第186話:航空技術者は過程を飛ばして乗用型高速ロータリー式田植え機を示す(前編)
長いので分けました(活動報告を参照)
「田植え機……これが?」
モックアップを見た農機メーカーの者達は、どうやらそれが田植え機だとずっと気づいていなかった様子だ。
冷静に考えれば未来を知っているのは俺だけなので当然か……
「皆様が想像されている、これまで発明されて提唱されてきた田植え機とは大きくその意匠が異なっているのは承知の上です。ですが技術者としてはこの形が絶対に正しいと感じています。なぜなら――」
――なぜなら、速いからだ。
圧倒的に速いからだ。
ではまず、現時点における手作業の田植えにかかる時間から説明しよう。
田植え作業において基準とされる数値は10a……すなわち1000㎡だ。
1aでなく10aな理由は、皇国由来の一反と呼ばれる単位に起因する。
皇国の多くの水田では現時点においても、その多くが一反と呼ばれる数字でもって区切られている。
この理由としては、大昔において年貢等を徴収する際の数字合わせなどに都合がよかったためとされ、それが現代まで変化なく続いているからだ。
この一反と呼ばれる数字が991㎡であり、10aに極めて近い数字であるため、もっぱら現代の基準に合わせて10aで起算されるわけである。(実際には大農家が1町……約100aの水田を持っている事もあるが、そう多くはない)
で、現時点において特になんらかの手段を用いずに一般的な手法で手作業を行った場合、仮に作業者が1人だった場合は10aでおよそ15時間~18時間、他の苗運び等の作業も合わせた場合は23時間ほどかかる。
もちろん日が出ている間しか出来ないので、丸2日~3日必要だ。
当然にして1人でやってるわけではなく、苗を水田に植える作業は一族総出、さらにそれでは足りず労働者を外部から雇って人海戦術でもって行っている。
実際の作業では10人~15人ほどの人数でもって全体の作業時間を減らしているわけだ。
基本的にこの時に重用されるのが女性。
地方病の有病地において男性より女性の方が感染率が高いのも、この田植え作業を中心的に行うのが女性だからに他ならない。
ただ、これはあくまで完全な手作業の数値。
実は田植えにも機械を用いずに高速化する手法が存在する。
それが紐苗と呼ばれるもので、苗を紐に括り付けて植え付ける手法だ。
過去の偉人達による知恵の産物である。
この技法を用いることでおよそ3倍の効率……つまり10aあたりの時間は6~8時間ほどに短縮可能ではあったものの……
紐苗にはデメリットも多いことから、その作業を用いてもきちんと根づいて育てられる土質を持つ地域でしか行われていない。
とても限定的なものなのだ。
それが将来どうなるかというと……20世紀が終わるおよそ10年前の時点で10aあたりの作業時間は15分未満となる。
作業に必要な人数は1.5人。
これは苗を積み込む作業が一人では困難なためだが、二台の田植え機を用いればたった3人で従来まで必要とされてきた時間で1つの大規模農村を植え尽くせる計算である。
田植え機一台につき一日三町。
二台あれば六町。
1つの水田に10人も15人も呼び込んで作業をする必要性なんて無い。
田植え機が複数台あればいい。
複数台の田植え機と運転手と苗を積み込む作業員数名。
後は苗運びを行う人員がいればいい。
苗運びには、それまで歩行型として使用していた耕運機に荷台を取り付け、そこに苗をたんまり積み込んで運べばいい。
えっさほいさと苦労しながら人力で荷車を運ぶ必要性なんてもう無い。
先日まで耕起して、少し前まで代かき作業をやっていた頼れる農機が、今度は田植え機のために苗を運ぶ。
あとは荷台から田植え機まで"あるモノ"を積み込んでもらえば……15分後には10a……すなわち1つの水田区画の作業が終了している。
つまり1人で汗水垂らして丸2日はかけていた作業は、将来においてはちょっとした小休止の時間にまで短縮されているということだ。
ようはこれまでの田植えにかける人数を大幅に削減できるだけじゃない。
稲作を中心に物事を考えずに済むようになる。
機械化農業というのはそういう次元の話だ。
だから俺は、当然にしてそれを可能とする農機を提案した。
それまでの田植え機の進化をすっ飛ばした。
「――それこそが、乗用型高速ロータリー式田植え機というものです。皆さんが想像されている田植え機というのは歩行型でしょう? それで一反あたり3時間~5時間程度に収めようと考えている。しかしそれでは政府が大規模出資するにあたり納得するわけがない。15分未満だ! 目標時間13分以内! 苗運びを除けば必要人数1人と半分! 数百人もの人材を農村に集めて挿苗作業することは来年以降やめていただく。農村にいる農家の皆さんだけで完結していただきたい。何も帰省するなと言っているわけではありません! 時期を分散させ、生産力の大規模な低下を抑えてもらいたいだけです!」
熱弁を振るう中、周囲にいる人間は農林省の職員を除いてぽかんしてあっけに取られていた。
そりゃそうだ。
個人発明家が「10aあたりの時間を数時間にできる!」――などと雄弁を語り、その発明品を小規模に展開しているのが現状の状態。
