第171.5話:己の正義を信じる者、それぞれの道1
「すごい数値ですよ……何もかも既存の素材とは比較にならない……こんなものがこの世に存在していたなんて……技官もよくご存知でいらっしゃいましたね」
「技研に所属する立場上、情報を集めるためのアンテナというのは常に高く立てておかなければなりません。よって3年前にその素材が発見された時点から着目はしていました。ただ……量産しているとまでの情報は把握していなかった。完全に失態です。事実を把握していたならばもっと早い段階で手を打てたはず。……このような真似をせずとも」
「後手を踏んだかもしれませんが、大きく出遅れたとも思いません。まだ間に合います。大事なのはどう活用していくかどうかですよ。とはいえ、ここまでの絶縁能力をも備えた幅広く応用の効く樹脂をボーウィンは接着剤としてのみ使っていたとは……接着剤だけで終わらす程度のものではないですよ」
「でしょうね。電気系統の信頼性は間違いなく向上させられる新素材だと思いますよ」
あの見学会から2日後。
全ての目的を達成して帰路へと経つ前の段階にて、俺は共にこの国へと訪れた技術者達と技術会合を開いていた。
何をするかといえば今後の皇国が行わねばならない方針の決定と、新型航空機の設計変更である。
すでに試験用にと譲っていただいた少量の接着剤とその関連データを基に、今後どうするかの検討を行っていたのである。
入手したエポキシ樹脂自体の交渉は、見学したその日のうちに行われた。
興味を示されたという名目で交渉の場に参加された陛下を後ろ目に、我々はエポキシ樹脂系に関する各種資料の提供と樹脂そのものの提供、そしてシュビーツのシバ社との交渉権について商談を行い……
結果的に"ボーウィン社とシバ社との契約が切れるまでの間、応用技術等において優れた発明があった場合はもれなく技術を提供する"ことを条件に、シバ社との交渉権について認められる。
この商談の場においては、各所でのライセンス契約関係の話が持ち上がるのではないかと察知した向井氏の意向によってニューヨークより同行していた、四井物産のニューヨーク支店の支店長がその手腕を遺憾なく発揮した。
どうやら彼は現在ライセンス交渉が進行中のFRP関係でも現地での交渉に携わっていた者らしく、プラスチック関係の知識について専門家レベルの知見を有すると同時に、世界の化学製品メーカー各社の規模や生産可能総数などの統計データも十分に把握していた人物だった。
おかげで交渉は極めてスムーズだった。
後で政府に請求することを前提に四井の十分な資金力を活用した商談が行えたため、本来ならば予算を組まないと話が進まずに停滞する状況を省いて一気に話を進めることが出来たのである。
支店長は事前に向井氏によって俺と技研関係者がライセンス交渉を行う場合においては四井の総力をもって契約を締結にまで持っていくべしという、ある種のお墨付き及び権限を与えられていて、こちらに極めて協力的であったのはありがたかった。
これまで向井氏に協力できる限り様々な面で協力を行ってきたことことが功を奏したといえる。
彼はどうやらとても義理堅い人物のようだ。
そしてそんな四井の助力も得た交渉の場でわかったことだが……
どうやらボーウィンまたはシバ社は元からボーウィン社以外もエポキシ樹脂を求めてきた場合を想定した契約を結んでおり、ボーウィンが認めた企業については別途交渉を可能とすることを契約書内に盛り込んでいた。
この契約内容に関し、ビル社長は皇国国内の主要航空機製造メーカーのみ使用を許諾することを条件に交渉権を与えること認めたのである。
ここで言う「使用」とは消費者を前提とした使用で、例えばシバ社が皇国内に日本支社を立ち上げたりなどして生産するということは許すという。
ただ、こちらとしてはとある利用の関係からどうしても電機関係のメーカーにも使えるようにしたかった。
そのためビル社長と何度も意見を交わしたのだが、彼は残念ながら首を縦に振ることはなかったのだが……
こちらの熱意ある説得を前に「NUP企業ならば許してもいいのだが……」――と思わず零してしまったため、その隙を逃さず「ならG.Iも同様に使用することを認めていただきたい」――と述べてG.Iの使用を認めさせた。
交渉の場にG.Iに関係する人物は一人たりともいなかったが、問題ない。
G.Iに手元の資料を見せたら100%入手に前向きとなることは予想出来る。
