけだが、こういった成功と失敗の積み重ねこそが未来の航空機を形作り、安全性などに寄与しているわけである。
そんなマグヌス効果を活かすローターシステムだが、主として定着した界隈はやはり船舶で、本来の未来においては客船や貨物船に搭載することで船舶の燃費を改善させる事ができるのではないかと試行錯誤していたことが俺の頭の片隅にではあるが記憶として存在している。
一見して抵抗を生みそうな巨大な構造物は、それそのものが推進力を生む一方、必要となる回転数自体はそこまで速くなくてもよい事から、排気エネルギーを回収してタービンやギアを駆使して回転させるか、あるいは電力に変換して筒自体をモーター等で回転させることで、船舶にかかる抵抗を和らげ、結果的に燃費の改善に寄与する事はある程度理解されており……
様々な実証実験が継続的に行われていた他、多くはないものの一部実用化も果たして大型客船への採用事例などもあった。
搭載した船舶においては通常と比較して最大35%も燃費を改善出来るとされたが、これらの筒はアルミ合金や複合素材によって形成された頑丈かつ極めて軽量なもので、内部は空洞でメンテナンス等のために人が出入りする事ができる。
なお、橋をくぐる場合や嵐での状況を想定して折りたたむことが可能であり、常に垂直にたてられているわけではないが、外観は正直言って異形そのものである。
このマグヌス効果を利用した風車を作ろうと言う考えが全く無かったかというと……そうでもない。
実はマグヌス効果を利用した風力発電システム自体はいくつか考案されてはいた。
回転数に応じて高い揚力を発生させる事ができるという事は、発電効率を考慮しながら運用回転数との兼ね合いで翼の全長を実質短くすることが出来るため、風力発電に活用できるのではないかという発想そのものはあったのだ。
その挑戦を行っていたのが、本来の未来においてかつて皇国呼ばれた地と、ヤクチアであり……
双方の国は従来の風力発電のプロペラを、マグヌス効果を利用したドリルのような溝を掘った筒に変更することで強風への抵抗性を高めようとしていた。
なお、残念ながらピッチ変更の機構と比較した場合、当時のものはローター全長を短くするためにローター数を5つにしたことから回転させる機構が複雑化し、かつ部品点数が多いものとなってしまっていた。
ローター自体の形状は単純化したが、それ以外の部分で複雑化してしまったのである。
また、この構造……結局は従来のプロペラの代替でしかなかった事から、風力発電システムを支える支柱部分を細くしなければならないという欠点が改善されないままであり……
最大風速70m/sでもローターは破損しないという長所を強く宣伝してはいたものの、ローター方式のプロペラを備える支柱は従来構造のままであったことから、支柱側が風速に耐えられず破損してしまう短所があり……
従来形式に対するアドバンテージが少なくスタンダード化する事は無かったのである。
しかし、どうやら"可能性の未来"において皇国の技術者は諦めなかったらしい。
マグヌス効果を利用した風車は"可能性の未来"でも一旦水平軸の状態にて開発された様子であるが、信念を押し通してその先へと至ることが出来たようだ。
"可能性の未来"の皇国の技術者は、これまでの常識を全て根底から覆さんとばかりに最大限にマグヌス効果の長所を活かすため……
なんと"垂直軸"にしてしまう事を思いついたのであった。
大判の用紙に描いた姿こそ、まさに可能性の未来からもたらされた情報をもとに再現しようとしている存在に他ならない。
まるでエッフェル塔のごとき鉄塔の上に、垂直軸で回転する2つのローターが並列配置されていて……何も情報を知らぬ者なら「レーダー装置の一種か?」――とも思いたくなるような外観のそれは、立派な風力発電機なのである。
特にローターについては未来のアルゴリズムを用いたコンピューター計算により、ローター部分にフィンを設けて乱流制御を行う構造とする事でさらに高効率化できることが発見されている。
これは計算式化にまで至っているので俺でも再現可能だ。
フィンを設けた結果、ローター数を2つに減らせる事すら可能になったほどだ。
