第197話:航空技術者はオフセットする(前編)
長いので分けます。
なお本編をお読みになる前に「第169話:航空技術者は新型攻撃機の開発を命じられる」をお読みいただけると本編がよりわかりやすくなるかもしれません。
さて、まず本機の外観的特徴についてなのだが……
現代の技術理解で本機を捉えた時、多くの者にとって本機が有する意匠というのは奇怪そのものであり、どれをとって特徴と述べるのかという所だろう。
下手するとNUPの理解のない技術者の一部はフライングパンケーキと同列に捉える可能性がある。
しかし、考え方はアレやYB-35から大きく逸脱はしない。
流体力学的な理想を追い求めた場合、全体構造の理想は翼そのものだからだ。
ゆえにフライングパンケーキと称されるXF5Uや全翼機の代表的存在であるYB-35は、その時点での理解をもとに最適解の構造を目指そうとしてあのような外観となった。
では本機はどうかというと、そういった多くの挑戦の先にある存在といって差し支えない。
全体構造としては機体上面は徹底的にブレンデッドウィングボディの概念を導入し、胴体と翼の境界線はほぼ無い。
これはNUPのもとへと向かう旅の途中にて試案した頃と大きく変わりない。
ブレンデッドウィングボディ。
こいつは流体力学上の理想形状と有人式戦闘機として必要となる装備や機能等の摺合せを行い、可能な限り理想形状を目指そうとした結果の胴体形状といっていい。
戦闘機としてはF-16が有名だが、同様に胴体上面を中心に概念要素を取り込んだヤクチア系の戦闘機についても同概念を押し込んだ形状であると解説されることがある。
ヤクチア系の戦闘機については下面の状況を見てセミブレンデッドウィングボディ形状とされる技術論文もあるが、正直重要なのは形状がどうとかではなかったりする。
最も重要なのは機体上面の胴体と翼との境界線を無くした時に、機体下面での空力効果がどうなっているかだ。
本胴体構造で最も重要なのは機体全体を翼として捉える事にあるわけであり、機体上面だけそのような構造をしていても機能として胴体全体が揚力を得るようになっていなければ意味がない。
つまり機体下面での気流の流れも極めて重要なのである。
逆を言えば一見して完全ではないように見受けられるセミブレンデッドウィングボディ等と一部で呼称される意匠であったとしても、ブレンデッドウィングボディとして必要となる概念要素を満たしていればそれはブレンデッドウィングボディ機なのだ。
例えばF-16以降のNUPの新型機を見てみると、一見すると上面はしっかりとしているが下面においてはF-16ほど洗練されていないように見える。
一例を出すとF-35がまさにそうだが、F-35では機体下面においてスリット形状が設けられていて、機首及びインテークから流れた気流は通常の機体であれば翼の付け根部分に相当する上部区画と、この下部スリットに流れ込み、そして乱流を発生させないようこれらの気流は剥離しないよう施した胴体形状としている。
当然胴体上面及び下面双方には翼と同様の概念でもって全体が揚力発生に寄与するわけだから、これは立派なブレンデッドウィングボディ機である。
他方で一見してそのような形状に見受けられるMig-29は設計局の主任設計者をして「努力はしたが不完全である」――と述べるように完全なブレンデッドウィングボディとは言い難い。
Mig-29では当初設計案では2案が示され、1つは一般的な機体構造、もう1つが量産機と比較しても驚くほどに洗練されたブレンデッドウィングボディ構造であった。
2案を比較した場合、後者はより全長を短くする事が可能でありながら燃料搭載容積が多く、航続距離等の面で優れていてより軽量であったとされる。(こちらの案の設計時の全長は17.3m少々だった)
しかしながら内部の構造部材の形状が複雑になり量産及び保守に難が生じるという事から、ブレンデッドウィングボディであった案を理想としつつ、一般的な機体形状であったもう1案でもって開発が開始された。
だが開発を進めると搭載エンジンの燃費が想定以上に悪いため軍が求める航続距離を達成できず、より多くの燃料搭載のため機体の大型化の必要を迫られる。
機体の大型化を行うと重量過大となり、望んだ運動性や機動性を得られない。
そもそも本機は要撃機としても使用する関係上、徹底的な軽量化が求められており、機体構造についても全長18m未満が求められていた。
結果当初案ではあまりにも本末転倒である事から、当初案をベースに可能な限り構造部材を複雑化させないよう、もう1案であるブレンデッドウィングボディ形状に近づけていった結果誕生したのがMig-29なのだ。
