―皇国戦記260X―:9話:第一回総力戦机上演習総合研究会(後編)
「四大主力兵装論?」
「そうです。現在要となっている技術に大規模な投資と注力を行い、選択と集中をより厳格化。これにより戦力をより効率的に獲得して拡充を行います」
「四大……とは?」
「新型航空機、ヘリコプター、主力戦車、ロケット兵器……以上です」
本来なら航空機はヘリコプターと一緒くたにして三大と述べても良かったのだが、既存の航空機とは一線を画すヘリコプターは別物として扱われている。
彼らにとってそれは空を飛ぶものであると理解してはいるが、従来の航空機とは別次元の代物すぎたのだ。
「まず航空機ですが、レシプロ方式の発動機から見直しを図ります。従来まで我々はハ43を中心に活用してきており、この度ハ44が完成へと至ったわけであるわけですが、未だにハ25なども少数生産ながら行われていたのに加え、長島ではハ25を18気筒化させたハ45の開発も続けておりました。すでに了承済みではありますが、長島の一連の発動機の開発並びに製造は今月末をもって一時終了します。四菱もハ43をベースにさらに改良した発動機の開発を行っています。これに関して今後はハ43関連の直接改良型の研究のみ継続し、ハ43をベースにした新機軸の発動機の開発は全て凍結。事実上の次期主力発動機ハ44に注力してもらうこととしました」
「すでに海軍側からも了承を得ている」
西条は本件が統合参謀本部を通して決定した事項であることを強調する。
つまり、簡単に覆せる話ではないということである。
「ハ44については実用化を急ぐとともに、早急な量産体制を整えます。量産にあたっては四菱や山崎の力も最大限に得て大量生産を目指します。また、長島と山崎については王立国家より所望されたマーリンのライセンス生産を請け負っておりますが、こちらは当面の間は継続するものの、状況次第では打ち切ります。よって、我が国では航空機用エンジンはハ43、ハ44、マーリン66の3つ以外、今後一切生産に関与しません。改良を行う上でも大規模な生産ラインの転換は行いません。発動機関連で下請け生産を行っているメーカーもすべて製造ラインを切り替えてもらいます」
「王立国家で何やらグリフォンと名付けられた優秀な発動機があると聞くが、そちらも関与しないと?」
「一切関与しません。王立国家にはセントーラスという、ハ44とも親戚関係にある発動機も存在する上、ハ44はセントーラスと共用可能な部品も相応に存在しますが……セントーラスそのものの量産は行いません。これにより、ハ43、ハ44の生産効率は最大6割の向上が見込まれます。皇国の空はジェットエンジンを除外すると、この3つに託されることとなります。仮に他の発動機を必要とする場合は集や統一民国、そしてNUPやユーグなどを頼る事になりますが、低出力な発動機をわざわざ本土で製造する確たる理由はもはや存在しません」
それは従来まで信濃が訴え続けてきた話を、より本格的に実行に移すということだった。
総力戦研究所の青年は、エンジンから何から何まで信濃が訴えてきたことを行動に移すことを説明しているのだ。
「ジェットエンジンについてはCs-1、Cs-2、ネ0、ネ0-2など様々なエンジンが試案され、Cs-1については本格的な大量生産に至っています。こちらは新たにG.Iからの要望を受け入れ、NUP本国で大規模な大量生産体制を確立しつつ、皇国本国でも生産メーカーを増やします」
「茅場や芝浦タービン以外に関与できる企業があるというのか?」
「ええ。山崎、長島、恩田技研……そして皇国楽器です」
「は? 今、君は楽器といったか?」
「はい。これは技研側からの報告なのですが、皇国楽器はタービン製造技術について山崎と並ぶ素養があるとのことです。信じがたいことではありますが……実際問題二輪車などを、さも当たり前に手を出して特に問題なく製造に関与出来ているとのことですので」
「浜松の楽器屋になぜそんな技術力があるんだ」
