第192話:航空技術者は武士(もののふ)を戦場に呼び戻す(中編)
「――まず重さについてですが、現状の全備状態で11.35kg。10kgを超過した状態ではありますが……既存の防弾衣のどれよりも"軽く感じるように"なっています」
「重いのに軽いのか……どういう事なんだ」
指摘した歩兵部隊の指揮にも携わる将官の一人は、今日の日のために全身を重量感ある鎧で固めた姿でもって誇示する者が特によろめく事無く直立した状態を保っているために、こちら話に疑義が生じないとばかりに疑う素振りは見せなかったが……
それでも納得するための答えを欲している顔つきではあった。
「もちろん秘密があります――」
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「ボディーアーマーに外骨格スーツの概念を落とし込んで軽量化するとは? どういう事なのですかMr.シナノ」
「そのままの意味ですよ。近々採用予定のIOTV。あれのフル装備状態は重過ぎる。皆さんはあれの構成部材をポリアミド系の繊維から超高分子量ポリエチレン繊維に置き換えれば軽量化できるから、それで歩兵の負担を相当に減らせると思っているご様子だ。だが違う、それだけでは足りない。根本的部分を見落としている」
「どの部分なんです」
「重心ですよ。あの構造では重心が高すぎる上に局所的に負荷がかかりすぎるんです。それが兵士の腰などに負担をかけ、結果疲労を増大させている。裏を返せば重心設計を見直せば存外軽量化にばかり注視しなくても良いということを私は証明したい。そのために、もう10年も前から試案してきたアイディアがある。老いた技術者の頭の中で温めたまま終わらせるぐらいなら、この際だから試してみませんか――」
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やり直す直前、ある意味で晩年と言えた1度目の人生の最終局面。
俺はこの時、NUPに招待され新式のボディーアーマーとヘルメットの開発にも携わっていたわけだが、そこではやりたいようにできる立場であったこともあり、実際にやってみたのだ。
これより少し前より行っていた戦術外骨格の開発。
人体における多くの知見を得た俺は、現状におけるボディーアーマーの不完全性に気づくのにそう時間はかからなかった。
より防御力を底上げしようとアーマー自体を強化すればするほど重量は嵩み、重心は高くなり、やぼったい構造になって身動きが取りにくくなり、身体への負荷ばかりが増大し続ける。
これを解消するための戦術外骨格ではあったが、その研究中に気づいたのだ。
ボディーアーマー自体に戦術外骨格のノウハウを落とし込むことは可能なのだと!
だからそれを彼らに提案した。
その後の事は知らない。
いろいろあって、ある程度の所でアイディアを出した後は現地の技術者達で形にできたので年齢のこともあり離脱したのだ。
しかし、研究開発中の技術者はその構造をもって"Modular Scalable Vest"と名付けたことを覚えている。
略称とするならMSVだ。
もしもう1つの世界でその開発研究が花を咲かせたならば、防御力はあの時開発したものより劣っているか重量が嵩んではいるものの、相当に優秀な最新鋭のボディーアーマーとして採用されている事だろう。
それが今、2602年を1日過ぎた皇国に時を渡ってやってきているのである。
実に65年も先の技術を取り寄せた事になる。
「――すみませんが舟木少尉殿、甲冑部分を一度脱着してもらってもよろしいです?」
「承知です技官」
即答した舟木少尉はすぐさま着脱を開始すると、数分もせずに彼は甲冑とも言える状態のアーマー部分を脱ぎ、机の上にそれを置くと周囲に背を向ける形で直立した姿を保つ。
「む……」
「以前見たことがある。技官……その背中の構造物は技官が過去に説明していた戦術外骨格とやらと類似した構造だ。記憶が確かなら、この構造で重心を下げることにより、体感重量を落とし込むことができるという話を述べていたな? 違うか?」
「おっしゃる通りです」
そう、俺が何をやったか。
簡単に言えば簡易戦術外骨格ともいうべき構造体を、インナーの上のアウターハーネスとして仕込んだのである。
構造を説明しよう。
後に三式当世具足と呼ばれるこの鎧は、3つのパーツにて構成されている。
1つがインナー。
