第189話:航空技術者は新たな兵装をお披露目する(後編)
長いので分けました
「ではまず彼の身体能力がどれほどまでに底上げされたのか見ていきましょう」
合図を送ると軽装状態の装着者が一旦外骨格を脱ぐ。
自身で素早く脱げることをアピールしつつ、身体能力の変化を証明するためだ。
「まずは彼にバク宙してもらいます。どうなるでしょうか」
再び手で合図を送ると装着者の背後にマットが運び込まれる。
彼はマットに向けてバク宙をしようとすると……回転力不足によりうつ伏せとなるような状態でマットに倒れ込んだ。
「では装着した状態ではどうでしょうか」
失敗後、再び装着を促す。
素早い手順で装着した後、一旦装着状態を確認。
各部がきちんと固定されるかを確認した後、小声で「お願いします」と伝え、再びバク宙してもらう。
すると周囲の想像以上の跳躍力でもって見事にバク宙を成功させた。
「ご覧のとおりです。戦術外骨格はその性格から人が持つ重心点の高さを低くします。王立国家やNUP、果てや第三帝国やヤクチアすら理解する人間工学上の人の持つ弱点です。進化の途上にある我々人は一見して完璧なようでまだ完璧ではありません。この重心点の低下と身体能力の向上がこれまでバク宙を出来なかった彼にバク宙を可能とさせました。しかしこれでは先程は手を抜いてわざと失敗したように思うやもしれません……なので――」
合図を送ると技研の若い職員が何やら重そうなものを抱えて背後より現れる。
「この新型戦車用に開発された徹甲弾……20kgありますが、雷管を抜いて中に水を入れて重量を同等としたものを……背中に担いでもらい……一切の疑いの余地のないよう、もう一度バク宙をやってもらいます!」
まずは技研の職員に合図させ、それを弾頭を計りに乗せ、20kgが嘘偽りないことを証明する。
すると周囲から「嘘だろ……」「むりに決まっている」――といった声が漏れだした。
普通なら無謀どころではない。
だが、この日のために彼には数ヶ月に及ぶ装着しての訓練を行ってもらっていた。
だから……出来る。出来るのだ。
「まずは1本!」
職員より手渡された徹甲弾を所定の方法でもって背中にくくりつけ固定させ、完全に固定されたのを確認した後、再び合図を送ると……彼は見事にバク宙を成功させた。
「まさか皆様、1本で終わりだとか思っておりませんよね? まさかそんな。身体能力向上を証明する機会においてそんなことはあるわけがない。2本です。彼は2本ででもバク宙できます。40kgです。ご覧ください」
再び駆け寄り、若い技研の職員から新たな弾頭を受け取り、軽装状態の装着者にさらに1本を追加する形で背中に結びつける。
その間、彼は一切挙動を乱すことがなく、低重心の恩恵によってピタッと静止していた。
「ではやってもらいましょう! どうぞ!」
声で指示を行うと、流石に集中するため一旦無言となったまま静止した若き試験員は……
深呼吸した後、見事に宙を舞い――そしてマットに着地した。
先程よりかは跳躍力も低く、かなりギリギリの状態で体を丸め込んでのバク宙ではあったものの、約40kgほどを背負った状態でそのようなことが出来るようになっていたのだ。
ちなみに体感重量は足下を通して重量を逃していることから、およそ4割~最大8割に減少するため、本人は40kgも背負っている自覚が無い。
恐らく体感重量は10kg少々あるか無いか。
しかし周囲からすれば40kgもの大重量を背負っている状態からそのような動きをしているように感じられるわけなので……そこに超人が現れたように錯覚することだろう。
この様子にはギャラリーの者達も流石に目を丸くしていた。
「身体能力向上がいかほどか分かりづらいかもしれないので、もう1度だけバク宙をやってもらいます。ただ、今回は何も身につけません。また、特殊な方法にてやっていただきたいと思います」
先程の状態でほとんどの者は満足したであろう。
しかしまだ極一部が信じていない可能性がある。
ゆえに俺は、極々一部のアスリートが出来るかどうかなバク宙を披露することにした。
この日のために体操選手に声をかけ、協力を取り付けていたのである。
彼にあることをしてもらうために……
三度合図を送ると遠くから三人の青年が駆け込んでくる。
この日のために用意した軍属ではない人員であった。
体操が得意であり、バク宙なども出来る全国から集めてきたよりすぐりの人員であった。
万が一があるといけないための補助要員である。
失敗しかけた場合に頭から落ちるのを防ぐためであった。
「それでは特別なバク宙を披露してもらうと思います。」
補助要員である体操選手は事前の訓練通り、手早い作業で試験員の砲弾を外すと、所定の位置にて待機。
