―皇国戦記260X―:9話:第一回総力戦机上演習総合研究会(前編)
信濃がNUPへと旅立った日から丁度1月後の、2601年8月27日~8月28日にかけて。
2600年に発足した総力戦研究所による第一回総力戦机上演習総合研究会が静かに執り行われた。
本研究会は対第三帝国及び対ヤクチアを中心に今後の世界各国との外交姿勢も含めた戦力配分および兵器増産指示を含めた総合的な意味合いでの戦略シミュレーション結果の報告会であり……
かねてより信濃は彼らの能力の高さを信頼し、西条を中心とした上層部に向けて「特に耳を傾けておくべき研究報告会」であると強く主張しており、西条ら陸軍を中心とした首脳陣は今後について彼らの意見を仰ぐこととしたのである。
といっても、実はすでに彼らの研究結果は7月下旬の段階にてまとまっていて、いくつかの指南においてすでに陸軍上層部の独断により実施されていた。
ゆえに本研究発表会は、陸軍が7月中旬頃より行った各所の行動における「確たる根拠」について他の将校らと情報共有を行うための場としての報告会の意味合いが強く、将校らはどうして西条らがここまで強硬な姿勢で軍備を整えたのか確かめるために、この日を迎えているのである。
「それでは、現在の世界各国の戦況報告を述べて参りたいと思います」
一切の前置きも無く報告会は始まる。
説明会の司会として選抜された若い青年は、各人の様子を見ながら淡々とした口調で状況を解説しはじめた。
「まず、華僑一連の地域につきましては共産主義者の勢力の掃討があらかた終了した次第です。中心人物とされていた者も含め、大方の指導者はすでに逮捕または極刑に処しています。現時点で統一民国国内の混乱はそれなりに落ち着いた雰囲気を取り戻しておりますが、未だコミンテルンの力は衰えておらず、国内に潜伏している者も多数いると見られ……今後の戦況次第ではどう転ぶかわかりません」
「当然、統一民国側にも我が国の憲兵のような組織は配置してあるんだろうな?」
「もちろんです。蒋懐石もこれ以上の混乱を起こしたくはないでしょうし、何よりも経済活動再開に伴う市民への資本主義的還元は彼らの革命的行動を簡単に許すものではありません。少なくともヤクチアが大規模な干渉を外部から働きかけぬ限り、今後1、2年程は混乱が大規模な内戦等に発展する可能性は低いと考えられます」
青年の受け流しは見事であった。
将校のちょっとした横やりには全く動じない。
それだけ入念に調査、研究がなされていることを物語る。
報告会に参加した将校の多くらは、青年の姿に反論を述べるのは容易ではないと理解するに至るのにそう時間はかからなかった。
「国境紛争についてはどうなっている? いまだ継続されているのか」
「ええ。本当は関東軍の皆様が報告をされたい内容とは思いますが、本日は総力研側から報告させてください。かねてより問題視されていた蒙古周辺の国境紛争については、NUPと集の鉄道関係での商談が開始されはじめてから2ヶ月ほどが経過して以降、その勢いが2599年頃以前と同等程度にまで落ち着きを取り戻しています。現時点において南集鉄道は一部シベリア鉄道とも接続があるわけですが、こと戦闘が大きかったのはこの接続地域周辺であり……南集鉄道を手にしたいNUP側がヤクチアに向けてなんら圧力をかけたものと思われます。ただ……」
「ヤクチアの軍勢に動きがあったか?」
「はい。件の国境周辺と極東地域にてヤクチアの軍備が拡張傾向にあります。我々が2603年に北進するという情報はまだ彼らに十分伝わっていないと思われますが、彼らはシベリア鉄道を用いて多くの戦力物資を極東に運び込んでおり、相当な警戒網を敷いているのは間違いありません。我々としても樺太、北海道地域の防衛は絶対でありますから、今後の軍備においては九州などより東北以北を中心に検討すべきとの結論に至りました。北進に伴い統一民国側での戦力拡充も十分に考慮します」
