第197話:航空技術者はオフセットする(後編)
長いので分けました。
なお、本編をお読みになる前に「第169話:航空技術者は新型攻撃機の開発を命じられる」をお読みいただけると本編がよりわかりやすくなるかもしれません。
それは俺がやり直す頃より10年ほど前の事。
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「双尾翼たる垂直尾翼の配置を整えて胴体上面を流れる気流がそれぞれの垂直尾翼の内側を通過しつつ水平尾翼及びエンジン噴流に届くように促し、水平尾翼の効力を増大させる?」
「そうです。これにより胴体から流れてきた強烈な気流の流れはエンジン噴流と合流しつつ、合流しようとする直前に水平尾翼の表面を流れる気流を押し付けるように流れ込むので運動性が向上します。また、押し付けられて水平尾翼を通過した気流はジェット噴流と混ざり込み、若干ながら推力偏向の効果も生じさせます。当然こうする上では"エンジンノズルの中心軸に水平尾翼を配置しなくてはなりません。"結果水平尾翼の配置の自由度は無くなり、設計においてはより制限を受けるようになります」
F-16開発以前より長年メーカーに所属してきた設計士である彼による解説は何度も瞬きするほどの衝撃を受けた。
驚くべきことに垂直尾翼内側を流れた気流がジェット噴流と混ざり合うような形となる事でLERXで生じる効果と同等のものが水平尾翼に与えられるらしい。
LERXは主に主翼側に効果を与えるが、こちらは水平尾翼側に与えられるわけである。
胴体構造に対し、垂直尾翼の配置位置、そして水平尾翼の配置位置の2つの要素を満たす事でとんでもない効果を発揮するなどとは……一体どれだけの航空技術者がこれに気づいているのだろう。
これまで存在する世界各国の戦闘機を思い返しても、ここまで洗練された状態とはなっていない。
間違いなく初めて投入された技術であろう。
私はあの構造が推力偏向に多少なり寄与するのではないかと予想していたが、そんなことどころではなかったのである。
「……まさに目から鱗な情報ですな。しかし貴方は先ほどこの構造はModel401の試案モデルの1つであり、その頃から各所の効力を把握できていたと述べていた。ならなぜF-16でやらなかったのです?」
「F-16はローコストを目指したLFWゆえに高価となるかもしれない構造は導入できません。また、当時の我が国ですら技術力不足によってこの構造とするには無理がありました。無理を押して重量増大を招いては軽戦闘機を目指したいF-16では本末転倒ですからね」
「なるほど。Mig-29のような失敗を予見して手を出さなかったと」
「ええ。あちらは途中で大幅な設計変更をしたようですが、うちはそういうリスクすら回避したかったので当初より避けたわけです。ゆえにF-16ではLERXの効力を最大とし、そこから流れる気流をエアブレーキのある区画へと誘導しつつジェット噴流にぶつけることで類似した効果を発揮するようにしていました。しかし結果的に……」
「運動性向上は限定的になったと」
「当時の理解ではLERXの効力を大幅に増大させたことで性能的には変わらないという評価でしたが、実際は胴体構造や尾翼構造を見直したことで、こちらの方がより優れているという事がわかったのです」
曰く、何度も風洞実験を重ねて見つけた理想形のいくつかがF-16やF-35として実現化していったが、よりローコストでシンプルな構造とするために可能な限り妥協せず選び抜いた形状がF-16となったらしい。
メーカーでは当初から水平尾翼の効力を最大に活かすには双尾翼である事に気づいていたそうである。
ゆえにModel401の案にはいくつもの双尾翼形式のものがあるのだが、部品点数の増大と重量増加、整備性等を考慮すると一般的な状態とするべきとの結論に至ったのだという。
他方でF-16のような純粋に近いブレンデッドウィングボディ機ではLERXの影響からLERXで生じた気流は機体の内側に押し付けられるようにして突き進んで垂直尾翼の両サイドへと流れ込みやすく、この気流は剥離しにくいためにLERXの効力はより増大する事から、あれはあれで運動性を損なわない状態であるのだという。
翼と胴体の境界線が無いということは、LERXで生じた渦によって押し付けられる気流の流れは胴体構造次第で胴体全体に波及させられるというわけなのだ。
それこそ強烈な気流が流れ込むからこそ最も効率がいいのでエアブレーキをあの位置に配置しているわけであり、ブレーキを使用しない平時においてエアブレーキのある部位から強烈な気流がエンジン噴流とぶつかる事でF-35では水平尾翼が引き起こす効果をエアブレーキのある胴体部分でもって生じさせ、かつそこから水平尾翼側へもジェット噴流等の一連の気流が流れ込む事で赤外線誘導ミサイルへの対抗策としていた。
