第193話:航空技術者は妥協しない(後編)
「――これより、甲冑を身に着けた状態での本脇差をどう活用するかについての演武をお見せします。状況としては銃弾が尽きた状態での白兵戦。市街地あるいは開けた草原等を想定し、周囲には誰もいません。敵はこちらと同じく甲冑を身に着けており、なぜか軍刀を装備している状況を想定します」
会議室の椅子や机を移動させて場所を整えた後、ちょっとした演武を開始する。
俺は司会兼解説役となってこれから見せる演武についての説明をはじめた。
「ははは。ありえない状況とは言えんが……面白い事をやる」
周囲からは「そうはならんだろう」――といったような笑い声が漏れる。
実際は確かに不可思議な状況。
相手側が甲冑を鹵獲してくる可能性はあるが、刀はまずない。
だが、それがツーハンデットソードか刀かはさほど重要ではない。
長い刀剣がいかに不利になるかを見せられればいいわけだ。
「使用するのはどちらも竹光ではありますが、アルミ箔を張り付けて刀身部分は分かりやすくしています」
目の前にいるのは甲冑を身に着けた生まれ変わった侍二名。
どちらも実戦経験者であり、剣術を嗜む立場。
普段は本土にて軍刀の研究や試験等を行っている。
その他にも近接戦闘に関するあり方などについても研究を重ねている者達である。
「それでは、はじめ!」
互いに相対した彼らは、俺が手を叩くと抜刀する。
そしてその状況でジリジリと詰め寄っていく。
「……あの構えは……短剣による組討術か。どこの流派かはわからないが」
抜刀して構えた瞬間、稲垣大将はそれを甲冑戦用の組討術であることを即座に見抜いた。
他の将校達も稲垣大将の意見に肯定的な様子を示す。
脇差を構えた者の構えは一見すると常識的な剣術のソレとはややかけ離れている。
大きく右腕を広げて横に伸ばし、脇差自体は切っ先が天を向いていた。
左腕はまるで盾を構えるがごとき腕を畳んだ状態である。
これぞ組討のための短剣術の代表的な構え。
太刀筋を悟られぬよう、体から徹底的に刃を離す。
こうすることで近づけば近づくほど相対する敵は武器に気を取られ、隙を生じやすくなる。
短剣や短刀では、いかに太刀筋を見せぬかが重要。
こと短刀においては刃を完全に見せぬ構えすらあるが、あえて見せるようにして気を散らす構えである流派も多い。
脇差においては刃を隠すことが難しいため、このような構えとなる事も多いが、これも流派による。
一方の相手は一刀流による中段の構え。
今回、軍刀を模した竹光を所有する者にはあえて従来的な戦法で戦うようお願いしている。
実際は甲冑戦における刀は下段に構える事が多く、鎧が足元まで保護しない事から防御の手薄な下半身に向けて刺突しようとするのが一般的なのだが、本甲冑は足元においても防刃素材が施されている事から、一刀流によるおよそ常識的な戦闘方法でいいだろうという事でそうしてもらった。
つまるところ、想定として相手側は甲冑の性能を十分に把握しているという前提である。
他方で本甲冑に合わせた打刀あるいは太刀による効果的な戦法が組討術として存在しない事から、事実としては常識的な剣術と同じ構えとならざるを得ないだけである。
身に纏う鎧の防御範囲が伝統的な皇国の甲冑と比較して広すぎるのだ。
例えば、本来であれば小手の内側は剥き出しの状態であり、刀剣での戦闘ではそちらに向けて攻撃を繰り出すなど戦法や型が存在するのだが、インナーアーマーは腕全体を強靭な防刃防弾素材で包み込んでいる状態であるため、それすら有効ではない。
しかも相手側は白刃取りすら容易としてしまう防刃グローブすら装備している。
そうなると刀剣での戦闘は滅多打ちなどにして相手側を地面に押し倒すといった、甲冑戦で相手側の防御力が高すぎる際にとれる数少ない手法でもって勝負を仕掛ける他なかった。
これでは刀というより鈍器である。
もはやこの時点で剣として戦っているとは言えないのだが……あえて周囲に向けてその点について触れることはしていない。
なお、甲冑と刀を所有する者が銃とサーベル装備した者と一戦を交えることとなった、現在確認できる甲冑が使用された最後の実戦たる西南の戦では、相手側が稀にユーグの鉄鎧を持ち出した事で仕方なく前述する滅多打ちで対抗する事がままあったという……