そして彼らが入手すればG.I経由で京芝が使うことが出来る。
結果的に道は開けた。
そもそも、G.Iがこの手の合成樹脂関係の製造にも手を出していることにビル社長は気づいていなかった様子だ。
"ドゥポン社"だけがこの手の合成樹脂関係の企業じゃない。
G.Iも何気に手を出している分野。
下手すると現状の生産体制からシバ社も気づいていないかもしれないが、G.Iも交渉可能な企業とできれば最悪はG.Iでの生産も視野に入る。
にも関わらず、ビル社長は「どうせ認めることなどないだろうから」――などと呟きながら、G.Iどころか皇国国内の化学メーカーが生産する余地すら認めてしまった。
ボーウィンとしても、皇国での需要が伸びて入手難となっても困るといった不安なども加味しての判断とはいえ……迂闊だったようにも思えなくも無い。
なお、この提案は支店長独自に行われたものだったのだが……
恐らく支店長からすれば自社グループ内の四井化学工業株式会社などでの生産事業化も意図して盛り込んだ条件だと思われる。
こちらにとって得だから何も口を挟まなかったが、四井の交渉力をビル社長は甘く見積もっている気がしなくも無い。
四井なら冗談抜きでライセンスを締結してくるぞ。
実際問題、今貴方が認めてしまったように。
ともかく、おかげで状況は整った。
支店長にはすぐさま大型の汎用オートクレーブ機器などの購入検討も行いたい旨を申し出ており、すでに四井には動いてもらっている。
そう、エポキシ樹脂を用いるためにはいくつかの機器が必要なわけだ。
残念ながら皇国はこれまで利用できるとも考えていなかったので、技研周辺含めて航空製造分野の企業には所有していないものなのである。
今回の旅に同行したメンバーも社内工場にそういった機器は無かったと主張しており、そのまま持ち帰ってもどうしようも出来ない。
ゆえにオートクレーブ、熱硬化時に必要なフィルムによる大型の真空バギング用の機器などを大急ぎで調達せねばならなくなった。
中でも適切な整形に必要な真空バギングは非常に重要。
均一に圧力をかけて熱するためには、真空バギングを用いてフィルムで包み込む必要性があるのである。
といっても実はボーウィンはその方法は使ってなかったんだがな……
ボーウィンは航空機向けの成形方法としては古い(または非常に難しい)とされる真空バッグ法でもって包み込んで焼入れを行っていたようであり、オートクレーブを使わずに一般的なアルミ合金などを焼入れするためなどに使う熱処理炉でもって形成していた。
どうやら熱硬化時において圧力をかける必要性にまでは気づいたが、石鹸製造などにもっぱら使われるオートクレーブを使用するという所にまでは到達していなかったらしい。
あるいは既存の工場施設を流用したかったか……
この真空バッグ法というのは、合成樹脂製の専用のバッグの中に熱硬化処理を行いたい部材を押し込んで内部の空気を一気に抜いて真空バッグして合成樹脂製のバッグの締め付ける力でもって圧力をかけ、その状態で熱処理を行うというものだが……
単純構造ならまだしも、複雑形状な翼でこれをやると均一に圧力がかからず熱効果処理時に変形が生じたり適切に接着出来なかったりする。
ロケットやミサイル等、真円形状などが当たり前だったりするなら有効ではあるんだが……
残念ながら航空機向きではない。
確かに非常に優秀でノウハウもあるメーカーにおいては、こちらのほうが他の用途で使い回しが可能な一般的な熱処理炉さえあれば済むため、設備投資費用を削減できるので均一に真空処理できる専用機器と技術を備えてやっている所もあるにはあるんだが……
それは俺が知る遠い未来の世界において技術を確立したメーカーが腕にものを言わせて行っている手法であり、経験に経験を重ねた先に実現できるもの。
今の時代の皇国にそんな技術力あるわけがないし、実際問題ボーウィンすら苦労していた。
これに対して現時点で正しい回答というのは、熱硬化処理を行いたい部材を樹脂製フィルムにてパッキングする真空バギング法である。
真空バギングでは真空バッグと異なり、パッキング自体は均一に強烈な圧力をかけるほどのものとはなっていないため、別途熱処理硬化時に圧力をかけるためにオートクレーブが必須。
その分、設備投資費用はかかるものの、より確実で正確な接着が可能となる。
オートクレーブ自体は皇国では2572年に石鹸製造のために輸入してきて以来、様々な分野で用いられているものの……