「それは見出した技研の研究者か皇国楽器の技師ご本人達に伺ってください」
「馬鹿な……彼らは一体今までどうして楽器なぞ作っていたんだ!?」
「わかりません。ですが彼らは現在量産中の百式機動二輪車の改良作業など、多方面で力を発揮しているので……」
さすがの総力戦研究所の研究員すらも将校の訴えに目を背ける。
しかし、信濃が見立てた通り、彼らには十分な素養があり……
つい数年前まで楽器しか作ってこなかった浜松の楽器工場は、今やプロペラだけでなく、二輪車はおろかタービンエンジンにすら手を出そうとしていた。
ところで研究員はもう1つの技研の名も列挙していたものの、楽器という会社名のインパクトの強さに影に隠れていたようだ。
こちらもつい先日まで日の目を見ることなかった存在なのだが……少しずつ存在感を増していた企業である。
「Cs-1の国内生産量は現時点で年間1500基ほどですが、これを年1万規模以上に拡充し、戦場でエンジン本体の交換による円滑な整備が行えるようにします。開発中のCs-2も可能な限り、Cs-1に近い生産数を目指す予定です」
「ネ0とネ0-2はCs-1と2のそれぞれの派生型で、多くの部品も共有しているのだったか……つまり皇国の空はCs-1、Cs-2を含めた5つに全てを賭けるということなのですかな? 西条閣下」
「そうだ。多くを選んでいる状況に無い。王立国家がマーリンとグリフォンとセントーラスに絞ったように、我々もそうするということだ」
「航空機についても見直しを行います。現時点で生産中の機体は百式攻撃機を中心に戦闘機、襲撃機、司令部偵察機など多種類に及びますが……本年10月以降は百式攻撃機と百式戦闘機、百式輸送機のみとし、新型レシプロ機と新型ジェット機……そしてヘリコプターに注力します」
「襲撃機もやめられるのか!?」
「襲撃機については、一部の部品のみ……改良型の胴体後部のみ製造します。それ以外は国外でのノックダウン生産及びライセンス生産で十分な数が確保できると判断し、打ち切ります。また、百式戦闘機については前線での要望を受け、改良案を早急に手配して戦闘力向上を図ります。他にも百式輸送機などは集などでも製造を開始し、一連の航空機はアペニンなどを中心に供与する予定です。すでにアペニンには相当数が配備されています」
「爆撃機は……爆撃機はどうするのだ?」
将校の意見ももっともである。
陸軍は九七式重爆撃機以降、重爆撃機を事実上まともに開発していない。
しかも攻撃機がその代替となると判明してからは深山で多少関与した以外、一切なんら爆撃機に手を出していないのだ。
その取り乱した様子に対し、青年は冷静に諌めた。
「爆撃機は戦略爆撃機"深山"を山崎でもライセンス生産します。といっても大量生産可能とは考えておりません。最大で200機ほど生産できればいい方です。基本的にはB-17やランカスターなどのレンドリースを頼りにします」
「深山の性能は見事だが、残念ながら完璧ではない。与圧室などを持ち得ないがゆえに、作戦行動に制限がある。無理をせずに改良型のジェット機型である深山改に注力することとした。そちらは与圧室も完備し、圧倒的な性能を誇る。平行して開発中の連山にも期待しているが、技研は深山改を2603年中に10機以上確保することを目指し、2604年までには間違いなく配備可能とすることを確約した。我々が今後活用するのはそちらになる」
「予定では最高速850km/hほど出て、最高高度1万3000mほどまで上昇可能な爆撃機でしたか……確かにあれがあれば他の爆撃機など、連山を除けばいらぬといえるものですが……」
「最悪はB-29と呼称されたNUPの新型機をレンドリースしてもらうという手もある。残念ながら大型機の大量生産体制は、後1、2年で確立できるというものではない。だからこそ、現状では深山に絞ることとした。深山で不服があるのか?」
「速度がもう少し欲しいところです」
