第173話:航空技術者は友に託されて自らの内に眠る獅子を呼び起こす(後編1)
長いので分けます。
「駄目だタダキヨ。これでは重心が前よりになってしまう。やり直しだ」
「……わかった。今一度レシーバーの重量配分を見直そう」
皇歴2643年8月
基本骨子が出来上がったはずのJARは、未だに詳細設計段階に入ることが出来ていなかった。
これが一体何度目の設計変更かわからない。
今回の設計変更の要因はバレルにあった。
ガスオペレーション方式がAKと類似してしまうことを避けるために導入しようとしたハンドガード。
これを見たユーグのとあるメーカーからの出向者たる銃器技師はある提案を行う。
「この形状ならばフリーフローティングバレルにすべきだ」――というものだった。
初めてその単語を耳にした時、聞き慣れぬ名にトカチョフも私も首をかしげたものである。
実は東側では認識不足だったバレル構造とバレルが持つ性質理解について、西側は一歩進んでいたのだ。
フリーフローティングバレル。
このバレルについて理解する前に、まずバレルにおいて銃弾を発射した時に何が起こっているかを知らねばならない。
通常、火薬のエネルギーによって薬莢から飛び出した弾丸は、バレル内におけるライフリングによって回転力を与えられ、加速しつつバレルから解き放たれる。
この時、実は銃弾と火薬による燃焼ガスの運動エネルギーにより、バレル側は少なくない振動……あるいは時には歪みのようなものすら生じているのだ。
特にそれは薄い肉厚で製造されたバレルではより顕著となる。
ハイスピードカメラなどでAKを射撃する姿を撮影するとよくわかるだろう。
軽量化のために肉厚の薄いバレルであるAKは、射出前において小規模ながら銃身先端がぐわんぐわんと中心点からみそすり運動を起こしていることがわかる。
これはつまり、射出前の状況が一定でなければその動きによって弾丸は狙った方向ではないあらぬ方向に飛ぶことを意味しており……
この原因について西側では解明が進んでいた。
それがこれらだ。
1.バレルの温度が均一ではない。(エリアによって膨張率が変わるため異常振動の原因となる)
2.物理的な外的要因によって一定の振動ではなくなっている。
3.バレルが弾丸のエネルギーを受け止めきれていない
3の場合は肉厚を調整するか素材を吟味すればどうにかなる。
だが、問題は1と2だ。
その主原因はハンドガードにあった。
私は当初、レシーバー部分こそAKから一新した構造にしていたが、バレルその他まで大きく見直すことはしなかった。
消耗品であるバレル製造において東側の工作機械を使えるほうが優位となると思ったからだ。
他方で、AKのバレルが貧弱で着剣などにあまり向いていないことなどは理解していたため、ハンドガードをフレームに見立てて各部でバレルを支える構造とし、バレルの振動現象もそれで抑えられるだろうなどと考えていた。
航空機ならばそうやるから、その方がいいだろうと。
なんとそれが不正解。
ユーグの銃器技師は私のアイディアについて「これでは収差が広がって命中率はむしろ大きく低下する」と述べたのである。
ハンドガードでバレルを三点保持するということは、手を添えているハンドガードによって振動が常に一定ではなくなり……結果的に思わぬ方向に弾丸が飛んでいくというのだ。
バレルというのはそれこそオーバークール対策の耐熱布やカモフラージュ用の迷彩バンテージですら命中に大きな影響を及ぼすもので、あろうことかそれを厳重に固定して常に均一でない外的な圧力による負荷をかけてしまうこととなるハンドガードと一体化させてしまったのは完全に悪手。
実際に試験モデルを作って試してみた所……冗談抜きでAEKより30%も命中率が落ちてしまった。
ただ、ユーグの銃器技師はバレル全体を囲うハンドガードまでは反対しなかった。
むしろこれならばレシーバーとハンドガードを強力に接合状態にし、フリーフローティングバレルとした方が良いと述べてくれたのである。
実際には本当に正しいフリーフローティングバレルというのはバレルが完全に独立している状態でないといけないため、ガスオペレーション方式を選択した時点でフリーフローティングとは厳密には言えないのだが、それでもバレルを機関部のみと接続するほうが、通常の状態よりも命中率は上昇するのである。
試しにハンドガードの形状を改めた試験モデルを作ってみたところ……なんとAEKと比較して12%も命中率が上がったではないか。
まさかハンドガードが命中率を落としていたなんて知る由も無い。
