―皇国戦記260X―:10話:鉄の軍勢を遮る鬼の霍乱(中編)
「助かった。ここには弾が沢山ある。持てるだけ持っていこう」
「こっちは?」
「8mmなんていらねえ! 捨てろそんなもん! StGの予備弾倉を持てるだけ持っていくぞ。今のうちに弾を込められるだけ込めるんだ」
武器庫内では急いで武器を調達しようとする兵士達でひしめきあう。
そんな状況の最中、私は万が一を考えて他の武装を拾って活用可能な8mmモーゼルの弾薬箱を取り出し、彼に必要かを問うたのだが……あっさり一蹴されてしまった。
彼はいつもどおり、StGだけで乗り切ろうと考えているようだ。
それが正解なのは間違いないのだが……混乱した様子の周囲の状況に飲まれて冷静さを失ってしまったようである。
私は彼の言葉にすぐに頭の中を再整理して状況を見定め、次にどうするかを考えることとした。
視線をハンスへと向けると、彼は冷静にクルツ弾の弾薬箱を取り出し、StG用の空弾倉を周囲の仲間と共に集めつつ手早い作業で弾倉に弾を込めていく作業の途上だった。
その様子を見て私も彼の姿を真似てStG用の弾倉に弾丸を装填しはじめる。
「みんな。身なりは軽くしよう。StGだけでいい。後は手榴弾と……」
「ハンス。パンツァーファウストもだ。敵は歩兵とヘリコプター……のはずだが……どうもキナ臭い」
「どうしてそう思うんだ」
「さっきヨハンと話した。彼は前線にいたようだが戦車は見ていないと言っていた。歩兵にやられたんだ。だが、ヨハンは戦車乗りで、奴らは歩兵でありながら戦車を倒したという。正体は不明だが、まともじゃない。だから必要だ」
「……戦車を歩兵が……」
「襲撃までのタイムラグの無さから考えても歩兵部隊なのは間違いない。これまでの皇国は例え戦車部隊を倒したとて、一度たりとも一気に追撃して来るような真似はしなかった。彼らは無下に突き進んで戦車を喪失することを何よりも恐れている。ゆえに次に戦車を見るまで1日から最大2日は時間の猶予があった。その間に偵察や補給を行って部隊を整えているためだ。それが無かったという事は……」
「来ても装輪式戦闘車両といったところか……だとしても、奴らはこちらの戦車部隊を倒せる力があるということか。わかった、一人一発分程度は持っていく事にしよう」
「探してくる。作業を続けてくれ」
ハンスと私のやり取りの最中、否定意見を述べる者はいなかった。
どうも私はその言動から部隊内ではハンスに次いで信頼されているようだったのだが……
事実上の部隊長のような立場で中隊を動かすハンスに対し、その参謀格だと思われているらしい。
寡黙でかつハンスに頼り切りな部隊長はもはや肩書だけが部隊長でしかなく、気づくと彼は黙って他の者と同様、黙々と弾倉に弾丸を込めていた。
私はその姿を尻目に倉庫内の奥へと進み、パンツァーファウストの詰まった大きな木箱を手に再び戻ってくる。
そんな私に向けてハンスは神妙な面持ちでこちらへと顔を向けた。
なにか伝えたい重大な情報があるらしい。
「フリッツ、聞いてくれ。さっきの件で思い出したことがある。実は俺もここに来て妙な噂を耳にしたんだ。1年ぐらい前から主戦場で皇国は歩兵一人一人が"肩撃ち"できる新型汎用機関銃を装備して戦っているとはいうが……この所配備が進んでどの戦場でも少なくない数が見られるようになってきて……先程の戦闘でも前線での使用が確認されたという……」
「新型機関銃……?」
「FG42の初期配備型と同等の連射速度と威力でありながら、反動は毛ほども無く狙撃も可能な精度を持つ極めて優秀な汎用機関銃らしい。国家元帥がFG42で夢描いた機関銃の完成形とも言われる」
「そんなのがこの世に存在するわけが!」
「無いと思いたいさ! 俺だって! だが、主戦場ではすでに大量に配備されていて暴れまわってるというんだ! これまで俺達が遭遇してこなかったのは、うちの迫撃砲部隊が辺境配備かつ多くの小銃や機関銃の射程外に陣取ることが許される立場だからに過ぎない。運が良かっただけだ」
ハンスはこれまで勘違いはあっても嘘を述べたことは一度もない。
その彼が言うのだから皇国の歩兵が持つ機関銃とやらは相当な代物なのだろう。
彼の言葉に私は先程のヨハンの話を思い出した。
もしやその新型機関銃とやらが……Ⅱ号戦車を倒せるだけの何かすらも秘めているというのか。
