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第22話:航空技術者は華僑の九州襲撃を阻止しようとする

 俺が現在のNUPの大統領を気に入らないのは、中立を装いながら背後で華僑を支援し、そればかりかヤクチアの社会主義や共産主義を賞賛していることだ。


 政治的な支援やちょっとした財政支援で留めようとする王立国家のハゲ頭とはここが異なる。


 NUPとは立場上戦わない。

 しかしそれは戦争という形でのこと。


 奴らは隙あらばとばかりにあの手この手で戦力を作り、華僑に義勇兵による航空部隊をこさえる。


 それによる国家としてのNUPの被害を最小限としながらも徹底的に叩き潰さんがため、俺はすでに陸軍を通して手を打っていた。


 皇暦2598年5月14日。

 参謀本部へと訪れた俺は西条のもとへと向かう。


「来たな信濃。王立国家の液冷エンジンが無事届いたそうだが具合はどうだ?」

「正直自信がありません。そちらよりも新型機の方に期待していただければ」


 液冷エンジンについては当初より西条に現用の工業力では難しいとは説明しているが……


 とりあえず可能性を捨てないために、試作エンジンをいくつも作っていた長島の液冷エンジン開発者達にもう一度機会を与えてみた。



 やろうと思えばマーリンをベースとして油冷型の設計図を引くことはできるが、だとしてそれが再現できる保証がまるでない。


 俺は設計と完成した現物の不具合についての原因究明と改良指示は出来ても、実際にモノを作れるわけではないからな。


 バラしたり組んだり整備したり多少の手を加える程度しか出来ない。


 そこは西条もわかっている様子だ。


 現在の皇国の工業力に全てがかかっているので派手に冒険することなど出来ない。


「……前線が早くよこせとうるさい。なるべく早急に完成させてくれ」

「承知しております。

 が、なにぶん完成してから量産に至りますので、

 今しばらくお待ちいただければ……」

「そこは仕方あるまいか。元来ならもっと時間がかかったのだものな」


 髭を整えながらも西条は落ち着いた様子を見せる。

 勝敗論を知ったことによって陸軍の動きは変わった。


 新たに無線を大量導入した陸軍は、まずは情報を集めてから進軍するという手法をとり、進軍速度こそ変わらぬものの大幅に効率的に動けるようになった。


 だが一方で華僑による堅壁清野によって、民衆が蒙る被害が大きい。


 奴らは自らの土地を自らでもって焦土にさせながら撤退戦を行っている。


 その被害をこちらがやったと押し付けて。


 俺は予め西条に華僑における行動は逐一記録にとり、その上で随時公表していく方針に改めるよう進言していた。


 基本的にこの当時のユーグ各国やNUPは華僑による宣伝をまるで信じていないが……


 陸軍は己の戦力の高さをあえて逆に利用し、ある程度の現在位置を公表していく事によって敵が自らの土地を勝手に焦土化していることを上手く証明している。


 進軍が多少遅れてもこちらの行動を正当化する狙いは見事に当たり、国際連盟における皇国への批判が鎮静化している様子があった。


 それでも未来は本来の方向へ舵を切ろうとしてくる。


 俺は現在の華僑を支え、今後障害となりうる存在について早期に排除できないかと以前より西条に相談していた。


 5月上旬に華僑に渡ったNUPの元将校である。


 NUPが掲げるモンロー主義に背を向けたこの男が華僑の空軍を増長させる前に潰す。


 出来ればNUPが誠意を見せなければならない形で……だ。


「話は変わりますが、閣下。例の男見つかりました?」


 俺が西条に問いかけているのは、先日神戸で見つかっていたのに身柄を拘束できなかった男。


 散々"サーカス団に化けて神戸から上海に移動していくんだ"――と、俺が日付や時刻まで伝えていたのに……陸軍は見事に拘束できなかった。


 俺の話を現場の連中は絶対に信じてなかったぞ。

 絶対信じてなかった。


 捕縛作戦に従事した陸軍将校はピエロに化かされたとか言ってるが……お前らがピエロにされたんだよ。


 せめて上海で捕まえてくれないか……

 何のためにレポートにまとめたと思ってるんだ。


