第169話:航空技術者は新型攻撃機の開発を命じられる
「おやあ? 技研のエースにまた新型機の開発依頼か。我が軍は貪欲だねえ」
「あまり大きな声を出すなッ……」
中山の声に航空機による船旅を見守っていた海軍の作戦指揮官である佐官の青年がピクリと反応する。
彼は恐らく新型機開発に関わる資料について相応に興味があったようだが、陸軍機密と理解してあえてこちらに視線を向けることはしなかった。
真面目な人間だ。
目の前の不真面目な技研の青年とは違う。
「こういう場所で読む物でもないだろうに。急ぎの案件か」
「恐らくはな」
粗方の資料を読みふけった後、かばんの中から取り出したのは一連の資料に最重要機密の印が押された新型機開発依頼をまとめた開発提言書であった。
これも総力戦研究所より提言がなされたもの。
総力戦研究所は重工業分野を中心に厳しい生産統制を行った上で、アメとムチの使い分けで陸軍にある提案をしていた。
それは山崎がもつ航空機製造キャパシティに相当分の余裕があるのに対し、山崎が独自に戦闘機を作ろうとしていることについて、"方向性を曲げて"彼らの意思を尊重しようというものだった。
かねてより液冷を諦めきれない勢力がいた陸軍。
そして同じく諦めきれなかった山崎。
双方の意思が合致したことで密かに開発が続けられていた……恐らく飛燕と思われるモノについては俺が西条に向けて開発を凍結するよう要請していた。
これについては総力戦研究所も、百式戦闘機と新型重戦闘機と比較してさして特長の無いものであり、性能的重複が生じながらも共用できる部品などが全く無いことから難色を示した。
一方で山崎が航空機分野に相当額を投資して設けた工場と工場員が暇をもてあましていることをも問題視。
さらに言うと山崎の企業規模と技術力から、陸軍は今後も将来に渡って長島と並んで山崎との関係は続けるべきという意見が総力戦研究所にもあり、大量生産可能な航空機を山崎に生産させる必要性というものを陸軍以上に研究所が感じていた。(四菱や川東は主として海軍との関係性が強いメーカーであり、無理に受注等せずとも技術維持は可能だが、陸軍側は最低限として長島、山崎、立川などとの関係性を維持するべきとしていた)
ゆえに新たにヘリコプター等のライセンス生産を画策したが、それだけでもまだ余る恐るべきキャパシティに対して新たな回答を示す。
それが「新型ジェット攻撃機の開発」であった。
山崎としては陸軍に向けて最低1500機ほどの戦闘機を納入せねば投資を行った分の設備の減価償却が出来ない。
ゆえになんとしてでも飛燕かそれに類似した戦闘機を認めてもらいたかった様子。
それに対して総力戦研究所が出した結論は、飛燕の凍結と引き換えに1500~2000機の生産を見込めるジェット攻撃機の開発を認めるというものである。
これにはきちんとした戦略眼に基づいている。
本機はなんだかんだ狭いながらも隙間がある第三帝国の防空圏内において、その隙間を縫うように侵入して特定の施設や地域を精密爆撃できる高速爆撃機の必要性から企画された。
総力戦研究所はV2発射台などに関する情報は知らないはずだが、第三帝国の航空機製造や戦車製造が各地で部品単位でパーツを製造して組立工場に持ち込む方式であることに気づいており、それら製造施設への執拗なまでの精密爆撃を慣行することで敵の戦力増強を阻もうとしている様子だ。
俺からするとV2発射台への攻撃等をも視野に入れたものとして勝手に解釈している。
本来の未来では爆撃機型のモスキートなどがこの手の任務に携わったが、対レーダー性能に優れたモスキートでも大戦後期となると対空機銃の発達とMe262やTa152などの登場によってその活動は厳しくなる。
また、モスキートでは不可能だった地上輸送部隊への積極的な攻撃や、ヘリボーンをフル活用した機動歩兵部隊への戦闘支援が行えるような機体が欲しいということなのだ。
