第202話:航空技術者は排ガスをガソリンに変えようとする
皇歴2602年1月5日。
この日、俺は西条からの呼び出しを受けて参謀本部の執務室を訪れていた。
"様々な意味で状況が変わった"ので、こちらとしても都合がいい。
いろいろと情報交換もできる。
このため、西条が呼び出した時間帯よりも早く訪れて互いに情報共有を行っていた。
「――半導体製造……よくわからんが勝算はあるんだな?」
「将来への投資です。現状では突然花開くことはありません。しかしながら輸出産業として栄える分野でありますので、いまのうちに本格的に手を出します」
「皇国電気なども巻き込むのか。強電だけでなく弱電分野においても国内の殆どの企業を関与させるつもりか?」
「人材が散らばっておりますので」
「時期が時期だけになんとかなる……か。ならば任せる事にしよう……ところでお前、少し雰囲気が変わったか?」
「そう感じますか?」
「いや、いい。気のせいかもしれんのでな。」
先日の経験で未来に対する考え方が少し変わったのが影響したのかもしれない。
慢心などはしてないつもりだが……
未来は確定的なものではないしな……
「今日呼び出したのは3つの理由からだ。まず1つ目……お前の知恵を少し借りたい。これを見てくれ――」
そう述べて机の上に広げた写真には二隻の船が映っていた。
どちらも明らかに輸送船の類。
形状からしてタンカーではないかと思われる。
一見すると海上で詰め替え作業か何かを行うために隣接している状態の写真。
しかしすぐさまその違和感に気づく事が出来た。
「……片方は船に施されたロゴマークからユニヴァーサルオイル系統のタンカーなのは間違いないでしょう。だとして、もう1つはどこの船籍のものですか?」
「さぁな……船籍などわかろうはずもない。ただ、船籍不明の船舶がどこへ向かったかは把握している。ハンブルグだ」
「なんですって……」
やりやがったな、あの大統領。
反トラスト法によって分割されたユニヴァーサルオイルのうち、どこの企業なのかわかりづらくして……仮に発見されても疑心暗鬼に陥れる気か。
ユニヴァーサルオイル自体は一部の企業が皇国と良好な関係を築いているため、揺さぶりをかけるためにあえてこうしたとしか思えない。
だが、誰がこんなことを画策して、その計画に乗っかるかなんてわかっている。
「まず大統領。次にIGファルケンと関係があるユニヴァーサルオイル・カルフォルニア。この1名2社が関与していると思われます」
「お前もそう思うのか?」
「もしや小野寺大佐あたりが同じようなことを進言されましたか」
「ああ。奴はユニヴァーサルオイル・カルフォルニアがIGファルケンとの密約を交わし、その見返りとして高オクタンガソリンの供給を行っているのだと報告してきた。だが、奴だけの話を信じるにしては証拠不足でな」
「FT法ですよ。以前お渡しした未来情報を記述した資料に書き漏らしたかもしれませんが、NUPは敵性国家であるにも関わらず第三帝国とは技術関連でいくつかの密約を交わしています。ユニヴァーサルオイル・カルフォルニアが関与しているならFT法に関する完全な技術情報及び技術者の派遣機会を与えてもらう代わりに、指定期間の間、所定の量のガソリンを供給しているのでしょう。瀬取りをやっているのは気取られないためでしょうね」
本来の未来において、皇国とユニヴァーサルオイルの一部の企業とは正規の契約を継続し、民生用という名目でガソリンをタンカーにて運び込んでいたのは実は意外と知られていない。
禁輸措置が行われていたというが、それは軍事含めた軍需分野の話で、無条件降伏を飲むギリギリの段階まで民間用途としてのガソリン供給は戦争とは別という判断で行われていた。
これによってサンライズ石油やユニヴァックを筆頭とした石油メジャーは皇国に正規のタンカーを横浜や神戸に入港させていたわけだ。
そこでは捕虜交換や皇国に残ったNUP人の移送、そして情報交換などが同時に行われていたとされる。
