第187話:航空技術者は歩兵装備の要となる第二の骨格を生み出そうとする
皇歴2601年9月上旬。
この所、俺はずっと焦っていたことがあった。
例の歩兵装備の件である。
とにかく調べさせても代替となる素材が見つからない。
というか……陸軍の者達は一部の技術者を除いて新素材に対して疎すぎる。
新世代の素材への嫌悪感というか、保守的な思想が強すぎるんだ。
拒絶的な強い先入観がある。
だから調べるといっても固定観念でもって調べるから、どうでもいい合金の情報などしか回してこなかった。
合金類やその加工方法についての情報を共有されたって、こっちの方が把握している。
それが将来性あるかどうか、そもそも現在の皇国で適切に扱えるかどうかは……未来を知っているからな……
だから化学繊維とかそっち系の話を聞きたいというのに……まだナイロンがようやく入ってきた程度の現状では、全くその手の新素材について情報収集することができていなかった。
こちらが何度も問いかけてもダメなのだ。
やはり自分自身で調べるしかないのか……
しかし全国巡業なんてとても今の状態ではできない。
開発している兵器を遅滞させるわけにはいかないからな。
ここは発想を転換させる時期に入ってきたかもしれない。
今向いている視点を変えるんだ。
前に進まなければ見えてくるものも見えてこない。
主力戦車の自動照準補正だって戦車開発で前に進み続けた結果辿り着いた答えなのだ。
まずは別の道を探す。
王道を外れない形で。
――その後、結局、あれこれ試案するもののその日は普段の業務しかこなせず、歩兵装備については何ら成果を示せないまま立川の基地を後にするのだった。
◇
「おや? ここは……」
気づくと不思議な空間にいた。
うす暗く、耳鳴りがするほど静かな空間にいるようだった。
夜明け前、あるいは日没からしばらくした程度の時間帯にいるような……そんな気がする雰囲気が周囲を漂っている。
なぜかやたらと体が重い。
ふと己の手を見るとシワだらけで細く、今にも朽ち果ててしまいそうな状態に戦慄する。
おかしいな……自分は2597年に戻って4年過ごして……それで新兵器を開発しながら未来を変えようと奮闘していのではなかったか?
これはまるで……あの頃の……あきらめかけていた頃の私ではないか。
すべては夢だったのか。
「うっ」
突如、強い光に照らされ、周囲が明るくなる。
光の正体は太陽のようであった。
見渡すと廃墟に佇む自分がいる。
この道路、見覚えがある。
……間違いない。
やり直す直前で過ごした、あの街だ。
だがなぜここまで見るも無残な状態に……
「――こっちだ! 来るぞ!」
突然の大声に振り返ると、そこには見慣れた装備の兵士の姿があった。
王立国家か、共和国か。
そちらの系統の装備であるのは間違いない。
手に携えているのは5.56mm仕様なのでHK416のようだ。
兵士達はこちらの姿に気にするそぶりを見せない。
まるで己が幽霊か何かになったような気分であった。
すれ違いざまに通り過ぎる兵士の肩に触れることができたが、彼らは完全にこちらを無視して突き進んでいく。
間違いなく私が最後にいた場所は戦場となっているのは間違いない。
もしやこれは……やり直す前の世界の未来の姿?
