第193話:航空技術者は妥協しない(前編)
まず戦闘服についてだが、素材は綿やナイロン、そして超高分子量ポリエチレン繊維を使用しつつできる限り難燃となるよう溶剤を駆使している。
本来なら難燃アラミド繊維をふんだんに使いたい所だがこの時代では生産不可能。
可能な限り蒸れにくくしつつ難燃性を実現するには現状だと綿となってしまうが、綿は乾きにくく戦闘服としてはどうしても化学繊維に劣る。
そこで最も蒸れる部分等を考慮し、ナイロンと超高分子量ポリエチレン繊維を駆使することで快適性及び耐久性を向上させた。
他方、現状ではナイロンですら熱にやや弱く溶ける性質があるため、超高分子量ポリエチレン繊維共々局所的にしか使用できない。
双方のバランスを整えるにあたっては未来のノウハウを駆使し、さらに全体構造には人間工学を最大限に活用したテキスタイルデザインとしつつ、新たな鎧と戦術外骨格に最もフィットする状態に調節してある。
おかげでとても動きやすく着込んでも違和感がない。
特に従来までの戦闘服と比較した場合、ボディーアーマーを装備した際に大きく関係してくる。
基本的には甲冑との併用ではズボンを主として使用するわけだが、とにかく戦術外骨格及び甲冑のアウターハーネス等と一切干渉せず、それでいて激しい動きに耐えられるよう整えてある。
また、戦闘服に関しては通常は使用を想定しないがもちろん上着も用意してある。
通常においてはインナーアーマーが上着となり、下にはシャツなどの肌着とも言うべきものしか身に着けない。
だが重量物たるインナーアーマーを作戦会議中などの非戦闘地域でも身に着けているわけにはいかない。
よってこちらも"万が一においては甲冑装備を行うことも想定した"構造としながら、新たに開発した。
こちらは俺が知る限りの最新鋭版を現用技術で再現を試みたもの。
特に気を付けたのがボタン類。
従来まで当たり前だったボタン類に関しては、ボディーアーマーを身に着けた際などにそれそのものが骨などに衝撃を与え骨折等の原因となるため徹底的に排除してある。
つまり全面的にファスナー構造を採用しているという事だ。
本当は面ファスナーがあればいいのだが、こちらも現用技術では再現不可能なので使用せず、それらが無い中で最大限ボタン類を徹底排除する姿勢でもって作り上げている。(どうしても必要となる部位にのみ採用)
また、ポケット類の位置もとにかく泥が混入しにくいように斜めに据え置き、かつ胸ポケット以外はポケット類を排除するなど、こちらも最新鋭の戦場での情報に基づく21世紀の戦闘服の概念を盛り込んである。
……まあ、当然ながらこれは本来の未来におけるMSV開発の際のノウハウを応用したものだが、戦闘服ひとつとっても軽視しないのが21世紀だ。
戦闘服に関してはボディーアーマーあるいはプレートキャリアを身に着けて使用を前提とする。
ゆえにポケット類に関しては最小限でいいというのが21世紀の考え。
ボディーアーマーの使用がまだ前提条件となっていなかった頃は、あれこれ各部にポケットが施されていたのだが、これは泥の混入の問題がでてきたり重量増大や装着時の違和感に繋がるのでボディーアーマーが前提となるとさらに構造上使用も出来ない事から排除傾向にあった。
当然ながら甲冑は基本装備とすることを前提とするので戦闘服も踏襲するわけである。
そして重要なのがこれらを支えるある意匠だ。
そう、迷彩だ。
迷彩パターンに視認性を減少させる効果があるというのは1度目の大戦の時期にすでに判明していた。
ゆえに皇国陸軍人においても周知の事実であり、歴史的資料を掘り起こして見れば戦闘服に迷彩を施し、かつ顔面にもフェイスペイントを施した姿で写真に写る2度目の大戦の頃の歩兵の姿を目にすることが出来る。
本格採用に至っていなかった理由はいくつかある。
1つ、未だに不完全な技術であり施した模様が局所的な環境でしか効果を発揮しないこと。
2つ、迷彩は1つの迷彩だけで成り立たせられない。正式採用を行う場合には複数のパターンが必要でコスト増大に繋がるため運用上の制約から避けられた。
3つ、当時の技術では色落ちが激しく効果を持続させられず、上記2つの理由も合わさって効果が限定的すぎるものと判断された。
こういった事情で採用されなかった。
しかし実際問題必要不可欠と判断されたからこそ、現地で施されて運用されたわけだ。
