―皇国戦記260X―:8話:新戦力による圧伏4/4
皇暦2601年10月22日。
現代艦として生まれ変わった谷風は新型誘導魚雷を受領の上、地中海内において七航戦として輸送船団の護衛任務に就いていた。
新型ヘリを受け取って以降の1ヶ月間はほぼ訓練が続いており、実戦における任務活動はこれが初となる。
ちなみに他の駆逐艦はおらず、単艦による護衛任務である。
谷風には誘導魚雷補充とヘリコプター整備のための海上補給船が常に行動を共にしていたが、航空駆逐艦は他に存在していなかった。
短距離だったため船団を複数に分けており、偶然そうなってしまっていた。
今にして思うと、ある程度安全な航路だとされていたとはいえ、迂闊な真似をしていたと感じる。
この時、すでに誘導魚雷を搭載し、爆薬を水に入れ替えた上での誘導試験も繰り返されていた。
試製誘導魚雷の誘導性能は、すでに確立された技術を用いていたので特段問題はなく、従来までの酸素魚雷と比較して劣るのは速力のみ。
威力などは据え置きで、当たれば巡洋戦艦などは一撃である。
といっても敵側が保有する戦艦クラスはそこまで多くないため、我々が今後戦果としていく大半が中型以上の巡洋艦が中心となっている。
もちろん戦艦を落とさなかったわけではない。
谷風の戦果として最も有名なグナイゼナウは、本誘導魚雷によって果たされたものだ。
これについては何度も映画化などされたため、読者の方もご存知であろう。
強大な敵を相手に小さな軍艦が必殺兵器を伴って挑むという史実は、当時から現代までの多くの皇国国民の心に響くものであるようだ。
我々は、この時の戦闘で148発もの空爆攻撃を回避しながら、ヘリによる必死の誘導を試みて見事攻撃を命中させるに至るのである。
シャルンホルストと共に多くの巡洋艦と駆逐艦を伴いながら艦隊出撃していた第三帝国は、よもや艦隊とは言えぬ七航戦の一隻の駆逐艦によって大打撃を受けたのだ。
この時の谷風は皆さんもご承知の通り、七航戦艦隊による船団護衛任務中に敵の大規模艦隊を察知し、陽動を試みようと単艦で敵艦隊に挑んでいる。
この前後において他の輸送船団部隊が同艦隊によって何度も壊滅させられていたため、そうはさせんとばかりに果敢に突撃を試みたのである。
最終的に単艦での奇襲が功を奏して発見が遅れた事が戦果へと繋がるわけだが……
撃沈後の戦果の確認は双方の軍のすり合わせのもとで行われ、宮本司令は皇国内で戦果を発表する際に異例の発言を行っている。
「該当戦艦は駆逐艦によって撃沈されたとはいえ、それは決して恥ずべきことではない。我々の魚雷は新型ロケット兵器と同様、"追尾"能力を有するものである。追尾を可能とした以上、避けられなければ轟沈するのみ。魚雷とは元来、当たれば一撃必殺の名の下に大型艦をも葬り去るものであるからして、戦艦はもはや最高峰の水中防御無くして我が国至高の小型艦に対峙できるものではない――」
これは相手側を労いつつも、ソレが完成すればこちら側の戦艦も同じ目に遭うという自らを省みた発言であった。
こういった発言は当然艦隊派の反感を買い、徐々に埋められぬ深い亀裂が生じることになる。
だが海軍は元々砲術だけでなく水雷屋も多くいた。
海軍軍縮条約によって多数の雷装を施した駆逐艦を誕生させた背後で、それらでもって本気で戦艦をも落とせると意気込んでいた者達は当然にして宮本司令を支持。
一連の派閥は航空主兵論者らと共に、今日の海軍の基盤を構築していくこととなるのだ。
ちなみに谷風自体は、この戦果を挙げる前の時点ですでにいくつもの中型艦以上の巡洋艦を沈めており、グナイゼナウに挑む前の段階でNUP海軍は相当に動揺していたことが、NUPの機密解除により公開された当時の行政文書から読み取ることが出来る。
やろうと思えば同じようなことができたかもしれないとはいえ、誘導方式から何から何まで確立した皇国海軍駆逐艦部隊による強襲を食らえばひとたまりもない。
彼らは「ゲームチェンジャー」として七航戦を捉えており、ある年を過ぎると、機動艦隊との組み合わせによっては「ひょっとすると冗談抜きで皇国海軍に全く勝てぬかもしれぬ」――という不安を抱くことになる。
もちろん戦いたいわけではなかったのであるが、国家と国家に友人関係などない。
皇国が裏切る可能性も当時は0%ではなかった。
