―皇国戦記260X―:8話:新戦力による圧伏3/4
「――これで名実共に機動部隊の仲間入りといっていいだろう。砲撃艦が重爆並の艦載機を搭載できるとは。すごい時代になったものさ」
「先ほど持ち込まれた資料に目を通しましたが、まさか垂直離着陸可能な全く新しい航空機が我が国にて誕生していたとは……」
「私は海軍省で勤めていたから、昨年の段階でヘリコプターという存在についてはある程度認知できていたとはいえ、それでも横須賀で見た時は戦慄したものだよ」
笑いながらコップへと酒を注ぐ姿はただの初老のどこにでもいそうな皇国人のそれである。
新時代の幕開けに飲みに付き合ってくれと誘われた私は、特上の酒の誘惑に負けて現在艦長の執務室にて上司と晩酌を交わしていた。
「しかし陸軍が開発したものを我々が即時採用したんですね。よく上の人らも納得したものだ」
「出自など関係ない。同じ皇国製だ。少なくともあれほどの性能ともなれば、そう納得させて採用したくなるものだろう」
当時の私も理解していたが、艦長の言葉は恐らく海軍省並びに司令部の意見そのものだ。
およそ理解不能な領域に到達した新型兵器。
それに対して出自がどうこう言い訳して不採用とするなど愚策も甚だしい。
特に宮本司令は陸海軍による共同作戦で加賀に持ち込まれたときから、ヘリコプターという存在に入れ込んでいたとされる。
しかも渡された資料の中では重巡洋艦の船首側の甲板に試験的に離着陸させてみたなど、すでに現在の運用を見越した実験も行っていた。
恐らく谷風に持ち込まれた新型機が完成する前から、ヘリコプター自体の採用は決まっていたのであろう。
私は晩酌を交わす前に夕食を艦内から出て甲板上まで持ち込んで食べたが、その理由は改めて新兵器というもの眺めて見たいという欲にかられてであった。
後部甲板には同じ考えを持つ多くの船員であふれていたが、整備用にと設けられたライトで照らされた機体を見つつ、改めて抱いた印象を総括しながら食欲にかられて食事を喉の奥に放り込んでいた。
第一の印象は想像以上にやかましい。
第二の印象は思った以上に小ぶりな見た目。
第三の印象はそれでいて規格外の怪力を誇る妖怪。
様々な印象が絡み合った新型機は間違いなく将来を担う何かを秘めていた。
「――資料に記述はなかったのですが、結局あれの積載力っていかほどなのでしょう? 3000kg近くありそうですが」
「今回搭載された、名前も決まっていない新型は急造仕様のものらしい。海上運用を想定して陸軍仕様で受領した後に、アルマイト製の外板を銀ろう溶接してシーリングを施して腐食への対策を行っているらしく、増加した重量分積載量が落ちているらしい。約3000kgほどは問題ないとは聞かされているかな」
「凄い……ならば現状の我が軍が用いる砲弾や爆弾の全てを搭載できるということですか」
「ああ。横須賀ではじめて見たときは酸素魚雷を吊り下げていたよ」
「酸素魚雷!?」
艦長の言葉に戦慄したのは言うまでもない。
重量はまだしもそのサイズが半端なものではないからだ。
全長9mというのは機体の8割相当の長さ。
それを機体下部に吊り下げて新型機は飛行できたらしい。
横須賀で機械知識に乏しい者達にわからせるため、そのようなことをやったのだという。
「吊り下げていただけでなく射出にも成功したと聞いている。従来の雷撃機とは違う。あれはワイヤーで吊るしたまま酸素魚雷を海に漬け込んだ状態で空中静止できる。まあ試験運用のためであって実戦をその方法でもって本気で行う予定はないそうだが……」
酸素魚雷は残念ながら空中からの投下を考慮していない。
そもそも最大速力状態からの駆逐艦からの射出でですら故障することもある。
だがそれが可能だということはより大型の航空魚雷……すなわち酸素魚雷を小型化して航跡が見えづらい一方で威力が強めた形として雷撃機として運用することも可能なことを意味していた。
だが、どうやらそれは私の想像力の範疇における解答でしかなかったらしく……
我が軍の技術者はさらに上を見据えてすでに行動を開始していたのである。
