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第177話:航空技術者は多くの技術開発の果てにある新技術を迷いなく導入する(前編)

 結果的にヤクチアはSVDのような中距離戦闘を主としたマークスマンライフルと、バレルを大きく伸ばして命中率を底上げしたRPKのような箱型弾倉を持つ機関銃の併用……


 さらに西側との戦闘でグレネードランチャーの有効性を敵側として証明されるや即座にこれを採用してコスト面も考慮してバランスの取れた歩兵戦闘が行えるような土壌を整えた。


 ことグレネードランチャーの有効性は西側以上に研究を重ねていたのである。


 王立国家もMINIMIでの試験中に気づく事になるが、グレネードランチャーというのは極めて効率的な殺傷兵器だった。


 ここに人間の本能や生存意識といったものも大きく関係している事に気づく事になるのだが、ヤクチアはそれより20年近く早い段階で把握していたのである。


 戦場での兵士に与える心理的影響を鑑みた場合、実は遺体が凄惨な状況であればあるほどその効果は大きい。


 特に、リアルタイムで戦闘を行い、その戦闘で死傷して遺体となった兵士が今まさに眼前に転がり込んできたとして、その兵士の姿がより精神を汚染するような状態であればあるほど効果は大きい。


 例えば銃創の場合、多くのケースにおいて死亡しても遺体の損壊状況はそこまでひどくはならない。


 少なくともそれが誰であって、人であるかどうかの確認は余裕でできる程度には保たれている。


 ゆえにアドレナリンなどの脳内麻薬が分泌されたままとなり、ともすれば薬物を摂取することによってさらに精神が高揚しているような兵士達は、その姿を見てもよほど懇意にする人物でなければ興奮状態を維持する。


 しかし、破片創などによって人の型というものを保てなくなった状態となると、彼らは生存本能が呼び起こされて興奮状態が一気に収まってしまうのだ。


 それだけではない。


 戦場での経験を積み重ねた兵士ほど、銃創よりも破片創の方が死の恐れが高いことを本能的に理解しているため……


 攻撃を受けた時に自らは無傷であっても動揺して大きな隙を生じさせたり、戦闘が継続できなくなる。


 また、軽症であっても周囲がそのような遺体だらけであると、通常よりも強い痛みを体感したりする。


 これは防衛本能によって脳が過剰に痛みを知らせる物質を生成することで生じさせる医学専門用語では一種の"疼痛"とも呼ばれるものだが……


 痛みというのはそもそもが神経刺激(または損壊)を受けた際にそれに応じて脳で痛みを痛感させる物質を、肉体の損壊状況に合わせた必要量に応じて生成して脳神経に行き渡らせることで生じさせるが……


 これには視覚など別の五感も相当数に影響しており、周囲の環境や自身の様子……つまりは周囲の戦友たちの飛び散った肉片を自らのものと錯覚することで、周囲の痛みを引き受ける形で自らの痛みとして知覚してしまうのだ。


 国際的な医学界の1つには国際疼痛学会という、「痛み」を生じさせる人体の仕組みや要因を研究する学会があるのだが、そこでも定義としては「組織損傷を生じさせる可能性がある場合」も痛みを生じさせる要因の1つとして痛みを定義付けしているように、人間が痛感する「痛み」というのは肉体組織が損傷を伴うもので無かったとしても発生する事があるのである。


 ゆえに広範囲において殺傷性のある破片をばらまくグレネードランチャーというのは、破裂音という肉体に向けて強い衝撃を与えるものも合わさって、軽症でも敵兵を無効化できるので非常に優秀な武器なのだ。