3つの弱点を解消できるならば十分採用の余地がある。
というか、研究自体はずっとやっていた。
そこで俺は知る限りの最新鋭の迷彩を採用した。
3D迷彩などと呼ばれる、俺がやり直す直前頃から開発が盛んとなった最新鋭のものだ。
3D迷彩。
呼称自体はメーカーにより様々。
あくまで総称でしかなく、ひとまとめにしてこう呼ばれることがある。
その最大の特長は爬虫類や一部の肉食哺乳類のカラーパターンを応用し、光の屈折すらも見据えて迷彩効果を増大させつつ、マルチカムとして多くの環境に適用できるようにしてある。
元々、迷彩パターンが多すぎて運用に難ありということで20世紀末頃には多用途なマルチカムの開発が盛んとなったが、多くのマルチカムが器用貧乏な中途半端な状態となって特化型の迷彩に大きく劣っていた中、ある技術の発展によりマルチカムの概念を押し上げる事に成功し始めたのが俺がやり直す頃の話だ。
3Dデジタル技術及び、その描写の進化である。
光の仕組みの解明……それは実写とデジタルの世界を曖昧にさせ、映画界やビデオゲーム業界などの進化と発展を促したわけだが……
それらは現実世界の他の分野にも応用可能な技術であり、光の仕組みの解明とコンピューターによるシミュレーションは不完全甚だしいマルチカムの進化をも促した。
そして一連の迷彩は万が一を考慮して計算式化され、コンピューターが無くとも再現できるほどに作りこまれており、色の指定及び計算式の双方を活用することで危機的状況下においても製造継続も可能なよう考えこまれていた。
航空技術者ならば、構成される計算式さえ覚えておけば再現することは不可能ではない。
その中で覚えている限りのパターンを可能な限り思い出し、どれが最も有効なのか試す。
基本的にはどれも高性能。
従来のマルチカムを大きく凌駕し、パターンは砂漠、森林、市街地、雪原の4つで済む
しかもマルチカムの種類によっては砂漠と森林、あるいは砂漠と市街地等を統合できるので3つで済む場合すらある。
森林環境に合わせて緑を主体とした迷彩だけで2つも3つも用意する必要性がなくなるわけだ。
なお余談だが、この手の最新迷彩の特徴として、ごく至近距離では視認性が向上するようになっていたりする。
理由は至近距離でも視認性が低いと味方との連携が難しいためだ。
あまりにも向上した性能の弊害により対策が講じられたのである。
無論、人がそこにいることが分かっても姿勢などは分かりづらいようにしてある。
そうしないと近接戦闘で不利になるからだ。
そこまで考えこまれているのが21世紀の迷彩というものなのだ。
「――どの意匠が優れているかについては検討の余地がありますが、重要なのはコストと生産性です。まずはご覧いただければ」
手を叩いて合図すると、室内にはそれぞれの迷彩を纏った若者が続々と集まり、一様に整列して周囲にその姿を見せつけた。
「なんと面妖な……」
「有機的というか、気色が悪いな」
「そうですね。効果があるからこそ、そう感じられるのです。実は外にも待機させております。窓の外をご覧ください」
そう促すと、駆け込むように将官達は窓際へと集まり始めた。
「バカな。どこにいるんだ?」
ある将官は常に持ち歩いている単眼鏡を片手に周囲を見回したが、全く見つけられない様子である。
「今回、6つの迷彩柄を用意してみました。どれも皆同一空間にて同様の効果を発揮します。色合いは大体同じです。全ての迷彩が効果を発揮しており、皆様の視線の先にはそれぞ3名ずつ、計18名おります。正面の丁度青い旗と青い旗の間です。旗と旗の間はおよそ20mほどの間隔があります」
「18名!? 一歩兵小隊規模が隠れているだと!?」
視線の先はあくまでちょっとした森林地帯。
会議の場のある付近の庭先である。
その庭先に18名いることを誰も視認できない。
距離にして70mも離れていない。
最新鋭マルチカムとは、その領域に足を踏み入れている。
屈折させた状態の光が進むパターンすら解明し、光の反射すらも迷彩効果に上乗せする色合い。
おかげで最低限の彩色で多くの地形・環境に適用できる。
もう器用貧乏などとは言わせない、真の意味でのマルチカムがそこにあった。
あるメーカーはそれをPRYM1と呼び、あるメーカーはそれをマンドレイクと呼称、あるメーカーはそれをアナコンダ等と呼称したが……全て3D迷彩だ。
俺がやり直す直前においては特殊部隊以外での採用事例はなく、正式採用はされていない。