航空機用途にも使える大型の汎用オートクレーブ機器が皇国国内に果たして存在するのかについては疑問だ。
俺が知る限り、航空関連メーカーには無かった。
ゆえに調達せねばならない。
一方、バギング時において要となるフィルムの素材はナイロン6またはナイロン66であるわけだが、現時点で皇国にはナイロン6があり、すでに量産体制に入っている。
ゆえにバギング用の機器さえあれば最適解に必要な真空バギングが可能というわけだ。
つまり、エキポシ樹脂が手に入れば足りないのはオートクレーブだけとは言えたが……
それだけでは強固な接着状態を保てるか怪しい。
より適切に接着表面を下地処理するためのアルマイト処理用の施設も必要だ……こんなん今の時代に簡単に取り寄せられるかわからんぞ。
アルマイト処理関係については皇国は第三帝国よりも先に進んでいてアルマイト電線すら作れる技術があるが、面積もあって巨大な外板を均一にアルマイト処理するには別途専用の施設が必要となるんだよな……
でも、そういう不可能を可能としてきた四井に頼めば何とかしてくれるはず。
……なんというか、とんでもない近代化を推し進めようとしているな俺は。
皇国の製造業における時計の針を一気に進ませようとしているらしい。
これほどの機材を用意するともなると、第三帝国に動きを察知されて行動を封じ込められないか不安になる程だ……
原材料の入手が滞ったら投資した全ては無に帰すことになる。
支店長は「万が一を考慮し、国産も視野に入れねばなりませんな」――と述べていたが、実際問題ビル社長も同様の危機感を抱いていたようだった。
こちらに向かって自らをも嘲笑するがごとく語っていたのは今も鮮明に記憶に残っている。
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「正直言って、私はエポキシ樹脂の調達というのは大博打であると理解しています。シュビーツは少し前まで中立の立場を堅持していたが、今はそうではない……いつ第三帝国の手に落ちるか。私はね、あの国においては本技術を絶対に渡したくない企業がある。I.G.Fに参画するAGバイエルンだ。あそこは間違いなく技術を手に入れれば2年以内に量産することが可能と見ています。もしそれを可能とすれば……貴方方と戦う敵はさらに強大となるでしょうな……」
「おっしゃることはごもっともです。ある種、運命共同体であるのかもしれませんね」
ご明察。
さすがビル社長。
AGバイエルンは本来の未来において戦後すぐさまエポキシ樹脂を大量生産していた企業。
特定の年代ではシバ社と並んで世界三大企業として名を連ねるほど。
彼の抱く不安は俺の知る未来世界においては現実のものとなったのは事実……ただし、戦後ではあったが。
現時点でもその力があるのは間違いないだろう。
そんなビル社長は支店長の応対に表情を変える様子が無かった。
一切を言葉にしなかったが、少なくとも俺はお前らと運命共同体なわけがあるかといった態度として受け取った。
確かに、現状のNUPの立場から考えればそうだ。
その程度で怯むような国力ではない。
だからこそ、特定技術に縋り、ビル社長から言わせれば「軟弱な土台」を作る行為についてどういう心持なのか関心があるようだった。
「仮に……仮にもし本当にそうなったならば貴方方はどうされるんですか? 数年以内に自国で生産可能な体制を構築できるので問題無いとでも?」
ビル社長が本件の交渉で大幅に譲歩した最大の理由は、まさにそこにあったのかもしれない。
第三帝国という国に脅かされるユーグにおいて、自社が独占し続けることなど不可能に近いのではないかと。
ここまで情報を把握されて国まで人質に取られたら、そのリスクを加味したら守りきる意味を見出せなくなってしまったのかもしれない。
しかしそれは傍観者のエゴだ。
だからこそ、こう伝えておいた。
「社長。今、私達は守るための戦いをやっているつもりでいます。自由主義経済という本来は世界の全ての国がそうであるべき経済体系のために。皇国は仁義をも重んじる国……ゆえに必要とあらば戦いに赴くのみ。私達は傍観者ではなく当事者ですから」
「決意は立派なものですが、果たして……いや見通せぬ未来を語るのはまた別の機会にでもしましょうか」
俺の言葉に対し、彼の表情は間違いなく皇国の現在の状態をNUP側からはどう評価しているのかを表していた。
