第168話:航空技術者は優れた集団の報告に見入る(前編)
「なあ、離陸してからずっと……一体何眺めてんだ?」
「総力戦研究所が出して、今後の陸軍と皇国そのものの指針を定めた報告書さ。8月末までに戻れないとどのような結果が出たのかわからないので混乱をきたしかねない。首相を補佐する立場として絶対に目を通しておかねばならない情報なんでね」
「そんなものNUPに持ち込んでいいのかよ!?」
「後で燃やす」
いよいよとなった大陸への飛行の途上。
俺はこの合間の時間を利用して事前に西条より「きっちり読んでおけ」――と命じられた総力戦研究所の研究結果報告について眺めていた。
途中に横槍のようなものが入ったが、突き放して無視しつつ資料を読みふける自分の姿がそこにある。
ハワイまでの旅路では不安と疲労から手を出せなかったが、今は精神状態も体力面も良好。
ゆえに工業分野を中心に国家総動員法の名の下に大鉈を振るったと言われる研究結果について素直に受け止めることができる心理状態にあった。
たとえこちらが不利となるようないかなる結果が出たとしても従う。
それが西条と交わした約束。
彼らの理解はこちらの状況理解よりも更に深いところまで至っているはずなのだ。
ゆえに、経済と戦況双方を見据えた結果報告について西条はその通りに内政を実行すると述べていたが……果たしてどのような結論となったのか……
◇
正味2時間ほど読みふけった末、一呼吸置くために一旦資料をかばんの中にしまいこむ。
そして床を見つめながら深呼吸を行った。
気分が優れぬわけではない。
我が国の国民や民族が決して何も考えぬ精神論だけで物事を進めてきた蛮族ではないことを改めて思い知らされた上で湧き上がる何かを押さえ込むのに必死だったのだ。
戦後のNUPの報告書では……経済、工業、その他すべてにおいて無理解、無秩序、無計画としてこき下ろしていた。
特に軍は精神論だけでなんら実行力のある計画は立てられず、戦略方針も固まらず戦術も稚拙で、机上シミュレーションなどとてもできるような人間はいない……文字通り文字の読み書きができる程度の猿のごとき劣等民族とレッテルを貼り付けていた。
しかし俺はやり直す前の頃から、皇国必敗と結論付けてその上で勝つために経済と工業の双方で多くの指針を示した彼らの能力が絶対にそのような低い次元なものではないと考え……
実際に組織されたら真摯に結果報告に耳を傾け、強硬措置をとってでも実行してほしいとかねてより頼んできた。
果たして彼らが今の世界状況でどういう結論を下すのか。
否定のための否定のために必敗と述べてNUPとの外交を重視するような話を掲げるなら、こちらとしては失望したといわざるを得ないが……
そんなことがあるわけないのだ。
その道の頂点を目指せる若き人材が、未来の情報なくしてはそこらに転がっていそうな程度の航空技術者などとは比べ物にならない国の至宝もとい頭脳ともいえる人々が……そんな稚拙な結論を導き出すわけがない。
彼らは「現時点における勝率は五分」としながらも、必勝とするために皇国が執るべき手法を事細かく纏め上げ……そしてその内容は西条の理想論に沿いつつ、さらには陛下をも納得させられるものとして昇華させていたのである。
外交は二の次。
内政による自助努力でもって最大限にまで勝率を引き上げる。
そう決意した内容が資料の中には刻み込まれていた。
そのために彼らは……工業はおろか農業やインフラ設備の合理化にまで踏み込んだ提言を行っている。
まず工業だが、特に重工業の締め付けがかなり厳しい。
軍需においては特に国家による統制を適切に行わねば戦力確保は難しいとの結論から、非常に縛り付けが厳しくなっている。
他のしわ寄せをモロに受けたような状態であり、一方で軽工業と伝統産業についてはやや緩めに設定してある。
特に伝統産業については、常日頃、俺も含めて西条らが語る「文化とは国家のアイデンティティをなすものであり、これらを戦争を理由に排除すれば国としての根幹を揺るがせ、いずれ崩壊する」――という意識で統一されていた。
特に伝統産業品の一部は外貨獲得手段としても優れており、決して無下にはできない皇国そのものの財産である。