これはF-18となったYF-17には無いF-16の強味であり、そもそもYF-17が採用されなかった理由の1つは最高速がマッハ2に届かなかったからではなく赤外線誘導ミサイルに対する脆弱性にあったという。
「我々から言わせればF-14やF-15の胴体構造の作りは運動性向上及び赤外線対策という観点で見ると十分だとは言えない状態です。F-14は垂直尾翼配置が完全に間違っていますし、F-15はそれなりに努力の形跡が伺えますが不完全だ。気流の流れは明らかに徹底されていない」
後に飛行時の姿を目にした私は理解することになる。
高速飛行時において高迎角をとった時にはっきりと肉眼で確認できた事で。
高速で高迎角をとった際、あのF-22ですら垂直尾翼の内側に至る胴体表面において乱流が生じて白い霧のようなものが発生するのだが、F-35では殆ど発生しないのだ。
ごくわずかな乱流によって生じた、見えるか見えないか程度のうっすらと白く濁った気流の様子を見て説明に偽りが無いことを理解した。
思えばF-16も説明された部位区画において殆ど気流剥離が生じていなかったのだ。
機体上面でここまで優れた胴体構造による気流制御を行うF-35は、機体の下面においてスリットを設けて同様に気流を誘導して揚抗比を高めていたが、特に上面の設計は本当にこれが30年前に試案されたものなのかと強い衝撃を受けたものである。
だがこの時、私はふと気になったことがあった。
「なぜそれを教えてくれるのですか。 私の所属する部署はインテーク設計なのでさほど関係が無い。こんなことを東亜人の私に詳しく教えても良いのですか」
「Mr.シナノ。あなたが技術に貪欲で、年齢を重ねても知見を深めようとする姿勢であるのでついお伝えしたくなったのです。それに今の貴方にお教えしたところで影響力は限定的でしょう」
「もしかしたら計画に参加していないユーグの企業に漏らしてしまうかもしれないですよ」
「そのリスクはありえるかもしれないが、貴方は極めて高齢でいらっしゃる。申し訳ないが次の仕事なんて無いかもしれない状態だ。全てを第三者に伝えるには残された時間は少ないと言える」
「まあ確かに」
「例えば万が一"車型のタイムマシン"なんてものが実在したとして、当時の皇国に戻ることができたとしても、貴方が皇国に全てを伝えられる時間もそうあるわけではない。大した影響力とはならない。それよりも共に開発する同志として、私達のこれまでの努力と機体構造のすばらしさを知ってほしいんです。何しろ我々はF-15の頃もF-22の頃もこういう構造の戦闘機を出したいと提案したのにつっぱねられてきた経緯がある。偏にこの構造の機体が無かったのは苦汁をなめさせられてきたからでもある。貴方のこれまでの人生経験と似たような境遇を辿ってきたとは思いませんか。我々とX-35へと結実したモデル案は」
「そういえば売却されてしまったのはF-22の詳細設計が終わった後なんでしたっけ」
「ええ……ようはダイナミクス社の頃からの悲願というわけですよ。X-35には垂直離陸能力搭載の必要性もあり、いくつもの設計的制約や足枷を負うものの、何とかしてモノにしてみせます」
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皮肉なことだな。
まさか当時の皇国に戻れた上に年齢問題も解消してしまったんだから。
さらに言えばF-35は諸所の面において恐るべき設計構造となっている一方、ハリアーの後継機としての役目も求められたことから完成機の性能は通常の戦闘機タイプですら構造の統一化の影響を受けて中途半端になっている様子が見受けられ、彼らの悲願が成就したかどうかも怪しいというのもな……
いや……ハリアーのような垂直離陸能力を持ちつつも、これまで存在しなかったマッハ2に何とか到達できる性能を有しているという事を考えると、やはり諸所の胴体設計は異次元の完成度であると言えるのかもしれない。
だからこそ俺はやり直す直前頃には皇国の理想の未来の戦闘機というのは、本来の未来にてこれまでに得た知見をもとに一連の技術を投入したブレンデッドウィングボディに即した構造の足枷の無い純粋な戦闘機であるべきとの結論に至り、本機では最大限それを再現しようと考えている。
新たな本機の諸元はこうだ。
全長12.25m
全幅9.88m
装備重量4680kg
離陸可能最大重量約9000kg
最高速度1070km/h