この時点で陸軍及び総力戦研究所はヤクチアが強襲をかけてくる可能性については考慮しつつも、その可能性は高くないものと見積もっていた。
南集鉄道関係で揉め事を起こしたくないNUPの一連の商談が一定以上進むまで下手に火花を散らすとNUPを完全に敵に回すことになる。
今や天秤の傾きを制御するのはNUP自身。
彼らがより傾いた方に戦局も傾く。
表向き中立を掲げながらもやや地中海周辺地域へ傾きかけているNUPは、現時点ではまだ大局を見据えて大きな行動を控えていた。
あちらから言わせれば「赤勝て白勝てどっちも負けろ、負けた奴らをぶっ殺せ!」――といったような心情であることは想像に難しくない。
彼らにとって理想の世界情勢とは、ユーグの大幅な弱体化と共産主義の撲滅。
そして東亜地域や南合衆国大陸諸国の事実上の傀儡化である。
超大国として己が君臨し、それ以外の国がどんなに血を流そうとも関係ない。
その分、自らが裕福になれば良いのである。
皇国の理想である、真の生存圏の確保と独立国としての完全な地位の確立の上では、いかに彼らの協力を仰ぎつつ出し抜いて国際社会にて同列以上の地位を獲得できるかにかかっていたが……
少なくともヤクチアへの大規模なレンドリースが行われなかったことだけでも、皇国としては相当に助かっているのは間違いなかった。
「東亜周辺地域については以上です。詳細な軍備拡張計画や戦力配分計画につきましてはお手元の資料をご覧ください。それでは次にユーグですが、北部戦線は王立国家を中心にガルフ三国の心強い協力もあり、現時点でもなんとか持ちこたえています。ただ、最近見かけるようになったIL-2襲撃機やKV-1をはじめとする重戦車などの新戦力は極めて強力であり、今後も戦力を適宜投入せねば前線は崩壊しかねません。現時点でもどうにかなっているのは大粛清による混乱により、前線の指揮系統が乱れたままとなっている側面が大きく、本年より追加戦力の投入を検討していただきたく思います」
「これまでの戦況から見て思うのは、思ったほどヤクチアの圧が強くない。何か理由があるのでは?」
「それはおそらく黒海周辺各国による進軍が影響しているものと考えられます。各地で広範囲に繰り広げられる戦火の渦にヤクチアはうまく対応できていません。北部だけに戦力を集中できておらず、また地形的不利もあり、あまりにも強固な防衛戦を迂回しようとして混乱に拍車をかけたものと考えられます。そのため、北部戦線については十分な補給と必要な戦力の投入により、こちらも戦力を整えれば今後も維持は不可能ではないとデータが示されています」
「それについては私からも一言よろしいですか」
「どうぞ、シェレンコフ大将」
ヤクチアから逃げ延びて皇国にて数年過ごすうちに、すでにシェレンコフは皇国語を通訳無しでもそれなりに話せるようにまで堪能になっていた。
彼は今回の研究においてヤクチア関連の情報について多くの情報提供を行い、それらのデータは相当数が研究成果に活かされている。
「モスクワ周辺より信頼のおける情報筋から提供のあった情報です。ヤクチア本国は北部戦線の状況が思わしくないことから、やや迂回してルーシ地域を西へ進む形で戦力を投入する方向性へ舵を切ったようです。特に、ルーシ周辺には穀物地帯や石油地帯など彼らにとって失えない資源が豊富にあり、このままにっちもさっちもゆかぬ北部に拘っても得るものは無いと判断したようですね。おそらく指揮系統も整え直した段階で再び北部へも大規模な戦力投入を行うとは思いますが、皇国にとっては1年ほどの猶予期間が与えられたと見るべきです。大規模作戦を北部で展開する余裕は無いでしょう。南側の国々の奮闘がそれなりに効果を上げているものと思われます」
「ヤクチアについては過酷な環境ゆえにこちらから攻め込むのも難しい地域ではありますが、防衛を考慮すると地形的優位性は地中海連合側にあります。レンドリース法の効果が現れ始めたと見ていいでしょう」
