第186話:航空技術者は過程を飛ばして乗用型高速ロータリー式田植え機を示す(後編1)
長いので分けます。
さて、まず車体そのものにおける動力部についてだが……
こちらは当然にして心臓部に2ストロークの150ccの単気筒ガソリンエンジンを採用。
定格7馬力仕様とし、安定した出力でもって動力及び田植機のロータリー出力を行う。
スロットル調整が可能で最大馬力は9馬力となっている。
そしてここからが他の農機と異なる点だが……本機は4WD仕様だ。
理由は単純。
二輪駆動では俺が知る田植機の標準形だと推進力が足りない。
ホイールのリム幅を増やさねばならず、そうすると田植え作業において大きな支障を及ぼす。
植えた稲が倒れたりしかねない。
枕地ならしを行うロータリーを別途設けるという方法もあるにはあるものの……
幅広タイヤで大きな爪痕を残すと雑草が生い茂る原因となるし、苗が適切に植えられないリスクも増大させる。(なお、一般的に増大した車重によって推進力不足となりがちな大型機の場合は、ホイールの数を増やすことで調節していたりする)
ホイールが大きくなればなるほどバネ下重量が増大しかねない。
万が一のスタックを考慮すると一連の悪循環は避けたい。
ゆえに四輪駆動だ。
しかし皇国の現用技術では4WDの採用は極めて困難を伴う。
例えば四輪駆動車といえば九五式小型自動車など例はあるが、あちらは厳しい路面等で緊急時に使うことを想定していて通常時は二輪駆動。
そもそも世界へ目を向けても、まともな四輪駆動車両なんて作れる国はそう多くないのが現実だ。
では、どうしたのかというと……なんてことはない。
NUPが国内外問わず供給している汎用品を使うのだ。
ただし、そのまま使うわけではない。
俺が知る、やり直す頃直前の田植機の構造を可能な限り再現する。
つまりは一般的な3リンク式のリジットアクスル式の四輪駆動ではないということだ。
まず前輪側だが、こちらはポータルアクスルとなっている。
アクスルハウジングから垂直に真下に伸びたポータルアクスルにより、沈み込んだ際にフロントアクスルが抵抗となってスタックしたり、スタック状態がより悪化したりしないようにするための措置だ。
本来の未来における史上初の田植機においても、この構造は当初より採用していた。
ポータルアクスルというのは、ベベルギアなどを用いて駆動軸とホイールの中心軸を離す構造である。
ギアボックスを介してホイール配置を変更しているわけだ。
これが無いとホイールの中心にフロントアクスルが配置されるため、実質的な最低地上高が低くなる。
通常であればタイヤによって障害物を乗り越えられるが、左右のタイヤの間にタイヤが触れない程度の幅の障害物が接近した場合などに打ち付けてしまうのだが……
ポータルアクスルは車軸をより上部にオフセットすることで実質的な最低地上高をボディと同等に近づけることが出来る機構だ。
例えば一般的な四輪自動車の場合、NUPのモンスタートラックや、超高級クロスカントリー車両、ラリー競技車両等、過酷な環境の中において走破性における絶対性能を確保したい場合などに搭載させる。
当然軍用車両においても例外ではない。
バネ下重量の増大や部品点数の増加、整備性の悪化等のデメリットがあるため、限られた車両にしか搭載されないのが通常である。
しかしながら田植機というのは、とにかく水田の泥の影響を避けなければならないため、まるで水中翼船のごとく車輪だけを泥と接触させるようにするために標準仕様となっている。
とにかく乗用型において例外というのを見たことがない。
それぐらい当たり前の機構なのである。
ゆえに踏襲しない理由は見つからなかった。
内部構造としては、車軸にギアを設け、これにシャフトとベベルギアを組み合わせて車軸下等に駆動力を移設する。
ギア、シャフト、ベベルギアも当然NUPの汎用品を使用。
こうすることで従来より持つ高い耐久性をそのままに実質的な車高を底上げすることが可能となった。
なお、前輪側については車体を構成するメインフレームには、この手の車両の基本形とも言えるラテラルロッドを備えた3リンク式のサスペンションを採用。
コイルサスペンションでもってフロント側のアクスルハウジングを支える。
基本的には当時のNUPの汎用品をそのままにポータルアクスルとしただけと言って差し支えない。
あまり複雑な構造としすぎると生産性に影響が及ぶからな……
しかし、後輪側は相当なまでに調整させてもらった。
こちらもポータルアクスルだが、かなり状況が異なっている。