農機メーカーだって何もしていないわけではないが、メンテナンスが大変だったり部品が一点物だったり、とにかく形になっていないのが田植え機である。
現状では総合的に勘案すると効率は変わらないというのが田植え機の評価。
それをきちんとした形に実用化するばかりか、何もかもすっ飛ばして10分台を目指そうっていうんだから、現実感を喪失して当然。
何しろこのロータリー式が一般的になる前までの田植え機は、乗用型でも10aあたりにかかる時間は1時間ほどかかっていたんだ。
そいつがクランク式なのだが、ロータリー式が実用化され、さらにそのロータリー式が高速化することで10aあたりの作業時間は劇的に減った。
最初からその時間を提案したら状況が飲み込めないなんて当然。
俺がやってる事は、飛行船が大陸を横断しはじめ、いよいよ空を飛んで世界を移動するという考えが定着しつつある最中、飛行機と呼ばれるものが飛び始め、なんとかドーバー海峡を横断できるかなという頃に……
その真横をマッハ2級の超音速戦闘機で突っ切っていくような事をやろうと言ってるんだから。
時速換算900km/hのジェット戦闘機を提案した時も、ここまでの静まりようではなかった。
今でこそ納得して状況を見守っている農林省の職員だって、当初は説明に対し理解不能とばかりに否定的な様子だった。
評価試験モデルを見て初めて状況を理解してからは、積極的にロータリー式の高速田植え機で行こうとむしろ逆に背中を押してくれるような状況になっていたが……
やはりまずは見せないとわからないだろうな。
「もちろん、なにも根拠も無く妄想を語っているわけではありません。できると思っているから述べているのです。すでに試験機もあります。すみませんが、そちらのを!」
そう述べた後に手で合図を送る。
「今から農林省の方が評価試験機を動かします。これは無人動作をするもので、あくまで評価試験機なのできちんとした形にまで整っていません。ロータリー式高速田植え機というものを現時点でも作ることを証明するためのもの。よく見ていてください。1度しかできませんので」
農林省の職員がスイッチ操作によって電源を入れると、発電機より電気が送電され……
耕運機と同じく有線式でもって電動機によって駆動する四輪車の後方に、フロート付きのロータリー式田植え装置が装着された評価試験機が無人の状態で作業を開始する。
その速度は、現状の常識を遥かに凌駕する速度であり……
瞬く間に50mほどを移動して挿苗作業を終わらせた。
試験場はこの日のために水田を模した状態に整えられているが……適切な土壌ですらない場所において試験機は見事にその性能をいかんなく発揮する。
「見ての通り、この評価試験機は2条植えです。発明家の方々が作ろうとしているのは1条植えでしたよね。正規版は4条植えでいきます。これを皇国の将来における田植え機の標準型としたいわけなんですよ」
「4条植えで15分未満ということですか?」
「そうです。5条、6条と増やしていけばさらなる高速化も可能でしょう……ですが……」
「何か問題でも?」
「ま、まあ、重量や生産性を考慮すると4条植えが最もバランスが良いと思いましてね」
危うくある単語が喉のあたりまででかかった。
本来の未来において、かつて皇国と呼ばれた地域で2条植え及び4条植えの田植え機が主力となっているのには理由が2つある。
1つは皇国地域の水田は狭く、6条以上とすると中途半端に植えられない区画が出来てしまうような区画分けの水田が存在すること。
一町クラスの水田ならまだしも、現状のように一反単位の状態が今後も続くと考えられるので、そうなってくると全幅が大きすぎて幅が合わないのだ。
もう1つの問題が、条間に由来する偶数植えを基本とする古代から染み付いた皇国の様式の影響。
皇国においては苗と苗の間をそれぞれ1尺(約30cm)としていた。
この理由は植える際に狭すぎると移動の際に苗を踏んづけたり、足跡が水流によって均質化する際に巻き込まれて倒れたりするため、その影響を最小限としたかったという話と……
1尺を条間とすることとで1反における植え込み総量を視覚化しやすくなり、収穫量を実際より低く偽る等の偽装を難しくするためだったとされる。
この時、多くの水田では最低幅を計測しやすく二尺以上(2条植え可能な広さ)としていた。
すなわち水田における最も狭い区画においても、最低2条植えを絶対とした広さを確保するよう求められていたのである。
そして株間も1尺の約30cm×約30cmとし、一反という水田の広さにに合わせるようにした。
その一尺という基準が手作業を中心とする現在の挿苗作業においても極めて有効であると評価された結果、現代にまで残り続け……メートル法が適用された現状においては条間30cmという基準に改められる形で定着化及び規定化されている状態にあるのである。
(なお、余談ながら株間の規定は撤廃されており、株間については地域ごとに異なるが現状では平均25cm程度である。結果10aごとの収穫量の平均はかつての1石こと180kgを越えて250kg~300kg台となっている。)