現在の状況はまさにあの頃の再現である。
違いと言えば、刀を持つ側に伝統的な甲冑より発展進化した新たな鎧が授けられたという一点のみ。
さて、二人はゆっくりと距離を縮めると軍刀を手にした敵側はすでに攻撃可能範囲内となった。
しかし攻撃を躊躇している。
見えないのだ。
この距離だと脇差を保有する相手側の武器は視線をズラさないと視界に入らない。
だが一度視界をずらせば隙をつかれて先手を許してしまう。
ゆえに相手側の隙を伺うため、攻撃しないのである。
一方の脇差を手にした者は相手の動きを待って落ち着いた様子で構えながら距離をさらに縮めようと試みていた。
すると次の刹那、軍刀を保有した者が刀を振り上げ、敵の武器を叩き落とさんとばかりに切りかかる。
その時であった。
一瞬のうちに脇差を構えた者は右足を移動させて体を横に傾けると同時に、両手でもって脇差を振り上げ――そして相手側の柄あるいは鎺めがけて攻撃を行う。
攻撃は見事に鎺に命中。
振り下ろす前の十分に体重が乗っかる前の段階にて相手側の攻撃は阻止された。
すると相手は衝撃で刀を振り上げたかのような状態となり、再度振り落とそうと試みる。
その隙を脇差を有する者は見逃さなかった。
左腕で振り下ろした相手の右腕を掴むと引っ張りこみ、そのまま右手でもって柄尻を相手の脳天に向けて叩きつける。
同時にひるんだ相手の状況にさらに追い打ちをかけ、左足でもって足払いを行いつつ、胸倉を掴みながら体重をかけて相手を押し倒す。
一連の動きは極めて迅速に行われた。
もちろん当初より演武として見せるために相手側も一連の動きは把握しており、相手も受け身を取るものの、倒れた瞬間に脇差を保有する者によって馬乗り状態とされてしまった。
まるで未来のCQCのような動きであるのだが、甲冑戦における短剣術たる組討とは柔術を組み合わせるのが当たり前であり、未来の白兵近接戦闘さながらの動きとなるのだ。
こうなるともう軍刀を保有している者に何かをすることなど出来ない。
振り回そうにも腕は完全に抑えられている。
「――後は首を狙うだけ……と言いたい所ですが、本甲冑においては上衣が首回りも保護するため首を突き刺そうにも効果はありません。実際にやるなら目を通して脳を突く方法になります。これも古来の甲冑戦における組討と同様です」
「あの頃においても面頬が首を保護していたものなあ……そういう事か信濃君。つまり軍刀はどうしても重量や長さによって一歩遅れた動きとなるから、最悪甲冑で攻撃を受けてしまう肉を切らせて骨を断つ戦法すら有効になるがゆえ、長さの問題は解消するばかりかむしろ取り回しが有利な方が勝る……と」
「おっしゃる通りです稲垣大将。長さは長くても小脇差以下が妥当。また、戦闘方法においても現用の短剣術及び近接戦闘術は剣での戦闘を主体としすぎているため、甲冑を採用して下さるならば見直す必要性があります。先ほどのように柔術を混ぜ込んだものとすべきです」
「軍刀もだろうな。甲冑戦が主となっていた頃、多くの武者が携帯していたのは短刀か脇差。槍を主兵装としながらも接近戦では殆ど刀は用いられていないと聞く。またその時代へと移り変わるというのか」
「そうですね……刀は時代に合わせてその形状を変化させてきましたが、再び姿を変える時期が来たのではないかと。脇差も刀ではあります。あくまでこれは私の願いではありますが、こちらならば服制令の範疇たる軍装品ではなく、一式生存戦略構築用造兵刀と並ぶ正式採用の兵器として採用をお願いしたく存じます」
こちらの呼びかけに対し、即座に反応は戻ってこなかった。
演武より頭では理解しても脇差を軍刀として兵器化するというのは感情として許容できぬのだろう。
むしろ彼らは敵側が甲冑を纏う事など早々無いのだから、それこそ再び白兵戦で軍刀の出番が回ってくるのではないかとすら考えていそうではある。
機会は無くはないのかもしれないが……将来を考慮するとその考えは怖い。
いつかは敵がこちらと同等以上の防御力を施された状態でもって襲い掛かってくる。
