第175話:航空技術者は親友の言葉を受けて蘇らせる(中編)
改稿により、内容の一部変更に伴い分けました。
リフレックスサプレッサー
その名前を最初に名付けて誕生させたのは、他でもないサプレッサーという存在そのものを生み出したNUPだった。
本来の未来における2615年頃。
NUPは東亜方面において戦線を拡大させる。
今にして思うと、あの状況で奴らが戦うだけの経済的な体力はどこにあったのかと身震いするほどだ。
背景には、一旦ユーグ方面での戦線の押し上げによってヤクチアとの直接的戦闘を回避して事実上の戦争棚上げを行って同地域内において戦闘膠着状態までに持ち込んだことをいいことに、ズタズタに破壊されたユーグ各国において、かつて第三帝国と呼ばれた地域などを筆頭に大規模資本投入を駆使した急速な戦後復興による経済回復を達成させての戦争特需を最大限に利用しての二度目の世界大戦から続く事実上の継続戦争ではあったのだが……
彼らは皇国がヤクチアの手に落ちたことによって太平洋地域における制海権の半分近くを失ったことに恐怖を覚え、ヤクチアの扇動によって生じた共産主義の赤の波に飲み込まれんとする国々に対して牙を向いたのだった。
丁度その頃、南シナ海周辺は戦後の混乱とユーグの弱体化を受けての独立運動が盛んで、各地では現地にそのまま残り続けた皇国人指導者の支援もあって火花をちらしていた。
ヤクチアはここにつけ込んで大規模に支援を行い、太平洋地域だけでなく南シナ海から西側勢力を完全排除しようと試みたのである。
当のヤクチア自体はNUPとの直接戦闘ができるほどの余力はすでに残っていなかった。
だが彼らは皇国同様、現地人を洗脳して敵意を西側に向けることで傀儡のごとく操ってNUPを中心とした西側と戦わせることに成功したのだ。
単体では勝負にならないが、彼らに武器と兵器を渡せば相応の戦力となる。
こっそりと自軍の航空部隊などを送り込みつつ、代理とは完全に言い切れない代理戦争を現地人との共闘によって引き起こすことでヤクチアは目的を達成しようとした。
中でも特に熾烈な戦いとなったのが東亜社会主義共和国との戦であり、周辺事情を鑑みてこの地域まで東側に落ちると交易……
すなわち海運業にも多大なる影響を及ぼす地域であっただけに、一帯を更地にせんとばかりに攻撃を仕掛けるのである。
リフレックスサプレッサーはそんな東亜社会主義共和国との戦いの最中に誕生した。
すでに2605年頃にはサプレッサーに関する十分な実戦データが取得できていたNUP。
彼らは自国での実験装置なども駆使したさらなるデータ収集によって、ある結論に達する。
それは多くの場合における歩兵戦闘の交戦距離というのは、最も近くに敵がいたとしても約50m程の距離があり……
この約50mという距離において敵の耳に発射音が聞こえなければ、発射位置から最大射界左右それぞれ45度の角度の範囲内までならば敵は弾丸の進行方向に対して直交した角度に射撃手がいると誤認させられるというものだ。
そして、その距離にいる敵兵が発射音を感知出来ないとされる音量は約90dbであるということも、一連の試験によって判明。
一般的な小銃弾の発射音は何もしない場合は120db~130dbほどであったため、30db~35dbほどの抑制ができれば望む結果が得られるという結論に至る。
以降の消音器開発というのは、この90dbを絶対に達成すべき目標数値としての開発が行われることとなる。
後に様々な意味でNUPを苦しめることとなるM16。
このM14に代わる新たなアサルトライフルは、裏で黙々と戦術的優位となるような付属装備の開発が併行して行われた中で誕生したわけだ。
当然にしてM16の誕生と同時にサプレッサー開発並びに研究を行う部門では、M16に特化したサプレッサー開発を任されこととなるわけだが……
開発を任されたNUP陸軍の人体工学研究所によって最初に試作されたソレは36cm近くもの全長を持ち、バッフル数24もあるM2と呼ばれるものであった。
重さも900gをゆうに超えており、M16にとってはフロントヘビーどころではないため装着時の取り回しは最悪。
さすがにこのようなものでは駄目だということで、さらなる開発が進められる事になった。
そして紆余曲折を経て誕生したのが改良型のM4と呼ばれるものである。
