第186話:航空技術者は過程を飛ばして乗用型高速ロータリー式田植え機を示す(中編)
長いので分けました。(活動報告を参照)
ポット式。
これは樹脂製の底に穴が空いた専用のトレイである育苗箱の中に種子を埋め込んで育苗し、その苗を引き抜きつつ植え込む方式である。(仕組み上、簡単に引き抜くことが出来る)
植え込みは当然にして強制植付け方式としており、専用の植付爪を用いて苗を深く地面に突き刺していく方式となっている。
マット式と呼ばれる底のある箱において根付かせるタイプとの最大の違いは、引き抜く際に根を切断する事がないこと。
速度的にはどちらでも高速機と出来るが、最大の長所としては根付きやすく、育ちやすい。
種子は発芽してから苗の状態となる間にかなりのエネルギーを消耗しているが、ここから根を切断して植え込むと大きく成長力を削がれるのだ。
ポット式はそうさせないことで最終的に稲穂となった時の収穫量にすら差を生じさせるため、俺がやり直す頃には完全にマット式と並んで主流の方式となっていた。(特に夏が短い北海道などの地域ではマット式よりも圧倒的に採用率が高かった)
何しろポット式とするだけで収穫量は最大3割上昇するんだ。
品種改良も途上で、かつ食料で困っている現状においてポット式にしない手はない。
それこそ肥料の進化と共に、将来において一反の平均収穫量はポット式でも500kgを軽く越えてくる。
わずか30年ほど前まで200kgに到達したかどうかであり、現状でようやく250kgを越えたかどうかな状況から……
その倍を目指すことが可能な方式であるということだ。
石換算で約2.7石。
一石のために一反とした当時の役人達は、その事実をどう評価するのか"あの世"で聞いてみたいほどである。
ただ、実はこの生育が優れているというのは実は長所だけではなく短所にもなり得る。
なにしろ成長が早すぎて、きちんとした栄養分がある土壌となっていないと品質の悪い米が出来やすいのだ。(粒が小さくなりまるで胡麻のような食用に耐えない規格外品となってしまう)
通常でも従来の3/4の期間で出穂。
温暖な地域では従来の2/3にすらなりうる。
偏にポット式が一部農家から避けられていて、一時期は中々普及しなかった最大の原因はこれだ。
土地によっては栄養分が足りず、成長の速さが却って足枷となったのだ。
それこそ九州地方などでは二期作すら可能で、年間収穫量をかつての倍の倍にすら可能とするのがポット式だったが、リスクも生じていたのである。
現状では肥料は発展途上。
無理をすると収穫量は増えたが質が落ちてマズい米ばかりが市場に流通することになりかねない。
もちろん対策はある。
それは……挿苗と同時に肥料を埋め込むことだ。
それも植え付けた苗の側面の、さらに土壌の中に閉じ込めるように。
未来においては側条施肥と呼ばれる方法である。
一般的に水田において肥料を土壌深くに埋め込むというのは水田の性質上容易ではない。
土が撹拌されてしまうので適切な量を適切な区画に適切な状態で埋め込むというのは不可能に近く、従来においては土全面に肥料を混ぜ込みつつ、挿苗後において表層に肥料を撒いていた。
これは根を張る初期生育においては効果を発揮するものの、根がより地面深くへと伸びるに従い栄養が足りず、生育効率の低下がどうしても生じる。
本来なら根を張る深さに従って適切に定量で栄養分が補充されるのが理想だ。
それを可能とする唯一無二の機会こそ、挿苗時である。
タイミングを合わせて植え付けると同時に3~5cmほどの溝を掘りつつ、溝の中に肥料を埋め込むことができれば……苗の成長に従い適切な量の栄養が常に供給され続けることが出来る。
これを業界では"側条施肥"と呼ぶ。
こうすることで株間の幅をさらに狭める……あるいは1株あたりの密度を増やしても従来と同等以上の品質の米が収穫できるようにすらなり……
"密植"と呼ばれる、水田1箇所における種苗の植え込み量を通常の2.5倍ほどに増やし、従来だったら正気ではないような……
収穫しても胡麻のごとき粗悪な米となってしまうような状態で、極めて高品質な米を大量収穫できるようになる。
なお、俺がやり直す直前の頃においては"密植"よりも"密苗"と呼ばれるコストダウン手法が主流となっており、密植自体は主流からやや遠ざかっていた。
密苗とは育苗時において播種する量を通常の2.5倍~3倍とすることで育苗スペースを省スペース化し、さらに田植え時に必要となる育苗箱を減らすことが出来ることが長所なのだが……
育苗時において時にローラー等を用いて苗に刺激を与えることで、均一かつ強靭な苗を育成できることで、いざ水田に植えると成長力が増して病気に強く、かつ収穫量も増えるという21世紀の育苗手法だった。
ここに"密植"の技術を応用して1株あたりの穂数を数倍に増やしつつ株間を大幅に増大させる"疎植"という方式を組み合わせることが主流となっていたのだ。