ゆえに10隻、20隻と、ヘリコプターを艦載機とした「航空駆逐艦」が増えれば増えるほどに、低コストで強力無比な現代艦と化す皇国海軍の小型艦を脅威と捉え、軍拡とはまた別の方向性も模索することとなる。
それは王立国家も同様である。
工業力が劣る国家が、その劣る工業力でも十分に運用できる駆逐艦でもって多くの艦種と勝負できるというのは、アペニンなどのような海洋戦力に乏しい国家にも勇気を与えることとなった。
といっても、それはまだ当分先の話で、この時点での我々もまだ知らぬことだ。
今回の話は現代艦として一歩踏み出した谷風の初戦闘について自叙伝として記すものである。
さて、ヘリコプター受領から3週間以上が経過した現在、我々には1つの変化が起きていた。
それは多くの歴史書や雑誌等では中々紹介されていない事実で、映画等では間接的にしか描写されず目立たない変化であるが、私にとっては非常に大きな変化であったことを、この場にて述べておく。
実は谷風、ヘリコプターを入手したことで食料品に困るということがなくなっていた。
従来までの食料品は、補給のために寄港するか補給艦からの補給を受けて初めて補充されるため、航海日数が増えれば増えるほど食料品は質素なものとなっていくのだが……
優れた運び屋を手にした谷風にとってそれらはほぼ無縁の話であり、少なくても大戦中において私が谷風乗船中に食事に困ったことはない。
食事だけでなく飲料水にも困ったことはない。
これは積載力に優れたヘリコプターの行動範囲が300km近くに達していたからだが、周辺の島々の都市まで飛んで食料品を調達することが可能となっていたのである。
当然これは飛行訓練の一環として行われたものであり、もう1つの側面として味方側勢力に新型兵器を見せ付けて皇国のイメージアップを図りたいと画策したものであった。
中瀬大佐による発案で、周辺地域との交流をも行って皇国海軍の支持基盤をとりつけようとしたものでもあり、おかげさまで一部地域では現代でいうヘリポートなどをこさえてもらうことに成功し、現地で燃料補給などを受けて各地の都市間で民間向けの物資輸送支援などをしたりなどしていた。
その見返りとして大量の生鮮食品などを入手できたのである。
谷風の乗員の士気がとにかく高かったとされる裏には、こういった中瀬艦長による粋な計らいによってもたらされた恩恵が多分に影響しており……
シチリア産のレモンなど、多くの地元特産品を味わうことが出来たために、気を抜くと観光旅行気分に陥りかねない状況とすらなっていた。
ただ、そういった嗜好品などは精神を健全に保つために大きな働きをし、艦内での業務のミス等が極めて減少したのは紛れもない事実であり貴重な記録である。
食事がいかに重要なのかを谷風クルーは示したわけだ。
今日では保存技術も向上し、ヘリコプターによる物資補給なども当たり前に行われるようになったとはいえ、当時それを行っていた数少ない艦だったわけである。
また、生鮮食品以外でも艦内に同乗していた技師が麻を用いた漁網を作成し、ある時はヘリコプターを用いた引き網漁なんかもやって周辺海域の魚を収穫して余った魚を物々交換に供したりなどもした。
映像化された作品内で度々現地の漁村などで物々交換を行っている描写があるのは、こういった軍務と称して軍務とはややかけ離れた行動で入手したもので商取引を行っていたためである。
おかげで通常は外洋航海に出ると絶対に痩せるものだが、谷風乗員はその多くが体重を維持するか逆に体重が増えてしまい健康な体を維持できるようになったのだ。
そんな状況下で行われた船団輸送護衛任務。
ジブラルタル陥落によって大西洋へと出られなくなったとはいえ、地中海においては輸送船による海運は盛んであり、当然にしてジブラルタル陥落によって敵潜水艦部隊などは乗り込んできていたため、通商破壊作戦による被害もまた甚大であった。
だが、すでに航空駆逐艦の情報が敵側にも渡っていたのか、22日に至るまですでに4回以上も護衛輸送任務を終えていた谷風は、未だに敵部隊と遭遇をしていなかった。
中瀬艦長はそろそろだとは述べていたものの、後の敵側の資料を確認する限り、やはり警戒されていたようである。
そんな中で果敢にも挑んできた敵と、航空駆逐艦として初めての戦闘が火蓋を切ることになる。
◇
「水探に反応アリ! 三時の方向! 距離3200!!」
「潜水艦か!」
「そのようです! 目標1!」