「……なら、尚更MG42やFG42でなくていいのか?」
「反動が強すぎる。うちの部隊に肩撃ちできるような屈強な奴なんていないだろう」
「StGで大丈夫なのか?」
「MP40よりはマシさ。でも、有効射程はあっちのが上だと聞く。有効射程内に引き込んで先手をとれなかった場合は……覚悟した方がいい」
「ハッキリ言ってくれる」
「ああ、友人だからこそだ。嘘をつきたくない」
「はは……助かるよ」
これまで一度もハンスは命の危険があることを私に知らせる事はなかった。
常に「大丈夫だ!」――といって、彼の方針に従う事で今日の日まで生きてきた。
そのハンスが「覚悟したほうがいい」――と述べたのは、覚悟の上で最大限行動しろということ。
状況次第ではハンス自体の指示や命令すら正しいとは限らない。
最初にそう打ち明けた上で乗り切ろうと、そう述べているかのようであった。
正直言って助かる。
安心感を与えるような甘い言葉は、もしそれが反故にされた時に信頼を容易に引き裂くからだ。
ハンスはそれをよく理解している。
だから予め、正直に言を述べたのだ。
「くそっ。警報が鳴り止まねえ。だが空爆由来の地面を揺らす鼓動も感じない。こりゃあ外は銃撃戦だぞ」
「もう夕方だ。あと2時間もすれば日が沈むというのに……」
「こちらを回復させたくないんだ。気づいたか? 街に来た時、味方の戦闘車両がまるで見当たらなかった。みんなやられたんだろう。それを向こうはわかっているんだ。ゆえに攻めきれると思っているに違いない。夜までに決着を付けるか……あるいは恐怖に怯える夜とするのかはこちら次第。相手からすれば戦力が補充される前に決着を付けたいはず」
「どっちに転んでも地獄だ……」
「生き続ければ状況も変わる――もんだッ」
ある程度の所で作業を終えたハンスは、これまで戦場で自身の命を繋ぎ止めてきた愛銃に弾倉を装填する。
StG42。
配備された頃は無敵とも言われ、鉄パイプと揶揄される王立国家のステンなどと比較して長い距離と威力から一躍我が国の主力兵装として多くの兵士から喜びをもって迎えられ、大量生産計画も合わさって既に私のような立場でも容易に入手可能となった"突撃銃"と呼称される我が国の新兵器。
私も1年以上前からずっと愛銃として戦ってきた、数ある歩兵装備の中でも最も頼れる武器だった。
7.92✕33mm弾は最大射程400mあり、その射程範囲内で十分な殺傷力を持つ。
有効射程は300m。
総統閣下は本武器を2年前に正式採用すると、汎用銃器としてMG42など限られた武器を除いて本銃の生産へと統一化を行うことで十分な数を整え、我々はその数でもって力とし、今日の日まで戦をより有利に進めんとしてきたものだが……
その優位性すら、もはや崩れかけてきているらしい。
だとしても他の銃を頼ろうなどとは思わない。
生半可な武器では皇国の兵達とは戦えないからだ。
そう、機関銃だけではないのだ。
この所の皇国の兵士は"より屈強になった"。
拳銃弾程度ならば頭部に命中させても平然と反撃してくるだけでなく、胸部などでも同様に即死しないというのだ。
いつの日からか、彼らに対してMP40などは通じなくなった。
相当な至近距離か……あるいは最低限7.92✕33mm弾などが必要……
遠目に見た皇国の兵士達は明らかに身軽そうであったのに、どうやってそれを成立させているのかは知らないが……
手榴弾でも直撃しなければ殺傷出来ないなど、何らかの防御武装を施されているのは間違いなかった。
時には通常なら破片で即死であろう戦車砲の砲弾等が付近に命中した状況ですら重傷程度で済むというのだから相当だ。
我々も迫撃砲の一撃を食らわせたのに、ゆっくりと立ち上がって体勢を整える皇国歩兵の姿を目にした事は一度や二度ではない。
身なり自体も明らかに4年前とは異なっている。
異なっているどころではない。
NUPや王立国家の歩兵とは見分けることが簡単なほど、意匠が異なる戦闘服を身につけている。
もはやそれは下半身から完全に異なっていた。
主体となる戦闘服自体はそこまでNUPや王立国家のものと形状的差異はない。
だが、皇国の歩兵は明らかに頑丈そうなブーツに合わせ、脛の一部も防護する膝当てのようなものを身に着けている。