 直撃させる必要性が無いのである。

 直撃させずともその制圧力はそこいらの機関銃を大きく上回っているのだ。


 ……費用対効果も合わせて……


 この長所にいち早く気づいた列強国こそ、他でもない皇国陸軍なのだ。


 一度目の帝政時代のヤクチアとの戦いから教訓を得て迫撃砲装備を整えた我が軍は、一度目の大戦でその結論に達していた。


 さらに、ベルト給弾式機関銃についても無駄撃ちが多くなるだけで成果が向上するわけではないという事も十分に理解出来ていた。


 だから連射速度を落としてまで、命中率を向上させるような工夫を施したりしたわけだ。


 命中率の向上を果たしたいからの連射速度の低さであり、命中率が高いならば高連射かつセミ・フルオート切り替えが理想というのもすでに15年も前に結論づけていた。


 もちろん、この裏には補給能力の低さなど、陸軍の裏実情も相応に関係しているのは事実。

 だが、戦略方針において何1つ間違った認識などしていない。


 その陸軍が本来の未来においても現在においても用意したものこそが、八九式重擲弾筒だったわけだが……


 こいつには他の迫撃砲と比較して1つ大きな特長がある。

 それこそが水平撃ち。


 八九式重擲弾筒は迫撃砲であると同時に、携帯式の野砲でもあったのだ。

 岩などに押し付けてでないと撃てなかったが……


 敵へ向けて直接水平撃ちして射撃する事ができたし、やっていた。

 本来の未来におけるNUPと王立国家は皇国陸軍が持つ最優秀歩兵火器として本武装を評価していたが……


 この時の一連の検証データの結果は最終的にM79グレネードランチャー開発に相当な影響を及ぼしているほどだ。


 そのM79がM203として発展し……小銃に装着されるようになる。


 王立国家は、こういった小銃との組み合わせで使うライフルグレネードやグレネードランチャーが、最も効率的かつ優秀で合理的で標準装備化すべき装備形態だと最終的に気づき、各国に情報を共有した。


 西側は恐らく、俺がやり直してから10年後にはさらなる理想形を追い求めて新兵器の開発に精を注いでいる事だろう。


 ベルト給弾式の軽機関銃は間違いなく21世紀も50年は経過する頃には西側から完全に消滅し、ヘビーアサルトライフルまたはバトルライフルとも言えるような武器が主力となってグレネードランチャーと組み合わせて運用する事になるだろう。


 それを今やるのだ。

 一番最初に気づいて挑戦した者だからこそ、最も有効に使いこなせる確信がある。


 従って、あの時足りなかった最後の1ピースを埋めて八九式重擲弾筒の前身が追い求めた理想を実現するのだ――


「……今ここにいらっしゃる皆様方の中には、タ弾というものをご存知な方もおられるはず」

「タ弾?」

「第三帝国から渡ってきた技術を基にして開発中の……主として成形炸薬弾を表す通称だ」


 西条のわかりやすく簡潔な説明に多くの者は納得していたが、中にはうなずいてその存在を肯定化……あるいは認知していることを示そうとする者も相当数いた。


「そのタ弾と共に第三帝国が我々に渡してきた恐るべき技術があります……それが高低圧理論です」

「高低圧理論……?」

「ええ、あまり注目されておられない技術でしたが、間違いなく今後の榴弾砲を大きく左右する理論です――」


 高低圧理論。


 我が第三帝国の流体力学理解は世界一ィィィーー……などと、実際に現場の技術者が述べていたかは定かではないが、本来の未来なら間違いなく大戦中は世界一であったと断言できる第三帝国が、より反動を軽減しつつ強力な砲弾を発射できないか研究の末に辿り着いた答えである。


 それは、ジレンマを乗り越えた先にあるデファクトスタンダードともなった技術であった。


 ……一度目の大戦を前後に、多くの国があるジレンマに陥っていた。


 それは、より強力な砲を作ろうとすればするほど各部において非常に高い強度を要求され……乗算という形で重量となってのしかかってくるのである。


 例えばロケット弾などというのは、一連の試行錯誤の中で一度目の大戦などを通して砲の重量増加を大幅に抑制する能力がある事から改めて注目された兵器であるが、ロケット弾は砲弾そのものの体積と重量……特に体積が増加する事から運搬も考慮した場合には目指した理想とは言い難かった。


 もちろん、誘導できる可能性があることや、運搬する必要性が殆どないほど射程自体を大きく伸ばせる可能性があったので引き続き研究は続けられたわけだし、未来においてはむしろちょっとした砲と砲弾よりも主力武装としての地位を確固たるものとしている。


 ただ、この時点でロケット弾は砲弾そのものが高額となることがすでに予想されていた事から、その運用は限定的なものとなることは十分技術者の間でも十分周知されており、よりコストが低く陸戦において高い効果を発揮する砲の軽量化が達成できる砲弾という開発は続けられていたのである。


 そういった技術開発の中、技術者は早い段階から認知していた事がある。


 それは、砲の重量増大の原因は火薬の燃焼によって生じた圧力の急上昇が原因であるということと、一方で、物体を押し出す力というのは流体力学上、砲身などの筒の中の長さに対して必要となる総合的な圧力と体積さえあれば前に押し出すことが出来るという事を。