 こういう失態が続くとシャレにならなくなるから勘弁してくれ。


 西条は上海から消息を絶ったこの男を華僑方面軍総出で必死で探してくれているが、つい先日見つけたらしいとの報告を受けたばかりだ。


「航空参謀長ブレア・リー・ノートとかいう男だろ。

 ようやく足取りを掴んだぞ。

 近日中に指名手配し、NUPに揺さぶりをかけようと思う所だ」

「いえ。指名手配などせんでください。捕虜とし、全世界に向けて晒し者にします。

 絶対に殺さずに捕まえろと前線に伝えといてください」

「少数部隊を指揮し、現地の住民に成りすまして潜入して写真は取れたんだが……こいつで間違いないな?」


 サッと机に示された写真には目的の男がいた。

 間違いない。


 この男こそが華僑の空軍の現在の航空参謀長。


 ヤクチアと手を組んでありとあらゆる華僑の航空作戦に関わっている。


 とても厄介な存在だ。


「閣下。その男です。やはり予想通り華僑におりましたね」

「うーむ。一応なんとか顔は確認できたが、

 さすがに待遇が待遇で厳重すぎる警戒網の中にいてな……

 今の我が軍では厳しい。特に生け捕りとなるとな。

 宮本(海軍)にも伝えてみたがどう転ぶやら……まぁやってみるが期待せんでくれ」

「わかりました」


 この男と現大統領は繋がる。

 そしてP-40を携さえた義勇兵が華僑に現れる。


 その頃には新たな一式と新たな双発戦闘機が現地にあるだろうが、そこは問題じゃない。


 この男を捕まえ、表向き中立の立場を取るNUPを揺さぶり、さらに現大統領との繋がりを証明したいんだ。


 もうすでに奴の取り組みは始まっている。

 数日後には奴らの士気を向上させる作戦が行われる。


「それで、今日お前がここに来たのは例の空襲についてなのだろう?どうすればいいのだ。

 夜間飛行してくる敵機体を撃墜するための装備類などまだないぞ」


 確かにまだ装備類はまるで心もとない。

 だが攻略法はある。


「奴らがどこから来るのか知ってます。

 今現在、武漢にある最後に残ったB-10の2機。

 こいつを一旦寧波に飛ばし、そこから東に一直線に向かってくる」

「最短距離か」

「ええ。

 あの機体の航続距離は約2000kmですが、あちらと皇国との距離は最短でも900km。

 まるで迂回する余裕などありません。

 阻止する方法は2つ。海軍と連携をとって離陸前に武漢などの空港にてB-10を破壊するか、

 離陸後に迎撃機を出して武装解除させるか」

「……あるいは撃墜するかか」


 B-10は案外頑丈だ。

 それが2機編隊で飛来する。

 迎撃についてはそれなりに航続距離がある戦闘機かなにかがないと厳しい。


 できれば飛ぶ前に破壊できた方がいいのだが……。


「私は不殺主義ではありませんが、相手の殺害も厭わないならば飛ぶ前がベストであり、

 飛んだ後は引き返させるか捕虜にしてB-10ごと世界に公開するのがよろしいかと。

 より自衛戦争という名目に箔がつきますからね。

 ともかく奴らの士気高揚を阻みたいのです」

「どれほどで奴らは飛来する?」

「3時間45分です。華僑の生え抜きの中でも選りすぐりの者ゆえ、

 鍛えられた航空士が極めて優秀です。

 直線距離900km。熊本方面に向かってくるようですが詳細な位置がわかりません。

 かなりの広範囲の捜索となり、電探無しでの発見は困難を極めます」

「最近B-10の姿が見えないと思っていたら、これを狙って温存していたというわけだな。

 お前がいなければまるで気づかん。

 案外こういうのはすでに落としてしまっていたと誤認してしまうものだ。ぬはははは」


 笑ってる場合じゃないんだが、確かに西条の言う通りではある。


 レーダー網などが発達しない限り、こういった対処は難しい。


 レーダー網が発達してですら極稀に突破してくるケースがある。


 現状では手探り状態。

 早いうちにこのあたりは何とかせねばならんな。


 新型機が完成したら、百式司令部偵察機とは別の警戒網を張れる優秀な偵察機について手を出すか。


 丁度、先月に飛んだばかりの九八式直接協同偵察機の改良を指示されてたが、こいつの翼と尾翼についての改修ぐらいはしておかねばな。

 