ゆえに適切に守らんがため……重工業を含め全てにおいて3つの群に企業等を振り分け、それぞれへの支援と生産方針を厳しく示しているのである。
この3つの指針はA、B、Cの3つの群から成り、それぞれを定義づけして企業を指定しつつ、生産方針を定めていた。
例えば重工業を見てみよう。
まずA群に属する企業については軍需専門としても経営が成り立つ企業のみで構成され、これより数年間の戦中において完全軍需生産へと転換させ、民生部門の生産ラインを止めるというものである。
四菱、山崎など名だたる重工業メーカーがA群に属し、民生品の生産は本年10月で打ち切りとなる。
生産する軍需製品自体も厳しい指定が行われることとなっていた。
このA群に対してB群については、民生品と軍需双方において比重をどちらか片方に傾けられない企業である。
京芝など、民間用の民生品たる家電製品などを製造する家電メーカーが多く名を連ね、鉄道関連の事業で再び歩みだした冨士電機などもここに含まれるのだ。
また製鉄や石油関連など、原材料を精製する企業も多くがここに属する。
電化製品も生産する四菱の子会社もこちらに該当するが、これらは生産製品について国内生活に必須となる製品ではなく、さらに外貨獲得の可能な輸出製品でもない場合は生産を打ち切り、本業に注力してもらう。
国内生活に必須かどうか不明な製品については、いわゆる音響機器や電気時計といった軍需品としての需要に疑問符がつく代物で、かつ生活用品として果たして必須かどうかわからない高級家電製品のことであり……これらは軍需品として必要なもの以外、生産は打ち止めとすることとされている。
この一方で電気式アイロンなど、高級品ながら軍として需要のあるものは残すというわけだ。
京芝の場合、およそ3割程度に相当する製品の生産が打ち切りとなるが……企業によっては6割近い打ち切りもあるわけで、このB群はA群と並んで相当に生産管理が厳しくされる模様である。
なお、研究までは禁止されないのである意味で本来の未来より拘束力が緩い部分もあるのだが、それでも国家総動員法がなかったら反発は必至。
しかし、実際に本来の未来においても後2年ほど経過すればやらざるを得なくなった事。
今のうちにやってしまい、生産効率の向上を図ろうというわけだ。
次にC群がいわゆる民生品のみしか製造しないものの、生活、その他において需要のある製品を作り出しているメーカーである。
ここでいう生活とは国民生活という意味なので、自動車やその他インフラ関係の機器を製造するメーカーなどを含めてC群に割り振られた。
重工業についてはこのように仕分けした上で、一連の企業については皇国政府より別途承認がなされない限り、多角経営化については諦めてもらって本業に事業を絞ってもらうこととした。
例えば樋田はかねてよりヘリコプターに興味があって手を挙げたが、皇国政府の承認がなければ新事業への参画はできないということになる。
無論これは……ある意味では未来の情報を知る人間ありきで成立する話だ。
すでに2597年の時点で俺が提出した資料により、陸軍を筆頭にどの企業が何を得意としているのかは十分把握できている状態にあった。
一方で得意でない企業が戦況に応じて軍需系の下請けを強制され、低い品質の製品を大量生産し、それらが兵器などの質を大きく低下させたことに鑑み、こういった品質低下を極限にまで防ぐために不得意な分野についても相応に把握してもらっている。
特にそれはC群に多く、B群に種別された企業は本来の未来では皇国政府や陸海軍と距離をとっていて、実際には特定分野においてものすごい能力を隠し持っていた企業であるという印象が強い。
無理やり民生品のメーカーから完全軍需生産の下請け企業などへと短期間にて転換されることとなって陸軍も予想だにしない品質低下を引き起こすのだ。
総力戦研究所は文字通り「総力戦」のためにそれを許さんというわけである。
質と量、双方を兼ね揃えるためにベルトコンベア方式などの効率的な生産手法の導入すら義務付ける構えだ。
それこそ、本来の未来における生産量を大きく超越する数字を目標として掲げている。
国家総動員法の施行の折、本来の未来においては2599年度~2601年度にかけて皇国は2599年度換算で工業の総生産額について、実に67%もの数値向上を目指していた。