この性能を満たすにあたって、既存の攻撃機であるキ47こと百式攻撃機は上昇力こそあるが水平飛行速度が不足している。
仮にハ44を搭載しても、この機体は700km出るかどうか。
運動性を重視しすぎた代償に最高速を犠牲にしているので……この手の任務に用いるには向いていない。
例えば現状なら高空性能でもって敵防空圏に侵入しての爆撃は可能だが、精密爆撃が出来るような能力は備わっていないのだ。
元々キ47はマルチロール性の高さを活用して広範囲での活動を目的に製造したもの。
高い上昇力と航続距離、当時としては優れた積載力……
何でも出来るが1つの仕事に特化していない器用貧乏な機体なのであった。
だがそれでも20mm×4門という構成による攻撃力はバツグンであり、運動性と最高速度の低い爆撃機への対ボマー性能は抜群。
航続距離とレーダーを活用した偵察活動など、幅広く柔軟な運用がなされて各地で評価されている。
でもどちらかといえば大戦後期においては主力の戦闘機達に前線での戦闘は譲り、やや後方から攻撃支援を行う機体として設計していた。
だから今回のような形での任務に用いるためには……絶対的な最高速が不足している。
これでは駄目なのだ。
敵の対空高射砲がまともに追従できぬ速度帯は850km/h以上。
水平飛行速度でそれを出せなければ、こういったリスクの高い対地攻撃は不可能と言える。
敵の懐に入り込んで手痛い一撃を加えるにあたっては……キ84たる疾風も性能は不足している。
戦闘爆撃機の能力が多少なりともある疾風は、対地精密爆撃にまで優れた性能を持つわけではない。
そもそも基本が単座なこいつでは攻撃機としての活用は厳しい。
そのために必要な機体下部の装甲板も十分とは言えない。
そこで、爆撃照準レーダー等を完備した対地攻撃を専門とする高速ジェット攻撃機を新たに作ろうというわけだ。
しかも計画書には「新鋭対地誘導爆弾を装備」なる文言も性能諸元に加えられている。
ケ号あたりのことを想定しているのだろう。
ようはG.91に類似した性能を持つ、皇国国産の攻撃機というわけだ。
水平最高速度は1100km/h未満でいいとのこと。
また、航続距離は爆装状態で1400kmほど欲しいとのことだ。
必要なのは水平飛行速度1000km/h以上で、かつ極めて精密な爆撃を軍事施設等に行える能力を備えていること。
対空戦闘は最低限のガンファイトが可能であればよく、装備する機銃も20mm×2門程度で良いとされている。
その分を爆撃能力に振り分け、単座または複座として強行偵察も可能とした俊足の攻撃機とすること。
単座である必要性など全く無いのでここは複座を基本とするが、総力戦研究所はその上で「生産性と整備性を最大限に重視し、無理な構造を極力控え、整備の整わぬ飛行場からも短距離で離陸できる短距離離陸性能を兼ね備える、夜間爆撃も可能な全天候型で、それでいてキ84との互換性を可能な限り担保すること」を所望している。
まさしくG.91の皇国版といっていいだろう。
いや、攻撃機としての特長についてはどちらかといえばその後継機ともいえるAMXに近いか……特に短距離離陸性能なんかがそうだ。
いわゆる10年後、20年後あたりにて軽攻撃機という機種に分類される存在だな。
積載力は800kg爆弾2つを翼内または胴体に内蔵。
可能であればその状態で増槽も装備可であれば尚良し。
最低限、増槽装備で1000kgの積載力を確保。
その上で水平飛行速度1000km/h以上を絶対とする……か。
ネ0-Ⅱを使えばどうにかなるな。
最初からそれで挑むか。
アレを使えればG.91とG.91Yの中間的な性能とすることは難しくない。
問題は機体構造だ。
総力戦研究所は本機開発においては山崎の技術力不足等を理由に準インテグラル構造の採用は開発の遅延を招くために避けることを絶対としてきた。
インテグラル構造については将来性に富むとしながらも、現時点での皇国の現実を受け入れろということである。
