第170話:航空技術者は王の威光を垣間見る(後編)
皇歴2601年8月1日
何者かによって心を地面に叩きつけられたような気分となった翌日。
俺はこの世に生を授かってからかつてないほどの衝撃を受けることとなる。
その日は試合日。
朝から関係者がNUP式野球発祥の地の1つとされるニューヨークのスタジアムに詰めかけたが、観客数はまばら。
目立つのは子供の姿で、これはとある選手がこの日のために国中の野球に熱心な子供に声をかけて招待したからだという。
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「見てみろよ信濃。あそこにいるのはあのルースだぜ!? まさかこの目で見られる機会があったとは!」
「ああ。この国で一二を争う著名なメジャー選手なんだろ?」
やや興奮気味の中山の視線の先には、後のNUP野球界において伝説として語り継がれる打者の姿があった。
彼がいかなる理由で今回のイベントの観戦に訪れたのかは定かではない。
わかっているのは中山が話をした部分だけ。
「――新聞の記事が確かなら、スタジアム周囲で走り回ってるジャリはルースが国中の恵まれない子供や少年野球選手を招待したことで今日ここに訪れることができたらしい」
「今はチャリティ活動に熱心だと聞く。そういう事もあるんだろう」
「そういう事ねえ……ワールドシリーズならいざしらず、あっち側からしてみれば大したイベントだと思えない試合にわざわざ千人単位で子供を招待する理由に俺ぁ興味あるけどな」
「何かおかしいのか?」
「だって下手したら何点差になるかわからない世紀の大虐殺が行われるかもしれないだろ? 相手の布陣は本気だぞ。そんな草野球みたいなもん子供に見せたいような器か?」
「俺と同じように、情けない試合をしないと思っているならば説明がつくことだ。それに、彼は皇国に悪い感情は抱いていないはず」
皇国に向けて悪い感情は抱いていない。
それは間違いないと言えた。
後の世において発見される彼が残したメモのような自著においても、訪れた際にとにかく紳士であることを目指して自らに暗示をかけるかごとく様々な想いが書き綴られていたことが判明している。
一重にそれは皇国の国民性を意識してのことであり、自身にまとわりつくある種ヒールなイメージが皇国人にとっての野球に影響を及ぼさぬよう配慮してのことだった。
同時に、皇国特有のおもてなしと国民からの視線には感激しており「選手としての輝きは今まさにここにある」――といった言葉をも残していた。
そういった皇国での思い出があるからこそ、今日の試合会場に自ら足を運んでいるのではないかと思う。
本当かどうかはわからないが、わざわざ訪れる理由が他に見つからない。
だから中山に言い切った。
「そうなってくれるといいんだがなァ……にしてもさっきから明らかに皇国人らしき子供の姿も見えんな? 金持ちの所業か、それとも何れかの組織が金を出して誰かが連れてきたのか……見せるだけの試合になればいいが」
その言葉に、どうして会場内の盛り上がりがいまいちなのかようやく理解した。
冷めた感情で状況を見つめる中山の姿に、少なくない皇国人が「勝利」という言葉を信じていないことに落胆する。
スタジアム内に渦巻く感情は「諦め」だった。
これから戦う者たちに対しては絶対に向けてはならぬ感情のはずだが、この場に集合した多くの皇国民が勝利を信じていない。
俺はたった1勝でもいいからと心の底から応援していただけでなく、勝利できるとも信じていたのだが……
どうやら一人空回りしているだけのようだ。
……構わない。
他がどうであれ、俺は諦めない。
最後までその勇姿を見守り、応援し続けよう。
最後まで自国の底力を信じる。
それがたった一人だけだとしても構わない。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
俺以上に勝利を信じて疑わない存在がこの場にいたのことを……
そして多くの皇国人が誤った感情を正すこととなる。
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◇
観客席に移動してからどれほどの時が経過しただろうか。
