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番外編2:西の果ての航空整備士の手記

 皇暦2598年5月15日。

 我らが四菱の熊本航空機製作所の試験飛行場に2機の新鋭機が降り立った。


 この試験飛行場は陸軍との共用利用となっているが、通達されたばかりの本土防衛作戦のために九七戦が8機と新鋭機3機が投入されるとのこと。


 私はてっきり3機同時に到着するのかと思えば、来たのは2機だけ。


 それも飛び立ったのは午後14時頃であり、到着は午後16時30分過ぎ。


 わずか2時間30分程度で首都からここまで飛んできている事に驚きを隠せない。


 世界記録を樹立したといわれる東京の新鋭機が来ると聞き、我らが熊本製作所は朝からお祭り騒ぎであったが……


 どうやらそれが3機なのではなく、1機は別の新鋭機であるようだ。


 操縦者は巡航速度で飛んできたので本来ならもっと早く到着できたと言うが、それにしても凄まじいばかりである。


 到着した機体はとても不思議なエンジンカウルをしていたが、やはり目を引くのは引き込み脚である。


 あんなに薄い翼に見事な引き込み脚を装備している。


 搭乗していた藤井少佐いわく"手回し式でとても手が疲れる"とのことだったが……


 それでも新鋭技術をモノにした機体は美しく、我々陸軍に召集された四菱の航空整備士は皆口を合わせ、「バラして中身を確認したい」と言っていた。


 残念ながら出来たのはエンジン調整のためにカウル部分だけであったが、このカウルもボルト止めで簡単に外せる。


 各所に設けられた点検口によって整備性も悪くないが、一方で翼の調整は非常に難航した。


 とてもチグハグである。


 設計者が同一人物とは思えないほど翼と胴体の処理に乖離があるのだ。


 最近になって陸軍では航空機の開発への理解が著しいときいた。


 それを支える若手技師が現れたとのことだが、私はてっきりそれは熊本にも顔を出した四菱の未来のエース候補である堀井だと思っていた。


 しかしどうやら違うようで、この機体も堀井がこさえたものと言われる割には彼らしい設計は翼にしか見られない。


 間違いなく違う人間が胴体をこさえた。

 なぜ翼まで自分で作らなかったのか、とても興味があるところだ。


 一連の整備で気づいたのはエンジン整備の楽さ。


 到着した藤井少佐は航空燃料や潤滑油研究に勤しむ技術者でもあったのだが、その彼をしてハ33と呼ばれる金星の整備性の良さと信頼性について感心していた。


 まるで故障する予兆がなく怖いほどだったという。

 特に藤井少佐が褒めていたのは、キ35と呼ばれるこの機体がとても静かである点。


 我々にはよくわからないが、優秀な航空機ほど飛んでいる最中の音が静かで、エンジンをかけただけでその機体が素晴らしいのか素晴らしくないのかはわかるものなのだという。


 確かに、後から到着してドン亀と周囲に笑われたキ36と比較して、キ35は凄まじく静かである。


 エンジンをかけるとヒュオオという風切り音ばかり聞こえてくる。


 藤井少佐はプロペラの構造が見事であると褒めた上で、プロペラが発生させる空気の渦……


 我々整備士にもよく聞かされた乱流制御というものが見事であり、特に機体側面の乱流制御においては現在確認されている諸外国の機体と並ぶかそれ以上ではないかと主張していた。


