番外編18:試験監督官が見たマモノ
皇歴2601年12月下旬。
この日、前回の評価試験からわずか半年という短い期間にて、再び新鋭歩兵武装選定のための新型小銃の評価試験が行われた。
私はこの日、試験監督官として当日の試験の動向を見守る立場として招集される。
前回の試験においても定められた項目を満たしているかを見定める記録員を任されていたが、今回は監督官として全体の様子を伺いつつ、不正などがないか監視する役目を与えられていた。
当日参加した小銃は5つ。
前回よりも二種も増えている。
増えた事については素直に評価しているが……当日ソレを目撃する前まで、私の中では今回の評価試験も結果は芳しくないものと考えており……結果には微塵も期待していなかった。
この時点での私は、参加する小銃の詳細についてその一切を伝えられていない。
理由は中立的かつ公正な判断を行わねばならない立場であるため。
袖の下を通される可能性もある事から、こういった評価試験での監督官は頭の中の知識をゼロの状態で試験に望むことが義務付けられている。
妙な先入観は時として正しい評価を乱す。
ゆえに不正が横行しがちなこういった選抜試験においては、記録員も監督官も基本的に銃について相応の技術知識こそあるが参加する小銃の中身の詳細については一切知らずに当日を迎えるのだ。
会場は千葉の陸軍歩兵学校。
私は早朝から手配された新型回転翼機に乗せられて稲毛へと向かうこととなった。
それにしても……私はこの日、人生初の回転翼機に乗ることとなったのだが……
それまで汽車を乗り継いで"都内"から2時間以上もかかっていた千葉への"旅"は、わずか20分ほどの"移動"と化していることに心底驚きを隠せなかった。
上官殿は常日頃これに乗って各地を往復しているというが……
回転翼機の誕生は新たに東京都となった東京から各所へ即応性があり機動性のある移動が出来るようになり……中央の参謀本部などの軍務の能率は大幅に向上したという。
まさに技術革命である。
本当ならこういう試験が行われれば試験会場にしばらく留まることになるので相応の準備が必要となるのだが……
軍が往復分の回転翼機を手配してくれたおかげで、試験終了後にそのまま帰宅することが出来るようになった……
妻は「えっ……? 本日中に稲毛より戻られる? 稲城の聞き間違いではないのですか?」――などと驚いていたが、全くもってその通りと言いたくなるような状況である。
日の出を背に東京湾を高速で横断する光景には、ただただ閉口するばかりだった。
どうも千葉周辺では見慣れたものらしく、現地では住民も驚く様子を見せていなかったようだが……
いつから皇国はそのような技術大国となっていたのやら。
その技術力を小銃にも落とし込めぬものか……などと考えつつも、着陸した回転翼機より降りて会場へと足を踏み入れたのであった。
◇
試験について一通りの説明を受けた私は、試験会場である屋外射撃場へと向かう。
本日の試験は作動試験。
銃そのものの信頼性がどれほどあるのかを調べるためのもの。
その日の天候はやや不良。
僅かに雪が舞っており、視界は完全に良好とは言いがたいものだった。
少なくとも200m先の標的は十分見える程度でしかなく、300m先ともなるとさすがに濁っていた。
しかしこういう時ほど"銃の真の性能"というものがわかるということから、試験は強行される。
会場に訪れてまず驚いたのは観客の多さ。
これまでの評価試験ではこれほどその様子を伺おうと訪れた者はいなかった。
どうやら事前になんらかの情報が伝えられていた様子だが……中には急遽大陸からこの日のために本土へと帰還したであろう関東軍の姿もある。
そして驚くべきことに、彼らの視線はある区画に釘付けであった。
試験番号五番。
他が"自動小銃"なる張り紙が貼り付けられている所、この五番だけが"機関小銃"という張り紙が張り出され、なぜか射撃用に備え付けられた標的の位置が他の小銃よりも大きく後ろに配置されているのである。