シェレンコフの内容に一部補足する形で研究所所属の青年が言葉を加える。
レンドリース法の物資が届き始めたあたりから各国は積極的な武力衝突へとシフトしてきていたが、その効果は大なり小なりヤクチアに影響を及ぼしているのは事実であった。
「むしろそうでなくては困りものだ。我々は無敵の軍勢ではない。我が国と王立国家だけで勝てる相手ではないからな」
「全くもってその通りです」
稲垣大将の言葉にシェレンコフ大将としても即座に同意せざるを得ないのも、ヤクチアの戦闘力の高さを物語っている。
戦局をひっくり返すほどには至らず、長期戦となる様子を匂わせてきたことに周囲にはため息を漏らす将校もいた。
「北部に続いて西部戦線の状況です。第三帝国はどうやら完全にこちらの攻略を見送っている様子です。まれに爆撃機による爆撃が行われますが、要の支線塔は未だ健在。爆撃機の多くは海洋戦力への攻撃に注視しており、西部戦線への積極介入は避けています。元々、あの周辺地域は彼らにとって強引に占領しても利点がさほどありません」
「まるで戦争どころではないといった感じすらしてくる雰囲気だな中尉。当然裏があるのだろう?」
「ええ。第三帝国が現在注力しているのは占領地域の工場を作業員ごと接収して戦力増強を急ぐことです。特に、我々が先んじて投入した新兵器は相当に効果的でした。ゆえに彼らはこちらへの対抗手段を得んがため、西部戦線への過剰な揺さぶりは一旦避けて、主戦力自体は別の方角へ向かわせています」
「共和国を含めた西の地域と砂漠地帯か……」
「そのとおりです。彼らは資源と物資、そして工業地帯が多く存在する西へ最大戦力を投入しています。まずはユーグ全域を占領下に起き、国民の意欲を削いで降伏させて自らの戦力へと転換したいのでしょう。ゆえに大規模な作戦展開は西と南側に集中し、特に砂漠周辺の地域の状況は我々にとって相当に深刻です」
これまでそれなりに余裕を見せた青年の表情が曇り始める。
そう、何よりも最大の問題は砂漠地帯周辺であった。
すでにジブラルタルは陥落し、相当数の戦力が砂漠地帯に差し向けられているのだ。
「6月のジブラルタル陥落以降、ロンメル大将の軍勢の勢いは止まりません。6月下旬までにカサブランカを占領した後、7月中旬にはオランが陥落、8月27日現在においてはアルジェからさらに東へと進軍中です」
「我が軍の追加戦力は、すでに投入したのでは?」
「残念ながら現時点においてまだ合流できておりません。我が軍の勢力はいまだスエズ周辺のポートサイドなどで集合中。戦車等の輸送に手間取りました」
「つまり現時点では王立国家やアペニンが戦っているということでいいのか?」
「そうなります。我々は9月中に王立国家などと合流し、ロンメルの軍勢との交戦を開始する予定ですが……すでに第三帝国はオラン、アルジェに大規模な航空戦力を配置完了。飛行場などの航空関連施設を整備の上で、必要十分な補給路線を確保できています」
「航空戦力の追加投入が必要か」
状況報告に即座に反応したのは航空隊の指揮官の一人であった。
一体どこの誰が派遣されるのかはまだしも、もちろん自分自身も含めて求められれば向かう所存である。
「はい。我が軍の主力戦闘機群の砂漠地帯への本格的派遣が必要となりました。百式襲撃機を中心に、攻撃機も戦闘機も向かわせます。海軍側からもすでに空母が投入されており、本年以降、来年にかけて地中海周辺が騒がしくなるのは間違いありません」
「カサブランカが落ちたということは、ジブラルタルを海上側から通過するのは不可能とみてよろしいか?」
「7月中旬以降、皇国海軍を含め貨物船なども迂回せざるを得なくなりました。現在のジブラルタル周辺には相当数の潜水艦などが潜んでおり、迂闊に侵入すれば間違いなく撃沈されます」
「海軍戦力が分断されたか……」
「第三帝国の狙いは、アペニンやオリンポスへの空爆を含めた襲撃です。トリポリを占領された場合、アペニンは少なくない打撃を受けます」