その上には右足、あるいは左足の太腿付近に拳銃用とみられるホルスターを装着。
その反対側には道具袋か何かを吊り下げている事が多い。
一説にはガスマスクを収納しているという話もある。
このように下半身だけでも重厚感は半端なものではない。
だが上半身はもっとだ。
まるで野球の捕手か、あるいはNUPのフットボール選手が身につける防具を剥き出しにしたかと見紛うかのような肩当てや首当て付きのジャケットを着込み、肘にも当然のように肘当てらしき防具を装着。
ジャケットには相当数のポケットが存在し、予備弾倉などもそこに入れるよう施してあった。
頭部のヘルメットも従来の常識的なものとは形が違う。
金属製じゃない。
金属製ならあまりにも分厚すぎるし、重すぎて被れないだろう。
樹脂か何かはわからないが、耳などを半分ほどそれとなく覆い隠してシッカリと防護していた。
ヘルメットには防塵用とみられるゴーグルも装着され、明らかに外観は他国の兵士と異なっている。
このヘルメットは少なくとも9mm弾では至近距離でも確実に防弾することが可能だという報告は受けている。
150m~200mほど離れれば7.92✕33mm弾も効果が無いという話もあるが、至近距離では通用するという話だ。
この辺の話については噂も噂を呼び、どれが正しい情報なのかはわからない。
実際には250mでも貫通したという話もあったりする。
ともすると品質にバラつきがある可能性もあるが……
ともかく、現状において皇国の兵士は仮にNUPや王立国家との同士討ちが生じても基本的に死ぬのは相手側であり、皇国側ではないと言われるほどの防御力がある。
噂じゃ戦場に落ちていたヘルメットを拾って検証したNUPは、ヘルメット素材の正体を既に掴んでいるとの事だが……
生産が追いつかなかったのか、当のNUPのヘルメットはそこまで防御力は高くない。
ともすると専用の施設が生産に必要なのかもしれないが……NUPでも真似るのは容易ではないもののようだ。
つまり皇国は現時点で間違いなく最強ともいえる防御力を持つヘルメットを装備しているばかりか、他の部分においても他を圧倒する防護装備を歩兵が当然のように施された状態でこちらに立ち向かってくるというわけである。
しかもこちらからすれば重厚で、とても身軽な動きはできそうにないように見受けられる姿なのだが……
彼らはその状態で白兵突撃が可能な機動力を保持したままだった。
よくわからない革靴あるいは地下足袋にゲートル、最低限の鉄帽を被っていただけに過ぎなかった足軽な東の海の侍はもう存在しない。
新たな武者甲冑を手にした彼らは、その機械化された機動力も合わさって縦横無尽に駆け回っているのだ。
正直、現状において白兵戦は怖い。
だがそれでも……逃げるわけにはいかないんだ。
4年前に世界に向けて自らの怒りの内を開放したあの日から、すべての国民は義務を背負ったからな……
やめれば、またあの頃の日々に逆戻り。
何もしていないのにその地で生まれたというだけで虐げられるのはもう沢山だ。
「――フリッツ。準備はいいな?」
「ああ。行こうか」
チャージングレバーを引き、いつでも撃てる状態としてからストラップを首に回してStG42をぶら下げる。
武器庫にあった手榴弾とパンツァーファウストを分け合うと、我々は部隊一丸となって集団を形成し、一目散に地下壕を出た。
◇
地下壕を出た先に広がっている光景は、特に先程と変わりなかった。
空爆はやはり発生していない。
しかし遠くで銃撃戦が行われている音は響いてくる。
「これじゃ迫撃砲は意味がねえ。持ってこなくて正解だ」
「どうするハンス。音が聞こえる方へ向かうか?」
「いや、あれは恐らく陽動だ。方角が違う。南側に展開しているわけがない。恐らくいつものごとく回転翼機で歩兵を運び込んだんだ……だから向かうは……北か西。西には恐らく本隊が来る。北は……挟撃を狙った歩兵部隊が展開していることだろう。戦闘になるのは時間の問題だ」
「どっちがよりリスクが無いかで考えるべきだ」
「西に行けば南が抑え込めなければ最悪は背後に回り込まれる。行くなら……まだ敵を発見していないとみられる北だ。北に敵がいないなら……西へ行くことも考えよう」
「わかった」
正攻法で考えるなら西という手はある。
まともな武装を持ち、戦闘車両もあるならば……
しかしそんな戦力どこにも無い。