「信濃。迎撃作戦については追って詳細を知らせる。

 何分九七重爆などはみな華僑へ飛んでしまっているため、

 華僑へまだ運ばれていない製造が終わって間もない九七戦ぐらいしか本土にはないのだ」

「承知致しました」


 俺は西条を信じ、とりあえず九州への空襲について知っていることを全てまとめたレポートを渡し、そのまま参謀本部を後にした。


 事態が動いたのは2日後の朝になってからである。


 ◇


「キ35とキ36を借り受けたい?」

「ええ。九七戦だけではどうにもなりませんので、

 少しでも戦力を確保できればと思いまして。

 自己紹介が遅れましたが、私は藤井雄蔵と申します。

 今回の作戦において手が足りないということで駆り出されました」


 藤井雄蔵。

 立川ではなく東京飛行場のテストパイロット。


 同じ技研所属であるのだが、これまで一度も面識がなかった。


 ずっと東京飛行場で試験と研究を重ねている男であるためだ。


 俺は立場上立川から東京飛行場に向かうことはないため、彼と顔を合わせる機会がない。


 そんな彼は昨日世界記録を樹立したばかりの男ではあるのだが……


 一方で彼が提唱した戦略偵察理論は先進的で皇国陸軍に大きく影響を与えた。


 彼本人は華僑がやったのと同じようなことをするために、近いうちにBR.20で東京飛行場を飛んで漢口へと向かって帰らぬ人となるのだがな……


 なるほどな。


 西条の意図かどうかは知らんが、件の空襲後に陸軍に対して進言し、後に同じような長距離往復試験飛行をしようとする人間を迎撃の指揮官に宛がったか。


 確かに、長距離飛行に関しては藤井らの調布の航研テストパイロットが最も秀でている。


 彼らは長距離の飛び方を知ってるからこそ、迎撃作戦への適任者と考えたか。


 しかし立川にて試験飛行中のキ36まで借りたいとは……


 本土の戦力はどれだけ乏しいんだ。


「キ36は試製機が1機あります。アレの設計に関わりました。

 速度は遅いですが中々に視界が優れる機体なので今回の作戦にはうってつけです。

 キ35は2機ありますが、何よりも皇国最速を誇りますので……」

「少佐。噂はかねがね聞いておりますが、キ35の着陸は難しいですよ。

 夜間で迎撃した後、着陸できますか?

 アレはつい最近修理が終わったばかりの主脚が脆弱でクセがありますよ」

「私もその点についての技研の報告書は目を通しました。

 先日操縦した"航研機"も同じ特性なので、

 上層部からはキ35も問題ないだろうと言われております。

 こちらには近いうちに伺う予定でしたが、こんな形になってしまって申し訳ない」


 航研機か……懐かしい名前だ。

 陸軍はなんだかんだ空力特性に力を入れたいと考えていた。


 それを最も証明できる存在こそ長距離周回飛行と考えるに至る。


 航研機は当時としては破格の空力特性を誇った機体だ。


 研究の果てに1機しか作らないからと量産不可能なまでに空力を煮詰めた構造となっている。


 翼も半層流翼型を採用しているし、おまけに四菱がこさえた謎の自動操縦装置がついてたんだったか。


 ここで自信をつけたことが百式司令部偵察機に大きく影響したと聞いてる。


 陸軍の航空機への理解が栄える機体だったよ。


 翌年には記録が塗り替えられてしまうが……


 NUPがかなり警戒した記録を樹立したというのは有名だ。


 俺も航研機には当時から興味があって計画に参画したかったぐらいではあるが……


 参画してこの記録を無駄に伸ばすことで、さらに各国の不安を煽りたくないのであえて手を出していない。


 例えばSM.75より高い記録を出せるようにちょっとした改修を施して記録を樹立したとして、その後の未来にどういう影響を与えることになる?