果たしてその頃において軍刀が戦える戦法は確立されているのだろうか……
「うーむ。悪くは無いと思うが、兜や甲冑と比較して即座に採用しようとは言えんだろうね。ただ、君が伝統様式に従った鎧や刀等、全てにおいて妥協せずまとめて後世に伝えたいという思いを強く抱いていることだけは理解できる。検証してみる価値はあるだろう」
「稲垣大将……ありがとうございます」
「ともかく優先順位は兜と鎧、そして迷彩が施された戦闘服だ。これらについてはすぐにでも動いてもらいたい。そうだな……名前について君は"戦闘装具"と述べていたが、ここまで徹底されているというならそれはもう"当世具足"でいいと思うんだが、どうかな」
「現状は仮称ではありますので、当世具足としたいとおっしゃられるならそれで」
「まあ私の一存で決めるものでもない。追って伝えることとしよう。それと、臆病板に関してなのだが」
「どうされました?」
「その呼称は避けるようにしよう。臆病者の烙印を押されて取り外す者が続出してしまっては困る」
なるほど確かに。
本来の意味を理解しているのは年配者が多く、若者は臆病板という名称から想起するのはマイナスイメージかもしれない。
航空機においても一部の者が防弾鋼板を「臆病板」と称していたが、実際の現場では「防弾鋼板」と一貫して呼称するよう指南されていた。
これも恐らくは蛮勇となって取り外す者が続出しないよう取り計られたものなのだろう。
ともかく伝えるだけは伝えた、やるべきことはやった……後は流れに身を任せるしかない。
……そうだ、忘れていた。
最後に見せなければならないものがあったんだった。
「――さて、最後にではありますがこの装備を装備して戦場ではどのような意匠となるのかお見せします。全てを最新の装備へと一新した姿です」
そう述べた後、部屋の片隅に安置されていた木箱のもとへと向かい、木箱よりあるモノを取り出す。
「おぉ」
「噂の機関小銃か……既に完成していたか!」
「こちらは試製品です。先日小倉より届きました。実弾は入っておりませんが、この通り可動品です」
チャージングハンドルを引いてジャキンという音をあたりに響かせた後、トリガーを引いて音をたて、それが撃てる状態であることを周囲に示す。
マガジンは装着された状態だが弾は込められていない。
流石に会議及びお披露目の場において空砲といえども弾丸は持ち込めない。
「被筒の真下に装着されているのは投射器か……そちらも発射可能なのだな?」
「ええ。全てを装備するとこのような姿となります」
周囲に佇む甲冑装着者の一人に手渡すと、その者は銃口を将校らに向けないよう配慮しながらも様々な形態にて銃を構え始める。
その姿はまさに俺が知る未来の歩兵そのものであり、違いと言えば妙に伝統的な印象をもつ甲冑である事と、腰に脇差を据えた程度。
この国において歴史と共に歩んできた侍は、再び世界大戦の頃合いに乗じて皇国の明日を守るために戻ってきたのだ。
身に纏う鎧、そして手に持つ武器は大きく進化を遂げたが、戦乱の世より侍は銃を携え戦ってきたがゆえに目の前にいる者が歴史の延長線上にいることを否定される事はないだろう。
これらの装備をすべての歩兵に与えるために何ができるかをこれから考えるのが技術者としての俺の次の仕事だ。
しばらく後に陸軍に向けて関よりお披露目の場にて公開されたものと同一構造の3振りの脇差が届けられる事となる。
富士宮兼永による遺作であった。
後にその脇差の1振りは陛下に献上され、1振りは陸軍内にて元帥の称号を得た者に受け継がれる御護刀となり、最後の1振りは国宝として保管される事となった。
同時期、同様の脇差が関より信濃忠清のもとにも届くことになる。
本人は生涯において知ることは無かったが……それこそが兼永作刀による幻の4振り目であった。
一連の構造を有した脇差は三式脇差として制式化されることとなるが、主として砲兵刀や搭乗員刀等の新式として採用されたものであり、兵器としての採用であったものの歩兵が入手する場合は私物購入する必要性がある特異な立場をとる。
兵器化したい信濃の思いと、服制上の制式でも構わないのではないかという上層部の意向を織り交ぜた折衷案が採用されたためであった。