そして試験員は三度マットのもとへと向かうと、間髪入れずにバク宙を行った。
そこには、これまでの常識を吹き飛ばすようなバク宙を披露する軽装歩兵の姿があった。
2回転である。
一切の踏切台やトランポリン等、また慣性なども付けず、その者は体を丸め込んだ状態で2回転し、そして見事に着地した。
仮にバク転等を繰り返したり踏切台を使えば皇国でも優秀な体操選手ならば同じ事は出来るだろう。
しかし静止状態から2回転バク宙を出来る者がどれほどいるだろうか。
それを軍属の、これまで体操を行った経験もない者が出来るようになったのだ。
身体能力には自信があるといっても中々できることではないが、まさに平均的な運動能力の高い健康体の人間が、人の限界点の領域まで足を踏み入れることが出来るようになるわけである。
それも従来から想定された人の領域を越えた状態だ。
五輪に出場して一体何枚メダルが取れるのかというような超一流のアスリートのような人物の姿がそこにあった。
「後ほどお見せしますが、先程のバク宙は彼だけができる"特別な技"ではありません。戦術外骨格の試験のために各地より無作為に集めた人員は皆できるようになっております」
この言葉に周囲は完全に静まり返ってしまっていた。
そりゃそうだ。
たった1つの装備で超人の軍勢を作り上げてしまういうのだから、投げかける言葉が思いつかないのだろう。
時折「伊賀者か甲賀者を集めたのではないのか……」「いやいや……」といった、忍者を揶揄する話し声が聞こえたが、架空の忍者のイメージをそのままにする装備と思ってくれて構わない。
身体能力が劣る東亜人だからこそ、他を圧倒する身体能力はほしい。
だからこそ作ったのだ。
「では続きまして……金属鎧の重装の者達がどうなったかをお見せしましょう。まずは計量器を御覧ください。重量20kg。全身でこれほどありますが……これを身に着けてどうなるか」
きっとものすごく不気味はニヤケ顔をしているのだろうな……今の自分は。
関係ない。
こういう最新鋭装備っていうのは、その性能の高さが多少は引いてしまうぐらいが丁度いい。
その演出に一役買っているのであれば十分である。
――それからは称賛の嵐であった。
20kgの金属鎧を身に着けたものが未装着な者と全く同一な動きをして走り回ったり素早く匍匐前進したり、重装備のまま突撃を行ったり。
また、軽装の者も合わせて人を後ろに背負った状態で未装着な人間と戦場を想定した障害物のある区間を競争させてほとんど遜色ない機動力を見せつけたり……
さらに集団によるパフォーマンスも行い、身体能力向上具合を披露した。
ただし、長所だけでなく短所についても説明しておいた。
それは1tほどあるジープを人力で移動させた時の事である。
「む?」
「ん?」
「お!」
周囲が一瞬だがザワついたのを見逃さなかった。
「いま反応された方は気づいているようですね。そうです。本装備は運動力を回収しなければならないので……今のようにただ押しただけでは初動での車両の動きはほとんど変わりません」
もちろんこれは押し方に問題があって、腿上げの要領でその場で足踏みしたりなどすればエネルギーが回収されるので力が加わるため何も装着しない状態よりかは素早く動かせるのだが……
その時に押した者は緊張によって忘れており、いつも通りに押して運ぼうとしてしまったためにそうなったのである。
「――こういう場合、押すよりもロープやワイヤーなどを用いて引いたほうがどちらかといいかもしれません。押すよりも引く方がもがきますから」
戦術外骨格の弱点。
それはある程度体全体を動かさないと身体能力向上が果たせないこと。
パッシブ型の場合、ある程度装着しての訓練が必要になるのも効率的にエネルギーを回収するための動きをいきなり身につけるのは難しいからである。
ようは姿勢や走り方の矯正だけでなく、様々な動きも戦術外骨格装着時に対応したものを身に着けないといけないということだ。
例えば高台へとよじ登る際などにパッシブ型の戦術外骨格を宣伝する動画で足をばたつかせなが登っているが、これはふざけているのではなくエネルギー回収のために必要な行為だからである。
こういうことが出来ないと戦術外骨格は本来の性能を発揮せず、ただただ重いだけのスーツに過ぎない。
ゆえに日常生活等、体全体をあまり使わないような環境ではむしろあまり効果を発揮しないのだ。
いくら重心を下げたとて約8kgある重量物を身に着けているわけなので……
座ったりなんだりであまり動かない場合はむしろただのバラストを身体に巻きつけただけであり……思った以上にメリットは享受できない。
あくまで本装備は動き回る者のための補助器具なのである。