未知なる世界が別の技術には存在していることを思い知らされた。
まさに目から鱗な話である。
だが、ユーグの銃器技師曰く「この程度の差では誤差と言える。ガスチューブ部分を適切に設計すればセミオート射撃時の命中率をAEKから25%ほど上げられる」――とのことだった。
その方法とは、従来のAKシリーズが用いてきた仮止めのごとく簡単にはめ込んだだけのガスポート及びチューブを廃止、完全に溶接や接着等で固定した状態としつつも、バレル側の振動をガスポート側が阻害しない構造とすることだった。
さらにバレル自体の肉厚も大きく持って、AKのような振動を解消するようにする。
これによって試験モデルでは本当にAEKの24.8%にまで達するデータが取得できたのである。
今にして思えばスポーツシューティング用のライフルにおいてバレルが完全に独立した状態なことについてもっと深く探るべきだったと思う。
私はあれを「バレルの冷却能力向上」――とだけ見ていたのだが……そもそも命中率自体に大きく関わるものだったのである。
外部の技師に協力を依頼して正解だった。
おかげでJARはさらに進化した。
バレル全体を覆う大きなハンドガードは、バレルを独立させることで2つの利点を生んだ。
1つはバレルの冷却を均一なものとし、温度を一定に保つことが出来るようになったこと。
剥き出しと比較すると冷却能力は若干劣るものの、バレルの一部区画の異常冷却というのを回避できるようになった。
もう1つは、拡張性だ。
新たなバレルはレシーバーに強靭に固定するため、バレル下部にもピカティニーレールを設けることとなった。
下部のピカティニーレールはバレル側からレシーバーにアルミ合金製のピカティニーレールが伸びる状態としており、アッパーレシーバー側から伸びるピカティニーレールによって上部はハンドガードを固定し、下部はハンドガード側から伸びるピカティニーレールによってロアレシーバーを固定するのである。
この強靭な固定な一方、ガスポートとバレルは一切干渉しない。
新たにハンドガード側には先端まで上下にピカティニーレールを設け、異常振動の原因となるフロントサイトすらハンドガード側に移設。
バレルはガスポートだけとの接続となり、評価試験モデルでの実験ではSVDを大きく超える命中率を発揮。
名実ともにバトルライフルに近づくことが出来た。
この評価試験モデルを見たユーグの銃器技師は「きっと今後はこのような形状のライフルが増えてくることだろう」――と述べていたが……この時の私は知らないものの、実際にそうなっていくのである。
21世紀を5年も過ぎたあたりには新たなアサルトライフルの1つのシルエットとして、この時のJARのハンドガードのようなものは当たり前に正式採用されるようになっていくのだ。
つまり西側はこの時点でそういう形状をすでに見出していたということになる。
JARは実験台の1つだったわけだ。
しかし、ここで問題が発生した。
上記の構造を導入し、さらに肉厚のバレルを採用。
こんなことをしたらどうなるかといえば……重心位置がフロントヘビーになってフルオート射撃の制御が不可能となってしまうほど銃身が安定しなくなるのである。
重心位置は本当にバカにできない。
例えばM1911A1においては重心位置がリアヘビーだった。
これを改善するため、ハンドガードよりやや先の部分に金属の重りを取り付けて重心点を適正化し、さらにあることをすると反動は従来品と比較して3割も減らせたりする。
その方法がダブルリコイルスプリングという方法で、コルト・アームズ社がJAR開発と同時期に特許を出して新製品に採用していたものだ。
ダブルリコイルスプリングとはブローバックの衝撃を受け止めるスプリングを内と外の二重にするもので、外側のバネをやらわかく、内側のバネを硬くして調節したもの。
こうすることで一番最初の強い衝撃を硬いバネが受け止めた後、やんわりと外側の一般的なリコイルスプリングが受け止めるため、擬似的な遅延式ブローバックとなる。
この重心点の適切化とダブルリコイルスプリングの併用をするだけでブローニングの生み出した名銃はさらなる進化を遂げるのだ。
ちなみに当初送り出したダブルリコイルスプリングの1911は重心点の適切化が不十分で反動軽減は1割程度の失敗作だった。
重心点を適切化して初めて3割軽減が達成できたのである。
重心点がいかに重要かわかるエピソードだ。
ようはJARでも徹底しなければならないということだ。
ゆえにレシーバーの再設計が必要となったのだ。
