第178話:航空技術者は検討を始める
「――試験中の新型戦車のブレーキ用電送回路の構造変更を行いたい?」
「はい。戦車学校側からの提案です」
「何か重大な不具合が?」
「詳しくはこちらにと」
皇歴2601年8月下旬。
早朝より立川に訪れた若い伝令役の士官は、事情については詳しく説明できぬとばかりに試験データなどを含めた資料一式を手渡そうとする。
この日はこの後に重要な予定があったため、時間を浪費できぬと受けとったソレを急いで読み返すと……
ブレーキの減速度の大幅な向上のための回路配置への変更案というものをメーカーを通して設計し、こちらに承認を求めてくる同意書と、減速度を高めたブレーキ試験のデータが含まれた大量の情報が刻まれたファイルとなっていた。
この資料情報、一見して不可思議である。
「どうしてすでに試験結果が? メーカー側が試してほしいと提供でもしたんですか」
「不具合だそうです。どうも製造工程で配線処理を誤ったらしく、その結果加速度と減速度が逆転したばかりか減速度が大幅に向上し……」
「それで最高速を発揮した状態からの停止距離が3m程度になったと……その状態のまま、その車両でいろいろ試した記録が今手元にあるものというわけですか」
「そうです。戦車学校側はこれまで減速力が一般的な他の戦車から一歩秀でた程度なのは搭載した電動機の影響であり、これ以上の減速度向上は物理的に不可能なのかと勘違いしていたようですが……」
「あまりに強烈すぎると減速で負傷しかねないことから、最低限必要であるような数値に設定しただけですよ。つまり、運用側はそれでは不服であり……例え減速で頭を強く打って死ぬ可能性があっても、最高速から3m程度で停止出来る方がいいと。そういうことで?」
「その通りです。行進間射撃の命中率は現状では多くを望めません。持ち前の加速力に加えて急停車できる力があれば、それを大幅に補えるとの事で、訓練を積めば急停止における諸問題はどうにかできると」
「いいですよ。運用時においてそれが最優というなら減速度を大幅に引き上げましょう」
しかし最高速50km/hオーバーの状態から3m程度で停車なんて……
こんな殺人的な減速をするブレーキ、諸外国の未来の主力戦車でも装備しているなんて話聞いたことがない。
だがやりたい事はハッキリとしているし、ブレーキはペダルを踏むことで制動力を変更できるから踏み込み過ぎなければ良いとも言える。
常に急停車するわけじゃないんだ。
別に装備したとて問題はないだろう。
ようは使い方だ。
「ありがとうございます。これで何とか主砲を装備した状態で試験を行う前に、戦車を所定の性能にすることができそうです」
「来週には戦車学校の車両が正式採用される12cm砲を装備した状態で試験運用が始まるのでは? 間に合わないような……」
「回路を調整するだけなので」
「わかりました。では手続きを行っておきますよ。今日から作業を始めてしまって構いません。追って指示が向かうようにします」
「助かりました。何としてでも同意を取り付けてこいと言われていたので……これで木更津に大手振って帰れます! それではっ!」
どうも事前にいかなる方法をもってしても同意を取り付けてこいとでも言われていたのか、当初は浮かない顔で話しかけてきた若い士官はこちらの同意の意思表示に気分を良くするとすぐさま廊下へと立ち去っていった。
まるで季節風のような男だな。
恐らく戦車学校側はこの青年で一旦様子を見て、ダメそうなら相応の立場の者をよこして対応しようと考えていたんだろう。
そしてこの男は何らかの形で将来を期待されており、交渉役に抜擢されたと見た。
皇国的組織がよくやることだ。
結果を出せなかったとしても株が下がるのは先程まで会話した青年のみ。
出せばさらに期待され今後が約束されると。
……ある意味で甘い対応だったかもしれない。
先程の対応では成長しない。
運が良かっただけで、こういう事を重ねると勘違いして躓いた時に立ち上がれなくなるかもしれない。
