第191話:航空技術者は朗報に湧く
「――おい、入るぞ――うおっ!?」
ピシャリという軽快感ある音の先にいたのは、恐らく技研内でも最も顔を合わせる男の姿であった。
男は室内の状況に唖然とし、一歩踏み入れることに躊躇している。
「なんだこりゃあ……足の踏み場もねえ……これが全部そうなのか?」
恐る恐る踏み入れた男は変わり果てた設計室の様子に唖然としていた。
「そうだ。夢の新素材の活用法だよ」
「まるで発明家だな信濃。よくここまで思いつく」
「まだ肝心の素材が手に入っていない。だから今後もっと増える」
「さっき廊下ですれ違った農林省の職員もその関係でか」
「ああ」
「最近はここが"航空技術研究所"だということを時折忘れそうになる。全く、誰のせいなんだか」
中山の愚痴を他所に、俺は目の前にある今朝用賀から届けられたばかりの製品の状況を見ていた。
会話に興じているほど暇ではなかったからである。
「ん?……もしかしてそりゃ絆創膏か?」
「さすがにNUPの世相に詳しいお前なら見ただけでわかるようだな。こいつはフィルム素材に例の新素材を使ってみたもので、すでに用賀では量産一歩手前まで来てるという。大変評判がいいそうだ。見てみたが悪くない。フィルム素材として活用できると提案してみて正解だった」
「国産なのか!?」
「そうだ」
皇歴2601年10月。
周囲の木々が色づき始めて秋真っ盛りな中、立川の技研においては今後の戦況を左右する新素材の活用法を練るために様々な分野で開発が進められ、その完成品が日夜届けられ、最近は専用の執務室となりつつある、技研内のとある小規模な設計室に持ち込まれる状況にあった。
理由は大量生産によるコストダウン。
ポリエチレンは比較的安価に生産できるものの、それでも用途が限定される状況下では単価が上がってしまう。
このため、ともかく単価を下げるために活用品の開発と量産は急務だった。
中でもボディーアーマーを製造する際に繊維と並んで大量に使用するフィルム系素材についてはとにかく値段を下げたい。
だからその生産用の器具の大量導入に伴う、他への応用を模索したいわけだ。
ゆえにフィルム素材を活用したナニカというものをとにかく各所に提案して今に至るわけである。
当然大量生産するにあたっては"大量消費"という需要が生じることも好ましい。
なので、今回の発明品は最も適した使用法と言えた。
絆創膏。
概念上の歴史はとても古く、さかのぼれば半世紀以上も昔になる。
しかし、未来のスタンダードとなる絆創膏の原型と言えるものは20年前にNUPより販売されて本来の未来における2度目の大戦でも大活躍し、その輪が世界中に広まっていって定着した。
ならば皇国は大幅に出遅れていたというとそうでもなく、NUPがその絆創膏を売り出す10年前に陸軍衛生材料廠がゴムに溶剤を塗り付けて貼り付けるタイプのゴム式絆創膏を開発し、さらにその15年後に溶剤を塗り付けずにそのまま貼り付けるタイプのゴム絆創膏を実用化し、陸軍では正式装備として配備されていた。
NUPの製品と陸軍開発のゴム絆創膏の違いは素材を除けばガーゼの有無程度であり、役割や使用法については変わらない。
しかも、未来を見てみると陸軍式のものは雑菌が入らないようきちんと事前処置できれば、より傷を早く治癒させるタイプの21世紀の絆創膏である湿潤療法用のものへと進化していったことを考えると、決して劣っていたわけではないわけである。
だが、湿潤療法において重要なのは消毒液を使わずとも雑菌が入らないようにするための措置であり、きちんと傷口を洗ったりなど処置しなければ逆に雑菌が入って取り返しのつかない事になりかねない。
当時の評価がNUP製のガーゼを用いたものと比較してそこまで高くなかった原因は、現場の衛生観念が医療者を除いて遅れていた事や、汚れをまともに洗えるような環境が戦場には無かった事などに起因している。
そうであれば潤沢に消毒液を使って傷口を消毒し、回復が多少遅れてでもスタンダード形式な絆創膏等を利用した方がより安全に治療できるのは間違いなかった。
