第171話:航空技術者は-17度の正体を知り、己を恥じる(前編)
皇歴2601年8月上旬。
ついにその日が来た。
俺はベッドから体を起こし、カーテンを開けて日の出からしばらくした太陽を見て拳に力を込める。
長かった。
これまでの人生の中でも、これほどまでに時を長く感じた事はない。
一週間程度の時間だったはずなのに、すでに数年が過ぎたようにも感じるのは……待ちわびていたからに他ならない。
俺はこのためだけにこの国を訪れ、そして慣れない食事と文化に今日まで対応しながら過ごしてきた。
それこそニューヨークでは朝の食事は目玉焼きとベーコンとパンという野菜が微塵もないレパートリーがどこの店でも当たり前であり、野菜物と言えばアボカドやオリーブ、チーズをトマトやピーマンで和えたオリンポス地域などで食されるものと類似したサラダ類しかなく……
これが和食とはまるで違う食味であるため、慣れるのに時間を要した。
味が濃すぎる。
特にアボカドが駄目だ。
合わない。
……おかしいな。
独立解放運動をやっていたころは各地でこの手のジャンクフードも普通に口にしていたのに……どうやら脳内の記憶と体が覚えている記憶というのは別物で、事実上の初体験というものに体が抵抗を示しているらしい。
中山は「このまま食糧難が続けば皇国もこういう料理が広がって、半世紀後はこんな料理ばかりになってしまうのではないか」――なんて言ってたが、冗談じゃない。
ボルシチなどより幾分マシとはいえ、こんな洋風だらけになるとは思えんが……でも第三帝国の菓子や食事は、たしかに皇国に定着してしまったから違うとも言い切れないのが怖い。
まあ皇国の料理文化も残ってくれるならばというところだろう。
ところで料理といえばサンフランシスコに向かう途中で立ち寄ったケンタッキー州のとあるガソリンスタンドに併設された料理屋が妙なフライド・チキンを販売していたのが気になった。
未来の世界各地に店舗があるファーストフード店のものと味と食感がとても似ているのだ。
でも店名はまるで違う。
この場所は「サンダース・カフェ」になっている。
俺の知っている店名とは違う。
中山は「これを皇国にフランチャイズで持ち込めば一山当たるかもか……?」――なんて言っていたが、このスパイスは確かに皇国人の口にも合う。
果たして将来において著名となるファーストフード店とこの店がどういう関係性を有しているのかはわからないが、世界の情勢次第では本当に皇国にも入ってくるのかもしれない。
コーラも、ハンバーガーも、フライドチキンも……ソーセージやバウムクーヘンのごとく定着する可能性は十分にある。
一体未来の皇国人が、どんな身なりでこの手のダイナーやレストランに向かうようになるのかは想像もつかないが、そういう可能性も"まだ"あるのだろう。
そんなこんなで各種設計関係の仕事を処理しつつ今日まで過ごしてきたが、野球選手達とは違い今日の日までの俺は何の役にも立たないただの人間であるのは間違いなかった。
だが、今日この瞬間からは違う。
なんとしても-17度の正体を突き止めたい。
まずは食事だ。
その後に迎えが来る。
陛下と共に……技術者の皆と共にいざ参る。
◇
――デカイ。
何もかもスケールが大きい。
この場所には本来の未来においては数十年後に見学に訪れたことがある。
だが、この時代、この瞬間の時のこの場所については記録映画の中でしか知らない。
想像以上だ。
あの頃より建築物が少ない分、併設された滑走路はより大きく見え……
あの頃から変わらぬ工場は過去に戻ってきて周囲の建物の小ささに目が慣れてしまったからか、恐怖すら感じる。
昨日はなんだかんだ眠れなかった。
成果を出せなければ大きなロスになる。
その重圧がふと襲い掛かってきて……ひたすらベッドの上で天井を見つめていた。
だが意識は天気と同じくはっきりしている。
やるべき事はわかっている。
ゆっくりと進む車の中、前を走る陛下の車の姿を見守りつつ……工場までの道中、息を整えつつひたすら沈黙しながら時を過ごした。
◇
「――こちらが新型の与圧室の試作品です。軍よりB-17の与圧化を命じられましてね……今現在製作途中なのですよ。これならば深山でしたか……貴国の爆撃機にも搭載できるやもしれませんね」
「左様でございますか」
ビル社長の言葉に応じたのは陛下ではない。
陛下が頷くのを言葉に"翻訳"して通訳者が応えたのだ。
……陛下が本当にそう思われたのか?
