第195話:航空技術者は音と共に飛び去る存在を見せつける
皇歴2601年9月5日。
いよいよという日の朝。
俺はお披露目会のためにキ84たる疾風の状況確認のため、調布空港に備えられた専用の格納庫から試作機の1機を引っ張り出して整備状況等に問題がないかを見ようとしていた。
この機体を格納庫から周囲の作業員の力も借りて外に出した時だった。
突如目の前が真っ白になり、白昼夢のようなものに襲われる。
そして過去の記憶が強烈に蘇ってきた。
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突如あたりに鳴り響く警報音。
空襲警報であった。
「またか……くそう……ここにまた爆撃が来るとマズい……」
まだ初夏にも至らぬ春先の深夜。
連日の空襲により疲れ果てた体に喝を入れ、空元気といえるような状態ながら自らをたたき起こして大急ぎで滑走路へと向かう。
そこには整備が完了し、いつでも出撃可能な本来の未来のキ84の姿があった。
多くは夜であったが、昼夜を問わぬ爆撃により周囲は廃墟となっており立川の基地も少なくない被害を受けている中、視線の先には辛うじて復旧した滑走路に向け、格納庫より機体を運びこまれんとするキ84の姿もある。
「おせえぞ信濃! お前も手伝え!」
するとその方角より中山の声が聞こえた。
すぐさま駆け寄り、自分もその輪に加わる。
行く先はエンジンをかけるためのエンジン始動車の近く。
そこで始動をしない限り、キ84は自力での移動もままならない。
俺は主翼や尾翼にまとわりつくようにして押し出す一団に混ざり、重い機体を渾身の力でもって押し上げようとする。
「仮に飛べたとしても届かん……意味があるのか……これは」
「ワシらの責任じゃろが。飛行士が航空機を設計してるわけじゃねえ」
「黙って押さねえか! 命張って操縦する者のことも考えろ! アンタらが飛ぶっていうならいくらでも愚痴ってくれりゃいいが、違うんだろ!?」
沈黙しながら歯を噛み締める俺の横で珍しく吠えたのは中山だった。
よぎるのは2月前の大空襲。
技研の所属者はなんだかんだ命を繋いだものの……周囲の凄惨たる状況に閉口する他なかった。
火葬が間に合わず横たえられ、並べられた大量の遺体。
運ぶ事すら不可能な、炭化した人型の何か。
市民は誰もこちらに愚痴をこぼすことはなかったが……偏にその惨状の責任は俺達技術者にあるといって過言ではない。
もっとまともに戦える戦闘機があれば、それを運用する国力があれば……
無くとも運用できるような存在があれば……
政治だけに責任を被せることは容易だ。
しかし、政治の次に責任を負う立場が設計者、その次が生産者……最期が操縦者だと感じていたがゆえ、そのもどかしさに一度は救護のために外に出たにも関わらず、逃げるようにして立川の基地まで戻ったことを覚えている。
思えば中山が時折感情的になるようになったのもこの頃からか……
いつもは冷静でいる男ですらあの光景は耐えられるものではなかったわけだ。
その状況になって尚、操縦者は「生きている間に戦える航空機を届けてくれればいい」――と、こちらを非難することは無かったが……それが余計に辛くて仕方なかった。
本来ならまともに戦えるかもしれない機体を渡せていたかもしれないことを知っていたからだ。
この時点でキ87は失敗作であることがわかっていた。
既に2月の時点で出来上がっていたキ87がもし所定の戦闘力を有していたならば……
開発に関わったからこそ自分の責任の重さと、その結果に毎日苛まれてきた。
だがあっちは待ってはくれない。
この時点で戦中最後に関わるキ117の開発も始まっていたが、数か月のうちに間に合う見込みは殆どなかった。
秋に間に合うかどうか、そんな状況だった。
まともな方法では対抗できない。
キ200のような会心の一手を生み出さねばということは理解できていたのだが……
この頃の自分にはそんな知識などなかった。
すぐ近くで共に機体を押していた操縦者に向けて失礼なので、目を瞑り、必死に感情があふれ出してしまうのを堪えて歯を食いしばって運び込んだキ84は……
B-29がいる上空まで何とか飛んでは見せたものの、あえなく対空機銃によって撃墜され……
「任せろ! アンタらの思いは背負っていくからよ!」――と、元来はこちらが鼓舞しなければならないのに鼓舞してきた優秀なパイロットは帰らぬ人となった。
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「……どうしました技官? 体調がすぐれないのですか」
「いえ、大丈夫。少しいろいろと思う事があっただけ。すみません」
若い作業員の一声によって目を覚ます。
思えば本来の未来のキ84にはいい思い出なんて1つもなかった。
機体が悪いとかそういう話ではなく、あの機体が完成した頃の皇国は地獄だったから……苦しい思い出といつもセットになっている。
先程見えた白昼夢のような経験をするのは、その後も1度や2度ではなかったからな……
