第184話:航空技術者は一軸正逆転式ロータリーに拘る
皇歴2601年9月中旬
立川では朝から広場に人だかりが出来、ザワザワと、どよめきの声が聞こえてくる。
そんな中遠くから様子を伺っていた俺は、上々の反応とばかりに指定した集合時間まで僅かな所、気分を整えていた。
遠くからは様々な声が漏れ聞こえてくる。
「何なんだあれは……」
「重機? トラクター? いや、それにしては小さい」
「まさか軍が農機を計画するなど……陸軍は何を考えとるんだ。さっぱりわからん」
反応は様々だが、異形の何かを目で捉えて緊張している様子で一致しているのは間違いなかった。
一部の人間からは期待の籠もった眼差しが向けられている目線の先には、計画した3つのタイプの農機のモックアップと、それぞれの農機の動作原理を証明するための評価試験用の機器が展示されている。
しかも、動作原理を証明するための機器は動作した状態となっており、彼らは目の前で可動する農機を見せつけられた状態で待機している状況にあった。
なぜ動作原理について説明及び証明するための試験可動モデルを作ったのかというと、答えは簡単。
今回集まった面子を見れば一目瞭然である。
参加企業総数15。
ここには将来において農機に関与する、あるいは現在において農機に関与するメーカー全てと開発及び製造に必要になる企業全てを呼び寄せていたのだが……
そこに所属するトップエンジニアの多くは「現物を見てのみ判断する」という、俺がやり直す頃においてはやや古いとも言えた性格の者達が多くいたためだ。
農機というのはトライアル&エラーの繰り返しで進化したもの。
ゆえに農機関係メーカーに所属する技師というのは、とにかく試して自身の見込んだ通りの動作を証明してきた。
だから数値だけで「こうだからこうなる」――などと述べても信じない。
まぁそれは別に物理学などが発展途上にあるがゆえであって、今の時代であれば農機関係メーカーの技師だけに限った話ではないのだが……
それこそ、今日の日のために浜松から急遽駆けつけた宗一郎などもそういうタイプの人間である
とにかく話を早く進めていきたいので、ああだこうだとダラダラと理屈を並べて狸の皮算用のような真似をするのは控えているわけである。
最初にモノを見せておけば、あとはそれを作り出して量産していくだけというヴィジョンが見えてくるはず。
今日はその説明会なわけである。
なお、立場上兵器開発ではないので陸軍は協賛の立場であり、主催は農林省である。
だからこそ呼びつけた企業全てが集まって貰える事になった。
これが兵器開発だったら強制で無い限り半数未満の参加となるであろう。
彼らからすると「ともすると名目が農機なだけであって、小型戦車の開発などさせられるのではないか……」――などと思っているかもしれないが、いざ目の当たりにしたのが純然たる農機であったことで戸惑っている部分もあるかもしれない。
◇
「それではこれから説明会をはじめたいと思います。まずは農林省の――」
「その前に二つ質問させていただきたい」
開会の挨拶を始めようとすると早々に話を遮られた。
声のあった方向へ視線を向けると一人の男が挙手して自らを誇示している。
「なんでしょう?」
「此度の説明会。主催は農林省であったはずです……しかしながら現在の様子を見る限り明らかにそうではない。本件については純粋たる農機開発で間違いないんですか」
「無論、その通りですが」
「ではもう1つ。従来まで農機開発に軍は関与してこなかった。そもそも農業機械化についても積極的ではなかったはず。理由は自国の工業生産能力の余力を農機に奪われかねないため……なぜこのような大転換を図ったのか。また、なぜここまでの物を調達できているのか。説明をお聞かせ願いたい」
「現在までにおいて我が軍は農機開発の妨害を行ったことなど一度もありません。皆さんが国家総動員法の下においても自由に活動できたのがその証左。我々は決して食という分野において軽視しているという事はありません」
「だとしてもなぜ……」