「そちらもハ44とB-8タービンを搭載した改良型がすでに太田で建造中だ。次の機体は大幅に最高速度が向上する。また、居住面でも見直しがなされ、半与圧といった状態で酸素マスクだけでも息苦しくないようにするとともに、機内ヒーターなどの装備も必要十分に用意する。エンジン出力向上がどれほどまで完成度を高めるかは不明だが、長島は期待してくれと言っている」
西条の言葉に将校は多少は満足したように頷き、以降は口を閉じた。
「しかし、それだけ削って得た余裕はどこへ向けるのか? 相当な生産数を必要としている兵器でもない限り、ここまで身を削る必要性は……」
「もちろんそれは、ヘリコプターとジェット戦闘機のためです。ヘリコプターは現時点での生産力だと年間400機程度ですが、来年以降は1500~2000機ほどに増産します!」
「なにぃ!? ヘリコプターの運用は1000機体制という話だったのでは!?」
「王立国家との研究と西部戦線での成果により、我々はヘリボーンを本格的に運用できる体制を整えることとした。確かに、私は以前に皇国議会の場で1000機体制を述べたが……それは皇国国内での数字。地中海協定連合の多くの国も、相応に多くの機体を求めている……もちろん鹵獲される不安がある以上、運用する上では管理を徹底する。整備する上でエンジン部は触らせずに直接交換を徹底。簡単に解体出来ないように細工を施したCs-1の機体のみ供与する。また、供与する諸外国において、基本は救難機としての運用のみとして厳格運用してもらう予定だ。唯一……ヘリボーンを見出した王立国家を除いて」
この供与については信濃も同意した話であるが……最低限の細工をといっても、複雑な構造のCs-1については、多くの国が整備すらまともに出来ないと判断している。
ゆえにエンジンそのものを交換して用いる方法を確立しようというのだ。
他方、今回のヘリコプター供与で最も多くの数を供与される王立国家だが、こちらにはすでにCs-1の開発者本人が渡ってきているため、信濃は王立国家におけるCs-1のリバースエンジニアリングは致し方ないものと見ている。
どちらかと言えば、Cs-1を完全単独量産されてほしくないのはNUPだった。
特にG.I以外の企業が作れるようなことになることだけは絶対に避けたいと西条には常日頃伝えている。
「ふむ。閣下はエアボーンなる空挺降下よりもヘリボーンが上回るとお考えなのですか?」
「エアボーンが全てに劣っているとは思わん。ゆえに百式輸送機を活用したエアボーンは実施できるよう訓練を続けるが……何しろ落下傘が足りぬのでな……世界中で絹が足りん。山梨や信州などでは養蚕業者が潤っているようだが、今年に入って絹の価格は2.88倍に高騰化した。こんな事なら軽工業をやめねばよかったと、かつて絹織物を生産していた企業が愚痴を零すほどの需要だ。それを代替する恐るべき力がある。投影機の写真をみてくれ」
西条が合図すると、投影機の写真が入れ替わり、そこには不思議な映像が映し出された。
新型のキ71のヘリコプターの後方の貨物エリアの扉から何やらロープが伸び、複数人の歩兵がそこに捕まり、いまから地面へと降り立とうとしているものである。
周囲は木々に囲まれ、あきらかにヘリコプターが着陸できそうな場所ではなかった。
「これは技研の提案により、急造したハーネスによる王立語でラペリングなる方法でロープ降下を試みたものだ。見ての通り、通常ならば絶対に降下することが出来ない地点に歩兵小隊を展開しようとしている」
「樹海ですか?」
「そうだ。写真は樹海で試したものだ。技研の航空装備課が試作したハーネスは、腰だけでなく背中もバツ字に交差したもので……説明するのもなんだから写真をみてほしい」
西条の再びの合図に写真が切り替わると、まるでX字のサスペンダーのようなハーネスを装備した歩兵の写真が映し出される。
その身なりは完全に現代歩兵に近づいた近代歩兵そのものといった様子だ。
一連のハーネスは信濃忠清が大急ぎで調達して供給したものだった。
信濃はその際にロープ降下の方法についても漫画形式のイラスト本を作成し、さらに映像資料も作成の上で手渡している。
