第177話:航空技術者は多くの技術開発の果てにある新技術を迷いなく導入する(後編)
やる事は単純。
八九式榴弾は、発射薬たる装薬と弾頭が別々の分離式となっている。
これは持ち運ぶ際に暴発してどこかへ飛んでしまわないようにと配慮されたものだが、おかげで砲弾部分の一部の形状を改めるだけで高低圧理論に即した榴弾とする事が可能なのだ。
全長は若干長くなるが、従来までの装薬部分は非常に高い圧力を受け止めるために頑強で極めて重量があった反面、本方式では高圧部分を中心に強度を保たせれば、あとは必要最低限でいいので重量はかなり削減される。
計算上800gの砲弾は、650gにまで減る事になった。
これで砲弾部分には殆ど手を加えていないのだ。
装薬部分がいかに重いかがよくわかる。
破壊力は落ちない。
落ちるのは高低圧理論の仕組上、どうしても減ってしまう初速である。
反動軽減を達成させるためにピークパワーをズラしつつゆっくり加速させて射出できるようにするため、加速力が足らずに射出されるからだ。
反動軽減を意識せずに砲身長を稼げば相応に初速は高められた上で反動を減らす事は可能だが、それでは本末転倒。
本理論の最大の利点は反動軽減と従来と比較して大幅な砲の軽量化にあり、50mmもある八九式榴弾を肩撃ちしても射撃可能な反動にまで落としながら、射程そのものはほぼ変わらずと出来る点にある。
理論上、砲弾の一部が砲身ともなるため、砲身の肉厚は極限にまで薄く出来る。
というか、従来であれば"ありえない"と叫ばれた、より軽量なアルミ合金パイプを砲身にする事すら出来る。
減圧室があるので発射ガスの熱量も落とせる上、減圧室で減圧する間、砲身と高熱ガスは直接触れる事すら無いのでアルミが融解するよりも低い温度と出来るからだ。
重量は1.5kgほどでいい。
「――待て技官」
「なんでしょう?」
突然の待ったに説明を止める。
どうやら質問者は何か気づいたようだ。
「君の話が本当なら……重量2kg未満でありながら八九式榴弾の破壊力を持つ榴弾をまるで銃のごとく発射可能な重火器を携行できる事になるのだが……単一での使用も考えているのか?」
「もちろん、機関小銃に使うアルミ式レールだけをそのまま用い、ストックなどを装着した状態での単一使用可能状態となった榴弾発射器の姿は頭の中に入れていますが」
「どういう戦闘を想定しているんだその武装は」
「対戦車戦も考慮しています。よもや危険を顧みずに対戦車地雷を貼り付けにヤクチアや第三帝国の重戦車に向かって身を隠しながら突貫するなどというような事は、本榴弾発射器完成後以降は行わせない腹積もりで設計に挑んでいます。戦車の足止めは150m以上は離れた所から相応の部隊が榴弾を持ち込んで撃ち込むようになれば、わざわざ肉薄して手榴弾を投げたり地雷を取り付けに行く必要性はありません!」
「市街地戦などでは大きな成果を出しそうではあるが……」
「もちろん、通常は"対人"や"対陣"を考慮して使うものです。起爆すれば半径7mは即死範囲。およそ100m~140mは殺傷力のある破片が高熱のガスと共にばら撒かれ……一度攻撃されれば敵は一溜りもないことになりましょう」
「よもや兵士一人一人に携帯型の大砲を持ち歩かせる時代になるとは……戦争は変わったな」
「本技術は第三帝国から渡ってきたものであることをお忘れなく。敵はこちらと同じ以上の事が出来ると考えて然るべきです。ならば、持つことが出来るならば、持たねばならない。技術者がそれを可能とするならば尚更」
俺の言葉に、質問者は苦笑いを浮かべながら「もういい」――とばかりに手を振り、質問を終わらせる。
他にもなにか言いたそうな表情ではあったが、そういうのが撃ち合いになったらどうするんだとでも言いたかったのであろう。
どうするもこうするも無い。
あっちの武器は単一だが、こっちは小銃のオプション装備。
通常運用においては状況に合わせて使い分ける事でより優位な戦況を作り出せるはず。
しかも、あっちはこちらと同じモノが作れなければ、バックブラストがあって使い所に制限が課された武装しかない。
他方で、こっちにはこいつと組み合わせて使えるバズーカすらあるときた。
歩兵戦闘では避けるべき対戦車での対応力も、そうでない敵陣への制圧力も、双方ともに兼ね備えた相手方を上回る力を手に入れることが出来るということ。