工作機械を新たに作ってまでキ84に採用するものを、新たな攻撃機にまで採用する余裕など無いということだ。
そもそも2604年までに量産して実戦投入可能なように仕上げろとまで厳命してきている。
まあアルミ合金の消費を抑えるためにオールメタライトで作れとまでは言われていないのでまだ優しいが、オールメタライトで作れと言われかねない勢いすら相応にある。
求められた機体の性能については実現しようとすれば出来るが、中々に厳しい制約をつきつけられているな。
問題無い。
むしろ好都合。
準インテグラル構造を導入したことで投入できなかった、流体力学的に洗練された機構をふんだんに投入できるじゃないか。
きっと大した航空機にはならんだろうと思っている人間も総力戦研究所の研究員にはいるかもしれないが……航空機開発において未来情報を知る今の俺なら、彼らが何1つ不満を持たない機体として仕上げることぐらい出来る。
航空技術分野においては彼らに引けを取らないつもりだ。
主任設計担当としてくれるならばなお更のこと。
ゆえに俺は本機を「皇国の将来の戦闘機を形作る上での先行実験機」として位置づけることとした。
よって今後において大きな影響を及ぼす構造を多く取り入れるため……基本の開発と製造は山崎を主軸とするが、長島や四菱にも少なからず協力を依頼し、彼らにも技術フィードバックが可能なような体制を構築する。
さらにもうすぐ完成間近ながらあまり気に入っていない訓練機に代わる、軽攻撃機にも併行運用可能な本格的なジェット練習機ともする。
多くの国がそうしたように、より生産数が増えるようにそうさせてもらおう。
そのほうが生産効率から考えても絶対にいい。
王立国家のホーク等と考え方は同じだ。
全体構造はこうだ。
まず、本機は大前提として「国外供与の一切を検討せず」としている。
無茶な構造をしないということは簡単に国外に真似される可能性を孕むため、あえてそうしているわけである。
つまり従来は国外供与によって億劫になっていた新機軸かつ王道の機構をふんだんに投入できるのだ。
そのため、俺は未来の皇国の戦闘機のために必要となる2つの要素をブチ込むこととした。
1つ、超音速戦闘機では当たり前となる双尾翼の採用。
2つ、全遊動式尾翼の採用。
1つ目。
超音速戦闘機については、ある時期から垂直尾翼を双尾翼とするのが当たり前となった。
これはそれぞれ左右の尾翼の間を流れる気流の制御が極めて難しいものの、2つで単一の尾翼以上の効果を発揮できるので、結果的に尾翼の全長を短くする事が出来る利点がある。
この尾翼の全長を短くできることが、超音速飛行においての抵抗力を減らすことに繋がるので重宝されるようになったが……それだけが利点なのではない。
後方視界にも優れ、脱出時において尾翼への接触機会を減らすことも出来るし、そもそも1つ破損してももう1つで40%以上の能力を発揮できるよう設計することで冗長性を確保できるわけだ。
例えば水平尾翼は1つ失っても案外もう片方があればそれなりに飛べてしまうわけだが、垂直尾翼にもその考え方を適用したほうが戦闘機として優れているというわけだ。
ゆえに超音速戦闘機以外だと利点が少ないように見えるものの、重量増大に目を瞑ってでも採用する意味はある。
将来の戦闘機開発におけるデータを入手するためにも重要な要素だし、何よりも本機はリスクの高い場所へ攻撃に行くのだから脱出時の安全性確保と、後方視界の広さは必須。
攻撃対象地域はヤクチアではなく第三帝国……つまりMe262やMe163が襲い掛かってくる可能性があるのだから、後方は特に注意を払いたい。
複座を最大限に活用できるようにする。
なお、いわゆるステルス戦闘機のような上反角を垂直尾翼に設けるといったようなことはしない。
あれはレーダー波を尾翼で反射させようという試みだが、本機はステルス戦闘機でないのでF-15、F-14、Mig-25、Mig-29、Su-27といった双尾翼装備のようなものと同じような状態となる。