我々は西から東へと撤退し、敵の主戦力も西側にあることは現状にて把握できている。
そこから南北に進路を取るのは容易だが、わざわざ戦力を大きく分散させる必要性なんて無い。
なら街の北側へまずは向かい、そこから西へシフトする事も考慮しつつ行動しようというのがハンスの意見だった。
「頭上には注意しろ。回転翼機はいくらでも真上を取れる。ちょっとした建物の屋根上にも展開は容易だ。上を取られたら成す術もなく標的にされるぞ」
北へと駆け足で向かう最中、ハンスは屋根伝いに敵がいないかどうかも注意を払うよう促した。
既に数回ほどその恐怖を味わっている。
回転翼機からロープ降下した皇国陸軍の歩兵は、軽い身のこなしで屋根伝いを移動しながら頭上から弾丸の雨を降らせるのだ。
銃弾は重力に逆らうことが出来ず放物線を描く関係上、下から上を狙うよりも上から下を狙ったほうが命中率は大幅に増す。
上を狙えば狙おうとするほど弾丸が強い放物線を描くため、照準で狙った位置の下に弾丸が飛ぶ関係上、よほど熟達した者でもない限り狙った所へ命中させられないためだ。
我々もかような皇国の歩兵に襲われた事があるのだが……
当時ハンスはその様子をみて「忍者かよ!」――などと叫んでいたことが強く脳裏に刻まれている。
戦った立場としては、戦闘を行う者達が忍者の末裔を自称しても信じるぞと思いたくなるほどに、その動きは洗練されていた。
恐らく防御力の関係もあって多くの戦場において経験を積むことができるため、練度が向上して効率的に無駄のない動きが取れるようになっているのだろう。
よくもまあそんな忍者達と手合わせしながら今日まで私達も生き残ってこれたなと思うが……
全てはハンスのとっさの判断力によるものだ。
もはや部隊長が仕事を放棄しているように見えるのも、自らの力では生き残れないと悟っているからなのかもしれない。
私達は恐怖感を懐きつつも、導き手に応じて北へ、北へと進んでゆく。
◇
「敵の気配がまるでねえ……包囲してこないのか?」
街の北部。
視線の先には郊外への道と共に平原が広がっていたが、そこに敵の姿は無かった。
ただし、見える範囲では黒煙が上がるなど、明らかに戦闘の気配は感じ取れる。
「地図を見よう。何か要因があるはずだ」
私は背嚢より地図を出してハンスに向けて要因を探ることを提案する。
周囲には砲撃、射撃音などは響いておらず、地図を見る余裕ぐらいならば十分にあった。
「あっちには回転翼機があるから障害物なんて関係無いはずなんだがな」
「ああ……」
数分ほどの間、その場は沈黙が支配する。
ハンスと共に地図とにらめっこしても理由はわからない。
街の周辺には当然にして侵入を抑え込む塹壕や陣などが多数ある。
だが、彼らにとってそれは関係ない。
飛び越えていくだけの力がある。
周囲を覆っているアパートだって障害物にはならない。
それどころか彼らはこういった建築物の屋根をむしろ絶好の陣地として活用するほどだ。
あるとするならば……
「街の外の部隊がまだ撤退していない?」
「砲撃音は聞こえんが……うーむ。各方面の部隊状況を確認する前に再出動させられてしまったからな。他の場所の現在状況がわからん……あるいはお前の言う通りなのかも」
争った形跡ともいえる黒煙はそこら中に蔓延している。
何かが燃え盛り、その場所から漂ってくるのだ。
これが今まさにそこが戦場で戦闘が行われているからこそ沸き立つのか、そうではなく既に戦闘が終了して残り火ともいうべき何かが何かを燃やしている形跡なのかは……判断がつかない。
少なくとも野砲などの類の砲撃音は北部方面から聞こえてくる事はなかった。
「皇国の基本戦術は包囲戦だ。こと陸上を進む騎兵と歩兵は包囲戦に拘りすぎるきらいがある。奇抜な動きを示すのは主として彼らが空挺部隊と呼称する、王立語でエアボーンと呼ばれる戦術を主体として活動する者達だ。彼らは本当に想像だにしない動きを示し、戦場を荒らし回る。だからこそ正攻法すぎる正攻法が活きてくるわけだが……北に展開されている部隊は粘り強く抵抗していて、包囲できていないのかもしれない」
「だとするなら……西側に展開する敵は分散してこっちにも分隊を送り込んでいるかもな」
「街の周囲を囲まれたら逃げ場が無くなる。それだけは防がなければ」