その差は50mほどはあり……つまり250m程はある。
別格の扱いだ。
当時の歩兵学校の射撃場において距離ごとに他に危険が及ばぬよう場合によっては扇状に方角を変えつつ大きく間隔を設けて射撃区画を設けていたが、この五番だけが全く別の250m区画で射撃する事になっていたのだ。
明らかに他よりも厳しい条件下での試験が義務付けられているのだが……彼らは五番が付与された射撃区画の後方に陣取り、パイプ椅子などをどこからか持ち込んでその時を待ちわびていた。
全く他には目もくれる様子がない。
それだけを求めて、今日の日まで生きてきたかのような集中力。
率直に言って恐怖すら感じる。
ただならぬ雰囲気に気おされつつも、監督官としての立場から中立でなければならないため、逸る気持ちを抑えて私は試験開始の準備を始めることとしたのだった。
◇
「それでは! はじめッ!」
号令と共に開始合図である雷管拳銃が打ち鳴らされる。
その刹那から響き渡る轟音。
自動小銃達が自らを証明せんがため、唸りを上げた。
私はまず、一番手前の試験番号1番の机付近で様子を伺っていたのだが……なにやら前回と異なり音が随分と疎らなのが気になった。
参加者が増えたからであろうと思われるが……
以前のような間隔を保った射撃音ではなく、射撃の不協和音といったような状態でまるで機関銃を試験しているような音に違和感を覚える。
後にその正体を知ることとなるが、特に気にせずしばらくの間は様子を見守った。
10分ほどして……
「くっ!」
ガチャガチャと銃を弄る陸軍歩兵学校の教導連隊狙撃班の試験員は、射撃中の銃が弾詰まりを起こし、急いで取り出そうとする。
試験はとりあえず弾詰まりの時点で終了という事は無いため、そのまま続けさせる。
数分の後、1つ、また1つと射撃音が停止。
前回とほぼ同様の状態となってきた。
前回もそうだった。
まともに射撃できたのは最初の10分程度。
それ以降は故障して撃てず、弾詰まりの解消と射撃が繰り返されるようになる。
我が国の工作精度の低さはいかんともしがたく……その結果がレンドリース法による調達と相成ったわけだ……
必要に応じて調達されたM1ガーランドとの差は著しく、内地で射撃試験を担当した私はガーランドの完成度の高さから「これで列強国のつもりか! この程度の小銃1つ作れずに!」――と心の中で叫んだものである。
あの時と同じことが繰り返されるだけ。
そう悲観しようとした次の瞬間であった。
遠くより鳴り止まぬ射撃音が聞こえてくる事に気づく。
ボボボッ、ボロロッという、謎の連射音。
「なんだ……フルオート?」
思わず独り言が漏れるほどであったが、間違いなくソレは全自動射撃を行っている銃の作動音であった。
ここにきてようやく不協和音の正体を掴む。
原因はたった一挺だけ"全自動射撃が可能な小銃"が試験に紛れ込んでいたためであった。
しばらくそのまま状況を見守っていると、周囲の他の試験番号の区画で様子を見守っていた者達は何事かとばかりに人だかりのある五番の区画へと移動しはじめるのを目撃する。
そして、気づくと私も"職務を放棄して"五番の区画へと足を運んでいた。
この時の光景は忘れない。
職務を放棄したのは私だけではなかった。
2番と3番の区画にいた、それまで射撃試験を行っていた試験員までもが、もはや射撃不能と試験を中断して五番へとかけよったのだ。
近づけば近づくほど大きくなる射撃音。
すでにその銃だけが、満足な作動状態を保ちながら試験を継続していた。
ボロロッ、ボロロッという不気味な作動音……それはその小銃が明らかに通常ではありえないほど高い連射速度で射撃している事を端的に表している。
消音機のような類は装着されていないようだが、射撃音は独特である様子だ。
私はその音を聞き、すぐさまその姿を一目見たいという欲望にかられることとなった。
その時点で確信を持てたのだ。
……ようやく待ちに臨んだ真打がきた……と。
