番外編19:立川の日常3
「さすがに11月ともなると立川といえど冷えるな……だのにアイツはまたいつもの日課か」
まだ太陽も登り切らぬ時刻。
立川の滑走路周辺において朝の駆け込みをする一人の若者の姿が視界に入り込む。
時折周囲には色づいた銀杏の葉がどこからか舞い込み、葉と共に冷たい風が体を突き刺ささんばかりに包み込んできた。
皇歴2601年11月中旬のある日の事。
その日はいつもと同じようでいつもと違う雰囲気を周囲が漂わす。
「(何か気配を感じるな……何かが来る。特別な何かが)」
男だろうが女だろうが人には勘というものがある。
生物的に五感とは別に備わっている何か。
それがピリピリとした重圧のようなものを肌を通して伝えて来ていた。
普段、目の前で走り回っている男が醸し出す何かに近いが、奴とは違うプレッシャーだ。
以前にも似たような事はあった。
ハ44が届いた日だ。
今日も何かが届く。
そう感じていた矢先であった。
立川の基地に数台のトラックが入り込んでくる。
泥にまみれた足回りのそれは、明らかに遠方より急いで駆けつけた様子であった。
「来たかッ!」
それまで走り込んでいた男が突然叫ぶと、一目散に駆け出していく。
「一体何が来たんだ?」
「小倉からだよ! 興味があるなら来い!」
どうやら信濃は知っていた様子だ。
今日それがこの場に到着するのを。
ここ最近開発していたものでトラックでも運び込めるものというと鎧か、鉄帽か、それとも戦闘用の短刀か……
興味に惹かれ近づくと車両より降りてきた者が荷台より木箱を下ろし始める。
信濃はすぐさま木箱を開封しようと試みていた様子であった。
素手でこじ開けられるような状態ではない様子だが……たまにこの男は年齢相応の行動をするな……
やや呆れた視線をぶつけていると他のトラックに同乗していたと思われる上官が目に入ったので即座に敬礼する。
忠清の方もこちらの様子に気づいたようで同じく敬礼を行い、互いに礼の状態となる。
「銅鐘大佐。同乗されていたのですか?」
「ああ、途中で何かあってはいけないと思ったのでね。元気そうだな中佐。それと……君は中佐の同僚なのかな?」
「はっ! 中山技術中尉と申します!」
「技研の同期です。して、モノはこの中に?」
「先行量産品だ。まずは500挺。そして予備部品。これだけあれば実戦を想定しての訓練も行えるはず。おい、くぎ抜きを持ってきてくれ!」
銅鐘大佐が指示を下すと即座に駆け込んできた若い陸軍技師と思われる人間がくぎ抜きをもってきて手渡す。
受け渡された釘抜きでもって銅鐘大佐は実に丁寧に素早やく木箱を開封した。
遠目だと黒くて何が何だかわからない。
改めて木箱の中を覗き込むと、梱包材にくるまれた黒い何かが収められている様子が見て取れる。
銅鐘大佐の言葉から推測するに……例の機関銃だ。
信濃の奴がJARと名付けていたものだろう。
設計図からは全くわからなかったが、こんなにも全体が黒く染められていたのか。
およそ今の時代の銃らしくない……いや、機関銃ならばこういう姿でも違和感はないのか?