そうとは思えない。
……間違いない。
これは仕組まれている。
あちら側で物語が出来上がっている。
通訳者は皇国の外交官じゃない。
あちら側が用意した皇国系の何者かだ。
こちら側サイドの人間ではない。
俺は当初から違和感を感じていた。
工場に到着してまず驚いたのは、引退を宣言して戦争なんてどこ吹く風とばかりに娯楽に興じているとされたビル社長が出迎えたことだ。
彼は2年ほど前から企業経営に大きな関与はしていなかったはず。
ゆえに今日の日に姿を現すとは微塵も思わなかった。
そして彼の案内により工場見学は始まったものの……
見学が始まった当初から不穏な空気が周囲に渦巻いているのが手に取るようにわかる。
これはあれだ。
長年の経験から誰かが何かを企んでいる時に感じる生暖かい空気だ。
罠を仕掛け、その罠に引っかかって愉悦のような感情を抱く何者かが醸し出す空気だ。
その帳尻合わせがCEOによる道先案内ということか?
いや、CEOご本人はむしろ積極的に間違った方角へ導いている。
仕掛け人はむしろ社長の方なのか……
この場所はB-29関係の開発や製造に関与しない区画。
B-17の方だ。
やられた。
こいつら教える気なんて微塵もないぞ。
適当にそれっぽいものを見せてB-29については一切触れさせずに帰すつもりだ。
俺が知りたいのはB-29じゃない。
B-29の外板に関する技術なのだが……存在そのものを隠し通す腹積もりか。
B-17用として研究されている与圧室について見学する前、俺達はXB-15本体とXB-15の改良プランで与圧化とエンジンパワーアップを目指したModel316の設計図を見せられていた。
XB-15は当時世界最大級かつ最高峰の性能を誇ると言っていいNUPの大型爆撃機。
おそらくこれとその改良プランのModel 316を見せればこちらも満足するだろうとでも思っているのだろう。
ふざけるなよ。
その裏でお前らがModel 340から続く一連のB-29に関与する機体があることは俺が西条を通してメーカーにも情報を流したからみんな知っている。
そもそもカタログスペックでXB-15は深山に劣っている。
あくまでこれはカタログスペックなだけで、飛行時の快適性その他においては大きく勝っているのは事実。
しかし何よりも最高速度において大きく上回る以上、XB-15やその改良プランたるModel 316なんて見せられても微塵も興味がわかない。
そもそもこいつがすでに廃案となっている事ぐらいこちらは承知しているんだ。
確かにXB-15とModel 316はB-29に大きく関与した機体だ。
実は当時"ボーウィン社"は平行して複数のプランを練っていた。
その中の1つがXB-15の改良プランでエンジンを変更または出力を向上させて最高速度400kmを目指したModel 316。
そしてB-17を与圧化したModel 322。
そしてB-29の原案プランと言われるModel 340などである。
他にもプランはあるが、主力として注力していたプランはこの3つ。
どれを次期主力生産機として選ぶかは軍に任せた上で、自社ではどういった要求でも対応できるようにしていたというわけである。
この中で最も開発費用がかからないとされたのが322であり、工場のラインを大きく組み替えずとも作ることができるとされた。
そもそもこのModel 322は既存のB-17を与圧化改修することをも目指したプランであり、B-29のバックアッププランとは言いがたいもので軍はあくまで既存のB-17の使いづらさから命じた改修案に過ぎないのだ。
自国による攻撃も見据え、さらに王立国家にレンドリースするにあたり、主として第三帝国側へ爆撃を行う上で高高度連続飛行性能というものを確保したかったのである。
本命は当初からModel 340系列であり、316と322の関係性といえば、ボーウィンが熱心なのが316で、軍が熱心だったのが322……そして双方の意思が合致して開発が進められたのが次世代機たる340だ。
そして軍が興味を示さなかった事から316はすでに廃案。
322についても実現可能性から考えるとB-29を作ったほうが早いのではないかという結論に至りかけているのが今の状況。
この2つについては詳細を把握したって別に今の皇国にとって大きなプラスにはならない。
与圧室についてはそもそも深山改や連山用にこの会社に発注しているしな。
ビル社長はそのことも知らない様子だ。
全くもって失礼な。
……おっと、もしかして格納庫の奥に鎮座している双発機の大型模型はModel 333か?