こういった情報は正しく訓練部隊に理解され、適切なラペリング降下を可能とした。
「このようなものをシコルスキー氏などはフルハーネスと呼称しているようだ。ホイスト降下装置を開発した彼もロープ降下のためのハーネスとして類似したものを考えていたが、これにより我々は従来まで想像すらできなかった地点に歩兵部隊を送り込むことができるようになった。それも30kg~60kg以上の最大装備状態でだ。1機あたり11名だから……10機で重装備の歩兵中隊を数百キロ先の地点に数時間の間に送り込むことができる」
西条はシコルスキーの名を出したが、たしかにラペリング用やホイスト用のハーネスをシコルスキーは発明していたものの、フルハーネスと呼称していたのは信濃である。
いわば西条が信濃から得た情報だということを隠すためにシコルスキーの名を列挙してフルハーネスと呼称しただけである。
実際のシコルスキーが発明したハーネスは一般的な腰に巻くだけのタイプ。
世界の多くの軍はラペリング時にこちらを採用することも多かったが……一方で安全性と万が一の破損を考慮したフルハーネス型についても同様の規模での採用がなされ、どちらを採用するかは半々といった状況。
もちろん信濃は安全性を最優先するため、フルハーネス方式を採用することを強く求めていた。
「そういえば空挺降下研究の報告会議で、すでに試行された報告が挙がっていましたな」
「うむ。"雪山に向けて雪中行軍を行い、遭難して大規模に兵力を失う時代"は終わったッ! これからは山を超えた先に半日以内に移動し、その先に拠点を築いて行動できる。敵が"絶対にここにはいないだろう"――などと油断した地点ほど、多くの歩兵部隊が存在しているかもしれない……そういう時代に我が軍は足を踏み入れた。この成果を見て、大量生産が不要と思うか?」
「いえ、今の報告で大変よく理解することができましたので……」
「そうだろう。そもそも運べるのは歩兵だけではない。見ろ!」
西条の目線にすぐさま次の写真に切り替える研究員。
段々と彼の望むタイミングを理解してきたようである。
「なんですかこれは……車両を……」
「皆には黙っていたが、試験的に組織してみた特戦隊ヘリコプター降下部隊による、富士演習場における訓練風景だ。総勢30機。新型のキ71を例の砂漠地帯へ向けて派遣する前の最後の訓練映像になる。吊り下げているのはジープなどと呼称するNUPの新型の四輪駆動車だが、この車両を吊り下げた状態で11名の歩兵が搭乗しているわけだ。次は実際の映像風景だ。そこの、映写機を!」
手際よく配置された映写機によって訓練映像が映し出される。
先に現場に到着した歩兵による手際の良い作業でジープを地面に配置したヘリコプターは、上空待機したまま少し移動して歩兵をラペリング降下させた。
すぐさま移動した歩兵達は地面に置かれたジープの下へと向かうと、一様に運転しだして演習場を駆け回る。
これを一個歩兵大隊規模で同時に行っている映像なのである。
機動力の高いヘリコプターが、機動力の高い機械化歩兵部隊を大量に送り込むことを想定した訓練映像であった。
「持っていけるのはそれだけではないぞ。まだ開発が終了していない更なる新型機だが、こちらはなんと4名の人員と共に2台の二輪車を運び込むことが可能だ」
説明と同時に映像が切り替わる。
次に写ったのはエンジン未装備な状況で胴体のみ完成した新型機が、着陸を想定した状況にて簡易スロープを装着して機内より二輪車を下ろすものだった。
つまり実機は二輪車を最低2台、内部に保管した状態で飛べるのである。
降ろされた二輪車は、重たい背嚢を背負った歩兵が巧みな技術で捌きながら演習場の荒れ地を走破して画面の外へと消えていった。
「これでもまだ大量生産が必要ないというなら名乗り出てほしい。私にはそうは見えない。私はこれこそ、将来の陸軍のあるべき姿そのものだと思っているが……違うのか?」
「い、いえ……そのようなことは……」