人だかりの中、体をくぐらせて集団の先頭へと躍り出た私の目の前にソレは姿を現す。
眼前のソレは、見た瞬間に「絶対に強い」――と言える外観だった。
全体が黒い。
真っ黒に染まっている。
唯一色が異なるのは、箱型弾倉と判別可能な弾倉のみ。
それだけが木目調かつ木材のような色つきであったのだが……素材が木材でないことは即座に見抜くことができた。
弾倉はベークライト、その他も樹脂を多用していて……金属も複数種の金属を活用しているらしき様子が見て取れる。
外観は完全にこれまでの常識的な銃器のそれではなかった。
全く新しいとも、保守的な銃の進化系とも言えるような……不思議ないでたちである。
見てわかるのは、機関銃と小銃を組み合わせたような外観でありながら……
光学照準器が取り付けられた全体像を見ると、狙撃銃にも見えるような……とても不思議な銃なのだ。
そしてその銃は安定した動作で弾を高速で連射しつつ、毛ほども無い反動なのか試験員は全く射撃時に体勢を乱す事なく、小動物狩猟用の22口径小銃でも撃つかのような状態で射撃を続けている。
そうでありながら……排莢されて机や地面に転がってくる薬莢は……明らかに大きいとわかる口径及び薬莢長であり……
「30口径か……」――などと、落ちた薬莢を拾い上げて確認する者などもいるほどに大口径であるのがわかるモノが転がっていた。
それが紛れも無く小銃弾で、かつ小銃弾を連射しているのだということは音と空気の振動によって私の体を揺さぶることで今まさに伝えてきている。
しばらく小銃の姿に見とれていると、周囲から「おおっ」といったような歓喜の声が漏れる。
何が起こったのかと彼らの目線の先である標的へと視線を向けてみると……
辛うじて構造の一部で支えているだけで、今まさに首がダラリと落下しようとしている標的の姿があった。
今回の試験用の標的は人型。
作動試験では、鉄板や木板を用いた標的を用いるのが当時では一般的であったが、当日も例外ではなかった。
その人型の胸付近にはすでに大穴が開いており……
射撃手は頭部を攻撃していたが、そこも撃つ場所が無くなったため、首を攻撃したようである。
射撃手の腕前の影響で、首は銃弾によって切断されたかのような状態となっているわけだ。
頭部を模した標的の上半分は完全に吹き飛んでいた。
命中率が鈍く、連射の効かない自動小銃では十分であろうことから、今日のために用意されたであろう木製の標的は完全に役割を果たしていない。
従来であれば作動試験を行うならそれで十分だったが……そんな程度の低い領域にいなかった機関小銃にとっては不足していたようだった。
恐らくそれを見越して距離を50mも増やしたのであろうが……大して効果は無かったな。
違う標的を用意すべきだったのかもしれん。
これが人間なら一体何回死んだのだといわんばかりの姿である。
その正確な射撃は、3発~4発ごとに指きりで調整された連射の全てを標的に命中させていて……
標的はもはや勘弁してくれと訴えているような凄惨な状況となっていた。
だが、故障をしない機関小銃は射撃を止める事はない。
止めてはならないからだ。
首が飛べば次は腕だとばかりに腕へと攻撃し、腕を吹き飛ばし……
その後は標的を完全に破壊せんとばかりに心臓部位を中心に穴を広げていく。
「なんという命中率……」
「これならば弾を無駄遣いせずに済みそうだ」
「もう三八式などいらぬな」
周囲に佇む各々の感想は概ね良好なものだった。
述べるだけの性能があるのは間違いない。
射撃精度の高さは尋常なものではない。
どうしてここまで命中率が高いのかわからないが……ともかく、狙撃銃としても使えるのは間違いないと言えた。
それにしても再装填が早い。
試験員はこの日までに銃の扱いに慣れるために訓練を重ねたのであろうが……
ピストルグリップを握ったままワイヤー式の銃床を肩に押し付けて狙いを付けたまま2秒もかからず再装填しては、次の弾倉でもって射撃を継続する姿には感動すら覚える。