実際にそれがどこまで達成できてたかというと……なんだかんだ言って40%強までの数値には達していたのである。
限られた資源、限られた人材。
その中でも目標値に匹敵する数値は達成出来た。
だが今はあの時とは違う。
資源には余裕があり、人材不足という面で言えばあの頃と比較してまだ不安が少ない。
そのため、総力戦研究所は2599年から換算し、2603年までに皇国の工業の総生産額を121%まで向上させることを目標としている。
資源と人材、そして手法……それらが合わされば可能だと言い切っているのだ。
こういった事業の円滑化は事前に総力戦研究所で彼らが何が得意で何が不得意かについての情報をまとめた詳細なデータを活用できたことで研究がなされていたものでもあり……
3つの群の指定と、製造製品の打ち切りやその他についての提言はこちらの意見も相当数に採用されているようだ。
企業には申し訳ないが、戦にとって要の事業だからな……重工業は。
もちろん何も全ての製品を製造中止にしろとは述べていない。
本当に必要なものを厳密に見出すためにやらねばならないことだ。
製品開発者にとってはたまったものではないが……理解してもらうしかない。
こういった重工業に対し、軽工業は軍需専門という企業が少ないので条件はやや緩い。
衣食住においてはむしろ新製品の開発などは推奨されていて……
化学繊維やその他など、生産性の高い製品関係については皇国政府からライセンス契約などの補助金が出されるほどである。
絹や綿花などは生産効率が悪いだけでなく、急な生産拡大が難しいためだ。
しかもこれらはパラシュートやその他にも活用するため……原材料の余裕を確保したい。
ゆえに新技術の導入を積極化し、生産転換を促そうというのである。
まあ10年後にはそうせざるを得なくなってくるわけだが……今からやろうというのだ。
やや緩い一方で、インセンティブを煽って効率化を目指しているわけである。
特にナイロン関係などは現状の皇国全ての紡績企業に挑んでもらうなど、目下注目されている新製品への大規模転換がなされるようそれなりの圧力は加わる。
もちろんこれも「どの化学繊維が今後も生き残るのか」――などをある程度知っているからこそ出せる結論。
そのための補助資料は提出していたが……ここまで本腰を入れるとは思わなかった。
本来の未来では特に生産効率化が遅れていた紡績業。
ここに初手から手を出すというのは……あの時の彼らは今の彼らと何が違ったのか。
あの時は結局、提案はしていたが握りつぶされたのかもしれない。
統制自体は激しくされたとされるが、その割に実施が不十分であったという声が多く、そのことが記録として残されている。
その要因が、軍と政府の理解力の不足によって現場で生産製品の指定が適切になされなかったなどの、厳格化実施が不十分であったことが本来の未来にて集めた資料には記述されていたのだが、そういった生産製品関連にまつわる詳細な指定は手元にある資料では十分になされている。
俺が提出していたデータに、さらに調査を行って深く掘り下げたのだろう。
しかも、それらは各企業の生産能力ごとに調節されて無理のない生産拡大を目指せるよう目標設定し、さらには研究・開発における努力義務も設けていた。
軍需中心で考えざるを得ないがゆえに厳しく締め付けねばならない重工業とはやや対照的とも言えるアメとムチを駆使した手法と言えよう。
もちろん、重工業も新規製造品にライセンス契約が必要など生じれば皇国政府が直接予算を出すなど改めるようだが、軽工業も同様で……重工業と異なりその提案は企業側が多く行える事となっている。
なんだかんだ無視できない軽工業については、NUPや王立国家からの専門家を招いた生産手法の見直しなども行われるそうだが、今後の企業経営においてマイナスに働くことはないだろう。
そしてこういった一連の効率化によって生まれた多少の余裕を……伝統産業などに向けて可能な限り振り分けようというのが、総力戦研究所が出した答えであった。
彼らは伝統産業……すなわち「伝統産業品」とは、開国の前後にて王立国家が最終的に皇国の植民地化を諦めさせる原動力すらとすらなった、対外的に第三国の有識者が皇国へ手を差し伸べる力すら生む国家の持つ美しき文化遺産及び産業と定め……
