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第23話:航空技術者は恐怖する

――皇国陸軍発表! 5月20日午後9時。我々は華僑より飛来せし航空軍の撃退に成功し、これを捕縛したものであります――


 ――去る 5月20日。寧波より飛来せし2機の爆撃機は、皇国本土の九州地方の爆撃を画策していた所、我が軍はこれを予見し迎撃するに至りまして、新鋭戦闘機11機を出撃。同日午後8時に邂逅し、本土爆撃を見事に阻止するに至りました――


 ――我が軍による警告と誘導の結果、1機が反転して逃走して取り逃すも、もう1機を武装解除させて熊本に不時着。これによって華僑の軍人3名を捕虜として捕縛するに至ったのであります――


 ――我が皇国陸軍は初の本土防衛に成功。世界に先駆けて長距離飛行による本土襲来を阻止したのであります。B-10は爆装した状態であり、もしこれを許せば、熊本市内は火の海となっておりました――


 ――これは国際法上定められた空戦法規の無視であり、極めて非道な行為であります。我が国は常々今回の戦を自衛と称しておりますが、この通り華僑は隙あらばいつでも皇国を狙って常に侵略をたくらんでおり、即ちこれこそが我が軍のピーガーッ――


「なんだよ切れちまって最後まで聞けなかったゾ」

「しかしよくやったな。藤井少佐は見事だ。電探もまだ発展途上の所でよくやったよ」

「信濃。もっと喜んだらどうだ。お前のこさえたキ35が見事に活躍したらしいじゃないか」

「そうだな……」

「なんだか不機嫌そうだなー信濃は」


 中山め……それどころではないんだぞ。

 西条からの報告を受けた俺は耳を疑った。


 本来ならビラを撒きに来るだけだったはずのB-10は爆装していた。


 奴ら帰還出来ぬことも覚悟でこちらに一矢報いようとしたらしい。


 仮に海上に墜落して果てることになっても熊本を焼こうと思ったのだろう。


 今聞いたニュースは昨日の速報に対して陸軍が改めて公式声明として出したもの。


 藤井少佐からのデブリーフィングにおいては、キ36を駆使して当日の天候などを何度も調査し、風向きを読んで進路を予測して捕まえたのだという。


 インターセプトした上でこちらから発した光信号による警告に対して彼らは当初無視していたものの……


 後ろに飛んでいた1機が突如反転し、機銃を掃射しながら逃走した。


 元より1000km程度しか動けない我が軍の戦闘機は追えるだけ追ったものの撃墜には至らず、未帰還機を出すわけにはいかなかったので引き返した。


 一方でもう1機はしばらく飛んだ後、こちらが最後通告をすると武装解除に応じた。


 最終的に少佐による見事な誘導によって熊本に不時着。


 B-10の搭乗者は投降したため、皇国の慣例にならって捕虜とした。


 皇国陸軍の被害は夜間のために着陸に失敗した九七戦3機。


 乗組員は全員無事だったものの、草むらに着陸してしまい派手にとっちらかって3機とも大破。


 藤井少佐の話では先に着陸したB-10によって滑走路の一部が埋まっていたために止まりきれなかったからだという。


 むしろその状況でキ35が2機とも無事という方がよっぽど恐ろしい報告だ。


 藤井少佐は絶対に失ってはいけない人材と確信できたぞ。


 なお、拘束された3名の捕虜は現在厳重な管理体制の下、東京に輸送されている。


 現地の将校や藤井少佐による簡易的な聴取に対して彼らは華僑の航空部長ではなくヤクチアの将校から命令を受けて飛び、未帰還覚悟で九州を空爆する予定であったことを話した。


 以前の世界ではNUP人である航空参謀長と彼がこさえた共和国などのユーグを中心とした傭兵による少数の国際航空戦闘部隊……


 後にNUPを中心とした義勇兵部隊となる土台となった組織の意向を無視して強引にB-10を徴発した上で強攻し、皇国との関係性を重視して活動していた傭兵達との銃撃戦になる予定と聞いていたが……


