―皇国戦記260X―:11話:阻まれる弾丸
「――閣下。この部屋です。どうぞこちらへ」
扉はすでに開かれていた。
廊下の方より案内人の声が響くと、ぞろぞろと大勢の男達が室内に入り込んでくる。
この中のとある一人が仮に今日死ぬことなどあればこの国はどうなるかわからない。
他でもない総統閣下のお出ましだ。
この場所に最後に訪れたのはいつ頃だろうか。
叱咤激励を受けた記憶があるが、いつの日だったか思い出せない。
開戦後、総統閣下の主な居住地は首都ではなかった。
ゆえにベルリンに戻られるのは久々の事なのだという。
開戦から4年後の9月中旬。
皇国でいえば皇歴2604年9月といった時期の昼下がりであった。
ここは陸軍兵器局の兵器実験部の研究施設。
ベルリンに設置された陸軍兵器局本部内に設けられた一室である。
訪れた理由は他でもない。
すでに一番目立つ場所に鎮座されている。
「……これが例のものかね?」
「そうです」
「良く手に入れられたものだ。どこかで落としたのか」
「いえ。各地より部品をかき集めて形成しました。モジュール構造ゆえ、そのような事が可能でした。破損して廃棄されたごく一部の部位を回収し、無事な部位を取り外して組み上げたものです」
「……似ているな、この形。以前"仲が良かった頃"にあちらより送られてきた映画の中で見たことがある。随分と凝った色をしとるようだが、同じものだというのだろう?」
同じもの……か。
系譜としてはそうなのであろう。
形状はまさしくそうなのだ。
かの国の歴史資料に目を通しても似ている。
だがしかし、その性能は破格……いや異次元といって差し支えない。
それは前線のとある部隊の将校より報告された報告書から始まった。
――鎧を身に着けた皇国兵に、こちらの歩兵武装は全く通じず。歩兵部隊の主力兵装は歯が立たず――
似たような報告が表れ始めると同時に、増え続ける鎧を身に着けた侍達。
次第に気づくことになる。
敵側の方が明らかに少ない兵員でありながら、こちらの部隊を全滅させるケースが増大することに。
そしてその戦場にて映し出された記録写真では、やはり見慣れた鎧を身に着けた歩兵の姿が捉えられていた。
上層部が事態を重く受け止めるまで、そう時間はかからなかった。
とある戦場で撮影されたカメラ映像に衝撃の姿が映し出されていたからだ。
小銃射撃を試みたこちらの軍勢が何人かの皇国兵の胸部へと命中させたにも関わらず、彼らはさも平然と反撃してきたのである。
「それで、7.92×57mm小銃弾はやはり貫通しなかったのか?」
「ええ。これを」
「なんだこれは……」
報告を担当する職員が渡したとあるものについて、総統はすぐさま理解することができなかった様子であったが、次第に受け取った右手を震わせるはじめる。
「弾頭か!? 銃弾の弾頭なのか!?」
「見事に潰れて変形しておりますが、我が軍の主力小銃弾です。いま閣下のお手持ちのものに関しましては、こちらで射撃試験を試みて回収した回収物になります。極至近距離にてKarabiner 98の射撃を試み、そして貫通せず付近に転がり落ちたるそれが……閣下の掌の中に」
「バカな! なぜ貫通しない! 見たところただの布のようなものでできた鎧ではないか! 前線では銃剣で突くことも出来ないばかりか、ナイフで首元を抉ったにも関わらず血の一滴も流さなかったというのだぞ。一体どういう仕掛けが施されているんだ!」
「ただの布ではございません。動植物由来の繊維ではございませんので……」
怒り狂い、何度も地団駄を踏んで床を鳴らす男を前にして報告を行う立場の男は冷静だった。
普段、別室のため話す事もなく名前も知らぬ男なのだが……なるほど、随分と肝が据わっている。
だから選ばれたわけか。
「なにぃ?」
「成分分析を行ったところ、表面の生物的な印象を醸し出す色合いに彩色された部分は王立国家やNUPでも生産されているナイロンです。そして要となるのがまずはこちら……」
静かに白衣のポケットより取り出したのは、半透明な色合いのシートであった。
男は閣下に向けてそちらも差し出す。