何かの原因でやり直した世界で息を引き取ってしまい、こちらに引き戻されてしまったか。
そうだとするなら……とうとう恐れていた事態に発展したことになる。
ヤクチアが再び南下してきたということだろう。
彼らが内紛のようにユーグ内で互いに争うわけがない。
飲まれたんだ。
俺がやり直す直前、すでにサモエドなどが再びヤクチアの手によって陥落する未来は見えていた。
彼らは国境線沿いに向けていつでも部隊を展開できるよう軍備を整えており……
10年程度で侵攻してくるという分析はNUPも立てていたほど。
だからこそNUPも最新鋭装備の開発に精力を注いでいたのだが……
間違いなく歩兵装備の進化はヤクチアの方が早かったと記憶している。
今周囲にいる兵士達の装備は既存の装備を少々改良した程度。
思ったほどの進化は果たしてない。
これでは恐らく、ヤクチアの最新鋭装備に勝てまい。
――ふとそんなことを考えていると、予感は当たる。
聞こえてくる銃声。
倒れる兵士達。
敵側はスモークグレネードを投げると、その状態でありながら正確無比な射撃でユーグ側の制圧をいともたやすく行っていた。
姿勢を低くして身を隠す彼らのわずかにはみ出した部分を狙い撃ちし、次々に対象を処理していく。
そして次の瞬間煙の中から現れた集団は……
電子装備を満載したバイザー付きのヘルメットを装着しており、いかにも重装といえる容姿の状態で姿を現した。
「なんだあれは……」
その姿を見て即座に悪寒が全身をほとばしる。
彼らが所有する銃はどこかで見たことがある。
AEK-971にそっくりだ。
だが、レシーバー等、全体はポリマーフレーム化されており、明らかに全体的に改良を施されている姿が確認できる。
外観はAKの特徴を保ってはいるものの、その射撃レートも明らかにAKを大きく凌駕している。
「バカな……AEK-971の完成系だと……」
トカチョフ不在の状況でどうやって……
しかも、彼らはAEK-971を否定していたはずだ。
奴らに改良を施す地盤なんてなかったはず。
トカチョフはこちら側にわたってくる際、可能な限り資料を処分していた。
そもそもあの機構はトカチョフ以外の者は扱いきれないほど特殊。
トカチョフの事実上の弟子と言えなくもない私ですら扱いきれてるかわからない代物。
AN-94と同じく、開発者がいなくなってしまうとどうしようもなくなってしまう小銃であったはず。
どうすれば改良できるというんだ。
だがやったのは間違いない。
事実、一人や二人が所有する限定的な装備ではなく誰もが所有する正式装備となっているのだから。
射撃する様子は完全にAEK-971やJARと同じだ。
およそ常識的な7.62mm×39の射撃風景ではない。
高い精度によって射出された弾頭は、非常に安定した弾道でもって対象を射貫いている。
これでは従来のボディーアーマーも役に立たないだろうな……
射撃しているのは間違いなく貫通力を高めた弾頭とした強装弾だ。
ユーグの者達は装備の更新をまともにしてなかったのか。
その装備では勝てん。
相手は恐らく――
「――うぬっ!?」
突如響いた大きな銃声におののき、姿勢を崩す。
遠くから対物ライフルによって狙撃が試みられたようだったが、街中での狙撃によりその音は老体には堪えるほどの反響音となっていた。
次の刹那、鈍い音が射撃音とは反対方向に響き、そちら側へと再び顔を向ける。
そこには胸を射貫かれたヤクチアの兵士とみられる者が地面に横たわった姿があった。
しかし様子がおかしい。
仮に死亡したならば痙攣等起こし、もっと不気味な姿を周囲に晒す。
その者はまるで衝撃に耐えられず姿勢を崩しただけのようであった。
すぐさま仲間のヤクチア兵が駆け寄っていく。
するとどうだろう……駆け寄った仲間が手を差し出すと……倒れた者はその手を握りしめ、再び即座に立ち上がったではないか。
「なんてこった……やはり完成していたか……」
ウラジミールがその姿を見ていたらさぞ高笑いしたことだろう。
噂の通りである。
奴らは完成させていた。
12.7mmを防ぐことができるボディーアーマーを。
それを皇歴2690年までに配備するとしていたが、すでに配備することに成功していたらしい。
21世紀の相次ぐブレークスルーによって進化した複合素材は、俺がやり直す頃にはすでに12.7mmをも防ぐことが可能なところまで道筋が見えていた。
あとは重量面の問題だけ。
当時ヤクチアが実験的に投入した12.7mmを防ぐボディーアーマーの装備重量は15kg。
とてもではないが扱えるものではなかった。
だが2690年までに13kg未満として正式装備を行うように向けて改良が続けられていたのだ。
12.7mmという指標は非常に重要だった。
戦車が装備している対人用火気類の殆どは12.7mm。
そして先ほど狙撃していた西側の者達が使用する対物ライフルも同じ系統の12.7mm。
これを防ぐことができれば、もはや歩兵が恐怖するのは20mm機関銃あるいは機関砲と呼ばれる類のみ。
ちょっとやそっとの爆発物だってものともしない。
もはやSF小説の近未来の歩兵そのものとなることが可能。
だがそうなるためには、確か……ん?