だが皇歴2700年頃には使われ始めると言われ、事実特殊部隊は既に使用に供していた。
コストの問題ならどうにかなる。
この国の染物と染物生産技術は世界でも突出している。
「そろそろいいでしょうか。では皆さん、旗を揚げて自分を示してください!」
そう述べながら補助を担当する職員より手渡された赤旗を振るうと、それぞれが赤旗を取り出しふるいだす。
そして庭先には18の赤旗が突如として現れた。
「あそこに!? 嘘だ! あの場所は何度も見たはずだ!?」
「一切移動はさせておりません。また、葉や枝を利用した偽装もしていません。光の屈折等から目がそこに人はいないと錯覚させたのです。何しろこの迷彩は野生動物すら見紛うと言われる迷彩。人の目だけを欺くものではないものです」
若き将官の一人は不正を訴えんと試みた様子だが、すぐさまこちらの話を聞き入るなり黙り込んでしまった。
確実にこちらが不正を働いたという根拠など無く発言したのであろう。
「今回、一連の迷彩は群馬は桐生にて染めてもらいました。染師に色と形状について伝え、それぞれを試してもらったものです。航空用途にも使われる化学塗料を使用しており、これらは簡単に色落ちしません」
別に桐生染で有名な桐生でやってもらわなくてもいい。
東京の新宿でだってできる。
単純に聞き耳を立てられて情報が事前に漏洩しないよう、多少離れた地域で、かつ優れた職人のいる所に任せようと思った結果桐生を選んだだけ。
伝統技法を受け継ぐ職人はこちらの話を快く受け入れると、見事なまでに完璧に染め上げてくれた。
生産量も相応に確保できる。
そうだ、全国の職人の手を借りれば。
伊達にこれまで染色技術を発展させてきたわけではない。
紡いできた伝統は、紡ぐために試みられた努力は、無駄ではなかった。
国家を左右する世界情勢において、これらは戦場で落とすはずであった命をも紡いで繋ぎとめる。
そして此度の戦闘服においては徹底して伝統工芸との結びつきを強めるからこそ、彼ら職人の力を頼る。
1つ1つ培った文化が、1つの帰結点に到達し……鎧と戦闘服を形作る。
依頼を行ったときの職人の言葉は今でも忘れない。
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「これが古来の話であるならば、戦場で染物を身に着けるなど言語道断であった所であろうが……回りまわって染物が芸術だけでなく戦場においても兵の命を守るために真価を発揮しうるというならば是非もない。桐生の名にかけてそのご依頼、見事完遂させてみせましょう」
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現時点でこの国には、10万人単位で染物職人がいる。
本来の未来においては「一体その技術が軍にとって何の役に立つのか」――等と叫ばれ、肩身の狭い思いをした者達の力を借りる。
挙国一致。
伝統技術の総決算だ。
まだまだこれだけではない。
「では皆様一旦お戻りになって下さい」
新たな迷彩についてすでに議論が始まり、どれが優れているのかなどとワイワイガヤガヤと騒ぎ始めた将官をなだめると、俺は次に机の上に置いてあった手袋を取り出した。
こちらも伝統工芸たる"織物"の技術を最大限に利用し、編み機と手編みを駆使したコンバットグローブである。
最大の特長は防刃である事。
超高分子量ポリエチレン繊維を適切な状態で編み込み、結びつきの状態によっては強度が落ちてしまうそれを落ちないまま手袋状に仕上げたものだ。
掌の表面にはすべり止め加工が施され、かつ手の甲たる裏面にはナイロン繊維が縫い付けられ迷彩が施されている。
「この状態においても真剣を白刃取りすることが容易です。相手側の刺突攻撃をこのように防ぎます」
そう述べると俺は、傍に置いてあった刃物を取り出し、通常なら血が滴る状態になりうる刃を握りこむ姿を周囲に見せつけた。
「見ての通り斬れません。近接格闘術においては度々負傷することも厭わず敵の短刀を握りこむことがあることが1つ前の大戦より報告されておりましたが、この軍手は負傷せずにそれを可能とします。滑り止め加工も施してあるので握りこんだ後は奪うなり捨てるなりして敵を制圧してもらえば」
「防弾性能は無いのか?」
「繊維の性質上、無くはないとは思われますが期待しないでもらえますとありがたい所です」