当初考案され、実証試験に供していた垂直型マグヌス式風力発電機はローターが3つあったのだが、2つに減らせたことで部品点数を減らし、メンテナンス性を向上させてランニングコストを落とす事にすら成功している。(ついでに言えば重量削減にも繋がっている)
俺が知る本来の未来における、垂直型ではないマグヌス式風力発電機と比較して電力を発生させるローター数はあれから実に3つも減ったことになる。
この差は大きい。
ローターが備わった鉄塔は、誰が見てもわかる通り頑丈そのもの。
それだけではなく、建設時においても従来工法を駆使して建造できる程に簡素化されてもいる。
風速70m/sに耐えるローター構造に対し、柱となる部分は通常の風力発電機と異なり、いくら風の抵抗を受けようが構造上発電効率に大きな悪影響を及ぼさないため、とにかく頑強にする事ができるのだ。
すなわち、従来型においては支柱にぶつかる事で生じた乱流が巻き返してくることでプロペラの抵抗とならぬよう発電効率のために可能な限り構造を細くせねばならず、強度的には風速60m/s程度で損壊が生じうる状態を限界とする中(90m/s程で完全に折れると言われている)、80m/sだろうが90m/sだろうが全く問題ない構造とできるわけである。
現用の技術で製造可能な構造とした上でだ。
そもそも発電可能な風速自体、理論上は最大70m/s程まで行けるのがこの方式。
あくまで安全上の問題から運用においては50m/s程度だろうと言われるが、50m/sの時点で他の一般的な風力発電機を性能的に凌駕している。(なお"可能性の未来"においては安全上の観点から40m/sで運用されていた)
一般的に風力発電が発電可能な最大風速は25m/sだからだ。
普通は台風が来たら運用を中止せねばならないのだ。
しかしこいつは違う。
何しろ"可能性の未来"よりもたらされた情報では、沖縄に設置したものが、平均35m/s、最大瞬間風速64m/sもの猛烈な台風の中で発電したという記録が残されているというのだ。
マグヌス効果を利用する円筒の速度をモーター制御で調整すれば、風の抵抗に対して生じる揚力を調整できるため、一般的なプロペラ形式でいう事実上のピッチ変更によってそれを可能としていた。(所定の風速以上になると揚力を発生させるローターの回転を止めて装置全体の回転数が安全圏を超過しないよう制御する事が台風下においてできるのである)
ローター本体にかかる負荷をきちんとセンサーにて計測できて、柔軟にローターの回転数を制御できるシステムさえあればいい。
現時点の技術水準でも、実現可能。
本来の未来においてそれはインバーター制御でもって達成していたが、ここについては部品点数は増えるものの現用の技術で十分に代替できるのでそうする。(現皇国にはそれに匹敵するバーニア制御の技術がある)
足りないものは可能な限り代替技術でもって何とかする。
というか、出来るという補足情報まで"可能性の未来"から技術情報としてもたらされている。
ようは、未来よりもたらされた技術情報により……現段階の技術を駆使することで台風すら味方につけて発電したいわけである。
数年前に集合型の風力発電を提案したものの部品点数の多さや整備性の問題を指摘されて予算が下りなかったのに対して、こいつは大きなアドバンテージを持っている。
そもそもが現用の技術ではどう足掻いても大型のプロペラ及びそれを支える支柱の製造は不可能である中、本風力発電機は大型のサイズにしてもどうにかなると言うのが大きなアドバンテージなのだが、それだけではなく将来における風力発電機のウィークポイントである災害級の風速でも発電できるという長所は、皇国に本当の意味で必要な風力発電機なのだと言いたい。
「――災害大国の皇国において、災害すら味方につけるというのは……首相。首相が常日頃おっしゃっている、必要なら猫の手でも借りるという事なのではないですか?」
「確かにそうだ……!」
「毎年必ず上陸しては我が国を苦しめる台風を神風にすら変えてガソリンを作る。製鉄を行いながら、その副産物でもって。風は止められない……制御なんて出来ない。外的要因によって製造を停止する事は容易ではない……だからこそ、一連の技術を全て一括保有するという事は、それだけで我が国が大きな戦術的優位性を持つことになりえると思います」