これこそNUPが一旦は正式採用したアサルトライフル用の史上初の実用型サプレッサーであり、消音能力は実に36dbと数値だけは優れたものだったが……
全長はM2より短くなったものの、それでもまだ30.5cmほどあり……他にも多くの弱点を抱えていた。
実戦投入を含めた各種評価試験の結果で見えてきたのは、M16自体の信頼性の低さをさらに助長するだけでなく、装着時に射撃した場合の射手への悪影響が半端なものではなかった事。
特にサプレッサーを用いたことによってより強くなってしまう銃身内圧上昇に伴うガス圧動作部分への負荷の高まりは、M16のチャージングハンドルから燃焼ガスの逆流すら生じさせ、時に失明しかけるほどの燃焼ガスを射手にもたらす事すらあった。(M16はサイトを覗きながら射撃しようとした場合、丁度目元付近にチャージングハンドルが来る位置となってしまう)
また、飛び出す薬莢も勢いが強くなって両利き用としていたにも関わらずM4サプレッサー装着時において左利きで構えると薬莢が顔面に直撃することがあり……使用時のゴーグル装着などが義務付けられるなど、とてもではないが実用品とは程遠かった。
それでも正式採用していたのは、それだけ消音効果に顕著な成果が得られる事に他ならない。
故にただでさえ故障しやすいM16がさらに故障しやすくなって前線における兵士達の不満が高まる中においても、彼らはサプレッサー自体を否定せずに改良することを求めたのである。
リフレックスサプレッサーというのは、そんな欠陥品とも言われたM4サプレッサーの改良によって誕生したE4Aと呼ばれるタイプが世界で初めて採用した機構なのであった。
一体通常のものとどういう違いがあるのかを説明しよう。
通常のサプレッサーの構造とは、一般的なマキシム式のバッフル構造だと下記のようになっている。
バレル 減圧室 バッフル
↓ ↓ ↓
=====| > <<<<<<<<<<
上記のような構造となっている理由としては、サプレッサー誕生からしばらくして発射音の主要発生原因が判明して、それを当時の流体力学的理解でもって解消しようと試みたからだ。
様々な検証により発覚した主として巨大な破裂音を発している存在……それは実はなんと弾頭にまとわりついた高圧ガスだったのだ。
撃鉄を下ろして燃焼が始まった高圧ガス。
こいつは弾丸を押し出すと同時に一部がライフリングより漏れ出して弾頭先端部分にまとわり付く。
また、弾頭自体はその速度から銃身内部に存在する大気をも圧縮しながら進んですらいる。
こいつがバレルから解き放たれる時に音速を超越して衝撃波を発生させ、難聴すら発生させかねない轟音を生じさせるのである。
このあたりはヘリコプターにおけるローター音の発生要因と酷似しているかもしれない。
一見して弾頭そのものが強烈な衝撃波を生じさせ、弾頭の真後ろに生じる衝撃波がバレルから解き放たれた時に巨大な音が生じているように思えるかもしれないのだが……違うのである。
体感してみればわかることだが、弾頭が生じさせる飛翔音なんて大した事がない。
フオォッンといった程度の音が一瞬で通り過ぎるだけ。
小銃弾との比較ならばハチやハエの方がよほど耳障りであり、サプレッサーで音を誤魔化せば時に環境音によって通過音すら聞こえなくなる程度しかない。
ゆえにサプレッサーというのは、この圧縮された高圧かつ高熱かつ高速流動するガスをいかに逃し、その速度を抑制しつつ外に分散排出するかに重点を置いた構造をしている。
だが、リフレックスサプレッサーが誕生する前までは、弾頭にまとわりついたガスが騒音の主原因とまで気づいてはいたものの、一方でその対処が適切ではなかった。
高圧ガスを一旦減圧室で減圧し、バッフルにて圧力を開放しつつ放出の際のタイムラグを設けて音を静めるというのは、基礎的な考え方では正解なのだが……
従来構造のまま高性能化する場合は、M2サプレッサーなどと同じく減圧室の空間がより広くなることが求められるだけでなく、バッフル数もどんどん増えていく。
このままの構造では駄目だということを理解したNUPは、ある技術者達を呼び出し、サプレッサーの根本的な構造改革に乗り出すのである。
その技術者こそがジェットエンジン関係などにも携わる熱力学と流体力学のプロフェッショナルであり、彼らは戦後から20年の間に急成長した熱力学及び流体力学系技術をフル動員し、新しいサプレッサーを作る事に成功した。