お前ごときに我々と技術力の肩を並べる第三帝国が簡単に倒せるものかと、そう伝えてくるかのような苦笑い。
若造が何を言うかとでも言わんばかり。
そうだな……今はそうかもしれない。
だが、いつまでも両国に存在する差が埋まらないままだと思うなよ。
こちらには未来の技術を知る人間が少なくとも一人はいるんだ。
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「しかしすげえな……この膨大な試験データの量は。あいつら全部渡してきたのか? 第三帝国側は何でもかんでも隠してまるで技術共有なんてなされなかったってぇのに、俺でもびっくらこくぐらいあっさりと……そういう国だったか?」
「お前の方が詳しいんじゃないのか?」
資料を読みふける技術者達に混ざり、中山もエポキシ樹脂に関する各種研究と試験の資料を見つめる中山は、彼らが渡してきたデータの写しの多さに素直に驚いていた。
この国には詳しいと自負する男がなぜ疑問をもつのか不思議だったので、俺はあえて問いかけて見る。
「意外と太っ腹なのは知っているが、こいつは最重要機密情報といって過言じゃないんだぜ? あっちはB-17を皇国に譲らなかったり、与圧室関係の技術供与に後ろ向きだったり、本当に重要な技術は渡さないはずだ……おい、これ本当に正しいデータなんだよな?」
「ああ、2598年にシュビーツで提出された論文の検証数値とほぼ同じだ。エポキシ樹脂に関する論文は大変興味があったんでよく覚えている。ここにあるのは間違いなく彼らが様々な方向性で試してみたデータだ」
「この絶縁性能とか耐水性能とか見ていて眩暈がするぜ。これぞ技術革命ってやつか。うちの国ときたらつい最近まで合成ゴム1つで苦労してたのに……」
「そうだな。だからこそ、ライセンス料はいくらになっても問題無い技術なんだ。応用が効く。どんなに高くとも、長期的に見ればおつりが来る」
「話題のFRPどころじゃねえな」
「そのFRP自体を強化できる可能性が研究者によって指摘されている。コンポジット材として"複合"させることにより……FRPの強度をさらに強化できる。FRPの用途をより広げられるということだ」
「……トンでもねえな」
そう、本当にとんでもない代物だ。
特に未来を見据えた場合、耐水性以上に絶縁性能は目を見張るものがある。
コンデンサー、トランジスタ、変圧器、電子基盤……この手の絶縁に使われているのが他でもないエポキシ樹脂であり、エレクトロニクスの進化においてエポキシ樹脂は絶対にかかせない素材。
しかもこれは優れた耐水性もあるわけだから、例えば現時点でも苛酷な環境に晒される中での電気系統の絶縁処理において絶大な効果を発揮する。
例えばゴムに頼っていた従来の航空用エンジンの絶縁素材を、耐熱性能も相応にあるエポキシ樹脂に置き換えればどうなるか。
軽量化が達成できると共に製品寿命が大幅に延び、ショートなどのリスクを大きく下げることが出来る。
様々な電化製品に応用していけば製品信頼性を底上げできる。
それこそ液冷エンジンの信頼性をさらに上昇させうることが出来る素材だ。
主力戦車の信頼性がさらに向上するのは間違いない。
G.Iが使えるようになった以上、各種絶縁関係においては京芝に作ってもらって何とかしよう。
そして航空機については……
「技官。設計図を思い出しつつ改めて見直してみましたが、開発が進む主力戦闘機の外板もエポキシ樹脂を適用して軽量化や構造強化が出来る余地がありそうです」
「ですね。元々構造部材は単純化することで削りだし加工できるようにしていましたから……これなら構造部材の形状を見直すことで強度をそのままに翼を薄くできるかもしれない」
「技官が出されたアイディアを見る限り、大型機には革命が起こせそうな気がします。あえてファスナーレスとした板状の補強板を準構造部材として多用することで主たる骨格を成す主要構造部材を小さくできますし……」
彼らには伝えなかったが、それだけで済まないのがエポキシ樹脂だ。
エポキシ樹脂の整形手順を改めて見直すと、未来のとある分野の技術者はこう反応することだろう。
――もしかしてこれって、炭素繊維強化プラスチックを形成する際と手順が同じでは?――
その通り。
炭素繊維を編んで以降の処理である、表面処理、バギング、オートクレーブという手順。