 少佐は国外の機体を良く乗られるそうなのでそういったモノにとても詳しいのだが、それを越えうるとのことだ。


 着陸に難があるそうではあるが、一旦飛べばどうとでもなる機体なのだという。


 速度さえ出さなければ九七戦にも負けない動きが出来るとの事だ。


 我々は彼の話に耳を傾けながらも、彼と協力してキ35を整備した。


 特に彼が拘ったのは燃料配合で、有鉛にするのは否定しないものの、一方でジエチルエーテルを配合するのをとにかく嫌がった。


 最大エンジン出力を達成しようとするとジエチルエーテルは有効であるのだが……


 皇国のハイオクタン燃料にそれを混ぜ込むと限界性能を引き出すときに足を引っ張ってよろしくないのだという。


 東京でもそのような配合の燃料は出していないとのことだが……


 九七では普通に使っていたのでそれをキ35に積み込もうとしたところ、却下されてしまった。


 手間をかけさせぬよう事前に作っておいたのだが……それらは九七戦に回すことにし、キ35のみ、少佐の言葉に従って配合を変更したガソリンを新たに作って注入した。


 その後、少佐は防衛作戦までに完熟しておきたいとの意向を示したので翌日から何度か飛んでは整備を繰り返したが特に性能が落ちるということはなく、むしろ調子が良くなっていそうな気すらした。


 彼が配合する燃料の方が我々が使うモノよりも優れている……というよりかは、発動機ごとに燃料の配合を細かく変える方がよろしいようだ。


 2日ほどそんなことが続くと、3日目からは九七戦も到着して少佐を陣頭に編隊飛行訓練を開始。


 迎撃部隊は少佐が説明する戦略偵察と迎撃についての論法を語り合い、B-10が飛び立つのを防げなかった場合、皇国の海上にてB-10を捕らえて捕縛する気があるようだった。


 地図を見て何度も協議を重ね、敵と異なり少ない航続距離をどうするかを埋め合わせている。


 特に少佐が気にされていたのは、集まった九七戦の搭乗者がみな推測航法が出来なかったことだ。


 少佐はこれを大変気にかけており、地図だけで飛んだら戻ってこれなくなるぞと何度も海上を飛行し、推測航法について教え込んでいた。


 時間が足りないのでキ36で周辺地域を偵察し、彼らの現在位置を予測しながらこちらへと戻らせるつもりのようだ。


 本当に大丈夫だろうか。


 今回集められた者達は若者ばかり。


 二機一組となる戦法や、複数回に渡る事前偵察による気象状況の確認など、一度飛んで戻ってくると何度も打ち合わせている。


 整備士からはドン亀と批判されるキ36だったが、信頼性は抜群であり、降りてきたら燃料を入れてすぐ飛べるほどの能力があった。


 これを活用して何度も当日の気象変化などを確認して風の向きまで予測して敵が来る進路を予想し、その上で味方も導くようにするようだ。


 無線通信を積極的に活用し、各個の状態を常にやり取りをするという。


 キ35は速度を活かして早期警戒網を張るとのことだった。


 ◇


 翌々日。

 彼らは夕食に鳥や豚の揚げ物を食べ、白米を二合たいらげると、飛行服に着替えて颯爽と熊本の夜の空へと向かっていった。


 我々の当日の仕事は整備だけではなかった。


 陸軍が大量に用意した噴出花火といくつか用意された小型自動車を使って、夜の空へと向かった彼らを出迎えなくてはならない。


 着陸場所の滑走路上に花火を用意し、連続して打ち上げて滑走路の場所を示すのだという。


 滑走路内に発炎筒を並べることも勿論やるが、こうすることで滑走路と現在高度とが視認できるというのだ。


 よくわからぬが、藤井少佐が夜間試験飛行で何度も試した方法で、組み立て中の新鋭研究機でも試験で試すのだという。


 藤井少佐の長距離飛行や夜間飛行における研究や理論については……もしかすると皇国随一なのかもしれない。


 小型自動車は海岸線沿いに用意し、臨時の灯台とするために機甲部隊が動員された。


 海軍ではないにも関わらずこのような装置を持っているとは不思議なものだ。


 我々航空整備士は彼らに声援を送りつつ、自らの仕事に徹するために夜をてっしての出迎え作業に望んだが……


 暇な者達は全て動員されて噴出花火を打ち上げることになった。


 敬礼しながらやかましく飛び立つ九七戦。

 一方で低音を響かせながら静かに飛び立ったキ35。


 それらが飛び立った後には急いで滑走路の両サイドに集まり、用意された椅子に座ってその時を待つ。


 通信士が帰還の指示を聞いたら、我々がやることは花火を打ち上げること。


 こんなに恥ずかしいことはない。


 どうか夜間飛行についてはもう少し技術革新のようなものが起きてほしいものだ。

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