さらにこの優れた尾翼に合わせて主翼についても現時点で最高峰のものを採用する。
準インテグラル構造ではない一般的な多主桁構造となるが、翼断面は後端を逆キャンバー状にしたスーパークリティカル翼を採用。
後退角は28.13度で、超音速飛行は一切考慮しない。
ここにさらに翼端をカットしたクリップドデルタ翼形状とする。
この翼端カットも現時点の皇国の工業力でもって準インテグラル構造を採用することが出来なかったものだ。
多主桁構造ならば出来る。
それで、この翼端について迷うのが前進角を設けるか水平にしてミサイル等が装着できるようにするかだ。
もしくはミサイルは装着できないが水平に近いものとして縦に真っ直ぐな翼端とするか……だな。
黎明期から第二世代頃の戦闘機を中心に、翼端にハードポイントを設けて水平に切り取るのは当たり前のように行われた。
この頃知られた翼端失速においては、こういった物体をあえて装着した方が抵抗は多少増えても高迎角時などにおいて翼端失速がしにくくなったためだ。
ミサイルやハードポイント部分が翼下面から真上へと回り込むのを防ぐ効果を発揮していたのである。
ゆえにハードポイント形状そのものが翼端失速を防ぐことを目的とされた形状に整えられている。
……常にミサイルを装着していたわけじゃないからな。
しかし一連の構造配置については、発達した流体力学によって特定の速度域では20度以上の高迎角となった際、思った以上に翼端失速を生じさせていることが判明すると……いつからか翼端にハードポイントとミサイルを配置するようなことはやめるようになった。
そしてより翼端失速がしにくい前進角を設けた状態へと翼端をカットするようになるのである。
俺がやり直す頃の第三世代最新鋭戦闘機において少なくない機種がこの形状を採用していた。
だがこの形状……ステルス戦闘機全盛期ともいえる頃になると採用例が一気に減少していくのだ。
理由は前進角を設けた際に微小化した翼端で生じる渦が、ジェットエンジンの高熱排気ガスを妨げにくくして高熱のままの熱量で後方へと向かうよう維持させてしまうことで生じる、赤外線捜索追尾システムへの探知リスクの増大という脆弱性である。(つまり、ヤクチアを中心とした東側お得意の赤外線追尾システムに対する弱点を抱えるということである)
渦を小さくすることで流体力学的には優れた形状なのにも関わらず、それだと従来まで生じていた後方で気流を攪拌させて熱量を低下させ、結果的に赤外線捜索追尾システムの補足距離を短くするという効果に逆行することが嫌われたのである。
例えば翼端に前進角が設けられた、世界最高峰のステルス性を持つとされるB-2爆撃機においては、この高熱排気を最小限とするために外気を取り込んで排気口付近で混ぜ込んで温度を下げようとする試みがなされたが……
この機構は極めて複雑で、とてもではないがステルス戦闘機に採用するようなことは出来なかった。
類似した機構はYF-23に採用されたが、戦闘機として必要な運動性について、特定の機動時に大きな悪影響を及ぼしたので最終的にF-22が採用された経緯がある。
尾翼構造と可動方法でもって高い運動性も両立しようとしたYF-23は、様々な機動において後にF-22として採用されるステルス戦闘機に追随する運動性を得てはいたが……それは全ての機動ではなかった。
そのF-22はもっと単純に翼端構造を徹底的な三次元構造として煮詰め、翼端で生じた渦気流をエンジン廃熱に派手にぶつけてYF-23に追随する効果を得るようにしている。
F-35でも同様の手法での後方排気冷却法が試みられた。
本当に徹底するなら、NUPがやったようにF-22やF-35がごとく飛行に影響がないような距離にて翼端から生じる気流をエンジン排気ガスに適切にぶつけるようにしなければさほど大きな効果を生じさせないものではあるのだが……