Mig-29の整備性の悪さと部品寿命の短さはまさにこの一般的な戦闘機構造から無理やりブレンデッドウィングボディの概念を導入しようとした事に起因していて、構造部材の単純化等の無茶な措置が結果的に各部品の寿命の短さとなって欠陥として表面化するようになる。
性能的には優れた戦闘機であることは間違いないが、人生最後に開発に関与した設計局主任設計者ミハイルは最後までブレンデッドウィングボディを徹底した案にて開発を許されなかったことを悔やんでいた。
なぜならブレンデッドウィングボディ案の原案を考案した人物こそ彼だったからだ。
ミコヤンと共に設計局を開き自身の姓すら開発局に刻まれていたMIGであったが、当初こそ副設計主任であった彼は2620年代には時代の流れについていけなくなったミコヤンに代わって主任設計者として設計局の先頭に立つ。
その原因の殆どはMig-25にあったとされ、公式記録上においても彼が最後に設計した機体はMig-25だったとされるが、代わって主任設計者となったミハイルが描いた理想の戦闘機こそソレだったわけだ。
自身が1から生み出した最初で最後の戦闘機は国の懐事情や技術的制約などから望んだ形にならなかったが、後に彼は俺のような立場の人間を含めた技術者に向けて当初案の完全な詳細設計書を送り付けるとともに――
「――それでも尚、誕生したMig-29は私が描く戦闘機の理想系に他ならない。スホーイの戦闘機がいかほどであったとしても、あの巨体が次の世紀の次の戦争において活躍する事は無い。いつか本機は多くの技術的難題を克服し、真の性能でもってそれを証明するだろう」――という手紙を添えていた。
立場的には敵とも言える俺にすら詳細設計書を渡した理由は技術者としての矛盾の末の行動であると個人的に理解している。
周囲からの「なんであんなに中途半端になったんだ?」――という声に対し、自身の技術理解は決して遅れていなかったのだという表明と、現実と理想の挟間に文字通り挟まっているMig-29は、それでも望まれたスペックを十分満たしたものであり、この設計書を手にしてもその時点で空を飛ぶMig-29に大きく勝る戦闘機にはならないということを伝えたかったのだろう。
しかし俺には同時に「こうしたかったんだ」――という声が設計書の各所より叫び声となって聞こえてきたから、悔やんでいたのは間違いないと考えている。
彼が渡してきた設計書と比較すると、完成した機体は揚抗比において劣っていたのは事実であった。
だがF-14やF-15よりはよほど優れており、部品寿命等を改善し、一部構造を見直し、エンジン出力をもう少し上げてやればスーパークルーズすら可能な機体ではあった。
実際に俺がやり直す直前までにMig-29は何度も改修され、9.15、9.61、9.67と進化する度にその性能を底上げしていったのは事実だ。
予見していたスーパークルーズ能力すら手にした頃には名前が変わり、Mig-35などと呼ばれるようになった。
ヤクチアの今後次第では今いる世界でも間違いなく誕生し、相まみえる事になりうる強敵……
まさに不完全であっても燃料容積の減少や全長の拡大など一部の性能に目をつぶれば所定の性能に達しうるという証明だろう。
だからこそ俺は皇国側はもっと洗練されたブレンデッドウィングボディ機が必要だとは感じていた。
妥協しないからこそ全てにおいて勝る機体となるわけだから。
……その時点で既に皇国は存在しなかったが、"もし、そういう機会があるならば"――などと考え、西や東など関係なく各所で技術情報を集めては知見を深めていった。
その結果、現時点で構造部材を複雑化させずにMig-29の当初案並にブレンデッドウィングボディの概念を押し込んだ機体とする事は可能と判断を下し、現在に至る。
これは本来の未来において存在したMig-29がMig-35になるに至り、複合素材等を活用して機体構造の一部を見直したことを逆手にとっているとも言える手法。
F-35等の新世代機が標準化している構造であるとも言えるな。
現在、皇国にはメタライトなどの非金属系の素材が存在しているわけだが、これらは生産性の高さを維持した上で複雑な外板構造とすることが可能である。
これまではあくまで常識的航空機の基本系から逸脱しない状態で使用してきたのは、成型技術が無いわけではなく単純に技術理解が追い付いておらず強い反発が予測されたため。
だが今回製造を行うのは山崎。
すでに異質極まりない異形の航空機たる研三によってノウハウを蓄積した山崎なら抵抗は生じにくく、かつそれが高性能であるならば納得するであろうという事から徹底的に攻めた構造とする。