「御存知の通り、今皇国ではとにかく工業分野において人が足りません。特に深刻なのが出稼ぎ労働者による帰省問題で、その原因が農村における現在の家内制手工業的農業形態に起因しています。我々陸軍……そして海軍に何よりも必要なのは兵力以上に兵装です。春先や秋頃になると一時的とはいえ生産力が分野や地域によっては最大6割も低下する現状は看過できません。機械化農業の効率化を果たせば、最終的にはさらなる労働力を工業に傾けられるかもしれない以上、我々は我々が持つ技術を還元すべき時と考え、農林省と共に動き始めた次第です」
俺の口ぶりに相手側はどこまで状況を把握しているのかといった驚きようであったが、一航空技術者がここまで踏み込んで話すなんて事は想定もしていなかったことだろう。
残念ながら俺は航空技術だけを見て行動する技術者ではないからな……
そうしたくなくたって、今の皇国がそうさせないんだ。
やり直す前に何度も総括して、「もしこの次があれば……あるいは類似する状況が目の前に置かれていて行動すべき責任者となるならば」――なんてことも考えて、あの頃の……今の皇国の問題点については概ね把握している。
そもそもの問題は経済学で言う"出稼山村"などと呼称される、過疎村に起因する。
農業において主として労働力を必要とするのが、耕起と収穫。
実際には受粉作業なども相応に労働力を必要とするが、とにかく人手を必要とするのがこの2つだ。
だが、それ以外の工程においては労働力はあればあるほどいいが、そこまでの人員は必要としない。
ゆえに、平時において農業就労者というのは自身の家業だけでは生活もままならない事から都市部へと出稼ぎしていくのである。
なお、男女比率の比重としては女性の方が多く、いわゆる女工と呼ばれる工業分野への女性就労者の大半が農村出身者であり、出稼ぎ労働者と言って過言ではない立場となっている。
彼女らの多くは人身売買同然の身売りで工場を持つ企業と契約しているが、その契約にはある条件が盛り込まれていることが多い。
それこそが"耕起"と"収穫"などの実家の繁忙期において帰省する権利であり、この時期において多くの工場は一週間から最大二週間近くの間、生産調整によって生産能力が低下するのである。
この傾向は特に東海以西の地域ほど顕著であるのだが、東海より西側の本州地域内では、平時において集落が機能不全に近いような限界集落にまで陥るほどの状況となる地域があり……
出稼過疎村だとか出稼山村などと呼称され、村政が滞るなど危機的状況に置かれていた。
それこそ一度災害に見舞われるとどうなるかわからないような綱渡りのような環境で耐えている集落が相当数あるわけだ。
これをどうにかする方法なんてたった1つしかない。
機械化農業によって、必要となる労働力を大幅に削減するのだ。
仮に0に出来なくとも、大幅に是正できるかもしれない。
望んだだけの生産力を常に維持できるようになるかもしれない。
「――そのためには、今この場に集まった皆様の力が必要というわけです」
「陸軍は自らが強兵たらんことを願うばかりで一次産業の事など考えていないものと思っていましたよ」
「そんな事はありません! 強兵だから富国なのではない! 富国であるからこそ強兵を得られるのだという事は、創設以来ずっと訓示され受け継がれています。そもそも、一日三食という概念を国民に推奨してまで食にこだわってきた組織が、どうして食の素となる農耕に無頓着だと思うのですか。戦うだけの組織が軍だと思っているなら大間違いですよ。戦闘集団とは、偏に戦えるための兵力を得るために全方位にて全力を注ぐ組織たるからこそ、戦える集団として成立するものです」
嘘ではない。
事実、陸軍に入れば三食寝床付きとなる利点は常に低所得者層から注目されてきた。
本来の未来にて戦没者の大半が餓死者で、戦って死んだのではなく戦いに向かった者達をろくな支援もなく見殺しにした組織なのは揺るがない事実だが……
それはありとあらゆる部分で無策で挑んだからであって、思想や理念までそうだったわけじゃない。
だから現状において食は弾薬より優先されてる。
俺がやり直してから4年で意識を変えさせたのではない。
最初からそうだった上で、しっかりとした戦略をねって対策を立てたから自然とそうなった。
最低数値で見積もっても戦死者の4割が餓死という未曾有の死者数を出しうる組織は、時代を味方に付けたことで、あの頃の絶望などどこ吹く風とばかりに戦場に必要とされる以上の食料を供給し続けている。
