第21話:航空技術者はニッケルについて回想し、チタン合金を目指す
ニッケル。
なんだかんだ多少の採算度外視ならなんでも金属が手に入る皇国本土において、なぜか全く出土しない存在。
にも関わらず軍事関係では多用する事になる存在。
これの確保が戦況すら左右させた。
戦中なぜニッケルの使用に制限がついているかというと、供給が安定しない石油と同じような存在だからだ。
皇国はそのために硬貨を作って備蓄したが、全体でたかが1200トン程度でしかなかった。
これは当時の年間輸入量の4分の1か6分の1。
当時の皇国においてのニッケル輸入国はNUPの北にある国のみ。
しかしこれが華僑の事変によって輸入が停止させられると、皇国は次の一手として共和国領カナキーから輸入しようとするものの……
第三帝国が共和国を占領するとレジスタンス組織に参加することを表明し、三国同盟を結んでいた皇国への輸入を禁止する。
再び窮地に立たされた皇国は連合王国領だったとある島から輸入しようとする。
しかしこれは皇暦2601年の海上封鎖によって頓挫。
痺れを切らした皇国はこの島ごと占領しようとするわけだ。
これが本来の皇国の未来であり、絶望的な未来であった。
後にこの島を中心とした諸島は独立を果たすと、皇国への恩からなのか……
皇国の年間輸入量の半数に相当する量を皇国を優先にして輸出してくれるようになるのだが、それでもこの地域に何かあると皇国は窮地に立たされる状況にある。
そして立場を同じくするNUPにおいても、この場所は重要防衛地域。
腹ただしいのはヤクチアの連中が華僑を利用し、後にこの場所の周辺に相次いで海上基地をこさえること。
俺はもし戦争が次に起きるなら、この場所を強行に奴らが奪ったらと考えている。
東亜周辺で戦争が起きるならこの場所近辺しかないんだ。
だが現在の皇国は皇暦2598年となっても未だにNUPの北にある国からの輸入が滞っていない。
NUP出資企業の助力を得た結果、交渉に成功して再び輸入が再開されたのである。
西条には今のうちだからと共和国領からの輸入も行うよう進言しており、輸入量は安定しつつあった。
今年の輸入量は年間2万8000トン以上を見込む。
前年より2万トン増えたが、本来の未来でも2万トン輸入してきているので増加数値は8000トン。
その分の余裕ができたということだ。
このうち2000トンを海軍と陸軍で1000トンずつ折半したのだが、海軍には建造中の1号艦と2号艦に大量の消費をするなと釘を刺している。
海軍次官の宮本五十六は、西条などの陸軍将校達と千佳様といった皇族達から議会の場で直接伝えられて顔から精気が完全に失われた状態となったというが……
1号艦と2号艦を完全に隠しとおせると思っていた海軍にとっては大打撃。
やつらは1号艦と2号艦においてあくどいことをかなりやっていて、俺はそこに歯止めをかけたかっただけに、是非その姿を直接見てみたかった。
当時の資料を見ればわかるが、皇国政府に提出した各種金属使用量においては1号艦と2号艦に使用される鋼材類は重巡洋艦のソレ。
それを2隻分と見積もっている。
しかし実際はその10倍以上に相当する量をあの手この手でこさえて確保して戦艦大和と武蔵を建造していたし、さらなる戦艦用にと備蓄しようとしていた。
なぜこうしたかというと……海軍内でも大艦巨砲主義は懐疑的で、皇国政府もまた、空母建造でないと認めなかったから。
俺は戦後の資料収集によって一連の資材の入手手段と流通経路を知っているので、西条ら陸軍将校に手伝ってもらい……徹底的に妨害した上でさらに釘を刺した。
西条は議会の場で1号艦と2号艦の真の姿を公表してもいいとチラつかせながら、海軍にもニッケルを半分譲るのでその分は航空機関連に使用する事のみ認め、海軍が活用している航空機製造五社に陸軍から少しずつ納入させるという方法をとったのである。
無論、メーカーから強奪して戦艦に回すという方法もなくはないが、この時代の企業は使った素材量を逐一メモして報告することが義務付けられ、戦艦に相当する量を強奪するにはよほどの方法を用いなければ不可能。
西条らは信用できる海軍の将校らに航空機に使うようにと釘を刺しながら、彼らも求めてやまないニッケルを譲ったのだった。
俺はその必要性は無いと言ったのだが……
2000トンを独り占めすると心象が悪くなると感じた陸軍上層部による意向が大いに働いた。
しかし、いつ何時どうなるかわからないので、残り6000トンは政府の厳重な管理下のもと備蓄しつつ、使うべき所に使っていこうといった感じが現在の状況。
これこそ排気タービン量産化の目処がついた理由でもあるわけだが、実は本来の未来ではこの時の教訓がNUPと皇国の意識改革を促している。
皇暦2595年。
同じくニッケルに恵まれないNUPが着目していたある合金に、皇国にある民間企業も目をつけはじめた。
チタン合金である。
後にNUPが主導で改良していくことになるソレは、NUPやユーグを中心としたジェットエンジンの基本素材として多用される事となるが……
ジェットエンジンに使われる耐熱チタン合金は、徹底的にニッケルを排除する事になるわけだ。
当初こそニッケルを添加させて安定的なβ型ばかり実用化されたチタン合金。
だがニッケル資源に恵まれぬNUPは、こいつに窒素、ニオブ、テルビウムなどを添加させたα型に未来を見出す。
それは皇国も同様である。
そしてついに俺が80代になった時、皇国だけで採掘できる素材でもってターボファンジェットエンジン用のチタン合金の組成を見出すわけだ。