……これは相当に先の時代の構造を文字通り先取りしたものだ。
本来の未来における史上初の乗用型田植機は、前輪をリジット式のポータルアクスルとしつつも、後輪については長いドライブシャフトの製造コストが尋常ではなかったのでチェーンドライブのスイングアーム方式とし、短いドライブシャフトでもって前輪側と協調させるという、非常に特殊で他に例がないような四輪駆動形式としていた。
つまりは、ドライブシャフト側から与えられた出力を減速ギアで減速させつつチェーン駆動でもって前輪と同期させたのだ。
当時ともなると流石に今と違って長いドライブシャフトの製造も不可能ではなかったものの、それでも大量生産は未だ難しく、農機などの小型車両向けの耐久性の求められる機械類に対する長いドライブシャフトの採用は、製造コスト等を鑑みるとまだまだ難しかったがための措置である。
ここからはメーカーによって処理が異なるが、あるメーカーは左右の後輪を独立させた独立懸架とし、あるメーカーは一見して2つに見えるスイングアームが実は一体化構造となっていて、1つのスイングアームで後輪を駆動させた。(ドライブチェーンは2つあり、後輪の駆動自体は独立している)
こんなことが出来るのも最高速度がさして速くなく、そして運用する主要な場所が水田という駆動軸に負荷がかかりにくい場所であったがゆえ。
それでも200kgを超える車体をチェーン駆動させるには耐久性が不足しており、チェーンが伸びてしまうことで生じさせる前進時におけるガクンガクンとした不規則かつ不快なショックは植苗に影響を及ぼした。
この矯正のため頻繁なチェーン調整等の整備を必要とするので整備性も悪かった。
よってしばらくすると後輪側も前輪と同様の機構となり、HSTが実用化されると前輪と後輪の車軸が独立化してドライブシャフトが消滅していく事になるわけだが……
今回はその、HSTが実用化される直前のドライブシャフトが存在した頃の構造を踏襲する。
まず後輪側のポータルアクスルだが、こちらはまるでスイングアームのごとき後方斜め下へ向かって伸ばしている。
この部分はリジットである。
つまりスイングアームのように稼働するわけではない。
こうした理由はとにかくドライブシャフトの長さを短くしつつも、ホイールベースは稼ぎたかったため。
多くの田植機がそうであったように、同じように調節する。
その上でラテラルロッドを装備させ、リアアクスルハウジング後部とメインフレームを接続。
まるでラリー車両のようになっている。
そこにさらにリアアクスルハウジング前部にはメインフレームと接続する左右一対のアッパーリンクとロアーリンクをそれぞれ4本。
ラテラルロッドと合わせて5つのリンクをフレームと接続させた、いわゆる5リンクリジット式を採用。
リアアクスルハウジングにはこれとは別にコイルサスペンションを2つ装備している。
これによって路面から受ける衝撃を吸収して大幅に緩和し、車体後部の揺れを極限にまで最小限化し、植苗作業に影響を及ぼさないようにしようとしているわけである。
後部構造はそれこそ未来のラリー車両かとも言わんばかりの状態だ。
完全に競技車両のソレだ。
車体全体を見渡すと、ポータルアクスルを除けばサスペンション構造は未来の高級クロスカントリー車両でも標準的な前輪3リンク、後輪5リンクの状態となっている。
なお前輪側が3リンクとなっているのは操舵に影響を及ぼすため。
衝撃を吸収する力を高めすぎると、カーブ時などでは却って挙動が不安定化してピーキーな操作性となり、ハンドル操作がシビアとなるので特殊車両でも無い限り基本的に5リンク状態とする事は無いし、未来の田植機も同様の構造でもあるので採用していない。
ここまでした理由は1つ。
車両後端に取り付けられる植付装置及びロータリー機構の精度に不安があったからである。
精密稼働が必要なロータリー機構が半世紀以上も後の時代と同じ精度で稼働するわけがない。
精度自体は突き詰めればかなりの領域まで出せるかもしれないが、それでは生産性が担保できない。
ならば、車体後部側の揺れをとにかく防いで稼働精度の低さを補おうっていう魂胆だ。
一連のものは彼の有名なジープや軍用トラックなどにも使われている部品なので、極めて信頼性が高く優れた実績がある。
本当は国産で挑みたい所だが、本機はとにかく早期に実用化して国内に流通させる必要性がある。
理想を追い求めて夢を見るような真似は出来ない。
なので、まともな四輪駆動車両を作れる数少ない国家であるNUPが、年間90万台分もある生産力でもってトラック等のために供給しているパーツをレンドリース法を適用して仕入れる事にしたわけである。