皇国国内にはNUP資本の外資系企業が少なくないので、それがどうなってるのかなどの報告が欲しかったりなどしたためだ。
もちろん、こんなことが許されたのは皇国人が契約において裏切らないことが世界でも認められていたから。
実際に末期においてですら本気で軍用への転用はしなかったからな……一部が闇市に出回ったが、それを軍が使ったという記録すらない。
同様の契約を第三帝国が結んでいれば無条件でハンブルグにタンカーが入港しているはずだ。
しかし、本来の未来においてもそんなことは無かったし、今もないのだろう。
民間用と称して軍用に転用したら供給側も問題になる。
戦後において裁かれるのは間違いない。
知りませんでしたでは通らない。
後の世においてセブンシスターズに名を連ねるユニヴァーサルオイル・カルフォルニアがそんなヘマをするわけがない。
瀬取りにしておけば「航海中に強奪された」――という言い訳が立つ。
向かう先は王立国家などのユーグ諸国であると偽装しておけばいい。
大統領肝いりならカバーストーリーを作ることも偽の書類をこさえることも簡単だろう。
そして大統領は大統領でユニヴァーサルオイルや第三帝国がどうなろうが知ったこっちゃないというような考えであるはずだ。
いざとなればトカゲのしっぽ切り。
必要なのは人造石油を筆頭とした、現時点で第三帝国だけが持つ優れた技術だけ。
ユニヴァーサルオイル・カルフォルニアが裁かれて消滅しても、第三帝国が戦争によって消滅しても、心底どうでもいいと思っているに違いない。
むしろ供給することで少しでも戦力が増強され、ユーグの地域がより疲弊して参戦した同盟国が弱体化してくれればいいとすら思っていそうだ。
後の世においてNUPが優位性を保ったまま立ち回ることが出来るからな。
本来の未来より経済成長がやや鈍足化している現状だと、こういう知恵を絞ってくるわけか。
自分達は現時点においてもまだ存在している優位性をもって絶対に負ける事は無いとすら思っている。
いざとなったら負けそうな側を見捨てて勝ちそうな側に付くことすら厭わない。
"共産主義"とすら手を組むことを考えている。
どっちに転んでもいいようにしているのさ。
……だとして、ユニヴァーサルオイル・カルフォルニアは自らが大統領の掌の上にいることを把握しているかどうかってところだな。
彼らは自分たちが確固たる立場を与えられている理由は大統領のおかげだと思っている事だろう。
分割された他のユニヴァーサルオイルよりも、カルフォルニアの資本規模は大きかった。
おまけに石油採掘権取得においても大統領府からの外交的支援すらあって目に見えて優遇されているのがわかる状態。
そうさせたのが他でもない現大統領だったんだ。
大統領に逆らえる立場じゃない。
何しろ反トラスト法を利用してユニヴァーサルオイルを解体した張本人こそが大統領だ。
ユニヴァーサルオイル・カルフォルニアはいろいろと弱みを握られているのは間違いない。
まあ、だとしても本来の未来において確認した資料を見る限り、ユニヴァーサルオイル・カルフォルニアは被害者ではなく加害者だ。
FT法入手を画策したのは他でもない己であり、支援を要求して外交的支援を受けて密約を交わしたのだから。
あっちはあっちで利用できるならいくらでも利用してやろう、どうせこの病人はもうすぐ死ぬとでも思っている事だろう。
それだけじゃない。
本来の未来においてFT法入手を画策した際、NUPはコア技術とも言うべき重要な技術情報を独占し、他にFT法を入手しようとしている国に渡さないよう工作活動すらした。
その工作活動の被害を受けたのが他でもない皇国や王立国家だった。
やり直した現時点においてですらそうだが、皇国には完全な形でのFT法の技術情報は渡ってきていない。
どいつもこいつも反吐が出る。
「して、どうする? 本件については皇国政府の立場で非難したところで意味は無い。むしろ我が国の立場を悪くさせかねないぞ。第三帝国の誤射と偽って潜水艦を用いて攻撃でもしてみるか? 総統閣下暗殺を企てているような者が分断工作を狙って攻撃したとでもみせかけて」