どうやら九六式軽機関銃に類似した抉りこむように引っ掛けて装填する方式のようであったが、慣れれば私でも同じように装填できそうな構造であった。
不思議なのは試験員の射撃手法である。
時折右肩に当てていた銃床を左側に当てて姿勢を左右に変更したり、右手と左手の位置を入れ替えて射撃したりなどしていた。
後に知ることとなるが、彼は歩兵学校きっての両利きの狙撃手であり、この試験の場においては本小銃が左利きでも構えられることを証明したかったらしい。
また、装填方法も誰に習ったのかは知らないが複数の方法を試していて、被筒と思われる部分を左手で握りこみつつ銃床を肩に押し付けて右手で装填したりなど、装填方法も人それぞれの得意な動作で問題無いことを示そうとしている。
また、本銃はNUPのブローニング機関銃のように全自動射撃と単発射撃を切り替えられる様子だ。
稀に切り替えて動作状況を見せていた。
面白いのはその動作の切り替えレバーまでもが両利きに対応した配置であることと……
ア・タ・レと刻まれた、これまたわかりやすい文字による動作機構の表示である。
アは安全装置なのだろう。
タは単射、レは連射を表している。
タとレを変更すると即座に単射と連射は切り替わり、銃は安定した状態のままを保って射撃を繰り返していた。
見ていて思うのは、訓練期間を短縮できそうなほど使いやすく単純な機構が満載であることだ。
再装填は弾倉を入れた後にコッキングレバーを一度引いて弾丸を装填すればいいだけ。
後は引き金を引けば当たる。
複雑な予備動作など必要無い。
シンプルで単純な機構であり、ボルトアクションライフルより使い勝手が良さそうだった。
その上で射撃精度は間違いなく三八式を上回っている。
一体誰がここまでのものを設計したというのだろう。
「開発:航空技術研究所」という記述が張り紙にあるのだが……どういうことなんだ?
兵器廠ではなく技研が開発したというのか。
確かに技研は重機関銃などを別途独自に開発していたりなどしたが……まさかここまでのものを作れる者がいたとは。
このところの技研の技術力にはついていけないと零す陸軍の他の技術研究部の者達の嘆きなどもあったが……よもや本気で回転翼機のような技術革命といって差し支えない銃を作ってくるとは……
しかもこの銃は、名前の通りもはや小銃などとは呼べぬ。
機関銃……いや、機関小銃というのが正しいのであろう。
まさか機関銃からアプローチして小銃のようにより携帯性の高いものへと仕上げてくるとは……恐れ入る。
そうか……本当に我々が必要だった、求めていた銃は機関銃の更なる小型化だったのか……
全自動射撃可能な小銃というのは実際現場から常々求められていたものであったのだが……
我々はそれが機関銃の更なる小型化だと思わず、常識的な木製ストックでもって作られた連射可能な小銃を目指していた。
だが、本当にやるべきは、すでに全自動射撃可能な機関銃を小銃のようにしてしまうという……音からして間違いなく九六式などと同じくガス圧動作の小銃だったのだ。
技研はそれに気づいて、自らの持つ技術の全てを注ぎ込んだということか……
「ん?」
そのような事を考えていると、いつの間にか周囲が静まりかえっている事に気づく。
私は不安にかられてそれまで射撃を行っていた試験員に近づいた。
「どうした? 故障か?」
「弾がもうありません」
「なんだって?」
「用意された1000発分……40個の弾倉を使い切りました。もう弾の予備がありませぬ」
周囲に転がっている弾倉を見て戦慄する他無かった。
確かに彼の言うとおり、大量の弾倉が足元や机の上に転がっているのだ。
大量の薬莢と共に……
それでいながら、機関小銃はまだ射撃可能な状態を保っている。
被筒から湯気を漂わせた状態のまま、机の上に鎮座され、再装填を待ちわびているような気配を漂わせていた。
まだ撃てると、間違いなく銃がそう言っている。
だが先に音を上げたのは……弾薬の方だったのである。
「予備の弾は無いのか!」
私は記録員に体を向け、問いかける。
