第179話:航空技術者は託されたものを託す
「――失礼。航空開発部門の信濃中佐はおられるか」
皇歴2601年8月下旬。
これまで訪れる事の無かった組織に所属する将校の来訪に設計室はざわめいた。
「信濃は自分ですが……」
「おお、君が例の……自分は小倉陸軍造兵廠の銅鐘という者だ。すまないが少々時間をいただけないか。先日君が提出した新型自動小銃……機関小銃についてどうしても話したい事がある」
「大丈夫です。応接室があるのでそちらで」
本物の銅鐘大佐か。
直接自分の目で見るのは初めてだ。
まさかあちらの方から出向いてくれるとは。
なかなか遠くて憚っていたものの、そろそろ出向いてやり取りを行いたかった人物が来てくれた。
これはどちらの意味なのだろう。
俺が望む方向性か……あるいはそうではないのか。
大佐には是非お願いしたいことがあったのだが……
◇
「総力戦研究所で承認された例の小銃……詳細な設計図を見させてもらったよ。今、参謀本部を通して各地の造兵廠で諸所の設計数値が正しいのか改めて計算し直しての検討が行われている所なのだが……私もその仕事に参加させてもらった。アルミ合金などの新機軸の素材を利用した部品についても詳細な製造方法が記述されているのは驚きだ。流石は技研の航空技術者。机上の空論ではなく間違いなくこの世に生み出せるモノに昇華されている」
「光栄です」
「そこでなのだが……もしよろしければ本件小銃製造管理について私に任せてはもらえないだろうか。是非製造責任者の立場として大量生産を行いたい。一からきちんとした製造ラインを構築し、複数の企業にまたがって早急に量産体制を構築したい。機関小銃にはそれだけの力がある」
「自分も大佐へお願いできないかと考えていた所でした。機関銃開発と製造ラインの構築において、現時点で大佐に勝る方はおりません。小倉までは遠いがゆえ、なかなかこちらから出向く事ができず歯がゆい思いをしておりました」
「なんと! そうか……それでは私の不安は杞憂だったわけだな。いや、航空技研側の航空機銃開発の者達と製造ラインを構築するものと考え、それだとマズイのではないかと思っていたのだ。陸戦兵器と航空機銃に対する部品の許容差は異なる。それこそ銃座用の機関銃と軽機関銃とでは、同じ弾薬を使用するとあっても製造方法や品質管理には大きな隔たりがあるのでな……」
「ええ。とても良くわかるお話です」
機関銃開発を行える人間において、この理解が出来る者が一体どれほど出来るだろう。
銅鐘大佐は航空機銃と機関銃開発の双方を行い、大変苦労を重ねた人物。
それゆえに現時点の陸軍において最もそれを理解出来ている。
本来の未来では今頃試製超軽機関銃を開発していたのだが……
俺の予想では小倉で開発自体はやっていたんじゃないかと思う。
試製超軽機関銃。
6.5mm弾を用い、ガスオペレーション方式のトグルアクションで動作する軽機関銃のような何か。
ハッキリ言おう、こいつはJARとほぼ全く同じ運用思想から生まれた銃であり……
機関銃とは名ばかりのバトルライフルであって、皇国陸軍が決して歩兵戦闘において古臭い戦闘思想に拘っていたわけではない事の証明する存在の1つ。
残念ながら複雑な機構によって作動信頼性は低く、部品点数も多く、命中精度も宜しくなかった。
その原因の一つが、そもそも6.5mm弾自体がフルオート連射に向かない薬莢形状であるということに気づいたのは……戦後ヤクチアの技師が本銃について皇国の技師と共に分析した事によってである。
その分析に携わった技師こそ開発者たる銅鐘大佐だったわけである。
彼はM1916が同じ6.5mm弾を使用していたからこそ皇国製M1916を目指して本銃を開発したものの……
その頃すでにヤクチアはM1916の作動不安定性の原因が6.5mmの弾薬形状にあることを疑い、より連射に向く新型弾薬開発に向けて舵を切っていたのである。