だからこそ、キ117が形になった時に一矢報いるために飛ぼうとしたわけだ。
そして戦が終わり、国が無くなった遠い未来の先……
どうしてもやりきれなくて、あの時、もし戦うならばこうは出来まいかと日々考え、手にした知見をもとに何度もアップデートを重ねて航空機を設計し続けた。
――その先にあるものが、驚くべきことに本来の未来のキ84よりよほど早く試作機として完成し、目の前にある。
"過去の責任"から目を背けたくなかったからこそ、同じ名前にした。
自分なりの贖罪のつもりでもあった。
こいつは……もう飛んだ。
今度はもう大丈夫。
あの時とは違う。
もし俺と共に過去に渡ってきた魂魄のようなものがあるのなら……
今日飛ぶ姿を見守っていてくれ。
◇
「――例の新鋭機、すでに飛んでいるんだとさ。速度がいかほど出ていたのか発表がないのはどういうことなんだ」
「今日それを証明するらしい。ともかく速いとのことだ。何しろ邪魔なプロペラがないからな」
「事前に公表された数値は時速900kmだ。ここまで人を集めたという事は、満足に足る性能であるということだろう。何しろ例の航空技術者の設計だ。今のところ1つも失敗が無い男の作だ」
「西条大将もさぞご満悦だろう。ご自身の懐刀が有無を言わさぬ新兵器を次々に生み出していくのだから。最近は驚くのも疲れてきた。月間技術革新を何度見せられているかわからん」
将校達の状況はなんというか……パーティを開いてるような感覚であるというのは理解できた。
こちらがしんみりしている横で、彼らは新型機が所定の性能を有しているわけだから勝ったも同然とばかりに慢心している様子がある。
戦況的には押し込まれ続けているが、どこ吹く風だ。
前線にいる者たちがいたらさぞ怒りに肩を震わせたことだろう。
それだけ圧倒的性能であるということが理解されてもいるというわけでもあるか……
俺は朝方の調布での感覚が抜けきっておらず、いい気分はしていない。
立川に戻ってきてみたら雰囲気の違いに戸惑うほどだった。
まあでも確かに……本来の未来の2601年もまだこういう状況だったかもしれないな。
よし、時間だ。
「では皆様。時間となりましたので所定の場所にお集まりいただけますでしょうか。観覧できる場所に集合下さい」
念のため最低限の安全を確保できる場所に人々を集合させる。
ただし、疾風は実際には相当に近くを通り過ぎる予定。
自分の設計と、組み立てた技師達と、そして藤井少佐の腕を信じての判断だった。
近い方が分かりやすい。
恐怖を感じる程であるほうが伝わりやすい。
何を生み出したのか、これからの時代どうなっていくのか。
体感するにはリスクを鑑みても近場である方が良かった。
指示を出すとそこは軍人、素早くそれぞれが所定の配置につく。
後は見守るのみであった。
西条を含め、今日は上層部の者が勢ぞろい。
統合参謀本部にて呼びかけを行ったため、海軍の者達すらもその瞬間に立ち会う。
状況が整ったのを確認すると、俺は通信設備を備えた仮設の指令室に向けて合図をおくる。
すると指令室は通信を行い、藤井少佐に向けて所定の暗号を呼び掛けた。
呼びかけた後に反応があり、指令室の者がこちらに向けて合図を返してくる。
「よろしいですか! 一瞬ですよ! 瞬き禁止ですからね!」
拡声器を使い、周囲に注意を促す。
目の前に広がるのは立川の滑走路。
疾風は滑走路上の低空を高速で飛翔してくる予定である。
ただ高速で飛翔し、横切る。
それだけだが……当然周囲の者を驚かせるために仕掛けが施されていた。
「なんだ……全く気配も感じないが」
「うむ。音も聞こえん」
合図が返ってきてから2分程。
何も起こらない状況に周囲はトラブルが発生したのではないかと疑い、少しザワつき始める。
その時であった。
やや遠方の上空にキラキラと何か発光する存在が確認できた。
俺は口は開かず、心の中で「来たなッ」――と叫ぶ。
「まさか……あれか!?」
「確か目の前を通るんじゃ……」
一部の将校達は戸惑いを隠せない。
なぜ遠方なのか、なぜ上空なのか。
その意味が理解できていなかった。
申し訳ないが、それは常識的な航空機で捉えているからだ。
疾風は既存の航空機とは違う。
その言葉を証明するように、突如として太陽光を反射して光っていると思われる発行体は急降下し、そして一気に接近してくる。
一瞬の出来事であった。
瞬きをしてしまった者は、急降下した発光体が見えたと同時に周囲に土煙が巻き起こって何が起こったのかわからなかったであろう。
通過した刹那、轟音と共に周囲に配置されていた測定器やら何やらを全て吹き飛ばし、疾風は名前負けせぬ文字通り疾風となって通り過ぎて行ったのだ。
その轟音たるやちょっとした手榴弾の炸裂音といっても過言ではないほどであったが……
俺には通過する瞬間がきちんと見えていた。
その速度によって時折ベイパーコーンすら発生させていた疾風は、その性能を遺憾なく発揮し、本来自身の持つ最高水平飛行速度を大幅に超過した状態で通り過ぎていた。
もちろん狙ってやったものである。