「それであっちが攻撃の証拠を握っていたら不利になるのはこちらです。1つ考えがないわけではありません」
「考え?」
「ええ。あの者らが密約を交わしたのは技術ありきです。なら、彼らが交換した以上の技術を与える事でこちら側に引き込んで有利な状況を作れるかもしれない。もちろん、こちらが密約を交わす相手はユニヴァーサルオイル・カルフォルニアではありませんが」
「何か手立てがあるというのか!」
西条はこれまで聞いたことが無いぞとばかりに語気を強めたが、これまでとある理由によって封印していた技術がある。
もし万が一皇国がNUPとの開戦が避けられなかった際、それでいて華僑との関係も上手くいなかった時の最後の手段がこちらにはある。
人造石油の製造方法は1つじゃない。
他でもない第三帝国が2つの方法を併用しているぐらいだ。
こちらにはもっと優れた未来の情報を活用した人造石油の製造方法が頭の中にある。
しかも、つい先日において大幅に技術内容がアップデートされた製造法が。
本当はこの方法は技術が知れ渡った際におけるリスクを孕むので手段としては使わないようにしたかったが……
"可能性の未来"から提示された情報により、敵性国家……もっとも倒すべき"敵"はその技術を使いこなせないことが判明した。
ならば、アップデートされた技術を国内に投入し、本来の未来において把握している技術情報を用いてNUPとの契約を結び、あちらの視線がこちら側に向くよう誘導するまでだ。
「首相はIGファルケンの創業に関わり、数々の功績を残したボッシュ博士が最後にどういう技術を確立しようとしていたかご存じですか?」
「いや……」
「メタノールのガソリン化です。そしてそれは将来において実現化している。できるんですよ」
「なんだと!? なぜ今までその話をしなかった!?」
「メタノールは現在石炭コークスから製造されていますが、天然ガスから大量生産が可能です。この技術が渡ると無尽蔵に高オクタンガソリンを入手できる国が出てくる。世界で最も天然ガスを保有している国こそが他でもないヤクチア。自分はよほどの状況でない限り、この技術に手を出したくなかった……我が儘と言われればそれまでですが、情報が漏れた場合の危険性の方がよほど高いと判断して……誰にも相談できずにいました」
「天然ガスは現時点ではその採掘が難しいものとされるが、将来的に改善される余地があるという……ヤクチアの埋蔵量が尋常でないことは既に現時点で噂されているので、お前の心情も理解できなくはないが……できれば早い段階で話してほしかったところだ」
「申し訳ございません」
「だとして、どうして今それを?」
「奴らが使いこなせない技術であることを我が軍の諜報網からもたらされた情報によりつい最近知ったからです。技術が周知となった後も未来のヤクチアはその方法でガソリンを製造していなかった事は存じていましたが、冶金技術に優れているにも関わらず、触媒等を使いこなす地盤がなく製造ができないようなんです」
本来の未来においても噂はされていた。
だが、可能性の未来からもたらされた情報で確定した。
奴らは必要となる触媒のゼオライトの加工方法を知らないか、知っていても真似が出来ない。
冶金はできても錬金はできないらしい。
これは朗報だ。
だからこそ遅々として進まない現状の皇国における人造石油関連においてブレークスルーを起こして見せることが出来る。
機は熟した。
「で、どうするんだ。メタノールということは石炭コークスを利用するわけか。現段階で上手くいっていない石炭コークスを利用したFT法による人造石油の施設を活用するのか?」
「いえ。もっと効率の良い方法でやります。製鉄所でコークスを利用して製鉄を行った際に大量に排出される排ガスを使い、それでもって96オクタン以上のハイオクタンガソリンを製造します」
「なんだって!? 製鉄所の排ガスを使う!? バカな。あんなものがガソリンとなるなら苦労はしないはずだ。お前が言っているのは煙突から出てくる煙をガソリンに変えてみせると言っているんだぞ。水からガソリンどころの騒ぎではない!」