どこまで撃てるのか確かめたくなったためだ。
周囲もそれを望んでいるのは雰囲気だけでわかった。
誰も否定などすることがなかった。
「申し訳ありません……30口径弾はNUPからの輸入が必要で調達数が限られている状況でして……本日分は使い切りました」
「なんと……」
「試験は翌日以降もありますので、申し訳ありませんが機関小銃の試験はこれで終了です。監督官。終了の宣言をしていただければと……さらに射撃してしまうと明日以降に支障がでます」
「そうか……致し方あるまい」
その銃の弾丸については後に銃と合わせて"三式三十口径実包"として採用されるものであったが……
この時点で量産はまだ間に合っておらず、また減装薬状態で基本的に使用することから調達した後で火薬を詰め直す作業が必須であり……まとまった数を用意できていなかったのだった。
7.62×47mmというのは、2601年12月末現在においては非常に特殊な弾薬といって差し支えは無い。
本国では相当数が量産されてはいるものの、45口径拳銃弾や.30-06弾ほど優先度は高くなく、大量に仕入れる体制は整っていなかったのである。
非常に残念ではあるが、試験終了の宣言を行う他無かった。
しかし、会場にいた誰しもがその時点で確信したことだろう。
"本銃をもって、此度の戦を乗り切るのだ"――と。
それだけの性能は十分に示し、そしてそれは現実のものとなる。
その日こそ、後に"三式機関小銃"と呼ばれる存在が始めて公の場に現れた陸軍史に残る歩兵装備の重要な転換点となった日なのであった。
三式機関小銃……またの名をJAR……
JAR計画と名づけられた航空技術研究所主導の計画で誕生した新型の小銃は、まさしく名前を表すとおり陸軍にとっても、世界の歩兵にとっても転換点となる銃で間違いなかった。
Junctures Automatic Machine Rifle 略してJAR。
本銃は計画時点で王立語でこのように名づけられており、JARの名は世界に轟くことになることとなるのだった。
◇
最初の試験が行われて数週間後。
年を明けてから試験は二次試験へと移行していた。
すでに他の小銃は落第が確定済であったのだが、比較用のために試験参加を継続。
新たにBARやM1ガーランドといったNUP製の銃も試験に参加することとなり、機関小銃は他の皇国製の小銃や機関銃などとも比較して、一体どれほど優れているのかを比較するための評価試験が続けられている。
この後も試験は三次、四次、五次……と続けられ、それぞれ戦場で求められる各種性能を試していき、銃そのものに重大な欠陥など無いか見定めていくのだ。
我が陸軍においては重機関銃ともなると最大で十二次まで試験が行われた例もあるが、本機関小銃もその仕様から例外ではないだろう。
この日は分解と組立試験。
戦闘地域で分解などをする事はないのだが、戦場では整備等のために分解整備などは行う必要性があった。
ここでは兵士一人が自らに与えられた銃の分解と組立を行い、その簡便さなどを競う。
ここでも機関小銃は恐るべき性能を発揮した。
試験開始から3分ほど。
「終わりました!」
本日担当の試験員は、快活な態度で終了を表明し、周囲を驚かせる。
その姿を目撃した私は、すかさずその銃の状況から問いかけることとなった。
「待て。まだ途上ではないのか? 全て分解しきっていないような」
「いえ、終わりました。本銃はユニット式と呼ばれる構造であり、区画ごとに分解を行って基本的に完全分解はせぬものだそうです。この状態で機関部も分解が終わっており、整備はここまで分解すれば十分とのこと」
「なんと……それでは、細かい部品が破損した場合はどうする?」
「区画ごと全てを交換します。前線での故障も視野に入れ、即座に修理できるようにこうしているそうです」
「その棒は?」
「これがボルトです」
「ボルトも完全に一体化されているのか」