どうせなら一旦否定して交渉力の如何を確認してもよかったが……
今日はそれどころじゃないからな……
次に訪れる機会があれば一旦否定して様子を見ることにしよう。
◇
「速ェ!? 一体何km出てるんだ!」
「我が方の新鋭重戦闘機と速度で張り合あっているとは……どちらを褒めるべきか」
「ダメだ。こうも低空で飛ばれると目で追いきれん。目が回る!」
午前10時。
多くの関係者が集まる中、立川の上空では模擬戦闘……もとい現用技術の粋を結集した最高対最優による航空ショーが開かれていた。
今まさに重戦闘機を追いかけ回しているのはスピットファイア。
1週間前にようやく完成して試験飛行を行い、今日の日を迎えた元は王立国家の戦闘機にして、切り札である。
しかしながら、現在飛び回っている機体は提供されたコア部分の胴体と翼の主桁部分以外は全て長島で製造された80%以上を皇国製とする機体だった。
胴体にはこれまで封印してきた超々ジュラルミンを積極採用して補強を施してある。
翼においても主桁等も形状をそのままに素材を変更。
翼自体がより強化された状態だ。
こいつはエンジンはマーリン66とし、俺がハ44をどうにかするために考案したタービンシステムを搭載する、スピットファイアMK.Ⅶとも言うべき機体。
ただしMK.Ⅶという機体名自体は既に本国へと帰国したフッカー卿を含めた王立国家の技術者が製造したものに名付けられており、こちらには特に名前は名付けられていない。
俺は勝手にマーリンスピットファイアの完成形とも言われるMk.Ⅸの名を名付けて心の中でそう呼んでいるが、王立国家は「ナガシマスピット」とか、そんな呼び方をしている。
ちなみに本家本元のMK.Ⅶはというと……
「――それに比べてもう1機の方は不甲斐ない。なんなのだアレは?」
……このように皇国サイドの人間が苦言を呈す程度の性能である。
Mk.Ⅴと比較した場合の性能向上は間違い無いものの、結局彼らは斬新なタービンシステムを与圧室を設けた状態で組み込むのに大変苦労を要し、エンジンカウルの両サイドにタービン用インテークなどを設けたりはしたものの、熱量増加による冷却性能向上のためにラジエーターをさらに追加してエンジン下部に大きなインテークを設けて対応したため、最高速度その他において劣り……
かつ最高速度に対して不足気味な安定性によって更に失速を重ね、試製重戦闘機(鍾馗)を追いかけ回す能力は無いに等しい状況だった。
いや、あの仕様で"鍾馗"を軽々追いかけ回すような性能になる方が驚きだ。
余裕の無いスピットファイアにこれでもかと新機軸の機構をブチ込んでいる一方で弱点の解消に至ってないのだから。
むしろそれが出来たらフッカー卿を含めて全員俺と同じ立場なのではないかと疑ってしまう。
鍾馗は相当に苦労して開発した以上、簡単にスピットファイアに負けるようでは航空技術者としての立場が無い。
だとしてもやはり……スピットファイアというのは優秀なので……
このような急造仕様でも実力の8割~9割程度を出す鍾馗に追いつけるか。
鍾馗側はツマミを所定の位置で固定するよう指示しているため、出力を上げようと思えばまだ上げられる。
スピットファイアはエンジンの耐久性の問題から、さすがにこれ以上の出力向上は現状では果たせない。
相当頑丈なマーリンだが、すでに凶悪な圧力による混合気が吸気側より流れ込んでくるエンジンへの負荷は尋常ではない状態だ。
今日の日までに試験を重ねて飛行に問題無い長時間可能な限界数値にセッティングしており、これ以上踏み込むとエンジンブローするのは確認済み。
今の状態でも鍾馗の搭載するハ44とはおよそ300ほどの馬力差があると思うが、機体形状と重量の双方がもたらす加速力は今の状態の鍾馗に追いつくには十分だった。
主翼の翼端に設けた構造体や、大幅に洗練させた機体後部の尾翼はしっかり仕事をしている。
700km/hは楽に出る様子だ。
この機体……結局、俺が考えたシリンダー冷却は最終的に採用されなかった。