さきほど2000機に疑問を投げかけた者も、さすがの映像に見入ってしまい、西条の投げかけた言葉に適切に応対することは出来なかった。
「一連の運用法は王立国家と共に我が軍が見出した。これがヘリボーンの実際の映像だ。恐らく多くの者が初めて目にしたであろう。最重要機密だったゆえ公開を憚っていたのだが……良い機会だったのでな。これこそ私が他を犠牲にしてでもヘリコプターに拘る理由だ。映像はすでに海軍にも提供しているが、海軍は別の方向性での運用を見出しかけているらしい」
「別の……とは?」
「よくはわからんが……彼らは制空圏の問題から一旦空母を地中海中心よりやや遠ざけて運用するようだ。その代わりの艦隊に空母は含まれていないものの……宮本司令はそれが新鋭機動艦隊といっている。その要がヘリコプターだというのだ」
「空母のいない機動艦隊ですか?」
「元々、海軍には巡洋艦などでどうやってか航空機を積めないかと苦労してきた者達もいる……なにか妙案を思いついたのだろう。宮本司令はその新鋭機動艦隊は戦艦を中心とした大規模艦隊に匹敵する戦闘力があると自負するが、妄想に浸っているとも思えぬ不思議な説得力があった」
「西条くん。恐らくは誘導魚雷ではないかな」
「稲垣大将。どういうことですか? 誘導魚雷なるものが存在すると?」
「私もそこまで詳しくはないのだがね、先日のことだが……海軍の友人から興味深い話を耳にした。かつて熱心だったが凍結という名の事実上の解散をした自動水雷に関する委員会が再び発足したという話だ。この自動水雷というのは誘導機能を持った魚雷で、無線誘導するものだという」
「それは電波妨害などでも動くものなのですか? 大将」
「聞いた話では、当時の時点で防磁シールドを正面に貼り付け、アンテナ角度を調整することで後方の一定角度からしか電波受信できぬように施すことで当時の電波妨害でも問題なく動作したとのことだよ。そもそも海面上に大きくアンテナを張り出さねば艦船からの電波妨害などさして大きな影響など無いとの話もある。ヘリコプターで電波中継かなにかやるのではないかな」
「そちらに関しましては総力研もある程度の情報を得ています」
「なんだと?」
突然の告白に周囲はざわめく。
総力研は陸海軍合同組織。
ゆえに一定の情報共有は可能ではあったが……なんと情報源は海軍ではなかった。
「特許局より仕入れた秘密特許の資料に、"電波を利用して最大4つの対象へ向けて個別の信号でもってラジオコントロールを可能とする電波送受信装置"という特許が最近出願がされているのが確認できます。名称のみですが、こちらは件の委員会所属者を発明者として出願されておりますので……間違いなく自動水雷、すなわち誘導魚雷かと」
「そんなことが可能なら、駆逐艦ですら戦艦の有効射程外から一撃必殺級の水雷攻撃を繰り出せることになる……宮本の話に一切の偽り無しということか……」
一連の情報は西条も初めて聞く話であったが、これまでの宮本から受けた話と整合性のとれた内容である。
実際、海軍はすでに呉より今後の未来の海戦を左右する存在(航空駆逐艦)を地中海に向けて送り出していた。
「陸海軍共にヘリコプターが主力戦車と並ぶ戦場の柱となるのは間違いないでしょう。ですから、ジェット戦闘機などと共に量産するわけです。ジェットエンジンを使っているのは戦車もそうですから、戦車についても確固たる生産基盤を確立します!」
「――といっても、やることは変わらん。重突との並行生産すら厳しい我が国の工業力でできることは、開発途中だった指揮・兵員輸送車両のベース車体を主力戦車と同一のものとして正式採用することだ。一部作り直しになったが、指揮・兵員輸送車については、サイズが大きくなってより高性能になった。使い勝手については未知数だが、使い勝手が悪ければレンドリースで似たような活用ができる車体を手に入れるほか無い」
