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第1話:航空技術者は希望した時期の3年後に飛ばされる

「わはは。ついに我が国念願の近代戦闘機の量産化が決定されたぞ!」

「キ27の性能は列強をも凌駕する! 我々は切り札たる軽戦闘機を手に入れたのだ! 長島の連中はよくやったわ!」


 とても騒がしい。

 ここはどこだ。


 ……立川か?


 だんだんと記憶が鮮明になってきた。


 そうだ。


 陸軍航空技術研究所の第一部第三科に所属していた俺は、来るべき列強との戦いのために陸軍の切り札たる戦闘機である97式戦闘機の開発に関わった。


 当時、長島航空機が提示したキ11や四菱が提示したキ18があったのだが、これの更なる改良機の提出を求めたのは他ならぬ俺だったんだ。


 齢20。


 若くして航空機に興味を持ち、財閥の遠い遠い親戚という立場を利用し、現代でいうコネ同然で技研に入った俺が初めて任された仕事こそ、軍上層部が求めた新型戦闘機選定における評価レポートの提出。


 この時、俺は上層部に対してキ18を論外と批評して大いに喜ばれた。


 当時は陸軍のメンツというものがあったので、最初から四菱機は除外したかったためのゴマすりでもあるが……きちんとした理由もある。


 あんな実験機を量産化したところで実際の量産にあたって性能が下がること間違いなく、対して新鋭技術で固められたキ11は未熟な部分こそ見られたが、胴体構造はそれなりに堅牢で保守的。


 上層部の意向を汲むならば軽量化こそ必要だが、無茶な設計をしていなかった分、信頼性からして軍用機たりえるもの……


 そんな説明をし、以降俺が選定試験の試験監督を任されたんだ。


 ただ、選定するだけでなくキ11に対して並々ならぬ期待があっただけにキ27の開発にも関わりたいと上を説得し、評価する側でありながら開発顧問の1人でもあるという21世紀には信じられない立場となった。


 こうなった原因の1つには、後にライバル関係となる山崎の設計陣が液冷に拘っていた部分が大いに関係する。


 陸軍としてはキ10、キ11、キ18の選定審査が流れた以上、冒険してもらうわけにはいかなかった。


 そこで山崎、長島双方に技研の技術者を派遣。

 なんだかんだ冒険したがる双方のメーカーの歯止め役として技術顧問とした。


 どちらも評価試験での試験監督も務めるわけなので、ある意味では平等といえるが……


 この時点であちら側はすでに技術顧問から見限られていた部分がある。


 それで……、キ27の量産化が決定?


 キ27といえば、キ10、キ11、キ18の選定において俺を含めた技研のメンバーが列強の新鋭機ハリケーンなどと比較すると要求性能を満たさないと評価したことで再び次世代戦闘機の開発命令が下されて誕生した戦闘機ではないか。


 上層部と協議を重ね、各メーカーに対して技研が依頼した内容は5つ。


 1つ、低翼単葉かつ単発単座戦闘機であること。

 2つ、最大速度は高度4000mで時速換算450km以上を出せること。

 3つ、高度5000mまでの上昇力として6分未満とすること。

 4つ、この性能を満たし、7.7ミリ機銃を二挺装備し、携行弾数300発以上を積載するスペースを確保すること。

 5つ、徹底した軽量化を施し、圧倒的格闘性能を確保した戦闘機として完成させること。


 長島飛行機はこの要求に対し、当時判明していた最新の流体力学を活用した主翼を新たに開発。


 上反角7度という、これまでの常識から考えれば凄まじい傾斜をつけてまで操縦性の良さを追求した主翼は、徹底した軽量化により圧倒的な運動性能を発揮。


 固定脚の外観からは信じられないとは思うが……


 東亜大戦争の緒戦において英国の最新鋭機と渡り合うだけの性能を誇っていた。


 あまりに性能が良すぎて後に続く一式の開発が遅れてしまったほどだ。


 当時俺は技術士官として、この97式戦闘機の開発に前述の通り試作機の段階から関わったわけだが、メーカーである長島に対してこちらが要求するのは、技研の技術力と知識を利用し、可能な限り上層部が求める戦闘機に研ぎ澄ませること。


 俺が要求したのは、キ11をベースに研究機として新たに長島飛行機が開発したPE試験機に対し、徹底的な整備性の改善。


 他の技研の連中はさほど考慮していなかったが、点検口を多数用意させ、分解点検せずとも各部の整備が可能なよう調整。


 カウル類などを全てボルト止めなどに変更させた。


 それまでの航空機は整備性を求めるならばエンジンなどはむき出しであるし、耐久性を求めるならリベット止めという方式にしてエンジンを文字通り取り外して分解整備してしまうものだったが、軍上層部がそのようなものを認めるはずがないことはわかりきっていたのと、何よりも諸外国の戦闘機が空力などを考慮してカウルを装着しはじめたことから、耐久性に問題を抱えると散々文句を言われながらも承諾させた。