すでに試合開始20分前となり、敵側のベンチにNUP側の選手が集まり始める。
案の定というか、とてもやる気がない。
どうせ7割程度の力でも勝てるだろうと、にぎやかに談笑しながら遊びの野球に興じようとしていた。
ほとんどの者はこの日のために特別な練習などしてはいないのではないだろうか。
何しろシーズン途中なのだ。
彼らからすれば1月ほど前に行われたオールスターの余興程度でしかなく、特別に設けられた機会に休暇ついでに遊びに付き合ってやるかといったような面持ちでいるのだろう。
むしろここで消耗すればこの後の後半戦に悪影響を及ぼしかねないため、理解できなくもない話ではある。
一応面子自体は最高峰であることに疑いの余地はなかった。
本来の未来ならば本年において最多勝である25勝かつ260奪三振を飾るフェラー投手や、打率4割をたたき出して首位打者に輝き、加えて本塁打王という記録を残す4番打者のウィリアムズ選手などの姿もある。
特にこの4番とまともに渡り合える打者なんて皇国には数えるほどしかいない。
冗談抜きでタイムマシンでも使って未来から51番の背番号を持つ男を呼び寄せるぐらいしか直接的な対抗馬にはならないかもしれない。
本来の未来では亡命メジャーリーガー選手として活躍し、国さえ存続していれば史上初の皇国人首位打者となった彼ぐらいしかいない。
だが皇国にだって最年少首位打者ぐらいいる。
皇国側にだって19歳で初の首位打者を獲得し、本年も首位打者に輝く打撃力に富む選手がいる。
完全に劣っていると言い切ることはできない。
それにいかな優秀な打者だって投手力が上回ればいい。
0点に抑えることができれば1点でもとれば勝てる。
それが野球の世界なのだ。
後は投手次第か……今日の先発は……昨日の彼だ。
周囲がザワつき始めたため視線を落とすと……皇国側のベンチにも静かに侍が集い始めたことが確認できた。
ピリピリとした様子はこちらにも伝わってきたが……よかった。
彼らは本気で勝ちに来ているようだ。
◇
試合開始5分前。
双方の選手が集まり試合前の挨拶を交わす。
互いに脱帽の後、健闘を祈ることとなるが……
相手側は多くの選手がニヤついた顔で明らかに本気ムードではないのは間違いなかった。
しかし、一部の選手には動揺が見られる。
そう、この日先発投手として選ばれた背中に18番を身に着けた男が信じられないほど長身で、かつ東亜人でなかったこと……そしてその投手の目に炎のようなものが宿っていることに気づいたようである。
そしてさらに次の瞬間、決して多くはないものの少なくもない選手に更なる衝撃が走る。
それは始球式であった。
後攻のため守備について練習をはじめるNUP側の選手の中、帽子をかぶり、上着だけなれど皇国側のユニフォームを身に着けた者が皇国側ベンチより現れる。
その者はスタンド側から大統領のか弱き渾身の力で投げられたボールを受け取ると、自らの足でマウンドに立った。
本来のNUP方式の始球式なら捕手に向けて投げる球をマウンドへと向かう者へと渡したのは、この後に皇国方式の始球式へと移行するためであることは即座に理解できた。
「嘘だろ……嘘だろ!? なあ信濃!?」
「…………」
こちらの肩をつかんで現実が受け入れぬとばかりに揺さぶる中山に対し、俺は無言でその姿を見つめていた。
かつてない衝撃が体に伝わり、口を開くことすら許さなかったのである。
ようやく謎が解けた。
なぜユニフォームに十六葉八重表菊を編みこむことを望まれたのか。
陛下……自ら身につけられるためでありましたか。
チームの一員であらせられましたか……
おそらく一部の選手には始球式についての説明が行われていたのだろう。
先攻は皇国側だが、バッターボックスにNUPの四割打者であるウィリアムズ選手が立ち、陛下の投げる球を受け取る捕手として皇国では現時点で最優とされるカイザーを名乗る男がミットを構える。
渾名がカイザーなだけで皇帝ではない男は、皇国の本物の王の球を受ける役目を仰せつかったのである。
構えたミットは小刻みに震え、明らかに緊張の様子が見て取れた。
絶対に受け止めなければならない。
その使命に精神を揺さぶられるカイザーの様子が伺える。