こいつもB-29の前身だ。
ボーウィン社がB-29を作るにあたり製造コストが半端じゃないのでもっと現実的なプランとして双発機の重爆撃機として作ろうとしてた奴じゃないか。
要は軍に向けて「B-29は製造費が高額すぎて軍が予算を承認してくれるかわからないので、軍の予算状況に見合った現実的な機体としてどうですか」――などと逆に提案しようとしていた奴だ。
この計画は本来の未来ならば一蹴される。
他ならぬ皇国によってだ。
12月の攻撃がすべてを白紙にした。
つまりB-29誕生の手助けをしたのは本来の未来の皇国だったということ。
他方、本来の未来においても大型模型までは軍に説明するために作っていたとされる。
それが格納庫の奥にある奴か。
初めてみたが外観はB-29を双発にして小型化した機体そのものだな。
Model 340をベースに縮小化したというのだからそうなるのか。
ちなみにB-29のModel名はModel 345で、340~345にいたるまでの設計プランの変遷は基本的に機体規模の大きさとなっている。
俺の記憶が間違っていなければ、340はすでに341かさらにその先へと化けているはずで、それが342、343、344、345へと至るにあたってどんどん機体規模が大きくなっていった。
ようは当初プランの340から大幅に大型化させたものがB-29なのだ。
一方、333というのは340から小型化しているため……かなり小さい規模の機体と言える。
翼の全長が長く、長距離飛行性能と時速500km程度の必要最低限の最高速度を備えた爆撃機だったとされるが……
今の世界においても深山の登場によって廃案になったんじゃないかと思う。
実物大の大型模型までしか作ってないような印象に見受けられるな。
「……おい。聞いてた話と違うんじゃないか……確かに巨大なクレーンと大量に並べられたB-17は身震いするほどのものではあるが……こんなん写真さえあればウチでも真似できんだろ」
さすがの様子に中山も耳打ちしてくるが、返答のしようがない。
「……陛下の目の前においてただの軍事技術者が何か言えると思うか?」
「いんや…………やられたな」
「……ああ」
格納庫兼用の工場内は確かにすばらしいの一言。
効率的に組み上げられていくB-17は確かに様々な意味で参考となるし、我が国でも迅速に導入せねばならぬ製造手法だ。
しかし、そんなのよりももっと大切な技術がある。
ビル社長による見事なパフォーマンスによって掌で転がされている事に気づいたとき、途端に寒気がした。
どうしてNUPが簡単にそういう情報を教えると思ったのか。
どうしてそれを回避する方法や策を事前に練らなかったのか。
そもそも、どうして俺はB-29の外板の施工について認知していなかったのか。
知っていればこんな所まで来る必要性もなければ、陛下のお手を煩わせる事もなかったのだ。
だめだ。
このルートをこのまま進むとModel 333の模型を見て見学は終わってしまう。
あいつらB-17の外板整形すら見せる気がない。
その時の俺にはもはやビル社長の説明なんて微塵も耳に入ってこなかった。
皇国の期待を背負ってやってきたのは野球選手だけじゃなかったはずだ。
連山と深山改という、無理無茶な機体の実現可能性をより高めるために必要な外板整形方法。
これを知らねば皇国の戦力は望んだ形にならない。
そうなると自分がとにかく惨めになる。
結局、俺は大きな波に逆らえる立場では無い。
できるのは兵器開発。
技術者の限界。
こういう時、いったい何に頼るべきなんだ。