本来の未来ではヤクチアに向かった部品をこちらに回してもらうということだ。
もちろん、国産を否定しているわけではない。
樋田や恩田などの各自動車メーカーにはライセンス生産が可能かどうか模索している。
特に樋田に関してはかなりのやる気を見せており、生産量こそ不透明だが供給できる可能性がある。
よって東海地方の自動車メーカー達に期待の眼差しを向けつつ、現実路線で歩むこととした。
その一歩はすでに踏み出してさえもいるのだ……
「――実は私のすぐ横に並んでいる内の1台は、単なる原寸大模型ではないんですよ」
「えっ!?」
「まさか動くんですか!」
「ええ。汎用品は取り寄せるのが楽なので既に1台組んでます。宗一郎氏の所にお願いしてやってもらいました。どうぞご覧ください」
合図を送るとすぐさま農林省の職員が駆け寄り、リコイルスターター方式でもってエンジンを始動させる。
1発始動したソレに職員が乗り込むと、そのまま周辺を移動し始めた。
「スムーズだ……!」
「そりゃねえ。伊達にワシの所はレース車両作ったりしとりませんから。発動機さえなんとかなりゃ、後は駆動部さえしっかりしてれば乗り物にはなりますわなあ。まあシフトチェンジも出来ん代物ではありますが……よう動くでしょ?」
「うぅむ……恩田技研というのか……名前を覚えておく必要性がありそうだ」
時速10km/h程度ではあったものの、原寸大の置物と勘違いされた四輪駆動車両は、そのパワフルさを遺憾なく見せつける。
田植えのための一連の機器を模したモックアップを車体の真後ろに懸架する形で。
その姿に宗一郎は自らの仕事の出来に胸を張っており、周囲の者たちはそんな彼の姿を見て、ツナギの背中に刻まれた「恩田技研」の文字に注目している様子。
実は本人も完成品が作動する姿を初めて目にした時には驚いてはいたことは黙っておこう。
最初にこの話を持ち込んだ時には驚いていた宗一郎ではあったが、いざ設計図を見ると表情が一変。
「いっちょ作ってみるか」――などと述べて出来上がった車両の走破性には舌を巻いていた。
恐らく彼は本機から多くのインスピレーションを受けたものと思われる。
なんてったって恩田は、660ccしかないような排気量の小型自動車に対し、前方3リンク、後方5リンクのリジット式のサスペンションを仕込んだ車種を出したりする上、本方式などから着想を得て5リンク式ダブルウィッシュボーンなんかを開発したりするんだから。
ただし、双方ともにその存在が登場した時には、すでに宗一郎はこの世を去ってしまっていたのだが……
それでも、組織は創設者の理念に従って歩むわけだから、彼の理念の先にソレらがあったわけであり……
彼は、生涯をかけて注力したサスペンション構造において先の先の時代の存在に触れることができたのだから、得たものは小さくなかったはずだ。
そんなこんなで恩田の手によって生み出された車両は、細い車輪ながらも俺が知る田植機と遜色は無い。
いささか車輪の径が大きいのは、とにかく優れた耐久性のある部品を使用した結果、想定より重量が増大しそうなのを接地面の大きさでカバーしようとしたためである。
重量は俺がやり直す頃の同規模の田植機よりは間違いなく重い。
しかしながら、例えば後輪を四輪にした六輪形式とするほどでもなかった。
各部の機器は完成後を想定した重量と同一以上なようにバラストを仕込んでいるが、ホイール径の調節だけでどうにかなったのである。
ここは2ストローク化したことでエンジンが軽量になったことなどが功を奏した。
これが動力部等、車体主要部の状況である。
操作系については当然にして耕運機と同じく集中配置。
シフトレバーも、その他操作レバーも集中的にハンドル周辺に配置する。
ハンドル自体もスピナーを装着して片手運転を可能とし、なるべく耕運機とパーツの互換性を確保しつつ、各操作レバー等を調整した。
それこそ互換性は乗用型と歩行型問わず確保するよう努力した。
例えばアクセルはレバー式だ。
アクセルというかクラッチレバーといった方が正しいのだが、前に倒すことでクラッチを接続して車体を動かすようになっている。
この機構は完全に歩行型のパーツを流用している。
歩行型ではバーであるが、それをレバー式として変更しつつ、一部パーツをそのまま流用して落とし込んだのである。
そもそもエンジン位置がフロントエンジンとなっている本機は、歩行型耕運機とエンジン配置に類似性がある。