「して、1基でどれだけ発電できる予定だ? 教えてくれ」
「定格100kwです」
「100kwだと!? 風力でかッ!? 100基あれば現用の石炭火力発電所並だぞ!?」
「風速3m/s~4m/s程から発電可能で、11m/s程から定格に至ります。あとは40m/sまでピッチ変更に相当する回転数の調整で100kwを発電し続けます。40m/s以上については状況次第。必要に応じてローターの回転数を止めながら調整します。少なくとも70m/s未満の状況下で損壊する事は、よほどの事が無い限りありません。皇国で常時11m/sに匹敵する風が吹き続ける地域は多数あります。太平洋側だけでも静岡の浜松、三重の伊勢湾周辺等。これらの地域では炭酸ガスさえあれば人造ガソリンを製造可能なわけです」
全長は45m
発電機のサイズ直径11m
ローター直径は20m
設置する区画は15m×15mとなる
1基における耐用年数は25年
製造コストについては量産数次第ではあるが、デファクトスタンダード化する風力発電機と比較して勝る事もなければ劣る事もないぐらいでどうにかなる。
問題点があるとすれば、100kwよりさらに大型化しようとすると全長の問題が出てくる事。
垂直型である本風力発電機は、水平軸の一般的な風力発電機と比較して全長が高くなりやすい。
例えば700kw程になると全長は100mに達してしまう。(ブレード直径が50m程になるため)
全長100mというと従来方式の水平軸プロペラ方式では1500kw程度なので、設置区画を狭く出来るとはいえ、これは水平軸型と比較してデメリットと言って差し支えない。
マグヌス効果を利用しているのでプロペラに相当するローターの全長自体はローターそのものより小型化できうるものの、垂直型という方式が足を引っ張る。
ただし大きな長所として全体の発電機自体の回転数を低くすることが出来るため、静音性に優れ、しかも配置間隔についても従来方式より狭める事が出来、設置区画を狭める事が出来るメリットがある。
特に静音性の高さは特筆に値し、都心部に設置しても問題ないぐらいの、50db前後の数値であることが魅力。
このメリットとデメリットを上手く調整していくしかない。
また、大型化するにあたっては遠心力の問題も出てくる。
水平軸のプロペラと比較した場合、配置構造の関係で最も外側に最も重い重量物が配置される関係上、遠心力は回転半径に比例して増大する事から水平軸の従来方式の風力発電機と比較して大きな負荷が各部にかかりやすい。
水平軸型の通常のプロペラ方式の場合、それを加味して細く研ぎ澄ますようにブレードの先端側へ向かって形状を整えることで調整しているが、垂直軸型マグヌス式だとそれが出来ないのだ。
ゆえに各種部材の耐久性を加味すると大型化しにくい構造であると言える。
ただし、"可能性の未来"からは1000kw以上とする事は可能だと言う情報が入り込んできている。
もちろん将来的な話でしかないが、陸上に設置される風力発電機はそのサイズ感から2000kw級が主流となるため、この領域に達せればという所。(皇国でも地域によっては陸上でも4000kw級を設置可能だとは思うし、どうやらやっているようだが……世界の状況を見ても主力は2000kwなのは変わっていないようだ)
2000kw級に行ければ40基程あれば年間発電量は大体1億5000万kwhに達する。
これは"可能性の未来"における2670~2690年代の皇国の年間総電力消費量の0.1%に相当する数値だ。
あくまで狸の皮算用でしかないが、常に風が吹く場所が存在する前提で4万基設置できれば風力だけで皇国の消費電力は賄えることになるな。(無茶苦茶な事を言っている自覚がある上での話ではあるが……)
実際はどう考えても不可能に近い話なのだが、洋上風力等を活用して比率を0.1%から上げる事は出来るはずだ。
地球環境どうのこうのは除外しても、化石燃料を用いない発電というのは時勢に左右されない事から経済的影響を受けにくい。
将来を考えると風力や地熱への投資は皇国の経済の安定化を考慮しても無駄にならない。
そして俺はあくまで流体力学系の技術者。
直接的に手を出すのは地熱ではなく風力だ。