「アペニンの航空戦力はまだ整っていない。どうするんだ」
「それは後ほどご説明します。まずは状況を報告させていただければ。それで、このまま行くと10月までにトリポリまで占領されるのは時間の問題です。ゆえに我々は西条大将へ向けてある提案を行いました」
「提案とな?」
「国内で配備が進められ、現在訓練が行われている重突のうち戦力化できる分すべてを砂漠地帯へ投入することだ。すでに戦車部隊への指示は出した」
西条の一言にその場がざわつくのも無理はなかった。
花形の新型。
皇国がようやく手にした重量級戦闘車両。
本来は各方面へ向けて配分し、ユーグだけでなくヤクチアへの投入も検討されていた皇国の現時点での主力戦闘車両のすべてを、砂漠地帯へと投入するというのである。
それは愚策か、英断か。
現時点で判断のつかぬ思い切った方針転換であった。
「なんと……200両以上にも及ぶ重自走砲をすべて……ですか?」
「訓練用として残さねばならぬ最小限度の車両以外、全てだ。ロンメルの軍勢に対抗するにあたって必要な措置と言われたが、私も同意する点が多くあったのでな」
「国内本土の防衛等はどうされるのです?」
「問題無い。各所へ急がせたことで、新たな訓練車両である"回転砲塔付き"を配備できる算段がついた。そこの、すまないが投影機を持ってきてくれ」
素早い手付きで総力戦研究所の職員が投影機を配置すると、目の前の黒板にソレは映し出された。
「おぉ……」
「こ、これは一体……」
「信濃技術中佐に命じて大急ぎでこしらえたものだ。名前は特に決まっていないが……そうだな、一式訓練車両とでも呼ぼうか。本車両はすでに順次完成している新型主力戦車の車体に、元来は重突用として量産された8.8cm砲を装備させたものだ。もともと重突は400両以上の量産を検討していたからな。12cm砲が間に合わないがゆえの間に合わせだが、すでに80両あり、来月以降順次戦車隊へと配備する。急造だが性能に申し分はない」
果たしてそれは本当に訓練車両なのか。
砲塔は間違いなく新型主力戦車と同等。
砲だけが真打ちと比較してやけに細く、未完成ながらも洗練されている。
人によってはこの状態で十分だと思うだろうが、信濃と信濃に感化された将校達にとって不満足な状態なのは間違いない。
それでも高性能な戦車であることに違いなく、映し出された映像には千葉の演習場にて新型主力戦車の試作車両よりも高い機動性で動き回る姿が見事に描写されている。
本戦車を現時点で名付けるとしたら"一式重巡航戦車"とでもなろう。
だが、「皇国の戦車は主力戦車のみ」――とする強い上層部の要望から、本車はあくまで「訓練車両」なのであった。
「万が一を考慮し、本戦闘車両は40両以上を北海道へ配備する。本年中に200両近くを調達できる。また、12cm砲が完成次第順次換装し、最終的に主力戦車用のための訓練車両として扱う。最悪の場合は、この状態でロンメルの軍勢にぶつけることや北部戦線への投入も考える。ただ、できれば主力戦車は数が整ってから投入したい。主力戦車は我が陸軍きっての切り札なのだ……陸軍誕生以来はじめてといえるほどの……迂闊に盤上に置きたくはない」
「総力戦研究所としても、主力戦車は十分訓練を重ねてから戦場に投入すべきと考えています。国内配備を急造仕様の車両で行うのは鹵獲等の危険性が極めて低いためです。現時点で主力戦車は国外に持ち出すべきではありません」
西条はあえて述べなかったが、表情が物語っている。
希望はそこにある。
皇国最高峰の頭脳を持つ人間が、自らの卓越したアイディアで切り開いた「主力戦車」は、単なる主力の戦車ではなく、正真正銘「主力戦車」として完成に近づいていた。
訓練車両は、およそ完成度は7割。
それでも大戦中最高峰の戦闘力があるはずなのだが……西条は敵国の強大さから、それを完成形とすることはない。
「しかし、そうなると北部戦線はどうされるのです?」