だからレンドリース法で本家本元の製品と大量の消毒液が届く現状においては、どうしてもNUP製の絆創膏や、関連製品である粘着剤でもって肌に密着させる包帯などの方が評価が高くなってしまい、一連の製品について国産化をできないかと陸軍内ではかねてより研究を重ねてきたのである。
しかし彼らはNUPが主としてフィルム材として使用していた素材を見抜くことが出来ず、大苦戦していた。
当時……もとい現在絆創膏に使用されていたフィルム材はポリ塩化ビニルことPVCだ。
これがそのまま定着し、スタンダード化していく。
そのPVC自体はすでに皇国国内にも存在し、本年より量産が開始されているものなのだが……これを使っていることを見抜けず製品の開発が遅れていたのである。
PVCは良く伸びるしテンションをかけて貼り付ければ状況によっては止血も同時に行うこともできなくもない。(長時間の使用は厳禁)
ゆえに使いやすいのは間違いなく、従来より天然ゴムを使用していた皇国では天然ゴムで置き換えようとして上手く行かずにいたわけである。
俺はそこをポリエチレンに変更することを提案し、一連の技術情報を渡した。
未来を見据えた場合、環境問題等でPVCは主流ではなくなるわけだが、その代替素材として主流となったのが他でもないポリエチレンであった。
つまりPVCが主流となる前の段階で、未来の代替素材を主流化させてしまおうというのだ。
PVCはとても優れた素材ではあるが、今陸軍に必要なのはそちらではないので仕方ない。
結果的に完成した絆創膏自体は俺が知る代替素材による絆創膏とは遜色なく、陸軍衛生材料廠は試行錯誤の果てに複数のサイズを規格化して正式配備する予定であることを伝えてきていた。
実際に試作品として4つほどのサイズが製造されて今朝到着したばかりだが、直近にて作業中に負傷した者達に配ってみたところ大変評判がよく、これなら戦場でも評価されることだろう。
製造価格的には民生品としての販売も可能な状況でもあるため、これも積極的に行っていくつもりだ。
そんな代替素材となり未来において主流となるものを現時点で置き換えようとした製品は他にもあった。
「あー狭い……入るのがやっとだぞ。なあ、その邪魔なテントは何なんだ? 雨を防ぎながら航空機を整備するための仮設型の簡易格納庫の縮小版か何かか?」
「そういう使い方もあるかもしれないが……常設だ。それに軍用じゃない」
「軍用じゃない? しかも常設?」
「ああ。こいつは何と名付けようか、仮にフィルムハウスあるいはプラスチックハウスとでも言おうか? この中で農作物を育てるんだよ」
「なんだって!?」
「グリーンハウスと言えばお前にもわかりやすいか?」
「グリーンハウスって……これが? ガラスを置き換えるってのかよ……」
グリーンハウス……皇国語では"温室"。
人為的に温暖な空間を作り上げることで生育期間の短縮化や収穫時期をズラすことを試みる、ハウス栽培などと呼ばれるものについては、実際には紀元前の頃から行われていたとされる。
ただ、その頃はガラスすらまともに無い時代だったので石やレンガを駆使して光を取り込む構造であることが多く、主として太陽光が差し込む方角側に隙間を大きく設けて対応している今日のハウス栽培の概念とは異なるような構造体によるものであった。
そのうちガラスが見出されるようになると、一方方向だけ木枠にガラスを取り付けた温室が導入されはじめることになるが、いわゆる全区画においてガラス張りとし、透明なシェルターのようなものを用いて植物を生育する空間としての温室はおよそ100年前にアペニンあるいは王立国家で建造されたのが始まりとされる。
諸説あるのでどちらが早かったのかについて論じる気分にはならないのだが、俺が本来の未来においても施設として現存していたものが王立国家だったことは事実。
その頃、王立国家は国営の植物学会まで設立していて、いわゆる温室というのは2つの目的で建造された。