「出来るから言っているんです。製鉄所が一体どれだけ大量の炭酸ガスを放出しているかご存じですか? 毎時600トン以上にも及ぶんですよ。その二酸化炭素と別途生成した水素を反応させて一気にガソリンを作ります。1つの反応炉で一気にメタノールからガソリンにまで合成されます」
「鉄とガソリンを同時に生み出す……だと……バカな。そんなことが本当に出来てしまうなら今までの人類は何をやっていたのかという事になる。確かに石炭コークスを利用することで人造石油の製造が出来る事は証明されていたが、それはコークスそのものを使うのであってコークスを他の精製や製造に用いて残された副産物でもって作るのとは話が違うはずだ……」
「石炭コークスを利用して製造する人造石油も結局は炭素と水素を用いています。やる事はそう変わるものではありません。炭素の代わりに二酸化炭素を使う。違いはそこだけ。高炉による製鉄を行った際、コークスから副産物として大量の二酸化炭素が生じます。従来まではこれを活用できなかっただけ。石炭コークスを利用したFT法による人造石油製造はより使い勝手のいいとされる炭素を用いているだけに過ぎません」
「……なるほどな。よくはわからんが類似する技術ではあるのか」
やや放心状態であった西条であったが、俺の話によって少しは現実に引き戻されたらしい。
話では簡単に代用するなんて言ってるが、これが簡単じゃないから半世紀以上経っても実用化しなかったのさ。
二酸化炭素は回収が難しく、かつ分子構造が強固で人類は散々っぱら手を焼いた。
だが、たゆまぬ努力の先にてついにそれらの技術を確立し、なぜか人生をやり直して過去を生きる人間にゆだねるように受け渡してきた。
関連する情報から推測する限り、制約は課されていないが条件付きだ。
恐らく軍需や軍事への利用はするなと条件を付けている。
直接明言はされていないものの、時期が時期であることがまず1つ。
今から挑戦しても本格的な生産に至るまでに戦争は終わる可能性がある。
どう急いでも2年や3年で大規模生産にまで漕ぎつけることは不可能。
あえて狙ってこの時期としたとしか思えない。
そして技術に関連して本技術に関するリスクについての関連情報が異常なまでに多い事。
それも政治・外交面での情報が多い。
使い方を誤ると大変なことになると伝えんばかりだ。
ボッシュ博士に関する話も含まれているから間違いない。
彼は最後までFT法などが戦争に使われる事に否定的だった。
本技術も同じように転用されてほしくないという事なんだろう。
他方であえて直接的明言を避けているのは、俺に任せると言っているようでもある。
なので、もし仮に解禁する事になった場合にどうするかここ数日悩んだが……
俺は本来の未来の状況を鑑みても軍事への利用は避ける事に決めた。
あくまでこれは民間用途。
本来の未来においてユニヴァックやサンライズ石油が届けてきたガソリンと同じ扱いをする。
というか、人造石油以外への用途もあるので合成してガソリンにする必要性もないんだが……今はガソリンとして合成できることが政治的に大きな意味を持つので、作るのはガソリンとする事は変えない。
具体的な方法はこうだ。
製鉄所からは大量の二酸化炭素が放出される。(現在主流の高炉方式では)
実はこれを効率的に回収することが可能なゼオライト触媒が"可能性の未来"において発見されている。
こいつは所定の圧力を加えるか熱するだけで二酸化炭素を放出するわけだが、煙突や配管の構造次第で製鉄所から放出された40%ほどの二酸化炭素を回収可能だ。
減圧したり熱交換で一旦冷やして加圧や再加熱すればいい。
毎時600トン放出される二酸化炭素は、ゼオライト触媒によってその4割が回収される。
この時に同時に水素も生成されて放出されているのだが、この水素ガスは純度が低いので今のところ利用しない。