一方の陛下は一呼吸おくと頷いてこれから投げる意思表示を行い、ゆっくりとした動作で大きく振りかぶると……下半身に十分な体重移動を行った上で一球を放る。
その球すじは山なりで大きな弧を描いたが……決してバウンドすることなく、捕手は一切の前進なくして球を受け止めた。
ウィリアムズ選手は紳士に対応し、四割打者となるかもしれない男は皇国の王を前に空振りする。
一目見ただけでわかる。
この日のために自らをも鍛え上げて今日に望んでいるのだと。
我々を甘く見るなと。
我々の呼び寄せた軍勢は決して恥ずかしい試合などしないのだと。
少しずつ会場の空気が変わっていく。
諦めの感情を抱いていた皇国人は、勝利を願うようになりつつあった。
会場全体の温度が変わってきたことは手に取るようにわかった。
そしてその願いに呼応するかのごとく……皇国選抜のプロ野球選手は意地と執念を見せ始めるのである。
試合開始後。
1回の表は点数こそ入らなかったが、投手はフォアボールを2回も出し、皇国は得点圏にランナーを進ませた。
皇国の気迫が投手の制球を乱したのか……あるいは浮ついた感情がゆえに本領を発揮できなかったのか……
皇国側もやや肩に力が入りすぎていたきらいはあったものの、バットのタイミングは合っていたのが印象的だった。
状況が動き始めたのは1回裏からである。
「――は!? はあ!? なんだあの長身の白人は! あの球一体何マイル出てんだよ!?」
「どこの血筋でどこの人間だァ!? 速過ぎるぞ!?」
「フェラー以外にあんな速い球を投げられんのがいるとは……」
ベンチからの悲鳴。
その悲鳴をものともせず響くミットへの強烈な「ズバン」という球が届く音。
緩急を入り混ぜた巧みな配球により、まるでタイミングをつかめぬNUP打者達。
ほどよく肩の力が抜け、それでいて集中している姿。
気持ちを完全に切り替えてきて侍そのものへと化けた18番を身に着けた皇国のエースの一人は……メジャーリーガー相手にものおじしないだけでなく、バットにボールを当てることを許さなかった。
データ野球などというものはまだ完全に未完成な現在の野球はメンタルスポーツな側面が強い。
精神面で押されると脆さが出ることはあるが……
抜群の制球力に併せて気迫の篭った投球に、あの4割バッターすら1順目はまともに対応できず空振り三振となるほど。
190cm以上の長身から放たれる剛速球は、明らかに150km/hを余裕で超えている。
皇国においてこの時期に確実に150km/hを超えた剛速球を投げられたと言われるのは、この18番の選手だ。
もう1名は160km/hなんて話もあるが、俺がやり直す頃の物理学者等の結論としては恐らく回転数が極めて高くて落ちにくいボールを速いと誤認したのだろうといわれる。
実際には140km前後。
今投げる彼よりかは明らかに球速が劣っているのは見ればわかる。
一方でフィルムが数多く残されている、今まさにマウンドに立つ彼については、フィルムから153km/hほどをコンスタントに投げていたということがほぼ証明されており、オーバースローの全力投球は現代……もとい未来の野球にも通じるほど当時としては先進的な下半身と上半身の使い方をしたフォームとなっていた。
その150km/hの神速にNUP側は対応できていないのだ。
なぜなら単なる150km/hではないからだ。
素多留陽の投げる球は手元でボールが若干変化するムービング系のボール。
しなやかでやわらかい体が一定ではない回転の乱れを生み出し、出所が読めない柔軟な変化をもたらす。
なぜ彼が速球でもバシバシ三振が取れたかというと、最大の秘密はそのムービング系のストレートにあったとされる。
歳を重ねるとそれが衰えて変化球主体のピッチャーとなっていくが、今はまだ全盛期。
彼がどうして当時としても異例の速さで300勝を遂げることができたのかといえば、単なるバックスピンによる速いだけの球ではなかったからである。
そんな程度なら簡単に打てるぐらい、皇国の打者も甘くない。
同じことは160km/h説が囁かれる彼にも言えたことだが、速いだけではなんだかんだで打たれるのである。
次々に三振を刻む18番の背中は頼もしかった。
このまま1点も入らないでくれと、誰もがそう思ったことであろう。
そして――
◇