1つは貴族あるいは市民の観賞用のための植物園とし、もう1つが当時世界に勢力規模を広げていた王立国家が世界中から回収してきた植物の栽培・交配実験のための施設として。
それこそ自国の気象では根付きにくい果物などを育て、最終的に温室が無くとも自生できるように改良することなどが学会の目的だった。
これらのシェルターは産業革命によって発達した冶金技術を活用した金属フレームにガラス張りのものとなっており……まだビニールシートやフィルムを用いた温室は登場していない。
ついでに言うとこの手のガラス張りの温室は皇国内にも複数存在し、似たようなことはすでにやっていたりもする。
いわゆる未来の人間なら当たり前に目撃するであろう、ビニールシート等を用いた温室については、これまた同時期に世界中で導入されて普及されるためどこの国が最初かというのを主張するのは難しいが、そもそも本格的に農業に導入してハウス栽培をスタンダード化しようと考えたのはNUPであることはわかっている。
つまりビニールシートやフィルムを用いた温室というのは、農業を行う上でコストダウンを迫られた結果生まれたというわけだ。
それまで単なる実験施設程度でしか無かった透明なシェルターによる植物の栽培。
これを本格的な農業へと落とし込もうとしたのは、皇国と戦闘の最中、世界各国から食料の供給を求められたNUPだった。
NUPでは収穫量の安定化や、オートメーションによる、より人員の少ない状態での大量生産を目指そうとした結果、温室を見出すのである。
それどころか、いわゆる"温室水耕栽培"すらも発明し、その後はコストダウンを画策していくわけだ。
いわば温室栽培というのはNUPにとって国策だったわけである。
もともとNUPではワイン用のブドウなどを生育するカルフォルニアなどで不安定な気象状況となることが多々あったことから、高級品であることを逆手に一部の農家がガラス張りの温室を作って生産していた事例があったとされる。
NUPの農業関係者はそこに着目し、政府に大規模出資を促したわけだ。
世界各国における食糧危機を救うという大義名分のもと、政府もその出資に賛同した。
その結果各地でガラス張りの温室シェルターが多数建造され、非常に大規模なハウス栽培が行われる。
そして最終的にはオートメーション化を目指し、水耕栽培という1つの到達点にすら戦中に辿り着く事になる。
一連の試みはすでに数年前から始まっており……俺はこれをコストダウンした状態で皇国に導入したいわけである。
現状温室栽培などといっても油紙を用いたトンネル栽培が主ではある皇国だが、農林省はNUPでの状況を把握していたし、そもそもハウス栽培という概念については十分理解していた。
問題はコストだけだったのだ。
ゆえに話をしてみたところすんなりと通り、費用対効果の面を考慮しても実現可能性が高いことを理解してもらえてすぐさま計画が立案される事となった。
大変ありがたいことである。
例えば年間雨量が不安定で、度々台風被害に見舞われる沖縄や南九州を中心に重点的に導入できれば生産安定性が増すし、俺がやり直す頃なんてそこら中が温室だらけだった。
水資源確保のためのため池や井戸の整備、防風対策の防風林なども必要になるが、台風などによって度々発生する塩害への対抗策となるなど、現地の農耕にとって大きなアドバンテージとなりうる。
このままいけばポリエチレンを利用したプラスチックフィルムによるハウス栽培が大幅に前倒しになるかもしれない。
本来の未来において、かつて皇国と呼ばれた地域においては、ある時期を過ぎるまでPVCによるビニールシートを使用した温室栽培が盛んであった。
世界各国においても類似したようなハウス栽培が試みられており、出遅れんとばかりに導入していったわけである。
およそ20年後よりはじまる話だ。
だがこのPVC、適切な処理方法でないと環境汚染物質をばらまくため、次第に問題視されはじめるようになった。