1つがアウターハーネス。
最後の1つがアーマー本体。
これら3つすべてに構造的な意味がある。
まずインナー。
21世紀を過ぎて研究が進み、従来までの20世紀末より使用されてきたボディーアーマーの最大の弱点の1つとして理解されつつあったのが、一部の射線から命中する命中弾に対する脆弱性である。
具体的には斜め上から進捗してきて鎖骨に命中する弾丸と、ほぼ真横から射撃して肩付近に命中する弾丸などだ。
これらはそのまま貫通してしまえば大したことはないものの、稀に人体を這いまわるようにして心臓や肺を大きく損傷し、命に係わる致命傷を負わせる事がある。
そして、従来の多くのボディーアーマーには隙間が生じており、ある意味でショットトラップと言ってもいいような状態であったのだが、21世紀を迎えるにあたってこれらを改善しようと改良を施した結果……
アーマー部分が増えて身動きが取りにくくなり、さらには腕を回すと干渉したりして背中に手を当てられなくなるなど、人の可動域すら無視した構造となってしまっていた。
まさに当時のIOTVがそうだった。
俺はこれを改善するため、専用の防弾防刃式戦闘服を新たに設計しようと試みたのである。
つまり、一部の部位においてより肌と密着した状態にして負荷を分散させることを目的にインナーとボディーアーマーを一体化させようとしたわけだ。
具体的には背中や肩などを中心とした上半身部位を一体化させた。
こうすることで着ぶくれするアーマープレートを大幅に減らし、人の可動域を無視しない構造と出来る。
腕周りや肩回りに専用のソフト&ハードのプレートや防弾繊維シートを仕込むことにより、例えば鎖骨付近ならはじき返すようにするし、肩なら脇との二重構造で肩を貫通しても脇で止まるように調整する二重設計とした。
なお、肘には防弾仕様ではないものの外からも確認できる肘当てが仕込んであったりもする。
こうすることによって従来までのただの戦闘服に鎧を重ねるのではなく、インナーアーマーとアウターの2つで(実際には3つなのだが)より効果的に防御力を発揮するようにしたわけだ。
肌に密着すれば局所的な重量負担はかかりにくくなる。
負担が増大する原因はアーマープレートと人体が接触を繰り返す事にあることは、戦術外骨格などを開発する上ですでに理解していた。
密着しないからこそ、運動エネルギーを伴った状態で局所的に重量物がのしかかって負担が増大するのだ。
だがそれだけでは重心点を下げられない。
だから下げるための防弾防刃繊維を用いたハーネス状の構造物である、アウターハーネスを別途用意したのである。
これはインナーとなる戦闘服をより肌に密着させながらも、脇腹等を防御しつつ、その重量を腰下まで落とし込む簡易戦術外骨格ともいえるもの。
太もも等にもハーネスを設けた、いわゆるフルハーネスとなっており、徹底的に重量を下に落とし込む。
このハーネスはラぺリング用ハーネスとしても使用可能。
カラビナを用いることで懸垂降下が出来る。
また、このアウターハーネス自体にも超高分子量ポリエチレン繊維を用いることで急所のダメージを減らす役割も併せ持ち、アウターハーネスは鎖骨部分でインナー戦闘服と二重構造とすることで防御力を増大させている。
さらにいうと脇の一部やわき腹も保護するため、ここも二重構造だ。
二重構造としながら下腹部と接続し、重心点を下げる役割を持たせた。
結果、体感重量は最大で3割減少する。
10kgをオーバーしていても従来型の9kgより体感軽くなる事になる。
適切な重量配分と出来るようになるからである。
なお、このアウターハーネス自体は上下分離構造のため、この鎧は正確には4部位構成と言っていいかもしれない。
上半身と下半身部分で分離できるのだ。
ただ、アウターハーネスとして見た場合は1つの構造物なので3パーツと表現している。
どちらで解釈しようと構わない。
併せて腰や太ももを含めた下半身部分には、防御プレートを設けてある。
これもハーネスを介して肌に密着させるため、違和感を感じにくい状態で下半身を守る。
IOTVでは剣道用の防具にある前垂れのような構造物がフル装備状態で装着されるようになっていたが、これは普通に防弾繊維入りの重量物だ。
女性ならまだしも男性が重量物をブラブラさせて気持ちがいいわけがない。
いや、女性であったとしても不快な思いをするだろう。