すがるべき国家の代表として訪れている人間は何にすがればいい。
そう思って感情があふれそうになったその時であった。
「ノーッ!」
工場内に一際大きな声が響き渡る。
声の主を辿り、ボヤけかけてきた視界の先にいたのは……
この国の王の背中であった。
しばし周囲を見渡した陛下は後ろを振り向く。
「君、そこの君……たしか王立語に堪能な陸軍の技術者の方でしたね?」
「えっ? あっ……はっ!」
呼ばれたのは中山であった。
おそらく陛下は気を利かせたのだと思われる。
王立語に堪能なの陸軍の人間は他にもいる。
他でもないこの俺だ。
だが陛下は説明を聞かねばならない俺を通訳として採用することはなかった。
こういった配慮が当たり前にできる御方なのである。
中山を呼んだとき、俺は間違いなく陛下がしっかりと聞いておきなさいとばかりにこちらに視線を向けて頷く瞬間を見た。
私に任せなさいと、一切の言葉無く伝えてきたのである。
それだけで十分だった。
「いいですか。今から私が話す言葉を一字一句相手に伝えてください。表現は強めになっても構いません」
「丁寧な言葉を心がけますが、表現が汚くなってしまうかもしれません。よろしいですか?」
「構いません」
すぐさま陛下の隣へと向かった中山は案外緊張していないように見受けられる。
むしろ、"この機会を待っていた"――と言わんばかり。
こいつ……本来の未来でも爆撃が行われる中で平然としていたが一体どういう精神構造してるんだ。
俺には真似できない。
「ビル社長。失礼を承知で伺います。この工場見学。この後の予定をお聞かせ願いたい」
「……これから奥にある"新型機"の実物大模型や設計図などをご覧いただこうかと思いまして」
「その後は?」
「そのあとは……えー……」
戸惑うビル社長に向けて、陛下はこれまで見たこと無いほど感情を露にして叱責した。
それを中山は見事に通訳しはじめる。
「ビル社長! 私を見くびらないでいただきたい。私は今日この日を迎えるにあたり、大統領と親書を交わし約束を取り付けている。そもそも私がわざわざこの地に訪れたのは他でもない、我が国の航空技術発展のため。そのために必要な技術の中で最も欠けている、新型機に採用予定の全く新しい外板の整形技術について本日は伺う予定だったはず」
「……新型機の開発は遅れておりまして……御見せできる状況に無く……」
「ビル社長。私は貴方を嘘つきだとは思わない。同時に先日共に野球を見て世界の未来を語り合った大統領も。その大統領はModel 341、342、343の話について私に詳細を語っていただけた。ともすると344にまで至っているかもしれないが、少なくとも343まで発展プランとして練られていると。そして外板整形については実物大模型にて実証実験を試みており、341の段階で既に実施したとも。違いますか?」
「……その通りです」
嘘だろ……大統領は伝えたのか?
なぜ?
俺が陛下にお伝えしたのは341までだ。
343なんて知るはずがない。
プランがどこまで進んでいるか不明なので341までしか伝えてないんだ。
何らかの理由で未来が変わって343まで至っていなかったら……その不安から確実な341までの情報しか伝えられてない。
ゆえに本当に大統領から伝えられぬ限り把握できない情報だ。
陛下はただ試合を観覧されていたのではなく……西条の代わりに首脳会談に近い談笑をされていたというのか。
試合のあの時、ネクタイを身につけてその上にユニフォームを纏い、椅子に腰掛けたまま動かぬ大統領と笑い合うお姿が遠くに見えた。
その大統領が陛下に向けて知る限りの情報を伝えただと!?