「なんだこれは? まるでパラフィン紙のようによく滑る質感であるが……」
「顕微鏡での確認や成分分析をかけて現状の我が国の学者が推定しているのはポリエチレンです。こちらはポリエチレンの一種とみていいと思われます。ただ……」
「ただ?」
「その強度が尋常ではありません。我が国有数の学者が将来実現しうると物理学計算上で予測していた存在が、今閣下のお手元にあるわけです。かの国では超高分子量繊維などと呼称しているそうですが……つまるところ超高分子量ポリエチレン繊維と、フィルムなのでしょう」
「強度というのはどれぐらいか?」
「取り出した繊維は耐久試験を試みたところ同質量のスチールワイヤーの約10倍。よろしければ引っ張ってみてください。男数人がかりでも破断しませんかと」
こんなペラペラの繊維を挟み込んだシートで人の体重すら支えてしまうというんだ。
どれほどまでに耐久性があるのか数字だけでは想像もつかぬほどだ。
「つまり鉄のワイヤーを大幅に超える強度を持つ繊維で鎧の内側部分を構成すると弾丸を防げると?」
「刃物もです。原理は不明ですが殆どの刃物も貫くことが出来ません。切断すら困難を伴います。前線での報告は事実です。それと、防弾能力はその繊維だけで成立しているわけではないようです」
「なんだと?」
「すまないがそちらに置いてあるものを持ってきてくれ。そう、それだ。どうぞ、総統閣下。これが防弾能力のもう1つの秘密です」
現れたのは黒い板である。
ひたすらに黒く、光を全く反射しない。
不気味なほどの漆黒を纏った板が視界に写り込んだ。
そう、これこそがこの鎧のもつの強さの秘密。
「なんだこれは……うっ、お、思った以上に軽いぞ!?」
受け渡された総統閣下は、想定した重さよりも相当分に軽い事に驚きを隠せない。
「果たしてこの世に存在していいのかわかりませんが……これは金属などではありません」
「何を使っているんだ」
「主成分は炭化ホウ素。その焼結体と思われるものです。世界の潮流に合わせるならセラミックあるいはセラミックスの一種かと思います。ただ……現時点において世界のどの国もこの手の焼結体の精製には成功していないはずです」
「セラミックだと……? あの釜業学会の者達が研究しているという、非金属による耐熱材料のことか?」
「ええ。何しろ皇国側がその技術の延長線上にあるものとプロパガンダ映画で示しておられるので、未だ推定の域を出ることはありませんがセラミックなのでしょう。こちらも耐熱温度が2000度以上ありますので紛れもない耐熱材料でもあります」
金属あるいは非金属を用いた耐熱材料については我が国においても研究が盛んだ。
それこそ酸化鉄やアルミナなどを中心に行っている。
だが、現時点においてまともに形成された構造材料となったことが無い。
王立国家においてもケイ素に着目して研究がなされているというが、我が国と同様、焼結したとて脆くていとも簡単に崩れ去るというのがこの手の焼結体の常識だ。
しかし、皇国が採用した焼結体たる炭化ホウ素は見事に構造材料として完成されていた。
なにしろ防弾に使えるほどなのだから、その強度は保証されている。
日常使いでわずかに破片が生じることはあっても容易に割れたりなどしない。
これが戦場で彼らの命を繋ぎとめているのだ。
「――一体どうやって作ったのだ!? 我々でも完成させられず、王立国家ですら実現できていないものを!」
「ただ焼いただけに見えます。記録映像上ではそうでした。しかし、我々が真似をしても同じ強度になりません。何かが足りんのです、何かが……」
「陶磁器や非金属材料の研究は! 我が国が世界一であったと自負していたはずだ! あの国はつい数十年前まで我々から学びとることでしか技術を発展させられなかったんだぞ! 奴らの伝統的工芸品である陶芸品を一体どれだけ進化させてやったと思っている! 碍子などの技術は元々は我々の生み出したものだ! それを……出し抜いて見せたなどと……私は認めんぞ!」
あまりにも怒りの感情が渦巻きすぎたのか、総統閣下は手に持った炭化ホウ素の板を床に叩き付けてしまった。