ということは、奇数で植えてしまうと厄介だ。
だから3条植えという田植え機は存在しないわけではないが、極めて珍しいのである。
皇国地域向けコンバインが2条刈りを最低数値とするのも、これが理由だ。
危うく先程その単語が出かかった……
いきなり「コンバインが2条刈り以上が基本だから田植え機もそうする」――なんて述べたら、いろいろと疑われねない所だった。
コンバインについては一応、1条刈りというのも極めて希少ながら存在はするが、ほぼ皆無なのは2条植えを最低基準として区画整備された水田に合わせた結果、作業効率等を鑑みてのことである。
というか1条刈りならばコンバインに発展する前の農機であるバインダーと呼ばれる稲を狩って紐でくくってまとめていく、安価で頑丈ながら作業効率を大幅に向上させたものがあり、そちらで良くなってしまうので需要が殆どなかった。
コンバインはその構造が複雑かつ高精度に作られているので、1条刈りだと極めてコストパフォーマンスが悪いのも相まってのことだが、何よりも古代からのしきたりのごとき基準が大きく影響を及ぼしているわけだ。
3条刈りが少なく2条刈りと4条刈りが主流なのは、田植え機との組み合わせもそうだが偏に過去の歴史に由来する土地形状の影響が大きい。
しかしながらコンバインも田植え機も4条以上において奇数が存在するのは、水田の広さに合わせて作業効率から逆算し、偶数の状態で終わらせられる地形が存在するからである。
それこそ5条なら常に往復して作業するなら偶数で終わらせられる。
7条でも偶数になるパターンがあり、その状況で作業が完了するならば4条よりもさらに高効率。(なおコンバインはあまりにも大型となりすぎるので最大でも7条程度であり、田植え機については10条程度が最大クラスとなっている)
それでも乗用型田植え機において4条が主力となるのは、やはり最も求められている丁度いいサイズであって価格が安定しており、主力だけにパーツ類も豊富で、そして高速化によって無理して8条植えなどを導入しなくても良くなったからである。
クランク式の8条植えより、高速ロータリーの4条式の方がよっぽど速い。
10aの作業時間が10分台になると、高速ロータリー式の8条植えでは10分未満となるような状況ですらあるのだが……
保管場所のスペース問題や整備性の悪化、取り回しの悪さ、公道走行における支障等により、4条が主力となるのだ。
すなわち、10a10分程度なら十分だろと思うだけの力が高速機にあったからこそ、4条が主力となって最終的に定着する。
統制農機は沢山のバリエーションを展開できない。
だから誰もが納得できる、将来においても主力足り得るサイズでないといけない。
となると4条植え以外はありえないんだ。
2条でないと植えられないという水田は皇国には皆無。
一部地域では4条植えだと手作業で2条分を植えないとならない中途半端な区画が残ってしまうような場所もあるかもだが……
それは限定的な作業となるので、従来から比較したら大幅な時間の短縮には変わりない。
例えば作業途中で苗を装填せずに調節して2条植えなどにしてしまえば、最終的に帳尻合わせなどもできるわけだし、工夫次第である。
併せて今後の農機メーカーの開発力次第だが、機能的にレバー操作で片側停止に伴う左右の植え込みの切り替えなどが出来るようにすることも検討するか。
「――ともかく、私はどうしてもこの方式で行きたいわけです」
「植付け後の状態は大丈夫なんですか? 見た感じでは慣らしが不十分な状態でもしっかりと植え込まれているようではありますが」
「しっかりと根付きますよ。すでに農林省と検証を開始していますが、今の所はなんの問題もありません」
……時期が時期で完全に証明できていないが……しっかりと根付くどころではないんだよなあ。
いずれわかることだろうが、短所にすらなりえるほどなんだ。
なにせ、今回採用したのは当然にしてポット式なのだから……
参考動画:
1969年の田植え風景と農村の実情(手作業)
https://www.youtube.com/watch?v=uD4toFEjndg
1970年代の機械式歩行型田植え機の姿
https://www.youtube.com/watch?v=w_S4endSfOQ
紐苗の紹介を含む田植え機の解説動画
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005402360_00000
比較的新しい田植え機の解説動画
(現在主流のタイプは動画の通り2条と4条をレバーで切り替え可能です。高級機はもっと細かい切り替えが可能)
https://www.youtube.com/watch?v=uS54w2ZH-OE
収量の変動の参考論文
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1985/1985_07_0363.pdf
要約すると明治10年代は平均10a/180kg未満程度、1940年代でようやく10a/300kgに届くかどうか程度
機械化農業が大きく前身した1950年代中期頃から一気に伸びていることがわかります。