 その裏にヤクチアが潜んでいたのかヤクチアが介入する未来に変わったのかどちらだ。


 どちらだったとしても……ヤクチアは噂通り華僑と皇国を憎しみ合わせ、漁夫の利を得るという算段だったという話は間違いない。


 しかしよく投降してくれた。


 彼らの情報は貴重だったし、爆装されたB-10という大きな証拠を手に入れたのは今後の展開の布陣となる。


 熊本からの情報では本当にビラなんて1枚も入ってないって話だ。


 一歩間違えば着陸に失敗して大爆発という展開もあったし、あえてそれを狙うという方法もあったはず。


 あそこには四菱の航空機製造所が併設されているしな。


 ただ、先頭を飛んでいた編隊長含めた3名はそれなりに教育を受けた者であったので、皇国軍が華僑の国民軍と異なり虐待などを行わないことを知っていた。


 インターセプトされた時点で残り燃料も無く帰還できない事から、素直に武装解除に応じたのだという。


 また、本土空爆については渡来空爆への報復攻撃だと主張していたが……


 彼らの地元は上海などではなく華北であるためそこまで思い入れはなく、むしろ儒教的思想から市街地への空爆は誰かに止めてほしかったと考えていたようだ。


 民間人への空爆も辞さない構えでの空襲についてはヤクチアから強要されたとのことだが、戦争法への理解ぐらい彼らにもあるようだ。


 国際連盟が定めた空戦法規を完全に無視した危険な行為だからな。


 尚更のこと素直に投降したのが不思議でもあるが、熊本航空機製造所について知らなかったのかもしれない。


 B-10は即日で積載された爆弾が写真で公開されたが、西条も俺も現像されて届いた写真に冷や汗を流さずにはいられなかった。


 後一歩で熊本城が吹っ飛んでいたかもしれん。


 帝国陸軍としては本土防衛も基本任務としてはいるが、NUPやヤクチアによる大空襲の予行練習にはなったと思われる。


 そして海軍も意識を改めたのではないか。

 もし奴らが少しばかり北を飛んでいたら長崎をやられたかもしれん。


 彼らは鹿児島を狙って風に流されて熊本に到着したとの事だが、当初より狙いは鹿児島や長崎などの海軍施設だったとは言っている。


 ただ、見つけたら市街地でもなんでもいいので爆弾を落とせと命令させられていたらしい。


 赤丸が付けられた地図と作戦指令書の写しも保有していたが、熊本は特に狙うべき箇所とはなっていなかった。


 これできっと戦略爆撃の危険性について認識しただろうが、こういう歴史の変化は正直言って怖いな。


 ただ華僑自体はそれなりに大きい精神的ダメージを被ったようだ。


 ニュースが流された日にはすぐさまラジオニュースを流して対抗した。


 内容はおおよそこちらが発表したのと同じだが、捕虜は殺され、B-10の1機は警告の1つもなく残虐にも破壊されて、なし崩し的に従うしかなかったのだと言っている。


 それはつまり反転したB-10は未帰還だったという事だろうが……


 翌日には陸軍が投降時の写真や映像を公開し、その後の聴取映像も音声付きで公開したため、捕虜の生存が確認されて内容を修正していた。


 修正内容は捕虜が喋った"ヤクチアに命令された"という内容を否定し、我が軍が独自で作戦行動に出たという話である。


 あまりに堪能な華僑語だったために捕虜が偽者と主張するには難しく、生存しているが極めて悲惨な状況にあると主張していた。


 まあ普通に何もしてないんだが。


 しかし本当に危なかった。

 こんな事なら武漢に到着した時点でB-10を破壊しとくべきだった。


 藤井少佐がいなかったらどうなってたかわからんぞ……


 ◇


 翌々日。

 汽車によって運ばれた捕虜は丁重に扱われた上で改めて聴取を受けることになった。


 この時点ではまだ捕虜収容所は満足できるものがないので最終的に彼らは習志野あたりに向かうことになるが……


 その前にいろいろ聞かなくてはならなくなったため、聴取には俺も西条と並んで参加することになった。


 ◇


「ウェン航空士。まず確認したいことがある。この男を知っているか?」


 通訳を通して説明した上で聴取を担当している将校が見せた写真は俺も見たことがあるブレア・リー・ノートを捉えたものである。


 航空士は沈黙しながら写真を覗き込むと口を開いた。


「……知っている。我が軍の新しい航空参謀長だ」

「理由は話せないが我々はこいつをどうしても逮捕したい。お前たちを鍛えているヤクチアの教官などどうでもいい。この男の行方を探っている。奴はどことどこを行き来し、どこに現れる?」

「今この男は武漢にいる。だが、この男はもっとも安全が確保された場所にしか姿を現わさない。我々はこのNUPの大切な友人を絶対に失えない」

「奴がどうやって上海からそちらに合流したのか知らないか」

「わからない。ただ、彼は卯邦初と友達だ。彼がいる所に常に共にいる。昆明の外国人部隊の司令にはよく顔をだしていた」

「そうか」

「それより私は警告を送りたい」

「なに?」


 なんだいきなり。

 一体どうした。


「華僑にはもう一人の卯がいる。この男は貴方達と裏で手を組んでいるが、華僑のためと言いつつずっと傍観を決め込んで勢力を拡大している。我々にとって許しがたい。真の敵は近くにいるのではないかと思う。貴方方は反共国家のはずだ。我々と同じ反共主義を掲げているはずだ」

「そんな事ぐらい知っている。アレの始末を付けるためにはお前の後ろにいるリーダー格が譲歩しなければならない。お前は時代の変わる行く末を収容所で見ているがいい。空襲計画は近いうちに2度目が敢行される予定だったそうだが、その時は間違いなくお前は未帰還になっていただろう。変わった人生のゆく先をゆっくりと考えるがいいさ」


 まるで知ったような口ぶりで警告を発したことにどうも腹が立ったらしく、皮肉交じりで聴取官を押しのけて言葉を吐きかけてしまった。


 あまりに恥ずかしいので頭を冷やすためにそのまま聴取が行われていた室内から一旦外に出る。


 そんなことは解ってる。

 俺が憂慮しているのはむしろ今回の件で皇国の姿勢がどうなるかだ。


 内閣改造が3日後に迫った今、ロクでもない事をしてくれたな。


 強硬派を押さえつけられなくなったら誰が責任を取るのかという話だ。


 だが一方でヤクチアが間違いなくこちらを狙っていることがわかった。


 仮に事変が解決したとしても奴らと戦うことにはなるんだろうさ……

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