「――はあ、まだニューヨークの余韻が残ってるぜ。2-1で勝つとか未だに信じらんねえ」
後の時代においてNUP側において「8.1ニューヨークの悲劇」などと語られる勝利から4日後のこと。
いよいよ本丸へと乗り込むため、俺達はニューヨークとは正反対の西海岸はシアトルへと足を運んでいた。
宿泊地はシアトルはダウンタウンの南に位置する皇国人町。
治安の良さ、そして衣食住において違和感が生じにくいからとこの場所が選ばれたのだ。
本来の未来ならばNUPとの戦いからこの場所に居を構えた者達は強制収容され……ヤクチアとの件から最終的に筆舌に尽くしがたい状況へと陥る場所ではあるが……
今はうって変わってお祭り騒ぎ。
先日の勝利は皇国系移住者にも喜びをもって迎えられ、街のいたる所に勝利を祝う広告や看板、のぼりなどが掲げられていた。
時折18番のユニフォームがイラストとして描かれた看板なども見受けられる。
今中山が眺める新聞には9回の裏まで投げきって三振で試合を終えた男が、その右腕を大きく振り上げて勝利を誇示する写真が掲載されている。
バックネット側から撮影されたものと思われるが、彼は守備陣に向けて勝利をアピールしたかったため、真後ろを向いていた……
よって写真には燦然と輝く背中の18番が強調された形となっている。
背番号の上にはアルファベットで自身の名前が刻まれていた。
この新聞は翌日のニューヨーク市内で販売されていたもので、中山はこの4日間、毎朝何度もこの新聞を見ては余韻に浸っていた。
こんな時勢だ。
少しでも心を満たすなにかに縋りたいのだろう。
それだけの幸福をもたらしてくれた選抜チームには敬意を表したい。
だが試合は1試合だけではない。
残り4試合の計5試合ある。
よって――
「次の試合からは彼らも本気で挑んでくるだろう。このまま負け続けると沽券に関わる」
「フェラー投手を1試合目の先発に起用しなかったのが運の尽きだったかもな。剛速球投手同士だったら結果は違っていたかもしれない」
「当人が一番後悔してるらしいじゃないか。東西を隔てた最高の投手戦になったかもしれないのに油断した結果さ。だから言っただろ。情けない試合なんてしないって」
「なら次からが本当の地獄かもしれないな……」
「勢いがついたチームはそう簡単に止められないぞ」
この時の俺は知らないが、皇国選抜はこの後の試合では惜しくも敗北するものの、栄治投手が先発となった第三試合では再び勝利する。
そして最終的に2勝2敗1引き分けという結果を出し、完全な勝利こそ成し遂げることは無かったものの……
後の皇国のプロ野球界において偉大な記録を刻んだのである。
この試合はニューヨークも含めてテレビ放映されており、皇国内では記録映画として5試合すべてが上映されたが……
一連の試合結果はそれまで人気の主体だった学生野球からプロ野球(職業野球)へとシフトする転換点ともなり、当時一部で呼称されたプロ野球選手を嘲笑する「野球芸人」などという言葉はなりを潜めるようになるのだった。
後の世においてとある皇国のホームラン王はこう述べる。
「2601年こそがプロ野球の本当の始まりといっても過言ではありません。市民が熱中するようになり、学生の間だけ嗜むスポーツだけであった野球が国民的スポーツとして定着して、学生からプロに転向するための様々な枠組みが構成されていった……一重に本日の勝利はあの8月1日の夏の試合の延長線上にあるわけです。今日の勝利は、あの混乱した世界情勢において皇国の野球界の道筋をつけた侍達にも捧げたいと思います。もちろん、これまで支え、ともに歩んできた先輩方にも」
遠い遠い未来の話だ。
今の俺は知る由も無い。
再び勝つ日が来る。
世界の頂点に立つ。
その未来を迎えるために、航空技術者もまた存在している。
俺も、そして目の前にいる男も時計の大事な部品の1つなのだ。
しかし世界はそう甘くはない。
東亜の島国を暖かく迎えるほどNUPは甘くなかったのだ。
やさしくなどなかったのだ。
俺はそこで……皇国の王のありよう見ることとなる。
それは翌日のことだった。
国のありようを左右する抑止力を担う航空機開発において、最後にしがない航空技術者の手をとって背中を押したのは……他でもないこの国の頂に君臨する存在だった。