当然の疑問である。
現時点で一番の脅威であるKV-1やKV-2はヤクチアの重戦車。
それをどうするかについて当然疑問が湧かないはずもない。
「鹵獲したT-34を中心に、新たに海軍から提案されたこちらを配備する。映してくれ」
「はっ!」
西条の指示によってスクリーンに映し出されたのは、摩訶不思議な戦闘車両であった。
むき出しの砲を装備した、謎の戦闘車両である。
しかし、車体側を見ると……どこかで見たような風貌であった。
「これはチハ? チハの車体の上になにやら随分と大きな砲が……」
「砲は残念ながらモックアップでしかないが、計算上、バラストなどを積めばまともに撃てることがわかっている。特に名前は決まっていないが、12cm砲装備の新型……もとい既存車両流用の自走砲だ。国内に残されたチハを中心に、集などで新造されたチハを順次こちらに組み替える」
「こんなに砲を剥き出しにして問題ないのですか?」
「問題ない。自動装填装置はバラストともなるので元の高射砲をそのまま流用して搭載している。そして本砲は元の高射砲の能力を最大限活かし、遠隔操作でも砲撃できる。人員は基本的に操縦手だけでいい。一応、砲撃手も用意して単独攻撃も可能なようにする予定だが、だとしても人員は2名で事足りる」
西条の見せる自信は、すなわち皇国陸軍の技術力そのものを誇示するものであった。
元はB-17のような高高度より飛来する戦略爆撃機への対抗策としてでしかなかった新鋭高射砲は、今や戦況を左右しうる高性能戦車砲として生まれ変わろうとしている。
本来の未来では果たして本当にそこまで必要なのかと優先度が低く量産が遅れた三式高射砲は、その性能の高さを知る未来の情報を脳内に蓄えた技術者によって拾われ、皇国陸軍の柱を担う存在へと化けた。
「現地での状況、そして鹵獲兵器の実運用、さらにシェレンコフ大将からもたらされた情報によれば、T-34を含め、ヤクチアの戦車の命中率は極めてよろしくありません。1000m以内に近づけない場合は命中率2割未満。停止射撃でもそんな程度です。一方で、こちら側の精度は停止している場合に5割以上の確率で命中させられる見込みが高く、砲の重要区画を保護する最低限の装甲で十分との結論に至ったのです」
「地形的有利があり、さらに地域の環境から移動する機会が極めて少ない、ゆえにこちらで凌げると判断した。もちろん砂漠にも持ち込むわけだが……北部はこれでなんとか保たせる。真打ちを持ち込むまでの間だ」
信濃忠清が未来より持ち込んだ理論により完成したマズルブレーキにより、12cm砲は38tほどあれば射撃可能なようになっていた。
ゆえに本車両は平時はバラストを装備しない状態で移動し、防御陣地まで移動後に地面に固定あるいはバラストを満載して固定砲台となり、敵を撃破する自走することが可能なだけの移動式固定砲台といったような代物であるのだが……北部戦線においてはそれで十分だと判断されたわけである。
実際問題、本車両の攻撃力であれば2500mからKV-1、KV-2を、そして今後出てくるであろうIS-2ですら2000m程度ならば貫徹可能で撃破し得るのだ。
戦車が鈍足とならざるを得ない地域において削がれる機動力を考えれば、算定具などを装備した本車両は十二分の活躍が期待できた。
しかも、時速13km/h程度だがバラスト満載の状態でなんとか移動できることがわかっている。
西条は総力戦研究所の報告から、新型の遠隔操作可能な装置を搭載した指揮車両を同時に投入することで北部戦線を乗り切ろうというのだ。
だが、ただそうするだけでは意味がない。
陸軍にはもっと抜本的な見直しが必要な部分が多々ある。
だがそれも総力戦研究所は見抜いていた。
「――以上を踏まえ、我々は陸軍上層部の皆様へ向けてある提案を行いました。それがこちらです」
青年が指で指し示すと、研究員より横断幕が広げられる。
そこにはこう記述されていた――