それはまさに21世紀の未来を生きる最新の中の最新の航空機に多用されつつある炭素繊維強化プラスチックの製造法そのもの。
そうなのだ。
ようはこの技術の発展系こそ、巷ではもっぱらカーボン素材と呼ばれ、俗にCFRPと呼ばれる炭素繊維強化プラスチックなわけだ。
炭素繊維強化プラスチックにはポリイミドやポリカーボネートなども使われるが、エポキシ樹脂こそが主要な原材料として使われている。
エポキシ樹脂と他の樹脂とを組み合わせて使う事もあるが、単体で使用される事が極めて多い。
CFRPはまさに、"これなら、もう樹脂だけで全てを形成してしまえばよくない?"――という、エポキシ樹脂の試行錯誤の果てに見いだされた存在なわけである。
CFRPは俺がやり直す頃においては発展著しく、航空機製造に適した素材としては1つの完成系にして究極系とされていた。
その発想に至る原点がここに詰まってる。
技術革命のパンドラの箱といっていいんだ。
だから無理をしてでもオートクレーブなどの一連の機器を導入し、一気に製造環境を10年先に進ませる。
当然国産化にも力を入れる。
本来の未来において、かつて皇国と呼ばれた地は2610年にエポキシ樹脂に関する技術を手に入れた。
国産化を成功させたのはその5年後。
5年は長い。
3年以内にどうにかしたい。
そうでなくても大量の在庫を確保しておきたい。
ゆえに俺は四井物産のニューヨーク支店長に向けて、シバ社に大規模に投資して生産規模を大幅に拡充してもらうことも念頭に入れた交渉をしてもらうことをお願いしていた。
リスクは半端じゃないので、基本的には皇国支社を立ち上げてもらい3年以内に国産化することを目標としてもらってはいる。
特にエポキシ樹脂の接着剤というのは、規定の接着力を維持できるのは製造から6ヶ月までとされている。
現状のボーウィン社は自社の航空機を活用して輸入してきているが、例えば船便で輸入してきた場合に3ヶ月かかっていれば、一連の在庫は3ヶ月以内に使わないと外板剥離などのリスクが生じるわけである。
まあ……-18度以下の冷却が必須のため、航空貨物便でもってこざるを得ないんだが……
-18度を維持した冷凍庫を持つ貨物船など現状無いしな……
というか、つまり今後は冷凍状態で何かを持ち運ぶノウハウも構築せねばならないのか。
1つの技術を構築するために一体どれだけの技術を確立しなければならないのか……技術発展の道のりは常に茨に囲まれてるな。
こういった輸送の負担やリスクなども考えても国産化は必須と言える。
中山にもはっきりと述べたように、どんなに金がかかっても構わない。
多種多様な分野に使えるゆえFRP以上に強大なリターンが見込める。
また、交渉時に判明したことだが、ボーウィンとシバ社との取引は3年契約で2603年で更新予定。
これを1つの目処として技術開放すら画策したい。
コストを落として競争関係を生み、早い段階でCFRPまでの道筋をつけたい。
なんといっても現時点でのボーウィンの調達額は尋常ではないんだ。
独占契約な理由もあり、生産数が生産数で単価が高すぎる。
あのボーウィンがあろうことか自らの首を絞めるかごとく、俺の知る2610年代の市場価格の8倍の価格で調達していた。
本来ならばこれほどの価格差はボーウィン以外の会社が、ボーウィンが排他的な契約を結ぶ製品を何とか購入しようとする時にふっかけられるぼったくり価格だが、現時点では限定的な生産がゆえにボーウィン自体が自爆している状況……
生産数はまだまだ増やせるとのことで、皇国が調達するにあたりボーウィンの調達数が減るなどといったことは起きない様子ではあるが、ボーウィンとしては第三帝国の影がチラつくがゆえに拠点も最小限にしようと考えていたようで……そういった経営戦略が完全に自らを自家中毒に陥らせている。
しかし馬鹿には出来ない。
ボーウィンが望んだって、NUPはシュビーツのために立ち上がることはしないだろう。
もしかするとビル社長が譲ったのは……皇国が立ち上がることも計算に入れてのことだったのかもしれない……
補足:リアル世界にかつて存在したG.Eプラスチクスが、どの企業との合弁会社なのかを調べると今回の話は深みが増すのではないかと思います。
なお、筆者の認識では史実におけるG.Eプラスチクスはエポキシ樹脂をさほど生産していなかったか生産していなかったと思いますが、生産可能な力はあったはずです。