ジェット機とはこういうものだということを伝えるために。
西条など、一部の上層部の者にのみ予め事情を伝えていた。
地上付近で1000km/hは軽く出ていたであろう。
音速を超えていた様子ではなかったものの、過ぎ去った直後に轟音が響いた事から近しい領域にまで達していたのは間違いない。
ベイパーコーン自体は高速領域であれば音速でなくともその時の大気の状態次第で出現するが、通過する瞬間の直前に独特の「ボホッ」といった大気の壁によって生じる衝撃波の音が聞こえてきたあたり、相当な速度であった事だろう。
「最高到達高度1万5000m以上! 水平最高速度900km/h以上! 仮に某大国が突如裏切るような事があったとしても、その国が開発中の爆撃機が飛翔するとされる高空よりさらに高く飛び、300km以上も早い速度で迎撃が可能です! 現状において本機を追いかけられる戦闘機無し!」
拡声器でもって周囲に性能を伝える。
すでに試験飛行で所定の性能に達していることは把握していた。
「一度我が国の防空を担えば、1度たりとも空襲を許しません! 20mm機関銃6門で確実に倒して見せましょう」
そうだ疾風……お前がこの国の空を守るんだ。
ただ攻めるためだけの航空機ではない。
あの時、共に辛い思いを共有したお前ならわかってくれるはずだ。
新たな姿となった今なら、何をすべきか、何を成せるかを。
そう……これが――
「これが我が国の国産機だ!!!!!」
「そうだ! これぞ我が軍の執念と英知の集大成! 次期主力戦闘機、疾風だ!」
俺の思いの吐露に呼応するかのように、西条があたりに向けて疾風の名を刻みつけようと同調する。
それに合わせたかのように、疾風は先ほどよりかはかなり上空に高度をとった状態で、再び立川の基地を横切った。
こちらにその雄姿を見せつけるため、先ほどよりかは幾分低速で、かつ主翼が良く見えるように傾いた状態で。
俺には敬礼する藤井少佐の姿がはっきり見えた。
「おお……あの赤い印は……」
「本当に我が国の……」
主翼に刻まれた赤き太陽を模したラウンデルは、その機体が自国に所属するものであることを見せつける。
その後も何度も旋回し、疾風は力強い姿を周囲にひとしきり示した後、調布空港のある方角へと飛び去って行った。
さすが藤井少佐。
事前に3G未満で旋回してほしいと伝えていたが、完璧に実行に移してくれた。
4Gを超えるとLERXにて発生する独特の気流が見えてくる。
これでLERXの効果と装着理由を把握されたくなかった。
流体力学に通じる者なら見るだけでわかってしまうからな……
ダイバータレス式エアインテークと並んでLERXはまだ秘密としておきたい本機の重要部位。
今日の飛行ならば気づかぬだろう。
実戦ならば写真に撮られる可能性はあるものの、技術者が居合わせるケースは少ないし、ましてや戦うのはある程度以上の高度。
一番リスクが高いのは今日のような場だ。
今後も離陸時などに気を付けていくこととして、今日は少なくても大成功だと言える。
「しかし一体何km出ていたんだ!? そこの技研の! 速度計測はしていなかったのか!」
「すみません! 今計算中ですが上手く計測できていません! 計測機器はなぎ倒されており目視ではとても……速過ぎます!」
「あれではもう弾丸だな……無理もないか……」
何やら大声が聞こえたので耳を向けると、航空部隊に所属する将校の一人が計測を担当していた班に向けて声をかける様子が見受けられたが、申し訳ない。
計測させる気など元よりなかった。
計測班には一応そのことも伝えているが、彼らは試験は試験なのでとマニュアル通りの行動を示し、測定は行っていた様子。
結局、最初に伝えた通りになったが、彼らが計測を失敗したことでより強く将校達に疾風が刻み込まれたら本日のお披露目は大成功だったと言えるだろう。
さて、今日の本番はこれからだ。
午後には会議がある。
その会議の場では、今後の戦闘機の開発方針について話し合う他、もう1つのジェット機についても伝える予定だ。
なんだかんだ山崎に押し通されてしまったのは否めないが……
あと1つだ。
あと1つ、皇国には同じ領域で飛ぶ航空機が生まれる事になる。
数年以内に。
その機体を作り込みつつ、疾風をより洗練化させる。
それこそ金属に頼らない素材にも目を向ける。
やはりアレに手を付ける事を考えよう。
焼結体を解禁すれば、疾風の翼の強度は上げられる。
それならば前縁にフラップを装着し、離陸距離を縮める他、低速での旋回性能を上げられる。
デルタ翼も見直せるかもしれない。
その素材は"防弾にも使える"わけだから、防弾鋼板を見直して同重量で防御力を底上げするか軽量化できる。
耐Gスーツはまだ未完成だし、射出座席も装置も完全じゃない。
今日はただ飛んだだけ。
このままじゃ人間側がついてこれない。
戦闘機とするという事は、操縦できるようにすると言うこと。
まだまだやらねばならぬ事だらけだ。
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