まず胴体に使用する素材としては新たに炭化ホウ素を解禁し、これとアルミハニカム部材を基礎にエポキシ樹脂及び樹脂素材を炭化ホウ素セラミックとサンドイッチし、アルミ板を張り付けた外板を使用する事にする。
見ての通り、その構造は木によるバルサ材によるハニカム構造を駆使して作られたメタライトの正統進化版といって過言ではないものであり、強度については同重量でメタライトを上回りながらメタライトの弱点であった熱に対する脆弱性も相応に改善される事となる。(第52話:航空技術者は大型機の開発についに関わるも参照)
これはボーウィンのModel 747の主翼や主翼付け根の胴体の一部にも用いられた部材に類似したものであるが、当時の747はまだ性能としてはやや不足がちな炭化ケイ素を用いていたところ、より高性能な炭化ホウ素セラミックとすることで所定の強度を確保し、技術不足を補う事とする。
また使用する樹脂素材については現在検討中だが、"より高性能なエンジニアプラスチック"でも見出すことが出来たならばそれを採用しよう。
例えば"超高分子素材のフィルム"や"繊維"なんかが奇跡でも起きて手に入ったならば、それらをフル活用することで大幅に頑強な複合部材と出来るわけだが、本来の未来における747ではこの部分は炭素繊維をエポキシ樹脂で固めたフィルムを使用していた。
これに匹敵する樹脂材料とする必要性があるのだ。
この新鋭複合素材を用いた外板を駆使する事により、胴体のフレーム構造を単純化しても強度を確保した状態でブレンデッドウィングボディを押し込んだ構造にすることが可能。
既に相応に計算した設計図も作ってあるが、これにより当初試案した頃より全体重量が落ちた。
当初の試案では爆弾等を装備せず機銃の弾丸のみ装填して燃料を満載した全備重量は5120kgもあったが、これを大幅に軽量化し4680kgまで落とした。
この頃は一部に非金属系素材を用いつつもアルミ合金等を駆使したF-16方式で行こうと考えていたが、量産化を考えると製造技術等の問題で不可能か、あるいは可能であったとしてもMig-29のように構造単純化が求められる可能性を危惧した結果見直した。
結果大幅に軽量化する事にも繋がったが、元々ブレンデッドウィングボディというのは一部の部品の構造が複雑化する一方で全体的に見ると翼と胴体の境界線を無くす事から部品点数を少なくできる利点があり、部材の変更は大幅な軽量化となりうる長所を有していたが、まさにその長所が活かされた結果である。
疾風と比較した上ではまだ本機の方が重いものの、そもそも本機は通常仕様の時点で複座であり、コックピットの設備等により100kg単位で重量が嵩んでいる他、不整地でも離着陸可能な頑丈な主脚を装備し、かつ主翼は前縁フラップ等を装備し、後縁にもより高い揚力を発生させる高性能なフラップを装備する機体。
高い離着陸性能の達成のためにかなりの重量増大が予測される中、疾風から500kg少々の重量増加で済んでいるのはむしろ驚異的と言える。
……無論、当時の技術的限界から疾風に向けて一連の複合素材を多用出来なかった事などが原因なのだが、本機で得たフィードバックは全て疾風の改良に用いられるため、疾風も重量を増加させずに性能を底上げされるか、軽量化されうる可能性を秘めている。
そんな本機の外観特徴はなんといっても尾翼だが、垂直尾翼は双尾翼であり、こちらは当初の設計から盛り込んでいた要素。
そして水平尾翼は――
「――技官。その水平尾翼はどうして機体の真後ろにそんなに飛び出ているんだ? このような外観を持つ航空機は見たことが無い。双尾翼というのは戦闘機に適用される事例はそこまでないにせよ、存在しないわけではないので理解できるとしても水平尾翼の配置の優位性を説明していただけないか」
「こちらについてはですね――」
本機の当初案では水平尾翼はここまで飛び出す状態とはしていなかった。
確かにこの外観は異質である。
離陸時においては水平尾翼が擦ってしまいそうな不安があるし、重心点も後ろにずれてしまう。
いくら垂直尾翼を手前に配置し、水平尾翼を後ろに配置して双方の効力を高める構造を積極導入してきた立場でも、限度を超えた位置にオフセットされているのではないかと言われかねない。
何しろ水平尾翼はジェットノズルより大きく後ろに出っ張っているからだ。
しかもジェットノズルから出る気流の一部が水平尾翼側にも流れていきかねない配置となっている。
これには当然にして理由がある。
1つは運動性の向上であり、推力偏向ノズルとは比較にならないものの若干の推力偏向が可能である事。