「――まあまあ。その辺にしときましょうや。動いている機械をみれば軍の本気度は伺えるもの。ワシはどういう理屈でどういう動作と効果を生むのか早いとこ知りたいんだ。それともアンタらは理屈か正論がなきゃ動けないっていうんですかい? そんなのは農機の状況を知ってからでも遅くないでしょうよ」
どうやら浜松の天才の興味を存分に惹いたようだ。
これまでありとあらゆる圧力を受け、溜まっていた鬱憤を若造を前に発散しようとした者に対して諌めるかのように介入した。
彼の言動に同意する者も多く、周囲は一旦静まることとなる。
「――それで、技官は一体どういうものを提案するというのですか? 2つほど乗用型の農機があるようですが……乗用型の農機なんてこれまで大型のものしか無かったはず……なぜこんなに小さいのか……小さいのに何ができるのか。ぜひご指南頂きたい」
「ええ、そうですね。では解説しましょう――」
今回俺は農林省との対話を重ね、3つの農機を提案している。
といっても、対話を重ねたとは言うが彼らの想像の遥か上の領域に至っているのが2つあり、殆どこちらの意見はそのまま通った。
ゆえにここにある3つの機器のモックアップと、評価試験モデルは全て当初提案したものと遜色無い。
そのうちの2つが乗用型で、1つが歩行型だ。
といっても、単なる歩行型などではないのだが。
まず歩行型だが、これは10年先には標準形態が確立し、未来においても用いられる一般的な形態とする。
すなわち、ロータリー式を基本としたオーソドックスなスタイルのロータリー式耕耘機(リアロータリー方式)である。
これはある意味で挑戦的だ。
なぜなら、現在における皇国の耕耘機の90%以上がロータリー式ではなくクランク式と呼ばれる猫の手でもって招くような動作をしつつ爪をも出して土を耕すような仕組みが一般的だからである。
余談だが、このクランク式やロータリー式とは別にスクリュー式と呼ばれる回転方向すら異なった、未来の人間ならば「なんだこれ、ドリルか!?」――などと驚くようなタイプもあり、こちらが残りの1割近くを担っているわけだが……
裏を返せば、ロータリー式はほぼ実用化されていないといって過言ではない状態にある。(数十台単位で存在しているとは言われる)
一応、ロータリー式自体の開発は行われているが、顕著な成果を出していなかった。
その理由としては現状のロータリー式は草が絡んですぐに機能停止してしまうからである。
これは草刈り用の鎌のような形状の普通爪と呼ばれるものを使っているからであり、現状ではそれらの諸問題を解決できる爪形状の模索が行われていた。
当然俺は未来を知っているので、どういう爪形状とすればいいのか知っている。
ゆえに自身の持つ力学的知識も総動員し、なたづめ式と呼ばれるナタと古代武器のシックルを組み合わせような形状のものへと変更した。
将来のスタンダードとなる形状だ。
これによってロータリー式は耕耘機の主流となり、それ以外のものはほぼ淘汰されるようになる。
ロータリー式の最大の利点は部品点数の削減。
それに伴う軽量化と構造簡易化、そして信頼性の確保という工業製品における利点がもはや他の形式が利用されている姿を見ることすら困難なほどに淘汰するに至る。
皇国などで現在主流のクランク式は、構造の複雑化と重量増大と招き、整備性も悪く故障率も高い。
スクリュー式はそもそもロータリー式やクランク式ほど作業効率がよろしくない。
おまけに双方の最大の弱点として代かきと呼ばれる、水田に水を張り巡らせた状態での耕起作業が出来ない。
ゆえに機械化に伴う農業の効率化に至らないため、将来においてデファクトスタンダードとなるロータリー式を採用したわけだ。
だが、採用する上では単なるロータリー式とはしなかった。
こういうのは、やるなら徹底的に最大級にまで高性能に突き詰めるべきだ。
技術革命とは、やるべき時に一気にやらねば望んだ結果とならない。
驚異的な性能だからこそ、頑固で保守的な者すら掌を翻す。
だから俺はロータリー式にある機構を仕込んだのである。
それが"一軸正逆転式ロータリー"である。
業界内では逆転ロータリーの一種として定義されるものだが……
本来の未来なら40年先の機構である。
一軸正逆転式ロータリー。