一体どういうことだ。
じゃあ今の状況の仕掛人は大統領ではなく、軍またはビル社長あたりのどれかだというのか。
「ビル社長。貴方にははっきりと伝えておかねばならない。もしこのまま私と私が連れてきた国の頭脳たる技術者を蔑ろにして必要となる技術を開示なさらないおつもりなら、私はこの場にて見学会を中止し、帰宅することとしましょう。そして本日中には本日の出来事について大統領に報告するつもりです」
「大統領へ……?」
「ええそうです。同盟関係についても見直さねばならなくなる。大統領は少なくとも現時点の世界情勢での我が国との関係性については同盟強化を画策したい意向であったが、貴方は皇国のもう1つの姿たる私を裏切ったのだ。それはつまり、同盟関係に傷をつけたのと同義に他ならない。貴方の裏では多くの皇国とNUPの外交官が汗を流してここまでの関係を構築したし、私も貴国と武を構えるつもりは毛頭なく、それを軍に向けて常日頃お伝えして今日の関係にまで至ることができたのだが……貴方は、政治家でもなんでもない一企業の社長たる立場でありながら、我々を欺こうとして関係を崩そうとしている」
「そのような腹積もりなど毛頭ございません!」
「ならばなぜお見せにならないのですか。私たちが見たいのはこんな廃案になった航空機でもなければ旧型機でもない。あの奥にある大型模型の機体がとっくに廃案となったことを知らぬとでも? 貴方は皇国の天皇たる私が、よもや世界の工業技術について微塵も承知していないとお考えか」
「うっ……グッ……」
口ごもるビル社長を見て理解した。
完全に見誤ったな。
侮ったな。
我が国の陛下を。
一体誰を相手にしていると思っている。
最新鋭の技術についてだって、それが人をあやめる兵器であるために目を背けたくなる気持ちを抱きながらも、その感情を抑え相応に把握されているのだぞ。
皇国において誰よりも国の行く先を憂慮されておられるお方なんだ。
ゆえに此度の工場見学だって、理解していながら内々に複雑な感情を抱いて見ていられたのは後ろから見守っていてもなんとなくわかった。
普段なら相手国を尊重して忖度されたのかもしれない。
終わった後で我々に謝意を示されたのかもしれない。
だが、それが最重要だと理解されているからこそ、陛下は声を荒らげた。
それが本当に最重要技術情報だからこそ、陛下はこの国とNUPとの関係性すら人質にとった。
どうするビル社長。
貴方か貴方の背後にいる陸軍なのかはわからないが、隠し通すことはもうできないぞ。
これまでの外交努力を貴方の言葉1つで崩壊させる勇気や胆力などあるのか。
「ビル社長。貴方に与えられた選択肢は2つ。見学会及び技術交換会を今すぐ中止するか、技術を見せるか。前者の場合、貴方は外交問題を引き起こした張本人として責任を負うことになるでしょう」
次第に顔中汗だらけになっていくビル社長。
なんとなくだが、今回の件を画策したのは社長本人ではないような気がしてきた。
むしろ大統領かもしれない。
ボーウィン社はB-29関連だけじゃなく様々な面で社長含めた幹部クラスの人間が財界に太いパイプを持ち、軍や政府に圧力すらかけられる立場にあった。
あの大統領は全ての権限を手中に収めたい人間。
ゆえにボーウィン社や社長を疎ましく思っていた。
聞いた話じゃ、社長は表向きはゴルフに熱中しているように見せかけて裏では軍を揺さぶりB-29の生産数を大幅に拡充したり、天文学的な開発予算をボーウィン側の言い値で通すように圧力をかけたという。
実際問題それはB-29という機体が馬鹿げたコストの機体として成立することを許すこととなったが……
軍自体はコスト低減をB-17の頃から主張していたので、大きな矛盾であるとは当時から言われていた。
ボーウィン側としてはそのための333なのだが、その333を否定された事による反動で340関係の機体において、自社が優位となるような案を次々に軍に提案して飲ませていったのは不可解であったのは事実。
果たして本当にビル社長が立ち回っていたのかは定かではないが……
今の様子からするに、それは事実で大統領とはむしろ確執があるように見受けられる。
だが、こちらとしてはそんなことはどうでもいい。
それが皇国に悪影響を及ぼす可能性よりも、技術を手に入れて飛躍した皇国の航空機の方が遥かに大きな影響力をNUPに与えられるからだ。
さあどうする。
「……大変失礼致しました。どうも行き違いのようなものがあったようで……"私は与えられた道順に沿って皆様をご案内してきたつもり"でしたが……これより新型機開発の現場を皆様に御見せしようと思います。しばしお待ちを」
そう言った後に無言のまま手でボーウィンの社員らしき者を招くと、ビル社長はその社員に何かを命じたのだった。
なるほど。
いい言い訳だ。
これなら自分が仕掛けたのか他の誰かが仕掛けたのかわからない。
陛下も詮索するような真似はしないだろう。
こちらとしても技術が手に入るならそれでいい……
それにしてもまさかあそこまで声を荒らげるなんて……
皇国という国を人として顕現させた存在……本当にそう信じたくなるお姿だった。