その時、瞬間的に本能のようなものが自らの体に危険を知らせたのがはっきりとわかった。
思考を一時的に中断させるには十分な知らせ。
先ほどまでユーグと交戦していたヤクチア兵の一人が、こちらに視線を向けている。
……見えているのか? こちらが。
どうやらその予感は当たったらしく。
その者はこちらに銃を向ける。
不思議と恐怖は感じない。
それよりも俺は、その姿を強く目に焼き付けようと必死だった。
なんとなくだが、この者は恐らく、知られてはいけない事実を知ってしまったことに恐怖を抱いている様子である気がした。
やや躊躇しているきらいがある。
だから俺は、相手側が持つ常識を凌駕した異常とも言える戦闘力の理由を、しっかりと認識しようと努め……
そして正確な射撃でもって見事に頭部を撃たれ……地面に倒れこんだ――
◇
「――だあぁッ!!!」
地面に倒れた瞬間の衝撃によって目が覚める。
息が非常に荒くなり、過呼吸ともいえるような状態の自分を抑え込むため深呼吸しつつ、しばらくして研ぎ澄まされていく思考に武者震いした。
「はは、ははははは……アハハハハ!」
まだ日の出前だというのに、一人布団から上半身を起こした状態で笑ってしまう。
撃たれる直前、俺は奴らの下半身にある、"あるモノ"の存在に気付いていた。
そしてすべてを思い出し、すべてを理解するに至る。
奴らがその戦闘力を獲得するに至った秘密を。
ボディーアーマーの重量が10kgを超えたら、まともに扱えない。
普通ならそうだ。
だが奴らはある装備の実用化によって重量を克服した。
そして手に入れたんだ。
12.7mmを防ぐ防御力を持つ重装歩兵というものを。
すっかりその存在を忘れていた。
やり直した直後にまとめた最新技術の資料にはしっかり記録して金庫にしまっていたのに。
あれがあれば、素材としての性能が不足していて多少重量が増えたとて、乗り越えられる。
仮になんとか代替となる素材が見つかれば、俺が見た未来の世界のヤクチア兵が出てきても相応に対抗できるような状態を、皇国の兵達に施すことができる。
12.7mmなんて無茶せずとも7.62mmや7.92mmに耐えられる状態なら現状でも十分。
そう思うといてもたってもいられなくなり……まだ深夜というべき時間帯なのにも関わらず、着替えて立川に向かう自分の姿があった。
◇
「技官。なんですかこれは!?」
「歩行用の補助器具……あるいは?」
「軽度の後遺症を負った兵士のための器具かなにかですか?」
周囲の者はまるで状況を理解できている様子がなかった。
当たり前である。
現時点で、誰一人としてそんな発想は抱いていない。
さすがに今回ばかりは"信濃忠清渾身の失敗作"と決めつけるような空気があたりを漂っている。
冗談じゃない。
これこそ、流体力学を活用したとてつもない発明だというのに。
航空技術者である前に、俺は流体力学系技術者でもある。
だからそれを人に還元することだって、可能だ。
今からそれを証明しよう。
「これは外骨格です。正確には流体組成人工筋肉と外骨格による、人の第二の骨格です。私はこれを戦術外骨格と個人的に呼んでいます」
「戦術外骨格……?」
「外骨格という割には、およそ甲殻類などの外骨格を持つ生物のイメージはないような感じですが……どちらかといえば人体の外側に人の骨格をさらに追加して操り人形のような状態にしているような……?」
さすがにSF小説でもそのような話が全くない時代のため、あまりの先進性に理解が追い付いていない。
何しろ今現在存在するNUPのコミックのヒーローですらそんな装備の者はいないんだ。
「みなさんは人体についてどれほど認識しておられます? 例えば、歩行時において実は人は無駄にエネルギーを消費している部位があるって話、ご存じだったりしませんか?」
「確か第三帝国の医学者や王立国家の医学者がそのような論文を発表していたような……」
「理論は単純なんですよこれは。だから無駄なエネルギーを回収して、必要となる部位に還元する。まさに排気タービンと着眼点が類似する、運動エネルギーの再生回収機構なんです」