「正直言って雷撃機や爆撃機としての能力はいささか疑問が生じる。いかな高性能機とはいえ、やはり雷撃も爆撃も敵に肉薄した状態としなければならない。狙いを定めている間は機動性が大幅に低下する。従来よりも雷撃が楽になったとはいえ、乗組員の安全が保障されているわけではないのでね」
「それは確かに言えますが、射程が延びれば……」
「いや、それだけでは駄目だ。だからそのためのモノも新たに用意している。君が受け取った資料には書かれていないのだが……実は密かに秘密兵器を開発中なんだ」
「秘密兵器?」
「君は鉄砲屋だから知らぬかもしれないが、我が軍には挑戦したものの1度失敗して諦めたものがあってね」
「一体なんですか」
「誘導魚雷だよ……」
「なっ!? なんですって」
誘導魚雷。
今日では全自動で誘導してくるのが当たり前となったので、「魚雷」というものが誘導するものだと勘違いしている者すらいるのだが、私がまだ一兵卒だった頃は誘導しないのが当たり前であった。
しかし実はこの誘導魚雷……魚雷が誕生した黎明期にはすでに様々な方式が思案され、実行に移されていたのだ。
誘導魚雷の始まりは魚雷誕生黎明期にさかのぼる。
当時の魚雷は電動式が多く、あの時代の稚拙なバッテリーでは極めて射程が短くなるか速力が落ちるものとせざるを得なかった。
そこで考えられたのが「電力をワイヤーやケーブル等によって外部から供給してもらおう」という試みであり、そしてそれならば「電気信号を受け取って遠隔操縦できるようにすれば誘導可能でより命中率を向上できるのでは?」――などという結論に達し、実はすでに40年以上も前から誘導魚雷というのはいくつもの存在が確認できていたりする。
外部からの電力供給ならば内部に搭載するのは爆薬と姿勢安定を整わせるための装置、そして航行用のモーターやら何やらだけで済むようになる。
射程はワイヤーに依存するが、おおよそ4000mほどはあった。
だが当時の技術ではモーターの性能が極めて低く、航行速度は低く、そのような方法でもってしても魚雷は簡単に命中するものではなかった。
後に冷式と呼ばれる酸素魚雷にも繋がる方式が有効だと判明すると、遠隔操縦システムを内蔵するスペースは燃料スペース等に割かれたために誘導魚雷は一旦消滅していくこととなる。
しかしそれでも各国は諦め切れず、NUPも王立国家も挑戦を継続していた。
当然我が軍もいろいろと試行錯誤したりしていたのだが……ついに我々はNUPの開発途上であった、ある魚雷に目をつけることとなるのだ。
それこそが「無線誘導魚雷」であった。
当時の我々は開発企業または開発者にちなみ、これを「エジソン魚雷」または「シムス式自動水雷」などと呼称した。
わざわざ本国から技術者を招集し、ライセンスを購入の上で開発を行ったのだ。
仕組みは簡単。
従来の魚雷の上に水上に浮上する小さな船のような構造物を取り付ける。
ここに無線誘導のための装置とアンテナ、そして航行中の目印となる灯りを設置。
この灯りは前方にカバーが取り付けられ、正面からは見えづらくなっている。
また一連の水面に浮かぶ構造体は海洋迷彩で塗りたくられ、同様に視認性を落としていた。
これを山の上に設置した電波搭からの無線指示によって遠隔操作しようとしたのだ。
実験の結果は見事に成功。
しかし一方で多くの課題を残し、最終的に酸素魚雷の誕生によって大量の駆逐艦と酸素魚雷で波状攻撃を仕掛けるほうが有効という判断が下された。
原因はこれらの解消が見込めなかったことだ。
・遠隔操作を行うためには距離にもよるが海面より30~70mほどの高さから電波を送信できるための送信施設が必要であり、山の上に電波搭を設置するか、支線搭がないような状況下では使用できない。
・目視誘導になるため、魚雷を見失うと操縦不能に陥るが、水面を10kmも進むと水平線に達して地上からの確認は困難。かといって山の上から見たのでは距離が離れすぎて見失いやすい。
・そもそも水平線が遠隔操作のための限界射程となってしまう
・上記状況において後に改めて航空機による確認が行われたが、当時の航空機ですら魚雷の航行速度よりも飛行速度がよほど速く、旋回の繰り返しとなり見失いやすい。