もちろん水平尾翼の構造を適切化しない場合、ここで乱流を生んで抵抗となりうるがそこは未来の知識があるためどうにかできる。
だがこうした最大の理由は赤外線誘導ミサイル対策である。
さて、未来の航空機を見るとある時期より水平尾翼がジェットノズルより後ろに来る配置としている事が当たり前となっているのがおわかりいただけるだろう。
この配置はとあるヤクチアの戦闘機に偶然施された結果、高い効力が発見されて西側にすら広まったもの。
世界で一番最初にこの配置とした戦闘機の名はMig-21。
当時MIG設計局においてはマッハ1級のMig-19の後継機にあたるマッハ2級戦闘機の開発が命じられて開発に邁進していたのだが、この時、設計局内では従来までの後退翼を踏襲するか今後デファクトスタンダードになりうると期待されはじめたデルタ翼とするかで揉めていた。
結果的にはYe-2とYe-4という後退翼とデルタ翼を装備した試作機をそれぞれ開発する事となり、最終的にYe-4を原型としてMig-21は完成する。
だがYe-4の段階では特徴的な水平尾翼構造は有していなかった。
こうなった要因は高速飛行時において水平尾翼の効きが悪く、かつ飛行中に高迎角にするとスピンするためであり、その原因の1つが主翼から発生する乱流であった事から可能な限り後ろにオフセットしたためであるとされる。
この時、Ye-4から可能な限り影響を受けにくいよう水平尾翼の高さもジェットエンジンの中心軸に近いほど低く配置し直したのだが、結果的にこれによってMig-21は想定より運動性が向上しただけでなく、ある力を得る事となった。
それが赤外線追尾ミサイルの追尾に対する抵抗力である。
当時の質の低い赤外線誘導式の空対空ミサイルに対し、他の戦闘機よりもMig-21は追尾しづらいという特長があり、その理由を探っていった結果、水平尾翼の配置によって胴体を流れる温度の低い気流が水平尾翼を通してジェット噴流と混ざり合い、エンジン排気熱が下がったことで生じた現象であることが判明した。
このエンジン噴流が水平尾翼にぶつかるという仕組みと合わせて水平尾翼が全遊動方式であった事から若干ながらの推力偏向も生じさせていたことでMig-21の運動性は想定より良かったのである。
LERXと同様、偶発的に施された胴体構造によって発見された後の時代の戦闘機達に絶大な影響を及ぼす配置構造なのであった。
以降、ヤクチアの戦闘機の基本系として定着するが当然にしてNUPがその謎を探らないわけがない。
本来ならデメリットも多いはずの配置構造をあえて採用し続けるヤクチアの様子に軍やメーカーも研究を重ね、結果F-16開発時においてとあるメーカーはより効力を上昇させるために2つの要素が必要である事に気づいており、実はF-16の原案たるModel401の複数のモデル案の中にはそれを最大限に利用したものが存在した。
しかし当時の技術では実現不可能であった事からF-16でその構造を投入する事は見送られ……
それから30年以上過ぎた後に再び次世代戦闘機の開発予算を得たメーカーは技術も成熟し複合素材等も進化したことで実現可能と判断し、とある機体にその案をベースとした胴体構造を採用する。(なおこの時点で買収されていたが、当時の設計陣はそのまま移動しており旧メーカーの思想を踏襲して導入)
それこそがF-35(X-35)であった。
驚くべき事に、実はF-35というのはF-16の原案であったModel401の中の理想形をベースにステルス機としてブラッシュアップしたものだったのだ。
ゆえに基本骨子は2630年代のものだったりするが、この時点で既に理想形に近い物にまで昇華されており、当時の技術的制約により実現できなかったものを技術発展に伴い再び挑戦したものであったりする。(もちろん、最新の流体力学によって当時より全体的に洗練化されている)
俺がそれを知ったのは……F-35の開発に直接関わった時であった――
飛燕が登場してしばらくの間、信濃が予想したようにフライングパンケーキと同列の異質極まりない航空機という評価であったものの、その高性能さと完成度の高さより登場より20年近くを過ぎた頃から評価が見直されるようになる。
そして気づくと本機は世界各国の戦闘機に絶大な影響を与えるようになっており、類似した外観を持つ戦闘機が登場から30年以上を過ぎた頃より続々と現れるようになるのだった。
参考画像:Model401のモデル案の一部。左上に注目。(後のX-35及びF-35)
https://i.imgur.com/DAtIlmq.jpg
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