問題はどうやってフロントヘビーを打開するかだった。
単純に考えればレシーバー側を重くすればいいだけだ。
しかし、ライフルというのは重量が重すぎると扱いにくくなる。
ゆえに簡単に重くすればいいというわけにはいかない。
ヤクチア、そしてユーグ側の双方においては携行火器についてどの重量までが最適なのかというデータは出していた。
例えばアサルトライフルは素の状態で4kgを超過すると歩兵戦闘力が2割低下すると言われる。
体力の消耗が激しくなるだけでなく、長期戦になるに従い小銃を支えるのが難しくなってくるので命中率がどんどん低下していき、結果的に白兵突撃などで不利になっていくためだ。
ヤクチアにおいては初代AKは3.8kgだが、AKMで3.3kgにした時に500g削った恩恵が歩兵の戦闘力に顕著に影響していたことを把握していた。
特に3.8kgのAKならまだしも、4.3kgをオーバーするような軽機関銃などは長期戦での命中率低下が激しく、歩兵機動力を大きく下げている統計データが取れていたのである。
これは機動力を大きく必要としない狙撃銃ではまた別の話だが、その狙撃銃においても5kgをオーバーすると狙撃手の体力を消耗して移動力が最大3割低下することが判明した。
つまり、両手で抱えるにあたり最適な重量を考えた場合、4kg未満というのは絶対というわけなのだ。
似たようなデータはユーグでも取れており、次世代歩兵火器においては4kg未満を絶対としていた。
こと汎用性を重視しているバトルライフルならそうでなければならないということなのである。
ではJARはその時点での重量がどれほどだったかというと……3.75kg
増やせる重量わずか250g未満。
ちょっとした成人男性のご馳走であるステーキ肉の重量だけでどうにかしなければならない。
だが実際にはトカチョフやユーグ側の銃器技師は3.85kgまでを許容範囲としており……増やせるのは100gまでだった。
どう考えても不可能な話である。
フロント側は一連の改修によって400gも重量が増加。
これを軽量化しようものなら……AK譲りの頑強さを捨てるなど、銃としての完成度を落とさねばならなかった。
だがそんなことは出来ない。
本銃のコンセプトは「AK譲りの耐久性と耐候性」に合わせて「反動軽減機構の搭載により従来では不可能だった低反動で30口径ライフル弾をフルオート射撃出来る」ことを目標としている。
また、フリーフローティングバレル化によって達成した命中率はバトルライフルとして目指すべきものであるわけなので……フリーフローティングバレルを今更捨てるということも出来なかった。
ではどうするか……
考えた末に出した結論は……"バレル全長を短くする"――ことだった。
AEKのバレルは試作型が455mmあった。
従来のAKと同じ。
しかし、トライアルで出したものは420mmにしていた。
理由は反動軽減機構を導入するにあたり、同じジレンマに衝突したため。
これによりセミオート射撃の命中率の低下が生じた上、有効射程距離の低下すらも生じたのだが……
反動軽減機構のためには致し方ない事ということで目を瞑ったのである。
JARも同じく当初は450mmあったのだが……フリーフロティングバレルによって有効射程距離の低下は生じても命中率は420mmとしてもAEKや特殊部隊用のAKと比較してセミオートで22.8%高い命中率を実現できるため、500mの有効射程を440mとした上でバレルを短くしたのである。
おかげで重量問題はどうにかなったものの……
今度はレシーバーどころか反動軽減機構の設計を完全に1からやり直す事になってしまったのだ。
理由は簡単。
弾丸がバレルから射出される時に生じる反動すら、ボルトが新たな弾丸を装填する時に前進する完成運動で相殺するのがトカチョフが考案した反動軽減機構。
バレルの長さが変わったら全ての重量配分を見直してやり直し。
反動軽減機構用の前進する重りの重さから何から何まで全部見直さねばならない。
ここに来て気付かされたことがある。
マークスマンライフルとしてバレルを延長する場合においては、専用のバレルと反動軽減機構を設けて銃床にでも重りを仕込めばどうにかなる。
これで重量が4.3kgぐらいになってもマークスマンライフルなら問題は無い。
だが、カービンモデルとして銃身を短くしようとする場合……
レシーバーから何から何まで大きく見直しが必要となる。
そもそも反動軽減機構の仕組み上、バレルは一定以上短く出来ない。