しかし炭化ホウ素の焼結体は粉状の多少の破片が周囲に散らばった程度で一切割れることなく、独特の高音を響かせて床を跳ね回る。
その光景を目にした総統閣下は「うぐぐ」と唇をかみしめる。
今まさにちょっとやそっとの衝撃程度では割れぬ事を見事に証明した。
我々が同じように作ってもこうはならない。
バラバラとなって掃除に多大な労力を振り払う必要性が生じる。
だが皇国製の焼結体はそうではないのである。
「西条め……とびぬけて運がいいのか、その道に通じる超越者を見定める力があるのか……ただ焼いただけだと……ふざけた話だ!」
「もちろん記録映画上だけで確認できる情報ですから、何か特殊なことをやっているのかもしれませんが……NUPや王立国家の者達も現地にて視察したところ、一般的な耐火物と生成方法は変わらぬと」
「そもそも先程から述べている記録映画とはなんだ! 見たことが無いぞ」
「それは――」
報告者の男が話し始めるが、すでに我々は何度も見た。
研究にあたって何か有力な情報があるかもしれないと、目を皿のようにして。
記録映画はよくあるプロパガンダ。
農耕などを含めた一般市民の生活風景を映し出しつつ、笑顔溢れる国民の姿から始まり……
その裏で自国に手をかけようとする二大国をアニメーションで悪魔のごとく描いていた。
もちろん皇国側も手をこまねいているわけではないとばかりに技術開発を行っていたことが解説されるのだが……
特に注目に値するのが伝統と歴史、そしてその延長線上に技術があるということを強く主張していることだった。
映像が切り替わると、そこには一人の女性が糸を紡いでいる。
恐らく養蚕を行い、蚕の糸あるいは木綿などの生糸から糸を紡いでいるのだろう。
次の瞬間、それが工場における機械の映像へと切り替わる。
同じものだと言いたいのだろう。
白黒映像ながら真っ白な状態の糸は新式超高分子量繊維という表現がなされ、鉄のワイヤーより丈夫で、水にも負けず、ありとあらゆる薬品等によって溶解することなく、まさに天よりもたらされた産物であるとばかりに紹介されていた。
その糸を同じ超高分子量素材のフィルムと挟み込む事で防刃・防弾繊維の布になるとも。
なお、映像ではまるで糸を絡めたような状態でシートに挟んでいたが、実物は十字にそれぞれ折り重ねただけで絡んでいる様子が無い。
恐らく重大な秘密なので公開したくない情報なのだろう。
そこに着目するなど技術者ぐらいなものだ。
場面は再び切り替わる。
織物の職人が織物を織っている姿が映し出されるのだが、しばらくすると画面が切り替わり、先ほど見たことがある超高分子量繊維とみられるもので手袋を編んでいる姿となるのだ。
つまり、織物に関する技術を応用することで耐久性に富むグローブを作れるのだと言いたいのだろう。
そちらも防刃仕様であり、ありとあらゆる刃物は通じないらしい。
映像では真剣とみられるものを防刃グローブでもって受け止める侍の姿もあった。
"斬れませぬ……我が家宝の名刀をもってしても。嗚呼、なんと優れたる軍手のあったことか"という台詞が何とも印象に残る。
前線からの報告では実際に我々が用いる短刀をいともたやすく掴んで全く意に返さず反撃してくると言われる。
防刃性能があるのは事実なのだろう。
なにしろ鎧に使われているのと同じ繊維なのだから、無いわけがないのだ。
続く映像に映し出されるのは、一見して靴下のようでそうではない、皇国由来の"足袋"と呼ばれるものの製造風景。
この映像は二段階で映像が切り替わるのだが、一段階目では"地下足袋"と呼ばれる、皇国由来の足袋より発展した靴の製造風景になる。
"地下足袋"というのは改めて調べた事で判明したが、皇国の歩兵が相当数身に着けていたブーツのようなものらしい。
そして次にその"地下足袋"の後継と思われるブーツへと製造風景が変貌する。
布とゴムで作られていた地下足袋から、形状は類似しているものの一部が革となった謎のブーツへ。
そして場面が何度も切り替わり、完成した姿が映し出されると、その完成したブーツを身に着ける映像へと至り……