前進角を設けてウイングチップとして渦を微小化させてしまう場合と比較すると、何も対策せずに一般的な形状とするのとでは探知距離に大きな違いが生じて出てしまうのである。
さらに言うとこれは赤外線誘導ミサイルの命中率をも左右する重大な欠陥だ。
いかなフレアがあったとしても、不意打ちされた場合に撃墜リスクを高めてしまう。
このように流体力学的に洗練させたことで思わぬ弱点を抱えてしまったことがわかったため、ステルス戦闘機の翼端は角度が浅いか、または垂直に切り詰めた翼端形状としている。
これらは翼端下部の形状をスーパーコンピューターで導きだした翼端失速を最小限として渦を微小化できるようなウイングチップ形状としつつも……翼端で発生した渦そのものは最終的にエンジン排気側たる中心点に向かうように仕込むようにしていて、それがF-22で確立した後でF-35にも採用されたわけである。
例えばF-35の高迎角飛行中の翼端から生じる雲を引いた状態を見て欲しい。
一般的な戦闘機よりも、より内側に向かって雲の筋が延びているのがおわかりだろう。(温度差と気圧の関係で通常でもエンジン排気側に雲はある程度引き寄せられるが、さらに内側へ向く傾向がある)
実際にはこれ、見えない空気の渦はさらに内側へと向かっているわけだが、F-16などとは明らかに異なった軌道を描いている。
一旦外側に広がっていく傾向にあるユーグの古いデルタ翼機などと比較すれば一目瞭然だ。
こうなってくると機動性と運動性のために前進角を設けるかどうか悩むところだが……
水平にしてステルス戦闘機と同様の処理とするか、素直に無茶のない前進角を設けて調整するか、あるいはミサイル等が装着できるようなハードポイントとするかは、設計時に山崎などと相談しつつ決める事にしよう。
ヤクチアは今後赤外線誘導ミサイルを主力として使ってくるが……フレアで十分に避けられるとはいえ、被弾率の上昇を考慮したら前進角を設けた翼端構造の採用は見送ったほうがいいのかもしれないが……
どうせなら3つのパターンを試してもいい。
試作機レベルで試して総力戦研究所の研究員などから批判されることは無いはずだ。
このような翼端構造とした上で、主翼の前縁にも今回は手を入れる。
具体的には前縁フラップを仕込み、低~中速度帯における高迎角時の安定性の向上と、着陸時の機体の安定性や着陸速度の減少を狙い、さらには離陸滑走距離の減少も狙う。
離陸滑走距離については後縁フラップ構造次第なので重量増大に伴う積載力減少に目を瞑れば800~900m程度にまで出来る。
まあ1000m未満は確実なものとするように設計はしてみることにしよう。
そして機体は新たに前縁フラップを仕込むことで、恐らく急降下時において音速領域に達したときのロール性能や高迎角時におけるラダー操作での安定性はキ84を上回ることになるだろう。
ただ、構造計算を適切にしなければロール時にラダーを向けた方向と逆側へ機体が流れる可能性があるため、フラップ類は自動フラップとしつつ、各所の動作はヤクチアが得意としていたようにアナログコンピューターを用いた機械式の精密制御とする。
この制御方法はF-14なんかでも試みられたので、機体構造を適切化すれば乗り切れるはずだ。
その上で、本機においては全遊動式の水平尾翼構造を目指すこととする。
運動性を最大限に考えた場合、そして将来の戦闘機開発においていつかは挑まねばならないことだ。
さらにこの全遊動式尾翼はテイルロンともする。
こちらも将来の戦闘機開発をも考えたら、いつかは導入せねばならない機構だ。
仮に搭載できれば未来の流体力学を最大限に活用した開発中のキ84ですらスピンしかねない状況でも安定した挙動を行えるはず。
もちろん、その頃にはキ84も本機のフィードバックを最大限に受けていることだろう。
そのために長島や四菱とも相応に開発に関与してもらうわけだ。
ゆえにそれらをいつでも採用できるような機構を仕込む余地を胴体内に設ける。