その開発は動力部の出力が一定程度の状況まで至って進化速度が停滞した頃よりはじまった。
耕起作業の効率化を果たしたい場合、従来までは出力の向上にばかり目が向いていたが……
出力を向上させるという事はより大型に、より大重量化してしまう。
しかし皇国の土地柄、大型大重量では作業できないような場所は少なくない。
いや、大半がそうだ。
ゆえに心臓部における高出力小型化の試みは継続される傍ら、従来までの単純な正転ロータリーの見直しが図られることがある。
つまるところ"同一出力"でもロータリーによる作業効率が上昇すれば、エンジン出力を上げなくてもどうにかなるという結論に至ったわけだ。
その結果誕生したのが正逆転式ロータリーというものだ。
これは簡単に言えば二重反転式プロペラと思想は類似する。
1つの方向から土を撹拌しようとしても土は受け入れない。
ならば複数の方向から爪でもって挟み込んで揉み込むがごとく土を撹拌していけばいいのではないかという結論に達し、一部の爪の回転を逆転させることで作業効率化の達成を目指したのである。(一般的に外側が正転、内側が逆転となるため正逆転式ロータリーと呼ばれている)
そしてその試みは見事に成功し、作業効率化を達成。
そこからさらに煮詰めて構造簡易化や小型化などを目指して研究が重ねられ、結果誕生したものこそが一軸正逆転ロータリーなのである。
内部構造としては、正転しているメインシャフトがメインのギアボックスと直結し、そのメインシャフトを覆うような形でギアボックスと反転するギアを介して逆転する外軸構造を持つ二重構造となっている。
なお、外軸による二重構造というとあたかも逆転する軸が全体をカバーのように覆っているようになっているように思ってしまうが、外軸と爪は直結していて露出部を見ると軸というよりかはベアリングともいうべき状態となっている。(内部側で反転するギアと接続する部分まで見ると外軸と言えるが、露出部を見るとそうは見えない)
これによって双方のパワーロスを最小限としつつ回転の同期が取れ、また部品点数の増大も防ぐことができるので一躍主流となった。
これがどれほど高性能なのか簡単な説明をしよう。
ここに定格6馬力~13馬力の出力のエンジンを積んだ耕耘機もとい管理機が複数あると仮定する。
その上で、正転のロータリーを持つ6馬力、9馬力、13馬力の耕耘機に向けて質問してみたとしよう。
「ねえ君たち、君たちはこの東北地方や中国地方などで顕著な硬い地盤を耕すのに何往復必要?」――と。
この時、6馬力は「僕は4往復!」――と延べ、9馬力は「私は2往復だ!」――と自らの性能を誇示し、13馬力は「ッフ、情けないな。往復は1度のみであるべきだ」――等と格好つけることになるだろう。
では、その次に定格6馬力の一軸正逆転式ロータリー装備の耕耘機に同じ質問を投げかけてみよう。
すると彼は「往復って一体なんだァ?」――などと強者の風格を漂わすわけだ。
使ったことがある人だけがわかる話だ。
必ずしも一軸正逆転式ロータリーだから往路だけで済むわけではないが、同じ状況において遥かに往復回数が少なくて済むのがこいつの強み。
真面目な話、よほど柔らかい地盤でもなければ一軸正逆転以外を使うというのは無駄に時間がかかるだけ。
それこそ未来の農家が突然現れた女神に「貴方が欲しいのはこの一軸正逆転式ロータリー装備型定格6馬力出力の耕耘機ですか? それともこの定格13馬力の正転ロータリー装備型ですか?」――等と問われたら、迷わず10人いたら10人が「一軸正逆転式ロータリーです」――と答えるほどに性能が段違いなのである。
それこそ従来までは手作業で数日がかりであった耕起作業については、これさえあれば祖父が孫に「小遣いやるから早朝から学校行く前にちとやっといてくれんか」――などと言えば、本当に学校に行く前に終わらせられるほどの性能がある。
もし例えばこれが同じ馬力の正転ロータリーだったら、孫が学校に行けるのは昼過ぎになるかもしれない。
手作業なら孫は一週間休まなければならない。
しかし一軸正逆転式ロータリーなら、祖父は起きて孫が学校に行った後から作業しても他の農家よりも速く次の作業へと進むことが出来るようになる。
しかも、一軸正逆転式ロータリーというのは爪形状がきちんとした形状ならば、まるで超一流の人間が耕したかのように土がふわっとやわらかく理想な状態になる。