「そうか……少しばかり残念だ」
確かに多少はあると思われるが、編み込んであると眉唾だ。
無いものと思ってほしい。
なお防刃性能は5Aクラス。
ありとあらゆる刃物による攻撃を無効化しうる。
そればかりか、ごく短時間ならば回転のこぎりの刃が触れてもどうにかなる。
あくまでごく短時間だが、一瞬触れただけで指が切断されるような状態を回避できる。
コンバットグローブとしてはこれほど優秀なものも他に無いだろう。
もちろん、JARこと機関小銃は当初よりこのような装備を装着しての使用を見越して作り込んであるので、この状態でも射撃可能だ。
元々冬季での使用も考えてある。
そこはAKと同じ。
そして手袋だけではない。
戦闘靴も新たに作り起こした。
元々戦術外骨格を使う上では、専用の靴が必要となる。
ゆえに新たな戦闘靴の開発は必要不可欠であった。
その戦闘靴についても、未来の軍用戦闘用ブーツを現代にて最大限再現を試みようとしたものとなっている。
まず戦闘靴だが、こちらは21世紀標準型の半長靴とも呼ばれる状態だ。
つまり20世紀ごろまで主流だった全体構造の全てあるいは大半を皮で構成するものではなく、多くの部分に化学繊維などの布を使用し、皮で構成されるのは一般的な靴を構成するのと同等程度の面積のみ。
半といってもハイカットな状態であることに違いは無い。
化学繊維はナイロンを最大限使用して通気性を確保。
本来ならそこに透湿防水素材を仕込んだりするところだが、残念ながら現代にはまだないため通気性のみ施された状態だ。
とにかく蒸れにくく、水抜き穴も施されており乾きやすい。
そしてこの靴の最大の特長は靴底にある。
大戦終結後の20世紀。
この頃の軍靴というのは、靴底に鉄板を設けることが一般的であった。
理由は2度目の大戦の頃における苦い経験に基づくもの。
合成ゴムなどで構成されたソールは尖った何かを容易に貫通させてしまい、足を負傷する事例が多発。
それが原因となって破傷風となり、死傷者すら出したことに起因する。
対策としてNUPを中心に靴底に鉄板を設けたジャングルブーツなどと呼称される戦闘靴が採用され一般化されるが、これらは靴底が固すぎて一切柔軟性がなく、さらに重量も嵩んで長期の使用は足裏に相当な負担をかけて宜しくないものであった。
よって俺がやり直す直前の頃、NUPでは新たな戦闘靴というものが模索始められており、いくつかの試作品が存在した。
例えば靴底にカーボンプレートを施してばねのような柔軟性を施しつつ、さらに歩行時の負担を軽減しながら従来と同等の性能を発揮するものや、金属繊維などを施して柔軟性を確保しつつ同じく従来製品と同等の性能を保たせたものなどである。
中でも俺が着目したのがケブラー繊維をミッドソールに施し、従来と比較して薄いソールにて構成された、まるで地下足袋のようなコンバットブーツだ。
まだ試験に供されていて正式採用されたわけではないのだが……非常に柔軟性に富む構造で接地する地面との追従性が大幅に向上したことで前線での評判は極めて高く、それでいながら防刃処理の施されたケブラー繊維は完全に仕事をしていた。
試験においては剣山のごとき釘の山の上をブーツで歩くというような正気の沙汰ではないような事もやっていたのだが、一切貫通しない。
そしてそのブーツを製造していたメーカーはさらなる改良として超高分子量ポリエチレン繊維に着目していた。
彼らが出来なかったであろう事をやってしまおう。
そう考えたのが今回採用した新型戦闘靴である。
今回の製造は埼玉は行田の地下足袋のメーカーに依頼して製造したもので、ソールは相応に柔軟性があり、厚みも程々の合成ゴム。
この合成ゴムには手に入れたばかりのシリコーンを含有させ、耐熱性を大幅に底上げしている。
その上にミッドソールたる超高分子量ポリエチレン繊維シートを施し、さらにその上に柔軟性のある中敷きを敷いてある。
つま先にはB4Cと鉄板を接合した先芯を施してあり、安全靴仕様となっている。
履いてみればわかるが、とにかく違和感が無い。
重量感もこれまで使用されてきた従来品と比較して大差がない。
本来の未来においては陸軍の歩兵には支給品の革靴は不評で地下足袋を身に着けた者も多かったが、ベースは地下足袋だ。
何しろ先芯は親指の部分とそうでない部位にて分かれている。