「主力戦車の車体部位はすでに生産を開始しており、今年だけで300両以上の台数が確保できます。問題は砲塔で、こちらの開発がやや遅れ気味。ただし、海軍からの報告によりますと今月に試射試験を開始しているそうで、報告では……1000m先に配置した戦艦大和の甲板装甲の廃材を貫通したとのことです……」
「大和の甲板装甲の廃材? 一体いくつほどの厚さがあるのか?」
「傾斜30度、200mmだったとのことです。何よりも驚いたのは現場の海軍技師達や将校の方々で……後に修理部品用として貯蔵していた水平装甲230mmを傾斜60度として試したところ、こちらも貫通したそうです……」
「試射に使ったのはタングステン製の特殊合金製徹甲弾だ。試射なので希少金属を惜しみなく使わせてもらったが、威力は必要にして十分。徹甲弾の素材に関しては今後どうするか決めるが、関東軍を中心に要望が出ていた1000m/200mmという条件は達成した。現時点でこれ以上の戦車砲もなかろう。現状のシェレンコフ大将の情報が確かならば、例えKV-1やKV-2といえども2000m~2500mは十分撃破可能な射程範囲。主力戦車ならば真正面から戦える。すでに12cm砲は秒読み段階で量産体制にも入っているが、年内には相応の車両が鬼も咽び泣く火力を得て国内を駆け回ることになろう」
「もはや巡洋艦の主砲並ですな閣下。そこまでの威力が必要とも思えませんが」
「ヤクチアを侮るな! こちらの主力戦車すら垂直200mm以上を大きく凌駕するに相当する装甲を持つのだぞ。なぜ相手がそういう装甲を手にしないと思う」
「確かに……そうではありますが」
「こちらが可能ならばあちらも可能だと考えるべきだ。むしろ、劣っているのは我々の方だ。主力戦車が完全に世界の強国を追い抜いたかどうかは、実戦でのみ答えが出せる。今はまだその時ではない」
もし現場に信濃忠清が参加していたら、未だに12cm砲を過剰火力と主張する勢力にため息を漏らしていたことだろう。
実際問題、未来を見れば戦場によっては105mmライフル砲でも十分とされることもあるが、21世紀に入って20年も経過した頃には世界各国は130mm滑腔砲を真剣に検討しはじめるのである。
新たな装甲が120mm滑腔砲すら容易に貫けぬ状況となってきたことへの対抗手段として、自動装填装置と130mm砲を次期主力戦車の標準装備としようとするのだ。
世界初の主力戦車として後に三式主力戦車と呼ばれる存在は、なにも攻撃力だけに偏重した戦車ではない。
ゆえに12cm砲は間違っていないのだが、前身の突撃砲の時点で75mm砲を一気に飛ばした8.8cm砲を採用し……
そこからさらに100mm級を一気に飛ばした120mmクラスの戦車砲をチハの後継車両として採用したという事実に理解が追いつかぬ将校がこの時点で存在しても仕方ないのは間違いない。
なぜなら、戦場の主力はまだ75mm程度だからである。
ただし、今後は100mm超級が当たり前となるので、数年のうちに彼らは考えを改めることなるのだが。
「いいか、今回の研究報告会のキモは戦力増強にあたり、生産能力向上のための合理化を軸としている。例えば主力戦車量産にあたってはNUPに企業の人員を派遣してベルトコンベア式の製造方法を取得させるなど、抜本的な製造業の改革も含んだ総合的な見直しを行った上で手にしようとするものだ。ボルトやナット類、果ては工具からを見直して発動機やその他の部品の共通化、主力航空機のリベットなどの部品の規格統一、未だ生産を続ける機銃や機関砲のネジ類の規格統一など、これまでも相応に実行してきたなれど甘かった部分においても徹底する。軍拡をただ進めるのではもう間に合わない。ゆえに今回は海軍にも多くにおいて協力をとりつけた。彼らは零と呼ばれる艦上戦闘機の製造を打ち切り、開発途中であった新型の陸攻などの開発も凍結した。一部の企業が水上機や飛行艇の開発や製造を続けるが、それだけだ。また、大量生産を行いたい12cm砲は高角砲として駆逐艦用に新たに採用するとも言っている。本当に我が国に必要なもの以外、全て削り取るのが本研究会で得た研究結果に対する答えだ」