もしそこに早い段階で気づけていたら……いや、気づけていたとしてもトグルアクションでは……
そういう意味では、開発思想は正しく、状況によっては戦況を大きく覆しうる決戦兵器になれる存在ではあったのだが……
そのままではどう足掻いても違う未来へと進むことは出来なかったであろう悲しみを背負った銃である。
なお、本銃がトグルアクションになったのは銅鐘大佐の意思ではなく上層部からの圧力らしく、試製超軽機関銃の初期案はオーソドックスなガス圧とロングストロークの組み合わせだった。(彼がやりたかったのは九六式軽機関銃を手持ち式にする事だったので当然である)
後年において彼は圧力に屈した事を後悔していたというが、あと一歩だったというわけだ。
JARはそこから数十年先。
ヤクチアに疑問を抱いて亡命したある銃器技師が、あの頃にこういう銃があればとの願いも込めてやり直そうとしたバトルライフルなのだ。
まさか本人もそれが過去の世界に戻って完成形が誕生する事になるかもしれないなどとは考えていなかっただろうが……
いわば、試製超軽機関銃のやり直しこそがJARといって過言ではない。
おかげさまで我々はあの時踏み出せなかった一歩を踏み出す機会を得たことになる。
試製超軽機関銃は、皇国が抱くフルオート連射武器に対する回答の1つ。
同じ思想でもって開発されたJARは、遠い未来におけるミームだけを共有した兄弟のようなもの。
JAR開発時点ですでに銅鐘大佐はこの世を去っていたが……きっと存命であれば開発協力を行っていただけたであろう。
戦後彼も程なくして亡命。
NUPやユーグなどの銃器メーカーを転々としながら銃器開発に関わっていた人物。
声をかければ即合流してくれたことだろう。
だから今、俺の目の前に彼がいる。
恐らく彼が抱えている不安は自身が開発している試製超軽機関銃に関係している気がしてならない。
俺はもちろん、"例のメーカー"に製造の主体となってもらう気など一切無く、製造を任せるのは最初から三社と決めている。
皇国の歩兵火器製造を行える四社のうち、三社の力を借りる事で本来の未来でも本来における今においても果たせなかったJARを歩兵一人一人に配備する。
足りなければ国外の力だって使う。
そこに拘りは無いが、ここまで漕ぎ着けて最初から国外だけに頼るなどするものか。
だが大佐は俺の人となりを知らないから、不安視されても仕方ない。
「大佐。本日大佐がこちらにお出でになられた理由。当てられるような気がするのですが……述べてもよろしいですか?」
「ああ。私と君は恐らく、製造に関してすでに見解が一致していると見たが……是非聞かせてほしい」
銅鐘大佐は相当に察しが良い人物とみた。
少ない言葉だけでこちらの考えを読み取ってもらえる。
間違いない。
JARをこの世に誕生させる最後の一手を担う人物は彼をおいて他にいない。
彼なら迅速に今はまだ紙切れ封印された存在を具現化できる。
守りたいならソレを手にとって勝ち取れと未来から託されたJARを、彼なら……
「主として海軍の仕事を引き受けている"皇国特殊鋼"。ここに製造依頼をしてしまわないかとか、そういう不安があったのでは?」
「その通り。皇国瓦斯など他の企業ならば良いのだが……あそこは陸軍の言う事を聞かぬ。NUP式の製造ライン構築を否定し、自らが考え得た検証もままならない製造手法でもって部品を製造しようとする……そんなの精度が出ているかも不明だが、何よりも耐久性において不安を抱えかねない。見た目が同じ形状なだけの粗悪品になりかねないのでな……仮に試製超軽機関銃はかの企業での開発でなくとも失敗作であったとは思うが……件の企業とそうでない所で製造した銃身では耐久性も命中精度も大きな隔たりがあったばかりか、主要部品も他の企業に作らせた所、作動信頼性にも差が生じた。機関小銃に二の轍を踏ませるわけには行かない」