ここからが誠に恐ろしいものなのだが、身に着けた皇国兵と思わしき者は突然、釘か金属製のトゲと思われるものが敷き詰められた場所を走って通過するのだ。
まるで曲芸のようであるが、全く何ともないらしい。
そればかりか、ブーツの耐久試験を行っているのかと思うような、見ていて目をそむけたくなるような映像が続く。
足の指先に向けてハンマーを振り下ろしたり、履いた状態のまま靴底に向けて刀でもって突いてみたり……
しかし全く問題ない様子であった。
答えはもうわかっている。
靴底に例の繊維シートでも敷き詰められているのだろう。
ならいけるんだろうさ。
銃剣を無効化する鎧に使われている繊維シートだ。
靴底に使えばそうもなろう。
ようはこれも、皇国伝統の足袋から進化した1つの到達点に至ったブーツだと言いたいわけなのだろう。
場面はここからさらに切り替わる。
今度は一風変わっている。
陶芸家が焼き物を作ろうとしている姿だ。
ろくろを回し、茶碗か何かを作っている姿なのである。
茶碗の形成が終わり、乾燥にかけたあたりで職人は手を洗い、工房とみられる場所を後にする。
画面が切り替わると、別の工房の別の職人の姿。
これは学者によると"瓦"の製造風景らしい。
型に土を塗りこむように貼り付け、瓦を次々に形成していく。
この者もしばらくすると作業を終わらせ、どこかへと向かっていく。
そして画面が切り替わると、どこかの工場。
先程の二人がそれぞれ手に取ったものは黒い板。
そう、先ほど総統閣下が床にたたきつけたものと同じもの。
ここで字幕が入る。
"優れたる職人の目は不良品を見逃さない"
"わずかな亀裂が焼き物と同様、役目を果たさぬ不良品を生み出す"
"長年培った技術と伝統は、命を守る防弾板を生み出していく"
本当にやっているのかどうかはわからない。
だが、繋がりがあるというのだろう。
確かに板の形状はどこか瓦と似ている……
とにかく、陶磁器の延長線上に炭化ホウ素があると言いたいのだろう。
それは伝わってくる。
次に映し出されたのは、染物職人の姿。
それまでは藍などを用いて藍染めなどを行っている職人は、しばらくするとナイロン繊維の布と思わしきものを取り出し、そして手際のよい動作でもって有機的な柄をナイロンに染め付けていく。
"新式迷彩製造風景"という字幕が付いているが、どうやら一連の装備品に施されているのは迷彩らしい。
戦場での効果は絶大。
味方すら欺くので、とある戦場にて王立国家との共同作戦時において「皇国陸軍はまだ集合できていないのか!」――といったようなクレームがついたことがあったという。
無線で怒鳴りつけていた様子を我が軍が傍受したものだが、実際はすでに集合済みでかつ配置済み。
王立国家側は味方勢力がどこにいるのか見えなかったというのだが、その原因が歩兵装備の迷彩の性能の高さによるものであったとされる。
それも伝統技術の賜物であると言いたいのだろう。
皇国の染色技術ならば、複雑な柄を量産することも可能だと。
確かに染色技術に関してかの国は世界でも随一の技術力がある。
非常に複雑な柄でもって形成される迷彩は、かの国でないと量産はは不可能かもしれない。
さも当たり前のごとく正確に全く同一の柄に仕上げる姿には素直に感嘆してしまった。
しばらくその姿が映し出されると、次はいよいよ鎧が登場する。
伝統的な鎧をそれまで整備し、作り上げていた者はしばらくすると立ち上がり……
場面が変わると工場にてそれまで作られた材料や部位を集めて鎧を形作りはじめる。
これも調査を行ったところ、皇国伝統の技師で甲冑師というらしい。
防刃・防弾繊維シートを鎧の中に仕込み、ナイロンの布を丹念に織り込み、縫い上げ……次第に形づくられる鎧。
ありとあらゆる皇国の伝統工芸に関わる職人の息のかかった鎧は早送り映像でもって完成に至ると、被服や鎧だけの状態ではあるが、正座したような状態で鎮座される。
……そこに現れたのは古の甲冑を身に着けた侍の姿。
カットが切り替わり、近づいた侍の正面にカメラ位置が切り替わると、しばらくして侍が腰に据えた脇差あるいは短刀のようなものを右手でもって差し出す。