俗にIMI834-TaLFと呼ばれるこいつの耐熱性能や耐腐食性はすさまじく、ニッケル完全排除に成功したことは航空業界に激震が走るほど。
皇国は耐熱アルミ合金などを全てチタン合金で補えると主張して各国に衝撃を与えるが……
それもこれも皇国にとってはそうしなければいざという時にどうにもならないからであり、代替素材の分野において皇国は常に世界をリードしていたのである。
表向きは同じヤクチアでありながら、ヤクチア本国の連中は俺たちに豊富な資源を提供しようとはしないからな。
そしてその技術でもって最新鋭のNUP製のタービンブレードをこさえているのが、名を変えた芝浦タービンなのだ。
芝浦タービンはこの合金によるタービンブレードの修理技術を確立。
これまで、ブレードは破損したらブレードごと取り替えるのが当たり前なところを、ブレード修理という形でコストを引き下げる方法を見出した。
一方で IMI834-TaLFはあまりに頑丈すぎて極めて加工が難しく、コスト抑制には繋がらないので修理費を下げるといってもそこまで下がらない事から、ブレード修理は船舶など限定的な運用に留まっている。
この時代は耐摩耗性や耐腐食性、じん性などを満たした素材を開発できても"加工できない!"というジレンマに悩まされていたが、それは未来でも変わらない。
特にIMI834-TaLFは熱伝導率の影響で熱による裁断加工をした後の事後処理が難しく、ウォーターカッター切断といった方法が有効とされる素材のため、加工難易度は高い。
ただしやりようによっては普通に溶接出来るものではある。
というか……
そういうものでないとクロムモリブデン鋼のように使いたくとも使えないような素材となって技術者を苦しめる。
頑丈な素材とは即ち、どうやってそれを成型させるかで常に技術者が苦労してきたのが金属加工の歴史なのだ。
それでも、軍事方面から考えたら、この技術は資源に恵まれない皇国にとっては未来を切り開くものだ。
だから俺はニッケル輸入に甘えず、すでに手を打った。
本当は皇暦2594年に戻りたかったのもこういった事が関係しているが、今のうちにできることは全てやっておくのだ。
現状でチタン合金は西の地方の国内三社が必死で開発中だ。
この三社が後に未来を切り開いてくれる。
しかし、彼らの活躍は皇国が敗戦した直後に、NUPの技術者が興味をもって来日して短期間のあいだ技術指導を行ったことで一気に躍進するため、俺は7年前倒しで彼に皇国まで来てもらい、三社に技術指導を行ってもらった。
本来の未来ならばこれによってスポンジチタンの開発に成功し、これが我が国における耐熱チタン合金の始まり。
その後も開発が続けられ、大戦中では錬金術の類と言われたチタン合金が実るまで実に半世紀以上もかかる。
何年前倒しになるかわからんが……
俺はスポンジチタンの開発と同時にIMI834-TaLFをこさえてもらおうと画策している。
なぜなら組成表を知ってるから。
流体力学に新たな時代を与え、ターボファンエンジンをターボプロップエンジンのようにさせてしまう未来の素材だからこそ、その組成は知っている。
チタン合金は基本、組成表まで辿り着くのが難しいので、知ってればどうにかなる。
10000分の1の単位でパズルのごとく添加させる各種物質の量を調整し続けた先にソレがあるからこそ、合金開発には時間がかかる。
皇国のチタン合金に関わる研究技術者はそれを開発するまでに約8000人が関わった。
その60年分の歩みを三社に渡した。
これを1000分の1単位で再現しろと。
うまく行けば届く。
本来より8年前倒しでスポンジチタンが完成すれば、皇暦2605年までにそいつは目の前に現れる可能性がある。
後は加工方法だけなのだ。
加工方法については案外早い段階からモノにするのが皇国。
チタン合金加工において重要なTIG溶接は公開技術で皇暦2603年に公開される。
NUPとの大戦を回避できればどうにかできる。
駄目なら一体成型にすればいい。
精度は下がるが……
それでもニッケルをまるで含有しないステンレスにアルミを蒸着して20時間しか稼動しないような代物にするよりマシだ。
ニッケルとガソリンを排除し、入手しやすい灯油とチタン合金で戦闘機を飛ばせる。
残念ながらこいつはレシプロ機関には使えない……
使える技術ではない……
だからこそ、俺はジェット戦闘機を諦めるわけにはいかんのだ。
芝浦タービンはジェットエンジン開発の上で重要な存在。
前者は皇暦2604年に突如陸軍にターボプロップエンジンの話をもちかけてきて、それまでNUPとの関係性を知っていてあえて突き放していた皇国陸軍が痺れを切らせて召集するわけだが……
あいつらG.Iが皇暦2603年に特許出願していた技術情報を握ってて、ターボプロップを作ろうとしてたからな。
なにやら作っているというのは特許局より噂程度に耳にしていたとはいえ、皇国に存在するメーカーの中でも飛びぬけて京芝系企業の技術力は高い。
京芝の子会社には合金関係の技術にも詳しいので、合金にまるで弱い四菱重工などを大きくリードしていけるほどなんだが……
親会社の電気メーカーたる京芝自体も高い技術力を保持する。
レーダー開発には京芝本体の企業にも協力を呼びかけてるが、こっちは皇暦2600年にテレビなんか開発してるぐらいだから、一番技術力があるに違いないのに、妙なプライドでもって皇暦2604年まで協力を呼びかけないというようなことをやらかして……
まったくもって、なんでもっとはやく協力を呼びかけなかったのかと言いたくなる企業だよ。
だから当然にして最初から協力してもらう。
耐熱鋼がないならチタン合金で行けばいいじゃない!