「無論、その気は一切ありませんでしたが、それでも私は先行きに不安がありました。果たして本当に形にできるのかどうか……と。でも今、その不安が殆ど払拭された気がします。銅鐘大佐。製造にあたって1つだけお願いがあります。本銃についてこれから詳細な説明を行いたいと思いますが……設計図通りに作っていただきたい。認められた公差の範囲内で部品を作っていただきたいのです。妙な改造を施すとこの銃は……」
「ああ、わかるよ。反動を軽減するにあたって君は作動中の重心移動すら利用してみせた。ゆえに重心が大きくズレることは本銃を欠陥品に落とし込む恐れがある。小倉で皆と何度も検証を重ねてよく理解できた。まるでガラスのように繊細な均衡の上に成りたっている上、改良する上では1からすべてをやり直さねばならぬようだが……だが、威力は絶大だ。部品点数も相応に少なく整備性も良好。こういう存在をずっと待っていた。軍も、そして私もだ」
その言葉は、まるでもう1つの歴史の顛末を知っているかのようであった。
きっとこのままでは取り返しがつかぬ状態となるかもしれない暗い未来が見えているんだ。
それにしても……
JARの登場は自らの自信や尊厳を傷つけ、負の感情を生みかねないものなのに……
銅鐘大佐からはそういった様子は微塵も見られない。
むしろJARを完璧な状態で量産する事に強い使命感のようなものを抱いている様子だ。
きっとこの人はそういう人間性を有しておられるのであろう。
組織にとって何が必要なのかを見定める事が出来、大局を見極める事が出来る。
そのために自らが何をすべきなのか、自身の持つ力を発揮して最大限の結果を得るために選択すべき行動を正しく選択することが出来る。
いわゆる正真正銘の"大人"というべき方なのだ。
独り善がりに自らの技術を誇示し、欠陥品をあたかも傑作と述べて実際に運用する現場の者達を混乱に陥れ。
不満が出ても現場の運用法が悪いと譲らず、改良も試みず。
ひたすら軍が悪い。軍は煩いと自尊心を保つために何もかも拒絶する姿勢で。
そればかりか軍は理解に疎いと、自らの無理解を承知せず。
後の歴史においても負の面で多大な影響を及ぼすような人物とは対極にいる。
そういう奴は自らの正しさを証明するため、正攻法が通じぬと考えると原因をすべて他者に投げて、最終的に投げられた先の、それ以上他に責任転嫁できぬ立場の人間が「どうにも出来ぬ」と評価試験などの試験結果を偽装するようになる。
JARでそれは絶対に許されない。
銅鐘大佐は俺以上にそう思われているに違いない。
現場を大変良く理解している人物だからな。
銃器製造については資料の上での情報しか知らない俺とは違う。
だから全てを任せられる。
これまでの会話で確信できた。
なら俺が今すべき事は……製造に関する留意事項など全てをありのままに伝えることだ。
今後も逐一報告は受けて相応の対応はするが、それを最小限度に留められるように――
◇
「なるほど……しかし聞けば聞くほどに本小銃は合理的な発想で作られているな。君の想像力には感嘆するよ。戦場の隅の隅における状況を想定して銃を作る。当たり前の事なのかもしれないが、こういうのはなかなか意識出来ない事なのだよ」
「恐縮です」
あれから2時間ほど。
JARの製造についてどこを許容し、どこを妥協できないのかなどを銅鐘大佐に改めて設計図を交えて伝えた。
JARはトカチョフと共に開発していた頃から町工場レベルでの生産を可能とするため、相当分の公差を許容できるようにしてある。
さすがにAKほどではないが、元々こいつはAKの派生型であるAEKをベースにしている。
だから、AKが持つ生産性を受け継いでいるわけだ。
そうでもなければ今の我が国で作れようはずもない。