 これらは蒸気機関のシリンダー開発などに伴ってすでにその仕組が相当に解明されて大量の計算式が世に溢れていたためであり、多少なりとも流体力学に精通する人間の間では常識ですらあった。


 ゆえに技術者は2つの方面から挑み、第三帝国を例にすれば2つの大砲が出来上がる。

 

 1つは砲弾の発射薬を減らす……あるいは発射薬を無くした砲弾そのもののみとして、砲身内で砲弾が前に進むためのガスを充填していき、砲弾が砲身内で加速を続けながら発射されるという……


 いわゆる"多薬室砲"であり、"V3"と呼ばれる、まさに第三帝国の暗黒面と言って差し支えない大砲となって実用化されたもの。


 この理論は単純で、火薬式の場合は炸裂させた際に砲弾と砲身とのわずかの隙間において火薬の性質である一瞬のうちに燃焼して膨張する超高圧のガスを生じさせ、それを利用して砲弾を押し出して加速させるが……


 火薬の場合はこれだけに頼っていて、当初こそ超高圧だったガスは砲身を移動すればするほど減圧が生じて圧力はどんどん低くなるのだから……


 砲身内部を砲弾が進む間、砲弾を打ち出すために必要な圧力と体積のガスを常に補充しつづける事で砲身内の圧力を一定以上に保ち、結果的にそれによって減圧が生じない事から砲弾の加速を継続したまま打ち出すことが出来るというものだ。


 いわば減圧も加味して大量の火薬を使い、その火薬の燃焼によって生じた超高圧のガスを受け止めるようにする従来の常識的な銃器の仕組みを否定し、外部から砲身内部へガスを充填して砲身内部を相応の体積のガスで満たそうと、そういう話なのである。


 そもそもが、砲の重量増大は超高圧ガスを構造的に受け止めなければならなくなる火薬とその燃焼の性質にあるのだから、それを逆手に取って流体力学に即した手法で加速をさせればいいのだという、理論は単純だが構造は複雑となる手法でもって解決しようとした。


 こうすることで砲身については従来のように強烈な圧力を受け止める後端の厚みが厚くなり、先端に向かって減圧するので強度を下げることが出来るので軽量化のために肉厚を薄くするような、野球のバットを逆さにしたような形状にする必要性はなくなるのである。


 重量増大の原因は主に後端の肉厚化が原因なのだが、上記の理論を活用すれば砲身はただの管にする事が可能なので軽量化が期待できる。


 ……反面、砲身自体は極めて複雑な構造となってしまう。


 実際にはこの多薬室砲は1度目の大戦より前の段階からNUPの技術者などが挑戦したりしていたのだが、実用化して決戦兵器にまで最初に昇華させたのは他でもない第三帝国だった。


 仕組み上、どんどん加速していって先端付近に到達するまでに砲身内で高速化する砲弾において、正確無比に高精度でガスを充填していくというのは、大戦中などの時代においては極めて制御が困難で……本当にまともに撃てたのか怪しいものだが……存在はした。


 理論を逆手に取れば、電子機器や各種センサーなどの技術に秀でつつも、砲の製造開発を行ったことがないような国ですら、そこらの汎用的な鉄パイプ……水道管やガス管などを「兵器化」できるという点で相応に可能性はある代物だった。


 実際にNUPではこのV3の技術情報を入手したことで、戦後"とある技術者"を通して平和利用と偽ってHARPと呼ばれるものを作ったりするほどだ。


 そしてその技術者はNUP本国での評価が芳しくないとなるや、近東で改めて戦略兵器を作ろうと画策し、ユーグの水道管やガス管などを作るメーカーに"水道管"や"石油パイプライン管"と偽って砲身を製造させて調達してまで作ろうとした事がある。


 そちらは設計上、冗談抜きで戦略兵器となりうるもので……西側勢力の力によって最終的に闇に葬られた。


 結果的にロストテクノロジーとなった多薬室砲がどれほど有効な兵器だったかは定かではない。

 ただ、計画が露呈した時点で試作兵器は完成していて、発射実験を行った形跡すらあった。


 そこで用いられた試作兵器は、ちょっとしたユーグの民間工場から調達したガス管や水道管で作られた砲身であった事から……状況によっては相当な戦略兵器だった可能性はある。


 構造上、砲身をまともに動かせなかったりメンテナンス性が非常に悪かったなどするのだが……


 第三帝国を含めて元より狙い撃ちするものではなくロケット弾あるいはミサイルを射出して一段目の代わりとし、小型のミサイルを中距離以上の弾道ミサイルとすることなどを目的として開発していた。