「全艦! 戦闘配置につけ!」
夕暮れ時の19時を過ぎた頃。
突然現れた敵に艦長以下谷風乗員に緊張が走った。
どうやら奇襲を画策する潜水艦に追跡されていたらしい。
我々のソナーは接近する敵を見事に捉えたが、その距離はかなり近いものだ。
ちなみに余談だが、谷風のソナーは国外品でかつ従来までの海軍が装備してこなかったアクティブ型である。
王立国家からその必要性を問われ、2599年以降に艤装が施された陽炎型などが装備している他、航空駆逐艦は改修時に全て新規に導入された。
海軍はそれまでパッシブ型の聴音機だけで十分と考えていたものの……
対Uボートで苦渋を舐めさせられた王立国家の説得により、それまで存在しなかったソナー要員の教育機関まで新設してでの導入へと至っている。
谷風乗員の担当者はその一期生で、皇国海軍がこの分野にて出遅れていたのは間違いない。
もちろん、装備して運用も出来ている以上、谷風自体の対潜能力は極めて高かったわけであるが。
そのような優秀な人材を各所から集めて押し込んだ艦橋内では、戦闘配置に伴い大声による命令と指示が飛び交う。
「……遅かったな。ずいぶんと時間をかけてくれるじゃないか」
「そう思いますか?」
「ああ、恐らく狙いは輸送船団ではないぞ」
「船団から離れます?」
「いや、まだこちらも様子を見る。艦載機を出せっ!」
「了解! 艦載機! 発艦準備!」
ブランクがあるとは思えない。
とても冷静で、とても的確な指示。
すでに中瀬大佐の中では、狙いは我々であり、輸送船団に向けて仕掛けられた奇襲ではないと敵の心理を深く読んでいた。
これは後の資料から事実であることが数十年後に判明するのだが、大佐はすでにこの時点で敵の理を紐解く論理が構築されていたのである。
「艦長! 後部飛行甲板より入電! 装備を換装するかどうか伺ってきております!」
「今の装備状態はどうなっている?」
「航空魚雷1! 爆雷複数!」
「訓練用に爆雷を装備させていたんだったか。十分だ。して、いつ頃発艦できそうか?」
「約200秒ほど時間をくださいとのことです」
「エンジンを温めておくべきだったな……油断した」
後部飛行甲板より艦内電話を通して私が受けたのは、装備確認と状況報告。
残念ながら、最高峰の性能を誇る新型機はレシプロエンジンではなく誕生したばかりの黎明期のジェットエンジンのため、コンプレッサーによる始動に時間を要した。
後にこの時の戦訓から戦闘待機中はコンプレッサーを始動させたまま燃焼を行わせずタービンを一定程度回転させたままとするようになるのだが……
この時点では、まだ艦載機の扱いは完全に確立されていなかったのである。
◇
「艦載機発進!」
後部からもたらされる情報により艦長へ向けて報告を行うと、すぐさま谷風の目の前を小さな魔物が高速で通り過ぎた。
発艦の瞬間に谷風が重量が軽くなって前後に揺さぶられたため、報告は不要にも感じなくはないものの、状況報告は義務である。
「よし! 飛行隊へ無線連絡! 敵潜水艦から雷撃が行われていないか常に確認させるんだ! 雷跡を確認後、敵艦へ向けて船の進路を変更する! 進路・速度そのまま!」
「進路・速度そのまま! 了解! 原速維持!」
中瀬艦長はあえて気づかないフリをしつつも、攻撃を受けたとなれば即座に進路変更を行い、回避運動を行えるよう手配する。
敵は潜水艦。
ヘリを音で捉えられるかもしれないが、こちらばかりに注目していれば補足できない可能性もあった。
第三帝国の魚雷は視認性が高い。
雷跡が確認できれば十分に回避可能な能力が谷風にはある。
むしろヘタに進路を変更して船団がバラバラになったほうが敵の思う壺なのである。
ヘリコプターがあるからこそ出来た芸当ではあるとはいえ、艦長はすでに艦載機を十分に使いこなせていた。
「飛行隊より入電! 高度77! 雷跡確認できず!」
「水探にも魚雷の反応ありません!」
私を含め、各分隊長からの報告が艦橋内に響き渡る。
艦長は静かに聞き入って新しい指示を検討している様子だった。
「……敵潜水艦の進路はどうなっているか?」
「敵艦との距離は徐々に接近しつつありますが、ほぼ平行しながら航行している模様! 敵速17ノット! 方位角、約90!」
「……偵察ですかね?」
「かもしれん。副長。飛行隊との交信間隔を増やしてくれ。情報がほしい。」
敵潜水艦の様子から、どうやら浮上したまま航行しているのは間違いなかった。