「分散したならば数は減ってるはずだ。慎重を期して奇襲をかけよう。北から来るであろう敵部隊にも後ろを取られないようにして!」
「あぁッ!」
敵の数が多くないかもしれないという安堵は、油断や慢心なのかもしれない。
だが、我々にとってはどんな状況でも好機となるような何かが無いと自らを奮い立たせることなど到底不可能。
だから希望的観測にすがるようにして現状を理解しつつ、その上で最大限警戒して挑むことにした。
多くないなら倒せる。
追い返せば、明日以降も生きていられる。
やることは1つ。
相手が恐れをなして逃げるように、果敢に挑むだけ。
多くの者達が同じ考えだったのであろう。
先程よりも格段に勇ましい足取りで我々は街の西側へと向かいはじめたのであった。
◇
次第に大きくなる射撃音。
敵が近くにいて、交戦地帯が近づいている事を否応なしに自覚させられる。
気づくと自然にStGを両手で抱えていた。
いつでも撃てるよう、指の位置も整える。
「ヘリはいねぇのか? ローター音も、あの忌まわしいエンジン音も聞こえないじゃないか」
「ハンス! もっと姿勢を低くッ! この射撃音だと流れ弾が来る距離だぞ!」
「まだ大丈夫だ」
一部が敵の攻撃によって瓦礫となった街中を、腰を落としながらゆっくりと進む。
瓦礫を障害物に身を潜めながら、次第に心臓の心音が高鳴る感覚に目眩がしそうだった。
射撃音の移動具合からして、やはり敵は西から北上しつつ街を包囲してこちらを追い詰める算段であるようだった。
「止まれ……」
ある程度進んだところで、ハンスが手と口で全体の動きを制止させる。
その場所は程々に障害物に囲まれ、身を隠すには絶好の場所と見られる所だった。
おそらくかつては3階建て以上のアパートか何かだったのだろう。
爆撃か砲撃によってすでに完全に崩れてしまい、跡形もない状態ではあるが……
残ったレンガの構造物などからそういった類のものであることを容易に想像させることが出来るほどには全体形状を保っていた。
こういうのを見るとたまらなくなる。
何しろこれをどちらが破壊したのかわからないからだ。
敵側はなるべく破壊しないように進軍してくるが、電撃戦を展開した緒戦において我々は意に介さず進軍した経緯がある。
よってともすると破壊したのは敵ではなく我々で、それからしばらく経過した状態なのかもしれないが……見ただけではどちらなのかの判断はつかない。
今、私達のいる街はこういった瓦礫に成り果てた建築物は非常に少ない方だが、相応に傷ついてはいる。
もし仮に傷つけたのが私達ならば……我々に否定的な思いを抱いた人間が少なからずいるという事になる。
より"こちらにとって不利な条件が増える"という事だ。
「……(この辺で迎え撃つ)」
ハンスの手による合図により、我々はレンガが積まれた元々は壁であったであろう構造物を盾にして敵を迎え撃つことになった。
壁は殆ど崩れ去っており、人一人が隠れられるかどうかの状態が所々残されているのみ。
そこに体を丸めながら身を隠す。
次第に近づく射撃音に緊張が走る中、私は乱れそうな息をひたすら整えることに努めていた。
油断すれば過呼吸を起こしそうだった。
いつもと雰囲気が違う。
射撃音が重い。
この重低音は短機関銃などでは無い。
間違いなく機関銃の類。
近づく気配から、敵は機関銃を手持ちしながらこちらへ進んできている。
……そういう事なんだろう。
不安が的中し、現実から目を背けてはいけない時間がこれから始まるのだ。
覚悟しなければならないのだ。
そう思うと呼吸がどんどん荒々しくなってきてしまい、必死で抑え込んでいた。
そのような状態で何分が経過しただろうか。
緊張は未だに収まらない。
敵は思ったより進軍速度が早く無く、焦らされていた。
心の中のどこかで一思いにやれと言いたくなったその時――
「人影……ッ」
太陽光が何かに遮られてチラつくのを見逃さなかった分隊員は、そう小さく漏らし……
少しだけ壁から身を乗り出して銃を構え、射撃姿勢となった。
その刹那――
「う……あっ……」
先程射撃姿勢となった分隊員が腕を抑えて倒れ込む。
私は彼が腕を抑え込む直前、血しぶきが舞ったのを見逃さなかった。
撃たれたのだ。
何者かによって。
射撃音は聞こえなかった。
全く音を感じ取れない攻撃が、我々へと……襲いかかってきたのである。