その上で胴体はBWBもといブレンデッドウィングボディに匹敵する洗練された空力特性へ。
アペニンが将来誕生させるM-346などと同様、胴体上面と主翼上面とのラインを美しく整える。
これにより、主翼と胴体内との間に相応の燃料を搭載するスペースが確保できる。
正面からみるとややボテッと膨らんで翼と滑らかに繋がる構造となるだろう。
筒状の胴体に翼をただ取り付けただけというような状態とはやや異なる。
内部フレーム構造が複雑となるのを避けるために完全なBWB状態ではないが、それでも相当に揚力比等は従来構造より洗練されることとなろう。
翼配置は当然にして高翼配置とするのだが…BWBを意識した構造とするので結果的に中翼配置に近いような状態となる。
無茶な構造は投入しない上に他国への供与は一切行わないため、インテークはダイバータレス方式としつつも、キ84こと疾風と異なり胴体左右に配置。
インテーク周囲の外観はF-35に似たようなものとなる。
これにより主脚の長さを短くすることが出来、その上で目標となる不整地からの離陸を成しえる頑強なものとしても重量が嵩まないように出来る。
もちろん高翼配置は重装備を行っても滑走路と武装とのクリアランスを十分に取れる配置とした状態にした上で主脚の長さを短く出来ることへ貢献している。
胴体下部には増槽を装備可能。
ハードポイントは翼に各2箇所、胴体1箇所、計5箇所。
翼端にハードポイントを設ければ翼面には3箇所のハードポイントを設置可能。
そうでない場合も増槽3+爆弾2といった構成も可能。
個人的には精密誘導爆弾×2+増槽×3で行動半径1000kmを目指したい所存だ。
固定武装として20mm~30mmの機銃を装備。
これはキ84と同様にLERXを設け、このLERX内に内蔵する。
その分、機首に大きなスペースが出来るのでこの中に爆撃照準用レーダーなどを仕込もう。
主翼に関してはLERXだけでなく、ドッグトゥースも設ける。
全長11.95m
全幅9.87m
装備重量5120kg
離陸可能最大重量約9000kg
最高速度1070km/h
陸軍呼称「キ88」
外観はF-35の尾翼等、後部胴体構造をM-346に施したような機体となった。
といってもF-35のように上反角を設けた双尾ではなく、F-14やF-15のようになってはいるが……
なんとも可愛いらしい外観となってしまったな。
攻撃機とするには惜しいぐらいだ。
ともあれ、こいつは真のジェット練習機としても皇国内でそれなりに長く使われ続けることだろう。
練習機を大量に納入したかった山崎としても納得の完成度となるんじゃないだろうか。
◇
「なんだその意味わからん形状は……こんな見た目で飛ぶのかよ!?」
「……飛ぶさ。今後の小型ジェット機はみんなこういう風になるんだ……恐らくな」
「頼むからSF作品の宇宙戦闘機を何気なく描いたものだと言ってくれ……」
「断る」
求められる性能に対してどういう機体とするかを内部構造をも想像しながら外観をスケッチしていると、それを覗き込んだ中山は完全に理解不能といった様子でスケッチボードの絵に身震いしていた。
そらそうだよな……今の時代にM-346のような外観の機体なんて……想像の外にある航空機で間違いない。
ましてやこいつには、現時点で多くの人間が理解不能な配置と形状の双尾翼を持つ。
だが、1つの技術に拘りすぎる皇国にとって双尾翼は早い段階で投入しておきたいからな……
周囲がドン引きしたって、俺は採用する。
きっと中山以上に山崎の技術者達は理解不能となることだろう。
彼らはともするとインテグラル構造を導入しなければ不可思議な形状とはならない――などと思っていそうだが……逆だ。
Mig-29やSu-27……そしてF-16が多主桁構造であるように、多主桁構造はそれはそれで自由な構造にも出来る。