「具合を見てくれ。どうだ?」
さっと箱からソレを取り出した銅鐘大佐は信濃に向けて機関銃としては極めて小ぶりで短機銃と述べても違和感が無い、大型短機関銃のごときソレを抱え込む。
すると次の瞬間、その短機関銃は小銃のような姿へと変貌した。
折り畳み式の銃床であるらしい。
引き延ばされた銃床によって外観はより小銃に近くなった。
小銃と機関銃を併せたかのような特異な外観だ。
こんな見た目の銃、これまで一度たりとも見たことが無い。
この姿が本来の運用時のものであると推測される。
「設計通りですね……手に馴染みます」
「あれだけ詳細な設計図を貰えれば後は組み上げるだけだよ。何度か試行錯誤はしたなれど君の求めた通りのものになっているのではないかと思う」
「……撃てますか?」
「試射のための弾は十分にある。撃ちたいか?」
「是非」
珍しい顔つきだった。
普段なら完成品に笑ったりにやけたりする男が、神妙な面持ちを崩さない。
そりゃそうか。
こいつは撃つ、殺す以外に何の使い道も無い紛れもない武器。
飛ぶだけでもいい航空機とはわけが違う。
あいつのことだ。
本当はこんなの作りたくなかったんだろうよ。
軍がもっとちゃんとしていれば戦車だって機関銃だってこの若者が作る必要性は無かった。
戦車はまだ土木作業にも応用できるような状態とできるが、こちらは本当に殺傷以外に用途が無いものな。
初めてその設計図を見た瞬間から何となく感じていた。
本当は世に送り出したくなかった存在なんだろうと。
でなきゃここまで設計が早く終わるわけがない。
最初から詳細設計図を繰り出してきたのはこれが初めて。
いつも簡易的な概略図から用意して詰めていくのに、こっちは違う。
ずっと頭の中で練っていたに違いない。
別所の俺の友人の話ではこれだけの得物は本来設計も数年がかりだという。
逆算すれば技研で初めての航空機を設計し始めた頃、すでにこいつはあの男の頭の中にあったんじゃないか。
そう思うと途端に興味が沸いた。
一体この男はどういう表情で撃つのか。
どういう感想を述べるのか。
だから銅鐘大佐らの後をついていくことにした。
なに、今日の仕事にはまだ早い。
問題ない。
◇
立川の基地の裏手。
銃の試射なども行える人気の無い場所において信濃は何やら準備を始める。
何やら周囲に散らかっていたバケツを2つほど持ち出すとどこかへと向かい、そしてしばらくすると水を満載にした状態で戻ってきた。
そしてそのバケツの水を本来は機械油か何かを一時的に貯めおくために使うドラム缶を半分に切断して簡易的に作られた容器の中に注ぎ込む。
「何やってんだ?」
「いいから手伝え。そこの不要となって打ち捨てられたドラム缶の中の1つに砂を入れてあの場所に置いてきてくれ。穴の開いてないやつだ」
「わーったよ」
こういう時、奴は口で説明しない。
何か見せてくれるんだろう。
なので素直に従って言うとおりにする。
ドラム缶を所定の位置に配置し、中に砂を摘めて動かないように固定した。
その上で先程の場所へと戻ると、ドラム缶を半分に切断した容器が2つ増えている。
片方は砂。
片方は泥。
まさか――
「その状態で撃つ気か!?」
「そうだ」
「ジャムを起こすだけだぞ!」
「そんな設計にはしていない」
「なんだって!?」
「機関小銃は……JARはどんな環境でも撃てるようにしてある。小倉の技術力ならば問題なく動くはずだ」
その言葉に戦慄を覚え、銅鐘大佐の方へと顔を向ける。
だが、小倉から訪れた技術集団は微動だにしない。
銅鐘大佐は両腕を組みながら様子を見守っていた。
俺には門外漢だからわからない。
設計図からはその信頼性とやらが読み取れない。
九六軽機と同じガス圧駆動で、そんなにも信頼性があるものと出来ると?
だが、確かに今までこの男は有言実行をしてきた。
信じるしかない。
見守るしかない。
見て確かめる以外に方法などなかった。
「よしっ」
意気込んだ信濃は手元に置いていた銃を取り出すと勢いよく水に浸け込む。
気づくとすでに弾倉は装着済み。
九六軽機とは逆位置の真下に装着する様子だった。
時間にして20秒ほど。
浸け込んだ後に勢いよく持ち上げ――そして次の刹那、あたりに轟音が響き渡る。
これまで見たことが無い外観を持つ黒い銃は見事に作動した。
まるでそれが当たり前であるように。
しばらく単射する信濃を周囲は黙ったまま見守ってる様子であり、俺も言葉にならず閉口してしまう。
すると再び水に付け込み、持ち上げ……今度はどうやったのか知らないが全自動射撃を行いはじめた。
切り替えが可能らしい。
しかも全自動射撃を試みているのに反動が全く感じられないほどに信濃は安定した姿勢を保っている。
なんなんだこの銃は……
どうしてお前はこれをもっと早く提案しなかったんだ……
まるで今、まさに、この国において絶対に必要であるべき歩兵武装であるとばかりに轟音で訴えかける銃を前に気づくと鳥肌が立っていた。
武者震いではない。
ごく自然な恐怖感が襲ってきている。
目の前の技術者がNUPの人間であったなら、俺らはこの銃と戦わされることになりかねない。
そういえば風の噂で、陸軍上層部はある男にこの国の技術力の全てを注ぎ込んだ、戦場における歩兵武装を統一することを試みようとする新たな小銃開発を依頼したと聞いていた。
こいつがそれだったわけだ。
俺はてっきり空挺降下用の部隊が持つ大型の短機関銃のごとき何かだと思っていたのだが、違う。
間違いない。
すべての兵士に持たせることを意図して作られている。
こいつ……小銃と機関銃の境界線を取っ払いやがった!