現地で整備するにあたって支障が生じるとの事から、未知の技術に頼る事無く所定の性能を満たせという指示を受けてしまい、採用を見送っている。
だが、代わりに最大限やれる事はやった。
エンジン下部には本来の未来におけるMk.Ⅷ以降装備していたインテークを増設。
Mk.Ⅷ以降の機体はここをエアフィルターとして吸気に活用していたが、本機においてはフィルター兼、増設されたラジエーター用の給気口としている。
これによって下部インテークはMk.ⅧやMk.Ⅸより大きくなっているものの、層流を防ぎつつ、最高速に最大限影響が無いよう配慮した構造としている。
従来まで装備していたラジエーターはラジエーター容量は2割減のものへと小型化。
新たにカバーを設け、インテーク形状を整えてタービン用の吸気口を近辺に設けた。
一見すると給気口が絞られた形状から大幅にラジエーターが小型化して冷却性能もかなり低下したように感じられるが……
そんな事はなく、層流を防いだ事で既存機よりもむしろ冷却性能は向上。
それでも熱量が増加したエンジンを冷却するには性能不足のため、ラジエーターを追加してどうにか対応している。
また、エンジンカウルの形状もより洗練化。
タービンを搭載するにあたって従来まで露出していた排気口が大幅に移動するのに合わせた措置である。
これによって下部のインテーク分で増加した抵抗を緩和しようと試みて……
結果的に成功したようだ。
現在の仕様については……エンジンをマーリン66の特別仕様とし、これが2180馬力ほど出ている。
装備重量は3690kg。
重量増大は最小限としつつ機体の補強は徹底した。
武装は王立国家がMk.Ⅶから採用しようとしていたホ5を4門装備。
これで名実ともに重戦闘機になった。
全長は尾翼が後退翼となった事や、タービンなどの動力部を押し込むために延長した結果10mを超えてしまったが、全幅は従来機と大差が無い。
つまる所こういう状態だ。
エンジン マーリン66特別仕様(最大出力2180馬力)
装備重量 3690kg
武装 ホ5 20mm×4(翼面)
全長 10.10m
全幅 11.50m
航続距離 740km(通常時)
1420km(増槽装備時)
エンジン性能の影響で、現時点でも最高速度が730km/h以上に達する事は間違いないだろう。
これは2601年現在の現用航空技術で達成できるマーリン66装備のスピットファイアとしては限界数値に近い。
性能的には本来の未来において戦中に間に合わなかったスピットファイア最高峰とも称させるMk.24と殆ど性能が変わらん。(なおスピットファイアはMk.21からアラビア数字となっている)
あのピーキー過ぎて乗り手を選ぶと呼ばれたじゃじゃ馬だ。
俺のは操縦性含めて非常に素直でそっち方面では比較にならないが、全体的な諸性能においては極めて類似する、その領域にすでに両足突っ込んだ状態なわけだ。
それもマーリンで。
ただ、未来のエアレースではさらに上を目指せたので……まだまだ余地が無いわけでもないのは事実。
しかしながらここから760km/h台あたりに持ってくならレース用に徹底的にチューンナップせねばならなくなる。
短時間飛行しか考えてないような切り詰めた仕様だ。
それでは戦闘機として戦えない……偵察機ならあるいはといった所だが……本機はあくまで戦闘機なので、無茶はせず現時点の技術限界点に到達した軍用戦闘機として冗長性を保たせている。
新たにタービンを心臓部に設けたスピットファイアは、排気音が独特となった状態で、同じく非常に独特な飛行音を奏でる重戦闘機と鎬を削り合っていた。
それにしても……一体誰だこの機体の塗装を皇国陸軍仕様にした奴は。
ラウンデルを皇国のものにするのはまだしも、この抹茶のような緑色はなんなんだ。
ご丁寧に下部は灰色にした上で主翼の前縁には独特な黄色の塗装まで……
本来の未来においてこれが"三式戦闘機"あたりだったならばもっと苦労しなかっただろう出で立ちだ。