ただ、フィルターを用いるか何かしてこちらも回収しておかないとゼオライト触媒の寿命が短くなるため、相応の措置は講じるつもりではある。(回収した水素ガスの水素の純度を大幅に引き上げる方法もあるが現時点では回収にとどめる)
人造石油に使うのはあくまで二酸化炭素だけ。
この二酸化炭素と、別途電気分解によって生成した非常に高い純度の水素を用い、亜鉛ジルコニアとゼオライトを組み合わせたジルコニア系触媒による、最新を越えた先の最新、すなわち可能性の未来において実用化された1パスによる1つの反応器にて合成可能な反応器を通して人造石油を合成する。
必要となる気圧はわずか10気圧で約350~400度。
現時点で皇国が挑戦しようとしているコバルト系触媒によるFT法での合成が200~300気圧で約500度も必要なことを考えたら、いかに簡単なのかと言いたくなる。
皇国の技術力にて現時点で製造可能な反応炉は30~40気圧まで。
その1/3以下でいい。
温度の400度だって、製鉄所には余って捨てたい程の余熱があり、通常これは熱交換器や煙突を用いて排出しているが、こいつをリサイクルして合成用に使えばいいんだ。
一切の無駄をしない。
製鉄所に発生する排出物の大半を別の物にリサイクルする。
合成して生まれるのは5.6:4.3ほどの比率でCO2とH2が反応して生まれるH2Oたる水と、大量のガソリンだ。(残りの0.1はガス生成物)
全部が全部合成できるとは限らないが、合成率は95%を越えていて、9割以上が水とガソリンに変換され、回収した二酸化炭素の多くは無駄にならない。
半分ほど水になって、残りはガソリンになる。
大量の熱の中で合成されるので水は水蒸気となって排出され、残るのはガソリンだ。
水蒸気は排出される時に運動エネルギーを回収できるので、これもタービンで回収すれば無駄がない。
運動エネルギーを回収した後は冷やして(熱交換のために利用して)可能な限り再利用する。
すなわちまた電気分解して水素にする。
こうすればエネルギー効率が高まって合成されたガソリンの値段が落ちる。
全ての条件を満たして製造可能量な最大量は毎時200キロリットル以上。
1つの製鉄所で製造可能なガソリンの年間生産量量は、7万キロリットルに相当する。
しかも、製造されるガソリンのオクタン価は96.2オクタン以上96.8オクタン以下。
そのままでも十分航空機用として使用可能なハイオクタンガソリンだ。
純度が低く純度を高めるために再加工する必要性がある、現時点におけるFT法とは違う。
このあたりは本来の未来において既に完成されていた最新の改良型流動床MTG法プロセスと、熱交換サイクルの仕組みを応用する。
重要なのは1パスである事だ。
そもそもMTG法というのは本来メタノールからガソリンとするものであって、二酸化炭素と水素をメタノールとするためのプロセスが必要だ。
メタノール合成があってのMTG法というわけである。
しかしこれを2度のプロセスとするには反応炉が2つ必要となり非常に効率が悪い。
効率が悪くとも大量のメタノールを製造できるのであればそれなりの価格で製造可能なのは本来の未来において石炭や天然ガスしか排出しない諸外国でMTG法によるガソリン製造がおこなわれていた事から証明されているが、MTG法プラントは別途建造するとしても今は非常に高い製鉄需要があるため、この石炭をなるべく製鉄に用いたいので本システムを構築したいのである。
そこで活躍するのが先程述べた亜鉛ジルコニアとゼオライトを組み合わせた複合触媒。
元来、メタノールを合成するにあたっては亜鉛ジルコニアによる触媒が用いられてきた。
これは驚くべき事実だが、こいつとゼオライトと組み合わせて1つの触媒でメタノールからガソリンまで一気に合成してしまう事が未来では可能。
話だけ聞くとファンタジーの世界であるが、炭化水素として合成される仕組みとメタノールとなる仕組みを分析し、そこから逆算して適切な触媒構造とすることでそのような事が可能だという事だ。
このようなことが可能なのは、双方の合成時の気圧や温度に類似点があるためだという。