この部分は相応に柔軟性を有しているため、より地面との追従性を向上させて身動きを行いやすくした。
本来の未来において東亜の一部の特殊部隊が身に着けていた戦闘靴がそういう形状だったために採用した。
山岳地帯向けだそうだが、外観と実用性の双方を重視しているということである。
もちろんその国が参考にしたのは皇国の地下足袋に他ならない。
この外観がより鎧を引き立たせるだけでなく、戦場で必要となる戦闘靴としての素養をも併せ持つ。
そして伝統工芸である足袋から発展し、時代に合わせて進化した地下足袋はついに戦闘靴という領域にまで到達した事になる。
足袋1つたりとも捨てる気はない。
地下足袋というよりかは革靴とも言える何かではあるが、この国由来の伝統を受け継いでいると言えるものだ。
もちろんその構造は人間工学をフル活用し、足の動きに最大限合わせた状態としてある。
戦術外骨格を装着するための構造とした上でだ。
本当はもっと耐熱性を上げたソールにしたいとかいろいろと思う所はあるのだが、現用で可能な状態で最もバランスの取れた構成とした。
後の技術開発は将来の技術者達に任せる。
今はこれが限界。
さて、装着する戦闘装具として最後に説明するのが鉄帽……もとい防弾兜だ。
荒井廣武商店に依頼したるそれは当初お願いしていたFRP製ではなく……
最新の素材たる超高分子量ポリエチレンを中心に同じく最新の素材であるB4Cこと炭化ホウ素セラミックを最大限に活用している。
基本的にやってることは臆病板と同じ。
超高分子量ポリエチレンフィルムを圧着させつつ積層させるが、炭化ホウ素セラミック板と接合することで対焼夷弾対策ともしている。
本来の未来においては炭化ケイ素セラミックプレートを使用するか、あるいは窒化ケイ素、炭化ホウ素または炭化ケイ素の粉末を使用した耐熱コーティングを使用することも考えられていたが、現用技術で最も軽量でありながら必要となる防御力を稼ぐため、炭化ホウ素セラミックプレートによる複合装甲による帽体とした。
これも常圧焼結技術があるからこそ可能だ。
プレス成型された炭化ホウ素セラミックは現用の成型技術から未来のヘルメットと比較すると形状がやや簡易的ながらも、緩やかなラインを描いて形成され避弾経始を最大限考慮した状態としている。
超高分子量ポリエチレンとは航空機用接着剤を使用して接合されており、内部にはインナーパッドが仕込まれ、チンストラップは4点止め。
防弾能力は極至近距離の30-60徹甲弾を防ぐだけでなく、刃物攻撃も通用しない。
つまり、これからの時代この防弾兜を身に付ければ小銃弾に対して「ヘルメットが無ければ即死だった」――などと言い切れるようになる。
現状では当たればほぼ即死で、運が良ければ重体。
頭部に弾丸が命中することを運命づけられている人間におよそ明るい未来は無い。
その未来を約束しようと努力する兜こそがこれだ。
なおヘルメットには過酷な戦場において目を保護するためのゴーグルが標準装備される予定であり、このゴーグルはサングラスや眼鏡を装着したまま装着が可能。
プレキシガラスで構成されたゴーグルはレンズが1枚であり、多少の破片なら十分に防ぐ。
現用のプレキシガラスは変色しやすいため、レンズ交換は容易な構造。
本来の未来ではNUPの戦車兵などを中心に装備していたタイプのものに外観は似ている。
また普段はカバーを施してレンズの反射で敵に見つからないようにもしてある。
防弾兜を装着したままのガスマスクの装着も可能。
徹底的に実戦での状況を想定してある。
以上が戦闘装具として考案した装備一式。
すべてを身に着けた歩兵の外観は完全に21世紀初頭の歩兵と変わらない。
いや、それ以上だ。
何しろこちらが知る歩兵の姿はここまで皇国由来の兵のような姿はしていなかった。
腰に装着された水筒やポシェット類は草摺のイメージを想起させるには十分。
そしてどうやら彼らは気づいたようだ。
腰に据えたその存在に。
「技官。貴君がここまで実用性を加味して装具を作り上げたことは理解できた。ならば、その腰の物もそうなのであろう? その短剣……ただならぬ気配を感じる。ただの脇差ではあるまい」
「おっしゃる通りです――」
こちらの合図に合わせ、再び全身に鎧を纏った若き士官は腰に据えられた刀剣を引き抜く。
それは軍刀の時代が終わり、それでも尚抗わんとする刀工に向けて依頼し試製してもらった、新たなる戦闘用の短剣なのであった――