「そうです。ここからさらに分解するのは現地の整備員が行い、我々歩兵がやるのはここまで。汚れが内部に侵入してきた場合など、このままの状態で洗浄して整えます」
「むぅ……他はまだ分解の途上にあるというのに……よし、ならば今から組み立てろ! はじめっ!」
「はっ!」
他が分解すらまともに終わっていない段階だったため、私は組み立てまでの時間も気になったこともあり、再組立を要求する。
号令とともにストップウォッチのスイッチを再び押し、合計でどれほどかかるのか計測を始めた。
試験員は手馴れた手つきですばやく組み立てていくと……ものの5分で分解と組み立てを終了させてしまう。
銃身の組み立てに時間がかかり、機関銃ほど優れていない部分もあると言われる機関小銃だったが……
双方の組換えは3分ほどあればどうにかなりそうだった。
この間に撃たれたら終わりだが、一旦後方に下がって組み替えるぐらいの時間ではありそうだ。
「ここまで簡便だと目隠ししても組み立てられそうだな……」
「はい。なので、実は本日ある方にも分解と組立作業をやってもらおうと召集しております」
「ある方?」
「傷痍軍人です。先の戦にて地雷の破片によって盲目となってしまい、箱根で療養中の永坂中尉であります。永坂中尉! こちらへ!」
若い試験員がそう叫ぶと、どこからともなく付き添い人に付き添われた形で永坂中尉が現れた。
「中尉には先週から機関小銃の組立と分解の作業を学んでもらい、両者ができるようになってもらっています。手先がとても器用で以前よりめしいの身でも何かできないかと志願されておられたので、上官に事情をお伝えして協力を要請しました」
「永坂中尉であります。本日は宜しくお願い申し上げます」
永坂中尉はそれまで私が一切口を開いていなかったこともあり、こちらを向かずに試験員に体を向けて敬礼を行っていた。
見たところ盲目であることが間違いないことは顔の様子から理解できる。
なぜ彼がこの場に呼ばれたのか……私にはなんとなく想像がついていた。
西条閣下は「必要とあらば猫の手だって借りる!」――と豪語され、回転翼機では操縦士のために必要な身体条件も引き下げたお方。
おそらく、彼らも組立や分解作業の補助をしてもらう腹積もりなのだ。
総力戦においては、もはや身体状況の有無など余裕を見せてはいられぬ。
陸軍の体制から間違いなく強制ではないと断言できるが、永坂中尉のように強く志願する者の力を借りようというのだろう。
その心意気を否定する気にはなれん。
◇
「永坂中尉。無理なくやっていただきたい。それでは分解と再組立……はじめ!」
付添い人によって機関小銃が置かれた机まで導かれた永坂中尉が準備完了とばかりに配置につくのを見届けた私は、試験についての一連の説明を行った後で開始の宣言を合図した。
すると彼は驚くほど手馴れた手つきで分解し終わると……すぐさま組立てを終え、こちらに終了を宣言する。
その時間5分40秒。
試験員との差は僅かに25秒ほど。
組みあがった状態の機関小銃は完璧であり、後ほど射撃を行ったところ精度に狂いはなく動作も完璧であった。
……間違いない。
この銃は刀の代わりに皇国軍人の持つべき新たな武器として、ここに誕生したのだ。
ありとあらゆる人の手を借りて……この武器は戦場で歩兵達の命を預かり、彼らが再び本土へと帰還する手助けとなることだろう。
そしてこの銃は、あるいは一度戦場で負傷した者達の命の息吹すら内包して海を隔てた大陸で戦う者達の支えとなるはずだ。
彼らはもう戦場で戦う力は残されていないが……その一部が銃となって戦える者達を守るのだ。
その牙を向かれたくなければ……命を散らす戦など、今すぐやめるべきだ。
世界にはもっといい拳銃や機関銃、そして小銃や狙撃銃があると言われても私は信じない。
いろんな良い銃があっても、我が軍にはもう関係がないことだ。
私にとってこの機関小銃こそが最高の銃だ。
世界一と言われても信じられる。
我々にはもう、これしか選択肢は無い。
多くの選択を取れず、工業力も一歩劣る中で……よくぞここまで仕上げてくれた。