「個人的な言を述べると、私が特に驚いていたのが銃身だ。2年前、試製超軽機関銃の開発の最中、当時関係していたメーカーの技師である川村博士は様々な試験を通じて発砲時における銃身の振動が命中率に多大なる影響を及ぼすものではないかと疑っていた。実際に論文として小銃ノ命中精度ニ及ボス銃身ノ振動ノ影響ニ関スル研究として発表を行ったほどだ。だが、そこで理解できたのはより振動を少なくすれば命中が向上するといった具合の話……外的要因によって銃身の振動が妨げられると命中率が大きく変わるかもしれないという領域にまで踏み込んだ理解には至っていない。しかし君は、様々な要因によって振動を阻害させる事が命中率に多大なる影響を及ぼしうると計算式だけで示してみせた。そして最大限の効果を得るために一切の外的要因を排除する浮遊式銃身なるものを生み出すとは……たまげたよ」
「実験装置など作っての評価試験などはされてみましたか?」
「小倉でやった。確かに言う通りだった。とんだ盲点だ。バレルの加工精度が多少劣っていても外部から振動を阻害する要因を徹底排除した方がよほど命中率が上がる。今なら事実を知らぬ諸外国のボルトアクション式小銃に匹敵する命中率をガス圧方式の小銃で実現できるやもしれん」
話が早い。
どうやら銅鐘大佐はJARの設計書に付属した各部の作動理論やその他の技術情報について徹底的に自らも実証して追認の上で今日に至っている模様だ。
反動軽減機構すら実験用の装置を作って試してみたのだという。
その上で「JARは傑作」と判断して今日に至っているというわけなのである。
ただ設計図を見て「すごそうだ」――などと感じて立川まで足を運んだわけではないという事なのだ。
実際問題、試製超軽機関銃は大佐が述べる研究論文を基に命中率向上のため、ハンドガードなどにおいてバレルの振動をなるべく阻害しないよう施してあった。
レシーバーとバレルとの接合部なども従来の銃よりも、より現代的な方式での処理がなされるなど、もし仮にトグルアクションでなければ普通に通用するバトルライフルに成りえたのは間違いないのだ。
その開発責任者であり設計主任だからこそ、現状においてJARをも完全に理解出来るのである。
俺は失敗したかもしれない。
もっと早くから銅鐘大佐に向けて技術情報を渡しておけばよかった。
今回俺がやったのは参謀本部を通して軽機関銃等で既に皇国でも信頼性があると評価されている「ガス圧方式」及び「ロングストローク」のアサルトライフルないしバトルライフルを作るよう仕向ける事だったが……
そうではなく、最初から銅鐘大佐にそれにまつわる技術情報の全てを渡せばそれなりのものが出来上がったのではないだろうか。
AKとの関連性が強すぎるJARよりも、銅鐘大佐ら造兵廠が見出す小銃の方が純皇国製だからその方が将来を考えた場合にも良かったのではないだろうか……
しかしもう遅い。
銅鐘大佐はすでにJARを大変気に入っており、一から作ってもJARからさほど逸脱しない何かになるだけであろう。
それに時間も惜しい。
トカチョフから託された思いも無下に出来ない。
小倉陸軍造兵廠も本銃をいかにして大量生産に漕ぎ着けるかで動いてくれているそうだから……
だからJARで行く。
設計図を描こうとした時からそう決めている以上、反省はすれど、今更後悔などしない。
「今日は中佐に話を聞けてよかった。まだまだ理解に至らぬ部分が多くあったが殆どを解消できた。ただ、1つだけまだ気になる所がある。インチ対応の設計もしているのはNUPでの生産をも意識した結果だろう。ゆえに30口径である理由も理解できる。しかし、なぜ.300サベージ弾にしようと? 現状だと入手は容易ではあるまい。.30-06での妥協は難しいというのはわからないでもないが……」
「それはですね――」
最大の理由は生産性だった。