そんなことはさせる気はないため、このような構造とした。
しかも重心バランスを整えるため、前後で下半身を覆うような状態となっている。
前後どちらも防弾防刃繊維入りである。
結果、下半身部位がある姿に近づいてきたのさ。
そう、当世具足だ。
当世具足の腰部分にある佩楯及び草摺では、従来の大鎧の頃のような正面と左右の三枚方式であることもあったが、一部の武将は左右開きの左右二枚式で太ももの動きに干渉しない構造としている事があった。
合戦において走り回る必要性から、大きな1枚形式であった大鎧から三枚に分離された胴丸へと変化すると同じく、さらに合理的な構造へと当世具足に進化を果たす際、正面の1枚が接触して不快感を生じさせるのでそうさせたのである。
当時の甲冑師達があれこれ試案した結果生まれた構造であり、別に似せようと思ったわけではないが、不思議なことに可動範囲と防御力の両立を求めた結果非常に似通った外観となったのだった。
偶然なのか必然なのか。
自分で設計した時に衝撃を覚えた事は今でも忘れる事は無い
そして、このアウターハーネスについては、ここからが重要だ。
"このアウターハーネスは戦術外骨格と互換性がある。"
つまり、この鎧は戦術外骨格を身に付けながら装着できるようになっているということだ。
というか逆なんだ。
元々、この鎧は戦術外骨格により最適化するために従来のボディーアーマーを再設計しようとしたことがきっかけで閃いたのである。
ゆえに、戦術外骨格の装着も前提とした構造になっていて当然なわけだ。
戦術外骨格のためのボディーアーマーを新たに作るとか改修させるとか別の専用構造物によって装着できるようにするとか、そういう不完全なものとはしていない。
戦術外骨格の装着を前提に、非装着時においても重量が相応にありながら従来の10kg程度のボディーアーマーより負担を減らせるものへと昇華させてあるのだ。
当然にして戦術外骨格を併用すればさらに身体能力は向上し最大限の効果を発揮するし、そうでなくても身体能力の低下は最小限となるよう配慮した設計というわけである。
さて、最後の部位となるアウター型のボディーアーマー本体だが、これはNUP内にてあの時の俺が開発したものと、今目の前にある完成品は若干形状が異なっている。
あの時のものはいわゆる皇国伝統の鎧でいえば腹巻とも呼ばれる簡易形式であり、いわゆるSPやPMCの指導教官などが身に着けるプレートキャリアにも近いような状態であったのだが、今お披露目している鎧には明確に鎖骨や首回り、そして肩にそれぞれ構成部品が追加されている。
これらは当世具足において「襟回し」「小鰭」そして「当世袖」と呼ばれた部分であり、皇国伝統の甲冑様式において最も高価で最も格式の高い当世具足が備えていた特長的、象徴的な構造なのであった。
それぞれ人体の動きに干渉しないよう配慮しているのだが、この構造について導入を進言したのは……今を生きる現代の甲冑師達であった――
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「お集まりいただいたのは他でもありません。こちらの鎧を是非ご覧になっていただきたく、皆様にお声掛けをしました次第です」
静かに覆われていた布を取り払うと、そこにはまだ"当世具足"となるには未完成であった甲冑の姿があった。
立ち姿で飾られた甲冑は、どこか皇国由来の鎧のような雰囲気を纏うものの、"具足"と述べるにはあまりにもかけ離れた意匠となっている。
「ううむ……むぅ」
「……はぁ……」
「ほう……見かけよく出来ておるようだが、これが何か?」
その日集まったのは30人ばかりの、全国に散らばるいぶし銀なかつて名を馳せた甲冑師であった。
その平均年齢75以上。
中には齢90を過ぎ、最後の合戦をこの目にした老練な者も含まれている。
多くの者はすでに自らの職は全うしたとばかりに隠居しており、残念ながら往年の輝きというようなものを感じ取ることは出来ない。
だが俺は、その目に最後の合戦の姿を焼き付けた者達であるからこそ、どうしても頼みたいことがあった。
願うことがあった。
叶う事なら……紡いでほしい。
受け継がせたい。
この狭き島国の大地において未来をかけて刃を片手に戦に投じた者達の全ての想いを、この甲冑の中に。
陸軍の前身となる組織が置き去りにしてしまった……本物の皇国の戦人のありようの全てを。