その上で総力戦研究所は国内において1200種以上の工芸品を伝統産業品……すなわち「伝産品」として列挙もとい指定し、これらを適切に保護するために従来より生産者より求められていた贋作製造の阻止についてメスを入れることとしていた。
この阻止のために皇国政府は指定された伝統産業品を製造する企業または生産者をまとめる「協同組合設立」の義務付けを行い、関連する商品については「商標法改正」を行って「団体商標制度」において従来では登録はほぼ不可能としていた「地域名+普通名称」という、初代特許局局長の是清時代に検討に検討を重ねていた新制度の施行を行うのだという。
元々、有田焼など著名な工芸品は国外は疎か国内においても贋作が大量に出回っている状況にあったが、外貨獲得手段としては非効率となるだけでなく、売り上げにも大きな影響を及ぼす存在であることから……
これらは贋作の製造等を一切禁止し、その「名称」すらも事業共同組合の管理下に委ね、他者の使用を許さぬ独占的使用を認めることになる。
なお、伝統工芸関係の商標については特定の組合のみ取得可能とすることで、個人での先出願すら許さず、先願主義の我が国ながら仮に組合が出願した商標が後願となっても「周知・著名性」を理由に個人などによる先願すら排除できるようにするらしい。
一応、審査する上では「国内外において需要者に広く認知されている状態」であることを必須とするが、すでに指定され1200以上の「伝産品」はそれを満たしていると判定された上で、新たに生まれた伝産品も未来において保護できるよう、新規出願の可能性の余地も念頭にいれた制度とするようだ。
さらにこの「事業協同組合」というのは、新たに設立するにあたって職人達しか存在しないような工芸品分野では円滑な運営が困難であることから、道府県、果てや市区町村の役場が「協議会」を設立して実態的な管理を代行することも可能とした。
窯元のみで構成され、生産者だらけでまとまりの付かない焼物関連や、職人気質な者達が多く、同じ地域内の同業者をライバル視して手を取り合う様子のない酒造系などを協議会によって強引にとりまとめようというのである。
伝産品の指定を受けた存在には道府県の主要産業ともなっているものがあることから、積極的な運営が期待できるがゆえの措置であった。
ちなみにこれは例えば銘柄を統一しようというわけではなく、他者による総称や慣用名称の使用をさせないというもの。
宇治茶、大分麦焼酎といった普通名称として定着しているようなものを「組合」だけが使えるようにする一方で、彼らは別途銘柄を付与してもいいということらしい。
逆を言えば銘柄を指定できないようなやや質が落ちる製品……といっても偽物などとは比べ物にならない品質だが、ワンランク上のものとは異なる組合が求めた最低限の品質を満たすモノについては、あえて銘柄を付与せずに独占販売することで、そのブランド価値を守りつつ付加価値を設けられて利益率も向上するといった……特に戦後において各地域の産業創出につながるような内容となっているわけだ。
従来はこれをやろうものなら「偽物では?」――といった疑念が生じたが、今後は商標法もあって徹底的に排除することが可能となり、消費者に安心して購入してもらえるようにしようということである。
これによって少なくとも国内における贋作製造については商標の罰則規定によって厳罰に処されることになるわけだが……その罰則規定も団体商標では法改正に伴い厳しくするのだという。
つまり、贋作を製造した場合は現状ですら商標権侵害として懲役刑を含めた刑事罰を下される可能性もあるが、改正団体商標を侵害した場合はその刑事罰自体がより重くなるということだ。
現状では5年以下の懲役または5000円以下の罰金となっている。
5000円というと本来の未来における俺がやり直す頃の貨幣価値では1000倍ほどの数字となる額だろうか。
つまり未来の人間の貨幣価値では500万円以下または5年以下としてみることができる。
皇国はNUPと異なり、個人と法人で罪の重さが変わるということはない。
また、再犯による厳罰化規定もない。(NUPでは再犯を行うと一気に罪が重くなる)
一方で皇国の罰金刑の金額は決して低くない。