世界第三位の地熱資源量を持つ皇国は地熱にも着目せねばならないとは考えるが、それは直接的に関与していってどうにかなるものじゃない。
航空技術者として風力分野に力を注ぎ、将来のための第一歩を100kwの発電機を早期実現することで目指したいわけである。
だが、これだけじゃない。
「――風力と併用して、自然由来の大気中のCO2も回収して人造ガソリンに変えます」
「そうか……ん? なんだって!?」
「製鉄所の排気ガス中のCO2を回収するシステムは、応用することで大気中からもCO2の回収が可能です。大した量ではないので微量でしかないんですがね。強風が吹き荒れる地域では微量でしかないCO2でもそれなりの回収量にはなります。製造可能量はさておき、月にレシプロ航空機数機分を動かす程しか製造できなかったとしても、作れるという事実がNUPを揺さぶる力になるかと思います」
「お前は風をガソリンにするというのか……私でなかったら正気を疑われるところだぞ」
何を言っているんだとばかりに焦っている西条をしり目に、俺は至って冷静であった。
別に地球環境や持続可能社会がなんだと騒ぎたいわけじゃない。
技術的に出来るからやるんだ。
俺が説明しようとしているのはDAC技術の話であるが、製鉄所にて使用を予定するゼオライトを用いればタービン等を駆使することで大気中のCO2を回収可能だ。
本来の未来においても類似する方法で証明されていて、いくつも事例がある。
単純にそれらが事業化まで至っていないのは黒字化不可能だからに他ならない。
そして"可能性の未来"においては、大赤字にも関わらず脱炭素社会という事でNUPを筆頭にユーグ等が事業化してやっている。
見せかけのCO2排出量を削減するためにCO2排出量を売買するよりかは安いからと国が補助金を出して辛うじて事業化できている程度の状況だがな。
南合衆国大陸の地域など、一部の地域によっては採算が取れるかもしれないなんて話もあるが、皇国ではまず事業としては採算が取れないもの。
だが、採算なんてものは人造石油ではある程度無視できる。
元よりFT法では8倍以上の価格になるのだし、それを覚悟のうえで皇国は人造石油に手を出そうとしていた。
作れることが抑止力になると考えていたからだ。
価格は重要じゃない。
つまり同じことだ。
必要なのは、技術的にそれを証明して可能性を示し、その可能性を相手が過大評価するように誘導することなんだ。
「私は至って正気です。しかしながら、あのNUPを政治的に揺さぶるというのであれば正気の技術では不可能であるというのもわかっているつもりです。事実として出来るということを示すことで、相手に隙を与えない。そうする事でこちら側に加担しなかった場合のリスクを増大させて振り向かせ、第三帝国とヤクチアとの関係を断絶してもらう。それが狙いです」
「そうでなければ勝てんからな。よし。提案はしてみる事にする。上手く行くかはわからんぞ」
「宜しくお願いします」
本来の未来において、皇国陸軍は松根油を製造するとなった時、協力する市民にこう呼びかけていた。
――皇国に松の木がある限り、我々は戦い続ける事が出来る!――
新聞にも取り上げられた話だ。
アレは本当は松の葉でやるべきだったのを、根でも出来るだろうって事でやらせてみた。
信じられない程の大勢の人間を巻き込んで。
結果がどうなったかはお察しの通り……
当然ながら今いる世界においてはそれをやめてもらう。
そして今度はこう言おう。
この世に大気と水と風があるかぎり、戦い続けることが出来る……と。
ただし表向きは平和利用。
軍事転用可能であることを隠さなければいい。
民間用途と称しながら、隠さない爪をチラつかせて……あの大国を地中海協定連合側に引き寄せて見せる。
【参考】
台風の中での垂直軸型マグナス式風力発電機の発電風景の動画
https://youtu.be/9wfC8yggSJ8?si=9d59AIIrITPXDy5p
ローター船の参考動画
https://youtu.be/9ejpyIWINgc?si=J38cibO6rw_tZDCZ
Flettner Fl 282の参考動画
https://youtu.be/mgwRDxclU08?si=KO8_TAvIIbkLrD36