それこそが下記のような構造である。
_____
==|=== }<<<<<
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
実際の内部構造を見てみるとすぐに違いがわかるが、バレルが減圧室内部にまで到達している。
リフレックスとはそのまま「反射」を表しているが、彼らは狭い空間の中でより効率的に圧力を逃して減圧するため、上記のようなバレルの一部がサプレッサー内部にまで及ぶ構造とした。
通常のものと比較しながら仕組みを説明しよう。
従来のサプレッサーの動きは単純だ。
減圧室でまとわりついたガスを減圧しつつ、その減圧を維持したままバッフルにぶつける。
それだけだ。
ガスの圧力は一般に7.62✕51mm弾クラスだと5000mpaにも達するほどで、当然にして圧力が開放されると気流は外側……すなわちサプレッサー内壁へと向かう。
バッフルはエアブレーキに近い立場であり、この状態で気流の動きを減速させるために渦を巻いて調節するのが役目。
この渦が気流の流動する速度を抑え込み、サプレッサーから放出された頃には気流自体が散るのも合わさって減音に成功するわけである。
一方リフレックスサプレッサー。
こちらはより効率的に減圧させるため、熱交換の仕組みをも利用して弾頭にまとわりついた高圧かつ高熱のガスを基本的にすべて切り取ってしまう。
バレルから放出されたガスは一段目のバッフルにて完全に分離。
これは流体力学的な気圧変化の影響もあり、この場所でほぼ98%近くが分離される。
いわば内部では通常時と比較してこのようなことが行われている。
分離されたガスは反射用の一段目のバッフルで1度目の反射をした後、まるで外へと逃げ場を探すがごとく内壁に押し付けられながら、それまでの進行方向とは真逆の方向へと向かうのだ。
図に表すとこうだ。
ここからガスを取り出して反射
___↓_
==|=== }<<<<< 弾丸の進行方向 →
↑ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ←反射したガスの進行方向
ガスの最初の到達点
この逆流が適切に行われる理由が熱交換であり、外の大気によって冷やされたサプレッサーによって内壁がラジエーターと同様の効果を発揮するため、高熱かつ高圧ガスは冷やされながら内壁に押し付けられた状態を維持しつつガスの流動が継続する。
この時、減圧室によって圧力が開放されたガスは同時に熱交換による断熱膨張冷却によって急激に温度が低くなり、最終的に内壁の後端にぶつかると、後はガスが温度と気圧を一定状態に保とうとする流動が生じ、反射式の減圧室内部においてはある一定の領域までガスが渦を巻いて循環する。
いわゆる"対流"というものが生じるわけだ。
沸かした風呂が一気に風呂全体の温度を一定に保たず、一部から徐々に浸透していくように暖かくなっていくアレと同じ事象が発生するわけである。
なお、構造的にはコアンダ効果を最大限利用して気流剥離が生じないようにしなければ乱流となって一部の区画にガスが留まり異常加熱する可能性があるため、そこに留意しなければならない。(ここにさらなる改良の余地すらあった)
反射と対流。
ここに熱交換による断熱膨張も合わさることで、高圧ガスは一気に収縮しながら運動エネルギーを急速に失っていく。
しかしそのままではガスが留まり、サプレッサー内部の圧力が高まりかねない。
高まる圧力は最終的に銃身部分に留まった大気の圧力すら上昇させ、ボルトにすら影響を与えてしまう。
だが、適切なタイミングで弾頭がサプレッサーから射出されれば、サプレッサー先端に設けられた銃口によって急減圧が生じて内部に留まったガスは外へと逃げることが出来るのだ。
もちろん、減圧室で十分に減圧・減速・冷却されたガスはそれでも圧力と温度が高いものを筆頭にバッフルへと向かい、さらなる減速が生じて最終的にタイミングをズラされた状態で完全に放出される。
しかし、必要となるバッフル数は大幅に少なくて済むのだ。
減圧室だけで十分な静音効果が発揮できるほどに高圧ガスが沈静化するためだ。
一例を出すと、E4Aサプレッサーのバッフル数はわずか6つ。