 いわば複雑かつ運用コストも相応にかかりそうな射出システムではあるが、大型ミサイルの維持管理・製造が不要となってミサイルの規格を統一出来ることで総合的な開発費や運用費を落とせるかもしれないという点では十分未来はあったものである。


 ……個人的に作りたいとは微塵も思わないが、万が一開発中の皇国のミサイルが所定の性能を達成できない場合、射程を伸ばすために作るかもしれないとは思っている。


 あるいは、現状だと弾道ミサイルなんて夢のまた夢である所、NUPとの戦に至った最悪のケースにおいて、皇国からNUP本土へ攻撃可能な兵器の開発を命じられたら、そいつでもって達成しようとするかもしれない程度か。


 "大型戦車にジェットエンジンやロケットエンジンを取り付けて一段目にする"よりかは可能性があるとは言えるな。


 なんにせよ、基本的にこいつは大掛かりな野砲とも言うべき巨大な大砲を目的としたものであり……携行兵器に転用できるようなものではない。


 第三帝国の技術者もそれは大変良く理解していたため、携行兵器も目指した新たな方式を考案する。


 当初彼らは装薬の火薬形状を整えることでそれが可能なのではないかと考えた。


 いわば、燃料形状を筒状などにして整えて燃焼室を設けることで、瞬間的な燃焼を抑え込んで爆発とも言える燃焼活動ではなく、噴射に変更出来ないかと考えたのだ。


 これは1つの正解だ。

 皇国でもロケット弾用の火薬エンジンとして試されたように、後の固体燃料ロケットの発想である。


 しかしこれでは燃焼室を設ける性質上、全長が極めて長くなりがちで、重量はともかく砲弾が嵩張るほど大きくなってしまうので携行弾数が減るという弱点があった。


 なんだかんだで携行兵器では対戦車ロケット砲などとして発展するが、見ればわかる通り連射出来るような状態では全く無い。


 ちなみに第三帝国自体は本方式では製造難度が上がるという事も合わせて、より単純に一時的に初速を与えた後で、その後は後方にガスを排出させて反動を相殺するという……いわゆるクルップ式無反動砲という形で携行兵器化しており、それがパンツァーファウストである。


 一時的に初速を与える仕組みは非常に簡便で、発射薬の後端のガスを吹き出す部位に円盤状のプラスチックの蓋をし、これが一定の圧力まで耐えてくれることで弾頭を発射し、プラスチックの蓋が破壊された後は後方にガスが流れ出して反動を相殺するというもの。


 勘違いされがちだが、装薬の火薬形状を整えて噴射できるようにしたロケット弾を採用していたのは本来の未来で第三帝国を苦しめたNUPのバズーカの方であり、パンツァーファウストの発射薬自体は黒色火薬をたんまり詰め込んだ至って普通の装薬そのもので、砲弾自体は自力では推進力を持たない単なる成型炸薬弾頭だ。


 本来の未来では陸軍もクルップ式無反動砲の技術を手に入れて試製五式四十五粍簡易無反動砲なるものを開発したりしたが、技術力が足りずとも作れる代物ではある。


 だが結局はロケット砲もこの手の無反動砲も使用弾薬自体は大型化するのが極めてネックであり、第三帝国自体は携行兵器としては実用化しなかったものの虎の子の技術として"なぜか本来の未来でも現在においても皇国にその技術を渡しつつ"、戦車用の榴弾砲として実際に採用したものを保持していた。


 それこそが高低圧理論であり、一連の技術開発の最中、技術者が気づいたことで到達した1つの到達点なのである。


 恐らく渡した理由は"どうせ再現出来ないから"――とか、ふざけた理由だったのだが、仕組み自体はそう難しいものじゃない。


 高低圧理論の仕組みはこうだ。

 クルップ式無反動砲や多薬室砲、ロケット弾などの研究を通して、彼らはある結論に達する。


 それは"最初から減圧された状態でガスを噴射して砲身内を満たせば砲身内圧力の最大値を大幅に引き下げることが出来るのではないか"ということだった。


 つまり一見して矛盾しているが、砲身内に一時的に減圧する減圧区画を設け、射出に必要な圧力となった後に弾頭を射出すれば砲身の耐久性は射出するのに必要な最低限度でいいという事を見出したのである。