――次の刹那、甲冑を身に着けた侍の人の姿だけが消え、地面に古の甲冑が落下する。
カメラが動き、相対した場所へと方向を切り替えると、そこには正座している歩兵と思わしき者の姿が。
膝元には、先程侍が差し出した脇差あるいは短刀のようなものが置かれており、それを手に取りつつ静かに立ち上がると、手にした脇差あるいは短刀を腰に据え……
そしてゆっくりと甲冑に背を向けた状態で歩き出し、光の差す方向へと進んでいく。
まるで何かを受け継ぎ、そして新たな時代と共に明日へと向かおうと言わんばかりに。
自信に満ち溢れた姿でもって歩む背中には、自国との差に当時見ていて溜息が漏れた。
字幕にはこう書かれていた。
"大いなる意思は紡がれた"
"国の明日のため、古の侍は生まれ変わって戦場に舞い戻る"
"武士は滅ばず"
"武士の国もまた亡ばず"
その字幕の後、最後の場面の切り替わりが起こる。
馬で駆けていた甲冑姿の侍が一瞬のうちに二輪を駆る歩兵の姿に。
古式銃らしきものを構えていた侍達が一瞬のうちに新式機関銃でもって狙いをすます歩兵の姿に。
槍をもって突撃する侍達の姿が銃剣を装着した小銃を手にする歩兵の姿に。
最後に大量の歩兵達が進行していく姿をバックに"挙国一致"、"限りない明日へ"といった字幕で締めくくられる。
果たしてこの作品がいかほど皇国国民の心に響いたかはわからないが、特殊撮影なども駆使されていてかなり完成度は高いようだった。
字幕通りなのだと言いたいのだろう。
本来なら関与が薄いであろう伝統工芸品の職人が軍事にも関与することで挙国一致を表したいことは十分伝わってきたと同時に、鎧にかける思いは相当なものであることはわかった。
実際問題、鎧によって我々は甚大な被害を被っている。
まさに今現在、少数が多数を飲み込む常識ではありえない事態となっているのだ。
王立国家が防弾能力の付与を目指して開発したFLAKジャケットとは比べ物にならない。
今や皇国は他国と比較して殆ど人的被害を受けていないのではないかと囁かれるほどだ。
「ええい。記録映画についてはわかった。後ほどこちらにフィルムを渡せ。それよりも、その炭化ホウ素とやらは他には使用例はないのか? 鎧だけか?」
「……恐らく皇国の新型戦車の改良型にも使われていると思われます。こちらをご覧ください」
「当然応用ができるというわけか。むっ!? その六角形のものがそうだと?」
「ええ。戦車戦が行われたいくつかの戦場にてこのような六角形の固形物が転がっていることがあります。これも炭化ホウ素です。恐らく装甲板の一部として使用されたのでしょう」
「最近"さらに硬くなった"と言われる例の戦車か。元よりまともに撃破できた例がない新型のさらに改良型が使っていたと。なんという汎用性だ……間違いない。どんな手を使ってでも手にすべき技術だ。ともかくなんとしてでも我が国でも量産できるよう製造法を割り出せ!」
割り出せとおっしゃられてもな……
成分分析した結果から真似しても同じ状態とならないと言うのに、それ以上どうしろというのだ。
試行錯誤する間に時間は経過するばかりだというのに。
無理難題を押し付けなさる。
「もちろんやってはいます。それで、閣下にお伝えしておきたいのですが、こちらの六角形の焼結体……噂ではありますが戦場では一部の皇国の歩兵が胸元のポケットに入れているそうです。何やらこれ1つ入れておくとパンツァービュクセによる狙撃も防げるようになるとか……そうでなくとも距離が遠すぎると通常の状態でも即死させられません。パンツァービュクセは対戦車用に開発された武器だったはずなのですがね」
「それはもう"人"として認識すべきなのか……」
「人ではありません。閣下、認識を改めるべきです! 相手は世界最小サイズの二足歩行式人型装甲戦闘車輌です!」
「血迷ったことを言うな!」
「血迷ってなどおりません! 皇国陸軍の新兵装について報告を受けられなかったんですか! 彼らは携帯式の50mm榴弾砲を装備しているんですよ! 貴方が参戦された一度目の大戦の時の戦車砲と変わらぬものを歩兵が携帯しているんです!」