それでもってこちら側の被害を極限にまで減らしつつ、相手側の戦闘力を効率的に皇国の経済力でもって戦闘を継続しながら削ぎ落としたいからこそ、導入しようとしているのだ。
「――それでは続けます。高低圧理論を用いた榴弾を装備する発射器そのものですが、この砲身は今後様々な弾頭を射出可能なよう、左側にスイングアウトして新型の八九式榴弾の改良型を装填します。見ての通り小さなグリップと引き金が付いておりますが、状況によっては使い勝手の向上を目指してピストルグリップへと変更するやもしれません。この引き金はダブルアクション方式であり、もし撃発時に不発となっても引き金を再び引くだけで再発射を試みることが可能です」
「こちらにもセレクターのようなものが付いているが、これはサムセーフティか?」
「その通りです。左右どちらでも親指で操作可能なサムセーフティとなっています」
発射器の外観はAG36を相当に参考にしていると言って良いものだ。
ピストルグリップといえないほど小さいグリップと、ピカティニーレールに特化した形状である事を除けば、50mmとしたAG36といって差し支えない。
このようなモノとなった理由は本来の未来におけるJARにある。
JARには本家本元のAG36のメーカーの技師が出向してきており、AG36をベースにJAR専用の40mmグレネードランチャー発射器を考案し、採用予定だった。
俺はそれを50mmに拡大したに過ぎない。
グリップが小さい理由はAG36が装備するG36などと異なり、M203を装着したM16と同じくマガジン部分に手を添えて発射可能だったために、軽量化を目指して妥協したからである。
もし仮に命中性に関わるなら妥協せずにピストルグリップを付ける事も当初より考慮してはいる。
重量はハンドガード部分が無いなどの差異から軽量化されているため、50mmと大型化しつつも本家本元のAG36と同じく約1.5kg
つまり新型榴弾装填時においては2.15kgの増加となる。
実際にはカウンターウェイトが必要となるため、重量増大によって装備した場合は6.8kgにもなってしまうわけだが……
仕方ないという事で割り切っている。
なお、カウンターウェイトについては装填時を意識した重量となるが、射出後も考慮した機構が機関小銃には施されている。
ピストルグリップ部分に重りを仕込んでいて、この部分をまるで拳銃からマガジンを抜き取るが如く重りを抜き取ることでバランスが取れるようにしてある。
恐らく発射器自体を戦場で何度も着脱する事は無いと思われるが、常に装填状態となるかは不明。
そのための措置であり、本来の未来におけるJARの頃から検討の上で導入されていた。
この発想はトカチョフのもので、当初彼はこの中にクリーニングキットも入れようと考えていた。
残念ながら製造時の構造が複雑化するため、実際のJARではあくまで重りだけを入れるようにしてあったが……機関小銃も同一の構造となっている。
これが機関小銃の虎の子の追加武装であり、オプション装備であるが……
それだけじゃない。
「よい、しょっと」
机の上に新たに置いたのは、人によっては見慣れた銃の見慣れない姿であった。
「なんなのだそのフェザーライトは。ストックがまるで付いていないじゃないか。おまけに随分と銃身が短い……まさか!」
「付けるっていうのか!? 散弾銃を!」
「技官は一体何と戦うことを想定しているんだ……」
困惑する将校らを眼前に、俺は彼らの言葉に耳を傾ける事なく説明を行う。
「M37は優秀な散弾銃です。作動も安定していて頑丈。なのに軽い。銃身を削ったM37は、700g程度しかありません。この状態で四発装填できます」
「近接戦闘での散弾銃の有効性は現場から報告を受けているが……使い分けられるようにすると言いたいのか」
「ドアの鍵を破壊するといった時に有効であるという報告が王立国家からなされてはいますが……他方ですでにNUPにはショットガンで射出可能な信号弾やゴム弾頭が作られている点などを勘案して導入しようと考えています。例えば敵が民間人なのか軍人なのかわからない時など、多用途弾が使える散弾銃は作戦時において応用が効きますから」
「技官は本気で1つの銃ですべての戦場に対応しようと考えているようだな……」