・上記の2点の問題は酸素魚雷等で速力が上がれば上がるほどそのリスクが高まるが、当時は海上を空中静止できるような航空機などなかったし、戦艦大和のような高い艦橋から目視で確認するにも限界がある。
・遠隔操縦と目視誘導を航空機より同時に行えればよいが、当時から現代までの航空機でそれを行うには電波送信装置などの大きさが大きく重いために不可能に近い。
などなど、遠隔操縦自体は完全成功を収めた一方で、多くの課題から酸素魚雷が正式採用されて今日にいたるわけである。
我が軍は委員会まで立ち上げて本腰を入れて必殺兵器の開発に精を注ぎ、条約で不利となる中で小型艦でも絶大な攻撃力を獲得して戦艦を沈めさせるというような夢を描いていたものの……
誘導魚雷をより効率的に扱えるのは非常に高い艦橋をもつ大型艦という矛盾にぶつかってあえなく撃沈したのだ。
だが、工廠自体が誘導魚雷を諦めたわけではなく、その当時開発された誘導のためのジャイロ装置やその他は酸素魚雷や航空魚雷などに活用されて他国に負けぬ圧倒的性能を獲得するに至っている。
他にもビスマルクを落とした艦対艦ミサイルの誘導装置にも応用されているとのことだ。
つまり艦長が述べているのは……ここに来てヘリコプターという存在が登場したことにより、再びあの頃の夢を実現しようという勢力が動き出したということだった。
「10年以上前に一度凍結された、自動水雷のために設立された委員会は昨年の段階で活動を再開したんだ。もうしばらくしないうちに試験用の新型酸素魚雷が届く」
「遠隔操縦可能な酸素魚雷ですか?」
「その通り。これはまだ公開されていない機密命令だ。副長、今君にはじめて話したが……君の立場なら問題ないだろう」
「もちろん口外なんてしませんよ」
「試験魚雷についてはまだ詳細が明かされていないものの、本艦の魚雷管から射出後、ヘリコプターを中継して谷風から遠隔操作が行えるようにもなっているそうだ。つまり新型機との組み合わせて必殺の一撃をお見舞いする新型兵器の誕生のために、我々は駆逐艦に着任したということなのだよ」
「遠隔操縦可能な酸素魚雷が出てくれば……例え戦艦でも駆逐艦がまともに対抗できるかもしれない……なんと恐ろしいことを」
「条約締結後すぐに今のような状況になっていたら、現海軍は条約を逸脱した艦を建造しようとは思わなかっただろう。大量の駆逐艦を建造して周囲から笑われ……そして相手を地獄のどん底へと落とし入れていたはずだ……まさしく私のような生粋の水雷屋にとって夢のような話だ。まだ遅くはないが」
着任から今日の日まで、艦長が不平不満を一切漏らさずに艦長業務に就いていた理由がその時はじめてわかった。
ただ艦載機を搭載している駆逐艦だからなのではない。
彼は本気でこれで戦艦をも落とさんと意気込んでいる。
私はこの時ようやく、中瀬大佐も他の水雷屋に漏れず血気盛んな男気ある水兵なのだということを理解した。
それと同時に中瀬艦長の人格面についても再確認するに至る。
「千早君。私はね、海軍省にいたころにずっと不満をもっていたことが1つあったんだ」
「……事務方を強いられていたことですか?」
「いやいや。本件の裏で未だに開発が続いている魚雷と小型潜水艦についてだよ」
「……甲標的……」
「あれは必殺兵器でもなんでもない。海軍省にいくと自分が乗ることすら考えていない輩が、必殺の雷撃とは甲標的で体当たりすることだと嘯くのを何度も目にした。1名の水雷屋の犠牲で数百、数千もの敵を葬り去れるのだと啖呵を切るのを目の当たりにしたんだ」
「……艦長の感情は大変よく理解はできます」
「甲標的だけではない。奴らは酸素魚雷に人を乗せて操縦を試みさせれば良いのではないかと口々に述べていた。相手側の戦力がこちらの100倍なら何の意味もない攻撃だ。こちらも消耗する攻撃になんの意味がある」
ドンと机の上に音が響くほどの勢いでコップを机に押しつけると、彼は再び一升瓶から酒を注ぎはじめる。
しかし泥酔はしていなかった。
頭は冴え渡っており、発言は酔った上での妄言ではなかったのだ。