確かに俺は塗装の色までは指定しなかった。
高速性能を維持するために摩擦係数の低い塗料の指定まではしたが、色までは指定していない。
だからってここまで陸軍のアピールをする色にする必要性は無かったはずなのに。
今日の模擬戦闘は王立国家の者も見ているんだぞ。
心象が悪くなったらどうするんだか。
ともかく、対Fw190用スピットファイアがなんとか完成してくれて助かった。
既に設計図は王立国家に流している。
これでFw190D相当なんかがいきなり出てきたとしても、相応に対抗できることだろう。
うちでも長島と山崎が協力して少しばかり生産するようだが、鍾馗の量産と配備が軌道に乗るまではこちらに頼る事になるかもしれない。
果たして本機は後の歴史においてどう語られるようになるのやら。
◇
「――信濃! なんかお前宛てに小包が届いてるぞ。なんなんだこの箱は。とても軽いが……中身入ってんのか?」
「ついに来たか!」
試験終了後の午後、中山がすでに最近は俺専用の個室とも化している設計室に小包を持ち運んで来る。
彼の言葉に即座に中身が何なのかを理解した。
「待ってたんだこれを……見ろ」
「なんだこれは……白い…板? まるで布を樹脂で固めたような」
「あながち間違ってもいない。こいつはNUPから取り寄せたガラス繊維をエポキシ樹脂で固めたものさ。FRPの一種と言っていい」
「航空機用の外板にでも使うのか?」
「それもそうだが……もう1つやってみたい事があって、汎用オートクレーブで板状に整形してもらったんだ」
梱包材によってしっかり保護されていたソレは、全長及び幅40cm程度の正方形の板に整形されたグラスファイバーを編み込んだものをエポキシ樹脂で固めた……未来においてはGFRPなどと呼称されるものである。
わざわざ貴重なエポキシ樹脂を使ってまでこのようなものを試作してもらったのには理由があった。
「いいものを見せてやろう。飛行場に行っててくれ。準備したら俺も行く」
「なんだよ一体。何か試すなら他の人も呼ぶか?」
「いやいい。個人的に試してみたい事だからなこれは。だから今回作ってもらうためにわざわざ私費を投入したんだ。軍費を使うわけには行かないものでね」
「ほう。面白そうじゃないか。期待しとくぜ」
これから始める実験は、正直中山ぐらいにしか見せたくないものだ。
見てもそれほどの感動は起きない。
ただ、今後を考える上でどうしてもやっておきたい事。
今の時代の平均的感性を持つ人間がソレを見てどう反応するかも見ておきたいから……
中山に参加してもらう事にした。
◇
「これで良し」
「なんだよ一体。万力なんて持ち出して板を固定して……」
「いいから少し離れてみてろ」
中山を危険性のなさそうな位置へと移動すると、俺は改めて板のある場所へと近づき、5mほど離れた位置で正面に相対する形で位置を整える。
その上で――
「うお!? お前短機なんて取り出して――おわっ!?」
驚く中山が制止する前に数発射撃を試みた。
「何やってんだ!? 勿体ねえことを!」
「いいから、固定された板を見てみろ」
「え?」
俺は銃を仕舞いながら、驚くばかりの中山に板の様子を伺うよう指示する。
中山はまだ状況が上手く飲み込めていないようだったが、万力からFRP板を取り出すと驚きを隠さなかった。
「なんだこりゃ!? 穴かと思ったらヘコんでるだけだと!?」
「それがガラス繊維とエポキシ樹脂を組み合わせた時の力さ。編み込んだ状態をしっかりと固めて厚さ2cmほどにすれば……9mm弾程度なら止まる」
「いつも携帯している銃と違うものを取り出したかと思ったら9mmだったのか」
「ああ」
あえて9mm仕様の短機関銃を持ち出したのは、当然敵が中心的に用いている弾丸だからだ。
強装弾が打てるなら別に拳銃でも良かったのだが、一部ガンスミスがカスタマイズしたものを除けば現時点において強装弾を撃てる拳銃なんて皆無。
それこそ例えば同じ9mm弾を使うハイパワーあたりはスライドが薄すぎて撃つには不安がありすぎる。