潜行した場合は、我々の方が速度が上回り並行して航行できない。
また、この状態では雷撃できない。
雷撃のためにはこちらに向けて進路を予測した未来位置に船首または船尾を向けなければならない。
進路そのままとした艦長の判断は完全に正解であった。
「飛行隊より入電。 敵潜水艦に接近! 敵艦、潜行を開始とのこと! まだ完全に接近できず!」
「敵艦、進路変更と思われます! 距離、離れていきます!」
「やはりこちらの出方を伺っているな……」
「爆雷、落としますか?」
「飛行隊は進路を捉えられているか? 完全に潜行するまでに間に合いそうか?」
艦長の言葉に即座に飛行隊との連絡を行うが、飛行隊は敵潜水艦が対空砲を装備していることを警戒して一気に接近しておらず、急速潜行により接近前に完全に水面下に沈みこんでしまう様子であった。
「どうも間に合わないみたいです。シュノーケルはまだ見えているようですが……」
「せっかくだ。驚かせてやれ! 未来位置を予測して爆雷投下! タイミングは任せる!」
「了解! 飛行隊に伝えます!――」
◇
しばらくして遠方に水柱が立った。
爆雷の爆発によるものだ。
しばしの間、艦橋内は静まりかえる。
水探の様子と飛行隊からの入電を待っていた。
「水探、反応消えました」
「飛行隊から入電。敵潜水艦の様子確認できず」
「……逃げられたな」
「当たれば重油の流出等確認できるはずですものね。損傷は与えたかもしれませんが……」
「恐らく遠くからこちらの様子を伺っていたんだ。運よく見つけただけだろう。今後は夜襲に最大限警戒せねばならないようだ」
「追いかけますか?」
「いやいい。追撃した先に潜水艦隊が待ち受けている可能性もある。こちらをひきつける為にあえて行動していたかもしれない。今は護衛任務が最優先」
「初戦果を逃しましたね」
「千早君。功を焦ることはないよ。ヘリコプターも谷風も絶対に沈めるなと軍令部より指令を受けている。戦果を急いで七航戦初の被撃沈記録を作っては元も子もない。まだアレを使ってもいないんだ」
「そうでしたね……」
焦っていたわけではない。
単純に初戦果を出したかっただけだ。
だが、あくまで攻撃の意思なく偵察を行っていた潜水艦部隊に対して我々は一撃を加えることは出来なかった。
この時に遭遇したのは後の第三帝国の報告書により、U-107であったことがわかっている。
本潜水艦は武勲艦の1つ。
30隻以上の艦艇を沈めた化け物。
しかしこれらは殆どが王立国家などのものであり、皇国系の軍艦はついに1隻も沈めることが出来なかった。
というよりも、戦後の報告から彼らは谷風との邂逅以降、皇国軍との戦闘を避けていたことがわかっている。
軽微だったとはいえ、ヘリコプターから受けた損傷から、生半可なものでは太刀打ちできないと考えたためであった。
多くのUボートがそうなのだが、その戦果は殆どが王立国家など「もたざる者達」から稼いだものばかり。
我々は潜水艦からも脅威とされるほどの立場へと上り詰めていたのである。
この後、谷風は護衛任務の傍らで第三帝国やヤクチアへ向けて攻撃を開始することになる。
十分に練度を向上させた上で誘導魚雷を活用しながら、戦闘を仕掛けていくのだ。
当初こそ四隻だった七航戦は次第に数を増やし、その恐るべき戦闘力でもって地中海どころか大西洋周辺でも暴れまわることになる。
一連のヘリコプターがもたらした戦果についての詳細は……また後々自叙伝として述べていくこととしよう。
今回は我々の初戦闘を示すことで、決して我々が最初から無敵ではなかったということを読者も理解してほしい。
後の世の海軍の艦艇が擬人化されたシミュレーションゲーム内では、機動艦隊と仲の良い駆逐艦の娘たちの様子が描かれる一方で、当時艦隊派に属していた者達とはすさまじい摩擦が生じていることが如実に描写されている。
中でも航空駆逐艦の武勲艦として大戦終結後も活躍した谷風、神風などは機動艦隊からも一目置かれる描写がなされ、七航戦は五航戦より明らかに格上とする加賀の様子なども見受けられるが、海軍内で生じた亀裂により、こういった創作物においても戦艦や巡洋艦の扱いには苦慮することになってしまうのであった。
また、戦略シミュレーションゲーム内ではあまりにも強すぎる航空駆逐艦の取り扱いにクリエイターは頭を抱えることにもなるのである。