最終的にかつて皇国と呼ばれた地では清掃工場の焼却炉を進化させて対応できるようになるのだが、世界各国で広まりつつある代替素材のフィルムにPVC以上にメリットが多いことから、次第に代替素材の利用が広がっていくことになる。
それが他でもないポリエチレンだった。
これ、実はポリエチレン系によるフィルムによる温室というのはPVCと同時期に登場していたりして、正確には代替素材というのは間違いである。
ポリエチレンフィルムによる温室というのはPVCと同時期から開発が始まり、販売も同時期だったのだ。
しかし世界中でもそのシェアが伸びるのはかなり後になってから。
理由は当時のポリエチレンは紫外線に極めて弱く、1年に1度張り替えなくてはならず、PVCより値段が高いのにPVCより耐久性が無かったために主流とはならなかったのである。 (一応、その後も安価な使い捨て用としてトンネル栽培用に1年に1回取り換える前提の製品が存在し続けることになるのだが)
だが、今から30年後に紫外線対策のための溶剤が開発された頃から着目されはじめ、2年、3年、4年……どんどんと改良され耐久性が向上すると共にランニングコストが逆転しはじめ、シェアが広がっていくことになる。
その頃には複合フィルムとなっていて、もともと3層~5層の多層構造となっていたが遮光やUVカットなど様々な効能を持つフィルムが登場し、栽培する農産品ごとに選択するようになっていた。
ただ、多くの場合は撥水仕様のものを使用しており、今回農林省を通して試そうとしているのもこのタイプ。
UVカットはその仕組みから一部のトマトなどの農産品に使えない事や、遮光も通年で使うタイプではなく、カーテンや遮光ネットを用いれば遮光自体は可能なので今後の製品開発に期待し、最も主流の5層式のものを運用する予定。
もちろんこれは紫外線対策用の溶剤を被膜として塗布したものとなる。
本製品の魅力は何といってもPVCと比較して軽い事と、丈夫で破けにくく、さらにスタンダード形式となったフィルムは伸びない特性を持っていること。
これが台風被害などにあえぐ皇国においては利点になった。
PVCは風の抵抗を受けると伸びてしまい、それが船の帆のような役割を果たして温室を倒壊させる危険性がある。(多くの場合は風に負けて破けるのだが、それはそれで内部の作物に甚大な被害をもたらすので良い状況とは言えない)
これは構造をどう見直してもなかなか対応しずらい。
一方でこの手のフィルム形式の温室は伸びないため、風の影響を受けにくい構造にすればより倒壊しにくくできる上で、重く設置費用等がかかるフレーム構造にする必要性がなくなるわけである。
軽くできるということは、その分、設置する土壌を選ばないし、最も重要なフレーム構造体のコストを下げることができる他、技術進歩が進めば素材も金属に拘る必要性が無くなってくる。
また、規格もより統一したものとできるということでもある。
そんな温室シェルターもといプラスチックハウスともいうべきものは、ある類似点を帯びていた。
「よく見てみろ中山。俺が農林省に提案したフィルム式温室だが……何かに似てると思わないか?」
「ん? おっ、これはまるで……帆布張りの航空機の胴体みたいだ! トラス構造か!」
「その通り、こういうシェルターともいうべき温室は応力外皮構造とはできない。よって古の航空機よろしくトラス構造だが……風の影響を受け流す必要性があるから、現代の流体力学と構造力学を駆使したものとなる。」
「つまり、現代の技術理解で木製帆布張りの航空機を作ってみたようなもんか……フレームは金属だが」
「というかそもそも、やろうと思えばこいつで飛ばせる。ちゃんと翼として作れば……モーターグライダーのような速度の出ない超軽量動力機となる他ないが」
「本当かよ!?……だとしても超軽量動力機なら我が軍には殆ど需要がなさそうだな」
確かにそうだ。
速度が出ない超軽量動力機の翼の外皮とするというならば需要は無いだろう。
だが――
「――確かに外皮として使うなら不足だが、すでに存在する外皮の上に貼り付けて継ぎ目や凹凸を無くし、さらに表面の摩擦係数を向上させるという意味でなら効果がある」