現状だとP08やP38の鹵獲品は将官らが好んで携帯しているが、これらも強装弾を撃てるほどの強度は無い。
想定すべきは9mmは9mmでも強装弾の方だから、あえてこの日のために倉庫の片隅に放置されていたMP18を持ち出して整備し直した。
最近の第三帝国はMP18の使用率は低くなり、MP28やMP41を主軸としているとはいうものの……
最も重要なのは弾丸なので、銃はある意味で妥協したものを選択しているとはいえるが、妥協とはいえ性能が劣るものを選んだわけでもない。
おかげで今回の実験にかかった費用はMP18の整備費用と板の調達費だけで済んだ。
ちゃんと許可も取った上で使わせてもらってるが、MP18なんて今の皇国には使いづらいガラクタ同然の武器であり、私費で整備するといったら「そのまま自分のものにしていいぞ」――などと言われるほどだった。
GFRP板1枚の金額が半端ではない事から、これには大助かり。
GFRP板は冗談抜きで貯金をかなり切り崩す事になったからな……銃器を調達したらどうなってたか。
まあ、給与なんて実家に仕送りしている分を除いても立川で三食風呂付きの生活をさせてもらっているのでこういう事ぐらいしか使い道は無いので仮にそうなったとしても問題は無い。
「――そうかわかったぞ。これで襲撃機の防御力を底上げしようっていうのか!」
「確かにそれも1つの手だが……板の重さを感じてなんとも思わないのか?」
「板の軽さ? そういば相当に軽いが…………まさか盾?」
腕に嵌めるようにして盾のごとき状態で手で固定した様子で訴える中山の姿は多少なりとも説得力があったものの……
残念ながら不正解である。
「鎧だよ。ヘリボーン戦術確立にあたっては、より流れ弾を受ける危険性が高まる。ドンパチを行う中心地にあえて兵を配置する事だってあるからな。だから頭だけじゃなく相応の防具を作れないかって、製造費用も鑑みて1つ検討してみようと思ったんだ」
「なるほど……しかしお前、エポキシ樹脂って相当高いんじゃないのか? 現状で量産できるものなのかよ」
「だからいろいろ考えるのさ。このままの路線で行けるとは思ってない。だが、検証されたFRP素材の強度数値からこういう事が出来るんじゃないかと思ったらやらずにはいられなかった。こういうのは挑戦しないと始まらないから」
中山の言う通り、この状態のまま採用するのでは現状では大量生産出来ない。
価格もそうだが、エポキシ樹脂の大量生産が出来ない。
前線で戦う歩兵一人一人が受領できるようになる事は無い。
だから生産体制も含めて1から検討しなければいけないわけだが、これは回答の1つでもある。
最悪は少数生産と部隊における運用法でもって乗り越えることも考えるが……それは本当に最後の選択だ。
そもそもボディーアーマーやら防弾ベストっていうのはプレートだけで構成されたハードアーマーとして作られているわけではない。(存在しないわけではないが正式採用された例は聞いたことがない)
例えば重要な部位だけを防御しようとハードプレートで構成された簡易的な防弾具というのもあって、これを一般的にプレートキャリアなどと呼称するものなのだが……
プレートキャリアを作りたいわけでもない。
提案したいのはボディーアーマー。
作るからには現在敵側の主力となる拳銃弾は確実に防げるようなものを正式化できるようにまで仕上げてみたい。
現状で困難なのは百も承知。
今回はガラス繊維を使ったが、本当は別の繊維素材を使いたいのだが……
例えば炭素繊維は熱処理が必要で相当な規模の加工施設が必要となる。
現状で1から生み出すのは時間も費用も人員も何もかも足らなすぎる。
だが諦めるわけにはいかない。
何か方法や選択はあるはずだ。
陸軍を近代化させるというなら、やるなら最後まで。
将来に渡って活躍する兵士の骨格を今のうちに作り上げたいんだ。
装備をもって。
「こんな弾丸を弾く防具が当たり前になったら戦争はどうなっちまうんだ……怖いぜ」