当初より上層部にて多く意見されたのは7.7mmあるいは7.7mm中間弾頭の製造ではダメなのかという事。
6.5mmは弾丸形状がフルオートに向いていない一方で、7.7mm弾はフルサイズの小銃弾すぎてそのままでは使用出来ない。
だがそれを短小化すれば問題ないのではないのかという話には相応の説得力がある。
しかし、そんな新造弾丸を新たに採用しようものなら工作機械や製造ラインを新たにこさえなければならない。
一体どれほどの時間がかかるのか不明だが、年単位で時間がかかるのは必至。
間に合わなかったでは話にならない。
また、短小化によっていくら弾頭が流用できるといっても、そもそも現時点で7.7mm弾は限定的な生産で皇国はすでに.30-06スプリングフィールドを量産するようになっており、7.7mm弾仕様とした機関銃も順次この.30-06スプリングフィールド仕様に置き換えることを検討中。
俺はここに潜む盲点を突いたのである。
知っている人は知っているのだが、.30-06弾丸は薬莢を流用して専用の治具を用いることで.300サベージにコンバージョンすることが出来る。
多くの部分で寸法が同じだからだ。
この時、やろうと思えば.30-06の弾頭を.300サベージに流用することも不可能ではない。
.300サベージ弾の弾頭の形状は.30-06弾とは完全には同じではないので弾道特性が変わる上、多少の加工は必要なのだが……
緊急時生産としてニコイチ仕様とすることは想定していて、ほぼ無加工で流用したとしても殺傷力を保たせた状態で弾薬として最低限使えるような状態にする事は不可能ではなかった。
ようは.30-06の弾丸をコンバージョン用の工作機械を使うことで、.30-06から.300サベージを大量生産しようとする事は出来るのである。(弾頭自体は形状を.300弾仕様に整え直せばいい)
このコンバージョン用の工作機械というのも、既存の.30-06製造用の工作機械を流用し、専用の治具などを取り付けるだけでいい。
裏を返せば.30-06生産用の工作機械を.300サベージ製造用へと転用することすら容易だった。
製造ラインを全くそのままに.300サベージを一から生産する事も、.30-06からコンバージョンすることも可能。
それが.300自体が持つ魅力であり、強みだった。
だから実はNUP内においても2601年現在において.300サベージを優秀な弾丸として弾薬を開発・製造を行うメーカーも積極的に売り込んでいたりする。
もちろん、それを知った上でNUP陸軍の工廠は評価試験を重ねていたが……
立場が立場ゆえ、一連の情報を把握しているからこそ自国に置かれた環境を鑑みて先んじて採用に踏み切ったのである。
レンドリース対象に.300は含まれていない。
要請すれば出来るかもしれないが、あちらでは45ACPやM1カービン弾などの方が.30-06弾と並んで優先順位は高く、.300サベージ弾は簡単に大量入手する事が出来ないのは事実だ。
だが、NUPの驚異的な工業力によって大量生産された.30-06を"原材料"にして.300サベージを大量生産するという事は苦労なく出来るのだ。
ゆえに.300サベージの直接生産ではなくコンバージョン生産を中心として行う。
その方が大量の弾丸を確保できる。
わざわざ一から新造する必要性は無い。
JARでは.300サベージ弾といっても減装薬弾を使う。
故に.300サベージをそのままの形で入手しても一度分解して火薬を詰め直す必要性が生じる。
その手間は.30-06を工作機械を用いてコンバージョンするのとさほど変わらず、真鍮などの原材料を基に一から弾丸を作るのではなく、弾丸を素材に弾丸を作るという理由が不明なら不可思議な事をやるのである。
その製造ラインは.30-06の既存のものを最大限流用し、治具等の取替で簡単に.30-06の製造と.300の並行生産が出来るので、最小限の負担で大量生産が出来る。