亜鉛ジルコニアも10気圧で300度~450度程度の温度でメタノールを合成するが、これとほぼ同じ環境だからこそ双方を合体させたような複合触媒でこのような1パスとする芸当が可能なのだ。
そしてこの触媒……発見こそものすごく時間がかかったものの、現時点の技術力で十分に作ることが出来る。
おまけに双方の触媒の原材料はレアメタルではなく、十分な資源量を持つゼオライトやジルコニアなど。
そしてさらに重要なことがある。
この1パス法をクリアするゼオライト……我が国から出土したゼオライトの1種である天然モルデナイトを加工したものが適合するというのだ。
ゼオライトは人工合成可能であるが、その合成にはかなりの技術力がいる。
現状の皇国の技術力では厳しいものである。
一方、天然物の加工で済むならその方がいい。
つまり、この方法は俺が知る限り現時点で皇国しか試みることが出来ない事になる。
しかも最も適合率が高いのは唯一皇国の西側地域で出土する島根県だという。
挙国一致とはまさにこの事。
47都道府県には、それぞれ皇国存続の未来への道を切り開くための遺産が眠っていたのだ。
何やら大社と城と温泉とソバとシジミと石見銀山と石州瓦と和紙しかないなどと嘆く県民の声が聞こえてくるような気がするが、銀より価値ある石くれがそこら中に散らばっていたわけだ。
資源確保の問題から最終的に人工合成するとしても、今はその力を借りる。
人造石油製造にあたっての救世主は島根県である。
この立地は奇跡としか言いようがない。
何しろ、パイロットプラントを建造したいのは現状で製鉄所に併設され、製鉄所の施設の一部を活用しながら人造石油製造を試みようとしている尼崎なのだから。
当初のプランを白紙撤回して尼崎でやるとしても島根との位置関係は防衛上の観点から考えても優れている。
山陰本線や伯備線を経由して触媒等の必要資材を鉄道輸送できる利点が大きい。
出雲から尼崎までなら現状貨物列車でも6時間程度で向かう事ができるため、触媒等の必要資材は半日もあれば運べる可能性が高い。
万が一反応炉が故障して触媒が失われ、なぜか備蓄がなかったケースがありえたとしても再調達までに時間がかからないはずだ。
機密という観点から考えても優位。
本当に、こういう事もあるものだなと思う。
なお、尼崎以外でも他の地域において人造石油の製造を行おうとしているが尼崎でなければならない理由もきちんとある。
それが電気分解を利用しての水素製造。
尼崎には発電所があるだけでなく、もう2つ重要なものがある。
1つが水。
水素を確保するためには常に大量の水を必要とするが、製鉄所は冷却等に大量の水を用いるので川沿いに隣接している事が多い。
尼崎の場合は淀川から引いてきた工業用の用水路を用いているが、1級河川である淀川の存在が大きい。
他の地域よりも水量に富み、用水路を拡張しても問題が生じにくい。
そしてもう1つが風。
瀬戸内海周辺では常に強風が吹き荒れる。
隣接地域の神戸、そして淡路島……風力発電に適した地域が多数存在するんだ。
将来を鑑みたら、今ここでやるべきことは火力発電に頼るのではなく風力発電を用いる事。
これまで俺は風力発電についてあれこれと提案してきていたが、どうも政府周辺での受けが悪く千葉における集合風力発電建造についても予算が中々付かない状態で計画が遅滞していた。
西条も頭を悩ませていた事だが、ここに人造石油という国策を絡ませれば一気に話を進められるはずだ。
そして今回、風力発電については既存の物とは別途全く新しい風力発電機を開発する。
既存のものだと保守等の観点からなんだかんだ導入しても管理が難しい。
それらの問題を攻略し、現時点でも建造可能な大型の風力発電システムを作れるようになったのだ。
これは"可能性の未来"から提供された情報によってなのだが……
俺からすれば「なぜ今まで思いつかなかったんだ!?」――という代物。
これより水素製造のために用いる電力確保のための、新たな大型風力発電機について説明しようと思う――