「承知はしている!」
実は携帯しているのは皇国だけではない。
重要なのは砲弾であって射出する投射器に特別な何かは不要らしい。
最近になって王立国家がMk.1グレネードランチャーというものを急遽開発して装備している。
50mm榴弾について皇国から提供を受けて使用していて、Mk.1グレネードランチャーは中折れ式ショットガンの口径を大幅に増大させたような形状をしているそうだ。
「それだって噂では我が国が開戦前に受け渡した技術の応用をしていると……兵器実験部の技師の中では高圧低圧理論を用いたのではないかと予測されています。もしそれが事実なら、我が国はその戦闘車輌の誕生に寄与したことになる……自らに牙をむけられるにも関わらず多大な貢献をしてしまった!」
「皇国の技術力や工業力では実現不可能だからとあえて渡せと進言したのはそちらだぞ! ともかく、過去を悔やんでも何もならん! 手に入れてこい。何としてでもだ!」
鹵獲した方が早いのだろうなあ正直な話。
しかし前線では味方にもすでにその効力が知れ渡っていて、悲運にも亡くなった皇国の歩兵がいると味方の勢力に鎧が剝ぎ取られるというからな。
敵勢力に渡ることなど殆どなく、僅かに放棄された部品から1つ組み上げるのがやっとだ。
皇国国内ではコスト削減のための大量生産を行いたいのか超高分子量繊維による釣り糸など汎用品も販売されているそうだが、これらは繊維の長さ等が異なりそのまま応用することも出来ないし、そもそも入手性も低い。
やるなら繊維も、セラミックも、自作できなきゃならない。
実は兵器実験部として総統には黙っていることがある。
この炭化ホウ素に含有されている物質にタングステンが相応に含まれていることを。
タングステンが必須ならば我が国でこの焼結体の入手はほぼ不可能。
タングステンは我が国では全く産出しないのだ。
だがそう述べたらどうなるかわからんので報告者も触れていない。
もしかするとあえて実現不可能とわかってそういう組成にしている可能性すらある。
本当は別のものでもいいのだが、あえてタングステンを使っているとか。
なら繊維はどうかというと、こちらも製造方法が全く分からない。
そもそもポリエチレンについては我が国が見出したはずだが、結局量産にまでこぎ着けることが出来ず、先に量産に成功したのは王立国家と聞いている。
その王立国家が皇国の情報や少数ながら貸与される形で入手した実物をリバースエンジニアリングしても全く作れないという。
NUPでも同様だそうだ。
双方の国は超高分子量ポリエチレンの一部の製造方法を共有され、フィルム等は作れるようになってるそうだが……繊維は全く再現不可能だという。
さすがの皇国としても完成品の貸与等は行ったとて、製品そのものは渡さない様子だ。
その状態で我が国での量産か……厳しいな。
「どちらかと言えば、我々がすべきなのは製品を再現するよりもこの鎧を打破できる兵器を生み出すべきなのやもしれません」
報告者の言葉に総統閣下は嘲笑うようにして何も述べず去っていった。
やれるものならすでにやってるとでも言いたかったのだろう。
火炎放射器などが効くという話はすでにあるが、射程が足りない。
あっちの方が射程で上回っているし、そもそも例の迷彩の効果が高すぎる。
今や狙撃手も皇国兵を見つけても撃つことを躊躇う状況だ。
撃っても見つけられて反撃され殺されるだけ。
相手側は1発では倒せない。
もはや防御力以上の防御力というものを得ている。
抑止力とでもいうべきか。
一体どうしろというのだろう……
世の中に見捨てられた気分だ。
この後の演説にて「世界最小の二足歩行式人型装甲戦闘車輌」という単語を用い、皇国の歩兵を脅威とみなしながらも、例えそうであっても機関砲や野砲にまでは勝てぬと述べ、兵士達を鼓舞する総統閣下の姿があった。
しかし殆ど逆効果であり、皇国の歩兵と身に着けたボディーアーマーの周知がなされるばかりで皇国兵と戦わねばならぬ戦場では士気が落ちたという。
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