 これはある意味でクルップ式無反動砲とは真逆の発想であり、クルップ式無反動砲では反動相殺のために一定圧力となった後に反動相殺のガスをバックブラストとして逃がすが、もし仮にガスを徐々に溜め込んで一定の圧力となった所で発射すれば砲身が抱え込むガスの圧力は低く出来……


 しかもガスの噴出がそのまま止まらず噴射とも言える状態で続くような状態で発射に必要な圧力と体積を砲身内で維持できるなら、多薬室砲と同じく砲身内で砲弾を加速させ続けたまま発射できるだろうと、そういう事に気づいたのである。


 だが、ここには1つの問題がある。

 どうやって圧力上昇のために射出を遅らせ、どうやってガスを充填し続けるのか……だ。


 答えはロケット弾とクルップ式無反動砲と多薬室砲にあった。


 実際の高低圧理論を用いた榴弾を見てみよう。


 構造は二重構造となっている。

 ショットガンシェルのような発射薬を装填した下部と、実際に射出される砲弾部分だ。


 見てみるとわかるが……なんと雷管部分に噴射口が無い。

 驚くべき事に、火薬の噴射口はショットガンシェルの下部のような内部空間に向けて設けられている。


 そう、通常の弾丸や砲弾であれば撃鉄が降ろされて発射薬に点火された後は、その撃鉄を打ち込んだ部分が噴射口となって射出されるのだが……


 高低圧理論ではシェルの内部空間に噴射口が設けられ、この中にガスが噴射されるのである。

 もはや砲身は二重になっているといっていい。


 これまでの常識的な砲身は二次砲身であり、一次砲身は砲弾を射出する砲弾の一部自体が担うといって差し支えがない。


 点火された火薬は、まずシェル内で高圧の状態のまま形を整えられた噴射口から固体燃料ロケットのごとく火薬が噴射され、シェル内に設けられた減圧室を満たしていく。


 この減圧室はリフレックスサプレッサーと同様に内部で"対流"による渦が発生しつつ、圧力が上昇していく。


 リフレックスサプレッサーでは弾頭の射出によって圧力が開放されてガスが外へと逃げ出すことが出来るが、完全に密閉されたシェル内ではそれが出来ない。


 しかし、圧力が一定以上になるとシェル自体が膨張して、はめ込んで固定している砲弾が圧力に耐えきれずパコッと外れ、最終的に榴弾は射出される。


 シェルは砲弾をはめ込むような形にプレス成形されて形状を整えられており、砲弾側も同じくはめ込まれるようにプレス成形で後端の形状を整えられている。


 これをクルップ式無反動砲と同じく一時的な蓋とすることで耐えるようにし、圧力が所定の領域へと至るとシェルの膨張に応じて自然と外れるようにしているわけだ。


 そしてシェル内の燃焼活動は砲弾が圧力に耐えきれずにシェルを離脱して射出された後もしばらくは燃焼活動を続け、砲身内は必要となる"ガスの圧力と体積を補充"された状態を保ち、砲弾は加速を続けたまま射出される。


 まさに、これまでの技術開発の集大成といっていい。


 複雑な理論を用いながらも、反して単純明快な機構でもって実現するという、まさに技術屋として理想的と言える実用化であった。


 当時把握できていた流体力学のすべてを注ぎ込み、ロケット弾や無反動砲の技術の全てを応用することで、多薬室砲を多薬室砲とせずにその仕組を再現したのが高低圧理論ということだ。


 いや、薬室は2つあるわけだから、高低圧理論による榴弾砲というのは広義の上では立派な多薬室砲だ。


 高低圧理論は後に迫撃砲としてデファクトスタンダードにまでなるが、現実路線で完成形にまで昇華した多薬室砲といって差し支えない。


 高低圧というのは発射薬とその噴射口が高圧であり、減圧室によって低圧の状態で射出されることから名付けられたが、例によってフルオート小銃を"突撃銃"などと名付けるような、なんでもかんでも自国流の名前を付けたがる第三帝国が名付けた名称に過ぎない。


 そして見ての通り、構造はそこまで複雑ではない事から……


「――八九式榴弾の一部の形状を整えることで、高低圧理論を利用した新型榴弾へと改良することは技術的に可能です」


 張り出した設計図にバシッと手を叩きつけ、大幅な開発期間の削減と製造に関するコスト増大を避けながら最大の効果を発揮することを示し、開発の必要性を強く訴える。

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[一言] "大型戦車にジェットエンジンやロケットエンジンを取り付けて一段目にする" シャゴホット、ですかww
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