そうでないとこの鎧は完成しない。
画竜点睛。
最後の一筆が欲しい。
あの時、やり直す前の本来の未来にて自らが頭に描いたものを具現化したその時から、何かが足りないと感じていた最後の仕上げをやってもらいたかったのだ。
「願う事はたった1つ。この鎧はありとあらゆる銃弾を防ぎ、ありとあらゆる破片から守り、ありとあらゆる刃をものともしない正真正銘本物の甲冑。我が陸軍がかねてより追い求め、そして古来より戦に投じた者達が夢描いていた鎧そのもの……この鎧を"具足"にしてもらいたいのです」
頭を下げ、願いをこう。
彼らが怒りのような負の感情を心に秘めたまま沈黙を守っている様子なのは、ひしひしと感じ取れた。
「ほおぅ。面白い事を言いなさる。しかし軍人殿、貴殿はお若いご様子だが他ならぬ陸軍が武士の心を蔑ろにし、その結果西南にて戦すら生じた過去があるのを知らぬわけではあるまい? それが甲冑の最後の栄光であったことも合わせて」
「存じています。若輩者ではありますが語り継がれてはおりますので。しかし、あの西南戦争の最中、こちら側にも甲冑を身に着けていたものがいなかったわけではないというのも、この場にいらっしゃる皆様はご存じでいらっしゃるはず。なれば……」
元々、この国において鎧というのは実戦においてあまり良いイメージというのは無かったりする。
そこは神話の中で語り継がれている刀剣が極めて多いにも関わらず、対して鎧に関しては"唐皮"などごく少数に留まることからもわかりやすい。
最低限の防御力しかなく、それでもあるのと無いのでは大きく異なったので、とりあえず身に着けて戦わねばならぬというのが先人達の共通認識であったわけだ。
そして、その甲冑の現時点での最後の実戦参加が西南に起きて生じた戦であった。
俺の頭の中にはとある写真達が眠っている。
あの戦が終わった直後の写真達である。
甲冑を身に着けた者達が戦場となった現場を背景に記念写真を皆一様に撮影していたのだ。
それこそ中には敵対していた組織の中で甲冑を纏って馳せ参じた者と肩を組んで撮影しているものすらあるのだ。
彼らは勝とうが負けようが、それが最後であるということを認識していた。
従来の伝統形式の鎧では銃が基本となる戦場では役に立たないことは既に証明済み。
これより先は武士の領域にあらずとばかりに、最後の姿を後世に伝えようと記録を残そうと試みたのである。
確かに鎧という存在は一度死んだ。
それからまた1つの形を取り戻すまで100年近くの時間を必要とした。
間に合わなかった。
だから皇国の意思を受け継いだ技術者であるはずの俺は……違和感のあるものしか作れない。
ミームと呼ぶべきものを受け継ぐことができなかったから。
でも今ならまだ……ギリギリ間に合う。
あの頃を知っていて、最後の戦場に身を落とした者達の身に纏う鎧を作り上げた者が、何とか命を繋ぎとめている。
だからまだ、終わってない。
少なくともこちらの世界には。
「確かに我が軍は……皇国陸軍は、開国の折に西方の大国に負けぬためにありとあらゆるものを投げ捨てて邁進した頃もあります。しかし忘れ切ることなどできませんでした。その証拠が軍刀にあります」
「確かに最近サーベル状のものから従来の形状に回帰したとは聞いておるが」
「本来なら、戦闘に不利な形状です。ですが、有利とか不利などというのは関係無かった。戦場で命の危機に常に立たされる中、精神的支柱になるのはサーベルではなく刀です。だから回帰したんです。我々は刀を手放す事なんて出来なかったわけです」
回帰したのはわずか7年前。
わざわざ制式の形状を定めた上で改めて量産したわけだが……
数多くの者が望み、結果回帰することが許された。
軍刀はあくまで服装の一部としての何かでしかなく、しかも基本は私物という立場でしかなかったのだが……
それでも自分を含めて多くの者が手にし、機会があれば戦場に持ち込んだ。
「ならば纏う鎧もそうであるべきなんです。皆さんはご存じではないかもしれませんが……私物として持ち込まれる防弾甲冑は皆一様に伝統の様式美を備えたものとなっています」
「知っとるよ」
「え?」
「我々が作っとるんだそれを。継承した古の技法でもって金属板を縫い付けて……何とか形を似せてやろうと……な」
「そうだったんですか」
知らなかった。
わずかに残る写真で見つかる私物の防弾甲冑。