 完成したキ27は細かい仕様別に10機製造。


 それぞれを評価試験させ、軍の正式開発機をどれにするか選択してもらうようにした。


 最終的に半年間に及ぶ試験の結果仕様がまとまり、97式戦闘機として正式採用が決定される。


 この評価試験において四菱はキ18からもっと軍用機らしくした海軍の九六艦戦をベースに殆ど設計的変更を施さないキ33で試験に参加。


 この時点で陸軍は九六艦戦を本気で導入しようか迷っていたため、彼らに陸上機としての改良をするよう促したが、実際には前回の選定に不服を抱いた四菱によって、ほぼそのままの状態で投げやりに作られた試作機となった。


 その姿勢は評価試験の見学に来ていた上層部の者たちから大顰蹙を買ったが、キ18といった試作機群から軍用機になるにあたり大幅に保守的な仕様に改められた九六艦戦を見た俺は「そりゃそうなるわな」ーーと周囲に漏らしていた。


 キ18の量産などできるわけがない。


 当然、キ18から大幅に性能ダウンしていた九六艦戦はキ27ほどの性能を示すことがなく、液冷エンジンを何とかモノにして、それなりの試作機として完成した山崎のキ28との一騎討ちとなった。


 何よりも驚いたのがキ28の完成度。


 後に上層部が三式を開発させるだけの力があった。


 この開発には同期で親友の中山が関わったが、よくもまあモノにできたものだと周囲からも驚かれていたよ。


 やっこさん、やつれにやつれていたから……上の説得に相当苦労したようで評価試験後に体調を崩してしまったが、このキ28がなければ五式戦闘機は……


 いや、そんなのはどうでもいい。


 今いつの時代だ?

 皇暦2594年ではないのではないか!?


「どうした信濃! もっと喜ばないか! 長島の技師たちとお前もよくやったと聞いているぞ」

「ええ……まあ……」


 課長は上機嫌なご様子だ。


 そりゃそうか。


 要求性能を満たした単葉機の開発に成功したのだから、今後の昇進にハクがついたのだとでも思っているのだろう。


 だが問題はそこではない。


「課長。今皇暦換算だと何年でありましたか。少々ボケてしまったようで……」

「何を寝ぼけておるのか! 皇暦2597年だろうが! これから忙しくなる。華僑の連中を押さえ込まねばならんのだ! 正式決定名称では97式となる公算だが、97式にはがんばってもらわねばならん。お前にも97式の状態を確認し、新たな戦闘機を開発するという次の仕事が待っているのだぞ!」


 たちこめる酒臭い臭い。

 吐く息がとても臭い。


 この状況下ではまだ常勝ムードが漂っている我が国では酒を飲む余裕すらあったんだったか……


 バカ野郎……それどころではないんだぞ。


 俺は3年前の段階から今日までにいろいろ仕込んで、全てを覆したかったんだ。


 現在の状況だとわずか1年でめまぐるしく世界情勢が変わり、そこから2年で皇国は自らのこめかみに銃を突きつける状態となる。


 アンタはなにも知らないからそんな楽観視していられるんだ。


 つい先日まで列強の最新重戦闘機との性能差に震えていたところから盛り返した97式は海軍の者たちからも傑作戦闘機と言われ、後の零の開発にすら大きく影響するものとはなるんだが……


 それだけではどうにもならん。

 この日は……そうか、あの子と仲違いした翌日か。


 俺は若さ故の過ちを犯し、本来なら陸軍はおろか海軍すら掌の上で転がせる立場から自ら降りた。


 それが昨日。


 せめて昨日より前に戻ってくれれば良かったのに……まだ間に合ったかもしれないのに……


 いや、俺はもう青くない。

 頭を下げるんだ。


 あの子が皇国を救う切り札になる。


「課長、申し訳ありません。本日はこれにて失礼してもよろしいですか」

「どうした突然。上層部の者たちへの挨拶でもするならワシも一緒に行くぞ」

「いえ、会いたい者がおりまして」

「なんだ。こんな情勢に秘め事など考えているのではあるまいな」


 そんなことを考えているのは貴様だけだ愚か者め。

 己の願望を他人に擦り付けるな。


 これだから元モボというのは品がなくて嫌いなのだ。


「姫は姫でも西ノ宮親王のご息女の千佳内親王殿下にございます」

「なんと! そういえば貴様、昨日なにやら呼ばれておったな。本日もなのか?」

「ええ」

「随分と内親王殿下に好かれておるようだが……できればいつかワシも食事会などに相席させてはもらえぬだろうか」


 さすがに同行はしないか。


 それで構わない。

 ついてきてもらっては困る。


「言伝は伝えておきますよ」

「ならばよし! 帰ってよろしい」


 今日は機嫌が良くて助かった。


 頭を下げつつ即座に退出。

 これ以上構ってなどられぬ。


 あの子に会わねばならない。

 あの子に会い、そして銀将をこの手にしなければ皇国の未来などないんだ。

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[良い点] 何度読んでも面白い作品だなぁ
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