「ええ。なので機関小銃自体も他に二種の形態を用意しました。つまり機関小銃は全部で三形態存在します」
再びざわめく場内。
どうやら彼らは技研がここまで本気で機関小銃についてアイディアを練っているとは思っていなかったらしい。
こちらが本当に"他の武装を駆逐する"勢いでやっている事をこれまでは話半分で聞いて信じていなかった様子だ。
冗談じゃない。
機関小銃はな、開発に10年近くの歳月がかかってるんだ。
約10年+約1月。
普通の突撃銃ならとっくに完成していないとおかしい年月を経て、別の世界に転生してきているんだよ。
本来の未来におけるJARは間違いなく死んだ。
そのまま放置したままこの時代に飛んできてはいるのだが……見つかっても警察などが処分するだけだろう。
ロストテクノロジーとして闇に葬られた悲しきバトルライフルだ。
だがな、JARは俺の中では死んでなどいないんだ。
技術者としての意地は、製品として生まれ変われる。
だから、頭の中から蘇らせるために今日の日までに改めて挑戦したんだ。
後はそれを復元してもらうだけ。
多くの技術者が挑んで形作った代物は、この世界に来る前の段階で相当な領域にまで到達している。
故に機関小銃にはバトルライフルとしての姿だけでなく、もう2つの姿がある。
1つはマークスマンライフル。
銃身長を610mmにまで伸ばし、初速の向上と共に命中精度を狙い、通常装薬状態の.300サベージ弾をセミオートで発射できるようにしたSVDと並ぶ存在。
フルオートでも撃てるが、基本は.300サベージ弾をマークスマンライフルとして撃つための半自動狙撃銃として使う。
もう1つは、同じく610mmながらさらなる肉厚バレルとした軽機関銃モデルだ。
RPKの親戚といっていい。
バレル交換はM60やMINIMIなどのキャリングハンドル付きのものと比較して容易ではないが、より耐久性を底上げして使うためにマークスマンライフルタイプよりは肉厚。
銃身長がマークスマンと同じなのは反動軽減機構の設計を長銃身に合わせる関係上、長さを別々と出来ないからである。
正直バレル自体2種類もいらないと思っているが、軽いほうが扱いやすいだろうと考えて、とりあえず一旦は二種類を別々に作る。
だが、RPKでも言われている通り、RPKがSVDの代わりのような事ができたことからバレルも統一して生産性を上げることは念頭に入れる。
軽機関銃とマークスマンライフルが同一バレルというのは、ある種意味不明かもしれないが、機関小銃もといJARのコンセプトはそういうものだ。
本来の未来におけるユーグではこういった銃をセミシステマウェポンなんて呼称したが、パーツ共有率はそれぞれ87%と、派生モデルではなく別形態なだけ。
重量はそれぞれマークスマンタイプが4.8kgで、軽機関銃モデルが5.4kgである。
どちらもサプレッサーその他の装備は装備可能。
銃身長が伸びただけ。
軽機関銃モデルは基本的にドラムマガジンを標準装備としている。
なお、軽機関銃モデルを目的にアルミダイキャスト製のグリップポッドを別途開発予定。
こいつはバイポッドにもなるフォアグリップであり、通常時はフォアグリップだがスイッチを押すことでバネから二脚が飛び出してバイポッドとなる。
バイポッドは未使用時にデッドウェイトとなるが、それを是正するための措置。
後にフォアグリップが求められても大丈夫なよう、予め用意しておく。
フォアグリップは手首をひねること無く銃を構えられるので疲れにくいため、機関銃手に向く装備。
これとバイポッドを合わせて立ち姿勢と伏せ姿勢を瞬時に切り替えられるようにする。
この追加装備自体は通常仕様でもマークスマン仕様でも装着可能だ。
通常仕様はバレルが短いだけなので当然である。
機関小銃が.300サベージ弾の通常装薬を撃てるのは、ひとえに上記の状態での使用も考慮に入れた別々の形態も併せて設計したら自然と必要な耐久性能を確保する必要性が生じたからだ。
反動を無視すれば撃てるようになっているのである。
一応、通常使用において通常装薬弾を使うのはマークスマンだけ。
そのマークスマンだって別に減装薬弾を使ったって構わない。
うちは形状が全く同じで火薬量が違うだけの30口径小銃弾だけで戦おうと、そうしたいわけだ。