 現時点で陸上機の記録を持っている上に、長距離周回飛行までかなりの記録を樹立することになるんだぞ。


 どうなるかわからん。


 NUP内では開発中の双発機の航続距離が6000kmを越えるのではないかなんて疑われ始めているんだ。


 どうやって情報を手に入れたか知らんが……単発戦闘機戦よりも双発機の代わりとなる存在の方がよほど警戒されているな。


 恐らくB-2の排気タービンを芝浦タービンが量産しようとして、その用途を問われて漏れたのだろう。


 G.Iはなぜか"B-2"をこさえている本国の技師を芝浦タービンに呼んで指導していたが……


 これはおそらく開戦を回避した際に手が足りなくなってB-29などで困った排気タービンの量産を皇国内で行いたいからだ。


 G.Iは一社限定で排気タービンを生産していたので手が足りず、品質低下や均一の品質にできないなどの問題を抱えている。


 一番信頼できるのは戦時に臨時で雇った技術者よりも育て続けた皇国の技術者ということか。


 仮に皇国との開戦を回避したとしても各種航空機の生産数が減るとは思えん。


 そこはG.Iでも現時点でわかっているんだ。


 G.Iは本来の未来でも同じ事を最後まで検討していたからいい機会だと思ったのだろうが、おかげで新型双発機の情報が漏れてしまったのは失策だった。



「――信濃技官?」

「えっ? ああ。すみません。少々考え事をしていましてね」

「問題ありませんかね?」

「キ35を飛ばすのは少佐なのですか」

「私ともう1名です。航研機の操縦者候補が乗ります。キ35には無線も付いておりますし、

 何気に巡航速度でなくとも航続距離は1200kmもある。

 巡航速度さえ守れば1400km近く伸ばせるはずです」

「発見した後はどうしろと命じられてます?」

「基本としては武漢に現れた時点で撃墜するのが第一目標。

 現地の部隊が挑戦するそうです。それが出来なければ迎撃という二段構え。

 迎撃は本土近海上空に現れてこちらの警告を無視して飛行を続けた場合は落とします。

 発見できるかどうかは五分五分といったところ。

 予め無線で警告は出させていただきますよ」

「無線で警告?」


 一体なんのことだ。

 無線警告を出した上でのインターセプトなんてこの時代にはやらなんだはず。


「飛び立つ場所がわかっていれば、

 無線連絡を送ってしまえばよいのではないかというのが上の考えだそうで、

 B-10へ向けて警告を送り続け、

 陸海双方による本土防衛全軍による迎撃体制が整っているとハッタリをかますそうです。

 実際は最小限度の迎撃部隊となりますが、多少の効果はあるのではないかと」

「ふむ……」


 そういうことか。

 まあ、それで引き返してくれるなら儲けものだが、やらんだろうな。


 そんな生半可な覚悟で飛んでくるわけがない。


 それでも、こちらが予めそれを知っているとわかって警告すれば……


 華僑も多少は混乱するかもな。


 我々は甘くないぞと、NUPの航空参謀長にも示せるかもしれん。


「……わかりました。キ35を2機共をお貸ししましょう。

 キ36は自分の管轄下でないので局長に改めてお願いいただけますか。

 それでキ35についてですが、1機は近くハ43を積み込む予定でしたけど、どちらもハ33です。

 あれからさらに手直ししてハ33自体も調整してみたので611kmぐらいは出てるんです。

 B-10には間違いなく追いつけますよ」

「そんなにスピードアップしてたんですか。ありがたく拝借させていただきます。

 初の本土防衛任務。見事成し遂げて参ります!」


 キリリとした表情にて陸軍式の敬礼をした後、彼はキ35のある格納庫へと向かっていく。


 ーーその日のうちに二機のキ35は立川より飛び立ち、九州へ。


 離陸を見ただけでわかる。

 陸軍でも突出した操縦技術をもっている。いい腕してるぜ。


 アレなら問題ないな。


 航研機の方がより大型でキ35より主脚は弱いからな。


 キ36も亀が必死でウサギを追いかけるごとく後に続いたが、キ35は半日もしないうちに九州に到着して現地の陸軍を驚かせたという。


 主脚も問題ないそうだ。


 初飛行でキ35による連続飛行を見事やりのけた藤井少佐……


 彼は燃料の配合から拘りを見せた非常に優秀なテストパイロットだ。


 来年失うには惜しい。

 何か手を打っておく必要性があるかもしれん。

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