なんて恐ろしいことを……
ふと気づくと信濃は弾倉に内蔵された弾丸を撃ちきっていた。
だが動きを止める様子はない。
新たな弾倉を装填すると、次は砂、次は泥に付け込み……そしてその状態でも機関銃は見事に作動を続ける。
流石に泥にまみれた状態でも撃てた時には「おぉ……」といった声が周囲に漏れ出した。
一切の妥協の無い銃か。
お前が銃を作るとこうなるんだな。
「どうかな。貴官が望まれた通りの性能を示したか?」
「完璧です。ただ……」
「ん?」
「これから冬にかけてもう1つ試験をやらねばならないことを思い出しました」
「どういう試験だ?」
「凍らせるんです。水をかけて真冬の環境で48時間放置して……それでも撃てるかどうかの試験をやらねば」
凍らせるってお前……何を言って……
まさかこいつで戦う相手は……!!
「今日の様子を見る限りそれでも動くとは思うが……確かに主戦場はそういう場所かもしれんからな。試験項目を増やそう。そして今日確信に至った。この銃はすぐに量産せねばならない。可及的速やかに……だ。構わないな?」
「お願いします。冬にかけて関東でも試験を開始して、ある程度配備して訓練も開始したい所存です」
「任せてくれ。数は用意する。そのためにNUPの生産手法を真似た大量生産手法をとるつもりだ。上からは真に優秀なれば100万挺は用意しろと伝えられている。できるかどうかはさておき、可能な限り数を調達しよう」
歴史が変わった瞬間というのはこういう状況を言うのかもしれない。
俺は立会人の一人か。
すべての歩兵がこの銃を手にしたとき、相対する相手が単純な小銃ならば勝負にはならないだろう。
単射でも自動射撃だ。
見たところドラム缶の穴は相当に大きい。
発射したのは小銃弾なのだろう。
そしてこの信頼性……
一体何と戦うことを想定しての信頼性なんだ。
確かにヤクチアの小銃なんかは真冬の状況でも満足に動作するというが……機関銃までそこまでの信頼性を得ているとは聞いていない。
まるで相手側にも同じ領域に到達した"機関銃"が存在するみたいじゃないか。
あるかどうかもわからぬ存在に恐怖して生み出されたのかこいつは。
そんな銃同士で戦う戦争なんて一体どれだけの命が必要になるんだ。
……そうか!!
……そのためにこの男は鎧に拘っていたわけか!
絶対に必要だと一歩も譲らぬ形で開発を主張して行っている理由がそれか。
信濃は見えているんだ。
この先の戦場での様子も。
それすらも計算しているわけか。
だとしても今日ほど皇国民であって良かったと思う日はないぜ。
こんなのと戦うのが当たり前の戦場で歩兵に出されたら命がいくつあっても足りねえ。
まさか10年ほど前は嫌で嫌で仕方なかった皇国民という立場を誇りたくなろうとは。
現実という存在はこうも残酷なのだな。
親父が言ってたぜ。
読めぬ未来に対して諦めていたら何も始まらんってな。
まさにこういう事なんだろ。
諦めねえ奴が時代を動かしていくんだ。
なぜ俺が相応の立場でその瞬間を目撃させてもらっているのかはわからないが……
何か役割が与えられているんだろう。
言葉に出来ぬ何者かによって。
果たすべき役割は何かわからない。
だが、見ろというなら見させてもらおう。
この先のこの国の姿ってやつを。
あたりを差し込みはじめた太陽の光は、まるで後の皇国の行く末を暗示するかのようだった。
本日は晴天。
雲はあれど陽の光を遮るものなし。
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