「運動エネルギーの……再生?」
「そうです。エネルギーを液体の循環として回収、それを別の部位において運動エネルギーとして再利用。そうすることで人はこれまで常識的でなかった重装備でもこれまでの身軽な状態と同じように身動きを行うことが出来、疲労の蓄積を大幅に緩和することができる」
「人工筋肉って、ロボットやアンドロイドと呼ばれる存在が登場する架空創作物においては太いゴムのような状態で解説されているのに……チューブと液体でなんですか?」
いい着眼点だ。
確かに、これから半世紀以上にわたって人工筋肉なんてものは本当に筋肉を模倣しただけの何かとして成立させようと研究が繰り返される。
しかしその常識が進化を阻害させたのだ。
「私はあくまで流体力学系技術者ですから、そのような人工筋肉がどうやって実現できるのか想像もできません。かといってそのような先入観に囚われるつもりもない。小説家達の空想に惹かれて発想を封じ込めるような事はしません。筋肉が我々の体内にあるのと同じくゴムのような伸び縮みする繊維状の何かだったとして、それを人工物に置き換える際に同じような構造にする必要性がありますか?」
「た、たしかに……水用のポンプだからって、空気の圧力や体内構造物の圧縮によって押し出すみたいな生物と同じ仕組みをする必要はなく、スクリューとかタービンのようにしてしまうという方法はあってしかるべきとは思いますけど……」
「でしょう? 心臓なんて膨張と収縮で血液を全身に送ってるわけですけど、では人工心臓も同じようにすべきですか? 恐らくそんなものが誕生しても普通に相応の機構で疑似的に再現するだけで、完全に同一の方法で試みることはしないでしょう。できないなら代替する。ようは仕組みが違っても同じ働きができればいいわけですよ」
「なるほど。確かにおっしゃる通りです。空を飛ぶのに我々は翼でもって羽ばたいているわけじゃありませんもんね」
「その通りです。本日技研の技師である皆様にお集まりいただいたのも、本戦術外骨格ほど流体力学が必要な装備はないからです。開発にはみなさまのご協力が必要不可欠。人体工学の世界に流体力学がいかに貢献できるかを本装備で示したい。すべての学問は相互に繋がっています。それを我々で証明しませんか?」
ようやくいつもの空気に戻ってくる。
奇怪なものを見る眼つきでもって黒板に張り出された設計図を捉えていた技研の技術者達は、それが"世紀の大発明"であることに気づきかけていた。
そうだよ。
この装備は、発展に次ぐ発展によって発想が原点に戻り……
結果、現代でもその性能を発揮できる代物として誕生させることが可能なぐらいに簡略化することに成功した代物。
その発想は無かった発明でありながら、正式装備となるまでに1世紀以上の月日を必要とし、俺がやり直す直前ですらまだ試験運用段階ででしかなかったが……
間違いなく次の時代、それこそ2世紀先の兵士が標準装備化する代物なんだ。
今回ばかりは躊躇できない。
皇国のことだから、このまま行くとこの装備を実現化するにあたり迷走した波にのまれて開発が大幅に遅れる可能性がある。
そうなった時、仮に此度の戦でヤクチアを倒し切れていなかったらどうなる?
俺が夢で見た地域がユーグではなく皇国に切り替わるだけだ。
俺がその時にもがこうとしたって90を過ぎているか、すでにこの世にいない。
そんなことなら、今開発してしまって俺が棺桶に両足突っ込んで後は眠りにつくだけの時に、すでにヤクチアどころか世界の多くの国が標準装備化させてしまうような状況となってしまっていたほうがいい。
これは間違いなくエゴだが、俺の最終的な目的は皇国の存続なんだ。
そのためだけに戻ってきているようなものなのに、100年先の技術を先行投入した影響まですべてにおいて計算して考慮してはいられない。
歩兵だって抑止力になれる。
未来の計算式と人体構造について把握し、装備開発にも直接関わった俺なら……
2610年代において人を超えた人を誕生させることだってできる。
まずはここからだ。
ここから歩兵装備を一新していくぞ。