なので、歩行型耕運機との互換性を確保することが可能であり、その結果クラッチレバーなどを一部パーツを流用する形で搭載しているわけだ。
当然ブレーキとクラッチレバーは連動する。
ブレーキはペダル式。
足元左右に配置され、どちらを踏んでも同じように動作する。
ただし、補助用にペダルとは別途レバーを設けており、手で操作することも可能。
ミッションは常時噛合式となっており、シフトチェンジ後にクラッチレバーを動かすことで変速する。
ギアは三段変速。
前進二速と後退の一速だ。
一速が低速走行及び植付用、二速が移動用となっている。
耕運機と違い用途が限定されている本機については、公道走行等を加味したギアは用意されていない。
あくまで作業用と最低限の移動用だけ。
サスペンション構造等が複雑化した分、他では徹底的に簡素化を試みている。
その一方で必要となる機器は全て搭載した。
例えばフロントの正面にはセンタポールを配置。
苗切れなどを知らせ、苗が少なくなると赤く点灯し、苗切れすると赤く点滅する。
本機は車両後端に苗を取り付けるので苗の状況を視認しづらい。
頻繁に後方を振り向いて確認するという事もできなくはないが、そうするとまっすぐ植えられない可能性がある。
そのために役立つ装備である。
また、車輪型マーカーも装備。
スイッチを押すことでワイヤー式で釣り上げているマーカーが降ろされ、目印として利用できる。
他にも育苗箱の予備を積載しておく荷台もきちんと装備しており、なるべく補充回数は少ないように整えてある。
そして最も重要なのが残りの2つの装備類なのだが、1つは施肥装置であり、後方のボックス(ホッパー)に45L分の肥料を装填できるように施してあり、植付作業と同時に側条施肥も行う。
そしてもう1つが枕地ならし用ローター。
これも極めて重要な装置だ。
田植機が誕生してからしばらくの間においては、走行後に田植機の車輪によって生じた溝は作業終了後に水田の中に入ってトンボなどを用いて人力で調整する必要性があった。
しかし、ここにかかる労働負荷が大きいことから、俺がやり直す頃においては標準的な小型機においても枕地ならし用のローターが装備され、作業と同時に田植機が枕地を慣らしてくれるようになっている。
本機と一連の農機においては、とにかく地方病を背景に「水田から人を遠ざけたい」という思いで開発を行っているもの。
多くの場合において田植機の使用後に女性が行うことが多い枕地ならしの作業については、数時間にも及ぶ水田内の作業を考慮すると避けたいし、これでは本末転倒。
ゆえに標準装備とした。
コイツがあれば、正直言って車輪を増やしたりホイール幅を増大させてもいいとは言えるが……可動精度が出るか不安なのでホイールについては先程述べたとおり、最低限の措置でなんとかしている。
とはいえ、極めて粘着質な粘土のような土壌に合わせてオプションとして補助輪も用意することにはしているのだが。
このように、補助装備も満載されている状態だが……肝心な植付装置部分も手を抜いていない。
黎明期の乗用型田植機PL400
(本編と似た各種レバー配置やリコイルスターター、スイングアーム式のチェーンドライブの後輪)
https://youtu.be/Z6MvuSUfvF0
マット式のロータリー機構の動き(スロー&通常速度)
https://www.youtube.com/watch?v=B9Eyeqdqu1o
https://www.youtube.com/watch?v=t7_gtegV-8E&t=319s
ポット式のロータリー機構の動き
https://www.youtube.com/watch?v=Hu07e6Moaa4
信濃が目指していた車両の参考動画
https://www.youtube.com/watch?v=KqWC-zWwczU
https://www.youtube.com/watch?v=AlMDaos_eFQ
https://www.youtube.com/watch?v=5r30fxTkgW8
目立たないが、実はそこいらの軽スポーツよりもすごかったホンダのZ(信濃が説明していた660ccの車両)
(MR+後部5リンクリジットリアサスペンション装備とかいう足回りはフレーム構造を除けばジムニーより凄かったマイナー車両)
https://www.honda.co.jp/auto-archive/z/2002/SP/drive.html
参考走行動画
https://www.youtube.com/watch?v=Z9vGIz2LTg0