「全てを徹底した上でNUPの直接参戦無しに我が国が第三帝国への勝率が6割、ヤクチアが5割です。されど、皇国必敗はありません。残りの4割と5割の勝率を左右するのはNUPの直接参戦のある無しと、周辺国家の戦力増強にかかっています。ゆえに本研究会においては外交面でも意見を出させていただいております」
「王立国家などが今後新兵器を投入してくれば、第三帝国には勝てる。6年以内に雌雄は決する。問題はヤクチアだ。あの過酷な環境下では長期戦は必至。此度の戦で共産主義を完全破壊せねば、今後も世界は彼らを遠因として100年以上もの間、東亜を巻き込んだ混乱が続くこととなろう。そのような未来を次の世代に背負わせるわけにはいかん。国家にとって今後も軍隊は必要であるし、戦争も無くなる事はないだろうが……ここで一旦、次の新たな秩序による東亜地域というものを構築し、移行することが強く望まれる。そのためにも一切の手を抜くことはできん!」
西条の発言は平和を望む陛下と、戦場が唯一の職場である軍隊とのバランスを考慮したものであった。
こういった発言は相応に周囲の理解を得られており、派閥ごとに火花を散らす海軍とは大きく状況が異なっている。
特に比較的平和になったことで仕事が減ってきた関東軍においても優先的に新兵器を供与する姿勢などは、彼らからの支持をとりつけるに十分な効果を発揮していたし、大東亜共栄圏は関東軍なくして成立せずといった言葉は彼らの無用な行動を抑制させることすら可能としていた。
ただ、内心では自身もかつて所属していた関東軍は20年以内に解体し、軍と政治を切り離そうとも考えていることは信濃以外には知らせていない。
本来の未来において混乱に拍車をかけた人材の多くを予備役に送り込んではみたものの、それでも似たような性格を持つ人間が多すぎたがゆえ、表向きは笑顔で接しているものの、心の内ではこの者らがまた陛下を裏切ると不安視していた。
信濃はヤクチアとの直接戦闘の過酷さを経験すれば考え直す者もいるだろうとは考えていたが、西条はそれでも彼らの本質は変わらないと、早い段階でどう処分するかを常日頃考えている。
それでも、無用な混乱を起こさないために表向きの発言には慎重だった。
「私は、今回の研究報告で改めて思い知らされたことがある。NUP本国の工場地帯の状況と比較した資料を見ても、我が国の工業力は非力極まりない。多くを望んで手に入れられるような力があれば多種多様な選択肢を試すものだが……そのような力など全くなかった。あれもこれもと、我々は多くを選べる立場に無いのだ。だからこそ、選択が必要だ。1つ1つの技術単位で見てみれば、NUPを凌駕する技術が無いわけでもない。NUPや王立国家と同等に並んでいる技術も無いわけではない。そしてそれらを複合的に組み合わせた新兵器においては、他を超越する存在もある。なればこそ、一連の超越した性能を誇る新兵器に多くの比重を傾け、足りないものをレンドリース等で補完することが、我々の戦力を大国に負けぬものとする近道だと確信した。他国でも作れるようなものを大量生産してどうする。他国が喉から手が出るほど求める圧倒的性能を誇る新兵器こそ、我が国が作るべき兵器なのだ。それは決して他国が不必要と断じるものではないものだ。それらに集中し、元来は必要とされるものとすら削り落として……製造業の抜本的な改革を行い、これまで限界とされてきた領域を突破した生産力とすることで初めて我が軍は大国に必勝できる。いいか、今刃を交えているのは二大大国だということを忘れるな!」
それは訓示であったのか、訴えであったのか。
西条の本心そのものを表明した言葉に、多くの報告会参加者が納得せざるを得なくなった。
この後、皇国陸軍は戦中の軍需分野で共産主義的とすら形容される合理化を促し、施行していくこととなるが……その後も続いた研究報告会においては、ロケット兵器の話を含め、一連の合理化政策について報告がなされてその多くが実施されていくという結論でまとまる。