機関銃も小銃も全部統一して、たった1つの銃の複数の形態を駆使してすべての戦場に対応しようと、そう言いたいわけだ。
他国が経済力にものを言わせて多種多様な機関銃や小銃を駆使したとしても、我が国にはそんな工業力なんて無いから、合理化の特異点目指して突き進み、訓練やその他においても効率化を果たせる1つの銃に全てを賭けようと、そういうわけである。
歩兵戦闘用の主兵装たる小銃及び機関銃はもう他にいらない。
後はいつか必要性が検討される対物ライフルや、狙撃用のボルトアクションライフル程度でいい。
本銃は目指そうと思えばパーツ共有率を高めて高性能な狙撃銃だって作れる。
JAR開発時には、WA2000のようにパーツの4割を共有した高精度な半自動狙撃銃を作れることを、ユーグの銃器技師は唱えていた。
ボルトアクションライフルとの組み合わせで使える半自動狙撃銃だってそれで間に合わせればいい。
そのための原点を、やり直した皇国で作る。
復元する……
「――以上が機関小銃の開発計画です。質問などありますか?」
「あー信濃くん。最後に1ついいかな?」
「なんでしょう稲垣大将」
「何1つ欠点らしい欠点がない素晴らしい小銃だと思うのだが……なぜか手元の資料には大きな欠点もあると書かれている。何が欠点なのか教えてくれないか」
「そうでしたね……」
熱弁を奮っていてすっかり忘れていた。
本銃の欠点を。
採用するかどうかは、それを聞いてからにすべきと伝えたかったんだった。
「この銃は反動軽減機構を採用する結果、ちょっとやそっとの改良でも全て1から設計をしなおさなければなりません。ゆえに派生モデルや改良モデルの開発難度は他の自動小銃などとは比べ物になりません。この銃で改良するとは、1から新規銃を作るということです。万が一とてつもない欠点が見つかっても、修正は容易ではありません」
「ふむ……なるほど」
「例えば、本機関小銃が陳腐化して新小銃を作ろうとなっても、ベースとして小規模改良を加えた発展的新小銃とする事が出来ません。本当に1から全てを見直した存在となり……系譜というものが存在せず、直系ではなく遠い親戚のような関係の息子になってしまう。恐らく開発にかかる費用も安くはないことでしょう」
「それで君は……君たちは現段階でわかっている範囲内で出来る限りの戦場に対応できるように設計したわけか」
「そうです。欠点を見て性能の高さに見合わないと考えるならば、それは運命として受け入れます」
本音で言えば、今復元することに無茶があるのではないかとは思っている。
だが、このまま何もしなければ敵の突撃銃を前に多くの犠牲を生む。
それを見過ごすことは出来ない。
過去に戻ってきた者として、戦傷者は徹底的に0に近づけなければならない。
その思いはどうやら問いかけてきた稲垣大将には伝わっているようだった。
「いや駄目だ。信濃くん。機関小銃は絶対に必要だ。この銃は我々が創設以来からずっと描いてきた理想の歩兵武装だからやめるわけにはいかない……どうかね皆の衆。1つ、未来にかけてみるというのは。今日の限界だって明日なら越えられるかもしれんし、もっと設計的な余裕があって発展性の高い銃にだって、未来では出来るかもしれん。今を見て後ろ向きになるぐらいなら、我が国のまだ産声すらあげぬ技術者にかけてみるというのも。私は悪いことだとは思わん」
「問題があればその時になって立ち止まればいいだけだ。此度の戦はこれで行く。我々は機関銃でもあり、全自動小銃でもある武器を持って襲いかかる敵に立ち向かう。10年先、20年先、それより遥か先の者達は今日の選択を批判する事などないはずだ。機関小銃は最大限の努力はしたと言える新たなる武器なのだから」
西条の言葉に拍手が巻き起こる。
開発計画の承認を得た瞬間だった。
それは呪いか。
もしくは希望か。
重大な欠点を抱えたままのJARは、機関小銃としてこの世に再び姿を表す事になるのだった。
信濃忠清は知らない。
彼がこの過去へと戻った後にヤクチアがJARを回収し、そのデータも最大限に利用して数年後にA-545という反動軽減機構搭載のアサルトライフルを開発して正式採用したことを。
かくして反動軽減機構を装備した画期的な自動小銃は、2つの世界で全く正反対の勢力に属して正式採用され日の目を見ることになるのだった。