地盤の状態によっては往復無しでその状態になりうる。
だからこそ、本機構の搭載はたとえ部品点数の増加と重量増大、そして製造難易度の上昇に繋がるとしても絶対とした。
当初こそ農林省はロータリー式にすらも懐疑的であったが、一軸正逆転式ロータリーの試験モデルを見せたことで「ロータリー式で行きましょう」――と太鼓判を押すほどだ。
ちなみにただの一軸正逆転式ロータリーでもない。
一軸正逆転式ロータリーにはある弱点がある。
それは土がやわらかすぎると逆転する爪が抵抗となって作業速度が鈍化するというもの。
ゆえに俺がやり直す頃においては正転と逆転を反転させるように出来るようにドグクラッチが内蔵されていた。
当然俺もそうする。
本来の未来においては柔らかい地盤用に正転ロータリーも併売されていた。
理由は高額な一軸正逆転式ロータリーをわざわざ導入する理由がない地域も存在したため。
しかし現在の皇国で2つの方式を同時に生産する余力は無い。
本機は農林省が「一式統制型耕耘機1型」と名付けており、統制型農機として生産される。
ゆえにバリエーションは最低限でなけれならない。
といっても、一応代かき用のオプション(専用ホイールやアタッチメント)は用意するが。
歩行型ではある本機だが、ロータリーはアタッチメント方式で接続されている。
ゆえに他のアタッチメントとの交換は可能だし、台車と接続すれば簡易的な自動車として使うことも出来る。
そこは将来的に今日集まったメーカーがいろいろ作ってもらえればいい。
とりあえずアタッチメントの規格だけは統一してもらいたいが、そこは法制化も検討している。
なお心臓部は定格6馬力、最大9馬力の出力に調節された150ccエンジンだ。
これは宗一郎が新型二輪車用に百式機動二輪車のエンジンを改良したものをそのまま採用。
俺が新型二輪車の改良として施したリコイルスターターを標準装備して使うため、牽引式のトレーラー台車をアタッチメントととして取り付ければ公道を最大で時速20km/h程度で走ることが出来る。
当然公道を走行するので正面にはシールドビーム式ライトを装備しており、一部からは1つ目オバケとも揶揄されるような容姿となった。
本当は小型トラックが欲しいところだが、そんなのものを開発して量産するような余力は無い。
だからその代わりとして小型トラックの代替として耕耘機としての運用以外の機会においてトレーラーを装着して物を運べるようにするんだ。
物が運べないと困るんだ。
なにしろ"他の農機との併用"も必要となってくるからな……
なので本機は将来の耕耘機が装備しているのと同じくリバースギアも装備。
副変速機も装備しており、ギアは作業用の1速と2速、そして副変速機を利用した3速(1速)と4速(2速)、そしてさらにリバースが副変速機と併用で2速付く。
ミッション構造等については15年先の耕耘機とほぼ全体的な構造配置は変わらず、シフトチェンジレバーは中央配置となっていて、常時噛合式ミッションによって接続する。
他方でアクセルペダルという概念は無い。
そもそもこの手の小型農機というのはアクセルという概念が無いのが当たり前なので装備してない。
あるのは6馬力と9馬力で二段階に出力を変化させるスロットル……農機ではこれを副変速機あるいは出力調性用クラッチなどと呼称するが、ようは二段階調整のスロットルレバーと、バー方式のクラッチと、ブレーキだ。
ブレーキは駐車ブレーキと、自転車方式のレバー式ブレーキを左右に装備。
レバー式ブレーキはそれぞれ左右のクラッチを切ることで転回の手助けをする。
多少の左右調整ならハンドル操作の要領で左右に動かせばいいのだが、タイヤの向きが変わる機構がないため、左右の転輪の動力をクラッチで切ることでしか基本的には転回できない。
この曲がり方は戦車に似てるかもしれないな。
なお、トレーラー装着時においてはトレーラー側にトレーラーの車輪を停止させるためのブレーキが追加されるが、トレーラーのブレーキとクラッチは連動しているため、主クラッチが破損する事はないようにする予定だ。
なおトレーラーには別途駐車ブレーキは装備されていて、耕耘機側の駐車ブレーキと併用することで坂道でも安全に停車状態を保つことが出来る。