最終的に桁部分をインテグラル構造として発展させていくのが正しいというのが、俺のやり直す直前での戦闘機開発での認識であり、F-35はF-22以上にフレームが一体成型されたインテグラル構造かつBWB構造となっているわけだが……
その前の段階でBWB機として有名なF-16などは、インテグラル構造なんて殆ど導入されてない。
Mig-29、Su-27など、東側で代表的な戦闘機もそうである。
三者ともに多主桁であり、なぜかかつて皇国と呼ばれた地域はMig-29やSu-27について翼構造などに炭素複合素材を活用したインテグラル構造を導入した改良機を独自に製造、配備したりしたのだが……
これは主桁と翼下面を一体成型し、翼上面のみ従来のリベット結合したF-35すら超えうるものだった。
F-35の場合、主桁こそインテグラル構造だが……ステルス性の保持や強度を理由に両面の外板……すなわち両面をボルトで固定する必要性がある。
一方、皇国がMig-29とSu-27に施したのは、メンテナンスや検査のためと、複合素材が引っ張り強度には極めて強くとも引き剥がし強度には脆弱な特性ゆえに両面を完全に接合したフルモノコック構造とするには、超音速戦闘機における機動に耐えられず上面のパネルが主桁ごと吹き飛ぶ恐れがあったため、やむなく上面の外板は従来と同様の接合方式にて接合し……
桁と外板にGが直接かかっても、翼内部に滞留した空気がGの変化によって外に逃げようと上板を引き剥がそうとしようとしても両者どちらの力にも一方ではリベットの接合が耐え、もう一方はわずかな隙間が大気を外へと逃げられるようにすることで翼の外板が高G機動中に吹き飛ばないように施したわけである。
結局下面のみ一体化構造とはなったものの……
これでも従来より主翼に必要となるリベットは1/3ほどになっていた。
当時この構造を主翼に導入することが唯一可能であったのが、かつて皇国と呼ばれた地域のみであり、複合素材を三次元的に加工して、なんと複合素材の織り方そのものを立体形状とすることでそれを達成していた。
複合素材は細い糸を編む、または織って表面加工して焼き固めて形成するものなわけだが……皇国の織物由来の複雑な織り方を三次元的に施し、従来まででは想像も出来ぬような強度にすることが出来たのである。
つまりこの翼は、皇国伝統の織物技術を主翼に用いた、糸を化学繊維とした編み物で出来た翼と言えなくもない。
X、Y、Zの異なる座標で糸を複雑に絡ませた繊維織物を焼き固めた。
それがかつて皇国と呼ばれた地域だけが当時は可能だった主翼だったのである。
木の骨組みと布の外板で始まった動力機の翼は……皇国では布部分を異常進化させて布だけで翼を作るというような真似をし、さらにそれでマッハ2の飛行すら可能としていたと言っても過言ではない。
NUPは"F-16あたりにそれを施したりすればどんな性能となるのか"――なんて密かにコンピューターで計算したりしたことがあったそうだが、相応に高性能化が果たせた上でコストもそこまで上昇しないことを導き出していた。
また、一連の翼は金属製ではないために従来より高いステルス性も誇っていた。
ゆえに亡命皇国人技術者に作らせようなんて話が持ち上がったほどである。
試験的になにかやったかもしれないが……それらはその後の新型航空機になんらかのフィードバックがされている可能性はあった。
丁度それから15年後ぐらいからあっちの旅客機の翼が複合素材になりはじめたからな。
しかも、亡命皇国人技術者の中には完全ファスナーレス化を唱えて研究に勤しむ者もいた。
将来的にそういう構造を投入できるとしても、別に本家F-16やMig-29自体がそうだったわけじゃない。
ゆえに現時点においても採用可能なのだ。
むしろ皇国の工業力がインテグラル構造にするにあたってこの形状を阻んだだけに過ぎない。
山崎や総力戦研究所はどうしたかったか知らないが……こちらとしてはリミッターを外されたようなものだ。
だから徹底的に洗練させた形状とさせてもらおう。