側条施肥によって1株あたりの密度を増やしても適切に育つようになったので、あえて株間を大昔の頃の一尺である30cmよりさらに増やした37cmという広い間隔とし、それでいて従来と同等以上の収穫量を実現させていたのだ。(つまり、1株あたりの密度を増やした密植がほぼ主流となった)
株間を増やした場合、雑草が生えやすくなるデメリットはあるものの広範囲に根を広げられるので倒れにくくなる。
その結果茎が太くなり、台風などの災害に強くなる他、病気に強くなる。
茎が太くなるということは栄養分をより吸収しやすくなり、歩留まりが高くなる。
とくに風通しが良くなるというのは一部の害虫に対しても効果を発揮した。
前述の密苗によって育てられた強靭な苗は、粗植と組み合わせることでウンカなどの害虫に極めて強くなり、それこそその強靭さは害虫を駆除するのに従来の慣行栽培ならありえないような大型の送風機を用いて吹き飛ばすということすら可能とするほどであった。
側条施肥が登場した頃はどんどん株間の幅が狭まって一時は14cmなんていう密度にまで至っていたのだが……(その分の種籾量も増やしていたのだが)
一苗ごとの区画の密度を従来の常識を超えて大幅に上昇させることで逆に株間を広げるという話は、事情を知らぬ農家にとってはひっくり返るほどに衝撃的であったという。
株間を狭めることが出来るということは、長所として雑草が生えづらくなり手間が減ることに繋がるが……それだと病気に弱くなったり害虫駆除が大変だったりとデメリットも相応に生じていた。
なにより台風などの災害に弱くなるため、収穫量が安定化しなくなるという問題点もあった。
それらの弱点を相応に克服し、安定した収穫量でかつ出来上がった米の品質も向上させてまろやかでコクがあり、旨みもたっぷりなものへと至るために、考案されてから急速にその手法が広まっていったことをよく覚えている。(特に玄米は1粒あたりの栄養価がより高くなる傾向があった)
だから俺もそれをやる。
発展途上でまだ病気に弱すぎる従来品種において、株間を狭めて密度を増やす手法は危険だ。
高効率化したが規格落ちだらけで収穫量は増えなかったなんて事になったら話にならない。
だから本機においては株間を標準30cmとし、25cm~最大37cmまで調節可能とする。
また、植え込むポット苗についても本来の未来における"中苗"と呼ばれる規格を基本とする。
中苗。
実は田植えにおいては将来において4つの規格が誕生している。
それが乳苗、稚苗、中苗、成苗である。
このうち植え込みを行うのは稚苗以上の3規格。
つまり中苗とはその中間的なサイズに位置する規格であり、大きさとしては葉が3枚~4枚で約15cm前後の大きさを指す。
一方で稚苗は10~12cm程度で葉は2.5枚程度であり、上の成苗とは葉5枚で16cm~18cm以上のもののをそう呼ぶ。
そしてここからが重要なのだが……一般的に2600年代における田植えというのは成苗であったといわれるが……実はこれは半分不正解だったりする。
当時の苗の植え込み時の苗の高さは平均13cm~14cm。
これは本来の未来における中苗である。
葉も約3.5枚となっているので、まさしく中苗の規格だ。
ただし、一部極寒の地においては最大18cmまで伸ばして植えていたという話は聞く。
だが極めて限定的で、殆どの場所では13cm~14cm前後の大きさの苗を「成苗」と呼んでいた。
実際当時の映像を見ても18cmなんて間違いなくない。
いわゆる中苗規模程度が精々な大きさが殆どである。
この現在の規格については踏襲する。
なぜなら、密苗+粗植という組み合わせにおいては地域にもよるが、苗丈においては12cm~15cmの中苗が適正とされるからだ。
本来の未来ににおいて最初の田植え機が登場し、そこで初めて認知された時に誕生した稚苗という規格は、21世紀に至るとやはり違うのではないかと提唱されるようになっていた。
当時は「これでも従来以上にとても良く育つから」ということで、その手法がまたたく間に広まり、育苗も楽だからと主流となって行ったわけだが……
10cm~12cm程度の稚苗というのは、より強靭な苗を育てようとする密苗+粗植とは相性がさほど良くないことがわかってきたのである。
ポット式は一般的に育苗が大変で……なんて話もあるが、ここに力を入れるからこそ、その後においてリスクが減るのだ。
現状の農家の人間が稚苗に肯定的になるとは思えない。
例え育苗の労力がかかろうとも、より強靭に、より安定的に。
そう育苗していきたい人が多いはず。
機械化農業を受け入れてもらい、さらにそれでいてインセンティブも与えるなら……
認識を大きくすっ飛ばした方がいい。
一周回ってまた昔のような考え方に戻ってきた状況にあえてすることで、コストを削減しつつ収穫量を増やしたい。