本来の未来においてそれに気づかなかった俺は寝込むほどに体力を消耗して初めてその弱点に気づいたが……まさに軍用として開発されていた戦術外骨格の片鱗を味わうことになった。
結局日常生活用途のためのスーツ開発は様々な理由により頓挫してしまったが、そういった試行錯誤は今、目の前でパフォーマンスを行っている試作型の戦術外骨格にフィードバックされている。
例えばスモウ社の戦術外骨格はその構造から一人一人の体格に合わせてパーツ構造を調整する必要性があり、基本専用品となっていることが弱点だった。
他の者が身につけるためにはパーツを組み替えるか、大幅な調整が必要となる。
生産性や整備性において難を抱えていたため、特殊部隊向けと言われていた。
しかし本来の未来においてヤクチアが開発しようとしていたものや、俺がNUP及びDARPAを通して開発しようとしていたもの、そして今皇国に実装された試作型は一部パーツをスーパーコンピューターの計算を用いて構造を簡略化したパーツを使うために大幅に冗長性が向上しており、パーツの組み替えもよほど体格が異なる場合を除いて不要な状態で様々な人間が身につけることが出来る。
調整こそ必要だが、それは身につけた後でやればいい程度。
体格に合わせて2つか3つほど複数のサイズを予め用意しておき、後は身につけた後で固定する際に調節すればいいぐらいに洗練されている。
当時のスーパーコンピューターによって人体工学を分析してより工業製品としての完成度が上がっている状態なわけだ。
実際には複雑な計算式のもとで構成されたパーツは、外観だけはとても単純でそうは見えない。
しかし複雑ゆえに計算式すらロクに知らぬ者では再現出来ないことだろう。
つまりこいつは、現時点では皇国だけが享受できる絶大なアドバンテージということ。
戦術外骨格を手に入れたうちの国だけが、最高峰の防御力を得ることが出来るということ。
そして……その防御力はすでに得た状態にすらなっていた。
「――さて、それでは皆様。今日最後のお披露目になります。もしかすると皆様の中にはすでに小耳に挟んだ方もいらっしゃるやもしれませんが……戦術外骨格は軽装状態で用いるものではなく、ましてや金属鎧でもって運用するものでもありません。金属鎧など、実戦では現代の銃弾に対応できるはずもございません。だからこそ技研は今日の日のためにご用意いたしました!」
大きく手を振り上げ、空に向かって指し示すと、しばらくした後でバラバラバラと不快な音が響いてくる。
ヘリコプターのローター音であった。
すぐさま高速で接近したヘリコプターはこちらのやや側方上空にて留まると、しばし空中で待機した後、ロープが投下される。
そして――空中から降りてきた者達に観覧席の者達は言葉を失っていた。
そこには迷彩柄を施された、俺からすれば別に何の違和感も無い……彼らからすればこれまで見たことがない重装備を纏った歩兵が見事なラペリング降下を披露し、着地する。
着地した彼らは同じく迷彩柄に塗装され衣服類に馴染んでしまって殆どわからないが戦術外骨格を身に着けており、高い機動力でもって集合し、所定の場所にて整列した。
装備類も全て一新された彼らは、もはやタイムマシンでもって未来から軍勢を連れてきたような状態である。
「これが初めてのご報告と相成ります。上層部で現在協議進行中の新鋭戦闘装備一式。試製戦闘装具……あるいは戦闘鎧……稲垣大将は本装備を試製当世具足と申されておりますが、こちら、鉄帽改め防弾兜と名付けられた試作品、そして胴体の防弾ジャケットは防弾板の装着状況にもよりますが、現時点で存在する小銃弾を防ぎ……貫通を許しません」
この日こそが皇国の歩兵の真の転換点となった日である。
俺は見つけられなかったものを見つけることに成功した。
作り上げることにも。
それは12.7mmを防ぐまでには至らなかったが、重量約10kg少々にして7mmクラスの小銃弾を防ぐことが出来る防弾装備である。
量産可能で、それでいて半世紀以上先の性能を誇るソレを……密かに作り上げ……そして戦術外骨格と組み合わせての訓練も特戦隊を通して行っていた。
確かに遅かったかもしれないが、間に合わなかったわけでもない。
負けないために。
戦場で生き残り、真の意味で負けないために。
やるべきことはやった。
「――では説明しましょう――こちらはー――」
やり切ったからこそ、見てもらう。
一度きりの機会を絶対に逃したくなかった男が、二度と祖国を失いたくないともがいてもがいてそれで手にした力を。
人の領域を越えた動きを可能とした戦術外骨格を身に着けた者達が、どんな姿へと変貌したのかを――
補足:現実世界でも空中2回転のバク宙を行える人達がいます。
参考:https://youtu.be/7KMj35rFWlI