耕耘機本体の駐車ブレーキもクラッチと連動する。
さて、では肝心のクラッチバーなのだが……
この手の乗用トラックとしても使うことができる耕耘機が誕生して使われていた頃、この時期のクラッチバーはバーを手前に押し倒してクラッチを繋げる方式だった。
だが俺は今回、グリップセーフティの要領で握り込む事によってクラッチ接続できるような構造としている。
本来なら手前に押し倒して使うほうが楽だ。
ブレーキを踏めば連動しているので別にクラッチは自然に切れるので、アクセルの要領で再びつなげ直せばいい。
でも俺はその方式にしたくなかった。
理由は作業中の事故が多発した構造であるがゆえだ。
リバースギアを搭載する耕耘機においては、耕耘作業中においてリバースギアを用いる事は危険すぎるので絶対にしてはならないとされる。
とはいえ、稀にそういう事をやる人間がいたり、作業中ではなく転回作業のために一時的に後退させようとするケースもある。
この時、転回時ならばロータリーを切っておいて可動しないようにしていればいいのだが……
多くの場合は後退しながら作業するのと同じく面倒だからとロータリーを稼働したまま後退する事があり……
そこで何らかの理由によって躓いて転倒。
そのまま後退してくる耕耘機によって下半身を耕される事故が毎年少なくない数で報告されている。
ゆえに俺がやり直す頃においてはグリップセーフティ方式とするのが当たり前だったが、公道走行を考えると握力を考えたら面倒な方式だ。
それでもあえてグリップセーフティ方式のクラッチバーとするのは、事故で後継者不足となるような事例を避けたいためである。(それが理由で導入が控えられるのも避けたい)
グリップセーフティ方式の場合、躓いて転倒したらその場で耕耘機は停止する。
だから転倒によって自ら耕しにいくような状態にならなければ負傷したりはしない。
個人的には俺が知る中で、本来の未来におけるかつて皇国と呼ばれた地域内では事故件数が多い時で年間200件以上もあったため、どうしても気になっていたのであえてこちらの方式にした。
あれこれ言われたら考え直すかもしれないが、現状ではこの状態で行くつもりだ。
ともかく、これが3つのうちの1つのタイプである歩行型だ。
この歩行型が耕運機の主流となり、3タイプの中でも特に生産量を確保する予定。
目標は2602年から5年以内に150万台。
最大目標300万台を目指す。
一見してむちゃくちゃな数字のようだが、エンジン部についてはすでに宗一郎の許諾も得て国外でも作ることが決まっている。
元々、国内の他の二輪製造関係メーカーも量産するとはいえ、彼は「次は恩田だけのもっといいエンジンを作ればいいのだから」――と、快く許諾してくれたのは助かった。
このエンジンでもって15メーカーの力を総動員して月産2.5万台を達成すれば達成できる数字だ。
エンジン生産数はNUP、集、そして華僑工業地帯を駆使して各種部品のノックダウン生産およびライセンス生産を行えば試算数値で月産15万~20万。
二輪車用に半数を回したとしても残りの数字でメーカーの努力次第とはいえ、2年程度で達成できる可能性だってある。
農林省は「最初に優先順位を農機にまわしてもらえれば後でその分の生産余力が二輪車等に回ってきます」――と述べていたが、本当にその通りだ。
戦場で酷使するわけじゃないから大きく目減りして増産を求められる可能性は低い。
国内需要から逆算しても300万オーバーは必要無い。
150万という数字だけでも1農家につき1台の計算。
実際はその1台の作業能力の高さから考えても70万であっても相当な影響を及ぼせる数値なんだが、やるからにはまず1農家1台、そして大農家は1台じゃ足りないからもう1台、2台とやって300万台を目指すわけである。
ここにさらに他2タイプを用意しているわけだ――
参考動画:一軸正逆転式ロータリーの一例
https://youtu.be/h-F37UGH-w0
トレーラー装着走行
https://youtu.be/TWKEWmq4v2k
解説動画
https://youtu.be/RmiNFfxaDGw
(なお信濃が開発した実機はクラッチバーの動きが最新鋭のものとおなじくグリップセーフティ方式)