つまるところありえないとは思うが、万が一JARが不採用になっても損害は最小限に食い止めることが可能ということである。
さらに生産ラインもそのままではなく拡充させる。
コンバージョンの製造難度はそう高くないので弾薬と同じくレンドリース対象だった工作機械をNUPから大量に取り寄せ、暇な学生などにも協力を取り付けてとにかく大量生産しようと考えている。
もちろんきちんとした給与も出してだ。
主に生活困窮者を対象に学生まで範囲を広げて募集しようと思う。
三食あるいは二食飯付きとすれば募集に応じる者も相当数いる事だろう。
これは従来の弾薬製造においては火薬の取り扱いが素人には極めて危険なため、このような事はなかなか出来なかったのに対し、コンバージョンならばすでに火薬を抜いた薬莢の再加工なので危険性は少なく、工作機械で簡単な作業を行って薬莢と弾頭の形状を改めるだけだからこそ可能なことなのだ。
俺の頭の中にある本来の未来におけるNUPで記録された資料の情報が正しければ、2日あれば射撃精度も問題ないコンバージョン弾を作れるようになる事は、そもそも.300サベージの製造メーカーがNUPの陸軍工廠へ向けてアピールしていた。
よって特段おかしな事はやろうとしていない。
この生産性の高さが採用理由の1つだった。
もちろん……最終的にはNUPでの大量生産と供給すら画策している。
それも合わせての生産性だ。
華僑も含めて.300サベージについては製造を行ってもらう。
つまり生産性を最大限の状態にできうる弾丸でありながら、現状において申し分ない威力を持ち、かつ弾薬の全長が短いものを考えた時、.300サベージ以外選択肢は無かったわけである。
.30-06は長すぎる。
薬莢の長さにしたがって増大する重量から逆算し、携行弾数を考えるならば弾丸は可能な限り短いほうがいい。
冗長性を考えたらまさにそれで行くのがベスト。
元々7.62×51mm弾で設計されていたがゆえ、その素体となった.300サベージとの相性も良いことも合わせると、これ以外の選択にした方が怖い。
「――コンバージョン生産か……考えたことも無かった。実際にすでにあちらではやっていると?」
「取り寄せた資料が事実ならそうです。メーカーはそのための治具を一般販売しているので、やっていると推定できます」
「弾薬から弾薬を作る……なんて泥臭い作業だろう。しかし今の皇国らしいと言えばらしいと言えるかもしれない。それで得る力は絶大。ならば自尊心などかなぐり捨てて、実利を得る方が正しい。いや、本当に君に常識に囚われない最適解を見出すにあたっては天才的な発想力を持つな」
「妥協出来ない部分はただ妥協しないのでは困らせるのは現場です。いい銃だが弾足りぬなどと叫ばれては技術者としての名が泣きます。その帳尻を合わせるのも技術者の本分かと」
「全くもってその通り。これなら本年には銃を完成させて試験まで漕ぎ着けさせられそうだ。すまないが.300サベージ弾に関する技術文書ももらえないか。以前の資料には関連資料が見当たらなかった。すぐに用意して弾薬変換を始めようと思う」
「承知しました。夕方までにお待ちいただければご用意致します」
「助かる。中佐。もう明日から機関小銃の試作を始めてしまって構わないか?」
「もちろんです。吉報をお待ちしています!」
既に設計図その他は小倉に渡っている。
構成部品の金属の組成表その他までしっかりと刻まれたその設計図なら、設計図通りに作れば形になる。
後は精度次第。
どこの部品に精度を出して行くべきかは大佐に全て伝えた。
きっと大丈夫。
しばらくすればアイツには"また"お目にかかれるさ。
あっちの世界に忘れてきてしまったアイツを。
後は量産して、兵士一人一人に配るのみ。