「熱に弱いというが大丈夫なのか?」
「今はまだそこまでの領域まで加速できない。大丈夫」
すでに重戦闘機用にも主力戦闘機用にも発注してあったが、これほど有用な素材もない。
速度がどれほど向上するかはさておき、少なくとも量産機の性能品質を均質化できうる。
整備性に関してはいささか悪化するきらいはあるが、そのために補修用粘着テープの発注もすでに行った。
今は地道にやれることをやるしかない。
「――ところで……何しにここに来たんだ?」
「そうだ! すっかり忘れてた! 朝方に第6研究所から報告があったんだった! なんだかよくわらんが、大津から送られてきた試製品を至急検証試験に処すので、その旨伝えてほしいと!」
「なんだって!? なんでもっと早く伝えてくれなかったんだ……」
「いやーすまんすまん。発明品だらけの設計室に気を取られた!」
「いや、すまない。どちらにせよ結果が出なければ意味が無いことだ。とにかく、ありがとう」
「随分機嫌がいいじゃないか。何の試験なんだ?」
「そのうちわかる」
別に隠すほどの事もないが、感情を素直に表現する男がどう反応するのか気になったので黙っておくことにした。
第6研究所に持ち込まれたということは量産はさておき、形にはなったということ。
あとは結果次第。
所定の数値が出るかどうかは……運命に身をゆだねるしかないか。
「ぎかんッ! ぎかぁーーーーん!」
「なんだ廊下が騒がしいぞ」
そうこうしているうちに廊下から足音と共に何か呼びつけるような声が響き渡る。
すると次の刹那、先ほど中山が閉めた設計室の扉がけたたましい音と共に開き――
「信濃技官! 結果が出ました!」
息を切らせた第6研究所の技研職員が現れたのだった。
「どうでした?」
「聞いてください。これ、こいつ! 凄まじい数値が出てますよ。同質量の鋼線の10倍近くの引っ張り強度がある! とんでもない繊維です!」
「なんだって!? そんな白くて細い糸がか? 鋼鉄ワイヤーの!?」
「そうです中山さん! 全くありえません、ありえないんですよ! こんな……こんなことって……非金属の繊維がこんなにも――!」
彼は試験結果をまとめたファイルをぶるぶると手を震わせて抱え込み、その恐ろしさを身をもって体現しようとする。
「でも現実存在して、国内で精製されたんですよ、その繊維は。見せてもらっていいですか?」
「え、ええ……」
職員より手渡された糸巻には、半透明の光沢感ある白い繊維が巻き付けられていた。
間違いない、本物だ。
欲しかった奴だ。
求めていた奴だ。
「――これで救われる。歩兵の命もパイロットの命も。危険からより遠ざけることが出来る」
「お前……一体それで何を作る気なんだ」
「ありとあらゆる…………防御手段だ」
状況が1つ変わったかもしれない。
これまでの皇国は、未来の知識を用いた、第三者から見ればセンスを活かした工夫とも言うべきもので何とか乗り切ってきた。
だがエポキシ樹脂の入手頃から急速に立ち位置が変わってきている。
これからは、一歩秀でた技術とその結晶でもって他者を圧倒する時代が来るのかもしれない。
こいつは紛れもない国産品。
大津の研究者が、渡した技術資料をもとに再現を試み……見事に誕生させた糸。
運命すらも手繰り寄せてくれるかもしれない……奇跡の産物にして、20世紀最強とも謳われた、超高分子量ポリエチレン繊維なんだ!
後に農ポリ、農POとして実用化されるポリエチレンフィルムを用いた温室栽培の実用化によって、戦後復員してきた者達は、その変わり果てた風景に「地元の畑が軍によって徴発され軍需工場か何かになっている!」――などと、勘違いする者が続出するのであった。
実態は農地のままであり、内部では温室栽培に適した夏野菜などが育てられている事に気づいたのは……地元の人間に指摘されてからである。
後の歴史の教科書にも載る事になる、復員者達が本土帰還を果たした際に受けたカルチャーショックの一事例であった。