以下とはいうが、これは民事訴訟とは別の話であって個人で5000円というのはそこいらの不届き者が簡単に払える額ではなく、現在の皇国の貨幣価値では2600年時点の国民の平均年収の約5年分に相当する。(本来の未来では700円程度なので7年少々に相当だが、今はインフレが進んでいるため)
試案ではこれを団体商標や防護商標に限り1万5000円以下に引き上げ、懲役刑はなんと5年以上15年以下という、再犯を行った場合は執行猶予がまず付かないほどに厳罰化するというのだ。
5年以上の刑事罰というと……強盗などと同等ということになる。
再犯で20年すらありうるNUPと並ぶ恐ろしいまでの厳罰化といっていい。
恐らく初犯は執行猶予適用を視野に入れたものなのだとは思うが、それだけ守らねばならぬものだという強い心構えを感じる。
是清氏が存命であったならばさぞ喜んだことだろう。
確かに「伝産品」とされたリスト内には「神戸ビーフ」といった、多くの国民もよく知るような著名かつ周知な名称がずらりと並べられていたのだが……そこまでするのか。
ここまでの厳罰化に繋がる何かが総力戦研究所の研究員に芽生えたに違いない。
そういえば伝産品リストについては西条から木更津に向かう結構前の段階でこんなやりとりを行ったことを思い出した。
丁度、FRPやヘルメット関係について話し合った雑談の中でだ。
今思えば、この件についての話だったのか。
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「今、政府内で伝統産業というものをどうするかと話題になっているのだがな……沖縄には意外にも多くの伝産品というのが存在することを知らされた。大変興味深い資料だ。見てみるといい」
「首里織……宮古上布……久米島紬……とてもよく調査されていますね」
渡された資料には、明らかに現地の人間でなければわからぬような工芸品も名を連ねる。
しかも織物、染物については実物が資料として添付されてすらいた。
「これはなんというのだろう……よみ……よみたに……」
「読谷山花織ですか?」
「そう読むのか? よく知っているな」
「"かつて存在した伝統文化"として、何かの役に立つのではないかと多少は頭に入れておりました」
「やはり滅んだのか……」
「沖縄の決戦だけで滅びの道を辿ったかは定かではありません。NUPの占領下にあって継承ができなくなったかどうかは……異なる歴史を歩んだ世界の住人のみ知りえましょう。ただ、ヤクチアによって、こういった伝統産業は全て破壊されたのは事実です」
「私は資料に目を通すまで、私のような武士のごとき戦人たる皇国人すら惹きつけうる美しき織物が沖縄にもきちんとあることを知らなかった……恥ずべきことだ。いや、多くの皇国人がそうなのだ。この国が存続できるならば……伝えねばならん。紡がねばならん」
「そうですね。学校教育でも教科の中に含むべきです……それにしても半世紀以上を経て久々に見ましたが、やはり宮古上布は美しい。これならば戦時下の今と言えども批判されぬ一方で、気品を保ったまま女性らしさを引き立たせることができましょう。この宮古上布で作られた着物の帯など、奥方様への贈り物としてどうですか?」
「……真剣に検討してみることにしよう――」
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資料に添付された宮古上布は一般的な藍色のものではなく、落ち着いた白を基調とした色合いに模様を編みこんだものとなっていた。
これも糸を績むだけで5ヶ月~7ヶ月はかけた品だ。
ここにさらに織物として1つの生地を織るのに同じぐらいの期間をかける必要性がある。
まさに伝統工芸品らしい職人の手によって1つ1つ生み出される至高の一品であり、文化遺産といって過言ではないものであろう。
沖縄は決して砂糖と泡盛だけで成立しているわけではないということを証明するに足る、すばらしき工芸品達。
それは調査結果に目を通していた西条のような者達にも届いていたようだ。
俺の意見に、西条の目は本当に真剣そのものであった。
いつか奥方が身に着けた姿を目にするかもしれない。
それぐらい、惹きつけられていた様子だった。