「誘導を人に頼るという形式は変わらない。だが、より遠くから遠隔操縦して必殺の一撃をお見舞いする……それは間違いなく正しい一撃必殺の雷撃だ。わかっている人はわかっているんだ! 甲板後ろの新型機のおかげで、我々はもう一度それに挑戦することが出来る……そのためなら周囲にいかに笑われようとも、私にとってこの谷風の艦長の立場というのは名誉に他ならない。水雷屋冥利に尽きるよ」
「駆逐艦への転属を命じられて少しばかり不満を抱いていておりましたが、艦長のお言葉でいま目覚めました。私も全力でお供させてください」
「頼む。君の力も必要なんだ。より先進的な考え方を持とうとする人間がいないと、こういうのは始まらない」
「はい!」
もしこれが海軍省内での出来事だったら、二人ともなんらかの懲罰を受けていただろう。
だが恐らく、この艦に乗艦した者達は私たちの気持ちに否定的になる人間はいないはず。
この後に受け取る試製一式自動水雷は二式自動水雷として採用される。
これはヘリコプターからの遠隔操縦も可能な代物であったが、谷風が撃沈した戦果とするために基本はヘリコプターからの誘導を受けてこちらから無線操縦を試みるものであった。
なにをやっていたかというと、いわゆるスイカ割りの要領であり、目隠ししながらヘリコプターから指示された方位へと修正して軍艦を操艦するようなことをやっていたわけである。
ちなみに他の艦はどうだったか知らないが、我々が谷風の戦果として計上した誘導魚雷による戦果は間違いなく谷風より遠隔操作していたものである。
二式自動水雷の戦果は1/4ほどがヘリコプターの撃沈記録として加算されているが、これは誘導不能に陥ってヘリコプター側が最終誘導を試みて撃沈したものだ。
最大射程40kmという、砲撃戦ではまずまともに命中しない距離より、我々は誘導魚雷で強襲をかけることが可能となったのである。
その後の活躍は皆さんご承知の通り。
戦果を重ねたある日の執務室での艦長とのやり取りは、今でも忘れられない。
「なんというか……この国には昔から不思議な力があるとはいうが、まさにそれを今体感しているような気がする。誤った方向へと向かうと、それを押し戻そうとするかのような力が働くことが多々あるというが、ヘリコプターはまさにそのために生まれた存在なんじゃないか。あれが無ければ人間魚雷で立ち向かうような時代に至っていたのやもしれん。ヘリコプターはそれを非常に強い力でもって押し戻したんだ」
甲標的、人間が搭乗する酸素魚雷。
双方は谷風を含めた七航戦によって近いうちに開発と製造が完全に凍結される。
研究段階でしかなかった人間魚雷は誘導魚雷の登場によって、その足場を崩されることとなった。
一方で谷風が艦載機とした新型ヘリコプターは、本来は急造仕様でその後の製造が凍結される予定だったものの……
11人の定員を載せて飛ぶ汎用ヘリコプターよりも攻撃ヘリに近いものを所望していた海軍によって急遽増産が求められ、最終的にそれが承認されてほぼ全ての駆逐艦が艦載機を搭載するに至るのであった。
巡洋艦よりも配備が優先されたのは、巡洋艦にはいまだに艦隊派が多く、水雷屋とは人種が異なり戦果が示されてもなお否定的見解を述べる者が多かったからだ。
それが結果的に海軍の亀裂を生むことになるが……最終的に巡洋艦という艦種が皇国海軍から消滅した遠因ともなるのである。
サイズが当時の巡洋艦クラスでも「駆逐艦」なのは駆逐艦の活躍だけが影響しているわけではないということだ。
かくして海軍の新戦力かつ主力となった駆逐艦は、七航戦の名と共に世界各国から恐れられるようになる。
そして宮本司令は大戦終結後にこう述べるに至った。
「こんなことなら条約に素直に従ったままにしておけば良かった。ずいぶんな無茶をして戦艦建造を行い、国の経済を出鱈目に消耗したことを申し訳なく思う」
もちろん当時の人間は必死だったし、宮本司令もそこは大変よく理解している。
それでも本大戦における駆逐艦の華々しい戦果は、彼がそう述べるに値するだけのものであったことは言うまでもない。
ちなみに彼の言は半分冗談交じりのものであり、宮本司令がどこまで本気でそう考えていたのかはわからない。
とある海軍の会食の席での言葉である。