「残念だが、これでは小銃弾は防げない。小銃弾まで満足に防げるような代物は後1世紀ぐらいは満足に出てこないだろう。その頃には戦い方も想像だにしないほど変わってるさ」
実際には満足に防げるようなものが誕生するまで後80年ぐらいだろうか。
その頃は歩兵は限定的な戦い方しかしない時代となっているかもしれない。
無人兵器がまずは敵を薙ぎ払い、歩兵は目標地点の占領と残存戦力の掃討だけをやるといったような……そういう世界になっているのかもな。
◇
「信濃技官。 招集だ! 会議室に集まるようにと上層部からの命令だ」
「何かあったんですか?」
「わからん。とにかく急げ」
その日の夕方。
いつものごとくメーカーの者達と開発中の新兵器などの対応を行い、一段落した矢先。
俺は研究課の課長に呼び出され、急いで会議室へと向かう。
中に入ると室内は暗幕で囲まれており、映写機と録音再生用の機器が配置してあるのが確認できる。
「トーキーですか?」
「ああ。内容は知らん」
プロパガンダのためならわざわざ一度に多くの技研職員を集める必要性も無い。
何度かに分けて上映すればいいだけだ。
そもそも、今の俺の立場なら開発を優先できる。
今までもそうしてきたし、必要に応じて参加してきた。
だが今回は強制とは……一体なんだ。
理由がわからず不安が体中をほとばしる中、しばらくするとある程度の立場の職員で会場は埋まり……上映会が始まる。
するとスクリーンに映し出されたのは第三帝国の総統の姿であった。
何やら演説の最中であるようだ。
「先般、我々は大切な人間を失った! 私にとっては何ものにも代え難い存在だ。 なぜ彼が死ななくてはならなかったのか! それは彼が指導者たる私の主治医であり、名医であったからだ! ありとあらゆる医術に長けた人物を……何者かが葬った。もちろんこれは我が祖国の民の仕業などではないだろう。幸福で幸せなアーリア人は、このように卑怯で下劣な手段を用いて圧迫をかけてくる事など無い!――」
驚くほど健康体のように見えるその姿は、まさに何かに目覚めたと言わんばかり。
高らかに大衆へ向けて悲劇を語りかけ、それを国家への最大の挑戦とでも言うかのように熱弁を振るう。
恐らく気づいてないんだろう、この者は。
自分がなぜ、まるで毒が抜けたようにここまで体調が万全な状態で演説が出来るのか。
やられた。
一体誰が殺した。
今後第三帝国と戦うにあたって一番死んでほしく無い人物がまさか死去したなどと……
NUPか?
現状において戦況をかき乱したい人物なんてあそこぐらいしか思いつかない。
あるいはヤクチアの手の者か?
少なくても皇国が本件に関与するわけがない。
皇国は相応に亡くなった人物がヤブ医者であることは知ってる。
特に西条はこの人物のおかげで第三帝国が弱体化した事を熟知している。
だから絶対に手を出すはずがない。
まるで戦で双方共に死に狂えとばかりに手を下した者は一体誰なんだ!
それだけじゃない。
演説している総統閣下の背景の日付……昨年の9月だぞ。
つまり昨年の段階で亡くなっていたと……その映像を入手したと。
上映会の企画者は恐らく西条だ。
俺に見せるためにこのような場を設けたに違いない。
少数で演説を見たことが他の将官などに知られた場合に怪しまれることを考慮してこういう場を設けたんだ。
今一番この映像を見せたいのは俺であって、周囲にいる技研の職員でない事は明白だ。
こんなのものを見せられても殆ど関係が無いからな。
恐らく他にも様々な者達にあえて見せることで犯人探しのような事をしているように見せかけつつ、俺に見せたかったんだ。
状況が更に悪化したかもしれないと。
StGの件といい、あっちは指揮系統も含めて最高の状態で挑んで来る可能性があると……
ボディーアーマーの検討を始めて正解だ。
並の武装じゃダメだ。
並の戦闘力じゃダメだ。
可能な限り限界まで戦闘力を引き上げて対抗せねば……この戦、乗り切れん。
補足:前話で皇国軍兵士が身につけていたのは今回のGFRPのものとは違います。