布や皮に金属プレートや板を縫い付けたような、それでいて皇国由来の甲冑に似せた何か。
それは彼ら甲冑師が仕立てていたのか。
「今じゃ中々に上手く再現できんが……のう」
「ならば私が誂えたものにも同じように息吹を吹き込んではもらえませんか」
「なぜそこまで拘る若いの。見たところよく出来ているではないか」
「ダメなんです。何かが足りない。思いを封じ込めたいのに何かが足りていない。違和感がある。戦場に着込んで行く兵たちが、かつての戦人の魂を手に取るように感じて前に突き進めるために必要な何かが……太陽の国と称された、皇国由来の何かが」
自分でも違和感の正体はわからない。
ずっとこの国で暮らし、文化も触れてきた。
だが、受け継ぐべき何かを受け継ぐことが出来なかったから、形だけ類似性があるだけで違和感の生じる不完全なものになってしまったのだ。
「……自分はこの国の土地、文化、そして歴史を好いています。それらを背負って戦うには、あの鎧では不足している。仮に身に纏って戦い、戦場で果てたとしても黄泉にて先人達からねぎらいの言葉を受け取ることはできないと、そう感じています。もしこのままあの鎧が制式採用となった場合、その流れがそのまま続くことになる。二度と取り戻せない甲冑という文化を捨て去ることになります」
「何をそこまで恐れる?」
「諦められないんです。この国を! この国の全てを! 失いたくない。そのために自分は……」
そこで言葉に詰まった。
口では言えぬ言葉を出しそうになり。
そして気づくと目頭から熱いものが流れている事に気づいた。
鎧とは本来、戦場で人の身を守るもの。
家の中に飾り付けて鑑賞する工芸品などではない。
今ここでそれを諦めると、1つの文化を失う。
戦場で身を守る、皇国由来の、伝統の甲冑という存在を。
すべてを諦めたくなかった。
刀だけではだめだ。
もう1つ、持ち込ませたいものがある。
精神的支柱なだけでなく、本当の意味で身を守ってくれる……
あの頃を戦った先人達が待ち望んだ正真正銘の、本物の甲冑というものを。
それがこの国に由来した存在でなければ……何かとても大切なものを失ってしまう。
「まさかこの国にまだおったとはのう。かような仁を心に掲げるような若いのが」
「懐かしゅうなったわい。どれ、みせてみんしゃい」
「長生きはしとうないのう。何を恨めば、何を憂うべきかわからんくなる」
一人また一人と立ち上がり、そして飾られた未完成の存在へと詰めかける。
不完全な何かに、自らに秘められた全てを押し込もうとするために。
そして月日を経るごとに鎧は少しずつ形を変え――
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――今まさに、ここに顕現した。
下半身のハーネスと一体化した太ももの防御部位をやや大柄にして佩楯及び草摺のイメージに近づけたり、やはりどうしても必要だということで袖などを設けてみたり……
結果、誰がどう見ても皇国由来の伝統的な甲冑の進化系だと一目見ただけでわかる意匠へと整ったのだ。
特に甲冑師達が気を使っていたのが、一部の者に否定的な感情を生まないよう特定の家系や特定の地域の構造的特徴としないように、それでいて皇国由来の伝統的様式を最大限再現しようとするようにすることだった。
全体構造の全てを未来の技術と照らし合わせ、ショットトラップなどが生じないようにしつつ機能性を保たせ……そして見事に完成品として成就させることに成功している。
あまりにも長き期間に渡って置き去りにしてきた何かは、拾われた。
これまで先人たちが紡いできた文化は……紡がれた。
完成した甲冑を試着した時、受け渡された何か……あるいは全てを受け取った感覚がはっきりと鎧から伝わってきた。
俺はそれを伝えなければいけない。
これまでの説明に加え、もっとも重要な甲冑部分を通して。
「ハーネスや肌着も重要ではありますが、やはり鎧こそが最も重要な部位。改めてこちらについても詳細を説明します」
不思議な感覚だった。
言葉を通して、周囲にも何かが伝わっている気配を感じる。
甲冑師は間違いなく、言葉で説明できない何かを鎧に封じ込むことに成功していたのだった――
【参考とした資料】
US8572762B2
US9603393B2
US9700122B2
ハーネス構造がわかる装着動画
https://youtu.be/_QAumOJ8bXk