従来方式だと流体の減速をバッフルに頼り切っていた事からバッフル数の必要数が尋常でなく増えたのに対し、狭い空間にも関わらず適切な減速減圧構造とした反射式の減圧室は十分な効力を発揮していた。
その性能、28dbカットで全長24.1cm。
バッフル数はわずか6という少なさであった。
重量自体もオールスチールながら大幅に軽量化し600g少々。
リフレックス式の減圧室を採用したことにより、より減圧が適切に行われるようになった事でチャージングハンドルからガスが逆流するなどの所々の問題は解決。
まさに航空技術者達による別分野に対する技術革命に他ならない。
当然ながら俺もこれを採用する……と言いたいところだが、E4Aなんてそのまま採用する理由は無い。
E4Aは不完全なんだ。
本当のリフレックスサプレッサーは、もっとバッフル数が少なく全長も短い。
今回俺が採用したのはそちらだ。
E4Aが出てリフレックスサプレッサーという存在が世に知らしめられた後、リフレックスサプレッサーの研究はさらに進んだ。
そして登場からわずか数年の間に、ユーグのいくつかのメーカーはある結論に達する。
それは、バッフルなんかよりもリフレックス方式の減圧室の空間をより広く取って最適化構造にした方が、サプレッサー全長を短くして軽量化できるという事だった。
E4Aの場合、減圧室自体はそこまで大きく無く、むしろ減圧室の小型化のためだけにリフレックス方式としていた。
その方が小型軽量化に寄与できるとNUPの技術者は考えたためだ。
バレルは先端から7cm程度の部分までしか押し込んでおらず、減圧室自体は小さい。
ここにアタッチメントをネジ止めしてそのアタッチメントにサプレッサーを専用のビス止めで装着していた。
アタッチメントは内側の内壁を兼ねたものとなっており、ここにカバーをかぶせるがごとく外側の内壁を持つサプレッサー本体をビスで装着する。
構造的に清掃が容易で整備性は良かった反面、バッフルの配置間隔も従来品からさして改良されておらず、かなりの間隔を設けていた。
だが実際に所々の力学的計算と様々な試験結果より判明したのは、これでは非効率だということだ。
必要なのは減圧室の大型化であり、ここでほとんどの仕事を果たしてしまえばバッフルでの減圧は不要となるためバッフルとバッフルとの間隔は一気に狭められ、さらに数も最低限で良くなる。
実はNUP自身早い段階からそれに気づいていたのだが……対流による適切な循環を非常に長い減圧室でもって達成する構造を作り出すことが出来なかったのだ。
コアンダ効果を最大限に発揮する内部構造というものを彼らは作ることが出来なかったのである。
一見して完璧なようで重大な見落としや欠点がよくあるNUPらしいエピソードである。
しかし原理とその性能の高さを知ったユーグはNUPをいとも簡単に超えていった。
サプレッサー全長の実に2/3ないし3/4までバレルを押し込み、全長が18cmあったならば14cm分もの長さのある減圧室を確保した。
内部にアニュラ型燃焼器のごときライナー構造を設け、ガスの流動を調節する構造として減圧室後端までしっかり届くようにしたのである。
こうすることで、全長230mm程度で重量300g未満、減音量最大35db級という超高性能なサプレッサーを誕生させることが出来るようになった。
軽量化の最大の要因は減圧。
内部に閉じ込める圧力が低ければ低いほどサプレッサーに必要な鉄板の厚さも薄く出来、より軽量化が期待できる。
鉄板は薄ければ薄いほど熱伝導率が向上して大気との熱交換の効率が上がるわけだから……減圧室を大きく設けて適切な内部空間構造にした方が消音効果は高まるわけだ。
当時西側においては最高峰の技術と技術理解を持つと言われたNUPだが、実態はそうではなかったことを表すエピソードだ。
その理論はある意味で"とある榴弾"とも密接に関係するものでもあるのだが……ユーグはNUPがE4Aを誕生させたわずか2年にしてそのようなサプレッサーの開発に成功してしまうのである。
今日におけるリフレックスサプレッサーとは、このような構造が基本。
当然俺もこれを採用した――
参考サプレッサー
リフレックス式では著名なBR tuoteシリーズ
AKでの試射動画
https://www.youtube.com/watch?v=SyaoANb6WnI