稚苗は稚苗で否定する気もしないので、農林省にはすでにデータを渡したが、そちらも平行して挑戦してもらえばいい。
そこは株間37cmと同じ考え方だ。
だが現状においては密苗+疎植とする以上、14cm前後の中苗に近いサイズでいく。
当然にして田植え機には側条施肥装置を搭載し、側条施肥もやる。
そのために新たに専用の粒状肥料も開発して量産してもらう。
というか既に陸軍研究者からの資料と偽って一連のデータはすべて渡した。
側条施肥だけに頼ると後期育成が急速に萎む土壌が地域によっては存在することから、それらの地域を名指しして従来方式との併用で解決すべきとも促した。
「――なので、その分を密苗とし、側条施肥を駆使することで収穫量について一反あたり400kg以上を目指します!」
「えぇ……」
「この間まで株間はより減らしていくべきという話をしていたのに……」
農機メーカーの者達は困惑を隠しきれていない。
彼らが一様に述べる通り、つい先日まで株間をいかに減らすかという話をしてたのが農林省である。
それと真逆のことを陸軍の技術者が述べているのだから、メーカーとしてはある意味でたまったものではない。
ここは陸軍の戯言として片付けられてほしくないところだが……
「株間を減らすというのも、また密度を増やすということです。株間の代わりに1株あたりの密度を増やすというのは、考え方を大きく変えたわけではありません! 長所短所を見極めての判断です」
「確かに理論としては納得できますが」
俺の隣にいて解説補佐を行っている農林省の若き職員は、自分達はこれまでの研究の延長線上に密苗があることを肯定しようとする。
その強く真っ直ぐな意思に納得する者も現れ始めていた。
「すでに二期作が可能とされた九州地方などで行った試験にて密苗及び疎植の効果は出ています。陸軍提供の資料を用いて試作した粒状肥料の成果は予想以上です。全ての土地に適合するわけではありませんが、株間最大37cmという提案に農林省としては全面的に賛成の意思をここに表明します。今後の主流は30cm以上の株間で密度を高めた密苗疎植を主流化していきたい所存です」
「つまり古代の株間一尺基準は間違っていなかったと」
「そうなりますね」
密度が増えれば当然にして必要となる生育箱の量も減り、運搬人員の人数を減らすことが出来る。
労働力削減を目指しての田植え機導入なんだから、徹底的に労力を減らす方向性へ舵を切る。
現状で250kg~280kgしかないのに400kgなんて何を言ってるんだって話なのだが……
俺がやり直す頃の直前における株間37cmの密苗疎植の収穫量は一反あたり500kg以上は容易であり、場所によっては600kg以上にも達していた。
特に密苗の効果は大きく、栄養に富んだ土壌をフル活用し、株間14cmの慣行栽培で1株あたりの密度を極限にまで高めた密苗密植という土壌が枯れてしまわないか不安になるようなことをやった際には700kgをオーバーしたという。
歩留まりがまったくない状況ならそれを可能とする。
密苗疎植だけでも石換算3石以上は保証されている世界がそこにあったわけだ。
だが流石に37cmというのはすべての土地に適合するか怪しい。
なので、株間については現在主流の25cmとする事も可能としつつ、標準を1尺基準へ。
その道のスペシャリストたる農家の皆様には株間37cmもどんどん挑戦してもらう。
品種改良にて劣る病気等への脆弱性は、生育方法の大幅な近代化によって乗り越える。
それを乗り越える車両こそがこいつなわけだ。
これからその車両の全容をご説明しよう。
参考動画:
1969年の田植え風景と農村の実情(手作業)
https://www.youtube.com/watch?v=uD4toFEjndg
1970年代の機械式歩行型田植え機の姿
https://www.youtube.com/watch?v=w_S4endSfOQ
紐苗の紹介を含む田植え機の解説動画
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005402360_00000
比較的新しい田植え機の解説動画
(現在主流のタイプは動画の通り2条と4条をレバーで切り替え可能です。高級機はもっと細かい切り替えが可能)
https://www.youtube.com/watch?v=uS54w2ZH-OE
収量の変動の参考論文
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1985/1985_07_0363.pdf
要約すると明治10年代は平均10a/180kg未満程度、1940年代でようやく10a/300kgに届くかどうか程度
機械化農業が大きく前身した1950年代中期頃から一気に伸びていることがわかります。