反動を相殺する前に弾丸がバレルから出てしまう事になりかねない。
AEKと同様のボルトキャリア構造では最大に短く出来ても380mm。
これも当然反動軽減機構から何から何まで大きく見直しが必要となり共用などは出来ない。事実上専用モデルであり新造が必要となる。
一般的なカービンモデルである360mmや、さらに短くした330mmとする場合、ボルトの重さなどを重くしたりなどして調節する必要性があるものの……
それは本銃のバランスを大きく崩す行為であり、トカチョフは前向きではなかった。
なぜなら、ボルトを重くするということは連射速度を落とす事になるからだ。
ロングストロークピストンだけではなくショートストロークピストンでもそうなのだが、ボルトの重さは重ければ重いほど押し出す力が必要になるので連射速度が下がる。
強いバネと重いボルトの双方であればあるほど連射速度は落ちるのだ。
従来の単純なロングストロークピストンでは、強すぎる反動がゆえに重いボルトと強いバネでもって連射速度を制御しようとした。
例えばAKのボルトキャリアの重さはボルトキャリアだけで500g以上もあった。
これを仮に250gとかにしたとしよう。
バネもやわくしよう。
するとどうだろう。
連射速度は連射すればするほど際限なく上昇し……皇国が試作品の軽機関銃で大失敗したような状況に陥るわけだ。
ただでさえ反動制御が出来ないのに連射速度が初弾から1000以上となり、ボルトが軽いので発射する度に1050、1100、1200、1300と発射速度が上昇していくのである。
しかし実際には連射速度というのは高ければ高いほどストッピングパワーは高まる。
あまりに早すぎると逆に弾の無駄遣いとなってしまうのである程度で上限とすべき数値は存在するものの……
この理想数値は大体毎分900~1000発ほどとされる。
理由は人間が攻撃を見て反応できる反射行動の限界速度は0.1秒だが、自動車のブレーキやその他様々なデータから実際には見て反応を示すのは0.3秒ほどかかり……これは戦場でも同様であるというデータがあって……
相手側の意識すら封殺して確殺するにはおよそ2発~3発ほどの攻撃命中が必要となるのだが、その3発を確実に命中させるにあたり、当時の平均的なアサルトライフルの命中率から逆算すると4発~5発ほどの弾丸を反応する前に発射できている必要性があったためだ。
元々毎分720発のAKは、M16などが登場して以降は先制攻撃しても相手側の反撃を受けることが多々あった。
ヤクチアでもM16などの毎分900発が理想数値であることは十分に理解していたのだが、その強い反動とボルトキャリアを軽量化すると制御不能になる事からいかに先制攻撃できるか戦術を練ったりなどして対応してきたのである。
だが結局はそれではどうにもならないため、AEK-971のライバルとして登場して最終的に採用されたAN-94では最初の2発を1800発/分という凄まじい射撃レートで射撃できるようにしていた。
だが3発目以降はむしろ600発と連射力が下がるAN-94はフルオート射撃は考慮されてないと言える武器。
トカチョフからすれば「素直に900発にすべき」――と考えており、AEK-971では900~915あたりとして設定している。
極寒の環境下であってもこの900から落ちる事はないよう設定していた。
これはボルト自体を従来の500gから大幅に軽量化した180gにまで削った恩恵によって達成したことであり、180gに削っても際限なく連射速度が上昇しないのは前進する重りであるピストンを作動させるために必要なガス圧によって、ガスを適切に逃がして制御可能に出来たからである。
AEKのボルトキャリアの重さは380gと、AKと比較して120gも軽量化できていた。
ガスを別方向に逃がすことが出来るようになったので全体重量を削減しても問題無くなったのだ。
2460Jという強装弾でもって毎分900発もの7.62mm弾を発射するためストッピングパワーは絶大。
それでありながら5.45×39mmのライフル以上の命中率。
まさにバトルライフルの完成形といって過言ではない。
だからこそ、トカチョフは900発/分に拘っていたのだ。
ゆえに900発/分を達成できないバレル長など最初から考慮してなかった。
カービンモデルだからと妥協することはアリかもしれない。
しかしそれはバトルライフルを目指すAEKやJARとは違うなにかだ。
ゆえに命中率と重量の双方のバランスを考慮した420mmとしたのである。
だが、これで問題は終わらなかったのだった。