当初はもう少し妥協した構造としていたが、炭化ホウ素セラミックを解禁した結果、妥協しない構造と出来る事が判明したために徹底して将来の主力戦闘機のための構造として洗練させることとした。
この構造を自分の物として落とし込むのには苦労したよ。
なんたってF-35については効力の説明こそ受けたが詳細設計図等は得られなかったのだから。
だが流体力学の専門家というのは効力さえ聞ければ後は自分なりに検証して同じ効果を発揮する構造というのを見出すことが出来る。
何度もコンピューターを用いてシミュレーションし、今日の日までに数式化して頭の中に入れていたさ。
同じかどうかは知らない。
ヒントを聞いて自分なりに見出して見たものだが、計算上では同じ効力があるとされるものだ。
つまりこの水平尾翼は垂直尾翼と合わせ、将来を考えた場合の赤外線誘導追尾への対策を施しつつ運動性を大幅に向上させる状態とするため、このような位置にまでオフセットしたわけである。
強烈な気流の流れを受け止めつつ最大限の効力を発揮するにあたっては水平尾翼を大きく後ろに配置する必要性があった。
F-35がそうであるように。
もちろんそれだけじゃない。
これだけ強烈な気流の流れが剥離しにくい状態で生じるということは、揚抗比の改善に大きく寄与する。
当然胴体下面にはスリットが設けられており、上と下、それぞれでもって揚力を発生させる。
求められている短距離離着陸性能にも貢献する事となろう。
一見してそうは見えないが、この機体は1つの翼にコックピットが付いているものに極めて近い存在。
尾翼こそ付いているが、全翼機であるYB-35よりも本機の方が翼としての完成度は上回っている。
また、実は彼は説明していなかったがエンジン排熱については主翼の翼端構造も重要で、主翼側の翼端構造を調整することでさらに効果を高める事が可能であった。
両者を合わせると相当に排気熱を低くすることが出来、また高迎角時に発生する渦によって生じる熱だまりのようなものによって疑似的なフレアに近い効果を発揮し、赤外線誘導能力を大きく削いで命中率を下げる抵抗力を得る事が出来る他、赤外線による捕捉装置での捕捉能力を阻害する力を得る事ができたのだ。(さらに余談ながら飛行機雲が生じにくい副次効果も得る)
それこそノズル構造が通常の戦闘機とさほど変わらないにも関わらずF-22に匹敵する対赤外線性能すら獲得できる。
ヤクチアの未来の戦闘機は赤外線捜索追尾システムを搭載して赤外線追尾能力を引き上げているわけだが、レーダー開発能力に乏しい彼らがレーダー性能の差を埋めようとして導入したシステムに対する対抗となるわけだ。
実はF-35の主翼にも前述した構造は施されていたが、彼が説明したのはあくまで胴体主要部に関する情報のみ。
当然本機はクリップトデルタ翼であることからそこも妥協してない。
といっても、主翼の翼端構造については当初設計から変わっていないが。
結果的には当初試案の状況より全長が伸びてしまったが、運動性はさらに向上する事になった。
実現すれば求められる運動性を満たしつつも疾風よりも失速しにくい軽攻撃機らしい機敏な動きが出来る性能を得る事になる。
それを訓練機ともするわけだ。
「先ほども述べました通り、垂直尾翼の配置だけでなく水平尾翼をジェットエンジンの中心軸に合わせなければならないなど設計的制約は多い構造ではありますが、得られる効果は絶大。なので胴体構造は皆様に示した設計にてこのまま開発を進めて参りたいと思います」
「信濃。無論2604年までに量産可能な構造になっているんだな?」
「はい。これから各部の内部構造についてもう少し掘り下げつつ、武装等について説明させてもらえれば」
「わかった。続けろ」
西条の言葉を受け、俺は説明を続ける。
この機体にはありとあらゆる部分で将来のための技術を導入する。
ゆえに武装についても検討したいものがあったのだ――
飛燕が登場してしばらくの間、信濃が予想したようにフライングパンケーキと同列の異質極まりない航空機という評価であったものの、その高性能さと完成度の高さより登場より20年近くを過ぎた頃から評価が見直されるようになる。
そして気づくと本機は世界各国の戦闘機に絶大な影響を与えるようになっており、類似した外観を持つ戦闘機が登場から30年以上を過ぎた頃より続々と現れるようになるのだった。
参考画像:Model401のモデル案の一部。左上に注目。(後のX-35及びF-35)
https://i.imgur.com/DAtIlmq.jpg
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